説明

磁性薄膜およびその形成方法

【課題】 高い共鳴周波数を有し、高周波特性に優れた磁性薄膜を提供する。
【解決手段】 基板2の上に、斜め成長磁性層3を形成する。その際、斜め成長磁性層3を、基板2の表面に対して斜め方向に柱状に結晶成長させる(斜め成長磁性体4)。また、この斜め成長磁性層3において、斜め成長磁性体4を軟磁性化させるため、この斜め成長磁性体4に絶縁体5を混入する。斜め成長磁性層3が面内結晶磁気異方性を示すようなると共にこの面内結晶磁気異方性が強まり、異方性磁界Hkが増加する。磁性薄膜1の組成を変化させることなく、斜め成長磁性層3の結晶成長方向のみで異方性磁界Hkを変化させることができるので、飽和磁化4πMsを減少させることなく異方性磁界Hkを増加させることができ、磁性薄膜1の共鳴周波数frを高めることができる。よって、高周波特性に優れた磁性薄膜を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、GHz帯域における高周波特性の良好な磁性薄膜およびその形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、磁気素子の高周波用途が要求されており、それに伴ってGHz帯域における高周波特性の良好な磁性薄膜が求められている。
【0003】
磁性薄膜における高周波特性を向上させるための指針としては、共鳴周波数を上昇させることや、高周波電流損失を抑制することなどが挙げられる。これらのうち、磁性薄膜の共鳴周波数を上昇させるためには、下記の(1)式により、異方性磁界Hkおよび飽和磁化4πMsの値を大きくする必要がある。
【0004】
【数1】

【0005】
例えば、特許文献1および特許文献2には、基板に対して斜め方向に磁性材料を入射するようにして磁性薄膜を成膜することで、異方性磁界Hkの高い磁性薄膜を得るようにした技術が開示されている。
【0006】
また、このような磁性薄膜を実際に磁気素子に適用する際には、異方性磁界Hkの値が大きいということのみならず、その値を使用目的や用途に応じて自由に制御可能であるということも重要である。
【0007】
例えば、非特許文献1には、(Co1-XFeX)−Al−O磁性膜において、コバルト(Co)と鉄(Fe)との組成を変化させることで、異方性磁界Hkを制御するようにした技術が開示されている。
【0008】
【特許文献1】特開2002−20864号公報
【特許文献2】特開平5−114530号公報
【非特許文献1】大沼(S.Ohnuma)、他1名,「マグネトストリクション・アンド・ソフト・マグネティック・プロパティズ・オブ・(Co1-XFeX)-Al-O・フィルムズ・ウィズ・ハイ・エレクトリカル・レジズティビティ(Magnetostriction and soft magnetic properties of (Co1-XFeX)-Al-O granular films with high electrical resistivility)」,ジャーナル・オブ・アプライド・フィジクス(Journal of Applied Physics),アメリカン・インスティテュート・オブ・フィジクス(American Institute of Physics),1999年4月15日,第85巻,第8号,p.4574−4576
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記非特許文献1の技術では、同文献のFIG.1(c),(d)に示されているように、CoとFeとの組成によって異方性磁界Hkを変化させると(FIG.1(d))、それに伴って飽和磁束密度Bs(飽和磁化4πMsと同義)も変化してしまっていた(FIG.1(c))。すなわち、異方性磁界Hkの増加するにつれて飽和磁束密度Bsが減少してしまっているので、結局上記(1)式により、共鳴周波数frはほとんど変化せず、その値を上昇させることはできないものであった。また、特許文献2に開示の技術では、異方性磁界Hkの値が、最大でも1500A/mであり、高周波応用には不十分である。また、特許文献1および特許文献2に記載の磁性薄膜では、抵抗値を下げることができず、やはり高周波応用には不適であった。
【0010】
このように、磁性薄膜の組成によって異方性磁界を変化させている従来の技術では、高い共鳴周波数を有し、高周波特性に優れた磁性薄膜を得るのは困難であった。
