説明

硬質炭素膜及びその製造方法並びに摺動部材

【課題】使用初期において、摺動により摩擦係数を速やかに低下させて、早期に低摩擦係数で安定させることのできる、なじみ性の高い硬質炭素膜を提供する。
【解決手段】基材1上に中間層2を介して形成された硬質炭素膜3が、ダイヤモンドライクカーボン層6と、ダイヤモンドライクカーボン層6上に形成されたグラファイト粒子堆積層7とからなる。グラファイト粒子堆積層7は、ラマン分光分析によるラマンスペクトルをピーク分離して得られる、Dバンドを表すピークの面積強度ID とGバンドを表すピークの面積強度IG の比たる、ID /IG が1以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は硬質炭素膜及びその製造方法並びに摺動部材に関し、詳しくはダイヤモンドライクカーボン層を含む硬質炭素膜及びその製造方法、並びに基材表面に同硬質炭素膜を形成してなる摺動部材に関する。本発明に係る硬質炭素膜及び摺動部材は、例えば、車両用エンジン部品としてのバルブリフタ、ピストンリングやピストンスカートに好適に利用することができる。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドライクカーボンは、高硬度と低摩擦係数とを有することから、各種摺動部材、機械部品、工具や磁気ディスク等の表面改質膜として利用されるようになってきている。
【0003】
ところで、近年における自動車の燃費規制に対応するためには、摺動抵抗を低減するための技術開発が非常に重要である。このため、自動車部品、特にエンジン部品における摺動抵抗を低減させることが大きな課題となってきている。
【0004】
特許文献1には、基材の表面に、クロムやチタン等よりなる金属層を下層とするとともに金属と炭素との混合層を上層とする中間層を積層し、この中間層の上にダイヤモンドライクカーボン層を形成し、さらにこのダイヤモンドライクカーボン層の上に二流化モリブデン等よりなる固体潤滑材皮膜を形成した摺動部材が開示されている。
【特許文献1】特開2004−339564号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来の摺動部材では、使用初期において、摩擦係数が低下して低摩擦係数で安定するまでに時間がかかり、なじみ性が不十分であるという問題があった。これは、最表面の固体潤滑材皮膜が摺動により平滑化しにくいこと、及びこの固体潤滑材皮膜の結晶構造が潤滑性に優れるものに変化しにくいことが原因と考えられる。
【0006】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、使用初期において、摺動により摩擦係数を速やかに低下させて、早期に低摩擦係数で安定させることのできる、なじみ性の高い硬質炭素膜及び摺動部材を提供することを解決すべき技術課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する本発明の硬質炭素膜は、基材上に直接又は中間層を介して形成された硬質炭素膜であって、前記基材上に直接又は中間層を介して形成されたダイヤモンドライクカーボン層と、該ダイヤモンドライクカーボン層上に形成されたグラファイト粒子堆積層とを含み、前記グラファイト粒子堆積層は、ラマン分光分析によるラマンスペクトルをピーク分離して得られる、Dバンドを表すピークの面積強度ID とGバンドを表すピークの面積強度IG の比たる、ID /IG が1以下であることを特徴とするものである。
【0008】
ここに、グラファイト粒子堆積層をラマンスペクトルにより評価すると、1500cm-1付近にブロードなピークをもち、かつ、1400cm-1付近にわずかなショルダのあるスペクトルが得られ、このラマンスペクトルをガウス関数とローレンツ関数を用いてカーブフィッティングすることによりピーク分離すると、1550cm-1付近のGバンドを表すピークと、1350cm-1付近のDバンドを表すピークとが得られる。本発明に係る硬質炭素膜では、グラファイト粒子堆積層を特定すべく、これらDバンドを表すピークの面積強度ID とGバンドを表すピークの面積強度IG の比たるID /IG を用いている。すなわち、本発明に係る硬質炭素膜におけるグラファイト粒子堆積層は、DバンドピークとGバンドピークとの面積強度比たるID /IG が1以下とされている。
