説明

硬質皮膜及びその製造方法

【課題】硬度が高く、かつ摩擦係数が低い硬質皮膜及びその簡便な製造方法を提供すること。
【解決手段】下記式(1)
(W1−xAl)(N1−y (1)
[ただし、0.18≦x≦0.7であり、0.85≦y≦1であり、かつ、0.5≦z≦1.2である。]
で示される窒化物からなり、かつその結晶構造が立方晶のみからなる硬質皮膜とする。当該硬質皮膜は、スパッタリング法又はイオンプレーティング法により成膜することにより製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム(Al)及びタングステン(W)を含有する窒化物又は窒酸化物からなる硬質皮膜に関する。また、そのような硬質皮膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
硬質皮膜は、耐摩耗性や摺動性などを向上させるために使用されている。例えば、耐摩耗性や摺動性などが求められる、工具、金型又は摺動部品などの表面に硬質皮膜が形成されている。硬質皮膜としては、CrN、TiNなどの窒化物が従来から知られており、広く使用されてきた。また、近年、上記の用途において耐摩耗性や摺動性の一層の向上が求められており、より高い硬度を有する硬質皮膜が求められている。これに対して、TiNやCrNなどにAlを含有させたTiAlNやCrAlNなど種々の硬質皮膜が提案されている。また、このような硬質皮膜は、その結晶構造によって機械的性質が変化することも知られており、結晶構造を制御して硬度を向上させた例などが報告されている。
【0003】
特許文献1には、基材表面に、(AlTi1−x)(N1−y)[但し0.56≦x≦0.75、0.6≦y≦1]で示される化学組成からなる、厚さ0.8−10μmの耐摩耗性皮膜が形成された耐摩耗性皮膜被覆部材が記載されている。また、当該皮膜の結晶構造は立方晶(NaCl型)であったとされている。しかしながら、このような耐摩耗性皮膜は硬度が不十分であった。
【0004】
特許文献2には、基材の表面に0.3〜30μmの単層または多層からなる硬質膜を被覆した部材において、該硬質膜の少なくとも1層は、0.3μm以上30μm以下の厚みでなるチタンとタングステンと窒素とからなる立方晶構造の複合窒化物であり、該複合窒化物は組成式(Ti1−x)Nにおいて、0.1≦x≦0.8及び0.6≦z≦1.0を満足する耐摩耗性被覆部材が記載されている。そして、WNに対してTiNを固溶させると結晶構造が六方晶から立方晶に変わり、かつ硬さが急増して耐摩耗性が向上し、耐剥離性も向上したとされている。しかしながら、このような硬質皮膜は硬度が不十分であった。
【0005】
特許文献3には、母材表面に硬質皮膜を被覆してなる工具であって、その硬質皮膜は、金属成分のみの原子%が、Si:5〜50%、実質的に残部がAl、Wの1種もしくは2種で構成される窒化物であるa層と、金属成分のみの原子%が、Al:40〜60%、Si:10%を越えて20%以下、実質的に残部がTiで構成される窒化物であるb層とが、それぞれ一層以上交互に被覆されたものであり、かつb層が被覆母材表面直上にあることを特徴とする工具が記載されている。このような工具は、母材との密着性、皮膜の耐摩耗性および耐酸化性をバランス良く有するb層を母材表面直上に被覆し、その上に耐酸化性に優れるa層を被覆することで、潤滑剤の使用量の低減や高速加工が可能になったとされている。実施例には、エンドミルの表面に皮膜組成が(Ti0.33Al0.54Si0.13)Nであるb層及び皮膜組成が(Al0.400.37Si0.23)Nであるa層とを積層して得られた工具の例などが記載されている。しかしながら、このような多層構造の皮膜を形成するのは容易ではないし、得られる皮膜の硬度も不十分であった。
【0006】