【0011】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたもので、その目的は、高い共鳴周波数を有し、高周波特性に優れた磁性薄膜およびその形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の磁性薄膜は、絶縁材料とこの絶縁材料が混入することによって軟磁性化する磁性材料とを含んで基板上に形成されると共に、積層面に対して斜め方向に柱状に結晶成長している斜め成長磁性層を有しているものである。
【0013】
ここで、「軟磁性化」とは、絶縁材料が混入する前の磁気特性、つまり磁性材料が軟磁性を示すものか、あるいは硬磁性を示すものかを問わず、絶縁材料が混入することによって、混入する前よりも軟磁性の傾向を示すようになったということを意味し、その程度は問わないものである。また、「積層面」とは、多層膜が積層された面を意味し、通常、基板面と平行になっているものである。また、「柱状」とは、文字通りの柱の形状には限定されず、長軸と短軸とを有する形状を意味するものである。
【0014】
本発明の磁性薄膜では、斜め成長磁性層が、積層面に対して斜め方向に柱状に結晶成長していることで、その方向によって面内磁気異方性が左右される。すなわち、斜め方向と積層面に対して垂直方向との角度をもたせることで、強い面内磁気異方性が発生する。また、斜め成長磁性層において、軟磁性化されるように磁性材料に絶縁材料が混入していることで、磁性材料の微結晶化が促進され、面内結晶磁気異方性が強まる。なお、磁性材料に絶縁材料が混入していることでまた、磁性薄膜の比抵抗が高くなり、磁性薄膜における電流損失が抑制される。
【0015】
本発明の磁性薄膜では、上記絶縁材料および上記磁性材料を含んで構成されると共に積層面に対して垂直方向に柱状に結晶成長した垂直成長磁性層をさらに有するように構成することが可能である。この場合において、これら斜め成長磁性層と垂直成長磁性層との層間に、絶縁層を有するように構成することが可能である。また、斜め成長磁性層を複数有し、この複数の斜め成長磁性層の層間に、絶縁層を有するように構成することも可能である。このように垂直成長磁性層や絶縁層を有するように構成した場合、絶縁層によって高周波電流を遮断する効果があり、過電流損失が抑制される。さらに、磁性層間の静磁結合により還流磁区(もしくは三角磁区)の発生が抑えられ、軟磁気特性が向上される。その結果、高周波での透磁率や性能指数(Q=μ’(透磁率の実部)/μ”(透磁率の虚部))の向上が可能となる。
【0016】
本発明の磁性薄膜では、斜め成長磁性層を複数有し、少なくとも一対の斜め成長磁性層における結晶成長方向の積層面に平行な成分が、互いに略直交するように構成することが可能である。また、これら隣接する一対の斜め成長磁性層のうち、一方の斜め成長磁性層における結晶成長方向が積層面となす角度が、積層面の一端から他端に沿って徐々に大きくなっており、かつ他方の斜め成長磁性層における結晶成長方向が積層面となす角度が、積層面の他端から一端に沿って徐々に大きくなっているように構成することが好ましい。このように、隣接する一対の斜め成長磁性層における結晶成長方向が積層面となす角度を、積層面の一端から他端に沿って互いに逆の変化をしていくように構成した場合、積層面上の位置に対するこれらの角度ばらつきが、低減される。
【0017】
本発明の磁性薄膜では、磁性体が、鉄(Fe)またはコバルト鉄(CoFe)を含む磁性材料から構成されているようにするのが好ましい。
【0018】
本発明の磁性薄膜の形成方法は、絶縁材料とこの絶縁材料が混入することによって軟磁性化する磁性材料とを含むと共に、積層面に対して斜め方向に柱状に結晶成長させ、基板の上方に第1の斜め成長磁性層を積層する第1の積層工程を含むものである。
【0019】
本発明の磁性薄膜の形成方法では、第1の斜め成長磁性層の上方に第2の斜め成長磁性層を、上記絶縁材料および上記磁性材料を含むように、積層面に対して斜め方向に柱状に結晶成長させる第2の積層工程をさらに有し、上記第1の積層工程と上記第2の積層工程との間に、基板を面内方向に180°回転させる工程を含むようにすることが好ましい。ここで、「面内方向に180°回転」とは、基板を面内方向に自転させる場合のみならず、基板を面内方向に好転させる場合も意味するものである。このような工程を第1の積層工程と第2の積層工程との間に含むようにした場合、第1の斜め成長磁性層および第2の斜め成長磁性層において、結晶成長方向が基板の表面または第1の斜め成長磁性層の表面に対してなす角度が、基板の一端から他端に沿って互いに逆の変化をしていくようになり、基板上の位置に対するこれらの角度ばらつきが、低減される。
