説明

耐剥離性に優れた高耐食性溶射用粉末

【課題】 本発明は、熱膨張率を抑え母材に対する密着性を向上させた高耐食性を持つ溶射用粉末を提供する。
【解決手段】 質量%で、C:0.08%以下、Si:2%以下、Mn:2%以下、Ni:2〜7%、Cr:18〜30%、Mo:1〜5%を含有し、さらに、S:0.05%以下、N:0.1%以下とし、さらに、下記式を満たし、
Cr+3Mo≧25 … (1)
Cr+Mo−3Ni≧11 … (2)
残部Feおよび不可避的不純物からなる耐剥離性に優れた高耐食性溶射用粉末。さらに、上記成分組成に加えて、Ti:1%以下、Nb:1.5%以下、V:1%以下、Zr:1.5%以下の1種または2種以上を含有させた耐剥離性に優れた高耐食性溶射用粉末。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱膨張率を抑えることにより母材に対する密着性を向上させた高耐食性を持つ溶射用粉末に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、大型の構造用部品である、例えば印刷用ロール等の表面に耐食性を付与する方法の一つとして溶射が用いられている。これは安価で耐食性を持たない鋼の表面に対し、耐食性に優れたステンレス鋼の粉末を加熱して吹きつけ、部品としての耐食性を上げる方法である。しかし、母材に用いられる鋼は通常、Fe−C系の鋼や鋳鉄などのフェライト相を持つものであり、耐食性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を溶射すると、その熱膨張率の違いから溶射膜が剥離すると言う問題がある。その解決策として、従来では溶射膜の剥離を防止するために、Ni−Al合金などを中間層として用い、熱膨張率の違いを吸収しているのが実状である。
【0003】
一方、例えば特開平2−179801号公報(特許文献1)に開示されているように、特にプラスチック射出成形機あるいは押出成形機に用いられる内面に耐食・耐摩耗合金ライニングを施したバイメタリックシリンダの製造方法である、シリンダ母材内に中子を挿入してその間に環状空間部を形成し、環状空間部内に、互いに熱膨張係数の似かよった耐食・耐摩耗母合金粉末と硬質粒子との混合粉末を充填、密封した後HIP処理を行い、シリンダ本体部内面に混合粉末による耐食・耐摩耗合金ライニングを施す複合合金シリンダの製造方法が提案されている。
【特許文献1】特開平2−179801号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1は、互いに熱膨張係数の似かよった耐食・耐摩耗母合金粉末と硬質粒子との混合粉末を充填、密封した後HIP処理を行い、シリンダ本体部内面に混合粉末による耐食・耐摩耗合金ライニングを施す方法であって、HIP処理と言う焼結による固化成型処理を行う必要がありコスト的に安価とならないという問題がある。また、上述したフェライトとオーステナイトの熱膨張係数の異なるための対策としては中間層としてNi−Al合金を溶射し被膜の剥離を防止するための処理を必要とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述したような問題を解消するために、発明者らは鋭意開発を進めた結果、Ni、Cr、Moの添加量を最適化し、熱膨張率の低い組織を持ち、SUS316Lと同等以上の耐食性を持ち、しかも、中間層を必要としない溶射用粉末を提供することにある。その発明の要旨とするところは、
(1)質量%で、C:0.08%以下、Si:2%以下、Mn:2%以下、Ni:2〜7%、Cr:18〜30%、Mo:1〜5%を含有し、さらに、S:0.05%以下、N:0.1%以下とし、さらに、下記式を満たし、
Cr+3Mo≧25 … (1)
Cr+Mo−3Ni≧11 … (2)
残部Feおよび不可避的不純物からなることを特徴とする耐剥離性に優れた高耐食性溶射用粉末。
(2)前記(1)に記載の成分組成に加えて、さらに、Ti:1%以下、Nb:1.5%以下、V:1%以下、Zr:1.5%以下の1種または2種以上を含有させたことを特徴とする耐剥離性に優れた高耐食性溶射用粉末にある。
【発明の効果】
【0006】
以上述べたように、本発明により中間層を必要としないで、しかも高耐食性を持ち、かつ耐剥離性に優れた高耐食性溶射用粉末を安価に提供するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明に係る成分組成の限定理由について述べる。
C:0.08%以下
Cは、鋼の製造に際して必然的に含有するものであるが、このCは耐食性を悪化させることから、その上限を0.08%とした。好ましくは0.04%以下とする。
【0008】
Si:2%以下
Siは、脱酸剤として有用である。しかしながら、2%を超えると製造性を悪化させることから、その上限を2%とした。好ましくは1%以下とする。
Mn:2%以下
Mnは、Siと同様に脱酸剤として有用である。しかしながら、2%を超えると熱膨張率を増加させることから、その上限を2%とした。好ましくは1%以下とする。
【0009】
Ni:2〜7%
Niは、2%未満では耐食性が十分に得られず、また、7%を超えると熱膨張率が増加することから、その範囲を2〜7%とした。好ましくは3.5〜7%とする。
Cr:18〜30%
Crは、耐食性を向上させるために添加するが、しかし、18%未満ではその効果が十分に得られず、30%を超えると製造性を悪化させることから、その上限を30%とした。好ましくは22〜28%とする。
【0010】
Mo:1〜5%
Moは、耐食性を向上させるために添加するが、しかし、1%未満ではその効果が得られず、5%を超える添加はコスト高となることから、その上限を5%とした。好ましくは2〜5%とする。
S:0.05%以下
Sは、製造に際して必然的に含有されるものであるが、耐食性を悪化させることから、その上限を0.05%とした。好ましくは0.01%とする。
【0011】
N:0.1%以下
Nは、製造に際して必然的に含有されるものであり、できるだけ低下させた方が好ましいが、しかし、0.1%未満に下げることはコスト高となることから、その上限を0.1%とした。
次に、Ti、Nb、V、Zr元素はCと結びつき炭化物を作り易い元素であるため、Cr、Moの炭化物が生成し、Cr、Moの欠乏層ができることによる耐食性の低下を防ぐために、それぞれ規制する必要がある。
【0012】
Ti:1%以下
Tiは、上記理由で、一般的にはCの4倍以上の添加が好ましいが、しかし、1%を超えると酸化物を形成しやすく製造性を悪化させることから、その上限を1%とした。
Nb:1.5%以下
Nbは、Tiと同様に、Cの8倍以上の添加が好ましいが、しかし、1.5%を超えるとコスト高になることから、その上限を1.5%とした。
【0013】
V:1%以下
Vは、Nb、Tiと同様に、Cの4倍以上の添加が好ましいが、しかし、1%を超えるとコスト高になることから、その上限を1%とした。
Zr:1.5%以下
Zrは、Nb、Ti、Vと同様に、Cの8倍以上の添加が好ましいが、しかし、1.5%を超えると酸化物を形成しやすく製造性を悪化させることや、コスト高になることから、その上限を1.5%とした。
【0014】
上述したように、オーステナイト系ステンレス鋼をフェライト相の鋼に溶射した際に剥離が起きる原因は、オーステナイトの熱膨張率が大きいためである。溶射粉末を母材と同等の熱膨張率に保ち耐食性を維持するため、オーステナイト安定元素であるNi、Mn、Nの添加を一定以下に抑え、Niの減少により耐食性の悪化の防止とオーステナイト化防止のため、フェライト安定元素であるCr、Moを添加する。
【0015】
Cr+3Mo≧25 … (1)の式は、Ni、Cr、Moを高い耐食性をもたせるために定めたもので、Cr+3Moが25未満では、その効果が十分でないことから、その下限を25と定めた。
また、Cr+Mo−3Ni≧11 … (2)の式は、熱膨張率を低くするために定めたもので、11未満では、その効果が十分でないことから、その下限を11と定め、この範囲に入るようバランスさせたものである。
【実施例】
【0016】
以下、本発明について実施例で具体的に説明する。
溶射後の薄膜の特性を評価するため、表1に示すような供試材の化学成分をもつ鋼を真空誘導溶解炉にて溶製し、その溶鋼をガスアトマイズ法により粉末を得る。その粉末を1350℃で5時間保持のHIP(熱間静水圧加圧処理)成形により100mm径の棒状に固化し、その後1150℃にて25mm径に鍛伸し、1050℃に加熱して固溶化熱処理(1050℃×20分間、後水冷)を行い、各試験片に加工した。その試験片についての、耐硫酸腐食試験、孔食試験、熱膨張試験を行った。その結果を表1に示す。
【0017】
耐硫酸腐食試験、孔食試験は、12mm径×21mm長さの円筒試験片を#600のペーパーにて研磨後試験片とし、耐硫酸腐食試験は各濃度の60℃硫酸溶液に試験片を浸漬し、腐食度が0.05g/m2 hを超える硫酸濃度を限界硫酸濃度(%)として測定した。また、孔食試験は、50℃の6%塩化第二鉄溶液に試験片を浸漬し、腐食度(g/m2 h)を測定した。腐食度は、JISの腐食試験方法(例えばJIS G 0578)に基づき、腐食試験前後の質量差を寸法測定した試験片の表面積と試験時間で除して求めた。さらに、熱膨張率は、各鋼の試験片をフォーマスター試験により室温から100℃の熱膨張率(×10-6/℃)を測定した。
【0018】
【表1】

