疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手、その溶接方法及び鋼構造物
【課題】設計・施工面で特別な配慮を必要とせず、高い疲労強度を安定して得ることが可能な疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手、その溶接方法及び鋼構造物を得る。
【解決手段】鋼を、質量%で、C:0.0001〜0.0600%、Si:0.01〜0.36%、Mn:0.01〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.009%以下及びAl:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成とすると共に、溶接金属を、質量%で、C:0.0001〜0.0200%、Si:0.01〜0.12%、Mn:0.01〜0.40%、P:0.030%以下、S:0.003%以下及びAl:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成とし、更に、溶接金属における少なくとも溶接止端から0.1mmまでの範囲を、平滑界面成長した凝固組織にする。
【解決手段】鋼を、質量%で、C:0.0001〜0.0600%、Si:0.01〜0.36%、Mn:0.01〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.009%以下及びAl:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成とすると共に、溶接金属を、質量%で、C:0.0001〜0.0200%、Si:0.01〜0.12%、Mn:0.01〜0.40%、P:0.030%以下、S:0.003%以下及びAl:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成とし、更に、溶接金属における少なくとも溶接止端から0.1mmまでの範囲を、平滑界面成長した凝固組織にする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、家電製品、建築構造物、船舶、橋梁、建設機械、各種プラント及びペンストック等の鋼構造物に使用される鋼アーク溶接継手のうち、疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手及びその溶接方法、並びにこの鋼アーク溶接継手を有する鋼構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、鋼母材の疲労強度はその強度の増加に伴い増加するが、アーク溶接された継手の疲労強度(以下、継手疲労強度ともいう。)は、鋼母材の強度を高めても向上しないことが実験により示されている。従って、高張力鋼をアーク溶接した継手の疲労強度は、低強度鋼をアーク溶接した継手の疲労強度と略同等であり、従来、疲労破壊が問題となる鋼構造物においては、高張力鋼を母材として使用しても設計強度を向上させることができなかった。このような状況に対して、溶接金属の凝固組織、更には溶接金属の元素及び組織等を改善する技術が検討され、開示されている(例えば、特許文献1〜5、非特許文献1及び2参照。)。
【0003】
先ず、非特許文献1には、溶接金属の凝固組織に関連して、元素の濃度及び溶融金属内の温度分布の関係によって異なる凝固組織の形態が詳しく開示されている。また非特許文献2には、溶接金属の凝固組織の例が開示されている。更に、特許文献1には、溶接金属の凝固組織の種類及び寸法を規定した補修溶接方法が開示されている。
【0004】
一方、特許文献2には、溶接金属の元素及び組織に関する発明のうち、溶接金属の元素及び組織を規定すると共に、鋼母材の元素及び溶接熱影響部の組織を規定した疲労強度に優れた溶接継手および溶接条件を既定した溶接方法が開示されている。また、特許文献3には、靱性の高い溶接金属を得ることを目的として、溶接金属のC、Si、Mn、S、Al、B及びNを規定し、かつ溶接金属の組織の90%以上を極低炭素ベイナイト組織とする極低炭素系高張力鋼溶接継手の製造方法及び溶接鋼構造物が開示されている。
【0005】
更に、特許文献4及び特許文献5には、継手疲労強度向上を目的として、溶接溶融境界近傍の溶接金属と溶接熱影響部との最高硬度の差、並びに溶接金属及び母材の元素を規定した構造用鋼溶接継手が開示されている。
【0006】
【特許文献1】特開平7−75893号公報
【特許文献2】特開平9−227987号公報
【特許文献3】特開2002−180181号公報
【特許文献4】特開平7−171679号公報
【特許文献5】特開平11−104838号公報
【非特許文献1】佐藤邦彦編、「溶接強度ハンドブック」、理工学社、1988年、p.2−27〜2−33
【非特許文献2】沓名宗春,近藤康裕、「炭素鋼のレーザ溶接部の組織および硬さ変化に関する研究」、溶接学会全国大会講演概要集、第57集、1995年10月、p.420〜421
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前述の特許文献1〜5、非特許文献1及び2に記載の技術はいずれも、疲労亀裂の発生が容易しやすい溶接止端近傍の溶接金属における凝固組織についての検討がなされていないため、疲労強度が優れた鋼アーク溶接継手を安定して得ることができないという問題点がある。
【0008】
本発明は、上述した問題点に鑑みてなされたものであって、その目的は、設計・施工面で特別な配慮を必要とせず、高い疲労強度を安定して得ることが可能な疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手、その溶接方法及び鋼構造物を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手は、質量%で、C:0.0001〜0.0600%、Si:0.01〜0.36%、Mn:0.01〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.009%以下及びAl:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼と、質量%で、C:0.0001〜0.0200%、Si:0.01〜0.12%、Mn:0.01〜0.40%、P:0.030%以下、S:0.003%以下及びAl:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる溶接金属とからなり、前記溶接金属は、少なくとも溶接止端から0.1mmまでの範囲が、平滑界面成長した凝固組織であることを特徴とする。
【0010】
この鋼アーク溶接継手における前記溶接金属は、更に、質量%で、Cu:0.10〜1.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.100%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜0.50%及びCr:0.10〜7.00%からなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有していてもよい。
【0011】
また、前記鋼は、更に、質量%で、Cu:0.10〜3.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.300%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜1.50%及びCr:0.10〜7.00%からなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有していてもよい。
【0012】
本発明に係る疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手の溶接方法は、質量%で、C:0.0001〜0.0600%、Si:0.01〜0.36%、Mn:0.01〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.009%以下、Al:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる溶接材料を使用して溶接して、前述した鋼アーク溶接継手を得ることを特徴とする
【0013】
この鋼アーク溶接継手の溶接方法では、前記溶接材料が、更に、質量%で、Cu:0.10〜3.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.300%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜1.50%及びCr:0.10〜7.00%からなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有していてもよい。
【0014】
また、10〜50cm/分の溶接速度で溶接することもできる。その際、アーク溶接トーチ又は溶接棒を、溶接線に対して垂直な方向に周波数1〜4Hz、幅2〜6mmで揺動させてもよい。
【0015】
本発明に係る鋼構造物は、前述した鋼アーク溶接継手を有することを特徴とする。
【0016】
なお、本発明の溶接方法は、鋼に1パスで溶接する場合のみならず、多層盛溶接金属の途中の溶接パスにも適用可能であるため、本発明の鋼アーク溶接継手における鋼には、鋼母材だけでなく、多層盛溶接途中の溶接金属及び溶接熱影響部も含むものとする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、鋼及び溶接金属の化学組成を規定すると共に、疲労亀裂の発生する止端近傍の凝固組織を、疲労亀裂の発生しにくい組織としているため、疲労破壊が問題となる鋼アーク溶接継手及び鋼構造物での使用に際し、設計・施工面で特別な配慮を必要とせず高い疲労強度を安定して得ることが可能であり、工業的な価値が極めて高い発明であるといえる。更に、本発明の原理は、継手形式等の種類によらず、広範囲にわたって適用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、詳細に説明する。鋼アーク溶接継手に疲労荷重が負荷されると、溶接止端から疲労破壊が発生する。このように、溶接止端から疲労破壊が発生する原因は、溶接止端での応力集中及び残留応力が大きく、溶接金属がその応力に耐えられずに、容易に疲労亀裂を発生させることにある。
【0019】
そこで、本発明者は、先ず、アーク溶接止端の組織と疲労亀裂発生挙動との関係について鋭意検討した。その結果、疲労亀裂のほとんどは、溶接熱影響部ではなく溶接金属から発生すること、及び疲労亀裂の発生のしやすさは溶接金属の凝固組織と密接に関係しており、凝固組織の種類によって疲労亀裂発生抵抗が異なることを知見した。即ち、凝固組織が、組成的過冷に伴って成長するセル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織である場合には、疲労亀裂の発生が容易であるのに対し、組成的過冷が無い場合に生じる平滑界面成長の組織の場合には、疲労亀裂が発生しにくいことを発見した。
【0020】