【発明の効果】
【0020】
本発明の磁性薄膜または磁性薄膜の形成方法によれば、斜め成長磁性層を積層面に対して斜め方向に柱状に結晶成長させると共に、この斜め成長磁性層において磁性材料に絶縁材料を混入するようにしたので、斜め成長磁性層が面内結晶磁気異方性を示すようになると共にこの面内結晶磁気異方性を強めることができ、異方性磁界を増加させることができる。したがって、磁性薄膜の組成を変化させることなく、斜め成長磁性層の結晶成長方向のみで異方性磁界を変化させることが可能なので、飽和磁化を減少させることなく異方性磁界を増加させることができ、磁性薄膜の共鳴周波数を高めることが可能となる。よってその結果、高周波特性に優れた磁性薄膜を得ることが可能となる。
【0021】
また、本発明の磁性薄膜または磁性薄膜の形成方法によれば、磁性材料に絶縁材料を混入して磁性薄膜の比抵抗を高くするようにしたので、磁性薄膜における過電流損失を抑制し、高周波特性(性能指数)をより高めることが可能となる。
【0022】
特に、本発明の磁性薄膜によれば、垂直成長磁性層や絶縁層を有するように構成した場合、斜め成長磁性層の膜厚を制御することにより、異方性磁界の強さを制御することが可能となる。
【0023】
また特に、本発明の磁性薄膜または磁性薄膜の形成方法によれば、隣接する一対の斜め成長磁性層における結晶成長方向が積層面となす角度を、積層面の一端から他端に沿って互いに逆の変化をしていくように構成した場合、積層面上の位置に対するこれらの角度ばらつきを低減することができるので、製造時の歩留りを向上させ、製造コストを低減させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明を実施するための最良の形態(以下、単に実施の形態という。)について、図面を参照して詳細に説明する。
【0025】
図1は、本発明の一実施の形態に係る磁性薄膜の断面構成を模式的に表したものである。この磁性薄膜1は、基板2上に斜め成長磁性層3を積層した構成となっている。
【0026】
基板2は、例えばガラス基板、セラミクス材料基板、半導体基板または樹脂基板などにより構成される。セラミクス材料としては、例えばアルミナ、ジルコニア、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、ステアタイト、ムライト、コージライト、フォルステライト、スピネルおよびフェライトなどが挙げられる。
【0027】
斜め成長磁性層3は、斜め成長磁性体4および絶縁体5からなり、図1に示したように、斜め成長磁性体4に絶縁体5が混入した構成となっている。
【0028】
斜め成長磁性体4は、絶縁体5が混入することによって軟磁性化する磁性材料により構成され、なかでも強磁性材料の鉄(Fe)やコバルト鉄(CoFe)が好ましい。これらの強磁性材料は高い飽和磁化を有するので、多少軟磁性化したとしても依然として高い飽和磁化を保持し、より高い共鳴周波数frを得ることにつながるからである。
【0029】
また、この斜め成長磁性体4は、図2に示したように、基板2の表面に対して斜め方向(図2中のxy平面が基板2の表面と平行な積層面とすると、このxy平面と一定の角度θをなす)に柱状成長している。この斜め成長磁性体4の柱状結晶の大きさは、例えば短軸方向に約15nm程度、長軸方向に約500nm程度である。斜め成長磁性体4がこのように結晶成長していることで、後述するように斜め成長磁性層3により面内結晶磁気異方性を示すようになっている。なお、斜め成長磁性体4における結晶成長方向が積層面となす角度(図2の角度θ)を変化させることで、この面内結晶磁気異方性の大きさを制御することも可能である。
【0030】
絶縁体5は、例えば酸化アルミニウム(Al23)、酸化ケイ素(SiO2)、酸化ジルコニウム(ZrO2)、酸化イットリウム(Y23)、酸化チタン(TiO2)、酸化ハフニウム(HfO2)、酸化セリウム(CeO2)などの酸化物、フッ化マグネシウム(MgF2)、フッ化カルシウム(CaF2)、フッ化バリウム(BaF2)などのフッ化物、窒化アルミニウム(AlN)、窒化ホウ素(BN)、窒化シリコン(Si34)などの窒化物などにより構成される。この絶縁体5は、上記のように斜め成長磁性体4を軟磁性化すると共に、磁性薄膜1の比抵抗を高くする役割を果たすものである。具体的には、後述するように斜め成長磁性体4の微結晶を促進し軟磁気特性を向上させると共に、磁性薄膜1における高周波電流損失を抑制する役割を果たす。
