説明

磁性部材用粉末、粉末成形体、及び磁性部材

【課題】高温環境でも高い保磁力を有する希土類磁石が得られる磁性部材、この磁性部材の原料に適した粉末成形体、成形性に優れる磁性部材用粉末を提供する。
【解決手段】磁性部材用粉末を構成する各磁性粒子1は、40体積%未満の希土類元素の水素化合物(NdH2)3と、残部がFeとFe-B合金とを含む鉄含有物2からなる。鉄含有物2の相中に水素化合物3が離散して存在する。磁性粒子1の表面に希土類元素を含む希土類供給源材(例えば、水素化合物:DyH2)からなる供給源粒子4aを含む耐熱前駆層4を具える。磁性粒子1中に鉄含有物2の相が均一的に存在することで、上記粉末は成形性に優れる。耐熱前駆層4を具える粉末で形成した粉末成形体を熱処理して、合金粒子5の表面に耐熱保磁力層6が形成された磁性部材が得られる。この磁性部材は、高温環境でも高い保磁力を有する希土類磁石が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類-鉄-ホウ素系磁石といった希土類磁石の素材に適した磁性部材、この磁性部材の原料に利用される磁性部材用粉末、粉末成形体に関する。特に、高温環境でも高い保磁力を有する希土類磁石が得られると共に、成形性に優れる磁性部材用粉末に関するものである。
【背景技術】
【0002】
モータや発電機などに利用される永久磁石には、希土類磁石が広く利用されている。希土類磁石は、Nd(ネオジム)-Fe-BといったR-Fe-B系合金(R:希土類元素、Fe:鉄、B:ホウ素)からなる焼結磁石やボンド磁石が代表的である。
【0003】
焼結磁石は、R-Fe-B系合金からなる粉末を圧縮成形した後、焼結することで製造され、ボンド磁石は、R-Fe-B系合金からなる合金粉末と結合樹脂とを混合した混合物を圧縮成形したり、射出成形することで製造される。特に、ボンド磁石に利用される粉末では、保磁力を高めるために、HDDR処理(Hydrogenation−Disproportionation−Desorption−Recombination、HD:水素化及び不均化、DR:脱水素及び再結合)を施すことが行われている。
【0004】
焼結磁石は、磁性相の比率が高いことで磁石特性に優れるものの、形状の自由度が小さく、例えば、円筒状や円柱状、ポット形状(有底筒形状)といった複雑な形状を成形することが困難であり、複雑な形状や所望の大きさとなるように、焼結材を切削する必要がある。一方、ボンド磁石は、形状の自由度が高いものの、結合樹脂が存在することで磁性相の比率が低く、焼結磁石よりも磁石特性に劣る。
【0005】
また、Nd-Fe-B系合金からなる希土類磁石は、保磁力が高いものの、高温になると減磁が大きいことが知られている。例えば、自動車のエンジンルームに配置される部品には、100℃〜200℃程度の高温域で十分に動作することが求められる。しかし、従来のNd-Fe-B系合金からなる希土類磁石では、80℃程度で大きく減磁する。高温環境でも高い保磁力を有することができるように、基本保磁力を向上するべく、Nd-Fe-B系合金(母合金)のNdの一部をNdよりも保磁力が高い希土類元素、具体的にはDyやTbで置換してDy-Fe-B合金などを生成させることが検討されている(特許文献1の0003)。その他、特許文献1では、保磁力を向上するためにHDDR粉末にDy2O3といった希土類酸化物を混合して熱処理を加えることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004-134552号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述のように焼結磁石では、所望の形状とするために切削などの加工が必要であって形状の自由度が小さく生産性に劣り、ボンド磁石では、磁性相の比率が高々80体積%程度にしかならず、磁性相の比率の向上が難しい。
【0008】
焼結することなく磁性相の比率が高い希土類磁石を得るために、例えば、その素材となる粉末成形体として相対密度が高いものを作製することが考えられる。しかし、Nd-Fe-B系合金からなる合金粉末や当該合金粉末にHDDR処理を施したHDDR粉末は、当該粉末を構成する粒子自体の剛性が高く、変形し難い。そのため、相対密度が高い粉末成形体を作製するにあたり、圧縮成形時、比較的大きな圧力が必要となる。特に、上記合金粉末を構成する粒子を粗大なものとすると、更に大きな圧力が必要となり、生産性に劣る。
【0009】
また、高温環境でも高い保磁力を維持できるように、DyやTbを母合金に10質量%〜30質量%程度含有させてDy-Fe-B合金に置換すると、飽和磁化といった基本的な磁気特性に劣る磁石になる。その上、DyやTbはNdよりも一般に高価であり、コストの向上を招く。一方、特許文献1に記載されるようにHDDR粉末に希土類酸化物を混合する場合、HDDR粉末を利用することで上述のように形状の自由度が小さい。
【0010】
上述のように複雑な形状であっても容易に製造可能であり、磁性相の比率が高く、耐熱性にも優れる希土類磁石などの磁性体に適した原料の開発が望まれる。また、相対密度が高い粉末成形体を成形し易い原料の開発が望まれる。
【0011】
そこで、本発明の目的の一つは、成形性に優れる上に、高温環境でも高い保磁力を有する希土類磁石が得られる磁性部材用粉末を提供することにある。
【0012】
また、本発明の他の目的は、希土類-鉄-ホウ素系合金からなり、高温環境でも高い保磁力を有する希土類磁石の素材に適した磁性部材、及びこの磁性部材の素材に適した粉末成形体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、焼結することなく、磁性相の比率を高めて、希土類磁石といった磁性体の素材に適した磁性部材を得るために、ボンド磁石のように結合樹脂を利用した成形ではなく、粉末成形体を利用することを検討した。上述のように、従来の原料粉末、即ち、Nd-Fe-B系合金からなる合金粉末やHDDR粉末は、硬くて変形能が小さく、圧縮成形時の成形性に劣り、粉末成形体の密度を向上させることが難しい。そこで、本発明者らは、成形性を高めるために種々検討した結果、希土類-鉄-ホウ素合金のように化合物となった状態、即ち、希土類元素と鉄とが結合した状態ではなく、希土類元素と鉄とが結合せず、言わば鉄成分や鉄-ホウ素合金成分が希土類元素成分と独立的に存在する組織の粉末とすると、変形能が高く成形性に優れて、相対密度が高い粉末成形体が得られる、との知見を得た。また、上記特定の組織を有する粉末は、希土類-鉄-ホウ素系合金からなる合金粉末に特定の熱処理、具体的には水素を含む雰囲気下での熱処理を施すことで製造できる、との知見を得た。そして、得られた粉末を圧縮成形した粉末成形体に特定の熱処理を施すことで、圧粉体にHDDR処理を施した場合や、HDDR粉末を用いて成形体を作製した場合と同様な磁性部材が得られる、との知見を得た。特に、相対密度が高い粉末成形体から得られた磁性部材を用いることで、磁性相の比率が高い希土類磁石、具体的には希土類-鉄-ホウ素合金系磁石が得られる、との知見を得た。
【0014】
上記粉末成形体に熱処理を施して得られた磁性部材やこの磁性部材を着磁して得られる希土類磁石は、焼結体と異なり、原料に用いた粉末の粒界が確認できる。そして、この粒界、即ち、磁性部材を構成する合金粒子の表面に、DyやTbといった基本保磁力がNd系などよりも高い希土類元素を含む被覆層(耐熱保磁力層)が存在すると、使用温度が上昇しても、高い保磁力を維持できる、との知見を得た。この耐熱保磁力層は、例えば、以下のようにして形成できる、との知見を得た。上記特定の組織を有する磁性部材用粉末を用意し、当該粉末を構成する各磁性粒子の表面に、相対的に保磁力が高い希土類元素(上記のDyやTb)を含有するものを耐熱保磁力層を形成するための希土類元素の供給源として存在させる。具体的には、非金属元素との化合物(但し、酸化物以外)、希土類元素以外の金属元素との金属間化合物、希土類元素以外の金属元素との合金が挙げられる。この希土類元素を含む希土類供給源材が存在する粉末により粉末成形体を形成し、この粉末成形体に特定の熱処理を施す。この熱処理により、磁性粒子の表面に存在させた上記希土類供給源材から希土類元素(高保磁力の希土類-鉄-ホウ素複合物を形成する予定の元素)を分解すると共に、この分解した希土類元素と、磁性部材の主成分の元素(Ndなどの希土類元素、Fe、B)とを含む別の化合物(希土類-鉄-ホウ素複合物)を生成する。このように磁性部材用粉末に存在させた希土類供給源材から分解した希土類元素と、磁性粒子の成分とにより、耐熱保磁力層を構成する上記複合物を形成できる。
