説明

磁性体の複素磁気特性測定装置および結晶粒径測定方法

【課題】センサに対し測定対象が相対的に移動する場合においても、被測定磁性体の局所的な複素磁気特性および結晶粒径を、高精度に安定して測定できる技術を提供する。
【解決手段】断面コの字形強磁性体コアに交流励磁用コイルと検出用コイルとを巻回し、前記断面コの字形コアの脚部先端を被測定磁性体に近接対向させて該被測定磁性体の複素磁気特性を測定する磁気特性測定装置であって、前記脚部の並び方向に相対的に移動する前記被測定磁性体の移動速度v、および前記交流励磁コイルへの印加周波数fとから、前記脚部間隔Aが下記(1)式を満足することを特徴とする磁性体の複素磁気特性測定装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性体の局所的な複素磁気特性の測定装置、および結晶粒径の測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
交流磁場中で使用される、電磁気的な特性が重要な磁性体製品においては、微分透磁率、渦電流損失、鉄損等の複素磁気特性で表現される物性値が、品質管理上非常に重要である。ここで言う複素磁気特性とは、例えば非特許文献1にあるような複素透磁率を用いて表現される。外部から印加する交流磁界をH、磁束密度をB、位相遅れをδ、として、複素透磁率μは以下のように表される。
【0003】
【数5】

【0004】
【数6】

【0005】
上式の実部μ’は通常使用する複素数でない透磁率を示し、μ”は損失と関連付けられる。また、鉄損と粒径、あるいは透磁率と粒径の間には相関関係があるため、磁性体の複素磁気特性を測定することで、測定領域内で平均化された結晶粒径測定も可能である。
【0006】
この複素透磁率は、一般的には短冊状切り板を使用するラボ測定法(エプスタイン試験、SST試験等)により求めることができるが、この方法は、(a)測定に時間がかかる、(b)被測定材をあらかじめ決められたサイズに揃える必要がある、(c)特にエプスタイン試験においては切り板サンプルを井桁状に組む必要があり、製造ラインのように測定対象とセンサ部が相対的に移動する場合では、そのままの形状で簡便に測定することができない、という問題点がある。
【0007】
そこで複素磁気特性の一つである鉄損を簡便に測定する方法としては、例えば、特許文献1に、製造ライン内に鉄損測定用の大型の励磁コイルおよび検出用コイルなどを設置し、そのコイルの中に鋼板を通して測定する技術が開示されている。この技術の場合、(1)検出コイルを鋼板の幅方向周囲に巻いてその内部の磁場全体を測定するため、鋼板の幅方向に関し、平均的な特性しか測定できない、(2)圧延方向についても磁束が広がっているため、広い範囲の測定になってしまっている、(3)鋼帯をコイルが覆う形になるため、センサ部をライン外に移動して修理することなどができず保守性が悪い、という問題点がある。
【0008】
これらの問題点を解決できる技術として、特許文献2には、コの字形コアに一次コイルと二次コイルを巻いてセンサ部とし、当該一次コイルと当該2次コイルの双方からの出力を電力計に接続し、鉄損を調べるという技術が公開されている。この場合センサ部からの磁場が、コアサイズにより決まるコア両脚部の周辺の被測定材の狭い範囲に集中する。磁場はコアサイズ以上に広がるものの、測定対象範囲としては、幅方向にはコアの幅方向のサイズが、また圧延方向には両脚部の間隔が目安となる。この構成は局所的に測定するという点では、鋼板幅方向にも圧延方向にも適当な測定方法で、かつ測定装置もコンパクトにでき、さらにかかる費用や保守性も良い。
【特許文献1】特開昭49−006961号公報
【特許文献2】特開平03−115876号公報
【非特許文献1】太田恵造著、「磁気工学の基礎II」共立出版、1973年、p.304
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献2の技術は、センサ部と測定対象の相対的変位が無いラボ測定を前提とした技術であるため、ラボテストでは安定して測定しかつ妥当な測定結果を得ることができることは、発明者等も確認した。しかしその一方で、測定対象が移動する実際の電磁鋼板製造ラインにて鉄損を測定するオンラインテストでは、製造条件によって、センサ部の出力が安定しない、測定精度が悪い等の問題があり、そのままでは適用できないことが分かった。
【0010】
そこで本発明は、上記課題を解決し、センサ部に対し測定対象が相対的に移動する場合においても、被測定磁性体の局所的な複素磁気特性および結晶粒径を、高精度に安定して測定できる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は前記課題を解決するために、以下の手段を用いた。
(1)本発明に係る磁性体の複素磁気特性測定装置は、断面コの字形強磁性体コアに交流励磁用コイルと検出用コイルとを巻回し、前記断面コの字形コアの脚部先端を被測定磁性体に近接対向させて該被測定磁性体の局所的な領域の複素磁気特性を測定する磁気特性測定装置であって、前記脚部の並び方向に相対的に移動する前記被測定磁性体の移動速度v、および前記交流励磁コイルへの印加周波数fとから、前記脚部間隔Aが下記(1)式を満足することを特徴とする。
【0012】
【数1】

