説明

真空蒸着装置及びその運用方法

【課題】蒸発により飛散した物質がポールピース上に堆積していくのを防止するとともに、真空チャンバ内、特にポールピースの周囲に余分な残骸物を残しておくような状況をつくり出さないことの可能な真空蒸着装置を提供する。
【解決手段】ポールピース51を蒸発により飛散した物質から遮蔽するポールピースカバー15と、該ポールピースカバー15を所定の支点を中心として回転駆動し及び並進駆動する駆動手段を備える。そして、前記ポールピースカバー15を被打撃体20の被打撃面に所定回数衝突させて、当該ポールピースカバー15に付着した物質を該ポールピースカバー15から剥落させるように、前記駆動手段を駆動制御する制御手段を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は真空蒸着装置及びその運用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
真空蒸着装置は、真空チャンバ内に設置されたワーク上、典型的には基板上に、所望の物質を堆積させて薄膜を形成するための装置である。ワークに所望の物質を堆積させるためには、当該物質を加熱、蒸発させることで、ワークに向けて当該物質を飛散させる方法が知られている。また、物質を加熱するためのエネルギを得る方式としては、抵抗加熱方式、レーザ方式、あるいは電子ビーム方式等がある。
【0003】
このうち、加熱のために電子ビームを用いる方式では、電子ビームの集束、あるいは偏向を行うための磁界を形成するため、ポールピースが用いられることがある。このポールピースを用いることで、前記物質への電子ビームの照射を好適に行いうる。
【0004】
このような真空蒸着装置としては、例えば特許文献1に開示されているようなものが知られている。
【特許文献1】特開2006−28607号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述のような真空蒸着装置では、蒸発により飛散した物質はワーク以外の場所にも到達する。例えば、前述のポールピースにも到達するし、あるいは特許文献1で開示されているように、「蒸発源位置で蒸着材料を収容する容器の周囲を覆う可動なカバー」にも到達する。したがって、前記物質は、これらポールピースあるいはカバー等にも付着し堆積していくことになる。
【0006】
しかしながら、このようにしてポールピースやカバー等に堆積していく物質をそのままに放置しておくのは好ましくない。なぜなら、このままの状態としておけば、これらポールピースやカバー等から当該物質が剥離することで、特許文献1に開示されているように、その剥離した「ごみ」(以下、本明細書では「残骸物」という。)が、例えば前記蒸着材料を収容する容器の自動交換機構等に紛れ込み、装置全体の動作に好ましくない影響を及ぼす可能性があるからである。
【0007】
とりわけ、ポールピースへの前記物質の付着・堆積には問題がある。なぜなら、ポールピースは、通常、蒸発させる物質を収容する容器の近傍に備えられるため、該ポールピース上に比較的肉厚の堆積物が存在すると、容器からワークへと至る空間に障害物が存在するかのような状況がつくり出されてしまうからである。これでは、容器内から飛散した物質が、その障害物に遮られてしまって正常にワークまで到達することが困難となり、ワーク上における正規の成膜の障害になる。また、ポールピースに堆積物が存在すると、磁場制御能力の低下のおそれも生じる。これによると、容器内の物質への電子ビーム照射が好適に行い得ないおそれが生じてくることになる。さらに、そもそも、ポールピース上の堆積物が電子ビームの進行を阻害する(換言すれば、電子ビーム経路を遮断する)という問題点もある。
【0008】
前記の特許文献1では、前記カバー上に堆積した付着物を衝突の衝撃により落下させる技術が開示されてはいる。しかしながら、この特許文献1では、前記のポールピースについては何ら開示するところがない。また、ポールピース上に物質が堆積する事象は、ワーク上に物質が堆積する事象と同様、基本的に「蒸着」のメカニズムによるといえなくもないから、ポールピースと物質との結び付きは比較的強固になってしまう可能性がある(もちろん、蒸発物質の飛来距離、ワーク等の被堆積物体に対する予熱の有無等の相違はあるから、両事象が完全に同じであるわけではない。)。特許文献1では、この点についての対処も何ら開示されていない。