説明

精神高揚剤および精神高揚用組成物

【課題】レトロネーサルな香味刺激もしくは口腔内刺激または皮膚刺激を通して、容易に高揚水準を高めることができる精神高揚剤、該精神高揚剤を含有する組成物を提供する。
【解決手段】下記一般式(1)で表されるワニリルアルコール誘導体からなる精神高揚剤。
【化1】


(式中、Rは炭素数1〜6のアルキル基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精神を高揚させる効果を有する、精神高揚剤、精神高揚用組成物、およびそれらを含有した香料組成物、飲食品、口腔用組成物および皮膚外用剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、人間が毎日心身ともに充実した生活を送ることに対するニーズが高まっている。これに伴い様々な方面で研究が進み、有用物質が製品化されている。ストレス緩和や気分転換を図ることに対する関心が強い現代において、人間の意識水準を高揚あるいは鎮静させる効果を有する物質に対して関心が集まっている。
【0003】
人間の意識水準を高揚あるいは鎮静させる効果について調べる方法として、人間の脳の緩徐な電位変動(Contingent Negative Variation:CNV:随伴性陰性変動)を指標とする方法がある。CNVは注意、期待、予期といった心的過程、さらに意識レベルの変動と関連する。高揚水準が高いときはCNVの早期成分値が増大し、一方高揚水準が低いときはCNVの早期成分値が減少することが分かっており、経験的に興奮効果が認められているジャスミンオイルをかぐとCNV早期成分値が増大すること、鎮静効果が認められているラベンダー系の調合品ラバンドではCNV早期成分値が減少することが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。同様にこれまで高揚効果を持つものの探索が行われており、香りをかぐことによって高揚効果をもつ天然精油および単体の合成香料が見つかっている(特許文献1参照)。また、精油に含まれる特定の成分および該成分を含有する組成物が高揚効果を持つことも知られている(特許文献2,3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭63−199293号公報
【特許文献2】特開2001−19992号公報
【特許文献3】特開2003−119491号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】鳥居ら、第19回味とにおいのシンポジウム、9月11日(1985)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、ニオイ成分の神経到達経路としては、鼻孔を通して吸引されたニオイ成分がそのまま前鼻腔を経由して嗅上皮にいたる前鼻腔性経路(オルソネーサル)と、口から吸引されたニオイ成分が鼻咽腔と後咽腔を経由して嗅上皮に至る鼻咽腔性経路(レトロネーサル)が知られている。そして、オルソネーサル、レトロネーサルでは、同じ試料・成分でも感じるニオイが異なることも知られている。しかしながら、中枢神経系の高揚水準を高める効果が得られる成分としては、天然精油や香料成分においては、香りとして鼻腔から吸入することによって得られるもの(オルソネーサル)以外は、これまで検討された例はない。一方、薬剤であるカフェイン等を経口摂取もしくは経皮吸収することにより、精神高揚効果が見られることは周知であるが、天然精油や香料成分が口腔内刺激または皮膚刺激により、精神高揚効果を示す例は少ない。
【0007】
食習慣の変化にともない、缶、PETボトルなど容器の多様化が進み、グラスなどに移さず容器から直接飲む機会が近年増加してきていることから、飲食によるレトロネーサルな香味刺激もしくは口腔内刺激または皮膚刺激を通して、容易に高揚水準を高める効果をもたらす成分の開発が求められていた。
【0008】
本発明はこのような状況においてなされたものであり、本発明の目的は、レトロネーサルな香味刺激もしくは口腔内刺激または皮膚刺激を通して、容易に高揚水準を高めることができる精神高揚剤および、該成分を含有する精神高揚用組成物を提供することである。
