説明

真空蒸着装置

【課題】成膜材料として特に金属Liを使用した真空蒸着において、成膜される金属Liからなる被覆膜の膜厚を精度良く制御できる抵抗加熱蒸発源を提供する。
【解決手段】蒸発させた金属Liを成膜対象3に成膜する真空蒸着装置10の真空チャンバー1内で使用され、金属Liを保持・加熱することで金属Liを蒸発させる抵抗加熱蒸発源2である。この抵抗加熱蒸発源2は、金属Liを収納する収納部21を有し、通電により発熱する導電体からなる熱源部と、金属Liと反応し難い電気絶縁体からなり、収納部21に形成される絶縁膜と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空蒸着装置に用いられる抵抗加熱蒸発源、およびこの抵抗加熱蒸発源を使用した真空蒸着装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
蒸発させた成膜材料を成膜対象の表面に堆積させることで、成膜対象上に被覆膜を形成する真空蒸着装置が知られている。図1は、一般的な真空蒸着装置10の概略構成図であって、この真空蒸着装置10は、真空チャンバー1と、真空チャンバー1内で成膜対象3を保持するフォルダ4と、真空チャンバー1内で成膜材料を保持・加熱する蒸発源2とを備える。蒸発源2は、凹状の収納部21を有し、その収納部21に成膜材料を配置できるようになっている。また、蒸発源2は、電極棒5などの給電部材に接続されており、この電極棒5からの通電を受けて発熱し、成膜材料を加熱して蒸発させる。
【0003】
上記構成を備える真空蒸着装置において、成膜される膜厚の制御性を向上させるなどの種々の改良が行われている。例えば、成膜材料が導電性であった場合、蒸発源だけでなく、蒸発源に配された成膜材料にも通電されることになる。その結果、成膜開始から終了にかけて蒸発源への通電状態が変動するため、蒸発源の温度管理が難しく、蒸発源からの成膜材料の蒸発レートが不安定になって、膜厚の細かな制御が難しくなる。このような問題点を解決する手段として、例えば、特許文献1では、凹部を有するボートと、凹部に嵌め込まれる坩堝とで蒸発源を構成し、ボートを導電体、坩堝を電気絶縁体とすることが開示されている。このような構成であれば、坩堝内に配される成膜材料が導電性であっても、成膜材料への通電が防止されるので、発熱体であるボートへの通電状態が安定し、膜厚の制御が行い易くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−311638公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、近年の産業の発達に伴い、成膜される被覆膜の膜厚を高精度に制御することが望まれており、特許文献1に記載の蒸発源を備える真空蒸着装置であっても、膜厚の調節が十分とは言い難い。上記蒸発源では、成膜材料の加熱が坩堝を介した間接的な加熱になるため、蒸発源への通電開始から成膜材料が所望の温度になるまでに時間がかかるし、その時間も成膜ごとにバラツキ易いからである。特に、要求される膜厚が薄く成膜時間が非常に短い場合や、成膜材料の融点が低い場合、上記時間のバラツキが被覆膜の膜厚に及ぼす影響が大きく、所望の膜厚に被覆膜を形成することが非常に難しい。例えば、近年、開発が進んでいる電池反応にLiイオンを利用した非水電解質電池では、電池に備わる負極層などに金属Li(融点:約180℃)を使用することが提案されているが、そのLi薄膜は非常に薄く、成膜時間も短いため、当該Li薄膜を従来の真空蒸着装置で精度良く作ることは難しい。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的の一つは、成膜材料として特に金属Liを使用した真空蒸着において、成膜される金属Liからなる被覆膜の膜厚を精度良く制御できる抵抗加熱蒸発源と、この蒸発源を用いた真空蒸着装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)本発明抵抗加熱蒸発源は、蒸発させた金属Liを成膜対象に成膜する真空蒸着装置の真空チャンバー内で使用され、金属Liを保持・加熱することで金属Liを蒸発させる抵抗加熱蒸発源である。この本発明抵抗加熱蒸発源は、金属Liを収納する収納部を有し、通電により発熱する導電体からなる熱源部と、金属Liと反応し難い電気絶縁体からなり、前記収納部に形成される絶縁膜と、を備えることを特徴とする。
【0008】
上記本発明抵抗加熱蒸発源によれば、成膜材料である金属Liを抵抗加熱で蒸発させる際、絶縁膜の存在により金属Liに直接通電されることがないので、通電により熱源部の温度管理が行い易い。また、当該絶縁膜が熱源部の収納部に形成される被膜であるので、熱源部で発生した熱が効率良く、かつ迅速に金属Liに伝導される。これらのことにより、本発明抵抗加熱蒸発源を用いて真空蒸着を行なえば、金属Liの蒸発レートを高精度に制御でき、その結果として、成膜対象への被覆膜の膜厚を高精度に制御することができる。
【0009】
(2)本発明抵抗加熱蒸発源の一形態として、絶縁膜を形成する電気絶縁体は、窒化硼素であることが好ましい。
【0010】