【0031】
このような構成によって本実施の形態の磁性薄膜1では、斜め成長磁性層3が基板2の表面に対して斜め方向に柱状に結晶成長している(斜め成長磁性体4から構成されている)ことで、その方向とそれに積層面内で垂直な方向とで磁気特性が異なる。
【0032】
なお、このような構成の斜め成長磁性層3が面内結晶磁気異方性を示すのは、斜め成長磁性体4の形状磁気異方性や、応力の異方性などに起因していると考えられる。
【0033】
また、斜め成長磁性層3において斜め成長磁性体4に絶縁体5が混入していることで、斜め成長磁性体4が軟磁性化されると共に、磁性薄膜1の比抵抗が高くなる。すなわち、粒界の存在する絶縁体5の含有によって斜め成長磁性体4の結晶が細かく砕かれ、斜め成長磁性体4の微結晶化が促進されると共に、比抵抗が高くなり、磁性薄膜1における電流損失が抑制される。よって、斜め成長磁性層3による面内結晶磁気異方性が強まる(異方性磁界が増加する)ことによる共鳴周波数の高周波化と共に高周波電流による損失が抑制される。
【0034】
本実施の形態の磁性薄膜1では、図3に示したように、斜め成長磁性体4を含む斜め成長磁性層3に加え、基板2に平行な積層面に対して垂直方向に柱状成長した垂直成長磁性体7を含む垂直成長磁性層6を有するように構成してもよい。このような垂直成長磁性層6を設けることで、斜め成長磁性層3における斜め成長磁性体4の斜め方向の結晶成長が止められ、より異方性磁界が増加する。斜め方向に結晶成長しすぎると、斜め成長磁性体4の単結晶化が促進され、異方性磁界が減少してしまうためである。また、斜め成長磁性層3の膜厚(図3中の膜厚d1)と垂直成長磁性層6の膜厚(図3中の膜厚d2)との比率を変化させることで、異方性磁界の大きさを自由に制御することができる。なお、この垂直成長磁性層6には、必ずしも絶縁体5を混入させる必要はない。斜め成長磁性層3の場合とは異なり、垂直成長磁性体7の微結晶化を促進する必要はないからである。
【0035】
次に、図4を参照して、このような構成の磁性薄膜1の形成方法の一例(磁性薄膜1が(Co30Fe700.983Al0.107Oの場合)について説明する。図4は、磁性薄膜1の形成方法の一例を模式的に表したものである。
【0036】
本実施の形態の磁性薄膜1は、真空薄膜形成方法により形成され、酸化物などを成膜しやすいことから、特にスパッタリング法により形成されることが好ましい。より具体的には、RFスパッタ、DCスパッタ、マグネトロンスパッタ、イオンビームスパッタ、誘導結合RFプラズマ支援スパッタ、ECRスパッタ、対向ターゲット式スパッタなどが用いられる。なお、以下の説明ではスパッタリング法によって磁性薄膜1を形成する場合について説明するが、スパッタリング法は本実施の形態の一具体例であり、他の真空薄膜形成方法(例えば、蒸着法など)を適用することもできる。
【0037】
磁性薄膜1を形成するには、前述した材料よりなる基板2を固定させ、斜め成長磁性層3の材料、すなわち斜め成長磁性体4の材料(この場合、Co30Fe70)および絶縁体5の材料(この場合、Al23)を、矢印Tで示したように斜め方向(角度θ;例えば30°〜60°程度)より、基板2に入射させる。その際、磁石M1,M2(それぞれ、N極およびS極のものを表している)によって、一定の印加磁場Happl(例えば、100×103/4π[A/m](=100Oe)以上)を印加しながら成膜する。印加磁場Happlに沿って磁化容易軸AXeが、それに直交して磁化困難軸AXhが生じるが、この印加磁場Happlにより生成される異方性磁界Hkの大きさは、約50Oe以下(この場合、44Oe以下)になる。また、磁化容易軸AXe方向に沿って、斜め成長磁性層3の斜め成長磁性体41が成長する。なお、この斜め成長磁性層3の膜厚d1は、例えば1μm以下とする。
【0038】
この斜め成長磁性層3をスパッタリング法により成膜する方法としては、斜め成長磁性体4および絶縁体5それぞれの材料からなるターゲットを用いて同時スパッタリングするか、あるいは予め斜め成長磁性層3の組成(この場合、(Co30Fe700.983Al0.107O)で混合しておいた材料からなるターゲットを用いてスパッタリングする方法が挙げられる。