【0009】
なお、ラマン分光分析によるラマンスペクトルは、顕微レーザーラマン分光装置(商品名「NRS−1000」、日本分光社製)を用い、測定条件をレーザー波長:532.20nm、レーザー径:1μmとして、測定したものである。
【0010】
また、Gバンドを表すピークは、炭素原子同士がsp2 結合しているグラファイト構造に起因し、Dバンドを表すピークは、sp3 結合及びアモルファス構造に起因する。
【0011】
また、グラファイト粒子堆積層とは、グラファイト粒子を堆積させることで形成された層である。
【0012】
本発明の硬質炭素膜の好適な態様において、前記ダイヤモンドライクカーボン層は硬さが10GPa(ビッカース硬さでHv1000)以上である。
【0013】
上記課題を解決する本発明の硬質炭素膜の製造方法は、基材上に直接又は中間層を介して硬質炭素膜を形成する硬質炭素膜の製造方法であって、炭化水素ガスを導入しながら、希ガスプラズマを固体炭素ターゲットに照射するスパッタリング法により、ダイヤモンドライクカーボン層を前記基材上又は前記中間層上に形成するDLC層形成工程と、希ガスと炭化水素ガスの合計量に対する該炭化水素ガスの体積比率が0.5%以下となる導入量で該炭化水素ガスを導入しながら、希ガスプラズマを固体炭素ターゲットに照射するスパッタリング法により、グラファイト粒子堆積層を前記ダイヤモンドライクカーボン層上に形成するGr粒子堆積層形成工程とを備えていることを特徴とするものである。
【0014】
本発明の硬質炭素膜の製造方法の好適な態様において、前記Gr粒子堆積層形成工程では、ラマン分光分析によるラマンスペクトルをピーク分離して得られる、Dバンドを表すピークの面積強度IG とDバンドを表すピークの面積強度ID の比たる、IG /ID が1以下である前記グラファイト粒子堆積層を形成する。
【0015】
本発明の硬質炭素膜の製造方法の好適な態様において、前記Gr粒子堆積層形成工程では、前記炭化水素ガスを導入することなく前記グラファイト粒子堆積層を形成する。
【0016】
本発明の硬質炭素膜の製造方法の好適な態様において、前記DLC層形成工程では、硬さが10GPa以上である前記ダイヤモンドライクカーボン層を形成する。
【0017】
上記課題を解決する本発明の摺動部材は、基材と、請求項1又は2のいずれか一つに記載された硬質炭素膜とを備えていることを特徴とするものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明に係る硬質炭素膜は、基材上に直接又は中間層を介して形成されたものであって、基材上に直接又は中間層を介して形成されたダイヤモンドライクカーボン層(以下、DLC層と称する)と、このDLC層上に形成されたグラファイト粒子堆積層(以下、Gr粒子堆積層と称する)とを含む。
【0019】
基材の材質は特に限定されず、鉄系材料であっても、非鉄系材料であってもよく、あるいはセラミックスであってもよい。例えば、鉄板、機械構造用の炭素鋼や各種合金鋼、焼入れ鋼等の鋼材、片状黒鉛鋳鉄や球状黒鉛鋳鉄等の鋳鉄材料、あるいはAl合金やMg合金等を好適に用いることができる。
【0020】
中間層は、基材と硬質炭素膜との密着性を向上させるためのもので、必要に応じて、基材上に形成することができる。この中間層の種類としては、基材と硬質炭素膜との密着性を向上させることのできるものであれば特に限定されず、基材の材質に応じて適宜選定することができが、例えば、Cr、Ti、Si、WやB等の金属元素の1種又は2種以上の組み合わせとすることができる。
【0021】
また、基材と硬質炭素膜との密着性をより向上させる観点より、前記中間層は、前記金属元素よりなる金属層と、前記金属元素と炭素よりなるとともに両者の比率を傾斜的に(金属層に近接するほど金属の割合が多くなるように)変化させた傾斜混合層とから構成することもできる。
【0022】
中間層の形成方法は特に限定されず、イオン化蒸着法、プラズマCVD法、アークイオンプレーティング法やスパッタリング法等を採用することができる。
【0023】
本発明に係る硬質炭素膜は、前記基材上に直接又は中間層を介して形成されたDLC層と、このDLC層上に形成されたGr粒子堆積層とを含む。
【0024】
