説明

細胞増殖性疾患治療剤のスクリーニング方法

【課題】細胞増殖性疾患に関与する生体分子を同定し、その生体分子の生理活性を調節し得る物質をスクリーニングする方法を提供する。
【解決手段】被検物質の中から、VAT1(Vesicle Amine Transport Protein 1)のキノン酸化還元酵素活性を抑制するか、またはVAT1をコードする遺伝子の発現を抑制する作用を有する物質を選択する工程を有する、細胞増殖抑制物質のスクリーニング方法。VAT1のキノン酸化還元酵素活性を抑制するか、またはVAT1をコードする遺伝子の発現を抑制する作用を有する化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする、細胞増殖性疾患の予防または治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞増殖性疾患に対する予防または治療剤の有効成分となる細胞増殖抑制物質をスクリーニングする方法に関する。また本発明は、新しい作用に基づく細胞増殖性疾患の予防または治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
前立腺肥大症は、良性の腫瘍形成の結果、前立腺が肥大して起こる症状の総称であり、その症状としては排尿困難、尿閉、排尿時間の延長などの閉塞症状や、頻尿、尿失禁、夜間頻尿といった刺激症状があげられる。組織学的にみた前立腺肥大の発生頻度は40歳代で25%、70歳代で80%といわれており、また自覚症状を有する前立腺肥大症は40歳代で10%、70歳代で40%といわれており、加齢にともなって発生頻度が著明に増加している。実際、厚生省労働統計資料をもとに、本邦における1990年代の前立腺肥大症治療の現況をみると、全診療科における前立腺肥大症の受療患者数は、90年25.6万人、93年30.1万人、95年35.7万人、96年47.8万人、98年60.1万人と年々増加しており、今後の高齢化社会の進展にともなって患者数はさらに増加すると予測されている。従来、前立腺肥大症の治療法としては外科的療法と薬物療法が施されている。外科的療法としては、前立腺の経尿道的切除(TURP)、前立腺の経尿道的切開(TUIP)、開放前立腺切除術、バルーン拡張、温熱療法、ステントおよびレーザー剥離などがあげられる。中でも、TURPは最も一般的治療であり、前立腺肥大症患者の大半に有効な治療とされているが、患者のおよそ20〜25%は満足すべき長期の結果を有しないという報告もある(非特許文献1参照)。手術による主な合併症は、逆行性射精(患者の70〜75%)、インポテンツ(5〜10%)、術後尿路感染症(5〜10%)および若干の尿失禁(2〜4%)であり(非特許文献2参照)、再手術率は、10年もしくはより長い間評価された男性でおよそ15〜20%にも及ぶ(非特許文献3参照)。一方、薬物療法の柱は、α1ブロッカーあるいは抗アンドロゲン剤である。前立腺被膜および間質平滑筋に存在するα1受容体刺激は機能的尿道閉塞を起こすと考えられており、ハルナールに代表されるα1ブロッカーは、この閉塞を緩解する。ただし、作用機序からみても前立腺縮小作用はなく、対処療法のひとつにすぎない。また、α1レセプターは血圧調整にも関係していることから、これらの薬の服用により血圧が低下することがある。抗アンドロゲン剤は、アンドロゲン依存的に増殖する前立腺細胞の増殖を抑制することにより機械的尿道閉塞を改善するが、前立腺縮小作用が最大でも30%程度と限られること、効果発現に時間を要することに加え、性機能不全等の副作用も問題であることから、抗ホルモン剤以外の薬剤開発の必要性が今なお望まれている。
【0003】
また、今日の癌治療は、早期の癌については手術療法、ホルモン療法および放射線療法が有効な治療手段として、転移した癌ならびに再発した癌については抗腫瘍剤による薬物療法が有効な治療手段として頻用されている。現在、癌の薬物療法には多くの抗腫瘍剤が使用されているが、これらは生体に及ぼす副作用が強く、しばしば末梢血液細胞の減少や骨髄への重篤な障害を惹起することが報告されており(非特許文献4参照)、患者にとって満足すべき治療法として完成されていない。従って、副作用の発現を軽減させるために少ない使用量で安全かつ顕著な効果を示す抗腫瘍剤が求められている。
【0004】
ジクマロールは、従来の作用機序とは異なるメカニズムにより細胞増殖を抑制することから(非特許文献5参照)、抗がん作用を目的とした臨床試験も進められているが、本化合物が有する抗血液凝固作用由来による副作用のため、その使用が制限されている。また、ジクマロールの標的分子であるとされるNQO1阻害と細胞増殖阻害の間には有効濃度の著しい乖離があり、NQO1とは異なった標的分子の存在が示唆されている。
【0005】
なお、VAT1(小胞アミントランスポーター・タンパク1:Vesicle Amine Transport Protein 1)は、ゴマフシビレエイ(Torpedo californica)のシナプス小胞で同定された膜タンパク質であり、シナプス小胞の輸送への関与が示唆されている(非特許文献6参照)。また、ヒトVAT1は、水泡性類天疱瘡の患部で発現していることが知られている(非特許文献7参照)。しかし、VAT1と細胞増殖との関係は知られていない。
【非特許文献1】Lepor H, Rigaud G, J Urol. 1990 Mar;143(3):533-7.
【非特許文献2】Mebust WK et al, J Urol. 1989 Feb;141(2):243-7.
【非特許文献3】Wennberg et al, JAMA. 1987 Feb 20;257(7):933-6.