【0009】
また、本発明の他の目的は、これら精神高揚剤または精神高揚用組成物を含有する香料組成物、飲食品、口腔用組成物および皮膚外用剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、この課題を解決するために、レトロネーサルな香味刺激もしくは口腔内刺激または皮膚刺激を通して、精神的な高揚効果を有する化合物あるいは組成物がないか鋭意検討を重ねてきた。その結果、下記一般式(1)で表されるワニリルアルコール誘導体、およびワニリルアルコール誘導体を有効成分として含有することを特徴とする組成物が、レトロネーサルな香味刺激もしくは口腔内刺激または皮膚刺激を通して、精神的な高揚効果(以下、精神高揚効果)を奏することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下に示す精神高揚剤、精神高揚用組成物、およびそれらを含有した香料組成物、飲食品、口腔用組成物および皮膚外用剤に関する。
【0012】
(1)下記一般式(1)で表されるワニリルアルコール誘導体からなる精神高揚剤。
【0013】
【化1】

【0014】
(式中、Rは炭素数1〜6のアルキル基を表す。)
【0015】
(2)下記一般式(1)で表されるワニリルアルコール誘導体を有効成分として含有する精神高揚用組成物。
【0016】
【化2】

【0017】
(式中、Rは炭素数1〜6のアルキル基を表す。)
【0018】
(3)前記ワニリルアルコール誘導体を0.000001〜10.0質量%含有することを特徴とする上記(2)に記載の精神高揚用組成物。
【0019】
(4)上記(1)に記載の精神高揚剤または上記(2)または(3)に記載の精神高揚用組成物のいずれかを含有することを特徴とする香料組成物。
【0020】
(5)上記(1)に記載の精神高揚剤または上記(2)または(3)に記載の精神高揚用組成物のいずれかを含有することを特徴とする飲食品、口腔用組成物または皮膚外用剤。
【0021】
(6)上記(4)に記載の香料組成物を含有することを特徴とする飲食品、口腔用組成物または皮膚外用剤。
【発明の効果】
【0022】
本発明の精神高揚剤および精神高揚用組成物は、これを香料組成物、飲食品、口腔用組成物、皮膚外用剤に添加することにより、飲食品の場合であれば、これを食した場合、また、香料組成物の場合にも、これを添加した食料品を食した場合、レトロネーサルな香味刺激もしくは口腔内刺激または皮膚刺激を通して、精神高揚効果を得ることができる。また口腔用組成物の場合にも、口に含んだとき、あるいは口から吐き出した後に、レトロネーサルな香味刺激もしくは口腔内刺激または皮膚刺激を通して、精神高揚効果を得ることができる。さらに皮膚外用剤の場合にも、皮膚に接触させた場合、皮膚刺激を通じて精神高揚効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、本発明の精神高揚剤である、ワニリルブチルエーテルおよびコントロール(水)を口腔摂取した際のCNV測定結果を示す図面である。縦軸は、警告音刺激(S1)後500〜1000msec.の前記成分の面積(単位:msec×μV)を、サンプル摂取前の結果を100%として比較した百分率(%)で表したものである。太い線は測定結果の平均値で、上方向は高揚状態を、下方向は鎮静状態を表している。また、細い線は、標準誤差(SEM)を表わしている。
【図2】図2は、本発明の精神高揚剤である、ワニリルエチルエーテルおよびコントロール(水)を口腔摂取した際のCNV測定結果を示す図面である。縦軸は、警告音刺激(S1)後500〜1000msec.の前記成分の面積(単位:msec×μV)を、サンプル摂取前の結果を100%として比較した百分率(%)で表したものである。太い線は測定結果の平均値で、上方向は高揚状態を、下方向は鎮静状態を表している。また、細い線は、標準誤差(SEM)を表わしている。
