説明

等方性膜磁石積層型微小回転電機

【課題】
高性能小型電気電子機器やロボットなどの駆動源として高トルク微小回転電機が求められている。
【解決手段】
TM14B系合金(Rは希土類元素Nd、Pr、TMは遷移金属元素Fe、Co)のxを2未満とした所定寸法の中空円板状アモルファス膜を6 sec以内の高速真空熱処理で磁気的に等方性の多結晶集合組織とし、しかるのち、面内方向に極対数2以上に多極磁化した外径2 mm以下の膜磁石を所定数積層した回転子磁石、並びに励磁巻線を備えた固定子鉄心と組合せた等方性膜磁石積層型微小回転電機とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外径が2 mm以下の回転子磁石と励磁巻線を備えた固定子鉄心との空隙を回転子磁石の径方向に配置した構成の微小回転電機に関する。さらに詳しくは、RTM14B系合金(Rは希土類元素Nd、Pr、TMは遷移金属元素Fe、Co)のxを2未満とした所定寸法の中空円板状アモルファス膜を6 sec以内の高速真空熱処理で磁気的に等方性の多結晶集合組織とし、しかるのち、当該膜磁石を所定数積層し、かつ面内方向に極対数2以上に多極磁化した外径2 mm以下の膜磁石を所定数積層した磁石、並びに励磁巻線を備えた固定子鉄心とを組合せた等方性膜磁石積層型微小回転電機に関する。
【背景技術】
【0002】
回転電機の小型化に関して、例えば、情報通信機器などに利用される回転電機は体積約100 mmまで小型軽量化したものが市場を形成している。これらの回転電機の体積と回転トルクはスケーリング則に基づく累乗近似が成立ち、著しいトルク低下があることが知られる。しかしながら、車載、情報家電、通信、精密計測、医療福祉機器分野などの各種電気電子機器やロボットなどの駆動源として高トルクの微小回転電機が求められている。
【0003】
径方向に空隙をもつ微小回転電機の回転子磁石に関し、例えば特許文献1では外径3 mm、または0.9 mmのガラス、金属、合金、酸化物、窒化物等の円筒基板をNd−Fe−B系金属間化合物の結晶化温度以上に加熱したのち、当該基板の側面にスパッタ法、真空蒸着法、レーザーアブレーション法等の物理蒸着法により、数μm/hの成膜速度で膜厚10 μm程度のNdFe14B異方性磁化膜を円筒状に成膜し、これを微小回転電機の回転子磁石などとする技術を開示している。例えば、合金組成(Nd1−xTbFe1−y−zにおいて、(Nd0.96Tb0.040.11Fe0.810.08としたとき、異方性方向の残留磁化Mrは1.09 T、保磁力HcJは528 kA/mが得られる。このような、高性能ラジアル異方性NdFe14B系膜磁石を微小回転電機などに提供できるとしている。
【0004】
一方、上記のような膜磁石に関して、特許文献2ではスパッタ法や本発明者の一部が開示した技術であるレーザーアブレーション法[非特許文献1]などの成膜法では基板加熱なしでは保磁力HcJの高い磁石膜が得られないとしている。そこで、基板を加熱処理なしに、磁石材料を含む電極と導電性基板との間に電圧を印加してアーク放電を発生させ、当該電極間に荷電粒子となる非酸化性ガス、液体窒素などの中性粒子が存在する状態で成膜し、高い保磁力HcJの膜磁石を得ることを開示している。これによれば、成膜したNd−Fe−B系膜磁石のNdFe14B結晶粒子径は31〜54 nmで、スパッタ法、レーザーアブレーション法で成膜したNdFe14B結晶粒子径は、それぞれ2 nm、ならびに4 nmとしている。
【0005】
以上のような、高性能なラジアル異方性NdFe14B系膜磁石にかかる微小回転電機の構成として、例えば、特許文献3、特許文献4、特許文献5、特許文献6などに開示されている回転軸の径方向に回転子磁石と固定子鉄心との空隙をもつ、所謂径方向空隙型ブラシレスDCモータを挙げることができる。この構造の微小回転電機は回転軸の軸方向に回転子磁石と固定子鉄心との空隙をもつ構成の回転電機に比べて、高トルク化に有利である。しかしながら、特許文献3、4、5、6、7で示される微小回転電機の固定子側の励磁は、何れも空芯巻線で行うものである。このように、固定子鉄心が所謂スロットレス構造のため励磁巻線を収納するスロットをもつ固定子鉄心を用いる構成に比べると、同一寸法、同一形状では空隙パーミアンス係数Pgが本質的に小さい。
【0006】