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、蒸発により飛散した物質がポールピース上に堆積していくのを防止するとともに、真空チャンバ内、特にポールピースの周囲に余分な残骸物を残しておくような状況をつくり出さないことの可能な真空蒸着装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明に係る真空蒸着装置は、真空チャンバと、該真空チャンバ内に配置され電子ビームを出射する電子銃と、前記電子ビームを照射して加熱、蒸発させる物質を収容する容器と、該容器から蒸発により飛散した物質を堆積させるワークと、を備える真空蒸着装置であって、前記電子ビームに所定の力を作用させるための磁界を形成するポールピースと、該ポールピースを前記蒸発により飛散した物質から遮蔽するポールピースカバーと、該ポールピースカバーを駆動する駆動手段と、該駆動手段による前記ポールピースカバーの可動領域内に配置され、前記ポールピースカバーと衝突可能な被打撃手段と、前記ポールピースカバーを、前記被打撃手段を超える位置まで駆動し、さらに、前記被打撃手段に所定回数衝突させて、当該ポールピースカバーに付着した前記物質を該ポールピースカバーから剥落させるように、前記駆動手段を駆動制御する制御手段と、を備えることを特徴とする。
【0011】
また、本発明に係る真空蒸着装置は、前記制御手段が、前記駆動手段を介して、第1に、前記ポールピースカバーを所定の距離だけ前記ポールピースから上昇させるように駆動し、第2に、上昇させられた前記ポールピースカバーを前記被打撃手段を越える位置まで所定の角度だけ回転駆動し、第3に、回転させられた前記ポールピースカバーを前記所定の距離だけ下降させるように駆動し、第4に、下降させられた前記ポールピースカバーを前記被打撃手段に衝突させる、制御を行うように構成してもよい。
【0012】
この態様では、前記所定の角度は180度であるように構成してもよい。
【0013】
あるいは、本発明に係る真空蒸着装置は、前記ポールピースカバーは、少なくとも、前記ポールピースの側面を覆う側方遮蔽部と、該ポールピースの上面を覆う上方遮蔽部とを備えるように構成してもよい。
【0014】
あるいは、本発明に係る真空蒸着装置は、前記被打撃手段における、前記ポールピースカバーと衝突する衝突部は、凹部及び凸部を有する面を含むように構成してもよい。
【0015】
あるいは、本発明に係る真空蒸着装置は、前記被打撃手段における、前記ポールピースカバーと衝突する衝突部は、前記ポールピースカバーの所定の部分に衝撃力を集中させるための突出部を含むように構成してもよい。
【0016】
また、本発明に係る真空蒸着装置の運用方法は、真空チャンバと、該真空チャンバ内に配置され電子ビームを出射する電子銃と、前記電子ビームを照射して加熱、蒸発させる物質を収容する容器と、該容器から蒸発により飛散した物質を堆積させるワークと、前記電子ビームに所定の力を作用するための磁界を形成するポールピースと、該ポールピースを前記蒸発により飛散した物質から遮蔽するポールピースカバーと、を備える真空蒸着装置の運用方法であって、前記ポールピースカバーを所定の距離だけ前記ポールピースから上昇させるように駆動する上昇工程と、該上昇工程の後に、上昇させられた前記ポールピースカバーを被打撃手段を超える位置まで所定の角度だけ回転駆動する回転工程と、該回転工程の後に、回転させられた前記ポールピースカバーを前記所定の距離だけ下降させるように駆動する下降工程と、該下降工程の後に、下降させられた前記ポールピースカバーを前記被打撃手段に所定回数だけ衝突させる繰り返し打撃工程と、を含むことを特徴とする。
【0017】
また、本発明に係る真空蒸着装置の運用方法は、前記所定の角度は180度であるように構成してもよい。
【発明の効果】
【0018】
以上のように、本発明によれば、まず、ポールピースを蒸発により飛散した物質から遮蔽するポールピースカバーが存在することから、当該ポールピースに飛散した物質が付着するおそれが極めて低減される。
また、ポールピースカバーに付着した物質は、このポールピースカバーが被打撃手段に衝突させられることで剥落させられるようになっているので、真空容器内に無用な残骸物が取り残されるというおそれも低減されている。
この際、本発明では、以下の効果も得られる。第1に、ポールピースカバーの被打撃手段に対する衝突は、所定回数だけ繰り返されることが前提とされているため、比較的強固に付着した物質もポールピースカバーから剥落させることが可能である。また第2に、ポールピースカバーが、その可動領域に配置されている被打撃手段を超える位置まで運動することから、前述の物質の剥落はポールピースから離れた場所で行うことが可能となり、ポールピース付近に残骸物を取り残すという状況も生じさせないことが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下では、本発明の実施の形態について、図1から図4を参照して説明する。