表1に示すように、No.1〜6は本発明例であり、No.7〜10は比較例である。比較例No.7は、化学成分が本発明の範囲内にあるものの式1を満たしていないために、SUS316Lよりも低い耐食性である。比較例No.8は、同様に式2を満たしていないために、熱膨張率が12×10-6/℃を超えている。比較例No.9は、同様に式1、2を満たしていないために、熱膨張率が12×10-6/℃を超えており、しかも、耐食性もSUS316Lよりも劣る。
【0019】
比較例No.10は、JISに規定されたSUS316Lであり、NiとCrが本発明の範囲より多く含有しており、式1、2を満たしていないために、熱膨張率が12×10-6/℃を超えており、本発明例よりも劣る。これに対し、本発明例No.1〜6は、いずれも本発明の条件を満たしてことから、いずれの特性も優れていることが分かる。
【0020】
このように、本発明によるNi、Cr、Moの添加量を最適化し、かつ耐食性を保つために、Cr+3Mo≧25とし、また、熱膨張率を低く保つために、Cr+Mo−3Ni≧11なる規制をすることで、熱膨張係数を抑え、かつ、耐食性に優れた溶射粉末を得ることを可能とした極めて優れた効果を奏するものである。


特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.08%以下、
Si:2%以下、
Mn:2%以下、
Ni:2〜7%、
Cr:18〜30%、
Mo:1〜5%、
を含有し、さらに、
S:0.05%以下、
N:0.1%以下、
とし、さらに、下記式を満たし、
Cr+3Mo≧25 … (1)
Cr+Mo−3Ni≧11 … (2)
残部Feおよび不可避的不純物からなることを特徴とする耐剥離性に優れた高耐食性溶射用粉末。
【請求項2】
請求項1に記載の成分組成に加えて、さらに、
Ti:1%以下、
Nb:1.5%以下、
V:1%以下、
Zr:1.5%以下
の1種または2種以上を含有させたことを特徴とする耐剥離性に優れた高耐食性溶射用粉末。

【公開番号】特開2008−297572(P2008−297572A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−142005(P2007−142005)
【出願日】平成19年5月29日(2007.5.29)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【Fターム(参考)】