図1(a)は本発明の鋼アーク溶接継手の溶接部を示す平面図であり、図1(b)は図1(a)に示すA−A線による断面図である。本発明者は、図1(a)及び(b)に示す平滑界面成長する組織の溶接止端からの範囲14について検討したところ、溶接金属における溶接止端から0.1mm以上の範囲が平滑界面成長の組織の場合、継手疲労強度の向上が著しく、また溶接止端から0.1mmまでの範囲にセル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織が混在すると、継手疲労強度の向上が小さくなることが判明した。これは、溶接止端の形状、ひいては溶接条件や姿勢及び溶接金属の組成等にも大きく依存するが、溶接止端で最も応力の高い位置が、少なくとも溶接止端よりも0.05〜0.1mm程度溶接金属側に存在することによるものであることを発見した。
【0021】
次に、この結果を受けて、本発明者は、溶接金属の凝固組織の形成条件について検討を行なった。溶接現象は急冷凝固現象であり、通常の炭素鋼、低合金鋼及び高合金鋼の溶接の場合には、大きな組成的過冷を伴ってセル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等を形成すること、更に、組成的過冷を防いで平滑界面成長の組織にするには、組成的過冷を生じやすい添加元素を極力減らすことが有効であることを知見した。
【0022】
そして、本発明者は、溶接金属の主要元素であるC、Si、Mn、P、S及びAlについて、組成的過冷を防ぐ添加量の上限を検討した。また、併せて、平滑界面成長の組織の状態で、Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrのうちの1種又は2種以上を適正範囲量含有すると、溶接金属の固溶・析出強化機構による疲労強度向上効果が発現することも見出した。更に、本発明者は、凝固組織の成長速度に影響を及ぼすアーク溶接条件についても検討し、凝固組織の形成は溶接入熱よりも溶接速度の影響が大きく、平滑界面成長の組織が晶出しやすい溶接速度範囲が存在することを把握した。
【0023】
先ず、本発明の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手(以下、単に鋼アーク溶接継手という)における溶接金属の成分限定理由について説明する。なお、以下の説明においては、組成における質量%は、単に%と記載する。
【0024】
C:0.0001〜0.0200%
Cは、強度を高める効果があるが、その含有量が0.0001%未満の場合、十分な強度を確保することができない。一方、溶接金属中のC含有量が0.0200%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出する。よって、C含有量は0.0001〜0.0200%とする。
【0025】
Si:0.01〜0.12%
Siは、強度確保に有用な元素であるが、Si含有量が0.01%未満の場合、その効果が得られない。一方、溶接金属中のSi含有量が0.12%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出する。よって、Si含有量は0.01〜0.12%とする。
【0026】
Mn:0.01〜0.40%
Mnは、安価に強度を上げる元素として有用である。しかしながら、溶接金属中のMn含有量が0.01%未満の場合、十分な強度を確保することができない。一方、溶接金属中のMn含有量が0.40%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出する。よって、Mn含有量は0.01〜0.40%とする。
【0027】
Al:0.001〜0.100%
Alは、脱酸元素である。しかしながら、溶接金属中のAl含有量が0.001%未満の場合、十分な脱酸効果が得られない。一方、Al含有量が0.100%を超えると、溶接金属の靭性が劣化する。よって、Al含有量は0.001〜0.100%とする。
【0028】
P:0.030%以下,S:0.003%以下
P及びSは、通常の製鋼工程で不可避的に含有される不純物元素であり、溶接金属中のP含有量が0.030%を超えるか、又はS含有量が0.003%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出すると共に、溶接金属の割れを助長する。よって、P含有量を0.030%以下に規制すると共に、S含有量を0.003%以下に規制する。
【0029】
また、本発明の鋼アーク溶接継手における溶接金属は、上記各成分に加えて、Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrからなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有していてもよい。Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrはいずれも、固溶強化機構及び析出強化機構を発揮し、鋼溶接継手の疲労特性を向上させる成分であり、この点でこれらは同効成分である。しかしながら、溶接金属中にこれらの元素が過剰に存在すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出するか、又は溶接金属の靭性が低下するため、これらの元素を添加する場合は、Cu:0.10〜1.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.100%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜0.50%及びCr:0.10〜7.00%とする。なお、本発明の鋼アーク溶接継手の溶接金属における残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0030】
次に、本発明の鋼アーク溶接継手における鋼(母材)の成分限定理由について説明する。溶接時には溶接材料が溶融され、かつ鋼の一部も溶融されてこれらの溶融金属が高温で攪拌される結果、ほぼ均一な組成の溶接金属が形成される。従って、溶接金属の組成は、溶接材料及び鋼の組成に大きく依存しており、例えば、鋼の溶け込み、即ち、希釈率が小さく、かつ溶接材料の添加元素量が少ない場合には、鋼の元素濃度は高くても溶接によってかなり薄められて溶接金属を形成することになる。また、同じように鋼の溶け込み、即ち、希釈率が小さく、かつ溶接材料の添加元素量が大きい場合には、鋼の元素濃度は低くても高い濃度の溶接金属を形成することになる。このように、本発明者は種々の継手形式における希釈率を検討した上で、溶接金属の止端に平滑界面成長の凝固組織を得るための鋼の成分範囲を検討した。
【0031】
C:0.0001〜0.0600%
Cは、強度を高める効果があるが、その含有量が0.0001%未満の場合、十分な強度を確保することができない。一方、鋼中のC含有量が0.0600%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。よって、C含有量は0.0001〜0.0600%とする。
【0032】
Si:0.01〜0.36%
Siは、強度確保に有用な元素であるが、Si含有量が0.01%未満の場合、その効果が得られない。一方、鋼に0.36%を超えてSiを添加すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。よって、Si含有量は0.01〜0.36%とする。
【0033】
Mn:0.01〜1.20%
Mnは、安価に強度を上げる元素として有用であるが、その含有量が0.01%未満の場合、十分な強度を確保することができない。一方、鋼に1.20%を超えてMnを添加すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。よって、Mn含有量は0.01〜1.20%とする。
【0034】
P:0.030%以下,S:0.009%以下
P及びSは、通常の製鋼工程で不可避的に含有される不純物であり、鋼中のP含有量が0.030%を超えるか、又はS含有量が0.009%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなるか、又は溶接金属の靭性が著しく低下する。よって、P含有量を0.030%以下に規制すると共に、S含有量を0.009%以下に規制する。
【0035】
Al:0.001〜0.100%
Alは、脱酸元素であるが、その含有量が0.001%未満の場合、十分な脱酸効果が得られない。一方、鋼中のAl含有量が0.100%を超えると、溶接金属の靭性が著しく低下する。よって、Al含有量は0.001〜0.100%とする。
【0036】
また、本発明の鋼アーク溶接継手における鋼は、上記各成分に加えて、Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrからなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有していてもよい。Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrはいずれも、固溶強化機構及び析出強化機構を発揮して鋼アーク溶接継手の疲労特性を向上させる成分であり、この点でこれらは同効成分である。しかしながら、鋼にこれらの元素を過剰に添加すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出するか、又は溶接金属の靭性が著しく低下するため、これらの元素を添加する場合は、Cu:0.10〜3.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.300%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜1.50%及びCr:0.10〜7.00%とする。なお、本発明の鋼アーク溶接継手の鋼における残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0037】
以下、上述した鋼アーク溶接継手を得るための溶接方法、即ち、本発明の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手の溶接方法(以下、単に溶接方法という)について説明する。
【0038】
溶接時には溶接材料が溶融されると共に、鋼の一部も溶融され、これらの溶融金属が高温で攪拌される結果、ほぼ均一な組成の溶接金属が形成される。従って、溶接金属の組成は、溶接材料及び鋼の組成に大きく依存しており、例えば鋼の溶け込み、即ち希釈率が大きく、かつ鋼の添加元素量が少ない場合には、溶接材料の元素濃度が高くても溶接により薄められて溶接金属を形成することになる。同様に、希釈率が大きく、かつ鋼の添加元素量が大きい場合には、溶接材料の元素濃度が低くても、濃度の高い溶接金属が形成される。このように、本発明者は種々の継手形式における希釈率を検討した上で、溶接金属の止端に平滑界面成長の凝固組織を得るための溶接材料の好ましい成分範囲について検討し、本発明に至った。先ず、本発明の溶接方法で使用する溶接材料の成分限定理由について説明する。
【0039】
C:0.0001〜0.0600%
上述したように、Cは、強度を高める効果がある。しかしながら、溶接材料中のC含有量が0.0001%未満の場合、十分な強度を確保することができない。一方、溶接材料中のC含有量が0.0600%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。よって、C含有量は0.0001〜0.0600%とする。