DLC層及びGr粒子堆積層は共に、耐摩耗性を向上させるとともに、摩擦係数を低下させる働きをする。DLC層の形成方法は特に限定されず、イオン化蒸着法、プラズマCVD法、アークイオンプレーティング法やスパッタリング法等を採用することができる。また、Gr粒子堆積層の形成方法は、スパッタリング法を採用することができる。ただし、製造工程の簡素化を図る観点からは、スパッタリング法により、中間層、DLC層及びGr粒子堆積層を連続的に形成することが好ましい。
【0025】
なお、中間層、DLC層及びGr粒子堆積層の厚さは、適用する部品の用途に応じて適宜設定可能である。例えば、中間層の厚さは0.1〜1.0μm程度、DLC層の厚さは0.5〜10μm程度、Gr粒子堆積層の厚さは0.5〜5μm程度とすることができる。
【0026】
また、DLC層及びGr粒子堆積層には、必要に応じて、Cr、Ti、Si、WやB等の金属元素の1種又は2種以上の組み合わせが添加されていてもよい。
【0027】
本発明に係る硬質炭素膜におけるGr粒子堆積層は、ラマン分光分析によるラマンスペクトルをピーク分離して得られる、Dバンドを表すピークの面積強度ID とGバンドを表すピークの面積強度IG の比たる、ID /IG が1以下であることを特徴とする。
【0028】
ここに、前述のとおり、Gバンドを表すピークはグラファイト構造(sp2 結合成分)に起因するものであり、Dバンドを表すピークはアモルファス構造に起因するものである。このため、Gr粒子堆積層において、DバンドピークとGバンドピークとの面積強度比たるID /IG が小さいほど、グラファイト構造に対するアモルファス構造の割合が低いことを意味し、言い換えればID /IG が小さいGr粒子堆積層ほどグラファイトに近いことを意味する。したがって、ID /IG が1以下である、本発明に係る硬質炭素皮膜におけるGr粒子堆積層は、極めてグラファイトに近い構造を有しており、後述する実施例で示されるようになじみ性の向上に大きく貢献する。
【0029】
よって、本発明に係る硬質炭素膜は、使用初期において、摺動により摩擦係数が速やかに低下し、早期に低摩擦係数で安定する、なじみ性の高いものとなる。
【0030】
本発明に係る硬質炭素皮膜のなじみ性をより向上させる観点より、前記ID /IG は0.5以下であることがより好ましく、0.1以下であることが特に好ましい。
【0031】
ここに、Gr粒子堆積層は、スパッタリング法により形成することができるが、このとき炭化水素ガスを供給しながらスパッタリングすると、Gr粒子堆積層中には炭化水素ガスの分解成分たるガス分解炭素及びガス分解水素が含有される。Gr粒子堆積層がガス分解炭素を炭素質として含有していたり、ガス分解水素を含有していたりすると、グラファイト粒子の堆積が阻害されて良好なGr粒子堆積層を形成することができず、グラファイト本来の自己潤滑性等が阻害される。このため、Gr粒子堆積層におけるガス分解炭素及びガス分解水素の含有量は少なければ少ないほど好ましく、0at%であること、すなわち、Gr粒子堆積層にはガス分解炭素及びガス分解水素が含まれていないことが特に好ましい。
【0032】
また、本発明に係る硬質炭素膜において、DLC層の硬さは10GPa(ビッカース硬さでHv1000)以上であることが好ましい。DLC層の硬さが10GPa未満になると、硬質炭素膜全体における耐摩耗性を効果的に向上させることが困難となり、また硬質炭素膜全体における強度を確保することが困難となる。このDLC層の硬さは12GPa以上であることがより好ましく、15GPa以上であることが特に好ましい。本発明に係る硬質炭素膜におけるDLC層の硬さは、耐摩耗性を向上させる観点からは、硬ければ硬いほど好ましいが、その上限はDLC固有の材料物性の上限からの理由により80GPa程度とされる。
【0033】
なお、DLC層の硬さは、例えばスパッタリング法によりDLC層を形成する場合は、バイアス電圧や炭化水素ガス導入量等を調整することで適宜設定可能である。
【0034】
かかる構成を有する本発明に係る硬質炭素膜は、以下に示す本発明に係る硬質炭素膜の製造方法により、好適に製造することができる。
【0035】
本発明の硬質炭素膜の製造方法は、基材上に直接又は中間層を介して硬質炭素膜を形成する硬質炭素膜の製造方法であって、DLC層形成工程と、Gr粒子堆積層形成工程とを備え、希ガスプラズマを固体炭素ターゲットに照射するスパッタリング法により、DLC層とGr粒子堆積層とを連続的に形成する。なお、中間層を形成する場合は、この中間層もスパッタリング法により形成することが好ましい。