【0015】
上記知見により、本発明は、磁性部材用粉末を構成する各磁性粒子を上述のように特定の組織を有する形態とすること、かつこの特定の形態の磁性粒子の表面に上記耐熱保磁力層を形成するための耐熱前駆層を設けることを提案する。
【0016】
本発明の磁性部材用粉末は、希土類磁石の素材といった磁性部材の原料に用いられる粉末であり、当該磁性部材用粉末を構成する各磁性粒子は、40体積%未満の希土類元素の水素化合物と、残部が鉄含有物とから構成されている。上記希土類元素は、Nd,Pr,Ce及びYから選択される少なくとも1種である。上記鉄含有物は、鉄と、鉄及びホウ素を含む鉄-ホウ素合金とを含む。上記鉄含有物の相中に上記希土類元素の水素化合物が離散して存在している。そして、上記磁性粒子の表面に、耐熱前駆層を具える。この耐熱前駆層は、上記磁性粒子中の希土類元素とは異なる希土類元素、具体的にはDy及びTbの少なくとも1種の元素を含み、かつ酸素を含まない化合物及び合金の少なくとも一方からなる希土類供給源材を含有する。
【0017】
本発明の粉末成形体は、磁性部材の原料に用いられるものであり、上記本発明磁性部材用粉末を圧縮成形して製造される。また、本発明の磁性部材は、希土類磁石の素材に用いられるものであり、上記本発明粉末成形体を不活性雰囲気中、又は減圧雰囲気中で熱処理して製造される。そして、当該磁性部材を構成する合金粒子の表面に、上記本発明磁性部材用粉末を構成する磁性粒子の表面に具える耐熱前駆層に含まれていた希土類元素と、上記磁性粒子の構成元素とを含む希土類-鉄-ホウ素複合物からなる耐熱保磁力層を具える。
【0018】
本発明磁性部材用粉末を構成する各磁性粒子は、R-Fe-B系合金やR-Fe-N系合金のように単一相の希土類合金から構成されるのではなく、鉄含有物の相と希土類元素の水素化合物からなる相との複数相から構成される。上記鉄含有物の相は、上記R-Fe-B系合金やR-Fe-N系合金(HDDR処理を施したものを含む)、上記希土類元素の水素化合物に比較して、柔らかく成形性に富む。また、上記各磁性粒子は、鉄含有物を主成分(60体積%以上)とすることで、本発明粉末を圧縮成形するとき、当該磁性粒子中の鉄含有物の相が十分に変形できる。更に、上記鉄含有物の相中に希土類元素の水素化合物が離散しているため、圧縮成形時、各磁性粒子の変形が均一的に行われる。これらのことから、本発明粉末を用いることで、相対密度が高い粉末成形体を容易に成形することができる。また、このような相対密度が高い粉末成形体を利用することで、焼結することなく、磁性相が高割合な希土類磁石といった磁性体を得ることができる。更に、鉄含有物が十分に変形することで、磁性粒子同士が互いに噛み合って結合されるため、接合性に優れる。従って、本発明粉末を利用することで、ボンド磁石のように結合樹脂を介在させることなく、磁性相の比率が80体積%以上、好ましくは90体積%以上といった希土類磁石などの磁性体を得ることができる。
【0019】
かつ、本発明磁性部材用粉末を圧縮成形して得られた本発明粉末成形体は、焼結磁石のように焼結を行わないことから、焼結時に生じる収縮の異方性に起因する形状の制約がなく、形状の自由度が大きい。従って、本発明粉末を用いることで、例えば、円筒状や円柱状、ポット形状といった複雑な形状であっても、切削加工などの後加工を実質的に行うことなく、容易に成形することができる。また、切削加工を不要とすることで、原料の歩留まりを飛躍的に向上したり、希土類磁石といった磁性体の生産性を向上したり、切削加工に伴う磁気特性の劣化を抑制したりすることができる。
【0020】
更に、上記耐熱前駆層を具える本発明磁性部材用粉末を圧縮成形した本発明粉末成形体に上記特定の熱処理を施して得られた磁性部材は、当該磁性部材を構成する合金粒子の表面(粒界)に、保磁力が高い希土類元素を含む耐熱保磁力層を具えることで、高温環境でも高い保磁力を有することができる。従って、本発明磁性部材を素材とした希土類磁石は、高温下での使用であっても、優れた磁石特性を有する。
【発明の効果】
【0021】
本発明磁性部材用粉末は、成形性に優れ、相対密度が高い本発明粉末成形体や耐熱性に優れる希土類磁石といった磁性体が得られる。本発明粉末成形体や本発明磁性部材を用いることで、焼結することなく、磁性相の比率が高く、耐熱性に優れる希土類磁石、具体的には高温保磁力に優れる希土類磁石が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は、実施形態の磁性部材用粉末を用いて磁性部材を製造する工程の一例を説明する工程説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明をより詳細に説明する。
[磁性部材用粉末]
≪磁性粒子≫
本発明粉末を構成する各磁性粒子は、鉄含有物を主成分とし、その含有量を60体積%以上とする。鉄含有物の含有量が60体積%未満であると、硬質である希土類元素の水素化合物が相対的に多くなり、圧縮成形時、鉄含有物成分を十分に変形することが難しく、多過ぎると磁石特性の低下を招くことから90体積%以下が好ましい。一方、希土類元素の水素化合物を含有しないと、希土類磁石といった希土類磁性体が得られないことから、その含有量は、0体積%超とし、10体積%以上が好ましく、40体積%未満とする。鉄含有物或いは希土類元素の水素化合物の含有量は、本発明粉末の原料となる希土類-鉄-ホウ素系合金の組成や本発明粉末を製造する際の熱処理条件(主に温度)を適宜変化させることで調整できる。なお、上記各磁性粒子は、不可避不純物の含有を許容する。
【0024】
上記鉄含有物は、鉄と、鉄-ホウ素合金との双方を含むものとする。鉄-ホウ素合金は、例えば、Fe3Bが挙げられる。その他、Fe2BやFeBが挙げられる。上記磁性粒子は、鉄-ホウ素合金に加えて、純鉄(Fe)を含有することで、成形性に優れる。鉄-ホウ素合金の含有量は、鉄含有物を100%とするとき、5質量%〜50質量%が好ましい。鉄-ホウ素合金の含有量が5質量%以上であることで、ホウ素を十分に含むことができ、最終的に得られる磁性部材中の希土類-鉄-ホウ素合金(代表的にはNd2Fe14B)の割合を50体積%以上とすることができる。鉄-ホウ素合金の含有量が50質量%以下であることで、成形性に優れる。鉄含有物中の鉄と、鉄-ホウ素合金との割合は、例えば、X線回折のピーク強度(ピーク面積)を測定し、測定したピーク強度を比較することで求められる。その他、鉄含有物は、鉄の一部がCo,Ga,Cu,Al,Si,及びNbから選択される少なくとも一種の元素に置換された形態とすることができる。鉄含有物が上記元素を含む形態では、磁気特性や耐食性を向上することができる。鉄及び鉄-ホウ素合金の存在比率は、本発明磁性部材用粉末の製造原料になる希土類-鉄-ホウ素系合金の組成を適宜変更させることで調整できる。
【0025】
上記各磁性粒子に含有される希土類元素は、Y(イットリウム),Nd,Ce(セリウム)及びPr(プラセオジウム)から選択される1種以上の元素とする。特に、Ndは、磁石特性に優れるR-Fe-B系合金磁石を比較的安価に得られて好ましい。希土類元素の水素化合物は、例えば、NdH2が挙げられる。
【0026】
上記各磁性粒子は、上記鉄含有物の相と上記希土類元素の水素化合物の相とが均一的に離散して存在した組織を有する。この離散した状態とは、上記各磁性粒子中において、上記希土類元素の水素化合物の相と上記鉄含有物の相とが隣接して存在し、上記鉄含有物の相を介して隣り合う上記希土類元素の水素化合物の相間の間隔が3μm以下であることを言う。代表的には、上記両相が多層構造となっている層状形態、上記希土類元素の水素化合物の相が粒状であり、上記鉄含有物の相を母相として、この母相中に上記粒状の希土類元素の水素化合物が存在する粒状形態が挙げられる。
【0027】
上記両相の存在形態は、本発明磁性部材用粉末を製造する際の熱処理条件(主に温度)に依存し、上記温度を高めると粒状形態になり、上記温度を後述する不均化温度近傍にすると、層状形態となる傾向にある。