本実施形態に係る真空蒸着装置は、図1に示すように、準備用チャンバ71、成膜用チャンバ72及び回収用チャンバ73の3つのチャンバを備えている。これら3つのチャンバそれぞれは、図示されない真空ポンプによって所定の真空度まで真空引きされる。3つのチャンバのうちの前二者間及び後二者間がそれぞれバルブ77及び78で接続されている。準備用チャンバ71で準備された未成膜基板81は、成膜の準備が整うと、バルブ77を介して成膜用チャンバ72へと導入される。成膜用チャンバ72では、未成膜の基板に対して成膜処理が行われる。図1で、符号82は成膜処理中の基板を示している。この成膜処理が完了すると、成膜済基板83が、バルブ78を介して回収用チャンバ73へと回収される。
【0020】
なお、本実施形態に係る真空蒸着装置は、例えばケイ素の基板上にガラス薄膜(SiO薄膜)を形成するために用いられる。また、その他、基板を用いるのではなく、ワークとして、例えば工具やピストンリング等を用意し、これらの表面に硬質薄膜を形成するためにも用いることが可能である。
【0021】
前述の3つのチャンバのうち成膜用チャンバ72は、電子ビーム出射機構38、ポールピース51、ハース35、ハースライナー31及びポールピースカバー駆動機構10を備えている。
【0022】
電子ビーム出射機構38は、図2に示すように電子銃39を備えている。電子銃39は、図示しない適当なフィラメント等を備え、該フィラメントに所定の電圧が与えられることで電子ビームEBを出射する。ポールピース51は、例えば電磁石により構成され、その近傍に磁界を形成する。電子銃39から出射された電子ビームEBは、この磁界の作用を受けて、集束あるいは偏向する。これにより、図1あるいは図2の破線で示すように、電子ビームEBは、曲線軌道を描き、ハースライナー31内に収容されている蒸着物質33に好適に照射されるようになっている。電子ビームEBを照射された蒸着物質33は、加熱されて蒸発し、図1に示すように円錐状領域330を覆うように飛散することになる。
【0023】
なお、図2に示すようにポールピース51は、図中左右二片、右側のポールピース51Rと左側のポールピース51Lとを含む。後述するポールピースカバー駆動機構10等についても、図中左右対称の構成を備えており、これらについても、左右を区別する場合には符号「L」及び「R」を用いる。ただし、この符号「L」及び「R」が付される要素は、左右の配置の別を除けば、その機能等について基本的に相違はない。したがって、以下では、この左右の区別を特にする必要がない場合には、単に数字部分のみを用いて説明を行うことがある。例えば、既出の「51R」及び「51L」に即していえば、これらを総称して符号「51」を用いるというようである。
【0024】
ハース35は、平面視して略円形状の形態をもつ。ハース35は、その略円形状の円周に沿うように、蒸着物質33を収納したハースライナー31を複数搭載する。ハース35は、この円の中心を軸として回転する。以上により、ある1個のハースライナー31に収納されている蒸着物質33のすべてが使い切られた場合には、ハース35を回転することで、それに隣接するハースライナー31を電子ビーム照射領域の下に移動することができる。これにより、成膜用チャンバ72内の真空引きを一度行えば、蒸着物質33を収納するハースライナー31が存在する限り、連続蒸着処理を実施することができる。
【0025】
略円形状のハース35上における電子ビームEBの到達領域に対応するように、ハースカバー37が備えられている。ハースカバー37は開口部37Aを有する。ハースライナー31に収納された蒸着物質33は、この開口部37Aから露出するようになっており、電子ビームEBの照射が可能となっている。ハースカバー37は、蒸発により飛散した蒸着物質が成膜用チャンバ72内に無用に拡散することを防止する。
なお、ハース35は、前記のハースカバー37の開口部37A以外はすべて覆われた状態となっている。図2では、これを表すため前記開口部37A以外の部分は破線で示されている。
【0026】