【0039】
なお、スパッタリングする際の条件としては、ベース真空度を、例えば133×10-7Pa(≒1×10-7Torr)未満とし、スパッタ圧力を、例えば0.5×133×10-3Pa(≒0.5mTorr)〜133×10-2Pa(≒10mTorr)程度とする。
【0040】
また、前述の垂直成長磁性層6を形成するには、図4中の矢印r1,r2で示したように、基板2を回転させながらスパッタリングすればよく、印加磁場Happlの方向にはよらず、基板2の表面に対して垂直方向に、垂直成長磁性体結晶61が成長する。したがって、基板2上に磁性層を成膜する際に、基板2を固定させておく時間と回転させておく時間とを調整することで、斜め成長磁性層3の膜厚d1と垂直成長磁性層6の膜厚d2との比率を、任意に設定することができる。
【0041】
このようにして、図1〜図3に示した構成の磁性薄膜1が形成される。
【0042】
次に、図5〜図13を参照して、このようにして形成した磁性薄膜1の磁気特性について説明する。ここで、図5〜図7は磁性層として斜め成長磁性層3のみを形成した場合の磁気特性を、図8〜図10は磁性層として斜め成長磁性層3と垂直成長磁性層6とを混在させた場合の磁気特性を表している。また、図11〜図13は比較例として、磁性層として垂直成長磁性層6のみを形成した場合の磁気特性を表している。また、図5,図8,図11は、それぞれの場合において磁性薄膜1を形成する様子を模式的に表したものであり、図6,図9,図12は、それぞれの場合における磁性薄膜1の断面形態を示す透過型電子顕微鏡(TEM)像であり、図7,図10,図13は、それぞれの場合における磁性薄膜1の磁化曲線を示している。なお、垂直成長磁性層6および斜め成長磁性層3からなる磁性層全体の膜厚は、いずれの場合も同じになるように設定されているものとする。
【0043】
磁性層が斜め成長磁性層3のみの場合、この斜め成長磁性層3は、前述のように基板2を固定させて成膜したものであり、印加磁場Happlの方向に沿って斜め成長磁性体4が成長する(図5)。また、斜め成長磁性層3において磁化容易軸AXeまたは磁化困難軸AXhに沿った方向の断面(図5中の符号P1A,P1Bの部分)のTEM像(それぞれ図6(A),(B))を見ると、実際に磁化容易軸AXeに沿って斜め成長磁性体4が成長している(図6(A))一方、磁化困難軸AXhに沿った方向では磁性体が垂直方向に成長している(図6(B))ことが分かる。さらに、磁化曲線も磁化容易軸AXeに沿った方向のもの(図7中の磁化曲線E1)と磁化困難軸AXhに沿った方向のもの(図7中の磁化曲線H1)とではその態様(傾き)が大きく異なり、異方性磁界Hk=174×103/4π[A/m](=174Oe)という高い値を示していることが分かる。なお、この異方性磁界Hkは、磁化困難軸AXhに沿った方向の磁化曲線H1の接線と、磁化容易軸AXeに沿った方向の磁化曲線E1の飽和磁化との交点における磁場Hの値により算出したものである。
【0044】
磁性層が斜め成長磁性層3と垂直成長磁性層6との混在である場合、これら斜め成長磁性層3および垂直成長磁性層6はそれぞれ、前述のように基板2を固定または回転(図8中の矢印r1,r2)させて成膜したものである。垂直成長磁性層6では、磁化容易軸AXeおよび磁化困難軸AXhに沿った方向のいずれについても、基板2に対して垂直方向に垂直成長磁性体7が成長し、斜め成長磁性層3では磁化容易軸AXeに沿って斜め成長磁性体4が成長していることが分かる(図8、図9(A),(B))。また、磁化容易軸AXeに沿った方向の磁化曲線E2と磁化困難軸AXhに沿った方向の磁化曲線H2との傾きに差異が生じ、上記の場合よりも多少小さいながらも、異方性磁界Hk=140×103/4π[A/m](=140Oe)となっていることが分かる(図10)。
【0045】
一方、磁性層が垂直成長磁性層6のみの場合、この垂直成長磁性層6は、前述のように基板2を回転(図11中の矢印r1,r2)させて成膜したものであり、基板2に対して垂直方向に垂直成長磁性体7が成長していることが分かる(図11、図12(A),(B))。また、磁化容易軸AXeに沿った方向の磁化曲線E3と磁化困難軸AXhに沿った方向の磁化曲線H3との傾きの差異が、磁性層として斜め成長磁性層3を設けた上記2つの場合よりも小さく、異方性磁界Hkも減少している(44×103/4π[A/m](=44Oe))ことが分かる(図13)。
【0046】