【非特許文献4】内科(南江堂)、64巻(4)、694-701頁、1989年
【非特許文献5】Cullen JJ et al, Cancer Res. 2003 Sep 1;63(17):5513-20
【非特許文献6】Linial M, et al, Neuron. 1989 Mar; 2(3):1265-1273
【非特許文献7】Koch J et al, Arch Dermatol Res. 2003 Sep;295(5):203-10.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前立腺肥大症や癌などの細胞増殖性疾患の予防または治療剤の有効成分となり得る細胞増殖抑制物質を探索・取得する方法、特に従来の作用機序とは異なるメカニズムに基づいて細胞増殖を抑制することのできる物質を取得するための方法を提供することを目的とする。また本発明は、従来の作用機序とは異なるメカニズムに基づいて細胞増殖を抑制することのできる物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を重ねたところ、細胞増殖を抑制する作用を有するジクマロールに、VAT1のキノン酸化還元酵素活性を阻害する作用があること、そしてヒト前立腺間質細胞においてVAT1の発現を阻害してその働きを阻止することによって当該細胞の増殖が抑制されることを見出した。そしてかかる知見から、ジクマロールの細胞増殖抑制作用がVAT1の活性阻害作用に基づくこと、すなわちVAT1の活性または発現を阻害することによって細胞増殖を抑制することができることを確認した。これは、VAT1に対する阻害活性を指標とすることによって、細胞増殖性疾患に対する予防または治療剤の有効成分となりえる細胞増殖抑制物質を効率よくスクリーニングすることができることを意味する。本発明はこれらの知見に基づいて、さらに検討を重ねた結果、完成されたものである。
【0008】
なお、本発明において「VAT1」とは、小胞アミントランスポーター・タンパク1(Vesicle Amine Transport Protein 1)を意味する。
【0009】
すなわち、本発明は下記の構成を有するものである。
(I)細胞増殖抑制物質のスクリーニング方法
項1.被検物質の中から、VAT1のキノン酸化還元酵素活性を抑制するか、またはVAT1をコードする遺伝子の発現を抑制する作用を有する物質を選択する工程を有する、細胞増殖抑制物質のスクリーニング方法。
項2.下記工程(1)〜(3)を含む、項1記載の細胞増殖抑制物質のスクリーニング方法:
(1)被検物質とVAT1を接触させる工程、
(2)VAT1のキノン酸化還元酵素活性を測定する工程、
(3)上記工程(2)で得られたVAT1のキノン酸化還元酵素活性と、被検物質を接触させない対照のVAT1のキノン酸化還元酵素活性とを比較して、上記工程(2)で得られたキノン酸化還元酵素活性が上記対照のキノン酸化還元酵素活性よりも小さい場合に、当該被検物質を細胞増殖抑制物質として選択する工程。
項3.下記工程(A)〜(C)を含む、項1記載の細胞増殖抑制物質のスクリーニング方法:
(A)被検物質と、VAT1をコードする遺伝子を発現可能な細胞とを接触させる工程、
(B)被検物質を接触させた細胞における、VAT1をコードする遺伝子の発現量を測定する工程、
(C)上記工程(B)で得られた遺伝子の発現量と被検物質を接触させない対照の細胞におけるVAT1をコードする遺伝子の発現量を比較して、上記工程(B)で得られた発現量が対照の発現量よりも小さい場合に、当該被検物質を細胞増殖抑制物質として選択する工程。
項4.細胞増殖抑制物質が、細胞増殖性疾患の予防または治療剤の有効成分である項1乃至3のいずれかに記載するスクリーニング方法。
項5.細胞増殖性疾患が、前立腺肥大症である項4記載のスクリーニング方法。
項6.細胞増殖性疾患が、乳癌、結腸・直腸癌、前立腺癌、メラノーマ、肺癌、食道癌、頭頸部癌、胃癌、肝臓癌、胆嚢・胆管癌、膵臓癌、膀胱癌、および子宮頸癌よりなる群から選択される少なくとも1種の癌である、項4記載のスクリーニング方法。
【0010】
(II)細胞増殖性疾患の予防または治療剤
項7.VAT1のキノン酸化還元酵素活性を抑制するか、またはVAT1をコードする遺伝子の発現を抑制する作用を有する化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする、細胞増殖性疾患の予防または治療剤。
項8.VAT1をコードするポリヌクレオチドの少なくとも15塩基長以上の連続した塩基配列に特異的にハイブリダイズする、15塩基以上の塩基配列からなるポリヌクレオチドを有効成分とする、項7記載の細胞増殖性疾患の予防または治療剤。
項9.上記ポリヌクレオチドとして、配列番号5に示す塩基配列を有するポリヌクレオチドと配列番号6に示す塩基配列を有するポリヌクレオチド、あるいは配列番号9に示す塩基配列を有するポリヌクレオチドと配列番号10に示す塩基配列を有するポリヌクレオチドを含有する、項8に記載する細胞増殖性疾患の予防または治療剤。
項10.VAT1またはその部分ペプチドに対する抗体を有効成分とする、項7記載の細胞増殖性疾患の予防または治療剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明のスクリーニング方法によれば、VAT1のキノン酸化還元酵素活性(以下、単に「VAT1活性」ともいう)に対する阻害作用を指標とすることにより、細胞増殖に対して抑制作用を有する物質を選別することができる。当該スクリーニング方法によって選別された物質は、細胞増殖性疾患に対する予防または治療剤の有効成分として有用である。従って、本発明は細胞増殖性疾患に対する予防または治療剤の開発に寄与することができる。
【0012】
また本発明の細胞増殖性疾患に対する予防または治療剤は、従来の作用機序とは異なるメカニズムに基づいて細胞増殖を抑制する作用を有するものである点で意義あるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