なお、図2では示されないが、場合によっては、ハース35に隣接するように、ハースライナー自動交換機構等を設けて、成膜用チャンバ72内に収納可能なハースライナー31の数を増大することが可能である。これによって、より長い時間にわたった連続蒸着処理を実施することができる。
【0027】
ポールピースカバー駆動機構10は、図2及び図3に示すように、上下動軸12、回転軸13、アーム14及びポールピースカバー15を備える。既に触れたように、このポールピースカバー駆動機構10は、図2中左右対称に設けられており、前述の各種構成要素は、右側及び左側のそれぞれとして、上下動軸12R及び12L、回転軸13Rおよび13L、アーム14R及び14L、並びにポールピースカバー15R及び15Lを備えている。なお、図3は、図2の左側面からポールピースカバー駆動機構10を描いたものであるため、必要な要素には符号「L」が付されている。
【0028】
上下動軸12は、図3に示すように、上下動用モータ16に接続されており、前述の回転軸13以降の要素すべてを図中上下方向に駆動する。また、回転軸13は、回転動用モータ17に接続されており、アーム14及びポールピースカバー15を、当該回転軸13を中心軸として回転駆動する。これにより、ポールピースカバー15は、図3に示すような上下運動及び回転運動をすることが可能とされている。
【0029】
アーム14は、その一端が回転軸13の一端に接続されており、その他端がポールピースカバー15に接続されている。本実施形態に係るアーム14は特に、その長手方向の一部分において折れ曲がったような形態をもつ。
【0030】
ポールピースカバー15は、より詳しくは、図4に示すように上方遮蔽部151、第1側方遮蔽部152、第2側方遮蔽部153及び前面遮蔽部154を備えている。なお、図4は左側に配置されるポールピースカバー15Lを示しているが、右側に配置されるポールピースカバー15Rについても以下に述べるのと全く同じ構成をもつ。
前面遮蔽部154は、図に示すように概ね四辺形状であるが、長方形状部の図中右辺上部あたりから台形状部が張り出したような形態を有している。第1側方遮蔽部152は長方形状をもち、この張り出した台形状部の図中右辺に接続されている。また、第2側方遮蔽部153も長方形状をもち、前面遮蔽部154の図中左辺に接続されている。この第2側方遮蔽部153はアーム14との接続部分も兼ねている。
上方遮蔽部151は長方形状をもち、前述の前面遮蔽部154を構成する長方形状部及び台形状部それぞれの図中上辺に接続されている。また、上方遮蔽部151の図中左右両辺は、それぞれ、前記の第1側方遮蔽部152及び第2側方遮蔽部153の図中上辺に接続される。
以上のような形態により、ポールピース51は、図2に示すように、その前面、上面及び側面のそれぞれがすっぽり覆われるような形で遮蔽されることになる。これにより、ポールピース51は、蒸発により飛散した蒸着物質33から遮蔽されることになる。
【0031】
このような形態をもつポールピースカバー15は、例えばステンレスからつくられる。
なお、上述したポールピースカバー15の具体的な形態は、ポールピース51の形状が具体的にどのように定められるか等にもよるので、それに応じて、適宜、適当な形態を定めうる。材料についても、例えば蒸着物質が付着しにくい材料等といった観点から、適宜選択することが可能である。
【0032】
ハース35の存在する位置からみた、ポールピースカバー駆動機構10の後背側には、被打撃体20が設置されている。被打撃体20は、図2及び図3に示すように、平面視して略正方形状、側面視して長方形状の略直方体形状をもつ。この被打撃体20の略直方体形状の角部は、一部切り欠いたようにされて被打撃面201となっている。
被打撃体20はまた、ベース面BFに立てられた柱202の図3中上端に接続されている。この柱202により、被打撃体20の被打撃面201の高さ方向の位置は、ポールピースカバー15の高さ方向の位置(ただし、上下動軸12が図中上方向に移動してない場合におけるポールピースカバー15の高さ方向の位置)とほぼ一致するようになっている。
被打撃体20が以上のような形態をもつこと及び柱202に備え付けられていることから、この被打撃体20、より正確には被打撃面201は、ポールピースカバー15の可動領域内に配置されるようになっており、両者は相互に干渉可能、あるいは衝突可能となっている。
【0033】
また、本実施形態における前記の被打撃面201は、図3に示すように、例えば梨地仕上げ等の手法により凹部及び凸部をもっている。図3に示す被打撃面201は特に、図中上下方向に伸びる凹部及び凸部が交互に配列されたような形態をもっている。
【0034】