【0040】
Si:0.01〜0.36%
Cと同様に、Siも、強度確保に有用な元素であるが、溶接材料中のSi含有量が0.01%未満の場合、その効果が得られない。一方、溶接材料に0.36%を超えてSiを添加すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。よって、Si含有量は0.01〜0.36%とする。
【0041】
Mn:0.01〜1.20%
Mnは、安価に強度を上げるために有用な元素である。しかしながら、溶接材料中のMn含有量が0.01%未満の場合、十分な強度を確保することができない。一方、溶接材料に1.20%を超えてMnを添加すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。よって、Mn含有量は0.01〜1.20%とする。
【0042】
P:0.030%以下,S:0.009%以下
P及びSは、通常の製鋼工程で不可避的に含有される不純物元素である。そして、溶接材料中のP含有量が0.030%を超えるか、又はS含有量が0.009%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなるか、又は溶接金属の靭性が著しく低下する。よって、P含有量は0.030%以下に規制し、S含有量は0.009%以下に規制する。
【0043】
Al:0.001〜0.100%
Alは、脱酸元素である。しかしながら、溶接材料中のAl含有量が0.001%未満の場合、十分な脱酸効果が得られず、また、Al含有量が0.100%を超えると、溶接金属の靭性が著しく低下する。よって、Al含有量は0.001〜0.100%とする。
【0044】
また、本発明の溶接方法においては、溶接材料が前記各成分に加えて、Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrからなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有していてもよい。Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrはいずれも、固溶強化機構及び析出強化機構を発揮して、鋼アーク溶接継手の疲労特性を向上させる成分であり、この点でこれらは同効成分である。しかしながら、これらの元素を過剰に添加すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなるか、又は溶接金属の靭性が低下するため、溶接材料にこれらの元素を添加する場合は、Cu:0.10〜3.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.300%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜1.50%及びCr:0.10〜7.00%とする。
【0045】
なお、本発明の溶接方法で使用する溶接材料における上記以外の成分、即ち、残部は、Fe及び不可避的不純物である。また、本発明の溶接方法における鋼及び溶接材料中には酸化物及び窒化物等の状態で種々の元素が添加されており、不可避的にN及びOが含まれているが、これらの元素を通常の添加範囲内含有している場合、疲労強度に及ぼす影響は小さいため、本発明においてはその成分範囲は特に限定するものではない。
【0046】
一方、本発明の溶接方法は、アーク溶接方法及び溶接入熱の違いによって溶融池内の温度勾配が変化し、凝固組織に影響を及ぼして疲労強度向上効果に違いが出ることが考えられるため、本発明者は、アーク溶接における溶接条件を種々に変えて止端近傍の凝固組織の検討を行なった。その結果、各溶接条件のうち、溶接電流及びアーク電圧の影響は比較的小さいが、溶接速度によって凝固組織が変化することが判明し、溶接速度が10〜50cm/分の範囲のときに、特に、平滑界面成長の組織を晶出しやすいことが判明した。
【0047】
鋼及び溶接材料の組成にも大きく依存するが、溶接速度が50cm/分を超えると、止端近傍の溶融池内の温度勾配が小さくなり、止端近傍で組成的過冷が生じやすくなる。その結果、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。また、溶接速度が10cm/分未満の場合、温度勾配が大きく、組成的過冷が生じる可能性は小さくなるが、溶接速度が遅いため、溶接金属が盛り上がって止端形状の悪いビードになり、疲労強度が低下する。本発明においては、このような理由から、好ましい溶接速度を10〜50cm/分とする。但し、溶接速度が上述した範囲から外れていても、鋼及び溶接材料の成分によっては平滑界面成長の組織が得られるため、本発明の効果が大きく低減するわけではない。
【0048】
また、本発明者は、特に温度勾配を大きく保ちつつ止端形状が良好なビードを得る方法について検討を行った。図2は溶接時の溶接トーチ又は溶接棒の位置の軌跡を示す図である。本発明者の検討の結果、図2に示すように、溶接トーチ又は溶接棒の位置が、周波数1〜4Hz、幅2〜6mmで溶接線15と交差するような軌跡17をとるように溶接すること、即ち、溶接トーチ又は溶接棒を、周波数を1〜4Hz、揺動幅16を2〜6mmとして、溶接方向18に対してほぼ垂直な方向に揺動させながら溶接することが極めて効果的であることを見出した。この方法を適用することにより、溶接ビードが幅方向に広がり、溶接中央部で盛り上がることなく良好なビード形状が得られる。その際、揺動時の周波数及び揺動幅は、鋼及び溶接材料の組成に大きく依存するため、これらの組成に応じて適宜設定することができるが、周波数が1Hzよりも小さいとビード中央が盛り上がることがあり、また、周波数が4Hzよりも大きいとビードが周波数に対応して波打った形状になるため、止端の応力集中が大きくなることがあり、高い疲労強度が得られにくくなる。一方、揺動幅16が2mmよりも小さいと、周波数が4Hzを超えた場合と同様にビード中央部が盛り上がった形状となることがある。また、揺動幅が6mmよりも大きいとビードが広がる傾向にあり、温度勾配もやや大きくなるため、凝固が促進され、組成的過冷が発生しやすくなる。その結果、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。なお、溶接トーチ及び溶接棒を揺動させる際の軌跡は特に限定するものではなく、図2に示す軌跡17以外にも、図3に示すような軌跡17a、及び図4に示すような軌跡17b等とすることができる。
【0049】
更に、本発明におけるアーク溶接方法としては、TIG溶接、被覆アーク溶接、並びに、シールドガスとしてCO2ガス、Arガス及びArとCO2との混合ガス等を使用したガスシールド溶接に限るものではなく、サブマージアーク溶接等の他のアーク溶接方法でも継手疲労強度が向上することを確認している。但し、サブマージアーク溶接においては、消耗電極のみならず、フラックスに含有される金属及び金属化合物の添加量並びに消費量が、溶接金属の成分に大きく影響するため、使用するフラックスの元素を消耗電極の添加元素に加味して本発明を適用することにより、疲労強度の高い継手が得られる。
【0050】
更にまた、本発明において対象としている鋼母材は、薄鋼板及び厚鋼板に限るものではなく、鋼管、棒鋼及び形鋼等の各種鋼材、並びに鋳鋼及び鍛鋼等の溶接継手についても同一効果が得られる。更にまた、本発明の溶接方法によれば、回し溶接継手、すみ肉継手、突合せ継手及び肉盛溶接継手等、継手種類によらず疲労強度を向上させることができる。
【0051】
更にまた、前述した本発明の鋼アーク溶接継手及び本発明の溶接方法を、鋼構造物に適用することにより、設計・施工面で特別な配慮を必要とせずに、高い疲労強度を安定して得ることができる。
【0052】
なお、前述した従来技術のうち、非特許文献1には、以下に示すような溶接金属凝固時の添加元素の濃度分布と凝固組織との関係が詳細に記載されている。図5は組成的過冷を示す図である。図5に示すように、同一温度で平衡する固相の元素濃度が液相よりも小さい元素が添加されている場合、凝固過程において液相中に添加元素濃度分布13が生じて、固相と液相の界面近傍は公称濃度10よりも高濃度になり、この濃度分布13と平衡する液相の温度分布8が液相線11に基づいて定まる。この温度分布8が実際の温度分布7より高い領域が組成的過冷9と呼ばれ、この組成的過冷9の大きさによって凝固組織が大きく異なることが示されている。
【0053】
図6は平滑界面成長凝固組織を示す図であり、図7はセル状界面成長凝固組織を示す図であり、図8はセル樹枝状界面成長凝固組を示す図であり、図9は柱状樹枝状界面成長凝固組織を示す図であり、図10は等軸樹枝状界面成長凝固組織を示す図である。図6〜10に示すように、凝固組織の形態は、組成的過冷9の程度が大きくなるに従い、平滑界面成長3、セル状界面成長3a、セル樹枝状界面成長3b、柱状樹枝状界面成長3c、等軸樹枝状成長3dの順に、各組織になることが示されている。図6に示す平滑界面成長の凝固組織3は、上述した組成的過冷9が生じない条件で母材1から成長する平滑な組織である。また、図7のセル状界面成長の組織、図8のセル樹枝状界面成長の組織、図9の柱状樹枝状界面成長の組織、及び図10の等軸樹枝状成長の組織は、いずれも組成的過冷9が存在する場合に発生する組織である。
【0054】
一方、本発明において規定している平滑界面成長の組織は、従来、純アルミニウム等の非鉄金属、又は鉄合金の溶接止端のごく狭い領域では示されているものの、低炭素鋼及び低合金鋼の溶接止端において、0.1mm以上の幅で示されているものは無い。
【0055】
また、非特許文献2に示すように、レーザー溶接のような高エネルギー密度の溶接では、液相中で急峻な温度分布7を持つため、低炭素鋼の溶接部に平滑界面成長の組織が得られる。しかしながら、非特許文献2には、本発明で対象としているアーク溶接では、溶接止端で0.1mm以上の幅を有する平滑界面成長の組織は示されていない。
【0056】
更に、特許文献1では、亀裂状欠陥の発生した構造物の補修方法として、欠陥を再溶融した部分を樹枝状結晶となるように凝固させる方法が開示されているが、図9に示すように樹枝状界面成長の組織は、本発明で規定している図6の平滑界面成長の組織よりも組成的過冷9の大きな場合に生じる組織であり、この点で本発明とは異なる発明である。
【0057】
更にまた、特許文献2では、溶接金属のC含有量が0.02%以上と多く、また溶接割れ防止の観点からS含有量の上限が規定されているものの、実施例に示される添加量は本発明で規定するS含有量より多いため、組成的過冷9が大きくなり、本発明の凝固組織が得られない点で、本発明とは異なる発明である。
【0058】
更にまた、特許文献3では、溶接金属の靭性低下の観点からSi及びMnの含有量の上限が規定されているが、実施例に示されている含有量は本発明の範囲より高く、本発明の凝固組織が得られない。また、Mnの好ましい含有量についても本発明の範囲より多すぎるため、本発明より組成的過冷の大きな組織しか得られず、本発明とは異なる発明である。
【0059】
特許文献4及び特許文献5では、C含有量は硬度分布の均一化の観点から、Si及びMnの含有量は溶接性確保の観点から、夫々上限が規定されているが、実施例に示される溶接金属のC、Si及びMnの含有量の組み合わせは本発明の範囲外にあり、本発明よりも組成的過冷の大きな凝固組織しか得られない点で、本発明とは異なる発明である。