【図3】図3は、本発明の精神高揚剤である、ワニリルブチルエーテルおよびコントロール(ワセリン)を塗布した薬包紙を皮膚に貼付した際のCNV測定結果を示す図面である。縦軸は、警告音刺激(S1)後500〜1000msec.の前記成分の面積(単位:msec×μV)を、サンプル摂取前の結果を100%として比較した百分率(%)で表したものである。太い線は測定結果の平均値で、上方向は高揚状態を、下方向は鎮静状態を表している。また、細い線は、標準誤差(SEM)を表わしている。
【図4】図4は、本発明の精神高揚剤である、ワニリルブチルエーテルおよびコントロールを鼻腔からの香り吸入した際のCNV測定結果を示す図面である。縦軸は、警告音刺激(S1)後500〜1000msec.の前記成分の面積(単位:msec×μV)を、サンプル摂取前の結果を100%として比較した百分率(%)で表したものである。太い線は測定結果の平均値で、上方向は高揚状態を、下方向は鎮静状態を表している。また、細い線は、標準誤差(SEM)を表わしている。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の精神高揚剤、精神高揚用組成物、およびそれらを含有した香料組成物、飲食品、口腔用組成物および皮膚外用剤について、順次詳細に説明する。
【0025】
まず、本発明において、精神高揚剤、精神高揚用組成物とは、これらを用いることにより、使用者に精神的な高揚感を与える効果を発揮する剤または組成物を意味する。
【0026】
本精神高揚剤または精神高揚用組成物は、これらを、飲食品、歯磨き、口腔清涼剤などの口腔用組成物や、化粧料、制汗剤等の皮膚外用剤等に含有させて、これらの製品に精神高揚作用を付与することができる。精神高揚効果とは、例えば、ヒトが日常生活で経験する気分の落ち込みや不安等の生理的心理状態から開放し、気分を上昇させると共に、精神活動を活発化する効果を意味するものであり、この効果は、パネルを用いた官能テストや、精神的な高揚感を検出可能な指標(例えば、CNV測定等)により確認することが可能である。
【0027】
従来ワニリルアルコールのエーテル化合物としては、ワニラ豆の抽出液中に、その香気成分としてワニリルメチルエーテル、ワニリルエチルエーテルが存在することが知られている(非特許文献1J.Agric.Food.Chem.、Vol.26、No.1、195頁(1978))。また、本発明の一般式(1)で表されるワニリルアルコール誘導体は、これまでに辛味性および感熱性を有すること(特公昭61−9293号公報)、歯磨剤に配合すると清涼感が増大(特公昭61−55889号公報)することが明らかとなっている。
【0028】
本発明の精神高揚剤および精神高揚用組成物の含有成分である一般式(1)で表されるワニリルアルコール誘導体の一般式(1)中、Rは炭素数1〜6のアルキル基を表すが、アルキル基は、直鎖アルキル基でも分岐アルキル基でもよく、具体的には、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、iso−プロピル基、n−ブチル基、iso−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基などが挙げられる。
【0029】
一般式(1)で表されるワニリルアルコール誘導体は、周知の方法、例えば、特公昭61−9293号公報に記載されているように、アルコール類に濃塩酸を作用させてクロライドとなしこれにアルコール中でナトリウムアルコラートを反応させる方法、アルコール類にイオン交換樹脂を触媒としてアルコールを反応させる方法、ワニリルアルコールに強い酸性条件下アルコールを反応させる方法等により製造することが可能であるが、市販品を用いることも可能である。
【0030】
また、本発明において、ワニリルアルコール誘導体の形態加工体を利用することもできる。形態加工体とは、ワニリルアルコール誘導体を粉末化、顆粒化、乳化などの加工を行い、様々な形態とさせたものをいう。形態加工体の形態は、通常知られている形態であればどのような形態でもよい。形態加工方法としては、通常行なわれている粉末化、顆粒化、乳化などの加工方法を適宜採用することができる。
【0031】
