説明

耐熱鋼品の溶接補修方法及び溶接補修部を有する耐熱鋼品

【課題】低サイクル疲労特性に優れ、かつ、簡易な設備で実現可能な耐熱鋼品の溶接補修方法及び溶接補修部を有する耐熱鋼品を提供する。
【解決手段】第1工程では、母材10の溶接補修対象部12に形成された開先14に対して、被覆アーク溶接を用いたバタリング溶接を行い、バタリング溶接部20を形成する。第2工程では、TIGリメルト処理を行い、バタリング溶接部を溶融した後に凝固させてTIGリメルト処理部30を形成する。第3工程では、被覆アーク溶接によりバタリング溶接を行い、TIGリメルト処理部上に第1本溶接部40を形成する。第4工程では、被覆アーク溶接により本溶接を行い、第1本溶接部上に第2本溶接部50を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、耐熱鋼品の溶接補修方法及び溶接補修部を有する耐熱鋼品に関し、特に、火力発電所の蒸気タービンケーシング等の耐熱鋼品に用いて好適な、耐熱鋼品の溶接補修方法及び溶接補修部を有する耐熱鋼品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
耐熱鋼品の溶接補修を行う技術については、溶接部の硬さ低減、残留応力低減を狙いとした種々の技術が提案されている。
【0003】
例えば、長時間高温、高圧、高応力下で使用した低合金鋳鋼品の溶接補修において、簡易発熱エレメントを用いて予熱、応力除去焼鈍をする方法がある(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、初層上に複数回の残層を重ねて溶接し、その残層の溶接熱によって初層で生じた母材側の硬化域を焼き戻して消滅するようにしたテンパービード法において、各残層を形成する溶接ワイヤーの供給量を溶接速度の変化に対応して変化させて硬化域を徐々に焼き戻す方法(例えば、特許文献2参照)や、初層を形成する際に、予め、初層形成予定位置を囲むように当て材を配置し、この当て材に沿って初層を形成する方法(例えば、特許文献3参照)がある。
【0005】
また、オーステナイトからマルテンサイトへの変態開始温度が、150〜300℃であるような溶接金属を形成し、最終層の表面をTIGリメルト処理する方法(例えば、特許文献4参照)や、バタリング溶接により形成した初層に対し、ハーフビード法を施した後、TIG溶接による本溶接を行う方法(例えば、特許文献5参照)や、バタリング溶接により初層を形成し、隣り合うビードが重なるように短尺ビード長でテンパービード法を施した後、本溶接を行う方法がある(例えば、特許文献6参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭56−163091号公報
【特許文献2】特開2000−271742号公報
【特許文献3】特開2007−130654号公報
【特許文献4】特開2000−33480号公報
【特許文献5】特開2006−21206号公報
【特許文献6】特開2007−21530号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述の特許文献1に開示されている方法では、溶接補修箇所の形状によっては、簡易発熱エレメントのセッティングができない、あるいは、均一な温度状態が得られないことが考えられ、適用箇所に制限がある。また、応力除去焼鈍では、局部焼鈍状態となるため、溶接補修部を起点として、鋳鋼品全体が歪む危険性がある。特に、ケーシングの合わせ面近傍を溶接補修する場合は、歪により機械加工による面出しが必要になったり、場合によっては、再生不可の状態になったりする。
【0008】
また、上述の特許文献2又は3に開示されている方法では、残留応力に対する対策がなされていないので、寿命が短くなる恐れがある。さらに、特許文献3に開示されている方法では、溶接補修箇所の形状によっては、当て材が適切に配置できないことがありうる。
【0009】
また、オーステナイトからマルテンサイトへの変態開始温度が、150〜300℃であるような溶接材料は低温割れ感受性が高くなりがちであり、上述の特許文献4に開示されている方法では、割れ発生によるトラブルが考えられる。また、マルテンサイト組織となることから、溶接部の硬さが増し、母材を含めた硬さ分布が起伏を持つ。このため、低サイクル疲労強度が著しく低下する恐れがある。
【0010】