【0060】
このように、前述した特許文献1〜5、非特許文献1及び2に記載の従来の技術においては、疲労亀裂の発生が容易しやすい溶接止端近傍の溶接金属における凝固組織についての検討がなされていないため、この部分が平滑界面成長するとは限らず、高い疲労強度を安定して得ることはできない。これに対して、本発明においては、鋼及び溶接金属の化学組成を規定すると共に、疲労亀裂が発生しやすい溶接止端近傍の溶接金属を平滑界面成長した凝固組織としているため、高い疲労強度を安定して得ることができる。
【実施例】
【0061】
以下、本発明の実施例及び比較例を挙げて、本発明の効果について具体的に説明する。鋼として下記表1〜4に示す化学組成で、板厚が2.3mmの薄鋼板を使用し、下記表1〜4に示す化学組成で、直径が1.2mmのCO2アーク溶接用溶接材料を使用し、下記表1〜4に示す溶接速度で、溶接の層数を1、溶接電流を100A、溶接電圧を15Vとしてアーク溶接し、重ね隅肉溶接継手を製作した。そして、各継手の溶接金属について、溶接止端から0.1mmまでの範囲に含まれる凝固組織を調べた。凝固組織の観察は、飽和ピクリン酸水溶液に5質量%の分量の界面活性剤(ライオン製 ライボンF)を加えたものを腐食液とし、室温で10〜30分間腐食した後、光学顕微鏡にて10〜100倍の倍率で観察する方法で行った。次に、上述の方法で作製した実施例及び比較例の各継手から図11に示す形状及び寸法の重ね隅肉溶接継手疲労試験片を製作し、この試験片を使用して種々の応力範囲、即ち、止端での公称曲げ応力の範囲を種々に変えた曲げ荷重による疲労試験を行って破断寿命を求めた。そして、これらのデータを直線回帰して、破断寿命が200万回となる疲労強度を求めた。以上の結果を下記表1〜4に併せて示す。なお、下記表1〜4に示す化学組成は、上段が溶接金属、中段が鋼、下段が溶接材料であり、残部はFe及び不可避的不純物である。また、下記表3及び表4における下線は、本発明の範囲外であることを示す。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
【表3】
【0065】
【表4】
【0066】
上記表1〜4に示すように、No.1〜No.32の継手はいずれも、止端から0.1mmまでの範囲の溶接金属の凝固組織が平滑界面成長組織となっており、本発明の実施例の継手である。これらの実施例の継手は、No.33〜No.42の比較例の継手に比べて疲労強度が20%以上向上しており、本発明の継手及び本発明の溶接方法による継手が疲労強度向上に有効であることがわかった。
【0067】
上記表1〜3に示す実施例の継手のうちNo.1及びNo.2の継手は、請求項1の範囲の化学組成を有する継手であり、No.3〜No.22の継手は、溶接金属に請求項2で規定している添加元素を含まれている継手である。これらNo.3〜No.22の継手は、No.1及びNo.2の継手に比べて、更に10%程度の疲労強度向上が確認され、これらの元素の添加が疲労強度向上にさらに有効であることが確認された。また、No.1及びNo.2の継手は請求項4で規定している溶接材料を使用し、No.3〜No.22の継手は請求項5で規定している溶接材料を使用したものである。
【0068】
一方、上記表4に示す比較例No.33〜No.42の継手は、いずれも溶接金属における溶接止端から0.1mmまでの範囲の組織が、柱状樹枝状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、平滑界面成長組織にセル状界面成長組織が混在した組織、セル状界面成長組織にセル樹枝状界面成長組織が混在した組織、セル樹枝状界面成長組織に柱状樹枝状界面成長組織が混在した組織、及び柱状樹枝状界面成長組織に等軸樹枝状成長組織が混在した組織であった。これらの継手のうち、No.33〜No.38の継手はC、Si、Mn、P、S及びAlのいずれかの含有量が、本発明の範囲から外れているため、実施例No.1及びNo.2の継手に比べて、疲労強度が低かった。また、No.33〜No.38の継手は溶接金属又は鋼において、添加元素の範囲が本発明の範囲から外れているため、前述の実施例の継手に比べて、疲労強度が低かった。特に、No.36及びNo.38の継手は、夫々P及びAlの含有量が本発明の範囲を超えているため、溶接金属の靭性が低く、このことが疲労強度が向上しない一因であった。
【0069】
上記表3に示す実施例No.23〜No.32の継手は、溶接速度の影響を比較したものである。溶接速度が、請求項6で規定した範囲から外れたNo.23、No.31及びNo.32の継手は、疲労強度が比較例の継手に対して20%増加した程度であるが、溶接速度を請求項6の範囲内としたNo.24、No.29及びNo.30の継手は、No.23、No.31及びNo.32の継手よりも更に10%程度高い疲労強度が得られ、溶接速度を請求項6で規定している範囲内にすることは、疲労強度の向上にさらに有効であることが確認された。また、No.24、No.29及びNo.30の継手の溶接金属は、溶接止端から0.1mmまでの範囲よりも更に広い範囲、具体的には、溶接止端から0.5〜1.0mmの位置まで、平滑界面成長の組織が発生していることを確認した。更に、No.23の継手は、溶接ビードが盛り上がり、応力集中が極めて大きな止端形状の継手であることも確認した。
【0070】
また、実施例No.11、No.12、No.16〜No.18及びNo.24〜No.28の継手は、溶接トーチを溶接方向に対して垂直の方向に揺動させたときの影響を比較したものである。揺動条件が、請求項7で規定した範囲にあるNo.12、No.17及びNo.18の継手は夫々、揺動させていないNo.11及びNo.16の継手に比べて、更に疲労強度が向上していることが確認された。また、揺動条件が請求項7で規定した範囲から外れたNo.25、No.27及びNo.28の継手は、No.24の継手に対する疲労強度向上効果はわずかであるが、揺動条件を請求項7の範囲内としたNo.26の継手では、更に大幅な疲労強度向上効果が認められた。これにより、揺動条件を請求項7で規定した範囲内とすることは、疲労強度の向上に更に有効であることが確認された。
【0071】
このように、本発明の鋼アーク溶接継手及び溶接方法は、継手疲労強度向上に有効であることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】(a)は本発明の鋼アーク溶接継手の溶接部を示す平面図であり、(b)は(a)に示すA−A線による断面図である。
【図2】溶接トーチ又は溶接棒の位置の軌跡を示す図である。
【図3】溶接トーチ又は溶接棒の位置の他の軌跡を示す図である。
【図4】溶接トーチ又は溶接棒の位置の他の軌跡を示す図である。
【図5】組成的過冷を示す図である。
【図6】平滑界面成長凝固組織を示す図である。
【図7】セル状界面成長凝固組織を示す図である。
【図8】セル樹枝状界面成長凝固組織を示す図である。
【図9】柱状樹枝状界面成長凝固組織を示す図である。
【図10】等軸樹枝状界面成長凝固組織を示す図である。
【図11】本発明の実施例における重ね隅肉継手の試験片形状及び寸法を示す図である。
【符号の説明】
【0073】
1 鋼(母材)
2 溶接金属
3 凝固組織(平滑界面成長組織)
3a 凝固組織(セル状界面成長組織)
3b 凝固組織(セル樹枝状界面成長組織)
3c 凝固組織(柱状樹枝状界面成長組織)
3d 凝固組織(等軸樹枝状成長組織)
4 液相
5 固相−液相界面
6 溶接止端
7 液相中の温度分布
8 液相の元素濃度と平衡する液相線の温度分布
9 組成的過冷領域
10 添加元素の公称濃度
11 平衡状態図の液相線
12 平衡状態図の固相線
13 液相中の元素濃度分布
14 溶接止端から溶接金属方向の距離(範囲)
15 溶接線
16 揺動幅
17、17a、17b 溶接トーチ又は溶接棒の位置の軌跡
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、家電製品、建築構造物、船舶、橋梁、建設機械、各種プラント及びペンストック等の鋼構造物に使用される鋼アーク溶接継手のうち、疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手及びその溶接方法、並びにこの鋼アーク溶接継手を有する鋼構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、鋼母材の疲労強度はその強度の増加に伴い増加するが、アーク溶接された継手の疲労強度(以下、継手疲労強度ともいう。)は、鋼母材の強度を高めても向上しないことが実験により示されている。従って、高張力鋼をアーク溶接した継手の疲労強度は、低強度鋼をアーク溶接した継手の疲労強度と略同等であり、従来、疲労破壊が問題となる鋼構造物においては、高張力鋼を母材として使用しても設計強度を向上させることができなかった。このような状況に対して、溶接金属の凝固組織、更には溶接金属の元素及び組織等を改善する技術が検討され、開示されている(例えば、特許文献1〜5、非特許文献1及び2参照。)。
【0003】
先ず、非特許文献1には、溶接金属の凝固組織に関連して、元素の濃度及び溶融金属内の温度分布の関係によって異なる凝固組織の形態が詳しく開示されている。また非特許文献2には、溶接金属の凝固組織の例が開示されている。更に、特許文献1には、溶接金属の凝固組織の種類及び寸法を規定した補修溶接方法が開示されている。
【0004】
一方、特許文献2には、溶接金属の元素及び組織に関する発明のうち、溶接金属の元素及び組織を規定すると共に、鋼母材の元素及び溶接熱影響部の組織を規定した疲労強度に優れた溶接継手および溶接条件を既定した溶接方法が開示されている。また、特許文献3には、靱性の高い溶接金属を得ることを目的として、溶接金属のC、Si、Mn、S、Al、B及びNを規定し、かつ溶接金属の組織の90%以上を極低炭素ベイナイト組織とする極低炭素系高張力鋼溶接継手の製造方法及び溶接鋼構造物が開示されている。
【0005】
更に、特許文献4及び特許文献5には、継手疲労強度向上を目的として、溶接溶融境界近傍の溶接金属と溶接熱影響部との最高硬度の差、並びに溶接金属及び母材の元素を規定した構造用鋼溶接継手が開示されている。
【0006】
【特許文献1】特開平7−75893号公報
【特許文献2】特開平9−227987号公報
【特許文献3】特開2002−180181号公報
【特許文献4】特開平7−171679号公報
【特許文献5】特開平11−104838号公報
【非特許文献1】佐藤邦彦編、「溶接強度ハンドブック」、理工学社、1988年、p.2−27〜2−33
【非特許文献2】沓名宗春,近藤康裕、「炭素鋼のレーザ溶接部の組織および硬さ変化に関する研究」、溶接学会全国大会講演概要集、第57集、1995年10月、p.420〜421
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前述の特許文献1〜5、非特許文献1及び2に記載の技術はいずれも、疲労亀裂の発生が容易しやすい溶接止端近傍の溶接金属における凝固組織についての検討がなされていないため、疲労強度が優れた鋼アーク溶接継手を安定して得ることができないという問題点がある。
【0008】