例えば、前記ワニリルアルコール誘導体の粉末化の例としては、サイクロデキストリン(以下、CDと略す)を用いてワニリルアルコール誘導体を包接化する方法が挙げられる。ワニリルアルコール誘導体の包接化については、特開2002−3430号公報に詳細に記載されており、本発明においても、前記特開2002−3430号公報に記載された方法により、上記一般式(1)で表されるワニリルアルコール誘導体の包接化を行うことができる。包接化の際使用できるCDとしては、前記特開2002−3430号公報に記載のもののいずれでも良く、例えばα−CD、β−CD、γ−CDなどの非分岐サイクロデキストリン;これらCDにグルコース、マルトース、マルトトリオースなどの小糖類が、1分子又は2分子、α−1,6結合したもの、或いは酸化プロピレンの付加によりヒドロキシプロピル基が3〜8分子結合した分岐サイクロデキストリンなどが挙げられる。CDは、単独もしくは、2種以上を組み合わせて使用することができる。CDの中では、とくにβ−CDを使用することが好ましい。
【0032】
ワニリルアルコール誘導体の上記CDによる包接化合物の粉末を得るには、例えばワニリルアルコール誘導体とCDとを水の存在下に接触させて、ワニリルアルコール誘導体とCDとの包接化合物を生成せしめ、析出する包接化合物をろ過、乾燥する方法が代表的な方法として挙げられる。ワニリルアルコール誘導体とCDとの接触方法は、通常、CDを水に溶解し、これにワニリルアルコール誘導体を添加し、攪拌機、ホモジナイザーなどで数秒乃至数時間激しく攪拌、又は振とうする方法や、超音波処理による。ワニリルアルコール誘導体は、そのまま、或いはエタノールなど適当な有機溶媒に溶解して添加することができる。ワニリルアルコール誘導体の使用量は、通常CDに対して0.1〜1倍モルであり、接触反応温度は、通常0〜70℃である。
【0033】
その他の粉末化法としては、ワニリルアルコール誘導体をオリゴ糖、デキストリン、澱粉等の糖質類を賦形剤(キャリアー)として吸着させる吸着粉末化法、また上記賦形剤を用い、ショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、キラヤサポニンなどの乳化剤と共に噴霧乾燥を行なう方法も挙げられる。また、アラビアガム等天然ガム質若しくは加工澱粉などを用い、噴霧乾燥する方法も挙げられる。さらに、ワニリルアルコール誘導体を、ショ糖、マルトースなどの糖質、パラチニット、マルチトール等の糖アルコールの2種以上と配合し、水などと共に加熱溶解した後、押出し、乾燥して粉末化する押出し形成法、ゼラチン、寒天などによる相分離を利用したコアセルベーション法など、用途に応じた粉末化法を採用し、粉末形態の形態加工体とすることもできる。
【0034】
その他、前述の方法で得られた粉体を、更にゼラチン、プルラン、乳糖などを結着剤として用い、流動層造粒法によって、顆粒状に造粒化した形態加工体とすることもできる。また、前述の方法により得られた粉末若しくは顆粒に対し、コーティングを施すことも可能である。コーティングの方法としては、それ自体は既知の方法でよく、噴霧コーティング、流動層コーティング、遠心力コーティング、接触コーティング法などがある。コーティング剤もその用途に応じ、糖類、ペクチン、寒天、メチルセルロース、プルラン、ゼラチンなどの水溶性コーティング剤;米ヌカワックス、パーム油など常温固体の硬化油脂などの油溶性コーティング剤を適宜選択すればよい。また、水溶性コーティング剤と油溶性コーティング剤を併用することも可能である。
【0035】
乳化による形態加工体も既知の方法で作成されたものでよく、例えば、ワニリルアルコール誘導体をショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、キラヤサポニン、レシチン等の乳化剤やアラビアガム等天然ガム質と共に溶解液とし、これをTKミキサー等により攪拌混合する、若しくは高圧ホモジナイザーにより乳化液とされたものが挙げられる。
【0036】
本発明の形態加工体は、上記各種添加剤のほかにも、必要に応じ、ワニリルアルコール誘導体と共に、香料、色素、酸味料、ビタミン類、甘味料、調味料、香辛料、食品素材、機能性物質などから選ばれる1種、若しくは2種以上を配合し、前述の各種形態加工を施すことができる。
【0037】
本発明では、一般式(1)で表わされるワニリルアルコール誘導体を単独で精神高揚剤として用いることができるが、前記ワニリルアルコール誘導体に、必要に応じて、他の精神高揚効果を有する成分、溶剤、附形剤等を配合して精神高揚用組成物として用いることもできる。