特許文献4には、基体と、この基体の表面を被覆する被覆層とからなる切削工具であって、前記被覆層が、Ti1−a−b−c−dAlSi(C1−x)(ただし、MはNb、Mo、Ta、Hf、Yから選ばれる少なくとも1種、0.45≦a≦0.55、0.01≦b≦0.1、0.01≦c≦0.05、0.01≦d≦0.1、0≦x≦1)からなることを特徴とする切削工具が記載されている。このような組成の被覆層を有することで切削工具の耐酸化性や耐摩耗性とともに耐欠損性も向上したとされている。また、Alの含有量が0.55よりも多いと被覆層の結晶構造が立方晶から六方晶に変化する傾向があり、硬度が低下するとの旨が記載されている。実施例には、Ti0.40Al0.500.04Si0.03Mo0.03Nからなる被覆層を有するインサートが記載されている。しかしながら、このような被覆層は硬度が不十分であった。
【0007】
非特許文献1には、Alと遷移金属との擬2元系窒化物における、Alの含有量と結晶構造との関係について記載されている。Alの添加により生じる結晶構造の変化は、擬ポテンシャル半径と結合軌道モデルの概念を用いて定義されたバンドパラメーター法により予測できるとの旨が記載されている。そして、当該方法を用いて、Alと遷移金属との擬2元系窒化物の結晶構造が立方晶から六方晶へ変化するときの、Alの含有量が予測されている。様々な遷移金属とAlとの擬2元系窒化物について当該予測がなされた結果、結晶構造が六方晶へ変化する際の、Alの含有量が最も多いと予測されたCrAlNが優れた機械的特性を有すると予測されている。構造予測された擬2元系窒化物のなかに、WAlNも含まれている。しかしながら、WAlNの硬度に関する具体的な記載は一切ない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平8−209333号公報
【特許文献2】特開2005−330540号公報
【特許文献3】特開2002−254208号公報
【特許文献4】特開2009−50997号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】高温学会誌、第33巻、第2号、 2007年、 p.50−59
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、硬度が高く、かつ摩擦係数が低い硬質皮膜を提供することを目的とするものである。また、そのような硬質皮膜の簡便な製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題は、下記式(1)
【0012】
(W1−xAl)(N1−y (1)
【0013】
[ただし、0.18≦x≦0.7であり、0.85≦y≦1であり、かつ、0.5≦z≦1.2である。]
で示される窒化物又は窒酸化物からなり、かつその結晶構造が立方晶のみからなる硬質皮膜を提供することによって解決される。
【0014】
このとき、前記硬質皮膜の厚さが0.01〜20μmであることが好適である。
【0015】
前記硬質皮膜を表面に有する硬質皮膜被覆部材が本発明の好適な実施態様である。また、前記硬質皮膜を表面に有する工具、金型又は摺動部品も本発明の好適な実施態様である。
【0016】
上記課題は、スパッタリング法又はイオンプレーティング法により成膜することを特徴とする前記硬質皮膜の製造方法を提供することによっても解決される。
【発明の効果】
【0017】
本発明の硬質皮膜は、硬度が高く、かつ摩擦係数が低い。したがって、このような硬質皮膜を表面に有する硬質皮膜被覆部材は優れた耐摩耗性及び摺動性を有する。また、本発明の製造方法によれば、このような硬質皮膜が簡便に得られる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例1〜6及び比較例1〜6における、各硬質皮膜のAlの原子比xと硬さとの関係を示す図である。
【図2】実施例1〜6及び比較例1〜6における、各硬質皮膜のAlの原子比xと押込弾性率との関係を示す図である。
【図3】実施例1、比較例1、5、6における、各硬質皮膜のX線回折パターンを示す図である。