また、上述の特許文献5に開示されている方法では、ハーフビード法を施した後、TIG溶接を行うので、TIG溶接による溶け込み深さが初層溶接部の金属厚さを超えてしまったり、改めて焼入れ層を形成してしまったりすることが考えられ、非常に技量を要する。
【0011】
また、上述の特許文献6に開示されている方法では、テンパービード溶接を、単位領域ごとに隣り合うビード同士が重なるように所定の短尺ビード長で行っている。本手法は、高い技量が必要であり、溶接速度や折り返し上昇速度が溶接者によってばらつきやすい手法であるため、隣接する単位溶接領域間での溶接欠陥発生の防止技術を含めて溶接部の品質安定性の面で課題が残る。
【0012】
この発明は、上述の問題点に鑑みてなされたものであり、この発明の目的は、低サイクル疲労特性に優れ、かつ、簡易な設備で実現可能な耐熱鋼品の溶接補修方法及び溶接補修部を有する耐熱鋼品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上述した目的を達成するために、この発明の耐熱鋼品の溶接補修方法は、以下の第1〜4工程を備えている。
【0014】
第1工程では、母材の溶接補修対象部に形成された開先に対して、被覆アーク溶接を用いたバタリング溶接を行い、バタリング溶接部を形成する。第2工程では、TIGリメルト処理を行い、バタリング溶接部を溶融した後に放冷して凝固させ、TIGリメルト処理部を形成する。第3工程では、被覆アーク溶接を用いたバタリング溶接を行い、TIGリメルト処理部上に第1本溶接部を形成する。第4工程では、被覆アーク溶接により本溶接を行い、第1本溶接部上に第2本溶接部を形成する。
【0015】
上述した溶接補修方法の実施にあたり、好ましくは、第1〜4工程を、溶接補修対象部を300〜400℃の範囲内の温度として行うのが良い。
【0016】
また、この発明の溶接補修方法の好適な実施形態によれば、第4工程後に、TIGリメルト処理部、第1本溶接部及び第2本溶接部からなる溶接補修部をピーニング処理するのが良い。このとき、好ましくは、溶接補修部を含む母材の領域に金網をあてがい、金網を介してピーニング処理を行うのが良い。
【0017】
また、この発明の溶接補修方法の他の好適な実施形態によれば、第4工程後に、溶接補修部の表面を、600〜800℃の範囲の温度に、少なくとも10分間加熱保持するのが良い。
【0018】
また、この発明の溶接補修方法の他の好適な実施形態によれば、第4工程後に、溶接補修部をピーニング処理した後、溶接補修部の表面を、500〜800℃の範囲の温度に、少なくとも10分間加熱保持するのが良い。
【0019】
また、上述した目的を達成するために、この発明の溶接補修部を有する耐熱鋼品は、母材と、母材の溶接補修対象部に形成された開先に対して、被覆アーク溶接を用いたバタリング溶接により形成されたバタリング溶接部を、TIGリメルト処理により溶融した後に放冷して凝固させて形成されたTIGリメルト処理部と、TIGリメルト処理部上に、被覆アーク溶接を用いたバタリング溶接により形成された第1本溶接部と、第1本溶接部上に、被覆アーク溶接を用いた本溶接により形成された第2本溶接部とを備えて構成される。
【0020】
上述した溶接補修部を有する耐熱鋼品の好適な実施形態によれば、母材のビッカース硬さが160〜230の範囲内であり、第2本溶接部のビッカース硬さと、母材のビッカース硬さとの差が最大でも120であり、第2本溶接部の表面における残留応力が+100MPa〜−300MPaの範囲内であるのが良い。また、第2本溶接部のビッカース硬さと、母材のビッカース硬さとの差が最大でも100であり、第2本溶接部の表面における残留応力が+50MPa〜−150MPaの範囲内であると、さらに好適である。
【発明の効果】
【0021】
この発明の溶接補修方法によれば、バタリング溶接部を切削除去せずに、TIGリメルト処理を行うことで、バタリング溶接の際に生成された母材の硬化に対して、有効に焼戻し処理が行われる。また、テンパービード溶接をバタリング方式で行うことにより、有効な母材の焼戻し効果が得られる。
【0022】
また、第1〜4工程を、溶接補修対象部を300〜400℃の範囲内の温度として行うことで、焼戻し効果及び残留応力の低減がより顕著になる。
【0023】
また、溶接補修部にピーニング処理を行うことにより、溶接補修部の表面に圧縮残留応力を付与することができる。このとき、第3工程で焼戻し効果が得られていることで、ピーニング処理により、溶接部及び母材に対して均一な圧縮残留応力を付与できる。
【0024】
