説明

耐食性に優れた鉄系焼結材料、シリンダー錠装置用固定ケース、およびそれらの製造方法

【課題】鉄系焼結材料の表面に、密着性に優れた電着塗装被膜が形成された耐食性に優れた鉄系焼結材料およびその製造方法、特に、耐食性に優れた鉄系焼結部品により構成されるシリンダー錠装置およびその製造方法を提供する。
【解決手段】鉄系焼結材料の表面にショットピーニング加工により凹凸を形成し、かつ表面粗さをRaで0.5〜40μmとするとともに、表面から少なくとも1μmの深さの表層部を密度比90%以上に緻密化し、前記表面を電着塗装被膜で被覆する。電着塗装被膜はエポキシ系樹脂塗料あるいはアクリル系樹脂塗料を用いたカチオン電着塗装によるものが好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は各種機械要素や機構部品として用いられる鉄系焼結材料およびその製造方法、特に、耐食性に優れる鉄系焼結材およびその表面処理技術に係り、屋外に設置されて耐食性を要求されるシリンダー錠装置用固定ケースとして好適な鉄系焼結材料およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電着塗装により鉄系材料の表面に樹脂を被覆して耐食性に優れた機械要素などを製造する技術については、従来から種々の提案がなされている。また、特許文献1に開示されているように、鉄系金属粉の圧粉体を焼結した焼結部品本体の表面の空隙へカチオン電着塗装用の樹脂塗料を侵入させてコーティング層を形成することを特徴とした焼結部品などが知られている。
【0003】
しかしながら、10%以上の気孔を有する焼結材料に前記電着塗装を施すと、粗大な気孔部分にピンホール等の欠陥が発生し易く、屋外に設置されるシリンダー錠装置等の高い耐食性が要求される用途に適用する場合、耐食性が不充分である。
【0004】
【特許文献1】特開2004−190105号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、気孔を有する鉄系焼結材料の表面に、密着性に優れかつ欠陥の無い電着塗装被膜が形成された耐食性に優れる鉄系焼結材料およびその製造方法、特に、耐食性に優れる鉄系焼結部品により構成されるシリンダー錠装置およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明では、鉄系焼結材料の表面にショットピーニング加工により凹凸を形成し、かつ表面粗さをRaで0.5〜40μmとするとともに表層部を密度比90%以上に緻密化し、前記表面を電着塗装被膜で被覆したことを特徴とする。ここで表層部とは表面から1〜200μmの深さの範囲である。緻密化部分が1μm未満であると電着塗装工程で用いる処理液が内部の気孔まで浸透し、ピンホール等の塗膜の欠陥が発生しやすく、また200μmを超えるものは緻密化加工が困難である。なおRaはJIS B0601−1994に定義される算術平均粗さである。
【0007】
表面粗さがRaで0.5μmよりも小さいと、電着塗装被膜の密着性が低くなる。また、Raで40μmよりも大きいと、凹部において電着塗装被膜に欠陥が発生し易くなる。
また、表層部が密度比90%よりも低密度であると、焼結材料表面の気孔の露出量が多く、気孔部において電着塗装被膜にピンホール等の欠陥が発生し易くなる。
【0008】
電着塗装には、被塗装物を陽極とするアニオン電着塗装方式と、陰極とするカチオン電着塗装方式があるが、鉄系材料へのアニオン電着塗装には、被塗装物からの電気化学的な溶出等の問題があるため、カチオン電着塗装方式が好ましい。
【0009】
カチオン塗料には、エポキシ系樹脂塗料、アクリル系樹脂塗料等があるが、特に高い耐食性が要求される用途にはエポキシ系樹脂塗料とすることが好ましく、耐候性が要求される用途にはアクリル系樹脂塗料とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
鉄系焼結材料の表面にショットピーニング加工により凹凸を形成し、かつ表面粗さをRaで0.5〜40μmとして、電着塗装を施すと、表面の微小な凹凸に塗料が入り込み、密着性の良好な被膜を形成することができる。また、表層部を密度比90%以上に緻密化することによって、ピンホール等の欠陥の無い電着塗装被膜を形成することができる。なお、鉄系焼結材料の表面にショットピーニング加工を施すことにより、凹凸の形成と表層部の緻密化を同時に行うことができる。図2に表面に緻密化層2を設けた焼結体1aの模式図を示す。図1に示すような表面に緻密化層を設けていない焼結体1bと比べ、焼結体1aは気孔3の量が減少した緻密化層2を有するとともに、表面に微小な凹凸が形成されている。
電着塗装において、塗料粒子は電気泳動によって陰極である鉄系焼結材料の表面に移動して析出するが、この際に表面がショットピーニング加工により緻密化しているため、空隙によるピンホール等の塗膜の欠陥がなく、かつ微小な凹凸に塗料粒子が入り込むため、密着性に優れる樹脂被膜が形成される。
【0011】
上記の方法で作製した鉄系焼結材料は耐食性に優れ各種機械要素や機構部品材料として用いられるが、特にシリンダー錠装置用固定ケースに用いることにより、屋外等の苛酷な環境で使用するために要求される高い耐食性が得られ好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、実施例により本発明をさらに説明する。
【実施例1】
【0013】
鉄基合金粉末に、0.6質量%の黒鉛粉末および成形潤滑剤として0.8質量%のステアリン酸亜鉛粉末を混合した原料粉末を成形用金型に充填し、成形圧力400MPaで圧縮成形し、得られた圧粉体を分解アンモニアガス雰囲気中で焼結して鉄系焼結材料を得た。なお、前記鉄基合金粉末は、0.5質量%のNi、0.5質量%のMoおよび残部が鉄からなるアトマイズ鉄基合金粉末とした。
上記の鉄系焼結材料の表面にショットピーニング加工を施し、微小な凹凸を形成して表面粗さをRaで0.5、5、10、20および40μmとするとともに表層部の最表面から少なくとも5μmの深さまで密度比90%に緻密化した。
更に、その表面にカチオン電着によりエポキシ系樹脂塗料を被覆した。このカチオン電着の工程は、以下の通りである。
第一工程として鉄系焼結材料の脱脂と水洗を行い、第二工程として化成被膜処理と水洗を行った。次に第三工程としてカチオン電着塗装による鉄系焼結材料の表面へエポキシ系樹脂塗料の付着と水洗を行った。さらに第四工程として190〜230℃で焼き付け、乾燥を行った。
[比較例1]
【0014】
比較例1ではショットピーニング加工により凹凸を形成して表面粗さをRaで50μmとしたことを除き、実施例1と同じ製法で試料を作製した。
[比較例2]
【0015】
比較例2ではショットピーニング加工により表面から5μmまでの表層部を密度比88%としたことを除き、実施例1と同じ製法で試料を作製した。なお、表面粗さはRaで5μmとした。
【0016】
(耐食性評価)
作製した試料につき、キャス試験(JIS H8502等)による耐食性評価を行った結果を表1に示す。試験時間は96時間とした。なお、表1に示した試料No.1〜5が実施例1、No.6が比較例1、No.7が比較例2に関するものである。比較例1および2の試料には赤錆の発生が認められたのに対し、本発明の鉄系焼結材料には赤錆の発生が全く無く、優れた耐食性を示すことが確認された。
【0017】
【表1】