図14は、これら3つの場合を含めて、磁性薄膜1の共鳴周波数frおよび異方性磁界Hkと、斜め成長磁性層3の膜厚の比率(=F/(F+R))との関係を表したものである。ここで、斜め成長磁性層3の膜厚の比率であるF/(F+R)とは、斜め成長磁性層3および垂直成長磁性層6からなる磁性層全体の膜厚に占める斜め成長磁性層3の膜厚の比率を表したものであり、前述のように磁性層を成膜する際に基板2を固定(Fix)させておく時間と回転(Rotation)させておく時間との比率によって定まる。このF/(F+R)の値が大きいときは、斜め成長磁性層3の膜厚比率が大きいことを意味し、逆にこの値が小さいときは、垂直成長磁性層6の膜厚比率が大きいことを意味する。また、共鳴周波数frは、異方性磁界Hkに基づいて前述の(1)式により算出したものである。
【0047】
このように図14によれば、F/(F+R)の値が大きくなるのに応じて、すなわち斜め成長磁性層3の膜厚比率が大きくなるのに応じて、異方性磁界Hkおよび共鳴周波数frのいずれの値も増加していることが分かる。したがって、斜め成長磁性層3の膜厚比率を変化させることで、これらの値が増加し、磁性薄膜1の高周波特性が向上することが分かる。また、磁性層を成膜する際に基板2を固定させておく時間と回転させておく時間とを調整することで、これらの値を自由に制御可能となり、磁性薄膜1の高周波特性も制御できることが分かる。
【0048】
なお、上記の共鳴周波数frは、(1)式に基づいて算出したものであるが、図15に示したような磁性薄膜における透磁率の周波数特性から、共鳴周波数frを実測することもできる。ここで、図15の横軸は周波数[GHz]を、縦軸は磁性薄膜の透磁率(実部μ’、虚部μ”)を表している。また、図中の塗りつぶした点は透磁率の実部μ’のものを表し、塗りつぶしていない点は、透磁率の虚部μ”のものを表している。このとき、共鳴周波数frは、透磁率の虚部μ”がピークとなるときの周波数で規定される。
【0049】
このように図15によれば、一部の透磁率の虚部μ”のピーク値は、測定限界の3GHzを越えてしまっているが、F/(F+R)の値が大きくなるのに応じて、すなわち斜め成長磁性層3の膜厚比率が大きくなるのに応じて、透磁率の虚部μ”のピーク値が高周波側にシフトしていき、共鳴周波数frも増加する傾向にあることが分かる。よって、図14に示したものと同様の結果を得ることが分かる。
【0050】
以上のように、本実施の形態では、斜め成長磁性層3を基板2の表面に対して斜め方向に柱状に結晶成長させる(斜め成長磁性体4)と共に、この斜め成長磁性層3において、斜め成長磁性体4を軟磁性化させるため、この斜め成長磁性体4に絶縁体5を混入するようにしたので、斜め成長磁性層3が面内結晶磁気異方性を示すようになると共にこの面内結晶磁気異方性が強まり、異方性磁界を増加させることができる。したがって、磁性薄膜1の組成を変化させることなく、斜め成長磁性層3の結晶成長方向のみで異方性磁界を変化させることが可能なので、飽和磁化を減少させることなく異方性磁界を増加させることができ、磁性薄膜1の共鳴周波数を高めることが可能となる。よってその結果、高周波特性に優れた磁性薄膜を得ることが可能となる。
【0051】
また、斜め成長磁性体4に絶縁体5を混入させたことで、斜め成長磁性層3の比抵抗が上昇するので、電流損失を抑制し、磁性薄膜1の高周波特性を向上させることが可能となる。
【0052】
また、磁性層を成膜する際に基板2を固体または回転させる時間により、斜め成長磁性層3の膜厚d1と垂直成長磁性層6の膜厚d2との比率を任意に設定することができるので、これらの膜厚の比率により、異方性磁界の大きさ、しいては共鳴周波数の大きさを自由に制御することが可能となる。
【0053】
さらに、このような斜め成長磁性層3による面内磁気異方性の増大および制御効果は、成膜直後のas-depo.状態で得られるので、一般的に行われているように成膜後に磁場中熱処理を施す必要がなくなり、熱処理を施すことができないようなアプリケーションに対しても、この磁性薄膜1を適用することが可能となる。
【0054】
以上、実施の形態を挙げて本発明を説明したが、本発明はこの実施の形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。
【0055】