窒化硼素としては、p−BNを挙げることができる。このp−BNは、気相法により形成することができ、金属Liと反応し難く、かつ熱伝導性にも優れる。その他の窒化硼素としては、h−BNなどを挙げることもできる。また、Liと反応し難く、かつ熱伝導性に優れる電気絶縁体として、Liを含有するリン酸化合物、例えばLiPONを用いることもできる。これら絶縁膜の好ましい熱伝導率は、1〜100W/m・K、より好ましい熱伝導率は、50〜100W/m・Kである。
【0011】
(3)本発明抵抗加熱蒸発源の一形態として、絶縁膜の厚さは、0.1〜50μmであることが好ましい。
【0012】
絶縁膜が薄すぎると、絶縁膜にピンホールなどの欠陥が生じる可能性があり、その欠陥を介して金属Liに通電され、熱源部への通電が安定しない恐れがある。また、絶縁膜が厚すぎると、熱源部から成膜材料への効率的な熱伝導が阻害される恐れがある。これらの問題に対して、絶縁膜の厚さが上記範囲にあれば、被覆膜に欠陥が生じる可能性が非常に低いし、熱源部から成膜材料へ効率的に熱を伝導させることができるので、安定した膜厚の制御を行うことができる。特に、絶縁膜自身の成膜効率などを考慮して、絶縁膜の厚さは0.1〜5μmとすることが好ましく、より好ましくは0.1〜1μmである。
【0013】
(4)本発明真空蒸着装置は、真空排気可能な真空チャンバーと、真空チャンバー内で、成膜材料を保持・加熱する蒸発源とを備え、減圧下の真空チャンバー内で蒸発源により成膜材料を蒸発させ、蒸発させた成膜材料を成膜対象に成膜する真空蒸着装置である。そして、本発明真空蒸着装置は、金属Liを保持・加熱する蒸発源に、上記本発明抵抗加熱蒸発源を用いたことを特徴とする。
【0014】
本発明真空蒸着装置によれば、本発明抵抗加熱蒸発源を使用することにより、所望の厚さを有する金属Liの被覆膜を成膜対象上に精度良く形成することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明抵抗加熱蒸発源によれば、金属Liの蒸発レートを高精度に制御することができ、その結果、成膜される金属Liの被覆膜の膜厚を高精度に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】真空蒸着装置の概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明抵抗加熱蒸発源を含む複数の抵抗加熱蒸発源(蒸発源A〜D)を作製し、各蒸発源を用いた真空蒸着によりLi薄膜を形成した。また、形成した各Li薄膜の膜厚を測定することで、蒸発源の構成がLi薄膜の膜厚に及ぼす影響を検討した。
【0018】
<蒸発源A>
まず、幅25mm×長さ112mm×厚さ0.2mmのタングステン製ボートを用意した。このボートには、成膜材料である金属Liを収納するすり鉢状の収納部が形成されている。収納部の開口部の寸法は、幅25mm×長さ87mm、底部の寸法は、幅10mm×60長さmmであり、収納部の深さは、10mmであった。以上の寸法を備えるボートを、蒸発源Aとする。
【0019】
<蒸発源B>
蒸発源Aの作製の際に用いたボートと同じボートを用意し、CVD法を用いて、そのボートの収納部に電気絶縁性の絶縁膜を形成した。絶縁膜の形成にあたっては、ボートの端子部(ボートに通電する導電棒との接続部)にマスクをし、当該端子部に絶縁膜が形成されないようにした。CVD法の条件は以下の通りである。
(条件)
雰囲気…BCl+NH混合ガスの減圧雰囲気
雰囲気圧力…1000Pa
成膜材料…p−BN
以上の成膜条件で成膜した絶縁膜の平均厚さは1μmであった。この絶縁膜を収納部に形成したボートを、蒸発源Bとする。
【0020】
<蒸発源C>
蒸発源Bと同様の手法により、平均厚さ20μmの絶縁膜を収納部に形成したボートを作製した。このボートを蒸発源Cとする。
【0021】
<蒸発源D>
蒸発源Bと同様の手法により、平均厚さ100μmの絶縁膜を収納部に形成したボートを作製した。このボートを蒸発源Dとする。
【0022】
<Li薄膜の成膜>
上述した蒸発源A〜Dを用いた真空蒸着法により、基材上にLi薄膜を成膜した試料を作製した。真空蒸着は、図1を参照して説明した真空蒸着装置10の抵抗加熱蒸発源2を、上記蒸発源A〜Dに置換した真空蒸着装置10を用いて行なった。
【0023】
試料の作製にあたって、まずLi薄膜を形成する基材3として、ステンレス製の薄板を用意し、フォルダ4に固定した。次に、抵抗加熱蒸発源2(蒸発源A〜Dのいずれか)の収納部21に金属Liを2g配置した。そして、真空チャンバー1内を真空排気した後、蒸発源2に通電して金属Liを蒸発させ、基板3上にLi薄膜を形成した試料を作製した。作製する試料のLi薄膜の目標膜厚は1μm、作製する試料の数は各ボートにつき100個ずつとした。また、所定の膜厚でLi薄膜を安定して作製できるかを調べるため、通電電力と通電時間は全試料で共通とした。成膜条件は以下の通りである。
(条件)
雰囲気…真空
雰囲気圧力…3×10−4Pa
通電…電力200Wで30秒
【0024】
<結果と評価>
作製したLi薄膜試料について、成膜前後の試料の重量を計り、その差を金属Liの比重と成膜対象の面積で除することでLi薄膜の平均厚さを求めた。その結果を下記表1に示す。なお、表1におけるLi薄膜の膜厚は、目標とする1μmからの誤差範囲を記載した。
【0025】
【表1】