【0038】
他の精神高揚効果を有する成分としては、香料素材や香料成分などであり、例えばメントール、メントン、リモネン、ピネン類、リナロール、ゲラニアール、シトロネラール、シトロール、カンファー、チモール、ピペリトン、アンゲリカ酸イソアミル、アンゲリカ酸フエニルエチル、クミンアルコール、メンタラクトン、ミリスチン酸エチル、ペリラアルデヒド、2,2,6−トリアルキリシクロデキサンカルボン酸エステル類及び2,2,6−トリアルキリシクロヘキセンカルボン酸エステル類、アニスアルデヒド、シンナミックアルデヒド、アネトール、オイゲノール、カルボン、ヘリオトロピン、ミントオイル、シナモンオイル、スターアニスオイル、クローブオイル、キャラウェイオイル、ペッパーオイル、カルダモンオイル、ナツメグオイル、バジルオイル、カシアオイル、ジャスミンオイル、ネロリオイル、ローズオイル、イランイランオイル、さらに、カフェインやカプサイシンおよびスパイス類とも合わせて用いることができる。また、それらを配合することにより、ワニリルアルコール誘導体の精神高揚効果を増強することもできる。
【0039】
使用する溶剤としては、例えばエタノール、プロピレングリコール(PG)、ジプロピレングリコール(DPGともいう)、ベンジルベンゾエート、水、トリアセチン、トリエチルシトレート、中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)などが挙げられる。
【0040】
また、本発明の精神高揚用組成物に、香りの嗜好性を向上させる等のために、一般に使用される香料成分や精油等を、所望する精神高揚効果が相殺されない限度内で適宜含有させて精神高揚用の香料組成物とすることができる。また、前記の香料組成物には、さらに一般的に香料組成物において含有させることができる成分、例えば、抗酸化剤、防腐剤、キレート剤、紫外線吸収剤、色素等を含有させることもできる。
【0041】
本発明の精神高揚剤および精神高揚用組成物は、主に、調合香料として、香料を含有させることが可能な対象物に含有させて、精神高揚作用を発揮させることができる。かかる対象物としては、飲食品、口腔用組成物、皮膚外用剤等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0042】
一般式(1)で表されるワニリルアルコール誘導体の本精神高揚用組成物中の含有量は、本発明の組成物を配合するものの用途や性状、使用方法などにより一概には規定できるものではないが、精神高揚効果が発揮され得る限度内で、対象物の種類や配合する香料の種類等に応じて自由に選択することが可能である。その適用対象となる製品には、それぞれの使用目的に応じた任意の成分を適宜配合することができ、すなわち、飲食品、口腔用組成物、皮膚外用剤などとして提供することができる。通常、前記ワニリルアルコール誘導体の量は、製品の全組成に対して0.000001〜10.0質量%程度が好ましい。かかる含有成分量が対象物に対して0.000001質量%未満であると、他の配合成分の影響を最小限にしても、十分な精神高揚効果が発揮されない傾向があり、10.0質量%を超えて配合しても、精神高揚効果を有する成分の含有量に見合った、精神高揚効果の向上は認められなくなり、香気のバランスが一般的に好ましくない傾向が認められる。また、精神高揚用組成物の各種製品への添加量は上記したように種々の範囲でなされることから、精神高揚用組成物も各種製品への添加量と同様の範囲の添加量、すなわち前記ワニリルアルコール誘導体を0.000001〜10.0質量%含有させることが好ましい。
【0043】
本発明の精神高揚剤および精神高揚用組成物を含有させる対象物には、例えば、茶、コーヒー、清涼飲料、豆乳、乳酸菌飲料、果汁飲料、野菜飲料、炭酸飲料、酒、ドリンク剤などの飲料類;チョコレート、キャンディー、チューインガム、などの菓子類;アイスクリーム、アイスキャンデー、シャーベット、かき氷などの冷菓類;ケーキ、クリーム、ゼリー、ムース、プリンなどのデザート類;サラダドレッシング、たれ、マーガリン等の調味類;などの飲食品が挙げられる。