(I)細胞増殖抑制物質のスクリーニング方法
後述の実験例に示すように、ジクマロールの細胞増殖抑制作用はVAT1のキノン酸化還元酵素活性(VAT1活性)阻害作用に基づいており、現に細胞におけるVAT1の発現を阻害してその働きを阻止することによって当該細胞の増殖が抑制される。このことは、VAT1活性を阻害する作用を有するか、またはVAT1遺伝子の発現を阻害することでその働きを阻止する作用を有する物質が、細胞増殖抑制剤となり得ることを示している。すなわち、当該VAT1のキノン酸化還元酵素活性阻害または発現阻害を指標とすることにより、細胞増殖を抑制する作用を有して細胞増殖性疾患の予防または治療の有効成分となりえる物質をスクリーニングすることができる。
【0014】
従って、本発明は、細胞増殖抑制物質をスクリーニングする方法を提供する。
【0015】
本発明の方法は、前述するように、(a)VAT1活性を抑制する作用を指標とするか、または(b)VAT1をコードする遺伝子の発現を抑制する作用を指標として、被検物質の中から当該作用を有する物質を選択することによって実施することができる。
【0016】
(a)の方法
上記(a)の場合、すなわちVAT1活性に対する抑制作用を指標とする場合、下記工程(1)〜(3)により、細胞増殖抑制物質をスクリーニングすることができる。
(1)被検物質とVAT1を接触させる工程、
(2)VAT1活性を測定する工程、
(3)上記工程(2)で得られたVAT1活性と、被検物質を接触させないVAT1のVAT1活性(対照活性)とを比較して、上記工程(2)で得られたVAT1活性が対照活性よりも小さい場合に、当該被検物質を細胞増殖抑制物質として選択する工程。
【0017】
かかるスクリーニングは、VAT1活性を指標とするものであり、VAT1を含むもの、具体的にはVAT1を含む水溶液、VAT1を発現可能な細胞又は当該細胞から調整した細胞画分を対象として行うことができる。ここでVAT1を含む水溶液とは、VAT1を含むものであればよく、制限されないが、例えば、通常の水溶液の他、細胞溶解液、核抽出液、あるいは培養上清なども含まれる。また、VAT1を発現可能な細胞としては、内在性および外来性などの由来に関わらず、VAT1を産生しえる状態にある細胞を挙げることができる。また細胞の由来も特に制限されず、微生物、昆虫、動物のいずれかであってもよい。また当該細胞から調製した細胞画分とは、上記細胞に由来する各種の画分を意味するものであり、例えば細胞膜画分、細胞質画分、細胞核画分などを挙げることができる。
【0018】
VAT1の由来は、微生物、植物および動物の別を問わず、特に制限されるものではないが、好ましくは動物、特にヒトを含む哺乳類、より好ましくはヒトである。
【0019】
なお、ヒトVAT1は393のアミノ酸からなるタンパク質であり、そのアミノ酸配列(配列番号2)、それをコードする遺伝子の塩基配列(配列番号1)はいずれも公知である(Linial M, et al., Neuron,1989 Mar: 2(3) 1265-1273;Friedman LS, et al., Genomics. 1995 Jan 1, 25(1), 256-263; Smith TM, et al., Genome Res. 1996 Nov, 6(11), 1029-1049)。
【0020】
被検物質としては、制限されないが、核酸(ポリヌクレオチドを含む)、ペプチド(ポリペプチドを含む)、有機化合物、無機化合物などのいずれでもよい。スクリーニングは、具体的にはかかる被検物質または当該被検物質を含む試料(被検試料)を、VAT1を含む水溶液、VAT1を発現可能な細胞または当該細胞から調製した細胞画分と接触させることにより行うことができる。かかる被検試料としては、細胞抽出液、遺伝子ライブラリーの発現産物、植物や動物の天然物の抽出物なども含まれる。
【0021】
また、スクリーニングに際して、被検物質とVAT1を接触させる条件は、VAT1が不活性化せず、VAT1のキノン酸化還元酵素活性が正当に測定できる条件であればよい。また細胞を接触させる場合は、細胞が死なず、当該細胞においてVAT1が発現できる条件であれば特に制限されない。
【0022】
工程(2)において、VAT1活性の測定は、NADPHの存在下、VAT1とその基質を反応させて、キノン還元反応に伴うNADPH の消費量を、NADPHの吸光度(波長340nm)を指標とすることにより行うことができる(Rao PV et al,J Biol Chem. 1992 Jan 5;267(1):96-102.)。基質としては、実験例で使用するフェナントラキノンの他、1,2-ナフトキノン、1,2-ナフトキノン-4-スルフォン酸、1,4-ナフトキノンなどを挙げることができる。また、VAT1活性の測定は、キノン還元反応の際に生ずる過酸化水素量をFOX-1法を用いて比色定量することにより測定することもできる(Jiang ZY, et al., Anal Biochem. 1992 May 1, 202(2) 384-389)。
【0023】
工程(3)において、上記工程(2)で得られたVAT1活性を対照活性と比較することにより、細胞増殖を抑制する物質を選択することができる。すなわち、上記工程(2)で得られたVAT1活性が対照活性よりも低い場合に、当該被検物質を細胞増殖抑制物質として選択することができる。
【0024】
(b)の方法
前述する(b)の場合、すなわちVAT1をコードする遺伝子(VAT1遺伝子)の発現を抑制する作用を指標とする場合、下記工程(A)〜(C)により、細胞増殖抑制物質をスクリーニングすることができる。
(A)被検物質と、VAT1遺伝子を発現可能な細胞とを接触させる工程、
(B)被検物質を接触させた細胞における、VAT1遺伝子の発現量を測定する工程、
(C)上記工程(B)で得られたVAT1遺伝子の発現量と被検物質を接触させない対照の細胞におけるVAT1遺伝子の発現量を比較して、上記工程(B)で得られた発現量が対照の発現量よりも小さい場合に、当該被検物質を細胞増殖抑制物質として選択する工程。