なお、上記のような回転子磁石の径方向にスロットレス構造の固定子鉄心と空隙をもつ構成の微小回転電機の好適な回転子磁石として、特許文献7は残留磁化Mr = 1.35 Tの異方性NdFe14B系バルク磁石を開示している。このように、本発明が対象とする微小回転電機の回転子磁石に関し、膜磁石からバルク磁石に至る多様な形態の磁石が提案されている。
【0007】
以下に、背景の技術の欄にて示した特許文献、および非特許文献を記載する。また、発明が解決しようとする課題の欄ほかにて引用する特許文献、並びに非特許文献を記載する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平8−83713号公報
【特許文献2】特開2007−48898号公報
【特許文献3】特開平10−248222号公報
【特許文献4】特開平9−322486号公報
【特許文献5】特開2005−210876号公報
【特許文献6】特開平9−46992号公報
【特許文献7】特開2005−210876号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】M.Nakano et, al., IEEE Trans. Mag. vol.39,p2863(2005)
【非特許文献2】Coehoorn, et al.,J.dePhys. vol.49, p669 (1988)
【非特許文献3】Kneller, et al.,IEEE Trans. Mag. vol.27,p3588(1991)
【非特許文献4】金清裕和、広沢哲、日本応用磁気学会誌、vol.22, p.358 (1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、永久磁石式回転電機のトルクTは極対数をPn、電流をI(IDiq)、インダクタンスをL(Ld, Lq)、及び鎖交磁束をΦaとすれば数式1で示される。
【0011】
〈数式1〉
T = [Pn×Φa×Iq] + [Pn×(Ld−Lq)×Id]
【0012】
ここで、右辺第1項は磁石トルク、第2項はリラクタンストルクである。なお、本発明が対象とする微小回転電機は回転子磁石の直径が2 mm以下である。このような実寸法の制約から本発明が対象とする回転子は永久磁石と非磁性材料の回転軸のみで構成され、回転子鉄心をもたない。このような回転子鉄心のない微小回転電機の発生トルクTは右辺第1項の磁石トルク(Pn×Φa×Iq)のみとなり、第2項のリラクタンストルクの発生はない。
【0013】
なお、数式1から、磁石トルクは極対数Pn、鎖交磁束密度Φa、すなわち空隙磁束密度Φg、固定子励磁巻線の通電電流Iに比例する。また、モータのトルク定数Kt(Nm/A)は固定子励磁巻線の通電電流Iに対するトルク勾配であり、Ktが大きいほど回転駆動力が増し、電流制御が容易となる。このことから回転電機の微小化に伴うトルク減少を抑制し、さらにKtを増して回転駆動力や制御性を高める手段として、1) 極対数Pnを増加する。2)空隙パーミアンスPgを高めて磁気抵抗を低減する。3)励磁電流Iq、または励磁巻線の巻数nを増すことで固定子側の励磁力を強めることなどがある。
【0014】
ところで、本発明が対象としている微小回転電機の回転子磁石の外径は2.0 mm以下である。このような小口径回転子磁石において、例えば、特許文献1では、残留磁化Mr = 1.09 Tのラジアル異方性を有する厚さ10 μmの円筒膜磁石を開示している。このような、ラジアル異方性NdFe14B系膜磁石の優れた点は1式右辺第1項の磁石トルクを高めるために極対数Pnを容易に増すことができる点にある。しかしながら、膜磁石の厚さ方向に磁化する構成であるために、当該磁石のパーミアンス係数Pmが低く、1式右辺第1項の磁石トルクを高めるための鎖交磁束密度Φa、すなわち空隙磁束密度Φgを高める点で不利である。
【0015】
一方、特許文献7では、小口径回転子磁石として高い残留磁化Mrをもつ異方性バルク磁石を開示している。例えば、残留磁化Mr = 1.35 Tの異方性NdFe14B系バルク磁石は1式右辺第1項の磁石トルクを高めるために鎖交磁束密度Φa、すなわち空隙磁束密度Φgを高める点で、特許文献1に示されるラジアル異方性NdFe14B系膜磁石よりも有利である。しかし、小口径の異方性バルク磁石は1式右辺第1項の磁石トルクを高める手段として、極対数Pnを増すことは工業的規模での生産を考慮すると極めて困難である。したがって実質的な極対数Pnは1に限定されるという点が特許文献1に示されるラジアル異方性NdFe14B系膜磁石よりも不利である。
【0016】