【図4】実施例1及び比較例5における、各硬質皮膜の摺動回数と摩擦係数との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の硬質皮膜は、下記式(1)
【0020】
(W1−xAl)(N1−y (1)
【0021】
[ただし、0.18≦x≦0.7であり、0.85≦y≦1であり、かつ、0.5≦z≦1.2である。]
で示される窒化物又は窒酸化物からなり、かつその結晶構造が立方晶のみからなるものである。
【0022】
本発明の硬質皮膜は、金属成分としてW及びAlを含有する窒化物又は窒酸化物であり、上記式(1)で示される組成を有する。式(1)において、xは金属成分中のAlの原子比を示し、1−xは金属成分中のWの原子比を示す。yは非金属成分中のNの原子比を示し、1−yは非金属成分中のOの原子比を示す。zは金属成分に対する非金属成分の原子比を示す。
【0023】
式(1)において、金属成分中のAlの原子比xは0.18≦x≦0.7である。本発明の硬質皮膜は、金属成分がこのような量のAlと残部のW(原子比が1−x)からなることによって、硬度が高く、かつ摩擦係数が低いものになる。xが0.7を超えた場合には、硬質皮膜の硬度が低くなるとともに、摩擦係数が高くなる。また、この場合には、硬質皮膜の結晶構造が六方晶になり易いため好ましくない。Alの原子比xは、0.65以下であることが好適であり、0.62以下であることがより好適である。一方、xが0.18未満の場合には、Alによる硬度を高める効果が得られない。Alの原子比xは0.2以上であることが好適であり、0.25以上であることがより好適である。
【0024】
式(1)において、非金属成分中のNの原子比yは0.85≦y≦1である。本発明の硬質皮膜は、非金属成分としてこのような量のNを含有する。このとき、本発明の効果を阻害しない範囲で、N以外の非金属成分としてO(原子比で1−y)を含有してもよい。Oを含有させる方法は特に限定されない。成膜工程において、積極的にOガスを導入することもできるし、反応室内に残存する酸素や水などが皮膜中に取り込まれることによって含有されることもある。yは0.9≦y≦1であることが好適である。
【0025】
式(1)において、金属成分に対する非金属成分の原子比zは0.5≦y≦1.2である。金属成分と非金属成分の原子比は、Alの含有量が少ないと、WNにおける金属成分と非金属成分の量論比(0.5)に近づき、Alの含有量が多いと、AlNにおける金属成分と非金属成分の量論比(1)に近づくと考えられる。zは成膜条件等によっても変化する。zは1.1以下であることが好適であり、1.0以下であることがより好適である。一方、zは0.6以上であることが好適である。
【0026】
本発明の硬質皮膜は、結晶構造が立方晶のみからなることが必要である。結晶構造が立方晶のみからなることにより、硬質皮膜は高い硬度を有する。硬質皮膜の結晶構造は、WとAlの原子比に大きく影響される。xが0.18〜0.7の範囲の場合には、硬質皮膜の結晶構造は、立方晶になり易い。しかしながら、結晶構造は、成膜条件等による影響も受けるため、xが上記の範囲であっても、立方晶と六方晶とが混在したもの、或いは、六方晶になる場合がある。これらの場合には、硬質皮膜の硬度が低下するため本発明の目的を達成することができない。
【0027】
硬質皮膜の結晶構造は、X線回折法などにより測定される。具体的には、例えば2θ法により測定される。このとき、硬質皮膜が立方晶である場合には、立方晶のWNに由来する(111)面、(200)面、(220)面及び(311)面などのピークが観察される。また、硬質皮膜が六方晶である場合には、六方晶のAlNに由来する(002)面、(100)面及び(101)面などのピークが観察される。結晶構造に六方晶が存在するかどうかは、ピーク強度の大きい六方晶のAlNに由来する(002)面のピークの有無により判定できる。六方晶が存在する場合に、当該ピークは、シングルピークとして、若しくは、近接する他のピークと重ったダブルピーク又はショルダーピークとして観察される。結晶構造に立方晶と六方晶とが混在する場合には、六方晶のAlNに由来する(002)面のピークと、それに隣接する立方晶のWNに由来する(111)面のピークとが重なりあい、当該(002)面のピークがショルダーピーク又はダブルピークとして観察される。本発明においては、立方晶に起因するピークが観察され、かつ(002)面のピークが観察されないことにより、硬質皮膜の結晶構造が立方晶のみからなると判断する。