【0013】
(2)上記(1)において、nを1以上の整数として、脚部間隔Aが下記(2)式を満足することを特徴とする。
【0014】
【数2】

【0015】
(3)本発明に係る磁性体の複素磁気特性測定装置は、断面コの字形強磁性体コアに交流励磁用コイルと検出用コイルを巻回し、前記断面コの字形コアの脚部先端を被測定磁性体に近接対向させて該被測定磁性体の局所的な領域の複素磁気特性を測定する磁気特性測定装置であって、前記脚部の並び方向に相対的に移動する前記被測定磁性体の移動速度v、前記交流励磁コイルへの印加周波数f、および前記脚部間における検出感度が所定値より低い領域の幅Cとから、前記脚部間隔Aが下記(3)式を満足することを特徴とする。
【0016】
【数3】

【0017】
(4)上記(3)において、nを1以上の整数として、脚部間隔Aが下記(4)式を満足することを特徴とする。
【0018】
【数4】

【0019】
(5)本発明に係る磁性体の結晶粒径測定方法は、上記(1)から(4)の何れかに記載の複素磁気特性測定装置を用いた複素磁気特性の測定結果より、前記複素磁気特性の測定結果と被測定磁性体の結晶粒径との相関関係を用いて、局所的な領域における被測定磁性体の平均化された結晶粒径を求めることを特徴とする。
(6)上記(1)から(4)において、被測定磁性体は製造ライン通板中の電磁鋼板であり、該電磁鋼板の鉄損を前記電磁鋼板がライン通板中に測定することを特徴とする。
(7)本発明に係る電磁鋼板の製造方法は、上記(1)から(4)の磁性体の複素磁気特性測定装置を備えた電磁鋼板の製造方法であって、前記複素磁気特性測定装置の測定結果と電磁鋼板の結晶粒径との相関関係から、前記電磁鋼板の局所的な領域における平均結晶粒径を求め、その求めた平均結晶粒径にもとづいて製造条件を制御する工程を具備することを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、脚部間隔Aを上記(1)の条件としたため、センサ部に対し測定対象が相対的に移動する場合においても、精度良く安定に局所的な複素磁気特性が測定可能となる。そのため、例えば磁性体の圧延方向の複素磁気特性分布を簡便かつ正確に製造中に連続全長測定できるようになり、製造条件制御への質の高い(高精度、全長連続情報)フィードバックがほぼリアルタイムで実現でき、安定製造に貢献する。また高度な品質保証にも寄与できる。
【0021】
また、本発明のセンサ部は、断面コの字形コア、およびそのコアの背部に巻かれた交流励磁用コイルと検出用コイルからなる簡便な構成であるため、コンパクトで、製造コストも安く、かつメインテナンスも容易である。そのため、製造ライン中に組み込むことが容易となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
特許文献2の磁気特性測定装置を、相対的に移動する被測定磁性体に適用する際、どのような測定条件にて問題が出るかを検討した。
【0023】
検討に際し、本発明に係る磁気特性測定装置の基本的な実施の形態の一例を、模式図として図1に示す。
【0024】
磁気特性測定装置のセンサ部2は、2本の脚部31とその脚部を接続する背部32とからなる断面コの字形強磁性体コア3と、そのコア3の背部32に巻回されてなる励磁コイル4と検出コイル5と、から構成されている。2本の脚部31の間隔(即ち、有効測定範囲)はAとする。なお、本実施の形態では、2本の脚部が並び方向を被測定磁性体の移動する方向に略一致させ、その方向と直交する被測定磁性体の幅方向(紙面に垂直な方向)には、強磁性体コアは幅方向の必要とされる測定精度や分解能に対応した厚みをもったコアを有するセンサ部の形状となっている。なお、被測定磁性体の幅方向の複数箇所を測定したい場合には、センサ部2を幅方向各位置に複数個設置すればよく、これによって、当該被測定磁性体の移動方向および移動方向に直交する幅方向の複素磁気特性分布を、簡便かつ正確に製造中に連続全長測定することができる。なお、特許文献2はコア脚部に励磁コイルが巻回され、図1はコア背部に巻回されている点で相違するが、原理的にはどちらの構成でもよく、本願発明ではどちらの構成に限定されるものではない。