【0025】
ここで使用される細胞は、内在性および外来性などの由来に関わらず、VAT1遺伝子を発現可能な状態で有している細胞を挙げることができる。細胞の由来は特に制限されず、微生物、昆虫、動物のいずれかであってもよい。VAT1の由来は、前述の通り、微生物、植物および動物の別を問わないが、好ましくは動物、特にヒトを含む哺乳類、より好ましくはヒトである。
【0026】
上記工程(B)及び(C)においてVAT1遺伝子の発現量は、VAT1遺伝子のmRNAまたはそれから派生するcDNAや2本鎖DNAの量を、ノーザンブロット法またはRT-PCR法などの方法により測定することができる。なお、その際に使用されるプローブまたはプライマーは、VAT1をコードする遺伝子の塩基配列から設計することができる。また、上記工程(B)及び(C)におけるVAT1遺伝子の発現量として、VAT1遺伝子の発現産物としてのVAT1の量を採用しても良い。VAT1の量は、VAT1に対する抗体(抗VAT1抗体)を用いて、ウェスタンブロット法、酵素免疫法(EIA)、ラジオアイソトープ免疫法(RIA)、蛍光免疫法などの免疫学的検出法を行うことにより測定することもできる(Koch J et al, Arch Dermatol Res. 2003 Sep;295(5):203-10)。なお、その際に使用される抗VAT1抗体は、常法に従って製造することができる(例えば、Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987), Publish. John Wiley and Sons. Section 11.12-11.13)。
【0027】
工程(C)において、上記工程(B)で得られたVAT1遺伝子の発現量を、被検物質を細胞に接触させない場合のVAT1遺伝子の発現量(対照発現量)と比較することにより、細胞増殖抑制物質を選択することができる。すなわち、上記工程(B)で得られたVAT1遺伝子の発現量が対照発現量に比して小さい場合に、当該細胞に接触させた被検物質を、細胞増殖を抑制する物質として選択することができる。
【0028】
斯くして(a)法または(b)法などにより選択された細胞増殖抑制物質は、細胞増殖性疾患のモデル動物、例えば前立腺肥大モデル動物、悪性腫瘍(例えば乳癌、結腸・直腸癌、前立腺癌、メラノーマ、肺癌、食道癌、頭頸部癌、胃癌、肝臓癌、胆嚢・胆管癌、膵臓癌、膀胱癌、子宮頸癌など)モデル動物、その他、乾癬、慢性関節リウマチ、動脈硬化、血管再狭窄、糖尿病性網膜症または未熟児網膜症などの各種細胞増殖性疾患のモデル動物などを用いた薬効試験、安全性試験、さらにこれらの細胞増殖性疾患に罹患した患者への臨床試験に供してもよく、これらの試験を実施することによって、細胞増殖性疾患の予防または治療剤の有効成分としてより実用的な細胞増殖抑制物質を取得することができる。なお、前立腺肥大モデル動物としては、WO2002/089566A1においてその調製方法等が具体的に開示されている前立腺間質肥大モデル動物を好適に使用することができる。当該前立腺間質肥大モデル動物は、実験例4に記載するように、非ヒト動物の胎仔泌尿生殖洞を、同一または異なる非ヒト動物の皮下または前立腺被膜下に移植することによって作製することができる。
【0029】
このようにして選択された細胞増殖抑制物質は、さらにその構造解析結果に基づいて、化学的合成性、生物学的合成(発酵)、または遺伝子学的操作によって工業的に製造することができ、細胞増殖性疾患の予防または治療剤の有効成分として用いられる。
【0030】
ここで、細胞増殖性疾患としては、細胞増殖を伴う疾患を挙げることができる。具体的には、前立腺肥大症、腫瘍、特に悪性腫瘍(例えば乳癌、結腸・直腸癌、前立腺癌、メラノーマ、肺癌、食道癌、頭頸部癌、胃癌、肝臓癌、胆嚢・胆管癌、膵臓癌、膀胱癌、子宮頸癌など)が例示される。また、その他の細胞増殖性疾患として、乾癬、慢性関節リウマチ、動脈硬化、血管再狭窄、糖尿病性網膜症または未熟児網膜症などの各種細胞増殖性疾患が例示される。好ましくは前立腺肥大症または悪性腫瘍(特に前立腺癌)であり、より好ましくは前立腺肥大症である。
【0031】
(II)細胞増殖性疾患の予防または治療剤
上記(I)で説明するように、VAT1活性を抑制するか、またはVAT1遺伝子の発現を抑制する作用を有する物質は、細胞増殖を抑制する作用を有し、細胞増殖性疾患の予防または治療剤の有効成分として有効に使用することができる。従って、本発明は、かかるVAT1活性抑制作用、またはVAT1発現抑制作用を有する化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする、細胞増殖性疾患の予防または治療剤を提供するものである。
【0032】
かかる化合物またはその薬学的に許容される塩は、上記作用を有するものであれば特に制限されず、例えば、実験例に記載するジクマロールまたはその薬学的に許容される塩、その他、上記(I)のスクリーニング方法で選択される各種化合物を挙げることができる。
【0033】
なお、薬学的に許容される塩とは、薬剤学的に使用される通常の塩を意味し、ナトリウム塩やカリウム塩等のアルカリ金属塩、マグネシウム塩やカルシウム塩などのアルカリ土類金属塩の他、塩酸、臭素酸、硫酸、メタンスルホン酸、プロピオン酸、コハク酸、グルタル酸、クエン酸、フマル酸、マレイン酸、スルホン酸(例えば、メタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸)、酒石酸、グルタミン酸、グルコン酸、グルコロン酸、アスコルビン酸、炭酸、リン酸、硝酸、アセト酸、L−アスパラギン酸、乳酸、バニリン酸及びヒドロヨウ素酸などの無機酸または有機酸との塩を挙げることができる。
【0034】