【0028】
上記層状形態の粉末を用いることで、結合樹脂を用いることなく、例えば、磁性相の比率がボンド磁石と同程度(80体積%程度)である希土類磁石を得ることができる。なお、上記層状形態の場合、希土類元素の水素化合物の相と鉄含有物の相とが隣接するとは、上記磁性粒子の断面をとったとき、各相が実質的に交互に積層された状態を言う。また、上記層状形態の場合、隣り合う希土類元素の水素化合物の相間の間隔とは、上記断面において鉄含有物の相を介して隣り合う二つの上記希土類元素の水素化合物の相の中心間の距離を言う。
【0029】
上記粒状形態は、上記希土類元素の水素化合物の粒子の周囲に鉄含有物成分が均一的に存在することで、上記層状形態よりも鉄含有物成分を変形させ易く、例えば、円筒状や円柱状、ポット形状といった複雑な形状の粉末成形体や、相対密度が85%以上、特に90%以上といった高密度の粉末成形体を得易い。上記粒状形態の場合、希土類元素の水素化合物の相と鉄含有物の相とが隣接するとは、代表的には、上記磁性粒子の断面をとったとき、上記希土類元素の水素化合物の粒子の周囲を覆うように鉄含有物が存在し、隣り合う上記各希土類元素の水素化合物の粒子間に鉄含有物が存在する状態を言う。また、上記粒状形態の場合、隣り合う希土類元素の水素化合物の相間の間隔とは、上記断面において隣り合う二つの上記希土類元素の水素化合物の粒子の中心間の距離を言う。
【0030】
上記間隔の測定は、例えば、上記断面をエッチングして鉄含有物の相を除去して上記希土類元素の水素化合物を抽出したり、或いは溶液の種類によっては希土類元素の水素化合物を除去して上記鉄含有物を抽出したり、上記断面をEDX(エネルギー分散型X線分光法)装置により組成分析したりすることで測定することができる。上記間隔が3μm以下であることで、上記粉末成形体に適宜熱処理を施して磁性部材を形成する場合に、過度なエネルギーを投入しなくて済む上に、希土類-鉄-ホウ素系合金の結晶の粗大化による特性の低下を抑制できる。上記希土類元素の水素化合物の相間に鉄含有物が十分に存在するためには、上記間隔は、0.5μm以上、特に1μm以上が好ましい。上記間隔は、原料に用いる希土類-鉄-ホウ素系合金粉末の組成を調整したり、本発明磁性部材用粉末を製造する際の熱処理条件、特に温度を特定の範囲にしたりすることで調整できる。例えば、上記希土類-鉄-ホウ素系合金粉末において、鉄又はホウ素の比率(原子比)を多くしたり、上記特定の範囲において上記熱処理(水素化)時の温度を高くすると、上記間隔が大きくなる傾向にある。
【0031】
上記磁性粒子の平均粒径が10μm以上500μm以下であると、各磁性粒子の表面において希土類元素の水素化合物が占める割合を相対的に小さくでき、当該磁性粒子の酸化の抑制にある程度効果があると期待される。また、上記磁性粒子は上述のように鉄含有物の相を有して成形性に優れることで、例えば、平均粒径が100μm以上といった粗大な粉末であっても、気孔が少なく、相対密度が高い粉末成形体を形成できる。平均粒径が大き過ぎると、粉末成形体の相対密度の低下を招くことから500μm以下が好ましい。上記平均粒径は、50μm以上200μm以下がより好ましい。
【0032】
上記磁性粒子は、その断面における円形度が0.5以上1.0以下である形態が挙げられる。円形度が上記範囲を満たすことで、耐熱前駆層や後述する絶縁被覆などを均一的な厚さで形成し易い、圧縮成形時に耐熱前駆層などの破損を抑制できる、といった効果が得られて好ましい。上記磁性粒子が真球に近い、即ち、円形度が1に近いほど、上記効果が得られる。
【0033】
上記磁性粒子は、単結晶体でも多結晶体でもよい。単結晶体からなる磁性粒子は、例えば、多結晶体からなる粒子を作製し、適宜熱処理を加えることで得られる。
【0034】
その他、ホウ素の少なくとも一部を炭素に置換した形態とすることができる。例えば、希土類-鉄-炭素系合金磁石の素材となる磁性部材用の粉末として、上述した鉄含有物が鉄と、鉄及び炭素を含む鉄-炭素合金とを含む形態とすることができる。この鉄-炭素合金を含む粉末も、上述した鉄-ホウ素合金を含む粉末と同様に鉄含有物の相を含有することで、成形性に優れる。なお、上述及び後述の各項目における鉄-ホウ素合金や希土類-鉄-ホウ素合金との記載は、鉄-炭素合金や希土類-鉄-炭素合金に置き換えることができる。希土類-鉄-炭素合金は、代表的には、Nd2Fe14Cが挙げられる。
【0035】
≪耐熱前駆層≫
そして、上記各磁性粒子は、その表面に耐熱前駆層を具えることを特徴の一つとする。耐熱前駆層は、上記本発明磁性部材用粉末により形成した上記本発明磁性部材に具える耐熱保磁力層を形成するための原料になる。
【0036】
上記耐熱前駆層は、上記磁性粒子中のNd,Pr,Y,Ceといった希土類元素よりも基本保磁力が相対的に高い希土類元素:DyやTbを含む化合物及び合金の少なくとも一方からなる希土類供給源材を含有する。特に、Dyは、Tbよりも元素存在量が多く、原料を安定して確保することができる。また、この希土類供給源材は、酸素を含まないものとする。即ち、希土類供給源材が化合物である場合、酸化物以外とする。ここで、希土類元素の酸化物は、非常に安定しており、当該酸化物から酸素を除去することが非常に困難である。そこで、上述のように粉末成形体に施す熱処理により、Dyなどの希土類元素を含む化合物や合金からDyなどの希土類元素を分解して耐熱保磁力層を容易に形成できるように、耐熱前駆層に含有される希土類供給源材は、酸化物以外とする。
【0037】
上記粉末成形体に施す熱処理(脱水素処理)により耐熱保磁力層を容易に形成可能な希土類元素の化合物として、例えば、水素化物、ヨウ化物、フッ化物、塩化物及び臭化物から選択される少なくとも1種が挙げられる。これらの化合物は、上記熱処理により、水素、ヨウ素、フッ素、塩素、臭素と希土類元素とを簡単に分解して、DyやTbを抽出できる。耐熱前駆層は、上記化合物や後述する金属間化合物、合金を1種のみ含有する形態でも、複数種の化合物、金属間化合物、合金を含有する形態でもよい。
【0038】
上記耐熱前駆層中の化合物を上記水素化物とすると、上記磁性粒子中の希土類元素の化合物と当該磁性粒子の表面に存在する耐熱前駆層中の希土類元素の化合物との双方を水素化合物とすることができるため、上記熱処理の条件を調整し易く好ましい。上記化合物を上記ヨウ化物とすると、融点が比較的低いため、例えば、当該ヨウ化物を溶融して、上記磁性粒子の表面に塗布することで耐熱前駆層を容易に形成できる。上記化合物をフッ化物、塩化物、臭化物とすると、これらの化合物は水素化物よりも不活性なので酸化し難く、耐酸化性に優れる。
【0039】
耐熱保磁力層を形成可能な別の希土類供給源材として、例えば、希土類元素と希土類元素以外の金属元素との金属間化合物や合金が挙げられる。具体的には、Dyと、Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,及びGaから選択される少なくとも1種の金属元素との金属間化合物や合金が挙げられる。例えば、Dy-Ni系合金は多くの種類の金属間化合物が存在し、その共晶融点が950℃以下のものがある。例えば、Dy-30原子%Ni付近に共晶融点が存在し、Dy3Niは融点(初晶温度)が693℃である。このように共晶融点が低いことで、上記粉末成形体に施す熱処理(脱水素処理)時の温度を調整して十分に液相を生成でき、この液相からDyといった希土類元素を効率よく磁性粒子に供給できる。従って、上記金属間化合物や合金を含む耐熱前駆層も、熱処理(脱水素処理)により耐熱保磁力層を形成可能である。共晶融点が低いものとして、具体的には、Dy3Ni,Dy3Ni2が挙げられる。
【0040】
上記耐熱前駆層の具体的な形態として、例えば、(1)上記Dyなどの希土類元素を含む化合物(金属間化合物を含む)や合金からなる被膜である形態、(2)上記希土類元素の化合物や合金と、当該希土類元素の化合物や合金の表面の少なくとも一部を覆い、上記磁性粒子の表面にこの化合物や合金を固定するための固定層を具える形態が挙げられる。(2)の形態では、上記希土類元素の化合物や合金が粒状であると、耐熱前駆層を形成し易い上に、複数種の化合物や合金を含有する形態を簡単に形成できる。
【0041】