ここで、特許文献7では異方性NdFe14B系バルク磁石の回転子外径が1.2 、0.9 mmのとき、当該径方向空隙型微小回転電機の外径を、それぞれ2.0、1.7 mmと開示している。そこで、スロットレス構造の空芯励磁巻線を固定するハウジングを兼ねた固定子鉄心の厚さを0.1 mmと仮定する。すると空芯励磁巻線の収納空間を含む回転子磁石と固定子鉄心との空隙は0.3 mmとなる。
【0017】
そこで、上記微小回転電機の回転子磁石に特許文献1に開示されているラジアル異方性NdFe14B系膜磁石を適用したと仮定する。ただし、膜磁石の残留磁化Mrを1.09 T、可逆(リコイル)透磁率μrを1.15、回転子磁石外径Doを1.2 mm、回転子磁石内径Diを0.3 mm、回転子磁石長Lを 4.8 mm、および極対数1の回転子磁石の磁極角度θmを180度としたとき、等価磁石長(厚み)Lmは(Do−Di)/2から0.45 mmとなる。さらに、固定子鉄心はスロットレスなので対向角θeを360度、固定子鉄心内径Daを1.8 mm、固定子鉄心長Laを5 mm、漏洩係数fを1.1、起磁力損失係数γを1と仮定して、スロットレス固定子と回転子磁石で構成する微小回転電機の等価断面積Am、空隙断面積Ag、空隙長Lg、空隙パーミアンス係数Pgを、それぞれ 数式2、3、4、5から、さらに有効空隙磁束密度Φgを数式6から見積もった。すると、ラジアル異方性NdFe14B系膜磁石を回転子磁石とした微小回転電機の一例として空隙パーミアンス係数Pgは0.5以下、空隙磁束密度φgは3.5×10−7 Wbと見積もられる。
【0018】
〈数式2〉
Am=((Do+Di)/2)×(π×θm/360)×L
〈数式3〉
Ag = ((Di+Da)/2)×(π×θe/360)×La
〈数式4〉
Lg = (Da−Di)/2
〈数式5〉
Pg = Lm×Ag×f/(Am×Lg×γ)
〈数式6〉

【0019】
一方、上記ラジアル異方性NdFe14B系膜磁石を回転子磁石とした微小回転電機の例と同じ構成で特許文献7が開示する残留磁化Mr 1.35 Tの異方性NdFe14B系バルク磁石を回転子磁石としたとき、当該微小回転電機の空隙パーミアンス係数Pgは2.4、空隙磁束密度Φgは4.7×10−6 Wbと見積もられる。
【0020】
そこで、特許文献1のラジアル異方性NdFe14B系膜磁石と特許文献7の異方性NdFe14B系バルク磁石を比較すると、ラジアル異方性NdFe14B系膜磁石は極対数Pnを増すことができるが、空隙パーミアンス係数Pg 0.5以下が原因となって空隙磁束密度Φgは異方性NdFe14B系バルク磁石の10%に満たない。すなわち、ラジアル異方性NdFe14B系膜磁石を回転子磁石としたとき、異方性NdFe14B系バルク磁石を回転子磁石とした同一構成、同一寸法の微小回転電機と同程度の回転トルクを得ようとするなら、ラジアル異方性NdFe14B系膜磁石の回転子磁石の極対数Pnを10以上とする必要がある。結果として、その磁極間距離は0.3 mm未満となり、極対数10以上での飽和磁化が困難となる。加えて、径方向空隙型の微小回転電機ではスロット数の増加が不可避となるから、励磁巻線を含む当該固定子の構成が複雑となる。さらにまた、固定子側の励磁力(1式右辺第1項の磁石トルクにかかるIq)も弱まるため、当該微小回転電機の高トルク化が困難なばかりか、固定子側の構成自体が本発明にかかる微小回転電機の体格の観点から難しくなる。したがって、特許文献1のラジアル異方性NdFe14B系膜磁石を回転子磁石とする微小回転電機は高トルク化という観点からは馴染まないものと言わざるを得ない。
【0021】
一方、特許文献7で開示する高残留磁化Mrをもつ異方性NdFe14B系バルク磁石の場合、当該回転子磁石で微小回転電機の高トルク化を図るには、1)残留磁化Mrを高める。2)磁石パーミアンスPmの増加という手段がある。しかし、残留磁化Mrは1.35 Tと極めて高いために、仮にNdFe14B金属間化合物の飽和磁化Ms 1.6 Tまで残留磁化Mrを高めた理想の異方性NdFe14B系バルク磁石としても、これによる高トルク化は20%に満たない。また、磁石のパーミアンスPmを増すことに対しては、回転軸挿入孔を廃止し、円柱磁石の両端面を別々の回転軸で支持する構成が考えられる。しかし、この場合のトルクの増加も3−D FEM解析によれば10%に満たない。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明は等方性膜磁石による微小回転電機の高トルク化にかかるものである。具体的には、RTM14B系合金(Rは希土類元素Nd、Pr、TMは遷移金属元素Fe、Co)のxを2未満とした外径2 mm以下の所定寸法の中空円板状アモルファス膜を6 sec以内の高速真空熱処理で磁気的に等方性の多結晶集合組織とする。しかるのち、前記膜磁石を所定数積層し、面内方向に極対数2以上に磁化した回転子磁石として前記回転子磁石、並びに励磁巻線を備えた固定子鉄心とを組合せた構成の等方性磁石膜積層型微小回転電機とするものである。