実験例3に示すように、配列番号5および6に示すアンチセンスポリヌクレオチド(ヒトVAT1 mRNAに対するsiRNA)は、増殖性細胞内でヒトVAT1遺伝子とハイブリダイズすることにより当該VAT1遺伝子の発現を抑制し、その結果細胞の増殖を抑制する。したがって、こうしたアンチセンスポリヌクレオチド(siRNA)もまた細胞増殖抑制物質として、本発明の細胞増殖性疾患の予防または治療剤の有効成分となる。
【0035】
かかるアンチセンスポリヌクレオチドは、VAT1 遺伝子の塩基配列の少なくとも15塩基以上の連続した塩基配列からなるポリヌクレオチドに特異的にハイブリダイズする上記塩基長のポリヌクレオチドからなる。当該ポリヌクレオチドは、VAT1 遺伝子の少なくとも15塩基以上の連続した塩基配列に対して相補的な塩基配列を有することが望ましいが、上記の特異的なハイブリダイゼーションが可能であり、当該VAT1遺伝子とハイブリダイズすることにより、当該VAT1遺伝子の発現を抑制することができれば、完全に相補的である必要はない。例えば、該VAT1遺伝子の相補配列と比較して、塩基配列において70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の相同性を有し、且つ該VAT1遺伝子のRNAとハイブリダイズすることにより、該VAT1遺伝子の発現を抑制することができるポリヌクレオチドであってもよい。なお、本発明に係るアンチセンスポリヌクレオチドの塩基長は、15〜1000塩基長が好ましく、15〜500塩基長がさらに好ましく、16〜30塩基長が特に好ましい。
【0036】
かかるアンチセンスポリヌクレオチドの形態は、一本鎖DNA、一本鎖RNA、二本鎖DNA、二本鎖RNA及びDNA:RNAハイブリッドのいずれであってもよい。またこれらのアンチセンスポリヌクレオチドは、通常、公知の方法により合成でき、例えば、合成機を用いて化学的に合成することができる。なお、アンチセンスポリヌクレオチドは、安定性及び細胞透過性を高めるため、公知の修飾がなされていてもよい。例えば、各ヌクレオチドのリン酸残基は、ヌクレアーゼなどの加水分解酵素による分解を防ぐために、ホスホロチオエート、メチルホスホネート、ホスホロジチオネートなどの化学修飾リン酸残基に置換されていてもよい。
【0037】
本発明において好適なアンチセンスポリヌクレオチドとしては、配列番号5および6にそれぞれ記載される塩基配列からなるポリヌクレオチド、あるいは配列番号9および10にそれぞれ記載される塩基配列からなるポリヌクレオチドを挙げることができ、これらの二本鎖RNAがより好適に使用される。
【0038】
これらのアンチセンスポリヌクレオチドは、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター等のウイルスベクターやリポソーム等の非ウイルスベクター等を利用して、エレクトロポレーション法、ex vivo法やin vivo法等の定法に従って患者の細胞に導入することができる。
【0039】
VAT1活性を抑制する作用を有するVAT1に対する抗体も、本発明に係る細胞増殖性疾患の予防または治療剤の有効成分として使用することができる。本発明で用いられる抗体は、上記VAT1を認識し、VAT1活性を抑制する作用を有するものであれば制限されず、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれであってもよい。また抗体は、VAT1を免疫抗原として調製される抗体であっても、また当該VAT1を構成するアミノ酸配列のうち少なくとも連続する、8アミノ酸、好ましくは15アミノ酸、より好ましくは20アミノ酸からなるポリペプチドに対して抗原結合性を有する抗体であってもよい。かかるポリペプチドは、VAT1のアミノ酸配列やそれをコードする塩基配列に基づき、通常、公知の方法で合成することができる。例えば、アミノ酸合成機による化学的合成手法や、遺伝子工学的手法を挙げることができる。
【0040】
抗体は、常法に従って製造することができる(例えば、Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987), Publish. John Wiley and Sons. Section 11.12-11.13)。例えば、ポリクローナル抗体の場合は、常法に従って大腸菌で発現し精製した上記VAT1を用いて、或いは常法に従ってこれらの部分アミノ酸配列を有するよう合成したポリペプチドを用いて、実験動物に免疫し、該免疫動物の血清から常法に従って得ることが可能である。一方、例えばモノクローナル抗体の場合は、常法に従って大腸菌等で発現し精製したVAT1を用いて、或いは常法に従ってこれらの部分アミノ酸配列を有するよう合成したポリペプチドを用いて、実験動物に免疫し、該実験動物から得られた脾臓細胞と骨髄腫細胞とを融合させてハイブリドーマ細胞を合成し、該細胞中から得ることができる。
【0041】
本発明に係る細胞増殖性疾患の予防または治療剤は、上記ジクマロール若しくはその薬学的に許容される塩、上記アンチセンスポリヌクレオチド、またはVAT1に対する抗体などの、VAT1活性抑制作用またはVAT1発現抑制作用に基づいて細胞増殖抑制作用を有する物質を有効成分とするものであり、その細胞増殖抑制作用を害さない範囲で、安定化剤、懸濁剤、緩衝液、溶媒などの各種製剤上通常使用される担体や添加剤を含有することができる。
【0042】
本発明に係る細胞増殖性疾患の予防または治療剤の投与量及び投与スケジュールは、対象疾患、患者の年齢・体重などから当業者により適宜設定できる。
【0043】
本発明にかかる細胞増殖性疾患の予防または治療剤の対象となる細胞増殖性疾患としては、細胞増殖を伴う疾患を挙げることができる。具体的には、前立腺肥大症、腫瘍、特に悪性腫瘍(例えば乳癌、結腸・直腸癌、前立腺癌、メラノーマ、肺癌、食道癌、頭頸部癌、胃癌、肝臓癌、胆嚢・胆管癌、膵臓癌、膀胱癌、子宮頸癌など)が例示される。また、その他の細胞増殖性疾患として、乾癬、慢性関節リウマチ、動脈硬化、血管再狭窄、糖尿病性網膜症または未熟児網膜症などの各種細胞増殖性疾患が例示される。好ましくは前立腺肥大症または悪性腫瘍(特に前立腺癌)であり、より好ましくは前立腺肥大症である。