ここで、上述のように粉末成形体に熱処理を施すと、上記希土類供給源材から分解されたDyなどの希土類元素が当該粉末成形体を構成する磁性粒子の表面から内部に向かって拡散・浸透し、当該希土類元素と、上記磁性粒子の構成成分とを含む複合物からなる耐熱保磁力層を形成することができる。即ち、上記磁性粒子の表層領域においてNdといった希土類元素の少なくとも一部がDyなどの希土類元素に置換されて耐熱保磁力層を形成する。そこで、上記置換量がNdといった希土類元素の30%〜100%となり、耐熱保磁力層の厚さが100nm〜2000nm程度となるように、上記(1)の被膜の厚さや上記(2)の化合物(金属間化合物を含む)や合金からなる粒子(以下、供給源粒子と呼ぶ)の平均粒径や添加量、上記粉末成形体に施す熱処理条件などを調整することが好ましい。上記被膜は、その厚さが50nm以上1000nm以下が好ましい。上記供給源粒子の平均粒径は、0.1μm(100nm)以上であると化合物や合金が安定して存在でき、5μm(5000nm)以下であると、磁性粒子からなる粉末の充填密度の低下を抑制できる。また、上記供給源粒子の添加量は、磁性粒子の表面積に対して15%〜50%を覆う量となることが好ましい。
【0042】
上記供給源粒子は、小片であればその形状は特に問わない。例えば、外形が球状のものの他、箔片などでも構わない。希土類供給源材が化合物の場合、供給源粒子は、化合物の塊や箔を適宜粉砕することで製造できる。希土類供給源材が金属間化合物や合金の場合、供給源粒子は、溶解鋳造したインゴットを粉砕したり、ガスアトマイズ法を利用したりすることで製造することができる。或いは、供給源粒子は、市販品(粉末など)を利用することができる。
【0043】
上記固定層は、樹脂からなることが好ましい。即ち、本発明の一形態として、上記希土類供給源材が粒状であり、この供給源粒子は、上記樹脂層により、上記磁性粒子の表面に固定されている形態が挙げられる。
【0044】
上記固定層が樹脂から構成される場合、(1)圧縮成形時、上記各磁性粒子の変形に十分に追従することができる、(2)粉末成形体を熱処理する際などに焼失させられ、当該樹脂の残滓による磁性相の低下を抑制できる、といった効果を有する。
【0045】
上記樹脂は、酸素の透過係数(30℃)が1.0×10-11m3・m/(s・m2・Pa)未満であることが好ましい。ここで、本発明磁性部材用粉末を圧縮成形すると、当該成形時の圧力により上記各磁性粒子に新生面が形成される。上記各磁性粒子内には希土類元素の水素化合物が存在しており、上記新生面に露出した希土類元素の水素化合物が酸化されることで、新生面が酸化される恐れがある。この酸化を防止するための手段として、例えば、非酸化性雰囲気下で成形を行うことが挙げられるが、この場合、大掛かりな設備が必要となる。
【0046】
これに対して、上述のように酸素の透過係数が低く、酸化防止効果が高い樹脂により、上記磁性粒子の表面の少なくとも一部が覆われる形態、好ましくは当該磁性粒子の全周が覆われて、外気と遮断される形態とすると、大気雰囲気といった酸素を含む雰囲気下で圧縮成形を行っても、圧縮成形時に当該磁性粒子の新生面が酸化されることを効果的に防止できる。従って、希土類の酸化物が存在することによる磁性相の低下を抑制することができ、磁性相の比率が高い希土類磁石といった磁性体を生産性よく製造できる。このように上記樹脂として酸化防止機能を有するものを利用することで、当該樹脂からなる層は、上記供給源粒子の固定に加えて、酸化防止層としても機能する。
【0047】
上記酸素の透過係数(30℃)が1.0×10-11m3・m/(s・m2・Pa)以上では、圧縮成形時の雰囲気を例えば、大気雰囲気などの酸素を含む雰囲気とした場合に、上記新生面が酸化されて酸化物が生成され、この酸化物の存在により、磁性部材中の磁性相の低下を招く。従って、酸素の透過係数(30℃)は、小さいほど好ましく、0.01×10-11m3・m/(s・m2・Pa)以下がより好ましく、下限は設けない。
【0048】
上記酸化防止機能を有する樹脂層は、耐熱前駆層が上述した被膜からなる形態の場合にも当該被膜の表面を覆うように設けられていることが好ましい。即ち、上記耐熱前駆層の一形態として、上記希土類供給源材(代表的には上記被膜、或いは上記供給源粒子)と、上記希土類供給源材の表面の少なくとも一部、好ましくは全部を覆う樹脂からなる層とを含み、上記樹脂は、酸素の透過係数が上記特定の範囲を満たす形態が挙げられる。
【0049】
更に、上記樹脂は、透湿率(30℃)が1000×10-13kg/(m・s・MPa)未満を満たすことが好ましい。大気雰囲気中に水分(代表的には水蒸気)が比較的多く存在する多湿状態(例えば、気温30℃程度/湿度80%程度など)では、水分と接触して上記磁性粒子の新生面が酸化する恐れがある。従って、透湿率が低い樹脂であれば、湿気による酸化を効果的に防止できる。透湿率も小さいほど好ましく、10×10-13kg/(m・s・MPa)以下がより好ましく、下限は設けない。
【0050】
上記樹脂層は、単層でも多層でもよい。例えば、酸素の透過係数(30℃)が1.0×10-11m3・m/(s・m2・Pa)未満である樹脂から構成された酸素低透過層のみを具える単層形態、酸素の透過係数(30℃)が1.0×10-11m3・m/(s・m2・Pa)未満であり、かつ透湿率(30℃)が1000×10-13kg/(m・s・MPa)未満である樹脂から構成された酸素・湿気低透過層を具える単層形態、上記酸素低透過層と、透湿率(30℃)が1000×10-13kg/(m・s・MPa)未満である樹脂から構成された湿気低透過層とを積層して具える多層形態が挙げられる。
【0051】
上記酸素低透過層の構成樹脂は、ポリアミド系樹脂、ポリエステル、及びポリ塩化ビニルから選択される一種が挙げられる。ポリアミド系樹脂は、代表的にはナイロン6が挙げられる。ナイロン6は、酸素の透過係数(30℃)が0.0011×10-11m3・m/(s・m2・Pa)と非常に小さく好ましい。上記湿気低透過層の構成樹脂は、ポリエチレン、フッ素樹脂、ポリプロピレンなどが挙げられる。ポリエチレンは、透湿率(30℃)が7×10-13kg/(m・s・MPa)〜60×10-13kg/(m・s・MPa)と非常に小さく好ましい。
【0052】
上記酸素低透過層と上記湿気低透過層とを積層して具える形態とする場合、いずれの層が内側(上記磁性粒子側)、外側(最表面側)に配置されていてもよいが、酸素低透過層を内側、湿気低透過層を外側に配置させると、酸化をより効果的に防止できると期待される。また、酸素低透過層と湿気低透過層との両層が上述のように樹脂で構成されることで、両層の密着性に優れて好ましい。更に、上記酸素低透過層と上記湿気低透過層とを積層して具える形態とする場合、磁性粒子側に配置される層を固定層とすると、高温環境での保磁力の維持に寄与するDyなどの希土類元素を磁性部材の粒界に存在させ易く好ましい。
【0053】
上記樹脂層の厚さは適宜選択することができるが、薄過ぎると、上記供給源粒子を十分に固定できなかったり、酸化防止効果を十分に得られなかったりする。一方、厚過ぎると、粉末成形体の密度の低下を招き、例えば、相対密度が85%以上の粉末成形体を形成したり、焼失により除去したりすることが困難になる。上記樹脂層が二層構造といった多層構造である場合、或いは上記酸素低透過層のみ、又は上記湿気低透過層のみを具える単層構造である場合、各層の厚さは10nm以上500nm以下が好ましく、合計厚さは20nm以上1000nm以下が好ましい。特に、固定層として機能する層の厚さは、例えば、上記供給源粒子の平均粒径と同程度以下、特に200nm以上1000nm以下であると、上記供給源粒子の脱落や酸化、密度の低下を抑えられる上に、成形性に優れる。
【0054】
≪絶縁被覆≫