【0025】
被測定磁性体1は、センサ部2に対し、当該断面コの字形コア3の脚部31の並び方向、即ち矢印の方向へ速度vにて相対的に移動している。また、断面コの字形コア3の脚部31先端部と被測定磁性体1表面との距離(以降、リフトオフと呼ぶ)はLとする。
【0026】
被測定磁性体1の複素磁気特性の測定は、断面コの字形コアの脚部31の先端を被測定磁性体1に近接対向させて、当該断面コの字形コアの脚部31の先端をプローブとし、それから発振器6により周波数fで励磁コイル4に交流電流を供給し、次にロックインアンプ7で検出コイル5からの出力を同期検波し、同相あるいは位相成分を求め、その結果を8の演算装置で換算し、所要の複素磁気特性を算出する。
【0027】
ロックインアンプ7にて、同期検波同相成分(COS成分)を測定することで鉄損値を求めることができる。さらに、鉄損値は、結晶粒径と直線的関係により近似的に求められるので、この鉄損から結晶粒径を求めることも可能となる。また、同期検波のSIN成分を測定することで、微分透磁率(複素透磁率の実数部)に相当する値を測定することができる。さらに、微分透磁率と結晶粒径は相関関係があるので、これにより結晶粒径も測定することも可能となる。
【0028】
この図1の構成にて、ある特定の測定条件を一つだけを変更し他の測定条件は一定にした場合の測定精度の傾向を、具体的に示すと以下のようになる。
(a)センサ部2を構成する断面コの字形コア31の脚部間隔Aは、大きい方が良い。
(b)センサ部2に対する被測定磁性体1の相対移動速度vは、小さい方が良い。
(c)周波数fは、高い方が特性を安定に測定できる。
(d)センサ部2(あるいは断面コの字形コア3の)脚部31と被測定磁性体1との距離L(リフトオフ)は、小さい方が良い。
断面コの字形コア3の脚部間隔Aのみを変化させた場合の、測定精度変化傾向の模式図を図8に示す。
【0029】
上記(a)に記したように、断面コの字形コア3の脚部間隔Aが大きい方が基本的に誤差が小さくなる(測定精度は良くなる)傾向は見て取れるが、さらに詳細にみると、誤差が大きく改善する点(p)が存在するという特徴があることが分かる。このように測定条件のある値付近で誤差が大きく変わるという特徴は、上記(b)、(c)、(d)共に見られるため、その背景には共通の物理的な事情があると推察される。
【0030】
上記のような調査の結果、安定して測定できないもしくは妥当な測定結果を得ることができない原因を考察した結果、次のことが判明した。ある特定の周波数fに関する磁気的な特性を測るためには、それぞれの測定点に関し、外部から印加する交流磁場により生じる図7に示すようなBとHによる磁気ループを、できるだけ多くの周期を十分に経験する必要がある。しかし、周波数が低くなると(もしくは断面コの字形コア3の脚部間隔Aが狭くなると)、印加交流磁場が変化している間に、被測定磁性体1上の測定部位がセンサ部2の測定範囲外に移動してしまう、言い換えると、精度良く測定できる脚部31の間の中央部からはずれてしまう、という現象が生じる。
【0031】
被測定磁性体1とセンサ部2との相対的変位に沿って連続的に測定する際、測定点の内のある一点が移動に伴い経験する磁場変化の様子を検討すると、次の2つの要因がある。
(A)励磁磁束の変化(励磁の周波数)。
(B)移動方向のセンサ部2の感度分布。
【0032】
上記のような測定精度に関する考察に従って、正確に測定するための(A)に関する条件を求めると以下のようになる。外部からの印加磁場の周期の内、ごく一部ではなく、できるだけ多くの周期を被測定部は経験する必要があるが、最低限、ループを1周期分経ることができればよい。具体的には、断面コの字形コア3の脚部31の並び方向に相対的に速度v[mm/s]で変化する場合に、周波数f[Hz]における特性を調べるためには、交流磁場を印加でき、安定に測定できる移動方向の長さが、1周期分相当の長さ(v/f)以上必要である。これは断面コの字形センサ部の脚部間隔Aを決定する上での重要な条件になり、式で表現すると以下のようになる。
【0033】
【数1】