【0028】
本発明の硬質皮膜は、本発明の効果を阻害しない範囲において、W、Al、N及びO以外の元素を含有してもよいが、その含有量は、総原子数に対して2原子%以下であることが好ましく、1原子%以下であることがより好ましい。このような元素を含有させる方法は特に限定されない。成膜工程において、積極的に微量成分を導入してもよいし、反応室の内壁や治具に付着した油分などの汚染物質が成膜時に硬質皮膜中に取り込まれることなどによって含有される場合もある。
【0029】
本発明の硬質皮膜の厚さは特に限定されないが、0.01〜20μmであることが好適である。厚さが20μmを超えると、生産性が低下するおそれがある。硬質皮膜の厚さは、10μm以下であることがより好適であり、5μm以下であることがさらに好適である。一方、厚さが0.01μm未満の場合には、耐摩耗性が不十分になるおそれがある。硬質皮膜の厚さは、0.1μm以上であることがより好適である。
【0030】
本発明の硬質皮膜の硬度は、31GPa以上であることが好適である。硬度が31GPa未満の場合には、耐摩耗性や摺動性が不十分になるおそれがある。硬質皮膜の硬度は、32GPa以上であることがより好適であり、33GPa以上であることがさらに好適である。硬質皮膜の硬度は通常50GPa以下である。
【0031】
硬質皮膜の硬度は「Journal of Materials Reserch、第7巻、第6号、1992年、p.1564−1583」に記載された、ナノインデンテーション法(Oliver&Pharr法)により測定した値である。具体的には、Berkovich型ダイヤモンド圧子を硬質皮膜に押込み、その時の荷重と押込み深さから荷重−変位曲線を作成する。この荷重−変位曲線から求められる接触深さhから、下記式(I)により、圧子と硬質皮膜間の接触投影面積Aを求める。ただし、実際の圧子の先端は丸みを帯びているため、測定に際しては、予めAとhについての補正曲線を作成しておく必要がある。
【0032】
A=24.5h (I)
【0033】
そして、硬度Hは、最大荷重Pmaxと接触投影面積Aから、下記式(II)により算出することができる。
【0034】
H=Pmax/A (II)
【0035】
ここで、厚さが1μm以下の硬質皮膜の硬度を測定する場合には、基板の影響を考慮する必要がある。この場合には、押し込み深さhを膜厚tで規格化したh/tを用いることにより、基板の影響を考慮に入れた[岡山県工業技術センター報告、第34巻、2008年、p.11−15、「ナノインデンテーションによるSUS304鋼基板上に作製したCrN薄膜の硬さとヤング率評価」]に記載の計算方法により硬度を求めることができる。
【0036】
本発明の硬質皮膜の製造方法は、特に限定されず、一般的な物理蒸着法などを使用することができる。なかでも、スパッタリング法又はイオンプレーティング法により成膜することが好適である。これらの成膜方法を用いた場合には、得られる硬質皮膜の平滑性や基材との密着性がより向上する。イオンプレーティング法としては、カソードアークイオンプレーティング法又はホローカソードイオンプレーティング法などが例示される。スパッタリング法又はイオンプレーティング法において使用するターゲットは、WターゲットとAlターゲットをそれぞれ使用してもよいし、WとAlからなる合金のターゲットを使用してもよい。硬質皮膜に含有される窒素は、反応室内にNガスを導入することによって供給される。成膜に際して、基材を加熱してもよく、その温度は、成膜方法、基材の種類、成膜しようとする硬質皮膜の組成等によって適宜調節する。通常、室温以上であり、500℃以下である。