このような被打撃体20の図3中下方には剥落物回収箱250が設けられている。これは、後述するように、ポールピースカバー15上に堆積した堆積物を剥落させた剥落物を回収するものである。
【0035】
上述の構成の他、本実施形態の真空蒸着装置は、図2に示すようにシャッター41を備える。このシャッター41についても、上述のポールピース51及びポールピースカバー駆動機構10と同様に、左右に1つずつ、合計2つのシャッター41L及び41Rが備えられている。
シャッター41は、円盤形状をもつシャッター本体部、該シャッター本体部に接続されるアーム及びこのアームをその一端を中心として旋回可能に保持する旋回駆動部をもつ。このような構成により、シャッター41は、図1に示すように、蒸着物質33の飛散する円錐状領域330を断ち切るように位置付けられ得る。これによって、基板82に対する蒸着の開始時間及び終了時間の調整等を行うことができる。
なお、図2に示したシャッター41は左右に1つずつ設けられているが、本発明はこのような形態に限定されるわけではない。シャッター41の数は基本的にいくつあってもよい。
【0036】
また、本実施形態の真空蒸着装置は、図2に示すように制御部101を備える。制御部101は、いずれも図示しないCPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)及びROM(Read Only Memory)を備える。この制御部101は、ポールピースカバー駆動機構10、より具体的にはこれを構成する上下動用モータ16及び回転動用モータ17を駆動制御することで、ポールピースカバー15の成膜用チャンバ72内における配置を適当に調整する。また、制御部101は特に、このポールピースカバー15に後述する堆積物剥落動作を行わせる。
【0037】
次に、上述した構成の真空蒸着装置の動作について、既に参照した図1から図4に加えて、図5及び図6を参照しながら説明する。
まず、成膜処理の際、すなわち電子ビームEBが蒸着物質33に照射され、蒸発により飛散した蒸着物質33が基板82上に堆積していく過程では、ポールピースカバー15は、図2に示すように、ポールピース51を覆うように配置される。
この場合、ポールピース51は、図1に示すように蒸着物質33の飛散する円錐状領域330の近傍に位置するため、もしポールピース51が裸のまま放置されていると、蒸着物質33がポールピース51の表面に次第に堆積していくことになってしまう。しかし、本実施形態では、図4を参照して説明したようなポールピースカバー15がポールピース51を覆っているため、ポールピースカバー15の表面に蒸着物質33が堆積していくことはあっても、ポールピース51にそのような現象が生じることはない。これにより、ポールピース51は、成膜処理の間、清浄な状態が保持され、その磁場制御能力が低下するなどといった問題は殆ど発生しない。
【0038】
もっとも、ポールピースカバー15上には蒸着物質33が堆積していくため、成膜処理、とりわけ連続蒸着処理が行われると、この堆積した蒸着物質(本明細書において、「堆積物」という。)の存在は無視し得なくなる。そのまま放置すると、図1からも明らかなように、堆積物が円錐状領域330内に入り込んでしまい、蒸着物質33の飛散経路を妨げてしまうからである。また、電子ビームEBの経路を遮断してしまうおそれもある。
【0039】
ここで本実施形態では以下のような動作が行われる。まず、制御部101は、上下動用モータ16を駆動制御して、ポールピースカバー15を所定の距離だけポールピース51から上昇させるように並進駆動する(図3参照)。ここに所定の距離とは、具体的には、少なくとも、前面遮蔽部154Lの下端がポールピース51の前面の上端よりも上に位置するまでの距離とする。好ましくは、ポールピースカバー15とポールピース51との衝突を避けるため、前記距離に若干余分な距離を加えておくのが好ましい。
【0040】
続いて、制御部101は、図5の矢印Xに示すように、回転動用モータ17を駆動制御して、上昇させられたポールピースカバー15を、被打撃体20を超えるようにして180度だけ回転駆動する。これにより、ポールピースカバー15は、ポールピース51から最も遠い位置に配置されることになる。そして、制御部101は、この180度回転させられたポールピースカバー15を前述の上昇距離と同じ距離だけ下降させるように並進駆動する。
【0041】