また、溶接補修部にピーニング処理を行うにあたり、溶接補修部を含めた近傍に金網をあてがい、この金網を介したピーニング処理を行うと、金網の形状により圧縮残留応力の付与レベルを確認することができ、付与レベルを制御することができる。
【0025】
また、溶接補修部の表面を600〜800℃の範囲の温度に、少なくとも10分間加熱保持すると、溶接補修部の焼き戻し効果を助長できると共に、溶接部の残留応力を除去することができる。同様に、溶接補修部をピーニング処理した後、溶接補修部の表面を、500〜800℃の範囲の温度に、少なくとも10分間加熱保持すると、溶接補修部の焼き戻し効果を助長できると共に、溶接部の残留応力を低減することができる。
【0026】
また、この発明の溶接補修部を有する耐熱鋼品によれば、母材と溶接補修部のビッカース硬さの差が小さく抑えられるため、母材を含む溶接補修部の低サイクル疲労寿命が改善される。また、溶接補修部の残留応力が圧縮応力であるか、もしくは、低いレベルの引張応力となるので、亀裂発生の危険性が低くなる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】第1実施形態の溶接補修方法を説明するための工程図である。
【図2】ピーニング処理を説明するための工程図(1)である。
【図3】ピーニング処理を説明するための工程図(2)である。
【図4】試験体の拘束状態の模式図である。
【図5】試験対象の開先の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、図を参照して、この発明の実施の形態について説明するが、各構成要素の形状、大きさ及び配置関係については、この発明が理解できる程度に概略的に示したものに過ぎない。また、以下、この発明の好適な構成例につき説明するが、各構成要素の材質及び数値的条件などは、単なる好適例にすぎない。従って、この発明は以下の実施の形態に限定されるものではなく、この発明の構成の範囲を逸脱せずにこの発明の効果を達成できる多くの変更又は変形を行うことができる。
【0029】
また、各図においては、断面を示すハッチングを一部省略することもある。
【0030】
(第1実施形態)
図1を参照して、第1実施形態の溶接補修方法について説明する。図1(A)〜(E)は、第1実施形態の溶接補修方法を説明するための工程図である。図1(A)〜(E)は、溶接補修対象部を含む母材の主要部の切断端面を示す図である。
【0031】
第1実施形態の溶接補修方法は、長期間使用した蒸気タービンケーシング材などで発生した、亀裂等の欠陥を補修する方法である。蒸気タービンケーシング材としては、Cr−Mo−V鋳鋼やCr−Mo鋳鋼が例として挙げられる。
【0032】
第1実施形態の溶接補修方法は、鋳鋼品(耐熱鋼品と称することもある。)からなる母材10の溶接補修対象部12に形成された開先14に対して行われる(図1(A))。
【0033】
先ず、第1工程において、母材10の溶接補修対象部12に形成された開先14に対して、バタリング溶接を行い、すなわち、初層バタリング溶接を行い、バタリング溶接部20を形成する。バタリング溶接は、被覆アーク溶接(SMAW)を用いて行う。この被覆アーク溶接では、溶接材料として、例えば、直径3.2mmのJIS Z3223 DT2315相当の溶接棒が用いられる(図1(B))。
【0034】
次に、第2工程において、TIGリメルト処理を行い、バタリング溶接部20を溶融した後に放冷して凝固させ、TIGリメルト処理部30を形成する。TIGリメルト処理は溶接棒を使用せずに、TIGトーチのアーク熱を利用してバタリング溶接部20を溶融させ、母材10の溶接熱影響部にテンパー効果を与える処理である。このTIGリメルト処理は、第1工程のバタリング溶接に引き続いて、すなわち、第1工程で形成されたバタリング溶接部20に対するビード削りを行うことなく、行われる(図1(C))。
【0035】
次に、第3工程において、バタリング溶接により、TIGリメルト処理部30上に第1本溶接部40を形成する。この溶接は、第1工程と同様のバタリング溶接によるものであり、テンパー効果が得られる、いわゆるテンパービード溶接である。すなわち、開先の底面上に順に積層する通常方式と異なり、開先の露出面を覆うように溶接される。このテンパービード溶接は、例えば、SMAWにより、直径4mmのJIS Z3223 DT2315相当の溶接棒を用いて行われる(図1(D))。
【0036】