【0036】
希ガスプラズマを発生させるための希ガスの種類としては特に限定されず、一般的なAr(アルゴン)等を採用することができる。また、DLC層形成工程及びGr粒子堆積層形成工程で用いる炭化水素ガスの種類も特に限定されず、メタン、アセチレン、エチレンやベンゼン等から適宜選定可能である。
【0037】
DLC層形成工程では、炭化水素ガスを導入しながら、希ガスプラズマを固体炭素ターゲットに照射するスパッタリング法により、ダイヤモンドライクカーボン層を基材上又は中間層上に形成する。
【0038】
このDLC層形成工程では、形成されるDLC層の硬さが10GPa以上となるように、基材に印加するバイアス電圧や、炭化水素ガス導入量等を適切に設定することが好ましい。かかる観点より、基材に印加するバイアス電圧を30〜450V程度とすることが好ましく、50〜200V程度とすることがより好ましい。また、希ガスと炭化水素ガスの合計量に対する炭化水素ガスの体積比率を0.5〜20%程度とすることが好ましく、2〜10%程度とすることがより好ましい。
【0039】
Gr粒子堆積層形成工程では、希ガスと炭化水素ガスの合計量に対する炭化水素ガスの体積比率が0.5%以下となる導入量で炭化水素ガスを導入しながら、希ガスプラズマを固体炭素ターゲットに照射するスパッタリング法により、グラファイト粒子堆積層を前記ダイヤモンドライクカーボン層上に形成する。
【0040】
このGr粒子堆積層形成工程における、炭化水素ガスの前記体積比率が0.5%を超えると、形成されるGr粒子堆積層におけるガス分解炭素及びガス分解水素の含有量が過大となり、なじみ性や耐摩耗性を良好に向上させることができない。そして、このGr粒子堆積層形成工程における炭化水素ガスの前記体積比率は少なければ少ないほど好ましく、0%であること、すなわち、Gr粒子堆積層形成工程では炭化水素ガスを導入することなくグラファイト粒子堆積層を形成することが特に好ましい。
【0041】
そして、Gr粒子堆積層形成工程における炭化水素ガスの前記体積比率が0.5%以下であれば、ラマン分光分析によるラマンスペクトルをピーク分離して得られる、Dバンドを表すピークの面積強度IG とDバンドを表すピークの面積強度ID の比たる、IG /ID が1以下であるグラファイト粒子堆積層を形成することができる。
【0042】
したがって、基材と、この基材上に直接又は前記中間層を介して形成された本発明に係る硬質炭素膜とを備えた摺動部材によれば、なじみ性や耐摩耗性を良好に向上させることができる。よって、この摺動部材は、例えば、車両用エンジン部品としてのバルブリフタ、ピストンリングやピストンスカートに好適に利用することができる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例により、本発明を更に詳しく説明するが本発明はこれらに限定されるものではない。
【0044】
(実施例1)
図1に示される本実施例に係る摺動部材は、基材1と、基材1上に形成された中間層2と、中間層2上に形成された硬質炭素膜3とをから構成されている。
【0045】
基材1は、表面粗さが0.02μmRaのSUS440Cよりなる。
【0046】
中間層2は、基材1上に形成された厚さが0.5μmのCr(クロム)金属層4と、このCr金属層4上に形成された厚さが0.3μmのCr/C傾斜混合層5とから構成されている。Cr/C傾斜混合層5は、Cr金属層4から硬質炭素膜3のDLC層に向かうに連れてC(炭素)の割合が徐々に多くなるように、CrとCとの比率が傾斜的に変化している。
【0047】
硬質炭素膜3は、中間層2のCr/C傾斜混合層5上に形成された厚さが1.0μmのDLC層6と、このDLC層6上に形成された厚さが0.2μmのGr粒子堆積層7とから構成されている。
【0048】
この硬質炭素膜3におけるDLC層6の硬さを測定したところ、18GPa(Hv1800)であった。
【0049】
また、この硬質炭素膜3におけるGr粒子堆積層7について、前記ラマン分光装置を用いて前述の測定条件でラマンスペクトルを測定した。得られたラマンスペクトルをガウス関数とローレンツ関数を用いてカーブフィッティングすることによりピーク分離すると、1550cm-1付近のGバンドを表すピークと、1350cm-1付近のDバンドを表すピークとが得られた。そして、これらDバンドを表すピークの面積強度ID とGバンドを表すピークの面積強度IG の比たるID /IG は、表1に示されるように0.51であった。