制御部101は、この下降させられたポールピースカバー15を被打撃体20の被打撃面201に衝突させる。この衝突は、所定回数分だけ繰り返し行われる。すなわち、ポールピースカバー15は、図6中の矢印Yに示すように、180度回転後の位置(以下、「当初位置」という。)から、被打撃体20の被打撃面201が位置する衝突位置へ、またその逆に衝突位置から当初位置へ、という回転運動を交互に行う。これにより、ポールピースカバー15上の堆積物は、衝撃の作用により剥落する。剥落した堆積物は、剥落物回収箱250へと回収される。
なお、このポールピースカバー15の被打撃体20に対する衝突動作は、図中右側に配置されたポールピースカバー15Rと被打撃体20の被打撃面201Rとの間の衝突動作と、図中左側に配置されたポールピースカバー15Lと被打撃体20の被打撃面201Lとの間の衝突動作とを含むが、これら右側及び左側の衝突動作は、例えば、最初に右側、次に左側というように順次行うようにしてもよいし、あるいは同時に行うようにしてもよい。
【0042】
以上説明したような本実施形態に係る真空蒸着装置では、以下のような作用効果が得られる。
まず、ポールピースカバー15が被打撃体20の被打撃面201に衝突させられることにより、該ポールピースカバー15上の堆積物を剥落させることが可能である。これにより、ポールピースカバー15上の堆積物が無制限に成長していくということがなく、前述のように当該堆積物が図1に示す円錐状領域330内に入り込むということもない。また、電子ビームEBの経路も遮断されない。したがって、基板82に対する正常な成膜処理を行うことが可能となる。
また、前記のように堆積物は剥落させられた後、剥落物回収箱250に回収されるようになっているから、ポールピースカバー15上の堆積物、あるいはこれが自然に落下した残骸物が、成膜用チャンバ72内、特にポールピース51の近傍に取り残されるということも殆ど生じない。したがって、ポールピース51の正常な運用も可能である。
【0043】
しかも、本実施形態においては、前記の衝突が所定回数分だけ繰り返し行われることにより、ポールピースカバー15に比較的強固に付着してしまった堆積物であっても剥落させることが可能である。
また、ポールピースカバー15は、凹部及び凸部を有する被打撃面201に衝突させられるようになっているから、当該ポールピースカバー15に作用する衝撃力にはメリハリがつくようになっている(即ち、凸部で強く、凹部で弱く)。また、剥落した堆積物は、上下方向にのびる凹部を通じて剥落物回収箱250に向かって落下しやすくなっている。このように、この凹部及び凸部の存在によって、堆積物の剥落作用はより有効に発揮されるようになっているのである。
これら所定回数分の衝突、被打撃面201の凹部及び凸の存在は、いずれも、ポールピース51の近傍に残骸物を取り残さないという作用効果に大きく貢献する。
【0044】
また、ポールピースカバー15と被打撃体20との衝突は、ポールピース51の存在位置から最も遠い180度だけ回転した場所で行われるようになっているから、ポールピース51の近傍に残骸物を取り残さないという作用効果は、より顕著に奏される。
【0045】
加えて、以上のような作用効果は、次のような効果が奏されることをも導く。すなわち、本実施形態の真空蒸着装置では、成膜用チャンバ72の内壁面に付着した蒸着物質の削ぎ落としや、あるいは、より日常的には蒸着物質33を収納したハースライナー31の成膜用チャンバ72への収納等のため、周期的に大気解放の時間を設ける必要がある。しかしながら、この大気解放は、生産効率の向上にとっては障害となる。なぜなら、改めて真空引きから作業を行われなければならないからである。したがって、この大気解放を行う時間間隔は、可能な限り引き延ばすのが好ましい。
この点、本実施形態の真空蒸着装置は、上述のように成膜用チャンバ72内に残骸物が取り残されるおそれが極めて低減されており、また、ポールピースカバー15について継続的な堆積物の剥落動作を実施すれば、当該ポールピースカバー15についての清掃作業あるいは交換作業等の必要回数も減少する。したがって、本実施形態の真空蒸着装置によれば、前記の大気解放を行う時間間隔を引き延ばすことが可能となり、生産効率を向上させることが可能となるのである。しかも、本実施形態では特に、上述のように複数のハースライナー31を搭載可能なハース35を備えることで、連続蒸着処理を実施することが可能となっているので、前記の効果は、連続蒸着処理能力の増大という効果をも、もたらすものとして捉えることも可能である。
【0046】
また、本実施形態に係る真空蒸着装置では、ポールピースカバー15と被打撃体20との衝突が、上述したようなポールピースカバー15の所定の動作順序に従って行われる。このことから次のような作用効果が得られる。