【0037】
本発明の硬質皮膜を表面に有する硬質皮膜被覆部材が本発明の好適な実施態様である。硬質皮膜被覆部材とは、本発明の硬質皮膜で基材表面の少なくとも一部が被覆されてなるものである。硬質皮膜を有することによって、硬質皮膜被覆部材は優れた耐摩耗性及び摺動性を有する。このときの基材の材料は、特に制限されず、金属、セラミックス、又はこれらの複合材料などを用いることができる。具体的には、金属としては、工具鋼などが挙げられる。セラミックスとしては、酸化アルミニウム、炭化チタン、炭化硅素、窒化硼素、窒化硅素、窒化アルミニウム及びダイヤモンド焼結体などが挙げられる。前記複合材料としては、WC基超硬合金、サーメットなどが挙げられる。
【0038】
前記硬質皮膜被覆部材は、本発明の硬質皮膜層のみにより基材表面が被覆されたものであってもよいし、さらに他の被覆層を有するものであってもよい。本発明の硬質皮膜被覆部材は、本発明の硬質皮膜層がその最表面に形成されたものであることが好適である。これにより、硬質皮膜被覆部材の耐摩耗性及び摺動性がさらに向上する。このとき、本発明の硬質皮膜層と基材との間に中間層として他の被覆層を有してもよい。また、本発明の硬質皮膜被覆部材は、基材表面に直接本発明の硬質皮膜が形成されたものであることが好適である。本発明の硬質皮膜は、多くの基材に対して高い密着性を有する。そのため、当該硬質皮膜被覆部材は、被覆層と基材との密着性に優れたものとなる。このとき、本発明の硬質皮膜層の上にさらに他の被覆層が形成されていてもよい。本発明の硬質皮膜被覆部材は、本発明の硬質皮膜のみにより基材表面が被覆されたものであることが特に好適である。当該硬質皮膜被覆部材は、耐摩耗性及び摺動性に優れるうえに、基材と硬質皮膜層との密着性にも優れ、さらに、生産性にも優れる。
【0039】
具体的には、本発明の硬質皮膜を表面に有する工具、金型又は摺動部品が本発明の好適な実施態様である。本発明の硬質皮膜で工具、金型又は摺動部品の表面が被覆されることにより、それらの耐摩耗性や摺動性が向上する。硬質皮膜により被覆される部分は、これらの一部のみであってもよいし、全部であってもよい。工具としては、エンドミル、ドリル、カッター、バイト、チップ、ホブ、ピニオンカッター及びブローチなどの切削工具などが挙げられる。金型としては、プレス成形用金型、射出成型用金型、打錠成形用金型及び鋳造用金型などが挙げられる。本発明の硬質皮膜を表面に有する金型は、樹脂に対する離型性に優れるため、樹脂成形用の金型として好適に用いることができる。また、本発明の硬質皮膜を表面に有する金型は、医薬品や食品の打錠用の金型としても好適に用いることができる。本発明の硬質皮膜を表面に有する摺動部品は、摺動性が要求される様々な用途において用いることができる。例えば、自動車用摺動部品としては、エンジンのシリンダー又はピストン、ギヤなどが挙げられる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明する。
【0041】
[組成分析]
硬質皮膜の組成分析には、フィールドエミッション電子プローブマイクロアナライザ(日本電子株式会社製「JXA−9100」)を用いた。測定は下記の条件にて実施した。標準試料を用いた検量線法により定量分析を行った。
加速電圧: 15kV
照射電流: 100nA
プローブ径: 20μm
【0042】
[厚さ測定]
厚さ測定には、接触式表面粗さ計(小坂研究所製「ET4000AK31」)を用いた。予め基材表面の一部をマスキングして成膜を行い、皮膜が形成された部分とマスキングされることにより皮膜が形成されなかった部分との段差を測定した。
【0043】
[結晶構造解析]
硬質皮膜の結晶構造解析には、X線回折装置(株式会社リガク製「RINT−2000」)を用いた。測定は下記の条件にて実施した。
X線管球: CuKα
X線出力: 40kV−40mA
発散スリット: 1°
散乱スリット: 1°
受光スリット: 0.3mm