【0023】
また、本発明にかかるアモルファス膜は溶湯合金の急冷凝固、または高速真空成膜による。本発明で言う高速真空成膜とは成膜速度10μm/h以上を指す。また、本発明にかかるR−TM−B系アモルファス膜の好適な高速真空成膜として真空アーク蒸着を挙げることができる。また、本発明にかかる磁気的に等方性の多結晶集合組織の面内方向磁気特性としては残留磁化Mr が0.75 T以上、保磁力HcJが100 kA/m以上であり、とくに面内方向にレマネンスエンハンスメントのある微細な多結晶集合組織が好ましい。
【0024】
なお、回転子磁石に関しては中空円板状R−TM−B系アモルファス膜の内径Diと外径Doとの比Di/Doを0.3以上とし、極対数2以上での空隙磁束密度Φgの減少を抑制することが好ましい。また、当該膜磁石の厚さは基板に対して8倍以上とすることが望ましい。8倍以上が望ましいとする理由は、R−TM−B系ボンド磁石の磁石体積分率と同等以上の水準を確保できるからである。
【0025】
以上のような、本発明にかかる等方性膜磁石を回転子磁石として備えた微小回転電機はスロットレス型径方向空隙型ブラシレスDCモータ、スロット型径方向空隙型ブラシレスDCモータ、PM型ステッピングモータ、或いは発電機などとして情報機器、医療機器、産業機器、さらには内視鏡レンズ駆動用デバイス、細管内自走検査ロボット等マイクロマシン駆動デバイスとして、高出力、低消費電流などの観点で電気電子機器の性能向上に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】各結晶の磁化ベクトルの方位分布を示す概念図
【図2】結晶粒子径と磁気特性の関係を示す特性図
【図3】真空アーク蒸着の要部構成図
【図4】NdFe14Bのx量と磁気特性の関係を示す特性図
【図5】(a)高速真空熱処理の構成図、(b) 熱処理時間と保磁力の関係を示す特性図
【図6】膜の内径Diと外径Doとの比Di/Doと磁束量の変化を示す特性図
【発明を実施するための形態】
【0027】
先ず、本発明で言うRTM14B系合金(Rは希土類元素Nd、Pr、TMは遷移金属元素Fe、Co)膜磁石の最良の形態について説明する。
【0028】
本発明にかかる微小回転電機の高トルク化には高い残留磁化Mrをもつ磁気的に等方性の多結晶集合組織の膜磁石が最良である。このような最良の形態の磁気的に等方性の多結晶集合組織をもつ膜磁石を得るにはRTM14B系合金において、xを2未満とする。これにより、高い飽和磁化Msをもつ遷移金属相(a−Fe、FeB、およびアモルファス磁性相を含む)と高い保磁力HcJをもつRTM14B相とを組み合わせる。
【0029】
そして、それらを交換相互作用により磁気的に結合させ、保磁力HcJの低下を抑制しながら、飽和磁化Msを高める。このことが特許文献1のラジアル異方性NdFe14B系膜磁石、或いは特許文献7の異方性NdFe14B系バルク磁石のような高い残留磁化Mrに近づくために有効だからである。
【0030】
このような本発明にかかる膜磁石の保磁力HcJは、RTM14B相の磁化が遷移金属相の磁化を固定して、遷移金属相の磁化反転を妨げることによる。十分な保磁力HcJを得るには 1) 遷移金属相とRTM14B相が強く交換結合していること、2)磁壁幅以上で、かつ微細な多結晶集合組織であることが必要である。
【0031】
つぎに、本発明にかかる膜磁石の面内方向のレマネンスエンハンスメントについて図面を用いて説明する。
【0032】