【0044】
また、口腔用組成物としては、歯磨、口腔洗浄料等が挙げられる。さらに皮膚外用剤としては、軟化粧水、収れん化粧水、ふきとり用化粧水、乳液、全身用ローション、アフターシェービングローションおよびジェル、マッサージクリーム、クレンジングクリームおよびジェル等の化粧料、シャンプー、コンディショナー類、ヘアートニック、ヘアークリーム類等の頭髪化粧料、制汗剤、液体、粉末入浴剤等の日用・雑貨品、育毛ローション、軟膏、温感・冷感パップ剤等の医薬部外品などが挙げられる。
【0045】
本発明の精神高揚剤、精神高揚用組成物およびそれらを含有する香料組成物などを口腔摂取する対象は、通常は人間であるが、犬や猫等の哺乳動物であってもよい。また、口腔摂取させる手段は、通常は、精神高揚剤、精神高揚用組成物およびそれらを含有する香料組成物を含有する飲食品、医薬部外品などの物を介して行われる。すなわち、これら飲食品、医薬部外品などの物の通常の使用態様に従い、物に含有された精神高揚剤、精神高揚用組成物およびそれらを含有する香料組成物を吸引対象が口腔摂取し、精神高揚成分により、口腔摂取した対象(人、哺乳動物)の精神が高揚される。
【実施例】
【0046】
以下、本発明について実施例を用いて、さらに具体的に説明する。なお、%で表した配合量は、配合対象に対する質量%である。
【0047】
(CNV試験方法)
随伴性陰性変動(CNV:Contingent Negative Variation,以下CNVと記す。)と呼ばれる、陰性の電位の変化を測定することにより、精神高揚効果の検討を行った。CNVは、注意、期待、予期等の心理過程、また、意識レベルの変動と連動する、脳の緩徐な電位変動として知られており、ヒトに、高揚効果を示すカフェインを内服させると、CNVの振幅が増大し、鎮静効果を示すニトロゼパムを吸引させると、CNVの振幅が減少することが報告されている。このCNVは、例えば、特開昭63−199292号公報および特開昭63−199293号公報に記載されているように精神高揚効果の測定方法としては周知である。
【0048】
本発明におけるCNV測定は、以下の条件で行った。
【0049】
CNV測定のための脳波電極は国際10−20法に従いFzに装着し、耳タブを不関電極として時定数5.0秒で単極誘導し、NEC社製SYNAFIT2500デジタル脳波計にて測定した。脳波への眼球運動のアーチファクト混入の状態を知るために、左眼球の上下方向の記録を行った。
【0050】
試料の精神高揚効果の確認は、S1(トーンバースト音)を提示し、続いて2.3秒後にS2(CRT上に表示された光刺激)を提示し、S2後ボタン押しによる運動反応(MR)を行わせることで行なった。コントロール(ブランク)条件は、試料に替え水摂取とした。
【0051】
CNVの加算平均は、誘発電位研究用プログラムEPLYZERIIを用い、眼球運動などのアーチファクトを除き、20回以上加算することによって求めた。また、CNVの基線(Base line)は、S1前500msec.の期間の脳波の平均電圧から求めた。測定により得られたCNV波形の評価方法についても鳥居らの方法に従い、警告音刺激(S1)後400〜1000msec.の前期成分の面積(単位:msec.×μV)により判定した。即ち、試料または水摂取前測定時に比較して試料または水摂取後測定時のCNV前記成分の面積が増加・減少した場合には効果があると判断し、ブランク(無臭刺激の場合)を100%として比較した百分率(%)で表し、これを精神高揚効果についての指標とした。面積変動が100%を越える場合は、高揚効果が、100%未満の場合は、鎮静効果が認められることを示している。
【0052】
(被験者および実験方法)
飲用実験では健康な5名の成人を被験者として、試料およびコントロール摂取前、摂取直後、摂取10分後、摂取20分後に上記の要領でCNV測定を行った。被験者ごとに摂取前セッションに対する摂取直後、摂取10分後、摂取20分後セッションのCNV面積変化率を求め、それらの平均値を算出した。皮膚への貼付実験では健康な4名の成人を被験者として、試料およびコントロール貼付前のCNV面積に対する貼付2分後、貼付15分後、貼付30分後セッションのCNV面積変化率を求め、それらの平均値を算出した。