【実施例】
【0044】
以下に、実験例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。なお、大腸菌を用いての遺伝子操作法はモレキュラー・クローニング(T.Maniatisら,Molecular Cloning, Cold Spring Harbor Laboratory,1982)に記載されている方法に従った。
【0045】
実験例1 ジクマロールの間質細胞の増殖抑制作用
正常ヒト前立腺細胞の増殖に対するジクマロールの抑制作用を、以下のようにして試験した。
【0046】
フラスコにて培養したヒト前立腺間質細胞PrSC(Clonetics社製、カタログ番号CC-2508)を回収後、線維芽細胞用増殖培地FGM-2(Clonetics社製)に懸濁し、96穴マイクロタイタープレートの各ウェルに播種(5000個/ウェル)し、37℃で1日間インキュベートした。播種翌日、0.1%BSA(シグマ社製)と1%ペニシリン/ストレプトマイシン(シグマ社製)を含有するDMEM培地(シグマ社製)に置換し、37℃で1日間インキュベートした。その後、ヒト前立腺上皮細胞とヒト前立腺間質細胞の培養上清(Conditioned Medium; CM)にジクマロールを添加し、37℃で3日間インキュベートした。次いで、各ウェルに生細胞数測定試薬WST-1(10μL/ウェル;同仁化学研究所製)を添加し、さらに37℃で1時間インキュベートし、マイクロプレートリーダー(和光純薬製)を用いて、450nmの吸光度を測定した。
【0047】
コントロールとして、ジクマロールを添加しないで同様にして反応を行い、マイクロプレートリーダー(和光純薬製)を用いて測定した吸光度(波長:450nm)を100%とした。ジクマロールを配合した場合における吸光度(波長:450nm)から、ジクマロールの細胞増殖阻害率(%)を各々算出した。
【0048】
結果を図1に示す。縦軸はジクマロールの細胞増殖阻害率(%)を示す。図1に示すように、ジクマロールにより濃度依存的にヒト前立腺間質細胞の増殖が抑制されることが確認された(ジクマロールのIC50:5μM)。
【0049】
実験例2 ジクマロールのVAT1活性に対する作用
(1)組み換えVAT1タンパク質の調製
ヒト前立腺細胞から全RNAを調製し、oligo-dT プライマーを用いてcDNA合成を行った。このcDNAを鋳型とし、配列番号3および配列番号4でそれぞれ表される塩基配列を有する2つの合成DNAをプライマーとしてPCRを行ない、制限酵素切断配列を付加した。得られたDNA断片を制限酵素BamHIとXhoIで切断し、plasmid pGEX-6P-1(Amersham Bioscience社)のBamHI-XhoI切断部位の間に挿入した。塩基配列を確認した後、このplasmidを保持する大腸菌BL21(STRETAGENE社)をLB培地で培養し、Amersham Bioscience社の推奨する手順に従ってIPTG(isopropyl-1-thio-β-D-galactopyranoside)による発現誘導を行ない、Glutathione- Sepharose(Amersham Bioscience社)での精製を行った。Prescision Protease (Amersham Bioscience社)によるカラム内消化によりGST(グルタチオンS・トランスフェラーゼ)部分を除去した結果、1LのLB培地での培養液から、2 mgの組み換えVAT1タンパク質が得られた。
【0050】
(2)VAT1の活性に対するジクマロールの作用
実験例1でヒト前立腺細胞に対して増殖抑制作用を有することを示されたジクマロールのVAT1の活性に対する作用を、上記(1)で得られた組み換えタンパク質を用いて調べた。また比較化合物として、ジクマロールと同様に抗血液凝固作用を有するワルファリンを用いて同様にVAT1活性に対する作用を調べた。
【0051】
反応は、50mM Tris・HCl (pH8.0)、0.025% ウシ血清アルブミン、20μM フェナントラキノンおよび0.1mM NADPHを含む水溶液に、20μg/mlの組み換えタンパク質とジクマロールまたはワルファリン(最終濃度:0.3、1、3、10μM)を加えて25℃で行ない、キノン還元反応にともなうNADPHの消費量を吸光度計(測定波長340nm)(和光純薬製)を用いて検出した。コントロールとして、ジクマロールおよびワルファリンのいずれも配合しない反応液を用いて同様にしてキノン還元反応を行い、そのNADPHの消費量をVAT1活性100%とした場合の、ジクマロールまたはワルファリンによるVAT1活性から、これらの化合物のVAT1に対する阻害活性を各々算出した。結果を図2に示す。図2に示すように、ジクマロールに濃度依存的にVAT1活性を阻害する作用があることが確認された(ジクマロールのIC50:3μM)。一方、ジクマロールと同じクマリン系抗血液凝固剤に属するワルファリンには、明らかな阻害活性は認められなかった。
【0052】
実験例3 VAT1の選択的発現抑制による前立腺細胞の増殖に対する影響
フラスコにて培養したヒト前立腺間質細胞PrSC(Clonetics社製、カタログ番号CC-2508)を回収した後、Nucleofector Solution(AMAXA社製)に懸濁し、専用キュベット内にて、配列番号5(ヒトVAT1 mRNAに対するsiRNA:センス配列)および配列番号6(同mRNAに対するsiRNA:アンチセンス配列)に示した塩基配列をそれぞれ有するRNA2本鎖と混合し、エレクトロポレーション装置(AMAXA社製)を用いて遺伝子を導入した。一方、ネガティブコントロールとして、ヒト前立腺間質細胞PrSCに、同様にして、配列番号7(ルシフェラーゼmRNAに対するsiRNA:センス配列)および配列番号8(同mRNAに対するsiRNA:アンチセンス配列)に示した塩基配列をそれぞれ有するRNA2本鎖を導入した。