すなわち、第1に、ポールピースカバー15が上昇動作を行うことにより、このポールピースカバー15とポールピース51との干渉を好適に回避することができる。本実施形態においては特に、この上昇動作は、ポールピースカバー15が上方遮蔽部151、第1側方遮蔽部152及び第2側方遮蔽部153を備えていることから、最も好適な回避動作ということができる。一方、これらの遮蔽部151乃至153の存在は、ポールピース51のより実効的な遮蔽を実現するものである。結局、前記上昇動作は、本実施形態において、ポールピース51のより実効的な遮蔽と、ポールピースカバー15上の堆積物の剥落という、二つの効果を相乗的に得ることを可能とするものということができる。
【0047】
第2に、同じくポールピースカバー15が上昇動作を行うことにより、このポールピースカバー15が成膜用チャンバ72内に存在する障害物を好適に回避することが可能となっている。本実施形態においては、ポールピースカバー15の上昇動作によって、被打撃体20それ自体の存在を好適に回避することができるようになっている。
【0048】
第3に、ポールピースカバー15が下降動作を行うことにより、堆積物の剥落動作を成膜用チャンバ72内の比較的低い位置で行うことが可能であるから、剥落した堆積物が再飛散するおそれを低減することができる。
なお、180度の回転動作による効果については既に述べた。すなわち、ポールピース51から最も遠い位置にポールピースカバー15を位置付けることができ、該ポールピース51近傍に残骸物を取り残さないという効果が得られる。
また、これに加えて、ポールピースカバー15は、前述のような上昇動作の後、被打撃体20を超えて180度回転するようになっているから、このポールピースカバー15が、前記シャッター41の存在する領域を侵すようなことはなく、しかも可動範囲をコンパクトにまとめることができるという利点も得られる。
【0049】
なお、本発明は上記実施形態にかかわらず、種々の変形が可能である。その変形例としては、例えば次のようなものがある。
【0050】
上述の実施形態では、ポールピースカバー15が、被打撃体20の被打撃面201に衝突させられるようになっているが、被打撃対象物は、かかる形態に限定されない。例えば、図7に示すように、ポールピースカバー15の被打撃対象物として、ポールピースカバー15の所定の部分に衝撃力を集中させるための突出部221を備える被打撃体22を採用してもよい。このような構成では、ポールピースカバー15の所定の部分は突出部221の先端に衝突させられることになる。これにより、該ポールピースカバー15の所定の部分に衝撃力が集中するため、堆積物の剥落をより効果的に行うことができる。
【0051】
また、上述の実施形態では、ポールピースカバー15の堆積物剥落動作は、図6を参照して説明したように、180度回転後の位置である当初位置から衝突位置へ、また衝突位置から当初位置へという繰り返しにより行われているが、本発明は、かかる形態に限定されない。例えば、上述のような動作の他、ポールピースカバー15をいったん当初位置から衝突位置へと移動し強い衝突を実行するが、その後は被打撃面201の付近で小刻みに往復運動させるような動作をするようにしてもよい。これによれば、ポールピースカバー15に与えられる衝撃力は弱くなるが、力は連続的に作用することになるから、それにより堆積物の剥落を誘発することも考えられる。
また、場合によっては、ポールピースカバー15の被打撃面201への衝突の際、該ポールピースカバー15を小刻みに上下動させる動作を組み合わせてもよい。これによれば、ポールピースカバー15に衝撃力は与えられないものの、振動によって堆積物の剥落を誘発することも考えられる。
その他、上記の動作の適宜の組み合わせやその他の動作も種々考えられ得るが、いずれにしても、本発明の範囲内にあることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明の実施形態に係る真空蒸着装置の正面図である。
【図2】図1に示す成膜用チャンバ内の構成要素の平面図である。
【図3】ポールピースカバー駆動機構の側面図である。
【図4】ポールピースカバーの斜視図である。
【図5】ポールピースカバーの動作例(180度回転時)を示す図である。
【図6】ポールピースカバーの動作例(衝突動作時)を示す図である。
【図7】本発明の実施形態に係るポールピースカバー駆動機構の構成例を示す平面図である。
【符号の説明】