【0034】
ただし、この条件を満たすだけでは不十分な場合もある。それは(B)の要因が大きく作用する場合である。センサ部2に対し被測定磁性体1が相対的に移動するため、(B)により、被測定磁性体1の被測定部は移動するにつれて、センサ部2の測定範囲内の感度の異なる領域を経験することになる。この感度分布は、図3に例示するように、コの字形コア3の両脚部間中央で最も大きく、中央部を離れるに従い小さくなっていく。この内、正規化感度が0.8以下となる領域を、感度低下領域と設定する。なお図3は、図4に示した構成にて測定を行った結果である。即ち、被測定磁性体1として電磁鋼板を用い、当該電磁鋼板1やセンサ部2の大きさに比べ小さな欠陥9を設けた電磁鋼板1を、脚部31の並び方向(矢印の方向)に移動させながらセンサ部2で測定した。この時、センサ部2の脚部間隔Aの中央(g−g’軸)から水平方向に離れた位置rを設定し、向かって左方向を負、向かって右方向を正とした。また、センサ部2の脚部31の内側の端の位置は、負側をE1、正側をE2とした。測定結果は、上記位置rに対し、電磁鋼板1に欠陥9が無い場合の測定結果からの変化分としてプロットした。
【0035】
上述したように、脚部31の内側の端より断面コの字形コア3の中央側には、感度の低下領域が幅Cにて存在する。この感度低下領域を考慮した場合について、図2を元に説明する。図1および図4の場合と同一のものは同一の符号を付し、詳細な説明は省略する。
【0036】
この感度低下領域は、交流磁気測定においては、印加磁界の振幅が小さくなり、本来測定したい振幅条件から離れてしまう、また振幅が小さいため信号レベルとしては中間部に比べ小さくなる領域である。この領域の幅Cは、センサ部2の脚間隔Aや脚部31と被測定磁性体1とのリフトオフL等の要因によって変化する。このような脚部31より断面コの字形コア3の中央側の感度低下領域は、上記のように信号出力としては小さいため、それ以外の部分の測定値に対する寄与が十分に大きければ測定全体に悪影響を及ぼすことはない。そこで、それぞれの測定対象部が1周期(v/f)以上の磁場変化を経験するような脚部間隔Aを求めることを考えると、脚部間隔Aの内、感度低下領域は除外して考えればよい。言い換えれば、脚部間隔Aから感度低下領域の幅C(脚部が2ヶ所あるので合計は2×C)の部分を除いたDの部分が、v/fより大きくなれば良い。具体的には、図2に模式的に示した通りである。
【0037】
つまりセンサ部2と被測定磁性体1との相互の位置が、断面コの字形コア3の脚部31の並び方向に相対的に速度v[mm/s]で変化する場合に、リフトオフL[mm]にて、周波数f[Hz]における特性を調べるために、断面コの字形コア3の脚部31の脚部間隔A[mm]を、センサ部の感度低下領域の幅をC(合計2×C)[mm]としたときに、
【0038】
【数3】