【0053】
次いで遺伝子導入した各ヒト前立腺間質細胞PrSCを、線維芽細胞用増殖培地FGM-2(Clonetics社製)に懸濁し、96穴マイクロタイタープレートに播種した。経日的(1日、2日、3日、4日、5日)に細胞を採取して、生細胞数測定試薬WST-1(10μL/ウェル;同仁化学研究所製)を入れたウェルに添加し、37℃で1時間インキュベートした。次いで、マイクロプレートリーダー(和光純薬製)を用いて、450nmの吸光度を測定して細胞の増殖の程度を評価した。またコントロールとして、siRNAを導入しないヒト前立腺間質細胞PrSC(コントロール細胞)を同様に培養して、その生細胞数を経日的に測定した。
【0054】
図3に結果を示す。図中、−●−は、VAT1のmRNAに対するsiRNAを導入した前立腺間質細胞PrSCの経時的増殖パターンを示す。一方、−■−はVAT1のmRNAに対してネガティブなsiRNA(ルシフェラーゼmRNAに対するsiRNA)を導入した前立腺間質細胞PrSCの経時的増殖パターンを示す。−○−はコントロール細胞の経時的増殖パターンである。
【0055】
この結果から、前立腺間質細胞にVAT1mRNAに対するsiRNAを導入してVAT1の発現を阻害してその働きを阻止することにより、前立腺間質細胞の増殖が抑制されることが確認された。この結果と実験例1と2の結果から、ジクマロールの前立腺間質細胞の増殖抑制作用はVAT1活性阻害作用に基づくことが判明した。これは、VAT1の発現を阻害するなど、細胞内でのVAT1の働きを阻止することによって当該細胞の増殖を抑制できること、すなわち、VAT1の発現や活性を阻害する作用を有する物質は、細胞増殖抑制剤となり得ることを意味する。
【0056】
実験例4 前立腺肥大抑制作用(in vivo)
ジクマロールのin vivo前立腺肥大抑制作用を以下のようにして試験した。エーテル麻酔下で妊娠20日のCD・IGSラット(日本チャールス・リバー)より胎仔を摘出し、胎仔を過麻酔により屠殺した。その後雄性胎仔より泌尿生殖洞(以下、「UGS」という)を摘出し、以下の実験に使用した。
【0057】
7週齢の雄性CD・IGSラット(日本チャールス・リバー)をエーテル麻酔下で開腹し、摘出したUGSを前立腺腹葉被膜下に移植した(in vivo前立腺肥大症モデル)。閉腹後、約3時間の回復時間を設け、被験化合物(酢酸クロルマジノン(10mg/kg)、ジクマロール(1mg/kg)、ワルファリン(0.5mg/kg))を強制経口投与した。被験化合物はその後1日1回3週間反復経口投与した。最終投与の翌日、ラットをエーテル過麻酔により屠殺し、移植UGSを摘出し重量測定を行った。結果を図4に示す。なお、コントロール試験として、UGSを前立腺腹葉被膜下に移植したラットに、上記被験化合物の代わりに投与溶媒(0.5% HPMC)のみを投与し、同様にして移植UGSを摘出し重量測定を行った(図4、vehicle)。
【0058】
結果を図4に示す。図に示すように、ジクマロール投与群のUGS量は、コントロール群と比較して29%減少しており、臨床的に前立腺肥大の抑制に用いられる抗アンドロゲン剤(酢酸クロルマジノン)と同等以上の前立腺肥大抑制効果が得られた。一方、ジクマロールと同様の抗血液凝固作用を有するワルファリンを投与した群では前立腺肥大抑制効果は認められなかった。
【0059】
実験例5 VAT1の選択的発現抑制による前立腺癌細胞の増殖に対する影響
フラスコにて培養したヒト前立腺癌細胞株PC3およびDU145(ATCC)を回収した後、Nucleofector Solution(AMAXA社製)に懸濁し、専用キュベット内にて、2種類のRNA2本鎖(si-1, si-2)すなわち、配列番号5(ヒトVAT1 mRNAに対するsiRNA:センス配列)および配列番号6(同mRNAに対するsiRNA:アンチセンス配列)に示した塩基配列をそれぞれ有するRNA2本鎖(si-1)、あるいは配列番号9(ヒトVAT1 mRNAに対するsiRNA:センス配列)および配列番号10(同mRNAに対するsiRNA:アンチセンス配列)に示した塩基配列をそれぞれ有するRNA2本鎖(si-2)と混合し、エレクトロポレーション装置(AMAXA社製)を用いて遺伝子を導入した。一方、ネガティブコントロールとして、配列番号11(配列番号9のヒトVAT1 mRNAに対するsiRNAのスクランブルsiRNA:センス配列)および配列番号12(配列番号10のヒトVAT1 mRNAに対するsiRNAのスクランブルsiRNA:アンチセンス配列)に示した塩基配列をそれぞれ有するRNA2本鎖(negative)を導入した。
【0060】
次いで遺伝子導入した細胞を、10% FCSを含むRPMI1640(SIGMA社製)に懸濁し、96穴マイクロタイタープレートに播種した。6日後、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assay試薬(100μL/ウェル;Promega社製)を添加した後、ルミノメーター(Promega社製)を用いて測定し、細胞の増殖の程度を評価した。
【0061】
図5及び6に結果を示す。縦軸は、ネガティブコントロールの細胞増殖度を100とした際の相対値をパーセントで表示している。PC3、DU145の両細胞において、2種のVAT1特異的siRNAによる増殖抑制が確認されたことから、VAT1の機能阻害剤は抗腫瘍剤となり得ることが示唆された。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】実験例1で得られた、ヒト前立腺間質細胞PrSCの増殖に対するジクマロールの増殖抑制作用を示す図である。
【図2】実験例2で得られた、VAT1活性に対するジクマロールの阻害作用を示す図である。縦軸はVAT1活性に対する阻害率(%)を、横軸はジクマロールまたはワルファリンの濃度(μM)を示す。