本発明にかかる膜磁石は1軸磁気異方性をもったNdFe14B単磁区結晶、或いは遷移金属相が混在した多結晶集合組織からなる膜磁石である。ここで、NdFe14B結晶が単磁区臨界寸法以下で、しかも結晶間の静磁気相互作用と量子力学的交換相互作用がないと仮定する。すると、最低エネルギー状態は図1の無磁化状態のように各結晶の磁化ベクトルは磁化容易軸方向に向いた状態にある。そして、この膜磁石が磁化状態になると各結晶の磁化ベクトルの方位は、やはり磁化容易軸方向に一致する。そして図1の磁化状態(a)のように磁化方向に極を有する半球面上に均一に分布する。この場合、残留磁化 Mrは飽和磁化Msの1/2になる。しかし、結晶粒子間に磁化ベクトルの方向を互いに揃えようとする粒子間相互作用が働くと、磁化ベクトルは結晶の磁化容易軸方向からずれる。さらに、図1(b)の磁化状態のように磁化ベクトルの分布は球面に表面張力が働いたように極の周りに収束する。このような交換相互作用は結晶粒子界面を介して作用する。したがって、結晶の微細化に伴って交換相互作用が強くなる。そして極方向への磁化ベクトルの集積度が増し、残留磁化Mrが向上する。このようなNdFe14B結晶の飽和磁化Ms 1.6 T (300K)に対し残留磁化Mrがその1/2以上になることがレマネンスエンハンスメントである。
【0033】
上記のようなレマネンスエンハンスメントが本発明にかかる微小回転電機にかかる磁気的に等方性の多結晶集合組織をもつ膜磁石の最良の形態として例示できる。
【0034】
なお、本発明にかかる膜磁石の最良の形態の実施手段として、必要に応じて結晶粒成長を抑制するためのGa、Nb、Cu、Ti、Cなどの添加元素を適宜併用することができる。さらにまた、結晶化度の小さなアモルファス膜を溶湯合金の急冷凝固、あるいは成膜速度10μm/h以上の高速真空成膜で作製し、6 sec以内の高速真空熱処理で結晶化を行うことなどを挙げることができる。
【0035】
つぎに、本発明にかかるレマネンスエンハンスメントとNdFe14B結晶粒子径の関係をNdFe14B結晶粒子径に対する保磁力HcJ、ならびに残留磁化Mrの関係の特性図を用いて説明する。
【0036】
図2はNdFe14B結晶粒子径と保磁力HcJ、ならびに残留磁化Mrの関係を示す特性図である。特許文献2で開示しているように、高速真空成膜で知られるレーザーアブレーション法では基板加熱なしで保磁力HcJの高い膜磁石が得られない。これは図2でプロットしたHcJoのように磁壁幅以下の結晶粒子径だからである。
【0037】
一方、特許文献2で開示しているNd−Fe−B系膜磁石は残留磁化Mrの値が不明である。これは成膜中の非酸化性のガス、液体窒素、非磁性の液体がNdの酸化を促進し、磁化の低下を引き起こすものと推察される。なお、特許文献2で開示しているNdFe14B結晶粒子径と保磁力HcJの関係は図2のHcJBで示される。図から明らかなように、特許文献2で開示された成膜過程で直接膜磁石とする方法ではNdFe14B結晶粒子径が大きく、本発明にかかる膜磁石の最良の形態としている面内方向のレマネンスエンハンスメントは期待できない。
【0038】
さらに、図2においてレマネンスエンハンスメントが観測される残留磁化MrA、および、それに対応する保磁力HcJAの領域は、本発明にかかる磁気的に等方性の多結晶集合組織をもつ膜磁石の最良の特性範囲の一例を示している。このような最良の特性を安定的に得るには、特許文献2で開示している成膜時に直接膜磁石とする方法よりも、本発明にかかる溶湯合金の急冷凝固、あるいは成膜速度10μm/h以上の高速真空成膜法でアモルファス膜を作製し、6sec以内の高速真空熱処理で結晶化して膜磁石とする方法に優位性がある。
【0039】
つぎに、本発明にかかる溶湯合金の急冷凝固、高速真空成膜によるアモルファス膜と高速真空熱処理による残留磁化Mrと保磁力HcJの変化について図面を用いて説明する。
【0040】
先ず、単ロール法によるRTM14B系溶湯合金の急冷凝固では、1.3 kPa程度に保持したAr雰囲気中でロール表面速度を5 m/s程度の低速度域で溶湯合金を急冷凝固すると保磁力HcJが発現した厚さ数百μmのFeB/NdFe14B系膜磁石が得られ、超音波加工などにより、所定寸法に加工して厚さ数百μmの微小磁石が得られるとしている[非特許文献4]。しかしながら、本発明にかかるxが2未満のRTM14B系溶湯合金の急冷凝固ではロール表面速度を10 m/s以上とし、厚さ約50〜100 μm程度で、より結晶化度の小さなアモルファス膜とするものである。加えて、本発明にかかる脆性なアモルファス膜を中空円板状に加工する。このため、展延性をもつ非磁性金属膜をスパッタ法、レーザーアブレーション法などによりアモルファス膜の少なくとも片面に設けた複合膜とする。これにより、本発明にかかる微小回転電機の回転子磁石として必要な高度な寸法精度をもつ中空円板状アモルファス膜に加工することができる。