の関係を満たすように設定する。なおCはAとLによりほぼ決定される。
【0039】
上記Cに関しては、具体的には、例えば、以下のように決めることができる。図2中に、g−g’軸で示した脚部31間の中央(図2から図4においてr=0mmの位置)の最大感度値の8割(2割減)までの範囲を測定可能範囲し、その範囲内で磁気ループが十分に経験させられれば使用可能であるとする。この前提で、脚部間隔Aを変化させた場合の、リフトオフLに対する感度低下領域幅C[mm]を求めグラフを作成する(図5参照)。このデータを整理すると、Cは以下のように表現される。
C=q(L,A) (q(L,A)>0のとき)
C=0 (q(L,A)≦0のとき)
ここで、
q(L,A)=(0.0043×A+0.29)×(L+0.076×A−10) …(5)
なお、q(L,A)≦0の場合C=0となるのは、脚部間隔A以上に測定領域が広がることは実質的に考えなくて良いためである。
【0040】
上記(3)式は、精度の点で測定に適したリフトオフ範囲(20mmくらいまで)において、図5に示すように、3種の脚部間隔(測定に求められる局所性などの条件から考えて適当な範囲)に対し、測定値の近似直線を求め、その近似直線群を一般的に表現したものである。
【0041】
なお、q(L,A)≦0の場合C=0とするのは、Cが負であるということは脚部間隔A以上に測定領域が広がることを数値上は意味するが、実際は測定領域の最大値は脚部間隔Aと考えられ、その場合Cはq(L,A)ではなく、ゼロとするのが妥当であるからである。
【0042】
なお、本実施の形態ではセンサ部2に対する被測定磁性体1の相対的移動方向と、断面コの字形コア3の脚部31の並び方向が一致している場合について、安定に測定するための諸条件を明らかにしたが、本発明はこれに限定されない。同様の考え方は、断面コの字形コアの脚部31の並び方向がセンサ部2に対する被測定磁性体1の相対的移動方向と垂直な場合、あるいは、上記2例の中間的な方向(脚部の向きが鋼板移動方向と斜めの方向)の場合にも、適用することができる。即ち、脚部31の並び方向に関わらず、正確な測定を実現するための、センサ部2の形状を含んだ測定諸条件を決定することは可能である。
【実施例】
【0043】
例えば、渦電流分を含まない条件での測定をするためには、高周波で測定して、渦電流寄与分を何らかの形で評価して除くということは可能ではあるが、手間がかかる、精度が悪くなるという問題点があり、本願発明ではそのような場合でも測定可能であることを以下実施例に説明する。
【0044】
実施例として、方向性電磁鋼板の鉄損を電磁鋼板の製造ラインで測定する方法について図1を参照しながら説明する。
【0045】
比較的直流に近い、低周波数領域での鉄損値(50Hzなど)を測定する場合を考える。低周波数領域での鉄損値を評価するためには、渦電流損の大きな測定条件で測定すると、何らかの方法で補正をしても測定精度は改善されず、測定精度劣化の原因となるため、渦電流損の小さな条件(低周波数)で測定する必要がある。しかし、本発明者らは、求めたい特性値の周波数と全く同じ励磁周波数で測定を実施する必要はなく、測定に使用する周波数での鉄損と求めたい鉄損値が精度上必要なレベルで一致していれば良いとの知見を得て、本実施例では同じ50Hzにて測定することとした。
【0046】
センサ部2の脚部31先端は、測定対象である電磁鋼板1に対向するように配置する。2本の脚部31の並び方向は、電磁鋼板1の移動方向、即ち圧延方向と一致しており、その結果、測定される磁気特性は圧延方向に磁場を印加した場合のものとなる。
【0047】
電磁鋼板1の移動速度(圧延ラインの速度)vは2000mm/s、リフトオフLは10mmとした。よって、センサ部2の脚部間隔A(脚部間の内側の距離)は(1)式に従うと、2000[mm/s]/50[Hz]=40[mm]以上となる。
【0048】
一方、(3)式を適用する必要があるかどうかは、求める測定精度や感度低下領域の幅Cに関係する。
【0049】
感度低下領域の幅Cは、図3と図4のようなやり方で実測して求めてもよいし、または(5)式を使用して求めても良い。仮にA=40mmとして、(5)式に基づき計算すると、2×C=2.8[mm]となる。
【0050】
すると、感度低下領域の全幅2Cである2.8mmに対し、脚部間隔Aの40mmは十分大きいので、この場合は(1)式から脚部間隔Aを決めても問題は無い。