【0050】
上記構成を有する本実施例に係る摺動部材は、図示しないスパッタリング装置(「UBMS202」、神戸製鋼所社製)を用いたアンバランスドマグネトロンスパッタリング法(以下、UBMS法と称する)により、以下のように製造した。
【0051】
<酸化物層除去工程>
まず、基材1と、固体炭素ターゲットとしてのグラファイトターゲット1枚と、Crターゲット1枚とを、それぞれスパッタリング装置内の所定位置に設置した。そして、装置内を3.0×10-3Paに真空排気し、基材1を200℃に昇温後、Arプラズマを基材1表面に照射(Ar)ボンバード)して、基材1表面の酸化物層を除去した。
【0052】
<中間層形成工程>
その後、プラズマ発生のためのArガスを190ml/minの導入量で、また、メタンガスを10ml/minの導入量で、それぞれ装置内に流しながら、Crターゲットをスパッタして基材1上にCr金属層4を形成した。そして、Crターゲットとグラファイトターゲットを同時にスパッタして、両者のスパッタ量を傾斜的に変化させることで、Cr/C傾斜混合層5をCr金属層4上に形成した。
【0053】
こうして、Cr金属層4とCr/C傾斜混合層5とからなる中間層2を基材1上に形成した。
【0054】
なお、この中間層形成工程では、基材1に印加するバイアス電圧を100Vとした。
【0055】
また、この中間工程及び後述するDLC層形成工程における、Arガス及びメタンガスの合計量に対するメタンガスの体積比率は5%である。
【0056】
<DLC層形成工程>
さらに、前記中間層形成工程と連続して、グラファイトターゲットをスパッタして中間層2上にDLC層6を形成した。
【0057】
<Gr粒子堆積層形成工程>
前記DLC層6の形成後、装置内へのメタンガスの導入を停止し、Arガスのみを200m/minの導入量で流しながら、グラファイトターゲットをスパッタして前記DLC層6上にGr粒子堆積層7を形成した。
【0058】
こうして、DLC層6とGr粒子堆積層7とからなる硬質炭素膜3を前記中間層2上に形成した。
【0059】
なお、前記DLC層形成工程及びGr粒子堆積層形成工程では、基材1に印加するバイアス電圧を100Vとした。
【0060】
また、本実施例のGr粒子堆積層形成工程における、Arガス及びメタンガスの合計量に対するメタンガスの体積比率は、表1に示されるように0%である。
【0061】
(実施例2)
DLC層形成工程で、基材1に印加するバイアス電圧を80Vに変更すること以外は、前記実施例1と同様にして、実施例2に係る摺動部材を得た。
【0062】
この摺動部材におけるDLC層6の硬さは15GPa(Hv1500)であった。
【0063】
(実施例3)
DLC層形成工程で、基材1に印加するバイアス電圧を65Vに変更すること以外は、前記実施例1と同様にして、実施例3に係る摺動部材を得た。
【0064】
この摺動部材におけるDLC層6の硬さは12GPa(Hv1200)であった。
【0065】
(実施例4)
Gr粒子堆積層形成工程で、Arを199ml/minの導入量で、また、メタンガスを1ml/minの導入量で、それぞれ装置内に流しながら、グラファイトターゲットをスパッタしてGr粒子堆積層7を形成すること以外は、前記実施例1と同様にして、実施例4に係る摺動部材を得た。
【0066】
なお、本実施例のGr粒子堆積層形成工程における、Arガス及びメタンガスの合計量に対するメタンガスの体積比率は0.5%である。
【0067】
また、本実施例4に係る硬質炭素膜3のGr粒子堆積層7は、ID /IG が0.99であった。
【0068】
(比較例1)
DLC層形成工程で、基材1に印加するバイアス電圧を50Vに変更すること以外は、前記実施例1と同様にして、比較例1に係る摺動部材を得た。
【0069】
なお、この摺動部材におけるDLC層6の硬さは9GPa(Hv900)であった。
【0070】
(比較例2)
Gr粒子堆積層形成工程を実施しないこと以外は、前記実施例1と同様にして、比較例2に係る摺動部材を得た。
【0071】
この摺動部材は、基材1と、基材1上に形成された、Cr金属層4及びCr/C傾斜混合層5よりなる中間層2と、中間層2上に形成されたDLC層6のみよりなる硬質炭素膜とから構成されている。