本発明は、上述した問題点に鑑みてなされたものであって、その目的は、設計・施工面で特別な配慮を必要とせず、高い疲労強度を安定して得ることが可能な疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手、その溶接方法及び鋼構造物を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手は、質量%で、C:0.0001〜0.0600%、Si:0.01〜0.36%、Mn:0.01〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.009%以下及びAl:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼と、質量%で、C:0.0001〜0.0200%、Si:0.01〜0.12%、Mn:0.01〜0.40%、P:0.030%以下、S:0.003%以下及びAl:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる溶接金属とからなり、前記溶接金属は、少なくとも溶接止端から0.1mmまでの範囲が、平滑界面成長した凝固組織であることを特徴とする。
【0010】
この鋼アーク溶接継手における前記溶接金属は、更に、質量%で、Cu:0.10〜1.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.100%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜0.50%及びCr:0.10〜7.00%からなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有していてもよい。
【0011】
また、前記鋼は、更に、質量%で、Cu:0.10〜3.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.300%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜1.50%及びCr:0.10〜7.00%からなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有していてもよい。
【0012】
本発明に係る疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手の溶接方法は、質量%で、C:0.0001〜0.0600%、Si:0.01〜0.36%、Mn:0.01〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.009%以下、Al:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる溶接材料を使用して溶接して、前述した鋼アーク溶接継手を得ることを特徴とする
【0013】
この鋼アーク溶接継手の溶接方法では、前記溶接材料が、更に、質量%で、Cu:0.10〜3.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.300%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜1.50%及びCr:0.10〜7.00%からなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有していてもよい。
【0014】
また、10〜50cm/分の溶接速度で溶接することもできる。その際、アーク溶接トーチ又は溶接棒を、溶接線に対して垂直な方向に周波数1〜4Hz、幅2〜6mmで揺動させてもよい。
【0015】
本発明に係る鋼構造物は、前述した鋼アーク溶接継手を有することを特徴とする。
【0016】
なお、本発明の溶接方法は、鋼に1パスで溶接する場合のみならず、多層盛溶接金属の途中の溶接パスにも適用可能であるため、本発明の鋼アーク溶接継手における鋼には、鋼母材だけでなく、多層盛溶接途中の溶接金属及び溶接熱影響部も含むものとする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、鋼及び溶接金属の化学組成を規定すると共に、疲労亀裂の発生する止端近傍の凝固組織を、疲労亀裂の発生しにくい組織としているため、疲労破壊が問題となる鋼アーク溶接継手及び鋼構造物での使用に際し、設計・施工面で特別な配慮を必要とせず高い疲労強度を安定して得ることが可能であり、工業的な価値が極めて高い発明であるといえる。更に、本発明の原理は、継手形式等の種類によらず、広範囲にわたって適用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、詳細に説明する。鋼アーク溶接継手に疲労荷重が負荷されると、溶接止端から疲労破壊が発生する。このように、溶接止端から疲労破壊が発生する原因は、溶接止端での応力集中及び残留応力が大きく、溶接金属がその応力に耐えられずに、容易に疲労亀裂を発生させることにある。
【0019】
そこで、本発明者は、先ず、アーク溶接止端の組織と疲労亀裂発生挙動との関係について鋭意検討した。その結果、疲労亀裂のほとんどは、溶接熱影響部ではなく溶接金属から発生すること、及び疲労亀裂の発生のしやすさは溶接金属の凝固組織と密接に関係しており、凝固組織の種類によって疲労亀裂発生抵抗が異なることを知見した。即ち、凝固組織が、組成的過冷に伴って成長するセル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織である場合には、疲労亀裂の発生が容易であるのに対し、組成的過冷が無い場合に生じる平滑界面成長の組織の場合には、疲労亀裂が発生しにくいことを発見した。
【0020】
図1(a)は本発明の鋼アーク溶接継手の溶接部を示す平面図であり、図1(b)は図1(a)に示すA−A線による断面図である。本発明者は、図1(a)及び(b)に示す平滑界面成長する組織の溶接止端からの範囲14について検討したところ、溶接金属における溶接止端から0.1mm以上の範囲が平滑界面成長の組織の場合、継手疲労強度の向上が著しく、また溶接止端から0.1mmまでの範囲にセル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織が混在すると、継手疲労強度の向上が小さくなることが判明した。これは、溶接止端の形状、ひいては溶接条件や姿勢及び溶接金属の組成等にも大きく依存するが、溶接止端で最も応力の高い位置が、少なくとも溶接止端よりも0.05〜0.1mm程度溶接金属側に存在することによるものであることを発見した。
【0021】
次に、この結果を受けて、本発明者は、溶接金属の凝固組織の形成条件について検討を行なった。溶接現象は急冷凝固現象であり、通常の炭素鋼、低合金鋼及び高合金鋼の溶接の場合には、大きな組成的過冷を伴ってセル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等を形成すること、更に、組成的過冷を防いで平滑界面成長の組織にするには、組成的過冷を生じやすい添加元素を極力減らすことが有効であることを知見した。
【0022】
そして、本発明者は、溶接金属の主要元素であるC、Si、Mn、P、S及びAlについて、組成的過冷を防ぐ添加量の上限を検討した。また、併せて、平滑界面成長の組織の状態で、Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrのうちの1種又は2種以上を適正範囲量含有すると、溶接金属の固溶・析出強化機構による疲労強度向上効果が発現することも見出した。更に、本発明者は、凝固組織の成長速度に影響を及ぼすアーク溶接条件についても検討し、凝固組織の形成は溶接入熱よりも溶接速度の影響が大きく、平滑界面成長の組織が晶出しやすい溶接速度範囲が存在することを把握した。
【0023】
先ず、本発明の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手(以下、単に鋼アーク溶接継手という)における溶接金属の成分限定理由について説明する。なお、以下の説明においては、組成における質量%は、単に%と記載する。
【0024】
C:0.0001〜0.0200%
Cは、強度を高める効果があるが、その含有量が0.0001%未満の場合、十分な強度を確保することができない。一方、溶接金属中のC含有量が0.0200%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出する。よって、C含有量は0.0001〜0.0200%とする。
【0025】
Si:0.01〜0.12%
Siは、強度確保に有用な元素であるが、Si含有量が0.01%未満の場合、その効果が得られない。一方、溶接金属中のSi含有量が0.12%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出する。よって、Si含有量は0.01〜0.12%とする。
【0026】
Mn:0.01〜0.40%
Mnは、安価に強度を上げる元素として有用である。しかしながら、溶接金属中のMn含有量が0.01%未満の場合、十分な強度を確保することができない。一方、溶接金属中のMn含有量が0.40%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出する。よって、Mn含有量は0.01〜0.40%とする。
【0027】
Al:0.001〜0.100%
Alは、脱酸元素である。しかしながら、溶接金属中のAl含有量が0.001%未満の場合、十分な脱酸効果が得られない。一方、Al含有量が0.100%を超えると、溶接金属の靭性が劣化する。よって、Al含有量は0.001〜0.100%とする。
【0028】
P:0.030%以下,S:0.003%以下
P及びSは、通常の製鋼工程で不可避的に含有される不純物元素であり、溶接金属中のP含有量が0.030%を超えるか、又はS含有量が0.003%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出すると共に、溶接金属の割れを助長する。よって、P含有量を0.030%以下に規制すると共に、S含有量を0.003%以下に規制する。
【0029】
また、本発明の鋼アーク溶接継手における溶接金属は、上記各成分に加えて、Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrからなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有していてもよい。Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrはいずれも、固溶強化機構及び析出強化機構を発揮し、鋼溶接継手の疲労特性を向上させる成分であり、この点でこれらは同効成分である。しかしながら、溶接金属中にこれらの元素が過剰に存在すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出するか、又は溶接金属の靭性が低下するため、これらの元素を添加する場合は、Cu:0.10〜1.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.100%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜0.50%及びCr:0.10〜7.00%とする。なお、本発明の鋼アーク溶接継手の溶接金属における残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0030】