【0053】
(実施例1)
試料として、ワニリルブチルエーテルを5.0%のエタノールに溶解し、室温の水で20ppmとなるように調製したワニリルブチルエーテル(以下「VBE」と記載することもある。)水溶液100mlを用いた。コントロールは室温の水100mlとした。
【0054】
その結果を、図1に示す。ワニリルブチルエーテル水溶液摂取ではどのセッションでも高揚傾向を示したのに対し、コントロール摂取ではどのセッションにおいてもCNV面積の変化は見られなかった。このことから、VBE水溶液摂取によって少なくとも20分後まで高揚効果を得られることが確認された。
【0055】
(実施例2)
試料として、ワニリルエチルエーテルを5.0%のエタノールに溶解し、室温の水で50ppmとなるように調製したワニリルエチルエーテル(以下「VEE」と記載することもある。)水溶液100mlを用いた。コントロールは室温の水100mlとした。
【0056】
その結果を、図2に示す。ワニリルエチルエーテル水溶液摂取ではどのセッションでも高揚傾向を示したのに対し、コントロール摂取ではどのセッションにおいてもCNV面積の変化は見られなかった。このことから、VEE水溶液摂取によって少なくとも20分後まで高揚効果を得られることが確認された。
【0057】
(実施例3)
試料としてワニリルブチルエーテルを2.0%含有するワセリン0.3gを薬包紙に塗布し、首後部に貼付した。コントロールはワセリン0.3gを用い、同様にして首後部に貼付した。
【0058】
その結果を図3に示す。ワニリルブチルエーテル含有ワセリンでは貼付前と比べ貼付15分後、30分後で高揚傾向を示したのに対し、コントロールではどのセッションでも若干の鎮静傾向を示した。このことから、VBE含有ワセリンを塗布した薬包紙を皮膚へ貼付することによって高揚効果を得られることが確認された。
【0059】
以下に、本発明の精神高揚剤および精神高揚用組成物を含有する香料組成物を典型的な製品形態に処方した際の精神高揚効果の確認を行った例を示す。
【0060】
(実施例4)
精神高揚用香料組成物として以下の配合成分・配合量(質量%)の香料組成物を準備した。
【0061】
〔精神高揚ガム用香料組成物(コーラフレーバー)〕
レモンコールドプレスオイル 30.0%
蒸留ライムオイル 30.0%
オレンジコールドプレスオイル 2.5%
桂皮オイル 0.5%
ナツメグオイル 0.2%
丁子オイル 0.2%
カルダモンオイル 0.1%
コリアンダーオイル 0.1%
バニリン 0.2%
ワニリルブチルエーテル 10.0%
中鎖脂肪酸トリグリセライド 26.2%
100.0%
【0062】
次に、以下の配合成分・配合量(質量%)の粒ガム組成物を準備した。
【0063】
キシリトール 15.0%
マルチトール 48.8%
ガムベース(レギュラー) 28.0%
マルチトールシロップ(BRIX75) 5.0%
グリセリン 3.0%
アセスルファムK 0.1%
アスパルテーム 0.1%
100.0%
(なお、アセスルファムKは、6−メチル−1,2,3−オキサチアジン−4(3H)−オン−2,2−ジオキシドである。)
【0064】
上記粒ガム組成物99質量に対して、上記精神高揚用香料組成物を1質量添加し、常法により精神高揚用香料組成物含有粒ガムを得た。
【0065】
製造された精神高揚用香料組成物を含有したガム3.0gを試料にし、被験者を用いた主観評価における高揚効果の質問紙による評価を行ったところ、どのセッションでも高揚傾向を示し、精神高揚用香料組成物の摂取によって少なくとも20分後まで高揚効果を得られることが確認された。
【0066】
(実施例5)
精神高揚用香料組成物として以下の配合成分・配合量(質量%)の香料組成物を準備した。
【0067】
〔精神高揚ハードキャンディー用香料組成物(コーラフレーバー)〕
レモンコールドプレスオイル 25.0%
蒸留ライムオイル 25.0%
オレンジコールドプレスオイル 2.0%
桂皮オイル 0.5%
ナツメグオイル 0.2%
丁子オイル 0.2%
カルダモンオイル 0.1%
コリアンダーオイル 0.1%
バニリン 0.2%
ワニリルブチルエーテル 2.0%
