説明

磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプ

【課題】ターボ分子ポンプと同等の真空性能の磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプが実現でき、磁気軸受の特徴である清浄(潤滑オイル必要なし)、超低振動(ロータとステータが無接触)、高信頼性(腐食性ガスに強い)等の利点を有する上に、1台のポンプで真空チャンバーを高真空に排気できる。
【解決手段】二つの回転翼間の結合方式を、片方の永久磁石による磁束と他方の導電体に発生する渦電流による結合方式とし、結合トルクが発生するために、常に分子流領域で動作する回転翼のほうが低い回転数であることを前提とした翼設計とする。少なくとも高真空側にある分子流領域で動作する回転翼は磁気軸受で支持し、例えば、高温超伝導磁気軸受を採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は大気圧から高真空の領域まで1台のポンプで排気できる真空ポンプに適用する磁気軸受の構成とそれを実現するための磁気軸受要素技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
磁気軸受を応用した製品で、量産品として最も成功している例として、ターボ分子ポンプがある。それは、磁気軸受の応用として比較的簡単な仕様でありながら、従来のボールベアリングに対して、その特徴である清浄(潤滑オイル必要なし)、超低振動(ロータとステータが無接触)、高信頼性(腐食性ガスに強い)というセールスポイントをもっとも活かせるアプリケーションであっためである。実際、半導体やフラットパネル等の製造用のほとんどすべてのエッチング装置に磁気軸受式ターボ分子ポンプが採用されている。しかしながら、ターボ分子ポンプは分子流領域(概略1Pa以下)で動作するポンプのため、補助ポンプでその排気口側を分子流領域まで排気する必要があり、他の真空ポンプの助けが必要という不都合がある。そのため、1台の真空ポンプでターボ分子ポンプと同様の性能を実現できるものが切望されている。
【先行技術文献】
一本のシャフトに分子流領域で動作する翼形状のものと粘性領域で動作する翼形状のものをシリーズで配置した真空ポンプが製品化されたが、この製品は従来タイプのボールベアリングを軸受に採用しているため磁気軸受の利点が失われ、しかも分子流領域で動作する翼形状を大気圧領域でも高速回転させなければならないため、いわゆるターボ分子ポンプと同様の翼形状にするとモータ負荷が許容できないほど増大する。そのため、翼設計の妥協により、結果的に排気速度や到達圧力等の真空性能は、いわゆるターボ分子ポンプと比較して非常に劣ったものになった。一方、その後上記真空ポンプと同様のものを磁気軸受で実現するアイデアが、後述の特許文献1で公開されているが製品化されていない。また、分子流領域で動作する翼と粘性流領域で動作する翼とを同軸ではあるが一体化せず、非接触カップリングにより両翼を分離することにより、いわゆるターボ分子ポンプと同様の翼を適当なモータパワーのシャフトで動作させるアイデアが後述の文献1にある。
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許公開2005−42709号公報
この発明は、大気圧から高真空までの圧力領域で真空排気できる磁気軸受を応用した真空ポンプに関するものである。
【特許文献2】特許公開1986−247893号公報
この発明は、大気圧から高真空までの圧力領域で真空排気できるボールベアリングを応用した真空ポンプに関するものである。
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】M.Miki et al.「FUNDAMENTAL DESIGN AND TEST OF NEW CONCEPT SINGLE−SHAFT DRY PUMP WITH FUNCTION OF TURBOMOLECULAR PUMP」2006 Spring Topical Meeting,Volume38,P16−19,American Society for Precision Engineering
この報告書は、分子流領域で動作する翼と粘性流領域で動作する翼とを一体化せず、非接触カップリングにより両翼を分離することにより、いわゆるターボ分子ポンプと同様の回転翼を適当なモータパワーのシャフトで回転させるアイデアの可能性を実験データで説明しているものである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1におけるシャフトに完全固定されている粘性流領域で動作する回転翼に配置された永久磁石とボールベアリングによりそのシャフトに対して回転自由な分子流領域で動作する回転翼に配置された永久磁石との相互作用を用いた非接触結合方式は、1)両者の回転数に差がある過渡期には、両者に配置された永久磁石間の相互作用により、軸方向の振動が発生する問題がある。また2)軸受として特許文献2と同様にボールベアリングを採用しているため、その信頼性不足と潤滑油汚染等の問題がある。これらの問題点1)と2)を解消することが、本発明の課題となる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記1)の課題を解消するために、二つの回転翼間の結合方式として、両回転翼にそれぞれ配置されている永久磁石間の反発力を利用する方式ではなく、片方の永久磁石とそれによる他方の導電体を貫く磁束の変化により発生する渦電流との相互作用による結合方式とし、結合トルクが発生するために、常に分子流領域で動作する回転翼のほうが低い回転数であることを前提とした翼設計とする。上記2)を解消するために、少なくとも高真空側にある分子流領域で動作する回転翼は磁気軸受で支持する。その磁気軸受として、例えば、高温超伝導磁気軸受を採用する。また、腐食性ガス等を排気する用途に対しては、粘性流領域で動作する回転翼とモータ回転子を含むシャフトの軸受も磁気軸受とすることも考えられる。