次に、本発明の鋼アーク溶接継手における鋼(母材)の成分限定理由について説明する。溶接時には溶接材料が溶融され、かつ鋼の一部も溶融されてこれらの溶融金属が高温で攪拌される結果、ほぼ均一な組成の溶接金属が形成される。従って、溶接金属の組成は、溶接材料及び鋼の組成に大きく依存しており、例えば、鋼の溶け込み、即ち、希釈率が小さく、かつ溶接材料の添加元素量が少ない場合には、鋼の元素濃度は高くても溶接によってかなり薄められて溶接金属を形成することになる。また、同じように鋼の溶け込み、即ち、希釈率が小さく、かつ溶接材料の添加元素量が大きい場合には、鋼の元素濃度は低くても高い濃度の溶接金属を形成することになる。このように、本発明者は種々の継手形式における希釈率を検討した上で、溶接金属の止端に平滑界面成長の凝固組織を得るための鋼の成分範囲を検討した。
【0031】
C:0.0001〜0.0600%
Cは、強度を高める効果があるが、その含有量が0.0001%未満の場合、十分な強度を確保することができない。一方、鋼中のC含有量が0.0600%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。よって、C含有量は0.0001〜0.0600%とする。
【0032】
Si:0.01〜0.36%
Siは、強度確保に有用な元素であるが、Si含有量が0.01%未満の場合、その効果が得られない。一方、鋼に0.36%を超えてSiを添加すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。よって、Si含有量は0.01〜0.36%とする。
【0033】
Mn:0.01〜1.20%
Mnは、安価に強度を上げる元素として有用であるが、その含有量が0.01%未満の場合、十分な強度を確保することができない。一方、鋼に1.20%を超えてMnを添加すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。よって、Mn含有量は0.01〜1.20%とする。
【0034】
P:0.030%以下,S:0.009%以下
P及びSは、通常の製鋼工程で不可避的に含有される不純物であり、鋼中のP含有量が0.030%を超えるか、又はS含有量が0.009%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなるか、又は溶接金属の靭性が著しく低下する。よって、P含有量を0.030%以下に規制すると共に、S含有量を0.009%以下に規制する。
【0035】
Al:0.001〜0.100%
Alは、脱酸元素であるが、その含有量が0.001%未満の場合、十分な脱酸効果が得られない。一方、鋼中のAl含有量が0.100%を超えると、溶接金属の靭性が著しく低下する。よって、Al含有量は0.001〜0.100%とする。
【0036】
また、本発明の鋼アーク溶接継手における鋼は、上記各成分に加えて、Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrからなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有していてもよい。Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrはいずれも、固溶強化機構及び析出強化機構を発揮して鋼アーク溶接継手の疲労特性を向上させる成分であり、この点でこれらは同効成分である。しかしながら、鋼にこれらの元素を過剰に添加すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出するか、又は溶接金属の靭性が著しく低下するため、これらの元素を添加する場合は、Cu:0.10〜3.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.300%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜1.50%及びCr:0.10〜7.00%とする。なお、本発明の鋼アーク溶接継手の鋼における残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0037】
以下、上述した鋼アーク溶接継手を得るための溶接方法、即ち、本発明の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手の溶接方法(以下、単に溶接方法という)について説明する。
【0038】
溶接時には溶接材料が溶融されると共に、鋼の一部も溶融され、これらの溶融金属が高温で攪拌される結果、ほぼ均一な組成の溶接金属が形成される。従って、溶接金属の組成は、溶接材料及び鋼の組成に大きく依存しており、例えば鋼の溶け込み、即ち希釈率が大きく、かつ鋼の添加元素量が少ない場合には、溶接材料の元素濃度が高くても溶接により薄められて溶接金属を形成することになる。同様に、希釈率が大きく、かつ鋼の添加元素量が大きい場合には、溶接材料の元素濃度が低くても、濃度の高い溶接金属が形成される。このように、本発明者は種々の継手形式における希釈率を検討した上で、溶接金属の止端に平滑界面成長の凝固組織を得るための溶接材料の好ましい成分範囲について検討し、本発明に至った。先ず、本発明の溶接方法で使用する溶接材料の成分限定理由について説明する。
【0039】
C:0.0001〜0.0600%
上述したように、Cは、強度を高める効果がある。しかしながら、溶接材料中のC含有量が0.0001%未満の場合、十分な強度を確保することができない。一方、溶接材料中のC含有量が0.0600%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。よって、C含有量は0.0001〜0.0600%とする。
【0040】
Si:0.01〜0.36%
Cと同様に、Siも、強度確保に有用な元素であるが、溶接材料中のSi含有量が0.01%未満の場合、その効果が得られない。一方、溶接材料に0.36%を超えてSiを添加すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。よって、Si含有量は0.01〜0.36%とする。
【0041】
Mn:0.01〜1.20%
Mnは、安価に強度を上げるために有用な元素である。しかしながら、溶接材料中のMn含有量が0.01%未満の場合、十分な強度を確保することができない。一方、溶接材料に1.20%を超えてMnを添加すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。よって、Mn含有量は0.01〜1.20%とする。
【0042】
P:0.030%以下,S:0.009%以下
P及びSは、通常の製鋼工程で不可避的に含有される不純物元素である。そして、溶接材料中のP含有量が0.030%を超えるか、又はS含有量が0.009%を超えると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなるか、又は溶接金属の靭性が著しく低下する。よって、P含有量は0.030%以下に規制し、S含有量は0.009%以下に規制する。
【0043】
Al:0.001〜0.100%
Alは、脱酸元素である。しかしながら、溶接材料中のAl含有量が0.001%未満の場合、十分な脱酸効果が得られず、また、Al含有量が0.100%を超えると、溶接金属の靭性が著しく低下する。よって、Al含有量は0.001〜0.100%とする。
【0044】
また、本発明の溶接方法においては、溶接材料が前記各成分に加えて、Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrからなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有していてもよい。Cu、Mo、Nb、V、Ti、B、Ni及びCrはいずれも、固溶強化機構及び析出強化機構を発揮して、鋼アーク溶接継手の疲労特性を向上させる成分であり、この点でこれらは同効成分である。しかしながら、これらの元素を過剰に添加すると、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなるか、又は溶接金属の靭性が低下するため、溶接材料にこれらの元素を添加する場合は、Cu:0.10〜3.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.300%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜1.50%及びCr:0.10〜7.00%とする。
【0045】
なお、本発明の溶接方法で使用する溶接材料における上記以外の成分、即ち、残部は、Fe及び不可避的不純物である。また、本発明の溶接方法における鋼及び溶接材料中には酸化物及び窒化物等の状態で種々の元素が添加されており、不可避的にN及びOが含まれているが、これらの元素を通常の添加範囲内含有している場合、疲労強度に及ぼす影響は小さいため、本発明においてはその成分範囲は特に限定するものではない。
【0046】
一方、本発明の溶接方法は、アーク溶接方法及び溶接入熱の違いによって溶融池内の温度勾配が変化し、凝固組織に影響を及ぼして疲労強度向上効果に違いが出ることが考えられるため、本発明者は、アーク溶接における溶接条件を種々に変えて止端近傍の凝固組織の検討を行なった。その結果、各溶接条件のうち、溶接電流及びアーク電圧の影響は比較的小さいが、溶接速度によって凝固組織が変化することが判明し、溶接速度が10〜50cm/分の範囲のときに、特に、平滑界面成長の組織を晶出しやすいことが判明した。
【0047】
鋼及び溶接材料の組成にも大きく依存するが、溶接速度が50cm/分を超えると、止端近傍の溶融池内の温度勾配が小さくなり、止端近傍で組成的過冷が生じやすくなる。その結果、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。また、溶接速度が10cm/分未満の場合、温度勾配が大きく、組成的過冷が生じる可能性は小さくなるが、溶接速度が遅いため、溶接金属が盛り上がって止端形状の悪いビードになり、疲労強度が低下する。本発明においては、このような理由から、好ましい溶接速度を10〜50cm/分とする。但し、溶接速度が上述した範囲から外れていても、鋼及び溶接材料の成分によっては平滑界面成長の組織が得られるため、本発明の効果が大きく低減するわけではない。
【0048】