【0041】
つぎに、図3を用いて本発明にかかる真空アーク放電の構成と動作について説明する。本発明で言う高速真空成膜とは成膜速度10μm/h以上を指し、アモルファス膜の好適な高速真空成膜手段として図3で示すような要部構成をもつ真空アーク蒸着を挙げるこができる。ただし、図において31はxが2未満のRTM14B系合金のカソード、32はアノード、33はアーク電源、34は半径方向の放電電流Ir、35は放電電流34がつくる磁界Bθ、36は完全電離気体(プラズマ)、37は基板である。
【0042】
図においてカソード31とアノード32は電気的に絶縁状態にある。そこにトリガをかけるとアーク電源33のコンデンサに蓄積した電荷が一斉にカソード31とアノード32との絶縁を破りパルス放電電流34が径方向に生成する。このようなアーク放電により、カソード31である本発明にかかるxが2未満のRTM14B系合金が溶融し、イオン化、クラスター化(ドロプレット)する。カソード31より飛び出した電子はアノード32(電位:プラス)に、イオンはカソード31に引き付けられる。カソード31に流れるアーク電流により、カソード31の周辺に磁界35が発生する。このような完全電離気体(プラズマ)36において、電子はローレンツ力を利用して移動する。イオンに働くローレンツ力も同様な方向に生じるものの、ラーモア半径より考察すると、イオンはクーロン力による移動の可能性が大きい。また、イオン化されていない、ドロプレットを主とした粒子も多く基板37に付着する。
【0043】
上記のような本発明で言う真空アーク蒸着とは特許文献1のような磁石材料を含む電極と導電性基板との間に電圧を印加してアーク放電を発生させ、当該電極間に荷電粒子となる非酸化性ガス、液体窒素などの中性粒子が存在する状態で成膜する方法とは異なる。本発明にかかる真空アーク蒸着はRの酸化を極力抑えるために、例えば4 〜 7×10−7 Torrの真空中で電極間に高電界を加え、陰極(RTM14B系合金)を蒸発させ、その金属蒸気原子を供給し、原子を電離させる手法である。すなわち、原子の供給と電離を同時進行させる手法である。
【0044】
図4は成膜速度10μm/hの真空アーク蒸着で得たNdFe14B(x=1.6〜2.4)アモルファス膜を高速結晶化した多結晶集合組織からなる本発明にかかる膜磁石の面内方向の残留磁化Mr、ならびに保磁力HcJの変化を示す特性図である。また、非特許文献1に基づく、レーザーアブレーション法から作製したアモルファス膜を結晶化した膜磁石を比較例として示す。図から明らかなように、添加元素Mを含まないレーザーアブレーション法から作製したNdFe14Bアモルファス膜を結晶化したとき、本発明の範囲、すなわち、NdFe14Bにおいてxが2未満では保磁力HcJ、残留磁化Mrともに十分な磁気特性が発現しない。これに対し、本発明にかかる膜磁石のx=2.4以下の残留磁化Mrの変化は、比較例のような残留磁化Mrの劣化が生じ難いことを示唆している。また、保磁力HcJの減少領域はxが概ね0.4程度少ない領域にシフトしている。
【0045】
なお、図4において、NdFe14Bのxが2以上の合金を真空アーク蒸着したアモルファス膜を、高速真空熱処理により結晶化したとき、結晶粒界付近においてNdを含む非磁性相が形成され、粒界の相互作用を弱めることで1000 kA/m以上の高保磁力が発現する結果は、xが2.6以上の合金をレーザーアブレーション法で作製したアモルファス膜を結晶化した膜磁石の保磁力発現機構と同等である。
【0046】
また、図4において、本発明にかかるNdFe14Bのxが2未満の合金を真空アーク蒸着したアモルファス膜を高速真空熱処理により結晶化したとき結晶粒界付近において、多くのアモルファス磁性相が残存し、適度な交換相互作用のもと比較的高い保磁力HcJを確保できる。これは、熱磁気特性などを観察すると、熱処理後の膜磁石はレーザーアブレーション法で作製したアモルファス膜を結晶化した膜磁石に比べてアモルファス磁性相の存在頻度が高いことからも裏付けられる。
【0047】
以上のように、本発明にかかる磁気的に等方性で微細な多結晶集合組織をもつ膜磁石の残留磁化Mrを高めるためにxが2未満のRTM14B系溶湯合金の急冷凝固、あるいは真空アーク蒸着のような高速真空成膜により、より結晶化度の小さな、より完全なアモルファス膜にする。
【0048】