【図3】実験例3で得られた、ヒト前立腺間質細胞PrSCの経時的増殖パターンを示す図である。−●−はVAT1 mRNAに対するsiRNAを導入したヒト前立腺間質細胞、−■−はネガティブsiRNA(ルシフェラーゼmRNAに対するsiRNA)を導入したヒト前立腺間質細胞、および−○−はsiRNA未導入のヒト前立腺間質細胞の経時的増殖パターンを示す。
【図4】実験例4で得られた、in vivo前立腺肥大症モデルに対する、酢酸プロルマジノン (CMA)(10mg/kg)、ジクマロール(1mg/kg)またはワルファリン(0.5mg/kg)の前立腺肥大抑制作用を示す図である。
【図5】実験例5で得られた、ヒト前立腺癌細胞細胞株PC3の細胞増殖度を示す図である。縦軸は、ネガティブコントロールの細胞増殖度を100とした際の相対値をパーセントで表示している。
【図6】実験例5で得られた、ヒト前立腺癌細胞細胞株DU145の細胞増殖度を示す図である。縦軸は、ネガティブコントロールの細胞増殖度を100とした際の相対値をパーセントで表示している。
【配列表フリーテキスト】
【0063】
配列番号3は、ヒトVAT1 mRNAに対するプライマー(センス鎖オリゴヌクレオチド)の塩基配列を示す。
配列番号4は、ヒトVAT1 mRNAに対するプライマー(アンチセンス鎖オリゴヌクレオチド)の塩基配列を示す。
配列番号5は、ヒトVAT1 mRNAに対するsiRNA(センス鎖オリゴヌクレオチド)の塩基配列を示す。
配列番号6は、ヒトVAT1 mRNAに対するsiRNA(アンチセンス鎖オリゴヌクレオチド)の塩基配列を示す。
配列番号7は、ルシフェラーゼmRNAに対するsiRNA(センス鎖オリゴヌクレオチド)の塩基配列を示す。
配列番号8は、ルシフェラーゼmRNAに対するsiRNA(アンチセンス鎖オリゴヌクレオチド)の塩基配列を示す。
配列番号9は、ヒトVAT1 mRNAに対するsiRNA(センス鎖オリゴヌクレオチド)の塩基配列を示す。
配列番号10は、ヒトVAT1 mRNAに対するsiRNA(アンチセンス鎖オリゴヌクレオチド)の塩基配列を示す。
配列番号11は、ヒトVAT1 mRNAに対するsiRNA(センス鎖オリゴヌクレオチド)のスクランブルsiRNAの塩基配列を示す。
配列番号12は、ヒトVAT1 mRNAに対するsiRNA(アンチセンス鎖オリゴヌクレオチド)ののスクランブルsiRNAの塩基配列を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検物質の中から、VAT1のキノン酸化還元酵素活性を抑制するか、またはVAT1をコードする遺伝子の発現を抑制する作用を有する物質を選択する工程を有する、細胞増殖抑制物質のスクリーニング方法。
【請求項2】
下記工程(1)〜(3)を含む、請求項1記載の細胞増殖抑制物質のスクリーニング方法:
(1)被検物質とVAT1を接触させる工程、
(2)VAT1のキノン酸化還元酵素活性を測定する工程、
(3)上記工程(2)で得られたVAT1のキノン酸化還元酵素活性と、被検物質を接触させない対照のVAT1のキノン酸化還元酵素活性とを比較して、上記工程(2)で得られたキノン酸化還元酵素活性が上記対照のキノン酸化還元酵素活性よりも小さい場合に、当該被検物質を細胞増殖抑制物質として選択する工程。
【請求項3】
下記工程(A)〜(C)を含む、請求項1記載の細胞増殖抑制物質のスクリーニング方法:
(A)被検物質とVAT1をコードする遺伝子を発現可能な細胞とを接触させる工程、
(B)被検物質を接触させた細胞におけるVAT1をコードする遺伝子の発現量を測定する工程、
(C)上記工程(B)で得られた遺伝子の発現量と被検物質を接触させない対照の細胞におけるVAT1をコードする遺伝子の発現量を比較して、上記工程(B)で得られた発現量が対照の発現量よりも小さい場合に、当該被検物質を細胞増殖抑制物質として選択する工程。
【請求項4】
細胞増殖抑制物質が、細胞増殖性疾患の予防または治療剤の有効成分である請求項1乃至3のいずれかに記載するスクリーニング方法。
【請求項5】
細胞増殖性疾患が、前立腺肥大症である請求項4記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
細胞増殖性疾患が、乳癌、結腸・直腸癌、前立腺癌、メラノーマ、肺癌、食道癌、頭頸部癌、胃癌、肝臓癌、胆嚢・胆管癌、膵臓癌、膀胱癌、および子宮頸癌よりなる群から選択される少なくとも1種の癌である、請求項4記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
VAT1のキノン酸化還元酵素活性を抑制するか、またはVAT1をコードする遺伝子の発現を抑制する作用を有する化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする、細胞増殖性疾患の予防または治療剤。
【請求項8】
VAT1をコードするポリヌクレオチドの少なくとも15塩基長以上の連続した塩基配列に特異的にハイブリダイズする、15塩基以上の塩基配列からなるポリヌクレオチドを有効成分とする、請求項7記載の細胞増殖性疾患の予防または治療剤。
【請求項9】
上記ポリヌクレオチドとして、配列番号5に示す塩基配列を有するポリヌクレオチドと配列番号6に示す塩基配列を有するポリヌクレオチド、あるいは配列番号9に示す塩基配列を有するポリヌクレオチドと配列番号10に示す塩基配列を有するポリヌクレオチドを含有する、請求項8に記載する細胞増殖性疾患の予防または治療剤。
【請求項10】
VAT1またはその部分ペプチドに対する抗体を有効成分とする、請求項7記載の細胞増殖性疾患の予防または治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−300832(P2007−300832A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−130819(P2006−130819)
【出願日】平成18年5月9日(2006.5.9)
【出願人】(000207827)大鵬薬品工業株式会社 (52)
【Fターム(参考)】