更に、上記本発明磁性部材用粉末は、その外周に絶縁材料からなる絶縁被覆を具える形態とすることができる。絶縁被覆を具える粉末を用いることで、電気抵抗が高い磁性部材を得られ、この磁性部材を例えば、モータの磁石の素材に利用した場合、渦電流損を低減できる。絶縁被覆は、例えば、Si,Al,Tiなどの酸化物の結晶性被膜や非晶質のガラス被膜、Me-Fe-O(Me=Ba,Sr,Ni,Mnなどの金属元素)といったフェライトやマグネタイト(Fe3O4)、Dy2O3といった金属酸化物、シリコーン樹脂といった樹脂、シルセスキオキサン化合物などの有機無機ハイブリッド化合物からなる被膜が挙げられる。また、熱伝導性を向上する目的で、Si-N、Si-C系のセラミックス被覆を施してもよい。これらの絶縁被膜やセラミックス被覆は、酸化防止機能を有する場合があり、この場合、酸化防止層としても機能することができる。これら絶縁被覆やセラミックス被覆を具える形態では、上記磁性粒子の表面に接するように上記耐熱前駆層を具え、その上に絶縁被覆やセラミックス被覆を具えることが好ましい。また、これら絶縁被膜は、上記耐熱前駆層を構成する供給源粒子を固定するための固定層である形態とすることもできる。
【0055】
[磁性部材用粉末の製造方法]
上記磁性部材用粉末は、例えば、以下の準備工程と、水素化工程と、被覆工程とを具える製造方法により製造することができる。
準備工程:希土類-鉄-ホウ素系合金(例えば、Nd2Fe14B)からなる合金粉末を準備する工程。
水素化工程:上記合金粉末を、水素元素を含む雰囲気中、上記希土類-鉄-ホウ素系合金の不均化温度以上の温度で熱処理して、希土類元素の水素化合物の相、鉄と鉄及びホウ素を含む鉄-ホウ素合金とを含む鉄含有物の相を生成し、上記鉄含有物の相中に上記希土類元素の水素化合物の相が離散して存在するベース粉末を形成する工程。
被覆工程:上記ベース粉末を構成する各磁性粒子の表面に、Dy及びTbの少なくとも1種を含み、かつ酸素を含まない化合物及び合金の少なくとも一方からなる希土類供給源材を含有する耐熱前駆層を形成する工程。
【0056】
≪準備工程≫
上記合金粉末は、例えば、希土類-鉄-ホウ素系合金からなる溶解鋳造インゴットや急冷凝固法で得られる箔状体をジョークラッシャー、ジェットミルやボールミルなどの粉砕装置により粉砕したり、ガスアトマイズ法といったアトマイズ法を利用して製造することができる。特に、ガスアトマイズ法を利用する場合、非酸化性雰囲気で粉末を形成することで、実質的に酸素が含有されない粉末(酸素濃度:500質量ppm以下)とすることができる。即ち、合金粉末を構成する粒子中の酸素濃度が500質量ppm以下であることは、非酸化性雰囲気のガスアトマイズ法により製造された粉末であることを示す指標の一つとなる。その他、上記希土類-鉄-ホウ素系合金からなる合金粉末には、公知の粉末の製造方法により得られたものや、アトマイズ法により製造した粉末を更に粉砕したものを利用してもよい。粉砕条件や製造条件を適宜変更することで、粉末の粒度分布や磁性粒子の形状を調整することができる。例えば、アトマイズ法を利用すると、真球度が高く、成形時の充填性に優れた粉末が得られ易く、例えば、円形度が0.5〜1.0である球形に近い粉末を得ることができる。換言すれば、円形度が上記範囲を満たすことは、アトマイズ法により製造された粉末であることを示す指標の一つとなる。
【0057】
この準備工程で用意する合金粉末の大きさは、後工程の水素化処理時に実質的に大きさを変えないように当該熱処理を施した場合、実質的に本発明磁性部材用粉末の大きさになる。本発明粉末は上述の特定の形態であって成形性に優れることから、平均粒径が100μm程度の比較的粗大なものとすることができる。従って、上記合金粉末も平均粒径が100μm程度にすることができる。このような粗大な合金粉末は、例えば、溶解鋳造インゴットに粗粉砕のみを行ったり、溶湯噴霧法といったアトマイズ法によって製造できる。このような粗大な合金粉末を利用できることから、例えば、焼結磁石の製造に利用されている原料粉末(焼結前の成形体を構成する粉末)のように10μm以下といった微粒にするための微粉砕を不要にでき、製造工程の短縮などにより、製造コストの低減を図ることができる。
【0058】
≪水素化工程≫
この工程は、用意した上記合金粉末を、水素元素を含む雰囲気中で熱処理して、当該合金中の希土類元素と鉄と鉄-ホウ素合金とを分離すると共に、当該希土類元素と水素とを化合してベース粉末を作製する工程である。
【0059】
上記水素元素を含む雰囲気は、水素(H2)のみの単一雰囲気、或いは水素(H2)とArやN2といった不活性ガスとの混合雰囲気が挙げられる。上記水素化工程の熱処理時の温度は、上記希土類-鉄-ホウ素系合金の不均化反応が進行する温度、即ち不均化温度以上とする。不均化反応とは、希土類元素の優先水素化により、希土類元素の水素化合物と、鉄と、鉄-ホウ素合金とに分離する反応であり、この反応が生じる下限温度を不均化温度と呼ぶ。上記不均化温度は、上記合金の組成や希土類元素の種類により異なる。例えば、希土類-鉄-ホウ素系合金がNd2Fe14Bの場合、650℃以上が挙げられる。熱処理時の温度を不均化温度近傍とすると、上述した層状形態が得られ、温度を不均化温度+100℃以上に高めると、上述した粒状形態が得られる。上記水素化工程の熱処理時の温度を高めるほど、鉄の相や鉄-ホウ素合金の相を出現させ易く、同時に析出する硬質の希土類元素の水素化合物が変形の阻害因子になり難くなり粉末の成形性を高められるが、高過ぎると粉末の溶融固着などの不具合が発生するため、上記熱処理時の温度は1100℃以下が好ましい。特に、上記希土類-鉄-ホウ素系合金がNd2Fe14Bの場合、上記水素化工程の熱処理時の温度を750℃以上900℃以下の比較的低めにすると、上記間隔が小さい微細な組織となり、このような粉末を利用することで、例えば保磁力が高い希土類磁石が得られ易い。保持時間は、0.5時間以上5時間以下が挙げられる。この熱処理は、上述したHDDR処理の不均化工程までの処理に相当し、公知の不均化条件を適用することができる。
【0060】
≪被覆工程≫
この工程は、得られた上記ベース粉末を構成する上記各磁性粒子の表面に、耐熱前駆層を形成する工程である。
【0061】
耐熱前駆層を上述した被膜とする場合、例えば、以下の形成方法が挙げられる。
(I) 上記磁性粒子の表面に、物理蒸着法(PVD法)やめっき法などの成膜法により、Dyなどの希土類元素の金属被膜を形成した後、上述した水素化合物などの所望の化合物が生成できるように適宜な雰囲気(例えば、水素含有雰囲気など)で熱処理する。
(II) 上記磁性粒子の表面に、物理蒸着法(PVD法)などの成膜法により、上述したDy-Ni系合金などの所望の合金が生成できるように蒸着源を用意して成膜する。例えば、蒸着源として、Dyなどの希土類元素とNiなどの金属元素とを用意し、これら両元素を同時に供給して成膜したり、蒸着源としてDy-Ni系合金などの希土類元素を含む合金を用意して成膜したりすることが挙げられる。
(III) 上述したようにヨウ化物などの所望の化合物や合金を溶融して、上記磁性粒子の表面に塗布する。
(IV) メカニカルアロイングにより、上述したDy-Ni系合金などの所望の合金と、上記磁性粒子とを混合して、当該磁性粒子の表面に、上記合金被膜を形成する。
耐熱前駆層を形成した後、更に、上述した酸化防止機能を有する樹脂層を形成してもよい。樹脂層の形成は、例えば、湿式法では、湿式乾燥塗膜法やゾルゲル法を利用することができる。より具体的には、適宜な溶媒に樹脂を溶解・混合などして作製した溶液と上記耐熱前駆層を具える磁性粒子とを混合して、上記樹脂の硬化・上記溶媒の乾燥を行うことで樹脂層を形成することができる。乾式法では、粉体塗装を利用することができる。
【0062】
耐熱前駆層を上述した供給源粒子と固定層とを具える形態とする場合、例えば、以下の形成方法が挙げられる。
(I) 上記固定層の構成材料に上記供給源粒子を混合し、この混合物を上記磁性粒子の表面に塗布する。
(II) 上記固定層の構成材料を上記磁性粒子の表面に塗布した後、上記供給源粒子を付着する。
上記固定層の構成材料には、上述のように樹脂、特に酸化防止機能を有する樹脂を好適に利用することができる。この場合、適宜な溶媒に樹脂を溶解・混合などして作製した溶液と上記ベース粉末と別途用意した上記供給源粒子とを混合して、上記樹脂の硬化・上記溶媒の乾燥を行ったり、上記溶液と上記ベース粉末とを混合して樹脂が未硬化な状態で上記供給源粒子を付着させた後、上記樹脂を完全に硬化したりすることで耐熱前駆層を形成することができる。
【0063】