【0051】
より良い条件とするならば(3)式より不等式を解けば良く、脚部間隔Aは43mm以上あれば良いことになる。周期(v/f)の整数倍であれば、前述のBとHによる磁気ループの整数倍に相当するので、測定領域各箇所がBとHによる磁気ループを均等に経験するので、そのような条件が望ましいが、周期数がある程度あれば、平均化の効果により整数倍ではない部分の影響は軽微に抑えられる。
【0052】
例えば、脚部間隔Aを283mmに設定した場合、感度低下領域を除いた有効測定範囲Dが増え、ほぼ印加磁化の7周期分のデータが採取できるため精度が向上する。しかし一方で、鋼板圧延方向および幅方向の測定範囲が広がる、言い換えると、小さいセンサ部の場合と比べてより広い範囲の平均的な値しか測定できなくなる点、センサ部2のサイズが大きくかつ重量も増し、センサ部2のハンドリングがより困難になる点等の望ましくない点も発生する。
【0053】
そこで、本実施例では脚部間隔Aは123mmと設定した。これは測定範囲Dが、印加磁化の3周期分に相当する。
【0054】
発振器6により50Hzの周波数の交流電流を励磁コイル4に供給し、励磁4コイルで磁束をコアに沿って鋼板1に流し、その反応を検出コイル5にて測定する。ロックインアンプ7にて同期検波し、同相成分(検出用コイルで位相が90度回るため)を求めた。この同相成分結果は、複素透磁率の虚数成分(損失)と関係付けられる。そこで、演算装置8で、複数の標準サンプルの測定結果からあらかじめ求めておいた換算係数から鉄損値を算出した。得られた鉄損値を図6に示す。図6のセンサ出力を示す縦軸は、任意の値を基準にした相対的な単位の、a.u.(arbitrary unitの略で、任意単位)で示している。この結果より、測定対象が移動中であっても測定できていることがわかる。そして、このようにして求められた鉄損は、センサ部の測定する範囲が空間的に(幅方向にも、移動方向にも)限定されているため、局所的な領域の測定値になっている。
【0055】
以上の結果から、本発明を適用することで、測定対象が移動中において、局所的な磁気特性を精度良く測定することが可能であることが明確になった。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明に係る磁気測定方法の基本的構成を示した模式図。
【図2】脚部31近傍の感度低下領域を含めて本発明を示した模式図。
【図3】両脚部間の感度分布を示した図。
【図4】図3の結果を得るための測定方法を示した図。
【図5】感度低下領域の幅C、脚部間隔AおよびリフトオフLの関係を示す図。
【図6】電磁鋼板の鉄損の測定例を示した図。
【図7】外部印加交流磁界による被検体内のB−Hの変化ループを示した図。
【図8】測定条件のうち、脚部間隔Aだけを変化させた場合の測定精度変化を示した模式図。
【符号の説明】
【0057】
1 被測定磁性体(電磁鋼板)
2 センサ部
3 断面コの字形コア
31 断面コの字形コア(あるいはセンサ部)の脚部
32 断面コの字形コアの背部
4 1次(励磁)コイル
5 2次(検出)コイル
6 発振器
7 ロックインアンプ
8 演算装置
9 欠陥
A 断面コの字形コア(あるいはセンサ部)の脚部の間隔
B 外部から印加する磁束密度
C センサ部の感度低下領域の幅
D 脚部間隔Aから感度低下領域を除いた部分
E 断面コの字形コアの脚部の内側の端
f 測定周波数
H 外部から印加する交流磁界
L 断面コの字形コアの脚部と磁性体の距離(リフトオフ)
v センサ部に対する磁性体の相対速度
r センサ部の脚部間隔Aの中央から水平方向へ離れた位置(中央を0とする)
δ 交流磁界Hと磁束密度Bの位相遅れ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
断面コの字形強磁性体コアに交流励磁用コイルと検出用コイルとを巻回し、前記断面コの字形コアの脚部先端を被測定磁性体に近接対向させて該被測定磁性体の複素磁気特性を測定する磁気特性測定装置であって、
前記脚部の並び方向に相対的に移動する前記被測定磁性体の移動速度v、および前記交流励磁コイルへの印加周波数fとから、前記脚部間隔Aが下記(1)式を満足することを特徴とする磁性体の複素磁気特性測定装置。
【数1】