【0026】
表1に示すように、収納部に電気絶縁性の絶縁膜を形成しなかった蒸発源Aよりも、厚さ1μm、または20μmの絶縁膜を形成した蒸発源B、Cを使用した方が、Li薄膜の膜厚のバラツキが小さかった。これは、蒸発源B,Cでは、電気絶縁性の絶縁膜により蒸発源の熱源部への通電状態が安定するため、金属Liの蒸発量も安定するからであると推察される。
【0027】
一方、絶縁膜を設けた蒸発源であっても、その絶縁膜の厚さが100μmの蒸発源Dは、Li薄膜の膜厚のバラツキが大きかった。これは、絶縁膜の膜厚が100μmにもなると、ボートの収納部に坩堝を配置した特許文献1の構成と同じように、成膜を行なうごとに熱源部の熱が成膜材料である金属Liに伝達するまでの時間にバラツキが生じるからではないかと推察される。
【0028】
<考察>
以上の結果から、本発明抵抗加熱蒸発源は、金属Liにより形成された薄膜を精度良く形成することに好適に利用できることが明らかになった。そのため、例えばLiイオン電池(非水電解質電池)の負極層をLi薄膜で形成する場合、本発明抵抗加熱蒸発源を用いた真空蒸着装置を用いれば、設計通りの膜厚の負極層を作製できる。
【0029】
また、上記真空蒸着装置は、同じ通電電力ならば、成膜時間と成膜されるLi薄膜の膜厚との間に強い相関があるので、成膜時間を管理することでLi薄膜の膜厚を管理することもできる。例えば、種々の成膜時間で形成したLi薄膜の膜厚を測定して、成膜時間を40秒とすれば、1μm厚のLi薄膜が得られるといった、成膜時間に対応した膜厚の検量線を作製し、成膜の際はこの検量線に基づいて成膜時間のみを管理する。成膜時間のみで膜厚を管理することは、金属Liの成膜に非常に有効な手段である。金属Liは非常に反応性に富むので、Li薄膜の成膜中には、水晶振動子を用いた膜厚測定器を真空チャンバー内に配置できないからである。
【0030】
なお、本発明の実施形態は、上述した実施形態の構成に限定されるわけではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明抵抗加熱蒸発源、およびこれを用いた真空蒸着装置は、例えば、リチウムイオン電池などの非水電解質電池における負極層などの形成に好適に利用可能である。
【符号の説明】
【0032】
10 真空蒸着装置
1 真空チャンバー
2 蒸発源 21 収納部
3 基材(成膜対象)
4 フォルダ
5 電極棒

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸発させた金属Liを成膜対象に成膜する真空蒸着装置の真空チャンバー内で使用され、金属Liを保持・加熱することで金属Liを蒸発させる抵抗加熱蒸発源であって、
金属Liを収納する収納部を有し、通電により発熱する導電体からなる熱源部と、
金属Liと反応し難い電気絶縁体からなり、前記収納部に形成される絶縁膜と、
を備えることを特徴とする抵抗加熱蒸発源。
【請求項2】
前記絶縁膜を形成する電気絶縁体は、窒化硼素であることを特徴とする請求項1に記載の抵抗加熱蒸発源。
【請求項3】
前記絶縁膜の厚さは、0.1〜50μmであることを特徴とする請求項1または2に記載の抵抗加熱蒸発源。
【請求項4】
真空排気可能な真空チャンバーと、
真空チャンバー内で、成膜材料を保持・加熱する蒸発源と、
を備え、
減圧下の真空チャンバー内で蒸発源により成膜材料を蒸発させ、蒸発させた成膜材料を成膜対象に成膜する真空蒸着装置であって、
前記蒸発源に、請求項1〜3のいずれか一項に記載の抵抗加熱蒸発源を用いたことを特徴とする真空蒸着装置。

【図1】
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【公開番号】特開2011−256439(P2011−256439A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−132545(P2010−132545)
【出願日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】