例えば、上記実施の形態では、磁性薄膜1における磁性層が、斜め成長磁性層3の1層のみ(図1,図5)の場合、または斜め成長磁性層3および垂直成長磁性層6が1層ずつ混在(図3,図8)している場合について説明してきたが、例えば図16に示したように、これら斜め成長磁性層3および垂直成長磁性層6を多層化(斜め成長磁性層3A,3B,…、および垂直成長磁性層6A,6B,…)するように構成してもよい。このように構成した場合でも、上記実施の形態の場合と同様の効果を得ることができる。
【0056】
また、上記実施の形態では、基板2上に磁性層のみを成膜した場合について説明してきたが、例えば図17および図18にそれぞれ示したように、複数の斜め成長磁性層3A,3B,…の層間(図17)、または斜め成長磁性層3と垂直成長磁性層6との層間(図18)に、例えばAl23などの絶縁体よりなる絶縁層8A,8B,8C,8D,…を設けるように構成してもよい。このように構成することで、上記実施の形態における効果に加え、垂直成長磁性層6を設けた場合の効果と同様に、磁性層間の静磁結合により還流磁区(もしくは三角磁区)の発生が抑えられ、軟磁気特性を向上させると共に、磁性薄膜1の比抵抗をより高め、電流損失をより抑制することが可能となる。
【0057】
また、図16〜図18のように斜め成長磁性層3を複数層設けた場合、例えば図19に示したように、少なくとも隣接する斜め成長磁性層3A,3Bにおける結晶成長方向の積層面内成分(それぞれ、図中の矢印EA,EB)を、互いに略直交させるように構成してもよい。このように構成した場合、斜め成長磁性層3同士の面内結晶磁気異方性を打ち消し合うようにすることで異方性磁界を減少させ、低周波帯域で用いられる磁性薄膜を得ることが可能となる。また、異方性磁界を減少させることで磁性薄膜の透磁率μを増加させる(異方性磁界Hkと反比例する)ことも可能となる。なお、図19では、隣接する斜め成長磁性層3A,3Bの間に絶縁層8が設けられているが、垂直成長磁性層6を設けるようにしてもよく、その場合も同様の効果を得ることができる。
【0058】
また、上記同様に斜め成長磁性層3を複数層設けた場合、例えば図20に示したように、隣接する一対の斜め成長磁性層3A,3Bにおいて、斜め成長磁性層3Aにおける結晶成長方向が積層面となす角度が、基板2の一端から他端に沿って(例えば、図20中の矢印XA方向)徐々に大きくなっている一方、斜め成長磁性層3Bにおける結晶成長方向が積層面となす角度が、斜め成長磁性層3Bの場合とは逆に基板2の他端から一端に沿って(例えば、図20中の矢印XB方向)徐々に大きくなっているように構成することが好ましい。このように、隣接する一対の斜め成長磁性層3における結晶成長方向が積層面となす角度を、基板2の一端から他端に沿って互いに逆の変化をしていくように構成するには、例えば、斜め成長磁性層3Aを成膜した後、基板2を面内方向に180°回転(基板2自体の自転させる場合、および基板2を公転させる場合の両者を含む)させてから、斜め成長磁性層3Bを成膜するようにすればよい。なぜならば、これらの斜め成長磁性層3を成膜する際には、前述のように基板2に対して斜め方向Tから磁性材料を入射しているからである。このように構成した場合、基板2上の位置に対するこれらの角度ばらつきを低減することができるので、製造時の歩留りを向上させ、製造コストを低減させることが可能となる。なお、図20でも、隣接する一対の斜め成長磁性層3A,3Bはの間に絶縁層8が設けられているが、垂直成長磁性層6を設けるようにしてもよく、その場合も同様の効果を得ることができる。
【0059】
またさらに、上記実施の形態において説明した各層の材料、成膜方法および成膜条件などは限定されるものではなく、他の材料および厚みとしてもよく、また他の成膜方法および成膜条件としてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の一実施の形態に係る磁性薄膜の断面構成を表す模式図である。
【図2】斜め成長磁性体の形態を説明するための模式図である。
【図3】垂直成長磁性層を設けた場合の断面構成を説明するための模式図である。
【図4】本発明の磁性薄膜の形成方法を説明するための模式図である。
【図5】図4に示した形成方法による磁性薄膜の一例を説明するための模式図である。
【図6】図5に示した磁性薄膜の断面形態を示すTEM写真である。
【図7】図5に示した磁性薄膜の磁化曲線である。
【図8】図4に示した形成方法による磁性薄膜の他の例を説明するための模式図である。
【図9】図8に示した磁性薄膜の断面形態を示すTEM写真である。