耐熱前駆層の形成には、上述のように乾式法及び湿式法のいずれもが利用できる。乾式法(例えば、PVD法)では、上記磁性粒子が雰囲気中の酸素に接触して表面が酸化することを防止するために、非酸化性雰囲気、例えば、ArやN2などの不活性雰囲気、減圧雰囲気などとすることが好ましい。湿式法では、上記磁性粒子の表面が雰囲気中の酸素に実質的に接触しないため、上述の不活性雰囲気などとする必要が無く、例えば、大気雰囲気で耐熱前駆層を形成できる。従って、湿式法は、耐熱前駆層の形成の作業性に優れる上に、上記磁性粒子の表面に上記被膜や樹脂層を均一的な厚さに形成し易い。
【0064】
なお、上述した絶縁被覆やセラミックス被覆を別途具える形態とする場合、上記耐熱前駆層を形成してから上記ベース粉末の表面に絶縁被覆などを適宜形成するとよい。
【0065】
[粉末成形体]
上記本発明磁性部材用粉末を圧縮成形することで、本発明粉末成形体が得られる。上述のように本発明粉末は、成形性に優れることから相対密度(粉末成形体の真密度に対する実際の密度)が高い粉末成形体を形成できる。例えば、本発明粉末成形体の一形態として、相対密度が85%以上のものが挙げられる。このような高密度の粉末成形体を利用することで、磁性相の比率が高い希土類磁石といった磁性体が得られる。相対密度が高いほど、磁性相の比率が高められる。しかし、後述する磁性部材を形成するための熱処理工程で上記固定層の構成成分(代表的には樹脂)を焼失させたり、上記固定層の構成成分を除去するための熱処理で焼失させる場合、相対密度が高過ぎると、上記固定層の構成成分を十分に焼失させることが難しくなる。従って、粉末成形体の相対密度は、90%〜95%程度が好ましいと考えられる。また、粉末成形体の相対密度を高める場合は、固定層の厚さを薄めにしたり、後述するように別途熱処理(被覆除去)を十分に行うと、固定層の構成成分を除去し易く好ましい。
【0066】
本発明磁性部材用粉末は、成形性に優れることから、圧縮成形時の圧力を比較的小さくすることができ、例えば、8ton/cm2以上15ton/cm2以下とすることができる。更に、本発明粉末は、成形性に優れることから、複雑な形状の粉末成形体であっても、容易に形成できる。加えて、本発明粉末は、当該粉末を構成する上記各磁性粒子が十分に変形できることで、磁性粒子同士の接合性に優れ(磁性粒子表面の凹凸の噛み合いによって生じる強度(所謂ネッキング強度)の発現)、強度が高く、製造中に崩壊し難い粉末成形体が得られる。
【0067】
更に、本発明磁性部材用粉末が上述した酸素の透過係数が小さい樹脂からなる層を具える場合、圧縮成形時に当該粉末を構成する磁性粒子に形成された新生面の酸化を十分に防止できるため、当該成形は、大気雰囲気といった酸素含有雰囲気で行え、作業性に優れる。非酸化性雰囲気で粉末成形体を成形することもできる。
【0068】
その他、圧縮成形時、成形用金型を適宜加熱することで、変形を促進することができ、高密度の粉末成形体が得られ易くなる。
【0069】
[磁性部材及びその製造方法]
上記粉末成形体を不活性雰囲気中、又は減圧雰囲気中で熱処理して、上記希土類元素の水素化合物から水素を除去すると共に、鉄と、鉄-ホウ素合金と、水素が除去された希土類元素とを化合する。この化合により、磁性部材の主成分、代表的には、希土類-鉄-ホウ素系合金を生成することができる。同時に、耐熱前駆層を構成する希土類供給源材から当該希土類元素を分離し、粉末成形体を構成する磁性粒子の表層部分に上記分離した希土類元素を拡散させて、希土類-鉄-ホウ素複合物を生成する。この拡散により、希土類-鉄-ホウ素複合物からなる耐熱保磁力層を形成することができる。この工程により、本発明磁性部材が得られる。
【0070】
上記熱処理(脱水素)は、上記希土類元素の水素化合物から水素を除去するため、非水素雰囲気で行う。非水素雰囲気は、上述のように不活性雰囲気や減圧雰囲気が挙げられる。不活性雰囲気は、例えば、ArやN2が挙げられる。減圧雰囲気は、標準の大気雰囲気よりも圧力を低下させた真空状態を言い、最終真空度が10Pa以下が好ましい。減圧雰囲気とすることで、上記希土類元素の水素化合物の残存を抑制して、希土類-鉄-ホウ素合金化を完全に起こさせて、磁気特性に優れる磁性体(代表的には希土類磁石)が得られる素材(磁性部材)を製造できる。
【0071】
上記脱水素処理時の温度は、上記粉末成形体の再結合温度(分離していた鉄含有物と希土類元素とが化合する温度)以上とする。再結合温度は、粉末成形体(磁性粒子)の組成により異なるものの、代表的には、700℃以上が挙げられる。この温度が高いほど水素を十分に除去できる。但し、上記脱水素処理時の温度は、高過ぎると蒸気圧の高い希土類元素が揮発して減少したり、希土類-鉄-ホウ素系合金の結晶の粗大化により希土類磁石の保磁力が低下する恐れがあるため、1000℃以下が好ましい。保持時間は、10分以上600分(10時間)以下が挙げられる。この脱水素処理は、上述したHDDR処理のDR処理に相当し、公知のDR処理の条件を適用できる。
【0072】
そして、上記熱処理(脱水素)は、上述のように耐熱保磁力層の形成も兼ねる。更に、上記耐熱前駆層が樹脂といった高熱により焼失可能な相を含む場合、上記熱処理(脱水素)は、当該樹脂成分の除去も兼ねる。上記樹脂成分を除去するための熱処理(被覆除去)を別途施してもよい。この熱処理(被覆除去)は、上記樹脂成分にもよるが、加熱温度:200℃以上400℃以下、保持時間:30分以上300分以下が利用し易い。この熱処理(被覆除去)は、特に、粉末成形体の密度が高い場合に行うと、上記樹脂成分が脱水素処理のための加熱温度に急激に昇温されて不完全燃焼を起こし、残滓が発生することを効果的に防止できて好ましい。
【0073】
本発明磁性部材を構成する合金粒子(内部組成)は、実質的に、希土類-鉄-ホウ素系合金の相から構成される単一形態、実質的に、鉄相、鉄-ホウ素合金相、及び希土類-鉄合金相から選択される少なくとも一種の相と、希土類-鉄-ホウ素系合金の相との組み合わせで構成される混合形態、例えば、鉄相と希土類-鉄-ホウ素系合金の相との形態、鉄-ホウ素合金相と希土類-鉄-ホウ素系合金の相との形態、希土類-鉄合金相と希土類-鉄-ホウ素系合金の相との形態が挙げられる。上記単一形態は、例えば、上記本発明磁性部材用粉末の原料に用いた希土類-鉄-ホウ素系合金と実質的に同じ組成からなるものが挙げられる。上記混合形態は、代表的には、原料に用いる希土類-鉄-ホウ素系合金の組成により変化する。例えば、鉄の比率(原子比)が高いものを用いると、鉄相と希土類-鉄-ホウ素系合金の相との形態を形成することができる。
【0074】
一方、本発明磁性部材を構成する合金粒子の表層部分の組成は、上述のように耐熱前駆層に含まれていたDyやTbといった希土類元素と、粉末成形体を構成する磁性粒子の構成元素(Y,Nd,Pr,Ceといった希土類元素、Fe、B)とを含む複合物、例えば、(Dy,Nd)2Fe14Bが挙げられる。この複合物が存在する領域が耐熱保磁力層として機能する。
【0075】
上記耐熱保磁力層の厚さは、上述のように耐熱前駆層を構成する希土類供給源材の被膜の厚さや供給源粒子の大きさ、当該供給源粒子の添加量や熱処理条件を調整することにより変化させられる。上記厚さが100nm〜2000nmであれば、高温環境であっても、高い保磁力を十分に具えることができて好ましい。
【0076】
上述した本発明粉末成形体を利用することで、上記熱処理(脱水素)前後で体積の変化度合い(熱処理後の収縮量)が少なく、従来の焼結磁石を製造する場合と比較して大きな体積変化が無い。例えば、上記熱処理(脱水素)の前の粉末成形体と、上記熱処理(脱水素)の後の磁性部材との体積変化率が5%以下である。このように本発明磁性部材は、熱処理(脱水素)前後の体積変化が小さい、即ち、ネットシェイプであることで、最終形状にするための加工(例えば、切断、切削加工)が不要であり、磁性部材の生産性に優れる。なお、熱処理後に得られた磁性部材は、上述のように焼結体と異なり、粉末の粒界が確認できる。従って、粉末の粒界が存在することが粉末成形体に熱処理を施したものであって、焼結体ではないことを示す指標の一つとなり、切削加工などの加工痕が無いことが熱処理前後における体積変化率が小さいことを示す指標の一つになり得る。
【0077】
[希土類磁石]
上記本発明磁性部材を適宜着磁することで、希土類磁石を製造できる。特に、上述した相対密度が高い粉末成形体を利用することで、磁性相の比率が80体積%以上、更に90体積%以上といった希土類磁石が得られる上に、この希土類磁石は、高温環境であっても高い保磁力を維持することができる。
【0078】