つぎに、本発明で言う所定寸法の中空円板状アモルファス膜を6 sec以内で磁気的に等方性の多結晶集合組織とする高速真空熱処理について図面を用いて説明する。図5(a)において、51は本発明にかかる直径2 mm以下のRTM14B系合金(Rは希土類元素Nd、Pr、TMは遷移金属元素Fe、Co)のxを2未満とした所定寸法の中空円板状アモルファス膜、あるいは当該アモルファス膜を所定数積層したアモルファス膜積層体である。52は赤外線加熱炉、53は赤外線加熱炉52に収納される炉心管の真空排気系、54は電源、55は温度制御器56に連動したメモリーリレーである。例えば、真空排気系53で真空度10−6 Torr以下としたのち、電源54、メモリーリレー55、温度制御器56により、赤外線加熱炉52に収納した膜、または膜の積層体51をRTM14B結晶化温度(約870 K)付近まで6 sec以内で加熱して、保持時間なしで当該アモルファス膜を結晶化し、本発明にかかる多結晶集合組織をもつ膜磁石、または積層膜磁石とするものである。
【0049】
例えば、図5(b)の本発明例51はxを2未満とした溶湯RTM14B系合金を急冷凝固したアモルファス膜を真空度10−6 Torr以下で出力8 kWの加熱時間と保磁力HcJの関係を示す特性図、本発明例2はxを2未満としたRTM14B系合金を真空アーク蒸着したアモルファス膜を高速真空熱処理したときの出力8 kWの加熱時間と保磁力HcJの関係を示す特性図である。図から明らかなように、6 sec以内の加熱時間でアモルファス膜から本発明にかかる保磁力HcJが100 kA/m以上の磁気的に等方性の多結晶集合組織をもつ膜磁石、またはその積層体が得られる。このように、高速真空熱処理はレマネンスエンハンスメントを引出すことでも、あるいは本発明が対象とする微小回転電機の回転子磁石の工業的な生産性の観点からも有利である。
【0050】
つぎに、本発明で言う中空円板状アモルファス膜の内径Diと外径Doとの比Di/Doが0.3以上とすることについて図面を用いて説明する。
【0051】
図6は回転軸挿入孔Diと外径Doとの比Di/Doに対する表面磁束密度分布積分値の低下を示す特性図である。図において、本発明にかかるものは外径Doを1 mm、長さ1.5 mm、保磁力HcJ 330 kA/m、残留磁化Mr 1.05 T、極対数2の等方性膜磁石を積層した回転子磁石である。また、比較例は前記回転子磁石と同一寸法の特許保磁力HcJ 1.0 MA/m、残留磁化Mr 1.35 T、極対数1の異方性NdFe14B系バルク磁石である。また、表面磁束密度分布積分値の低下は、中空孔なしの各磁石の表面から50μm隔てた空間の表面磁束密度分布の積分値を基準としている。
【0052】
図から明らかなように異方性NdFe14B系バルク磁石を極対数1の回転子磁石としたとき、Di/Doが0.3(外径1 mmで回転子挿入孔の径0.3 mm)のとき、表面磁束密度分布積分値、すなわち1式右辺第1項の磁石トルクを高めるための鎖交磁束密度Φaに相当する値は9%も低下する。このように、極対数が実質的に1に限定され、かつ1.35 Tと高い残留磁化Mrをもつ異方性NdFe14B系バルク磁石の場合には、回転子磁石の工夫により微小回転電機の大幅な高トルク化を実現すことは困難である。
【0053】
上記に対して、本発明にかかる等方性膜磁石を積層し、極対数2とした回転子磁石は、Di/Do=0.3、すなわち回転軸挿入孔Diを0.3 mmとしても、これによるトルク低下は高々2%に抑制させることができる。加えて、極対数を増すと、その低下率はさらに抑制されるようになる。このため、本発明にかかる外径2 mm以下の膜磁石を所定数積層した極対数2以上の回転子磁石、並びに励磁巻線を備えた固定子鉄心とを組合せた構成の等方性膜磁石積層型微小回転電機は、その高トルク化に有用と言える。
【実施例】
【0054】
本発明を実施例により更に詳しく説明する。ただし、本発明は実施例に限定されない。
【0055】
Nd1.6Fe14B溶湯合金をCu製ロール周速10 m/sで急冷凝固し、厚さ約80μmのアモルファス膜を得た。この膜のロール面に約20μmのAlをスパッタしたのち、外径Doを1.0 mm、内径Diを0.3 mmに加工することにより、本発明にかかる中空円板状アモルファス膜とした(本発明例1)。
【0056】
別に、Nd1.6Fe14B合金カソードとし、厚さ10μmのTa基板との距離30 mmとし、真空度4〜7×10−7 Torrでアーク蒸着した厚さ約40μmのアモルファス膜を外径Do 1.0 mm、内径Di 0.3 mmに加工することにより、本発明にかかる中空円板状アモルファス膜とした(本発明例2)。