測定モード: 2θスキャン
固定角θ: 1.5°
サンプリング幅: 0.020°
サンプリング速度: 2.000°/min
【0044】
[硬さ及び押込弾性率の測定]
硬質皮膜の硬さH及び押込弾性率E’の測定には、ナノインデンター(Hysitron Inc.製「Triboscope」)を用いた。そして、硬質皮膜の硬さH及び押込弾性率E’の算出には、「Journal of Materials Reserch、第7巻、第6号、1992年、p.1564−1583」に記載された、ナノインデンテーション法を用いた。硬質皮膜にBerkovich型ダイヤモンド圧子を押込み、負荷と徐荷を8回繰り返した。このとき、負荷荷重は500〜10000μNまで段階的に増やした。このときの荷重と押込み深さから、荷重−変位曲線を作成し、これから求められる接触深さhから、下記式(I)により、圧子と硬質皮膜間の接触投影面積Aを求めた。このとき、予めAとhについての補正曲線を作成して、接触投影面積Aの計算に使用した。
【0045】
A=24.5h (I)
【0046】
さらに、硬質皮膜の硬さHを、最大荷重Pmaxと接触投影面積Aから下記式(II)により算出した。
【0047】
H=Pmax/A (II)
【0048】
押込弾性率E’は、次のようにして算出した。まず、荷重−変位曲線から求められるコンタクトスティッフネスSと接触投影面積Aから、下記式(III)により、圧子と硬質皮膜との複合ヤング率Eを算出した。
【0049】
S=(2/π0.5)E×A0.5 (III)
【0050】
そして、複合ヤング率Eから、下記式(IV)により、硬質皮膜の押込弾性率E’を算出した。ここで、Eは圧子の押込弾性率、νは硬質皮膜のポアソン比、νは圧子のポアソン比である。
【0051】
1/E=(1−ν)/E’+(1−ν)/E(IV)
【0052】
厚さが1μm以下の硬質皮膜を測定する場合には、測定値は基板の影響を受ける。そのため、硬さ測定の場合には、膜厚tで押し込み深さhを規格化したh/tを用いた測定方法を用いた。押込弾性率測定の場合には、膜厚tで接触面積Aを規格化したA/tを用いた算出方法を用いた。詳細は、「岡山県工業技術センター報告、第34巻、2008年、p.11−15」に記載されている。
【0053】
[摺動性試験]
摺動性試験には、往復摺動摩擦摩耗試験機(神港精機株式会社製)を用いた。基材表面に形成された硬質皮膜に対して、SUJ2ボールを往復摺動させ、そのときの摩擦係数を測定した。測定は下記の条件にて実施した。
荷重: 50gf
周波数: 2Hz
ストローク: 10mm
摺動回数: 4200回
相手材: SUJ2ボール(10mm径)
温度: 25℃
湿度: 49%
【0054】
実施例1
硬質皮膜の成膜には、多元RFマグネトロンスパッタリング装置(株式会社アルバック製「SH−350E」)を用いた。ターゲットとしてW(株式会社高純度化学研究所製、純度99.99%)とAl(株式会社高純度化学研究所製、純度99.99%)を用いた。基材は鏡面研磨した合金工具鋼SKD61を用いた。基材ホルダーをアセトン中で超音波洗浄した後、当該基材ホルダー内に基材を設置し、2.0×10−3Pa以下まで真空排気した。Ar(純度99.999%)とN(純度99.999%)を導入し、Arの分圧が0.16Pa、Nの分圧が0.64Paで全圧が0.8Paとなるよう流量を調整した。基板温度は250℃とした。WターゲットにかかるRFパワーを175Wに、AlターゲットにかかるRFパワーを500Wにそれぞれ調整して成膜を行った。得られた硬質皮膜の厚さ測定、組成分析、結晶構造解析、硬さ測定、押込弾性率測定及び摺動性試験をそれぞれ行った。その結果を表1に示す。また、得られた硬質皮膜のAlの原子比xと硬度との関係を図1に示す。得られた硬質皮膜のAlの原子比xと押込弾性率との関係を図2に示す。得られた硬質皮膜のX線回折パターンを図3に示す。得られた硬質皮膜の摺動回数と摩擦係数との関係を図4に示す。
【0055】
実施例2〜6、比較例1〜6