以下、図面を参照して、本発明の具体的な実施形態を説明する。図中の同一符号は同一名称物を示す。なお、図1では、分かり易いように希土類元素の水素化合物や耐熱前駆層などを誇張して示す。
【0079】
[実施形態1,2]
希土類元素と鉄とホウ素とを含む粉末を作製し、得られた粉末を圧縮成形して、粉末の成形性を調べた。
【0080】
上記粉末は、準備工程:合金粉末の準備→水素化工程:水素雰囲気中での熱処理→被覆工程:耐熱前駆層の形成という手順で作製した。
【0081】
まず、希土類-鉄-ホウ素合金(Nd2Fe14B)からなり、平均粒径100μmの粉末(図1(I))をガスアトマイズ法(Ar雰囲気)により作製した。上記平均粒径は、レーザ回折式粒度分布装置により、積算重量が50%となる粒径(50%粒径)を測定した。また、ここでは、ガスアトマイズ法により、上記合金粉末を構成する各粒子が多結晶体からなるものを作製し、この粉末に熱処理(粉末焼鈍:1050℃×120分、高濃度アルゴン中)を施して単結晶体(図1(II))からなる合金粉末を用意した。
【0082】
上記合金粉末を水素(H2)雰囲気中、800℃×1時間で熱処理した。この熱処理(水素化)後に得られたベース粉末に、Dyの水素化合物(DyH2)又はDyとNiとの2元系合金(Dy-30原子%Ni)と、ポリアミド系樹脂(ここではナイロン6、酸素の透過係数(30℃):0.0011×10-11m3・m/(s・m2・Pa)からなる樹脂層とを含む耐熱前駆層を形成した。具体的には、平均粒径1μmの市販のDyH2粉末、又は平均粒径1μmの市販のDyNi粉末をそれぞれ用意し、有機溶媒に溶かした上記ポリアミド系樹脂にDyH2粉末又はDyNi粉末を混合した混合物をそれぞれ用意した。各混合物に上記ベース粉末を更に混合した後、上記溶媒を乾燥させると共に、当該樹脂を硬化して、DyH2を含有する耐熱前駆層を具える粉末(実施形態1)、又はDyNiを含有する耐熱前駆層を具える粉末(実施形態2)を形成した。なお、実施形態1,2のいずれも、耐熱前駆層の樹脂成分の平均厚さが200nmとなるように上記樹脂量を調整した。この厚さは、上記ベース粉末を構成する各磁性粒子の表面に上記樹脂層が均一的に形成されたと想定した平均厚さ(上記樹脂の体積/上記各磁性粒子の表面積の総和)とする。また、DyH2粉末やDyNi粉末は、当該粉末を構成する供給源粒子の一部が樹脂成分によって固定された状態であり、樹脂層の厚さに当該粒子の大きさを考慮しない。磁性粒子の表面積は、例えば、BET法で測定することができる。この工程により、磁性部材用粉末を構成する磁性粒子の表面に、酸素の透過係数(30℃)が1.0×10-11m3・m/(s・m2・Pa)未満である樹脂層により、粒状のDyH2又はDyNiが固定された磁性部材用粉末が得られる。
【0083】
この試験では、得られた上記粉末とポリエチレン(透湿率(30℃):50×10-13kg/(m・s・MPa))の粉末とをポリエチレンの融点以上ナイロン6の融点以下である150℃に、混合しながら昇温した後、そのまま冷却することでポリエチレンを更にコーティングしたものを作製した。この工程により、希土類供給源材(供給源粒子)を固着する樹脂層(酸素低透過層)と、湿気低透過層とを具える磁性部材用粉末が得られる。
【0084】
得られた磁性部材用粉末をエポキシ樹脂で固めて、組織観察用のサンプルを作製した。上記サンプルの内部の粉末が酸化しないようにして、当該サンプルを任意の位置で切断又は研磨し、この切断面(又は研磨面)に存在する上記磁性部材用粉末を構成する各磁性粒子の組成をEDX装置により調べた。また、上記切断面(又は研磨面)を光学顕微鏡又は走査電子顕微鏡:SEM(100倍〜10,000倍)で観察し、上記各磁性粒子の形態を調べた。すると、図1(III),図1(IV)に示すように、上記各磁性粒子1は、鉄含有物2の相、具体的には鉄(Fe)及び鉄-ホウ素合金(Fe3B)の相を母相とし、この母相中に複数の粒状の希土類元素の水素化合物(NdH2)3が分散して存在しており、隣り合う希土類元素の水素化合物3の粒子間に鉄含有物2の相が介在していることを確認した。また、図1(IV)に示すように磁性粒子1の表面に、粒状の希土類供給源材(ここではDyH2又はDyNi)4aが樹脂層4bにより固定されてなる耐熱前駆層4を具えることを確認した。更に、磁性粒子1の表面の実質的に全周が樹脂層4bにより覆われており、外気と遮断されていることを確認した。また、磁性粒子1からは希土類元素の酸化物(ここでは、Nd2O3)が検出されなかった。
【0085】
上記EDX装置により、得られた磁性部材用粉末の組成の面分析(マッピングデータ)を利用して、隣り合う希土類元素の水素化合物の粒子間の間隔を測定したところ、0.6μmであった。ここでは、上記切断面(或いは研磨面)に面分析を行って、NdH2のピーク位置を抽出し、隣り合うNdH2のピーク位置間の間隔を測定し、全ての間隔の平均値を求めた。
【0086】
上記エポキシ樹脂を混錬して作製したサンプルを用いて、各磁性粒子のNdH2,鉄含有物(Fe,Fe-B)の含有量(体積%)を求めたところ、NdH2:33体積%、鉄含有物:67体積%であった。上記含有量は、ここでは、原料に用いた合金粉末の組成、及びNdH2,Fe,Fe3Bの原子量を用いて、体積比を演算により求めた。その他、上記含有量は、例えば、上記ベース粉末を用いて作製した成形体の切断面(或いは研磨面)の面積におけるNdH2,Fe,Fe3Bの面積割合をそれぞれ求め、得られた面積割合を体積割合に換算したり、X線分析を行ってピーク強度比を利用したりすることで求められる。
【0087】
上記エポキシ樹脂を混錬して作製したサンプルを用いて、磁性粒子の円形度を求めたところ、0.86であった。ここでは、円形度は、以下のようにして求める。光学顕微鏡やSEMなどで粉末の断面の投影像を得て、各粒子についてそれぞれ、実際の断面積Sr及び実際の周囲長を求め、上記実際の断面積Srと、上記実際の周囲長と同じ周長を有する真円の面積Scとの比率:Sr/Scを当該粒子の円形度とする。n=50のサンプリングを行い、n=50の粒子の円形度の平均値を磁性粒子の円形度とする。
【0088】
上述のようにして作製した耐熱前駆層を具える磁性部材用粉末を面圧10ton/cm2で油圧プレス装置により圧縮成形した(図1(V))。ここでは、成形は、大気雰囲気(気温:25℃、湿度:75%)で行った。その結果、面圧10ton/cm2で十分に圧縮することができ、外径10mmφ×高さ10mmの円柱状の粉末成形体(図1(VI))を形成できた。
【0089】
得られた粉末成形体の相対密度(真密度に対する実際の密度)を求めたところ、90%であった。実際の密度は、市販の密度測定装置を利用して測定した。真密度は、NdH2の密度:5.96g/cm3,Feの密度:7.874g/cm3,Fe3Bの密度:7.474g/cm3とし、上述したNdH2や鉄含有物の体積比を利用して演算により求めた。得られた粉末成形体をX線分析したところ、希土類元素の酸化物(ここでは、Nd2O3)の明瞭な回折ピークは検出されなかった。
【0090】
上述のように希土類元素の水素化合物が40体積%未満で、残部が実質的にFeやFe3Bといった鉄含有物であり、鉄含有物相中に上記希土類元素の水素化合物が離散して存在する粉末を利用することで、円柱状といった複雑な形状の粉末成形体や、相対密度が85%以上といった高密度な粉末成形体が得られることが分かる。また、上記耐熱前駆層の構成成分に樹脂を利用することで、圧縮成形時、上記磁性部材用粉末を構成する磁性粒子の変形に十分に追従でき、当該粉末は成形性に優れることが分かる。更に、酸化防止効果を有する樹脂により磁性粒子の表面を覆った粉末を利用することで、希土類元素の酸化物の生成を抑制し、当該酸化物が実質的に存在しない粉末成形体が得られることが分かる。
【0091】