次に、第4工程において、本溶接を行い、第1本溶接部40上に第2本溶接部50を形成する。この本溶接は、SMAWにより通常積層方式で行われる。この本溶接は、例えば、SMAWにより、直径4mmのJIS Z3223 DT2315相当の溶接棒を用いて行われる。この本溶接により第3工程までの各工程で残存した開先部が埋め込まれる。なお、第1〜4工程では、予熱パス間温度を300〜400℃とするのが良い。すなわち、溶接補修対象部12を300〜400℃に加熱保持した状態で、各工程での溶接を行うのが良い(図1(E))。
【0037】
なお、以下の説明において、TIGリメルト処理部30、第1本溶接部40及び第2本溶接部50を、溶接補修部と総称することもある。また、第1本溶接部40と第2本溶接部50を本溶接部と総称することもある。
【0038】
(第2実施形態)
第2実施形態の溶接補修方法は、図1を参照して説明した第1実施形態の溶接補修方法の第4工程後に、本溶接部をピーニング処理する工程を備えている。このピーニング処理は、エアタガネを用いて行われる。
【0039】
このピーニング処理を行うにあたり、好ましくは、第4工程により形成された本溶接部を含む溶接補修部に金網をあてがい、金網を介してピーニング処理を行うのが良い。図2及び図3を参照して、金網を介して行うピーニング処理について説明する。図2及び図3(A)及び(B)は、ピーニング処理を説明するための工程図である。
【0040】
例えば、金網60として、SUS304製の線径0.6mm、線間距離2.3mmのメッシュを、マグネットを用いて溶接補修部16にあてがう(図2)。その後、エアタガネ70を用いて、金網60を介してピーニング処理を行う(図3(A))。この場合、金網60の変形の程度を視認することで、付与される残留応力のレベルが制御できる。例えば、金網が破れる程度の強ピーニングであれば、−350MPa程度の応力レベルであり、金網62が平坦につぶれる程度の中ピーニング(図3(B))であれば、−200MPa程度の応力レベルであり、金網の素線が変形しているのが確認できる程度であれば、−150MPa程度の応力レベルとなる。
【0041】
また、金網60を介してピーニング処理を行うと、ピーニング処理済の箇所と、未処理の箇所の判別についても、金網の表面状態を目視確認することによって、容易に判別することが可能である。この結果、場所によるピーニング度合いのばらつきを抑えることができる。
【0042】
(第3実施形態)
第3実施形態の溶接補修方法は、上述した第1実施形態の溶接補修方法の第4工程後に、本溶接部を含む溶接補修部を、加熱保持する工程を備えている。
【0043】
この加熱保持は、加熱用バーナーを用いて、本溶接部の表面及びその周辺を局部的に加熱することで行われる。表面温度計により温度を測定しながら、600〜800℃の範囲の温度に、少なくとも10分間加熱保持した後、放冷される。
【0044】
(第4実施形態)
第4実施形態の溶接補修方法は、上述した第1実施形態の溶接補修方法の第4工程後に、本溶接部をピーニング処理する工程と、本溶接部を含む溶接補修部を加熱保持する工程とを備えている。
【0045】
ピーニング処理は、第2実施形態と同様にエアタガネを用いて行われる。また、加熱保持は、第3実施形態と同様に加熱用バーナーを用いて行われる。この加熱保持では、本溶接部表面及びその周辺を、500〜800℃の範囲の温度に、少なくとも10分間加熱保持した後、放冷する。
【0046】
(実施例)
1. 評価試験1
図4を参照して、試験方法について説明する。図4は、試験体の拘束状態の模式図である。試験体(母材)10として、各辺の長さL11、L12、L13がそれぞれ300mm、200mm、25mmであるような直方体状のCr−Mo−V鋳鋼を用いた。溶接補修対象部には、深さ15mmの溝状の開先が形成されており、この溝の幅は12mmであった。また、溝の両側面の成す角度は70度であった。この試験体10の裏面には、各辺の長さL21、L22、L23がそれぞれ20mm、200mm、100mmの軟鋼製拘束板90をすみ肉溶接して、溶接時のL12方向の伸びを拘束した。
【0047】
表1及び表2は、実施例及び比較例の溶接補修方法を示している。表1は、上述した第1〜第3工程に対応する工程を示している。また、表2は、第4工程以降の工程を示している。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