基材の種類及び成膜条件を表1に示すように変更したこと以外は実施例1と同様にして硬質皮膜の成膜を行い、得られた各硬質皮膜の厚さ測定、組成分析、結晶構造解析、硬さ測定、押込弾性率測定及び摺動性試験を行った。なお、摺動性試験については、比較例5で得られた硬質皮膜についてのみ実施した。その結果を表1に示す。また、得られた硬質皮膜のAlの原子比xと硬度との関係を図1に示す。得られた硬質皮膜のAlの原子比xと押込弾性率との関係を図2に示す。比較例1、5及び6において得られた各硬質皮膜のX線回折パターンを図3に示す。比較例5で得られた硬質皮膜の摺動性試験の測定結果を図4に示す。
【0056】
【表1】

【0057】
図1から分かるように、Alの原子比xが0.15(比較例3)から0.22(実施例5)に増加したところで硬度の大幅な上昇が見られた。xが0.22〜0.65の範囲においては、比較例6(xは0.58)の硬質皮膜を除き、硬質皮膜(実施例1〜6)は非常に高い硬度を有していた。そして、xが0.65(実施例6)から0.73(比較例4)に増加したところで硬度は大幅に低下した。xが0.22〜0.65の範囲において高い硬度を有していた実施例1〜6の硬質皮膜は、Alを含まずxが1である硬質皮膜(比較例1)やWを含まずxが0である(比較例5)の硬質皮膜よりも顕著に高い硬度を有していた。一方、硬質皮膜の押込弾性率については、xの変化に伴う上記の特徴的な変化は見られなかった。従来から知られているCrAlNやTiAlNにおいては、硬度と押込み弾性率との間に相関関係が見られることが知られている。このようなことから、本発明の硬質皮膜の有する高い硬度は、従来のCrAlNやTiAlNなどとは異なるメカニズムに起因している可能性がある。
【0058】
硬質皮膜の結晶構造について、高い硬度を有していた実施例1〜6の硬質皮膜では、(111)面、(200)面、(220)面及び(311)面に立方晶に由来するピークが観察された。このとき、六方晶に由来する(002)面のピークは観察されず、これらの硬質皮膜は、立方晶のみからなることが確認された。このときの1例として、実施例1の硬質皮膜のX線回折パターンを図3に示す。一方、xが0.22〜0.67のものなかで唯一硬度の低かった比較例6の硬質皮膜は、(002)面において、(002)面とその右隣の(111)面のピークとが重なってできたショルダーピークが観察され(図3)、立方晶と六方晶が混在したものであることが確認された。
【0059】
また、図4から分かるように、本発明の硬質皮膜が基材表面に形成された硬質皮膜被覆部材は、優れた摺動性を有していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)
(W1−xAl)(N1−y (1)
[ただし、0.18≦x≦0.7であり、0.85≦y≦1であり、かつ、0.5≦z≦1.2である。]
で示される窒化物又は窒酸化物からなり、かつその結晶構造が立方晶のみからなる硬質皮膜。
【請求項2】
厚さが0.01〜20μmである請求項1に記載の硬質皮膜。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の硬質皮膜を表面に有する硬質皮膜被覆部材。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の硬質皮膜を表面に有する工具、金型又は摺動部品。
【請求項5】
スパッタリング法又はイオンプレーティング法により成膜することを特徴とする請求項1又は2に記載の硬質皮膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−12676(P2012−12676A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−151494(P2010−151494)
【出願日】平成22年7月1日(2010.7.1)
【出願人】(591060980)岡山県 (96)
【Fターム(参考)】