また、本発明者は、特に温度勾配を大きく保ちつつ止端形状が良好なビードを得る方法について検討を行った。図2は溶接時の溶接トーチ又は溶接棒の位置の軌跡を示す図である。本発明者の検討の結果、図2に示すように、溶接トーチ又は溶接棒の位置が、周波数1〜4Hz、幅2〜6mmで溶接線15と交差するような軌跡17をとるように溶接すること、即ち、溶接トーチ又は溶接棒を、周波数を1〜4Hz、揺動幅16を2〜6mmとして、溶接方向18に対してほぼ垂直な方向に揺動させながら溶接することが極めて効果的であることを見出した。この方法を適用することにより、溶接ビードが幅方向に広がり、溶接中央部で盛り上がることなく良好なビード形状が得られる。その際、揺動時の周波数及び揺動幅は、鋼及び溶接材料の組成に大きく依存するため、これらの組成に応じて適宜設定することができるが、周波数が1Hzよりも小さいとビード中央が盛り上がることがあり、また、周波数が4Hzよりも大きいとビードが周波数に対応して波打った形状になるため、止端の応力集中が大きくなることがあり、高い疲労強度が得られにくくなる。一方、揺動幅16が2mmよりも小さいと、周波数が4Hzを超えた場合と同様にビード中央部が盛り上がった形状となることがある。また、揺動幅が6mmよりも大きいとビードが広がる傾向にあり、温度勾配もやや大きくなるため、凝固が促進され、組成的過冷が発生しやすくなる。その結果、セル状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、柱状樹枝状界面成長組織、及び等軸樹枝状成長組織等が晶出しやすくなる。なお、溶接トーチ及び溶接棒を揺動させる際の軌跡は特に限定するものではなく、図2に示す軌跡17以外にも、図3に示すような軌跡17a、及び図4に示すような軌跡17b等とすることができる。
【0049】
更に、本発明におけるアーク溶接方法としては、TIG溶接、被覆アーク溶接、並びに、シールドガスとしてCO2ガス、Arガス及びArとCO2との混合ガス等を使用したガスシールド溶接に限るものではなく、サブマージアーク溶接等の他のアーク溶接方法でも継手疲労強度が向上することを確認している。但し、サブマージアーク溶接においては、消耗電極のみならず、フラックスに含有される金属及び金属化合物の添加量並びに消費量が、溶接金属の成分に大きく影響するため、使用するフラックスの元素を消耗電極の添加元素に加味して本発明を適用することにより、疲労強度の高い継手が得られる。
【0050】
更にまた、本発明において対象としている鋼母材は、薄鋼板及び厚鋼板に限るものではなく、鋼管、棒鋼及び形鋼等の各種鋼材、並びに鋳鋼及び鍛鋼等の溶接継手についても同一効果が得られる。更にまた、本発明の溶接方法によれば、回し溶接継手、すみ肉継手、突合せ継手及び肉盛溶接継手等、継手種類によらず疲労強度を向上させることができる。
【0051】
更にまた、前述した本発明の鋼アーク溶接継手及び本発明の溶接方法を、鋼構造物に適用することにより、設計・施工面で特別な配慮を必要とせずに、高い疲労強度を安定して得ることができる。
【0052】
なお、前述した従来技術のうち、非特許文献1には、以下に示すような溶接金属凝固時の添加元素の濃度分布と凝固組織との関係が詳細に記載されている。図5は組成的過冷を示す図である。図5に示すように、同一温度で平衡する固相の元素濃度が液相よりも小さい元素が添加されている場合、凝固過程において液相中に添加元素濃度分布13が生じて、固相と液相の界面近傍は公称濃度10よりも高濃度になり、この濃度分布13と平衡する液相の温度分布8が液相線11に基づいて定まる。この温度分布8が実際の温度分布7より高い領域が組成的過冷9と呼ばれ、この組成的過冷9の大きさによって凝固組織が大きく異なることが示されている。
【0053】
図6は平滑界面成長凝固組織を示す図であり、図7はセル状界面成長凝固組織を示す図であり、図8はセル樹枝状界面成長凝固組を示す図であり、図9は柱状樹枝状界面成長凝固組織を示す図であり、図10は等軸樹枝状界面成長凝固組織を示す図である。図6〜10に示すように、凝固組織の形態は、組成的過冷9の程度が大きくなるに従い、平滑界面成長3、セル状界面成長3a、セル樹枝状界面成長3b、柱状樹枝状界面成長3c、等軸樹枝状成長3dの順に、各組織になることが示されている。図6に示す平滑界面成長の凝固組織3は、上述した組成的過冷9が生じない条件で母材1から成長する平滑な組織である。また、図7のセル状界面成長の組織、図8のセル樹枝状界面成長の組織、図9の柱状樹枝状界面成長の組織、及び図10の等軸樹枝状成長の組織は、いずれも組成的過冷9が存在する場合に発生する組織である。
【0054】
一方、本発明において規定している平滑界面成長の組織は、従来、純アルミニウム等の非鉄金属、又は鉄合金の溶接止端のごく狭い領域では示されているものの、低炭素鋼及び低合金鋼の溶接止端において、0.1mm以上の幅で示されているものは無い。
【0055】
また、非特許文献2に示すように、レーザー溶接のような高エネルギー密度の溶接では、液相中で急峻な温度分布7を持つため、低炭素鋼の溶接部に平滑界面成長の組織が得られる。しかしながら、非特許文献2には、本発明で対象としているアーク溶接では、溶接止端で0.1mm以上の幅を有する平滑界面成長の組織は示されていない。
【0056】
更に、特許文献1では、亀裂状欠陥の発生した構造物の補修方法として、欠陥を再溶融した部分を樹枝状結晶となるように凝固させる方法が開示されているが、図9に示すように樹枝状界面成長の組織は、本発明で規定している図6の平滑界面成長の組織よりも組成的過冷9の大きな場合に生じる組織であり、この点で本発明とは異なる発明である。
【0057】
更にまた、特許文献2では、溶接金属のC含有量が0.02%以上と多く、また溶接割れ防止の観点からS含有量の上限が規定されているものの、実施例に示される添加量は本発明で規定するS含有量より多いため、組成的過冷9が大きくなり、本発明の凝固組織が得られない点で、本発明とは異なる発明である。
【0058】
更にまた、特許文献3では、溶接金属の靭性低下の観点からSi及びMnの含有量の上限が規定されているが、実施例に示されている含有量は本発明の範囲より高く、本発明の凝固組織が得られない。また、Mnの好ましい含有量についても本発明の範囲より多すぎるため、本発明より組成的過冷の大きな組織しか得られず、本発明とは異なる発明である。
【0059】
特許文献4及び特許文献5では、C含有量は硬度分布の均一化の観点から、Si及びMnの含有量は溶接性確保の観点から、夫々上限が規定されているが、実施例に示される溶接金属のC、Si及びMnの含有量の組み合わせは本発明の範囲外にあり、本発明よりも組成的過冷の大きな凝固組織しか得られない点で、本発明とは異なる発明である。
【0060】
このように、前述した特許文献1〜5、非特許文献1及び2に記載の従来の技術においては、疲労亀裂の発生が容易しやすい溶接止端近傍の溶接金属における凝固組織についての検討がなされていないため、この部分が平滑界面成長するとは限らず、高い疲労強度を安定して得ることはできない。これに対して、本発明においては、鋼及び溶接金属の化学組成を規定すると共に、疲労亀裂が発生しやすい溶接止端近傍の溶接金属を平滑界面成長した凝固組織としているため、高い疲労強度を安定して得ることができる。
【実施例】
【0061】
以下、本発明の実施例及び比較例を挙げて、本発明の効果について具体的に説明する。鋼として下記表1〜4に示す化学組成で、板厚が2.3mmの薄鋼板を使用し、下記表1〜4に示す化学組成で、直径が1.2mmのCO2アーク溶接用溶接材料を使用し、下記表1〜4に示す溶接速度で、溶接の層数を1、溶接電流を100A、溶接電圧を15Vとしてアーク溶接し、重ね隅肉溶接継手を製作した。そして、各継手の溶接金属について、溶接止端から0.1mmまでの範囲に含まれる凝固組織を調べた。凝固組織の観察は、飽和ピクリン酸水溶液に5質量%の分量の界面活性剤(ライオン製 ライボンF)を加えたものを腐食液とし、室温で10〜30分間腐食した後、光学顕微鏡にて10〜100倍の倍率で観察する方法で行った。次に、上述の方法で作製した実施例及び比較例の各継手から図11に示す形状及び寸法の重ね隅肉溶接継手疲労試験片を製作し、この試験片を使用して種々の応力範囲、即ち、止端での公称曲げ応力の範囲を種々に変えた曲げ荷重による疲労試験を行って破断寿命を求めた。そして、これらのデータを直線回帰して、破断寿命が200万回となる疲労強度を求めた。以上の結果を下記表1〜4に併せて示す。なお、下記表1〜4に示す化学組成は、上段が溶接金属、中段が鋼、下段が溶接材料であり、残部はFe及び不可避的不純物である。また、下記表3及び表4における下線は、本発明の範囲外であることを示す。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
【表3】
【0065】
【表4】
【0066】
上記表1〜4に示すように、No.1〜No.32の継手はいずれも、止端から0.1mmまでの範囲の溶接金属の凝固組織が平滑界面成長組織となっており、本発明の実施例の継手である。これらの実施例の継手は、No.33〜No.42の比較例の継手に比べて疲労強度が20%以上向上しており、本発明の継手及び本発明の溶接方法による継手が疲労強度向上に有効であることがわかった。
【0067】
上記表1〜3に示す実施例の継手のうちNo.1及びNo.2の継手は、請求項1の範囲の化学組成を有する継手であり、No.3〜No.22の継手は、溶接金属に請求項2で規定している添加元素を含まれている継手である。これらNo.3〜No.22の継手は、No.1及びNo.2の継手に比べて、更に10%程度の疲労強度向上が確認され、これらの元素の添加が疲労強度向上にさらに有効であることが確認された。また、No.1及びNo.2の継手は請求項4で規定している溶接材料を使用し、No.3〜No.22の継手は請求項5で規定している溶接材料を使用したものである。
【0068】
一方、上記表4に示す比較例No.33〜No.42の継手は、いずれも溶接金属における溶接止端から0.1mmまでの範囲の組織が、柱状樹枝状界面成長組織、セル樹枝状界面成長組織、平滑界面成長組織にセル状界面成長組織が混在した組織、セル状界面成長組織にセル樹枝状界面成長組織が混在した組織、セル樹枝状界面成長組織に柱状樹枝状界面成長組織が混在した組織、及び柱状樹枝状界面成長組織に等軸樹枝状成長組織が混在した組織であった。これらの継手のうち、No.33〜No.38の継手はC、Si、Mn、P、S及びAlのいずれかの含有量が、本発明の範囲から外れているため、実施例No.1及びNo.2の継手に比べて、疲労強度が低かった。また、No.33〜No.38の継手は溶接金属又は鋼において、添加元素の範囲が本発明の範囲から外れているため、前述の実施例の継手に比べて、疲労強度が低かった。特に、No.36及びNo.38の継手は、夫々P及びAlの含有量が本発明の範囲を超えているため、溶接金属の靭性が低く、このことが疲労強度が向上しない一因であった。
【0069】
上記表3に示す実施例No.23〜No.32の継手は、溶接速度の影響を比較したものである。溶接速度が、請求項6で規定した範囲から外れたNo.23、No.31及びNo.32の継手は、疲労強度が比較例の継手に対して20%増加した程度であるが、溶接速度を請求項6の範囲内としたNo.24、No.29及びNo.30の継手は、No.23、No.31及びNo.32の継手よりも更に10%程度高い疲労強度が得られ、溶接速度を請求項6で規定している範囲内にすることは、疲労強度の向上にさらに有効であることが確認された。また、No.24、No.29及びNo.30の継手の溶接金属は、溶接止端から0.1mmまでの範囲よりも更に広い範囲、具体的には、溶接止端から0.5〜1.0mmの位置まで、平滑界面成長の組織が発生していることを確認した。更に、No.23の継手は、溶接ビードが盛り上がり、応力集中が極めて大きな止端形状の継手であることも確認した。
【0070】