【0072】
(比較例3)
Gr粒子堆積層形成工程で、Arを195ml/minの導入量で、また、メタンガスを5ml/minの導入量で、それぞれ装置内に流しながら、グラファイトターゲットをスパッタしてGr粒子堆積層7を形成すること以外は、前記実施例1と同様にして、比較例3に係る摺動部材を得た。
【0073】
なお、本実施例のGr粒子堆積層形成工程における、Arガス及びメタンガスの合計量に対するArの体積比率は2.5%である。
【0074】
また、比較例3に係る硬質炭素膜のGr粒子堆積層7は、ID /IG が2.11であった。
【0075】
(比較例4)
Gr粒子堆積層形成工程で、Arを197.5ml/minの導入量で、また、メタンガスを2.5ml/minの導入量で、それぞれ装置内に流しながら、グラファイトターゲットをスパッタしてGr粒子堆積層7を形成すること以外は、前記実施例1と同様にして、比較例4に係る摺動部材を得た。
【0076】
なお、本実施例のGr粒子堆積層形成工程における、Arガス及びメタンガスの合計量に対するArの体積比率は1.25%である。
【0077】
また、比較例4に係る硬質炭素膜のGr粒子堆積層7は、ID /IG が1.17であった。
【0078】
【表1】

【0079】
(摩擦係数及びなじみ性評価−Gr粒子堆積層の影響−)
前記実施例1、4及び前記比較例2〜4の摺動部材について、ブロックオンリング摩擦摩耗試験(LFW−1試験)を行い、摩擦係数及びなじみ性を評価した。
【0080】
この摩擦摩耗試験は、LFW−1試験の標準リング(SAE4620)を相手リングとし、この相手リングを油浴(潤滑油:エンジン油5W−30のベース油、浴温:80℃)中に半分だけ浸漬させながら、回転数:160rpm(0.3m/s)で回転させ、この回転するリングに各摺動部材の硬質炭素膜を30kg(320MPa)の荷重Pで30分間、押し付ける条件で行った。
【0081】
なお、比較のため、SUS44OCよりなる基材1についても同様の試験を行った。
【0082】
これらの結果が図2に示されるように、ID /IG が1以上であるGr粒子堆積層7を有する本実施例1及び4の摺動部材は、なじみ性が優れ、早期に摩擦係数が低下した。これは、ID /IG が1以上であるGr粒子堆積層7は、摺動により平滑化しやすく、かつ、潤滑性に優れる結晶構造に変化しやすいためと考えられる。
【0083】
これに対し、ID /IG が1を超えるGr粒子堆積層7を有する比較例3及び4の摺動部材は、なじみ性が悪く、Gr粒子堆積層7が形成されていない比較例2の摺動部材と同等の結果となった。これは、ガス分解炭素及びガス分解水素が混入により、グラファイトの堆積が阻害され、摺動による平滑化と、潤滑性に優れる結晶構造への変化とが起きにくくなったためと考えられる。
【0084】
これにより、Gr粒子堆積層7におけるID /IG を1以上にすることにより、硬質炭素膜3のなじみ性を効果的に向上できることがわかる。
【0085】
(耐摩耗性評価−DLC層の硬さの影響−)
前記実施例1〜3及び前記比較例1の摺動部材について、前述のブロックオンリング摩擦摩耗試験(LFW−1試験)を行い、耐摩耗性を評価した。
【0086】
試験終了後の摩耗深さを測定した結果を図3に示す。
【0087】
図3から明らかなように、DLC層6の硬さが10GPa以上である実施例1〜3の摺動部材は、いずれも摩耗深さが0.1μm程度以下であり、耐摩耗性が著しく向上した。
【0088】
これに対し、DLC層の硬さが9GPaである比較例1の摺動部材は、摩耗深さが1.2μmであった。これは、DLC層6の硬さが小さいことに起因し、DLC層6の強度不足により膜全体の耐摩耗性が低下してしまったと考えられる。
【0089】
これにより、DLC層6の硬さを10GPa以上にすることにより、硬質炭素膜3の耐摩耗性を効果的に向上できることがわかる。
【0090】
(耐摩耗性評価−Gr粒子堆積層の影響−)
前記実施例1及び前記比較例2の摺動部材について、荷重PをP=30kg(320MPa)、60kg(420MPa)、120kg(600MPa)と種々変更して、前述のブロックオンリング摩擦摩耗試験(LFW−1試験)を行い、耐摩耗性を評価した。その結果を図4に示す。
【0091】