実施例1は、上述の第1実施形態の方法により補修したものである。実施例2は、上述の第2実施形態の方法により補修したものである。実施例3は、上述の第2実施形態の方法により補修したものであって、金網をあてがってピーニング処理を行ったものである。実施例4は、上述の第3実施形態の方法により補修したものである。実施例5は、上述の第4実施形態の方法により補修したものである。
【0051】
比較例1は、第1実施形態の第1工程と同様の溶接材料を用いて初層バタリング溶接を行った後、TIGリメルト処理を行わずに、通常積層方式のテンパービード溶接を行い、その後、本溶接を行ったものである。なお、比較例1では、予熱パス間温度を200〜250℃とした。
【0052】
比較例2は、比較例1と同様に初層バタリング溶接を行った後、ハーフビード削りをし、その後、TIGリメルト処理を行わずに、通常積層方式のテンパービード溶接及び本溶接を行ったものである。なお、比較例2では、初層バタリング溶接を、予熱パス間温度を200〜250℃として行った。
【0053】
また、テンパービード溶接及び本溶接は、TIG溶接(GTAW)により、直径2.4mmのJIS Z3316 WGTIG1CM相当の溶接棒を用いて行われる。テンパービード溶接及び本溶接を、予熱パス間温度を350〜400℃とした。
【0054】
比較例3は、比較例1と同様にバタリング溶接を行った後、ビード削り及びTIGリメルト処理を行わず、分割短尺ビード方式のテンパービード溶接及び本溶接を行ったものである。なお、比較例3では、バタリング溶接を、予熱パス間温度を200〜250℃として行った。
【0055】
また、テンパービード溶接及び本溶接は、SMAWにより、直径4mmのJIS Z3223 DT2315相当の溶接棒を用いて、予熱パス間温度を350〜400℃として行った。
【0056】
比較例4は、比較例3に対して、初層バタリング溶接後、ハーフビード削りを行った点が異なっており、その他は同様である。なお、比較例1〜4では、本溶接後のピーニング処理、バーナー加熱は行っていない。
【0057】
実施例1〜5及び比較例1〜4に対して、低サイクル疲労試験を行った。この疲労試験条件を表3に示す。
【0058】
【表3】

【0059】
また、表4に試験結果を示す。表4は、実施例1〜5及び比較例1〜4のそれぞれについて、残留応力(MPa)、溶接補修部の最高硬さ(HV)及び低サイクル疲労寿命(回)を示している。最高硬さは、ビッカース硬さ(HV)で表され、HV=1.8544×P/dで与えられる。ここで、Pは、加重kgfであり、dは圧痕の対角線の長さである。また、残留応力については、引張残留応力(+)100MPa以下であるか、または、圧縮残留応力(−)であり、さらに、低サイクル疲労寿命が母材寿命の672回の60%以上である場合に、合格と判定する。
【0060】
【表4】

【0061】
この結果、実施例1〜5はいずれも、残留応力及び低サイクル疲労寿命が合格基準に達している。特に、実施例4及び5は、残留応力が圧縮残留応力(−)であり、かつ0に近い値となっており、より優れた溶接補修部の品質特性を示している。
【0062】
なお、比較例3及び4は、低サイクル疲労寿命は、母材の60%以上の値であるが、残留応力が高い。
【0063】
2.評価試験2
表5に、異なる母材についての評価試験の結果を示す。表5は、実施例1、4及び5と比較例1についての低サイクル疲労寿命の結果を示している。
【0064】
【表5】

【0065】
ここでは、母材として、Cr−Mo−V鋳鋼及びCr−Mo鋳鋼のそれぞれについて、劣化処理を行ったうえで溶接補修を行った。この劣化処理は、いわゆるステップクール処理であり、炉の中で590℃から徐々に冷却することで行う。
【0066】
劣化処理後の母材硬さは、Cr−Mo−V鋳鋼はビッカース硬さ(HV)で220であり、Cr−Mo鋳鋼はビッカース硬さ(HV)で175であった。
【0067】
低サイクル疲労寿命は、実施例1、4、5については、いずれの鋳鋼の場合であっても、母材の60%以上の値となった。これに対し、比較例1については、いずれの鋳鋼の場合であっても、母材の60%より小さい値であった。
【0068】
3. 評価試験3
実機ケーシング廃材を用いて試験を行った。ここで用いた実機ケーシング廃材は、重量約1000kgのCr−Mo−V鋳鋼である。
【0069】
図5を参照して、試験対象の開先について説明する。図5は、試験対象の開先の模式図である。
【0070】
ケーシング材の表面に船底型の開先をガウジング及びグラインダを用いて形成する。この開先は、深さDが30mm、開口部の長い部分L1が100mm、短い部分L2が50mmとした。この開先に対して、実施例3及び実施例5の方法によりそれぞれ溶接補修を行った。