【0053】
10 ポールピースカバー駆動機構
15 ポールピースカバー
16 上下動用モータ
17 回転動用モータ
20 被打撃体
201 被打撃面
221 突出部
31 ハースライナー
33 蒸着物質
39 電子銃
51 ポールピース
72 成膜用チャンバ
82 基板
101 制御部
EB 電子ビーム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空チャンバと、該真空チャンバ内に配置され電子ビームを出射する電子銃と、前記電子ビームを照射して加熱、蒸発させる物質を収容する容器と、該容器から蒸発により飛散した物質を堆積させるワークと、を備える真空蒸着装置であって、
前記電子ビームに所定の力を作用させるための磁界を形成するポールピースと、
該ポールピースを前記蒸発により飛散した物質から遮蔽するポールピースカバーと、
該ポールピースカバーを駆動する駆動手段と、
該駆動手段による前記ポールピースカバーの可動領域内に配置され、前記ポールピースカバーと衝突可能な被打撃手段と、
前記ポールピースカバーを、前記被打撃手段を超える位置まで駆動し、さらに、前記被打撃手段に所定回数衝突させて、当該ポールピースカバーに付着した前記物質を該ポールピースカバーから剥落させるように、前記駆動手段を駆動制御する制御手段と、
を備えることを特徴とする真空蒸着装置。
【請求項2】
前記制御手段は、前記駆動手段を介して、
第1に、前記ポールピースカバーを所定の距離だけ前記ポールピースから上昇させるように駆動し、
第2に、上昇させられた前記ポールピースカバーを前記被打撃手段を越える位置まで所定の角度だけ回転駆動し、
第3に、回転させられた前記ポールピースカバーを前記所定の距離だけ下降させるように駆動し、
第4に、下降させられた前記ポールピースカバーを前記被打撃手段に衝突させる、
制御を行うことを特徴とする請求項1に記載の真空蒸着装置。
【請求項3】
前記所定の角度は180度であることを特徴とする請求項2に記載の真空蒸着装置。
【請求項4】
前記ポールピースカバーは、少なくとも、前記ポールピースの側面を覆う側方遮蔽部と、該ポールピースの上面を覆う上方遮蔽部とを備えることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の真空蒸着装置。
【請求項5】
前記被打撃手段における、前記ポールピースカバーと衝突する衝突部は、凹部及び凸部を有する面を含むことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の真空蒸着装置。
【請求項6】
前記被打撃手段における、前記ポールピースカバーと衝突する衝突部は、前記ポールピースカバーの所定の部分に衝撃力を集中させるための突出部を含むことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載の真空蒸着装置。
【請求項7】
真空チャンバと、該真空チャンバ内に配置され電子ビームを出射する電子銃と、前記電子ビームを照射して加熱、蒸発させる物質を収容する容器と、該容器から蒸発により飛散した物質を堆積させるワークと、
前記電子ビームに所定の力を作用するための磁界を形成するポールピースと、該ポールピースを前記蒸発により飛散した物質から遮蔽するポールピースカバーと、を備える真空蒸着装置の運用方法であって、
前記ポールピースカバーを所定の距離だけ前記ポールピースから上昇させるように駆動する上昇工程と、
該上昇工程の後に、上昇させられた前記ポールピースカバーを被打撃手段を超える位置まで所定の角度だけ回転駆動する回転工程と、
該回転工程の後に、回転させられた前記ポールピースカバーを前記所定の距離だけ下降させるように駆動する下降工程と、
該下降工程の後に、下降させられた前記ポールピースカバーを前記被打撃手段に所定回数だけ衝突させる繰り返し打撃工程と、
を含むことを特徴とする真空蒸着装置の運用方法。
【請求項8】
前記所定の角度は180度であることを特徴とする請求項7に記載の真空蒸着装置の運用方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−144191(P2008−144191A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−329616(P2006−329616)
【出願日】平成18年12月6日(2006.12.6)
【出願人】(000146009)株式会社昭和真空 (72)
【Fターム(参考)】