得られた粉末成形体を窒素雰囲気で300℃×120分保持した後に、水素雰囲気中で750℃まで昇温し、その後、真空(VAC)に切り替えて、真空(VAC)中(最終真空度:1.0Pa)、750℃×60minで熱処理した。昇温を水素雰囲気とすることで、十分に高い温度になってから脱水素反応を開始することができ、反応斑を抑制できる。この熱処理後に得られた円柱状部材(磁性部材(図1(VII)))の組成をEDX装置により調べたところ、Nd2Fe14Bが主相(87体積%以上)であり、上記熱処理により水素が除去されたことが分かる。また、上記円柱状部材は、上記Nd2Fe14Bからなる合金粒子5により構成されており、当該合金粒子5の表層部分に(Dy,Nd)2Fe14B成分が存在していることを確認した。(Dy,Nd)2Fe14Bの成分は、XRDによって結晶構造を確認したり、EDX装置を用いて面分析を行ったり、ライン分析を行たりすることで確認することができる。合金粒子5の表層部分に(Dy,Nd)2Fe14B成分が存在していることから、上記耐熱前駆層を構成するDyH2やDyNiが上記熱処理により分解され、Dy成分が上記粉末成形体を構成していた磁性粒子に拡散して、耐熱前駆層の希土類元素(Dy)と、上記磁性粒子1の構成元素(Nd,Fe,B)とを含む複合物からなる耐熱保磁力層6を形成したことが分かる。
【0092】
また、円柱状部材をX線分析したところ、希土類元素の酸化物(ここでは、Nd2O3)や耐熱前駆層の樹脂成分の残滓の明瞭な回折ピークは検出されなかった。
【0093】
上述のように特定の希土類元素を含む耐熱前駆層を具える磁性部材用粉末を用いることで、希土類-鉄-ホウ素複合物からなる耐熱保磁力層を具えた磁性部材が得られることが分かる。そして、この耐熱保磁力層を優する磁性部材を素材とした希土類磁石は、高温環境であっても、高い保磁力を有することができると期待される。
【0094】
また、この磁性部材用粉末は、上記耐熱前駆層の構成成分に、酸化防止効果を有する樹脂を含むことで、保磁力の低下を招くNd2O3といった希土類元素の酸化物の生成を抑制できることが分かる。この実施形態では、酸素低透過層に加えて湿気低透過層をも具えることで、圧縮成形時の雰囲気が多湿であっても、圧縮成形時、磁性部材用粉末を構成する各磁性粒子に形成された新生面が雰囲気中の水分に接触して酸化されることを防止でき、希土類元素の酸化物の生成を抑制できたと考えられる。この点からも、保磁力が高い希土類磁石が得られると期待される。
【0095】
更に、上記熱処理前の粉末成形体の体積と、熱処理後に得られた円柱状部材(磁性部材)の体積とを比較すると、当該熱処理前後の体積変化率が5%以下であった。従って、このような磁性部材を希土類磁石の素材に利用する場合、所望の外形にするための切削加工などの加工が別途不要であり、希土類磁石の生産性の向上に寄与することができると期待される。
【0096】
[試験例]
上述の実施形態1,2の磁性部材用粉末を用いて作製した希土類-鉄-ホウ素合金からなる磁性部材を2.4MA/m(=30kOe)のパルス磁界で着磁した後、得られた試料(希土類-鉄-ホウ素合金磁石)の磁石特性を、BHトレーサ(理研電子株式会社製DCBHトレーサ)を用いて調べた。その結果を表1に示す。ここでは、磁石特性として、室温:RT(約20℃)における飽和磁束密度:Bs(T)、残留磁束密度:Br(T)、固有保磁力:iHc(kA/m)、磁束密度Bと減磁界の大きさHとの積の最大値:(BH)max(kJ/m3)、及び100℃におけるBs(T),Br(T),iHc(kA/m),(BH)max(kJ/m3)を求めた。また、比較として、DyH2粉末及びDyNi粉末を用いず、ナイロン6からなる樹脂層のみを具える磁性粒子を実施形態1,2と同様に形成して、この粉末を用いて、実施形態1,2と同様にして試料(希土類-鉄-ホウ素合金磁石)を作製して、上記磁石特性を測定した。その結果を表1に示す。
【0097】
【表1】

【0098】
表1に示すように、40体積%未満の希土類元素の水素化合物と、残部が実質的に鉄含有物とからなり、鉄含有物相中に上記希土類元素の水素化合物が離散して存在する磁性粒子の表面に特定の耐熱前駆層を具える粒子からなる粉末を用いて作製した希土類磁石は、高温環境であっても保磁力が高く、磁石特性に優れることが分かる。
【0099】
[変形例]
上記実施形態では、磁性部材の表面に、耐熱前駆層を構成する樹脂層として、酸素の透過係数が低い樹脂を利用し、この酸素低透過層の上に更に透湿率が小さい樹脂からなる湿気低透過層を具える形態を説明したが、耐熱前駆層を構成する樹脂層を酸素低透過層のみとすることができる。
【0100】
なお、本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。例えば、磁性粒子の組成(構成元素、希土類元素の水素化合物や鉄含有物の割合など)・円形度、磁性部材用粉末の平均粒径、耐熱前駆層の形態(例えば、被膜)、耐熱前駆層の材質(化合物や合金の構成元素、樹脂の種類など)、耐熱前駆層を構成する希土類供給源材の平均粒径、耐熱前駆層を構成する樹脂層の厚さ・酸素の透過係数・透湿率、粉末成形体の相対密度、各種の熱処理条件(加熱温度、保持時間)、原料に用いる希土類-鉄-ホウ素系合金の組成などを適宜変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明磁性部材用粉末、この粉末から得られた粉末成形体、磁性部材は、各種のモータ、特に、ハイブリッド車(HEV)やハードディスクドライブ(HDD)などに具備される高速モータに用いられる永久磁石の原料、素材に好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0102】
1 磁性粒子 2 鉄含有物 3 希土類元素の水素化合物 4 耐熱前駆層
4a 粒状の希土類供給源材 4b 樹脂層 5 合金粒子 6 耐熱保磁力層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性部材の原料に用いられる磁性部材用粉末であって、
前記磁性部材用粉末を構成する各磁性粒子は、
40体積%未満の希土類元素の水素化合物と、残部が鉄含有物とからなり、
前記希土類元素は、Nd,Pr,Ce及びYから選択される少なくとも1種であり、
前記鉄含有物は、鉄と、鉄及びホウ素を含む鉄-ホウ素合金とを含み、
前記鉄含有物の相中に前記希土類元素の水素化合物が離散して存在しており、
前記磁性粒子の表面に、耐熱前駆層を具え、
前記耐熱前駆層は、Dy及びTbの少なくとも1種の希土類元素を含み、かつ酸素を含まない化合物及び合金の少なくとも一方からなる希土類供給源材を含有することを特徴とする磁性部材用粉末。
【請求項2】
前記耐熱前駆層に含有される希土類供給源材は、水素化物、ヨウ化物、フッ化物、塩化物、臭化物、金属間化合物及び合金から選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項1に記載の磁性部材用粉末。
【請求項3】
前記磁性粒子は、円形度が0.5以上1.0以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の磁性部材用粉末。
【請求項4】
磁性部材の原料に用いられる粉末成形体であって、
請求項1〜3のいずれか1項に記載の磁性部材用粉末を圧縮成形して製造されたことを特徴とする粉末成形体。
【請求項5】
前記粉末成形体の相対密度が85%以上であることを特徴とする請求項4に記載の粉末成形体。
【請求項6】
希土類磁石の素材に用いられる磁性部材であって、
請求項4又は5に記載の粉末成形体を不活性雰囲気中、又は減圧雰囲気中で熱処理して製造され、
当該磁性部材を構成する合金粒子の表面に、前記耐熱前駆層の希土類元素と、前記磁性粒子の構成元素とを含む希土類-鉄-ホウ素複合物からなる耐熱保磁力層を具えることを特徴とする磁性部材。
【請求項7】
前記熱処理の前の粉末成形体と、前記熱処理の後の磁性部材との体積変化率が5%以下であることを特徴とする請求項6に記載の磁性部材。

【図1】
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【公開番号】特開2012−124517(P2012−124517A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−29130(P2012−29130)
【出願日】平成24年2月14日(2012.2.14)
【分割の表示】特願2011−55881(P2011−55881)の分割
【原出願日】平成23年3月14日(2011.3.14)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】