図4から明らかなように、ID /IG が1以上であるGr粒子堆積層7を形成することにより、耐摩耗性を向上させることができ、特に、高面圧における耐摩耗性を著しく向上させることができた。これもGr粒子堆積層7の結晶構造に起因すると考えられる。すなわち、ID /IG が1以上であるGr粒子堆積層7は、摺動により平滑化しやすいこと及び潤滑性に優れる結晶構造に変化しやすいことに加え、自己再生機能によりそのような構造を再生・維持することで、摺動の衝撃を吸収してDLC層6への伝播を抑制することができ、これにより硬質炭素膜3全体における耐摩耗性が向上したと考えられる。
【0092】
以上の結果より、硬さが10GPa以上のDLC層6と、ID /IG が1以上のGr粒子堆積層7とからなる硬質炭素膜3によれば、なじみ性及び耐摩耗性の向上、並びに低摩擦係数化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】本実施例に係る摺動部材を模式的に示す断面図である。
【図2】実施例1、4及び比較例2〜3に係る摺動部材について、摩擦摩耗試験により摩擦係数及びなじみ性を調べた結果を示す図である。
【図3】実施例1〜3及び比較例1に係る摺動部材について、摩擦摩耗試験により耐摩耗性を調べた結果を示す図である。
【図4】実施例1及び比較例2に係る摺動部材について、摩擦摩耗試験により耐摩耗性を調べた結果を示す図である。
【符号の説明】
【0094】
1…基材 2…中間層
3…硬質炭素膜 6…DLC層
7…Gr粒子堆積層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に直接又は中間層を介して形成された硬質炭素膜であって、
前記基材上に直接又は中間層を介して形成されたダイヤモンドライクカーボン層と、該ダイヤモンドライクカーボン層上に形成されたグラファイト粒子堆積層とを含み、
前記グラファイト粒子堆積層は、ラマン分光分析によるラマンスペクトルをピーク分離して得られる、Dバンドを表すピークの面積強度ID とGバンドを表すピークの面積強度IG の比たる、ID /IG が1以下であることを特徴とする硬質炭素膜。
【請求項2】
前記ダイヤモンドライクカーボン層は硬さが10GPa以上であることを特徴とする請求項1記載の硬質炭素膜。
【請求項3】
基材上に直接又は中間層を介して硬質炭素膜を形成する硬質炭素膜の製造方法であって、
炭化水素ガスを導入しながら、希ガスプラズマを固体炭素ターゲットに照射するスパッタリング法により、ダイヤモンドライクカーボン層を前記基材上又は前記中間層上に形成するDLC層形成工程と、
希ガスと炭化水素ガスの合計量に対する該炭化水素ガスの体積比率が0.5%以下となる導入量で該炭化水素ガスを導入しながら、希ガスプラズマを固体炭素ターゲットに照射するスパッタリング法により、グラファイト粒子堆積層を前記ダイヤモンドライクカーボン層上に形成するGr粒子堆積層形成工程とを備えていることを特徴とする硬質炭素膜の製造方法。
【請求項4】
前記Gr粒子堆積層形成工程では、ラマン分光分析によるラマンスペクトルをピーク分離して得られる、Dバンドを表すピークの面積強度IG とDバンドを表すピークの面積強度ID の比たる、IG /ID が1以下である前記グラファイト粒子堆積層を形成することを特徴とする請求項3記載の硬質炭素膜の製造方法。
【請求項5】
前記Gr粒子堆積層形成工程では、前記炭化水素ガスを導入することなく前記グラファイト粒子堆積層を形成することを特徴とする請求項3又は4記載の硬質炭素膜の製造方法。
【請求項6】
前記DLC層形成工程では、硬さが10GPa以上である前記ダイヤモンドライクカーボン層を形成することを特徴とする請求項3、4又は5記載の硬質炭素膜の製造方法。
【請求項7】
基材と、請求項1又は2のいずれか一つに記載された硬質炭素膜とを備えていることを特徴とする摺動部材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2007−162099(P2007−162099A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−361994(P2005−361994)
【出願日】平成17年12月15日(2005.12.15)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】