【発明の効果】
【0007】
ターボ分子ポンプと同等の真空性能の磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプが実現でき、磁気軸受の特徴である清浄(潤滑オイル必要なし)、超低振動(ロータとステータが無接触)、高信頼性(腐食性ガスに強い)等の利点を有する上に、1台のポンプで真空チャンバーを高真空に排気できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明のひとつの実施例である磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプの縦断面図
【図2】本発明の実施例における電磁誘導結合のための永久磁石と導電体の配置を示した説明図
【図3】特許文献1の実施例である真空ポンプの縦断面図
【図4】非特許文献1の実施例である真空ポンプの縦断面図
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0009】
以下、本発明の実施例を図1、図2に基づき説明する。
図1は、本発明のひとつの実施例である磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプの縦断面図である。
駆動モータ1で回転駆動されるシャフト2に粘性流領域用回転翼3が固定されている。この粘性流領域用回転翼3と粘性流領域用固定翼3−1、3−2、3−3で第1真空ポンプ部を構成する。
【0010】
一方、第一の真空ポンプ部より低圧のいわゆる分子流領域で良好に動作する第2真空ポンプ部は、分子流領域用回転翼4と分子流領域用固定翼4−1で構成される。
【0011】
分子流領域用回転翼4は、シャフト2と同軸となりうるリング状の高温超伝導磁気軸受用永久磁石6−1と固定側のホルダー5にシャフト2に同軸となるように保持された高温超伝導体6−2により構成された高温超伝導磁気軸受6により、シャフト2に対して回転自在に支持される。
【0012】
分子流領域用回転翼4の回転駆動力は電磁誘導結合機7により、粘性流領域用回転翼3と非接触結合することにより得る。電磁誘導結合機7は、分子流領域用回転翼4にシャフト2と同軸になり得る円周上に配置された電磁誘導結合機用永久磁石7−1と粘性流領域用回転翼3にシャフト2に同軸でしかも電磁誘導結合機用永久磁石7−1に対面する位置に配置された電磁誘導結合機用導電体7−2から構成される。
【0013】
本磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプの動作手順は、まず、図1には示していないが、動作スイッチオンでホルダー5に具備されている電磁石8により、分子流領域用回転翼4が図1の上方へ可動域制限ストッパー9にぶつかるまで引き上げられる。その後、駆動モータ1により粘性流領域用回転翼3の回転数が上昇するにつれ、第1真空ポンプ部が動作し始める。それと並行して、冷凍機10によりホルダー5を通じて、高温超伝導体6−2が冷却される。第1真空ポンプ部の働きにより、第2真空ポンプ部の圧力が分子流領域まで下がってくると、高温超伝導体6−2が超伝導状態になるまで冷却され、高温超伝導磁気軸受用永久磁石6−1の磁束を高温超伝導体6−2が捕捉するようになる。この時点で電磁石8の動作をオフにすると、分子流領域用回転翼4は、その自重により少し図1の下方へ移動するが、高温超伝導磁気軸受6の軸方向の剛性により、可動域内の適当な位置に支持される。但し、ここでは図1の下方が重力方向になるように本磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプを配置しているとする。高温超伝導磁気軸受6は、径方向にも剛性を持ち、高温超伝導体6−2と同軸になるように分子流領域用回転翼4は、回転自在に支持される。
【0014】
この状態で、高速で回転している電磁誘導結合機用導電体7−2を回転していない電磁誘導結合機用永久磁石7−1の磁束が貫くため、粘性流領域用回転翼3の回転力が電磁誘導結合機7を通じて分子流領域用回転翼4に伝達される。図2の図2−Aに分子流領域用回転翼4に配置された電磁誘導結合機用永久磁石7−1の配置例を、図2−Bに粘性流領域用回転翼3に配置された電磁誘導結合機用導電体7−2の配置例を示す。この電磁誘導結合機7は、電磁誘導結合機用導電体7−2に発生する渦電流により回転方向の回転力を伝達する働きをするが、それに加え、分子流領域用回転翼4が径方向に振動した場合も電磁誘導結合機用導電体7−2に渦電流が発生するため、超伝導磁気軸受6の径方向ダンパーの働きもする。
【0015】
分子流領域用回転翼4が回転し出すことにより、分子流領域用固定翼4−1との相互作用により第2真空ポンプ部が動作し始め、吸気口11の圧力が更に下がり出す。これにより、分子流領域用回転翼4に作用する負荷が減少し、ますます分子流領域用回転翼4の回転数が増大する。しかしながら、ある一定の回転力は、分子流領域用回転翼4の回転を維持するには必要なため、最終的には、ある一定数だけ、粘性流領域用回転翼3より低い回転数で平衡状態になる。