【0057】
つぎに、上記本発明にかかる中空円板状アモルファス膜を真空度4〜7×10−6 Torrの雰囲気で、それぞれ2.9 sec、3.5 secの高速真空熱処理を行うことにより、本発明にかかる磁気的に等方性の多結晶集合組織をもつ膜磁石とし、これを4.5 mmになるように積層固定し、貫通孔に回転軸を挿入したのち、極対数2に磁化して回転子とした(本発明例1、2)。
【0058】
比較例として、残留磁化Mr 1.35 Tの異方性NdFe14B系バルク磁石を外径Do 1mm、内径Di 0.3 mm、長さ4.5 mmに加工し、貫通孔に回転軸を挿入し、極対数1の磁化を行い回転子とした(比較例1)。
【0059】
上記、本発明例1、2、および比較例にかかる回転子を外径1.8 mmの空芯励磁巻線を備えたスロットレス固定子と組合せ4極3相ブラシレスDCモータ(本発明例1、2)、および2極3相ブラシレスDCモータとした。前記微小回転電機を外部駆動し、そのback−EMFを求めた。表1は比較例を基準としたback−EMFの比を示す。表から明らかなように、高い残留磁化Mrをもつ異方性NdFe14B系バルク磁石からなる極対数1の回転子磁石を搭載した微小回転電機に比べ、back−EMFの比から、本発明にかかる微小回転電機は回転子磁石の新規な工夫によって、1.3倍以上の高トルク化が容易に実現できる。
【0060】
したがって、本発明にかかる等方性膜磁石を回転子磁石として備えた微小回転電機はスロットレス型径方向空隙型ブラシレスDCモータ、スロット型径方向空隙型ブラシレスDCモータ、PM型ステッピングモータ、或いは発電機などとして情報機器、医療機器、産業機器、さらには内視鏡レンズ駆動用デバイス、細管内自走検査ロボット等マイクロマシン駆動デバイスとして、高出力、低消費電流などの観点で電気電子機器の性能向上に貢献することができる。
【0061】
【表1】

【符号の説明】
【0062】
31 RTM14B系合金のカソード
32 アノード
33 アーク電源
34 半径方向の放電電流
35 放電電流34がつくる磁界
36 完全電離気体(プラズマ)
37 基板
51 アモルファス膜、またはその積層体
52 赤外線加熱炉
53 炉心管の真空排気系
54 電源
55 メモリーリレー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
TM14B系合金(Rは希土類元素Nd、Pr、TMは遷移金属元素Fe、Co)のxを2未満とした所定寸法の中空円板状アモルファス膜を6 sec以内の高速真空熱処理で磁気的に等方性の多結晶集合組織とし、しかるのち、面内方向に極対数2以上に磁化した外径2 mm以下の膜磁石を所定数積層した回転子磁石、並びに励磁巻線を備えた固定子鉄心とを組合せた等方性膜磁石積層型微小回転電機。
【請求項2】
アモルファス膜が液体急冷凝固、または成膜速度10μm/h以上の高速真空成膜である請求項1に記載する等方性膜磁石積層型微小回転電機。
【請求項3】
高速真空成膜が真空アーク蒸着である請求項1、および2に記載する等方性膜磁石積層型微小回転電機。
【請求項4】
磁気的に等方性の多結晶集合組織の面内方向残留磁化Mr が0.75 T以上、保磁力HcJが100 kA/m以上である請求項1に記載する等方性膜磁石積層型微小回転電機。
【請求項5】
磁気的に等方性の多結晶集合組織の面内方向にレマネンスエンハンスメントのある請求項1に記載する等方性膜磁石積層型微小回転電機。
【請求項6】
中空円板状アモルファス膜、または当該積層膜磁石の内径Diと外径Doとの比Di/Doが0.3以上である請求項1に記載する等方性膜磁石積層型微小回転電機。


【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図6】
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【図3】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−114990(P2011−114990A)
【公開日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−270914(P2009−270914)
【出願日】平成21年11月30日(2009.11.30)
【出願人】(000114215)ミネベア株式会社 (846)
【Fターム(参考)】