【請求項2】
nを1以上の整数として、脚部間隔Aが下記(2)式を満足することを特徴とする請求項1に記載の磁性体の複素磁気特性測定装置。
【数2】

【請求項3】
断面コの字形強磁性体コアに交流励磁用コイルと検出用コイルを巻回し、前記断面コの字形コアの脚部先端を被測定磁性体に近接対向させて該被測定磁性体の複素磁気特性を測定する磁気特性測定装置であって、
前記脚部の並び方向に相対的に移動する前記被測定磁性体の移動速度v、前記交流励磁コイルへの印加周波数f、および前記脚部間における検出感度が所定値より低い領域の幅Cとから、前記脚部間隔Aが下記(3)式を満足することを特徴とする磁性体の複素磁気特性測定装置。
【数3】

【請求項4】
nを1以上の整数として、脚部間隔Aが下記(4)式を満足することを特徴とする請求項3に記載の磁性体の複素磁気特性測定装置。
【数4】

【請求項5】
請求項1乃至4の何れかに記載の複素磁気特性測定装置を用いた複素磁気特性の測定結果より、前記複素磁気特性の測定結果と被測定磁性体の結晶粒径との相関関係を用いて、測定領域における被測定磁性体の平均化された結晶粒径を求めることを特徴とする磁性体の結晶粒径測定方法。
【請求項6】
前記被測定磁性体は製造ライン通板中の電磁鋼板であり、該電磁鋼板の鉄損を前記電磁鋼板がライン通板中に測定することを特徴とする請求項1乃至4の何れかに記載の磁性体の複素磁気特性測定装置。
【請求項7】
請求項1乃至4記載の磁性体の複素磁気特性測定装置を備えた電磁鋼板の製造方法であって、
前記複素磁気特性測定装置の測定結果と電磁鋼板の結晶粒径との相関関係から、前記電磁鋼板の測定領域における平均結晶粒径を求め、その求めた平均結晶粒径にもとづいて製造条件を制御する工程を具備することを特徴とする電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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