【0071】
実施例3の手法で溶接したところ、ピーニング処理を行う前の状態、すなわち、実施例1と同様の溶接したままの状態では、残留応力が+75MPaであった。これに対し、ピーニング処理を施した後は、−190MPaであった。また、実施例5の方法で施工した溶接補修部は、−15MPaであった。
【0072】
このように、実機サイズの試験体においても、優れた溶接補修部が得られた。
【符号の説明】
【0073】
10 母材
12 溶接補修対象部
14 開先
16 溶接補修部
20 バタリング溶接部
30 TIGリメルト処理部
40 第1本溶接部
50 第2本溶接部
60、62 金網
70 エアタガネ
90 軟鋼製拘束板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材の溶接補修対象部に形成された開先に対して、被覆アーク溶接を用いたバタリング溶接を行い、バタリング溶接部を形成する第1工程と、
TIGリメルト処理を行い、前記バタリング溶接部を溶融した後に凝固させて、TIGリメルト処理部を形成する第2工程と、
被覆アーク溶接を用いたバタリング溶接を行い、前記TIGリメルト処理部上に第1本溶接部を形成する第3工程と、
被覆アーク溶接により本溶接を行い、前記第1本溶接部上に第2本溶接部を形成する第4工程と
を備えることを特徴とする耐熱鋼品の溶接補修方法。
【請求項2】
前記第1〜4工程を、前記溶接補修対象部を300〜400℃の範囲内の温度として行う
ことを特徴とする請求項1に記載の耐熱鋼品の溶接補修方法。
【請求項3】
前記第4工程後に、
前記TIGリメルト処理部、第1本溶接部及び第2本溶接部からなる溶接補修部をピーニング処理する
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の耐熱鋼品の溶接補修方法。
【請求項4】
前記溶接補修部をピーニング処理するにあたり、
前記溶接補修部を含む前記母材の領域に金網をあてがい、前記金網を介してピーニング処理を行う
ことを特徴とする請求項3に記載の耐熱鋼品の溶接補修方法。
【請求項5】
前記第4工程後に、
前記TIGリメルト処理部、第1本溶接部及び第2本溶接部からなる溶接補修部の表面を、600〜800℃の範囲の温度に、少なくとも10分間加熱保持する
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の耐熱鋼品の溶接補修方法。
【請求項6】
前記ピーニング処理を行った後、
前記溶接補修部の表面を、500〜800℃の範囲の温度に、少なくとも10分間加熱保持する
ことを特徴とする請求項3に記載の耐熱鋼品の溶接補修方法。
【請求項7】
母材と、
前記母材の溶接補修対象部に形成された開先に対して、被覆アーク溶接を用いたバタリング溶接により形成されたバタリング溶接部を、TIGリメルト処理により溶融した後に凝固させて形成されたTIGリメルト処理部と、
前記TIGリメルト処理部上に、被覆アーク溶接を用いたバタリング溶接により形成された第1本溶接部と、
前記第1本溶接部上に、被覆アーク溶接を用いた本溶接により形成された第2本溶接部と
を備えることを特徴とする溶接補修部を有する耐熱鋼品。
【請求項8】
前記母材のビッカース硬さが160〜230の範囲内であり、
前記第2本溶接部のビッカース硬さと、前記母材のビッカース硬さとの差が最大でも120であり、
前記第2本溶接部の表面における残留応力が+100MPa〜−300MPaの範囲内である
ことを特徴とする請求項7に記載の溶接補修部を有する耐熱鋼品。
【請求項9】
前記母材のビッカース硬さが160〜230の範囲内であり、
前記第2本溶接部のビッカース硬さと、前記母材のビッカース硬さとの差が最大でも100であり、
前記第2本溶接部の表面における残留応力が+50MPa〜−150MPaの範囲内である
ことを特徴とする請求項7に記載の溶接補修部を有する耐熱鋼品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−201491(P2010−201491A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−52338(P2009−52338)
【出願日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【出願人】(000241957)北海道電力株式会社 (78)
【Fターム(参考)】