中鎖脂肪酸トリグリセライド 44.7%
100.0%
【0068】
次に、以下の配合成分・配合量(質量%)のキャンディー原料を用意した。
【0069】
グラニュー糖 560.0g
水飴(47DE,BRIX85) 500.0g
水 160.0g
クエン酸 12.0g
色素 適量 ml
【0070】
グラニュー糖、水飴、水を加えて加熱し完全に溶解し、これを150℃まで火詰めした。火詰めが終わったら120℃に冷却し、クエン酸、色素、および上記香料組成物の含有量が0.2質量%となるように添加し、よく混合した後冷却板に移し、適度に冷却後成型し、精神高揚用香料組成物含有キャンディーを得た。
【0071】
製造された精神高揚用香料組成物を含有したキャンディー4.0gを試料にし、被験者を用いた主観評価における高揚効果の質問紙による評価を行ったところ、どのセッションでも高揚傾向を示し、精神高揚用香料組成物の摂取によって少なくとも20分後まで高揚効果を得られることが確認された。
【0072】
(実施例6)
精神高揚用香料組成物として以下の配合成分・配合量(質量%)の香料組成物を準備した。
【0073】
〔精神高揚飲料用香料組成物(ドリンクフレーバー)〕
オレンジ エッセンス 40.0%
ライム エッセンス 20.0%
ピーチ ベース 0.1%
パイナップル ベース 0.4%
ワニリルブチルエーテル 2.0%
95%アルコール 22.9%
イオン交換水 15.0%
100.0%
【0074】
次に、炭酸水500mlに上記精神高揚用香料組成物0.5mlを添加することにより精神高揚用香料組成物含有飲料を得た。
【0075】
製造された精神高揚用香料組成物を含有した飲料300mlを試料にし、被験者を用いた主観評価における高揚効果の質問紙による評価を行ったところ、どのセッションでも高揚傾向を示し、精神高揚用香料組成物の摂取によって少なくとも20分後まで高揚効果を得られることが確認された。
【0076】
(比較例1)鼻腔からの吸入による実験
ワニリルブチルエーテルを5.0%のエタノールに溶解し、室温の水で20ppmに調製したワニリルブチルエーテル水溶液100mlおよびコントロールとして水100mlを入れたビンを準備した。CNV試験方法は、試料の口腔摂取に代え、試料を含んだビンを被験者の鼻腔の前に近付けて嗅がせながら行なう以外は、実施例と同様の装置・手順で行った。ただし、被験者数は5名とした。
【0077】
図4は、試料吸入直後の水に対するVBE水溶液のCNV面積変化率を示す。図4から明らかなように、ワニリルブチルエーテルを鼻腔から吸入した場合には顕著な高揚効果が見られなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるワニリルアルコール誘導体からなる精神高揚剤。
【化1】

(式中、Rは炭素数1〜6のアルキル基を表す。)
【請求項2】
下記一般式(1)で表されるワニリルアルコール誘導体を有効成分として含有する精神高揚用組成物。
【化2】

(式中、Rは炭素数1〜6のアルキル基を表す。)
【請求項3】
前記ワニリルアルコール誘導体を0.000001〜10.0質量%含有することを特徴とする請求項2に記載の精神高揚用組成物。
【請求項4】
請求項1に記載の精神高揚剤または請求項2または3に記載の精神高揚用組成物のいずれかを含有することを特徴とする香料組成物。
【請求項5】
請求項1に記載の精神高揚剤または請求項2または3に記載の精神高揚用組成物のいずれかを含有することを特徴とする飲食品、口腔用組成物または皮膚外用剤。
【請求項6】
請求項4に記載の香料組成物を含有することを特徴とする飲食品、口腔用組成物または皮膚外用剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−46477(P2012−46477A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−231777(P2010−231777)
【出願日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【出願人】(000169466)高砂香料工業株式会社 (194)
【Fターム(参考)】