【図10】図8に示した磁性薄膜の磁化曲線である。
【図11】図4に示した形成方法による磁性薄膜の他の例を説明するための模式図である。
【図12】図11に示した磁性薄膜の断面形態を示すTEM写真である。
【図13】図11に示した磁性薄膜の磁化曲線である。
【図14】図4に示した形成方法による磁性薄膜の共鳴周波数および異方性磁界と斜め成長磁性層の膜厚比率との関係を表す特性図である。
【図15】図4に示した形成方法による磁性薄膜における透磁率の周波数特性を表す特性図である。
【図16】斜め成長磁性層および垂直成長磁性層を多層化した場合の断面構成の一例を表す模式図である。
【図17】図15に示した磁性薄膜に絶縁層を設けた場合の断面構成の一例を表す模式図である。
【図18】図16に示した磁性薄膜に絶縁層を設けた場合の断面構成の一例を表す模式図である。
【図19】隣接する斜め成長磁性層における結晶成長方向の積層面内成分の関係の一例を説明するための模式図である。
【図20】隣接する斜め成長磁性層における結晶成長方向の関係の一例を説明するための模式図である。
【符号の説明】
【0061】
1…磁性薄膜、2…基板、3…斜め成長磁性層、4…斜め成長磁性体、5…絶縁体、6…垂直成長磁性層、7…垂直成長磁性体、8…絶縁層、d1,d2…磁性層の膜厚、M1,M2…磁石、T…磁性体の入射方向、AXe…磁化容易軸、AXh…磁化困難軸、E1〜E3…磁化容易軸方向における磁化曲線、H1〜H3…磁化困難軸方向における磁化曲線、EA,EB…斜め成長磁性層における結晶成長方向の積層面内成分。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁材料とこの絶縁材料が混入することによって軟磁性化する磁性材料とを含んで基板上に形成されると共に、積層面に対して斜め方向に柱状に結晶成長している斜め成長磁性層を有している
ことを特徴とする磁性薄膜。
【請求項2】
前記絶縁材料および前記磁性材料を含んで構成されると共に積層面に対して垂直方向に柱状に結晶成長した垂直成長磁性層をさらに有する
ことを特徴とする請求項1に記載の磁性薄膜。
【請求項3】
前記斜め成長磁性層と前記垂直成長磁性層との層間の少なくとも1つに、絶縁層を有する
ことを特徴とする請求項2に記載の磁性薄膜。
【請求項4】
前記斜め成長磁性層を複数有し、この複数の斜め成長磁性層の層間に、絶縁層を有する
ことを特徴とする請求項1に記載の磁性薄膜。
【請求項5】
前記斜め成長磁性層を複数有し、少なくとも一対の斜め成長磁性層における結晶成長方向の積層面に平行な成分が、互いに略直交する
ことを特徴とする請求項1に記載の磁性薄膜。
【請求項6】
隣接する一対の斜め成長磁性層のうち、一方の斜め成長磁性層における結晶成長方向が積層面となす角度は、積層面の一端から他端に沿って徐々に大きくなっており、かつ他方の斜め成長磁性層における結晶成長方向が前記積層面となす角度は、前記積層面の他端から一端に沿って徐々に大きくなっている
ことを特徴とする請求項2に記載の磁性薄膜。
【請求項7】
前記磁性材料は、鉄(Fe)またはコバルト鉄(CoFe)である
ことを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の磁性薄膜。
【請求項8】
絶縁材料とこの絶縁材料が混入することによって軟磁性化する磁性材料とを含むと共に、積層面に対して斜め方向に柱状に結晶成長させ、基板の上方に第1の斜め成長磁性層を積層する第1の積層工程
を含むことを特徴とする磁性薄膜の形成方法。
【請求項9】
前記第1の斜め成長磁性層の上方に第2の斜め成長磁性層を、前記絶縁材料および前記磁性材料を含むように、積層面に対して斜め方向に柱状に結晶成長させる第2の積層工程をさらに有し、
前記第1の積層工程と前記第2の積層工程との間に、前記基板を面内方向に180°回転させる工程を含む
ことを特徴とする請求項8に記載の磁性薄膜の形成方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2006−156854(P2006−156854A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−347912(P2004−347912)
【出願日】平成16年11月30日(2004.11.30)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】