また、実施例No.11、No.12、No.16〜No.18及びNo.24〜No.28の継手は、溶接トーチを溶接方向に対して垂直の方向に揺動させたときの影響を比較したものである。揺動条件が、請求項7で規定した範囲にあるNo.12、No.17及びNo.18の継手は夫々、揺動させていないNo.11及びNo.16の継手に比べて、更に疲労強度が向上していることが確認された。また、揺動条件が請求項7で規定した範囲から外れたNo.25、No.27及びNo.28の継手は、No.24の継手に対する疲労強度向上効果はわずかであるが、揺動条件を請求項7の範囲内としたNo.26の継手では、更に大幅な疲労強度向上効果が認められた。これにより、揺動条件を請求項7で規定した範囲内とすることは、疲労強度の向上に更に有効であることが確認された。
【0071】
このように、本発明の鋼アーク溶接継手及び溶接方法は、継手疲労強度向上に有効であることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】(a)は本発明の鋼アーク溶接継手の溶接部を示す平面図であり、(b)は(a)に示すA−A線による断面図である。
【図2】溶接トーチ又は溶接棒の位置の軌跡を示す図である。
【図3】溶接トーチ又は溶接棒の位置の他の軌跡を示す図である。
【図4】溶接トーチ又は溶接棒の位置の他の軌跡を示す図である。
【図5】組成的過冷を示す図である。
【図6】平滑界面成長凝固組織を示す図である。
【図7】セル状界面成長凝固組織を示す図である。
【図8】セル樹枝状界面成長凝固組織を示す図である。
【図9】柱状樹枝状界面成長凝固組織を示す図である。
【図10】等軸樹枝状界面成長凝固組織を示す図である。
【図11】本発明の実施例における重ね隅肉継手の試験片形状及び寸法を示す図である。
【符号の説明】
【0073】
1 鋼(母材)
2 溶接金属
3 凝固組織(平滑界面成長組織)
3a 凝固組織(セル状界面成長組織)
3b 凝固組織(セル樹枝状界面成長組織)
3c 凝固組織(柱状樹枝状界面成長組織)
3d 凝固組織(等軸樹枝状成長組織)
4 液相
5 固相−液相界面
6 溶接止端
7 液相中の温度分布
8 液相の元素濃度と平衡する液相線の温度分布
9 組成的過冷領域
10 添加元素の公称濃度
11 平衡状態図の液相線
12 平衡状態図の固相線
13 液相中の元素濃度分布
14 溶接止端から溶接金属方向の距離(範囲)
15 溶接線
16 揺動幅
17、17a、17b 溶接トーチ又は溶接棒の位置の軌跡
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.0001〜0.0600%、Si:0.01〜0.36%、Mn:0.01〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.009%以下及びAl:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼と、
質量%で、C:0.0001〜0.0200%、Si:0.01〜0.12%、Mn:0.01〜0.40%、P:0.030%以下、S:0.003%以下及びAl:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる溶接金属とからなり、
前記溶接金属は、少なくとも溶接止端から0.1mmまでの範囲が、平滑界面成長した凝固組織であることを特徴とする疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手。
【請求項2】
前記溶接金属は、更に、質量%で、Cu:0.10〜1.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.100%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜0.50%及びCr:0.10〜7.00%からなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有することを特徴とする請求項1に記載の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手。
【請求項3】
前記鋼は、更に、質量%で、Cu:0.10〜3.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.300%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜1.50%及びCr:0.10〜7.00%からなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手。
【請求項4】
質量%で、C:0.0001〜0.0600%、Si:0.01〜0.36%、Mn:0.01〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.009%以下、Al:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる溶接材料を使用して溶接して、請求項1〜3のいずれか1項に記載の鋼アーク溶接継手を得ることを特徴とする疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手の溶接方法。
【請求項5】
前記溶接材料は、更に、質量%で、Cu:0.10〜3.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.300%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜1.50%及びCr:0.10〜7.00%からなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有することを特徴とする請求項4に記載の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手の溶接方法。
【請求項6】
10〜50cm/分の溶接速度で溶接することを特徴とする請求項4又は5に記載の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手の溶接方法。
【請求項7】
アーク溶接トーチ又は溶接棒を、溶接方向に対して垂直な方向に周波数1〜4Hz、幅2〜6mmで揺動させながら溶接することを特徴とする請求項6に記載の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手の溶接方法。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の鋼アーク溶接継手を有することを特徴とする疲労強度に優れた鋼構造物。
【請求項1】
質量%で、C:0.0001〜0.0600%、Si:0.01〜0.36%、Mn:0.01〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.009%以下及びAl:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる鋼と、
質量%で、C:0.0001〜0.0200%、Si:0.01〜0.12%、Mn:0.01〜0.40%、P:0.030%以下、S:0.003%以下及びAl:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる溶接金属とからなり、
前記溶接金属は、少なくとも溶接止端から0.1mmまでの範囲が、平滑界面成長した凝固組織であることを特徴とする疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手。
【請求項2】
前記溶接金属は、更に、質量%で、Cu:0.10〜1.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.100%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜0.50%及びCr:0.10〜7.00%からなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有することを特徴とする請求項1に記載の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手。
【請求項3】
前記鋼は、更に、質量%で、Cu:0.10〜3.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.300%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜1.50%及びCr:0.10〜7.00%からなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有することを特徴とする請求項1又は2に記載の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手。
【請求項4】
質量%で、C:0.0001〜0.0600%、Si:0.01〜0.36%、Mn:0.01〜1.20%、P:0.030%以下、S:0.009%以下、Al:0.001〜0.100%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる溶接材料を使用して溶接して、請求項1〜3のいずれか1項に記載の鋼アーク溶接継手を得ることを特徴とする疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手の溶接方法。
【請求項5】
前記溶接材料は、更に、質量%で、Cu:0.10〜3.00%、Mo:0.10〜5.00%、Nb:0.005〜1.000%、V:0.005〜5.000%、Ti:0.005〜0.300%、B:0.0001〜0.0050%、Ni:0.10〜1.50%及びCr:0.10〜7.00%からなる群から選択された1種又は2種以上の元素を含有することを特徴とする請求項4に記載の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手の溶接方法。
【請求項6】
10〜50cm/分の溶接速度で溶接することを特徴とする請求項4又は5に記載の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手の溶接方法。
【請求項7】
アーク溶接トーチ又は溶接棒を、溶接方向に対して垂直な方向に周波数1〜4Hz、幅2〜6mmで揺動させながら溶接することを特徴とする請求項6に記載の疲労強度に優れた鋼アーク溶接継手の溶接方法。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の鋼アーク溶接継手を有することを特徴とする疲労強度に優れた鋼構造物。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2007−290032(P2007−290032A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−257599(P2006−257599)
【出願日】平成18年9月22日(2006.9.22)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年9月22日(2006.9.22)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]