【0016】
本磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプにおける吸気口11から排気されるガス分子は、分子流領域用回転翼4等で構成されている第2真空ポンプ部を通過し、その後、第1真空ポンプ部の粘性流領域用固定翼3−1、3−2、3−3で形成される溝を順に通過し、最後は、大気圧より少し高い圧力まで圧縮され、排気口12より大気側へ排出される。
【0017】
また、本磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプは、高温超伝導体の冷却用の冷凍機10を利用して冷却バッフル13を適当な温度まで冷却することにより、クライオトラップ14を第2真空ポンプ部の上流に配置でき、水蒸気等の排気速度を増大させることができる。
【0018】
さらに、シャフト2用の軸受は大気圧領域にあるため、オイル潤滑のボールベアリングを利用しても、取扱いにミスがない限り、吸気口側はオイルフリーであるが、腐食性ガス等を排気する場合などで、更に軸受を高信頼性にする必要がある時は、ここでは図示していないが、シャフト2を磁気軸受で支持することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0019】
ターボ分子ポンプと同等の真空性能の磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプが実現でき、磁気軸受の特徴である清浄(潤滑オイル必要なし)、超低振動(ロータとステータが無接触)、高信頼性(腐食性ガスに強い)等の利点を有し、しかもそれを1台の真空ポンプで実現できる。そのため、PVD装置のプロセスチャンバー、各種真空装置のロードロックチャンバーやトランスファーチャンバー等に応用できる。
【符号の説明】
【0020】
1,1a,1b 駆動モータ
2,2a,2b シャフト
3,3a,3b 粘性流領域用回転翼
3−1,−2,−3 粘性流領域用固定翼
4,4a 4b 分子流領域用回転翼
4−1 分子流領域用固定翼
5 ホルダー
6 高温超伝導磁気軸受
6−1 高温超伝導磁気軸受用永久磁石
6−2 高温超伝導体
7 電磁誘導結合機
7−1 電磁誘導結合機用永久磁石
7−2 電磁誘導結合機用導電体
8 電磁石
9,9a 可動域制限ストッパー
10 冷凍機
11,11a,11b 吸気口
12,12a,12b 排気口
13 冷却バッフル
14 クライオトラップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動モータを具備したシャフトとそのシャフトに固定された第1の真空ポンプ部の回転翼とそのシャフトに対して回転自在な第2の真空ポンプ部の回転翼とその第2の真空ポンプ部の回転翼を支持する高温超伝導磁気軸受とその高温超伝導磁気軸受の高温超伝導体を冷却する冷凍機と第1の真空ポンプ部の回転翼と第2の真空ポンプ部の回転翼を非接触結合する電磁誘導結合機を備え、
上記第1の真空ポンプ部は、上記第2の真空ポンプ部に比べ高い圧力領域で動作する粘性流領域用回転翼を備え、
上記第2の真空ポンプ部は、上記第1の真空ポンプ部に比べ低い圧力領域で動作する分子流領域用回転翼を備え、
上記駆動モーターは、上記粘性流領域用回転翼を回転駆動し、
上記電磁誘導結合機は、電磁誘導作用を利用して上記粘性流領域用回転翼と分子流領域用回転翼とを非接触結合することを特徴とする磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプ
【請求項2】
上記電磁誘導結合機は、上記粘性流領域用回転翼に良導電体を上記分子流領域用回転翼に永久磁石を配置したことを特徴とする請求項1に記載する磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプ
【請求項3】
上記分子流領域用回転翼に配置された永久磁石はその回転翼の中心を中心とする1つ以上の円周上に互い隣接する磁石同士は吸引するような磁極配置にしたことを特徴とする請求項1に記載する磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプ
【請求項4】
上記高温超伝導磁気軸受は、上記分子流領域用回転翼に永久磁石を配置したことを特徴とする請求項1に記載する磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプ
【請求項5】
上記高温超伝導体を冷却し保持する良熱伝導体のホルダーに電磁石部を設け、その電磁石により上記分子流領域用回転翼を上記粘性流領域用回転翼から離したり近づけたりできることを特徴とする請求項1に記載する磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプ
【請求項6】
上記高温超伝導体をホルダーを通じて冷却する冷凍機を共用したクライオトラップをその上流に備えていることを特徴とする請求項1に記載する磁気軸受式大気圧動作型真空ポンプ

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−236530(P2010−236530A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−102396(P2009−102396)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【出願人】(509083692)株式会社EM応用技術研究所 (5)
【Fターム(参考)】