【実施例2】
【0018】
図3に示すようなシリンダー錠装置の固定ケース本体4用の成形体を、銅粉末1.5質量%、黒鉛粉末0.8質量%、ステアリン酸亜鉛粉末0.75質量%および残部の鉄粉末からなる混合粉末を、粉末成形用金型を用いて600MPaの成形圧力で圧縮成形して作製した。
固定ケースの前面部の防護板5用の成形体を、Cr、Mo、WおよびVを含有する鉄基合金粉末、鉄−リン合金粉末および鉄粉末を、全体組成が、Cr:4.0質量%、Mo:0.5質量%、W:0.5質量%、V:0.3質量%、P:0.5質量%およびFe:残部となるように混合し、この混合粉末に黒鉛粉末1.5質量%、ステアリン酸亜鉛粉末0.75質量%を添加混合した粉末を、粉末成形用金型を用いて600MPaの成形圧力で圧縮成形して作製した。
固定ケース本体4用の成形体には防護板5を接合する面に環状の凹部6を設けた。前記凹部6に防護板用の成形体を嵌合し、防護板を上側にしてセラミックス板に載置し、分解アンモニアガス雰囲気中、1140℃で焼結すると同時に接合した。接合した焼結素材を図4に示すような形状に切削加工した。
加工した素材を浸炭性ガス雰囲気中、850℃で1時間保持した後、油中で急冷して焼き入れし、180℃で1時間保持して焼き戻しを行った。次にショットピーニング加工により、表面から少なくとも5μmの深さまで密度比90%以上に緻密化し、その表面粗さをRaで0.5〜40μmとした。さらにカチオン電着塗装によりエポキシ系樹脂塗料を被覆した。このカチオン電着は、実施例1と同様の処理を施した。
上記の方法で作製した固定ケース4を用い、図5に示す構造のシリンダー錠装置7を組み立てた。
【0019】
上記シリンダー錠装置につき、キャス試験による耐食性評価を行った。この耐食性評価の結果、本発明のシリンダー錠装置用固定ケースを用いたシリンダー錠装置には、いずれも赤錆の発生が全く無く、本発明のシリンダー錠装置用固定ケースを用いることにより、優れた耐食性を示すシリンダー錠装置が得られることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明は、気孔を有する鉄系焼結材料の表面に、密着性に優れかつ欠陥の無い電着塗装被膜が形成された耐食性に優れる鉄系焼結材料およびその製造方法、特に、耐食性に優れる鉄系焼結部品により構成されるシリンダー錠装置およびその製造方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】緻密化層のない焼結体断面の模式図。
【図2】緻密化した表面層を設けた焼結体断面を示す模式図。
【図3】シリンダー錠装置用固定ケースおよび防護板の切削加工前の縦断面図。
【図4】シリンダー錠装置用固定ケースの縦断面図。
【図5】本発明のシリンダー錠装置用固定ケースを用いたシリンダー錠の縦断面図。
【符号の説明】
【0022】
1a 焼結体(表面緻密化後)
1b 焼結体(表面緻密化前)
2 緻密化層
3 気孔
4 固定ケース
5 防護板
6 環状凹部
7 シリンダー錠装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ショットピーニング加工により表面に凹凸を形成し、かつ表面粗さをRaで0.5〜40μmとするとともに、表面から少なくとも1μmの深さの表層部を密度比90%以上に緻密化し、かつ前記表面を電着塗装被膜で被覆したことを特徴とする鉄系焼結材料。
【請求項2】
前記電着塗装がカチオン電着塗装であることを特徴とする請求項1に記載の鉄系焼結材料。
【請求項3】
前記カチオン電着塗装に用いる塗料がエポキシ系樹脂塗料であることを特徴とする請求項2に記載の鉄系焼結材料。
【請求項4】
前記カチオン電着塗装に用いる塗料がアクリル系樹脂塗料であることを特徴とする請求項2に記載の鉄系焼結材料。
【請求項5】
請求項1から4の何れかに記載の鉄系焼結材料により構成されることを特徴とするシリンダー錠装置用固定ケース。
【請求項6】
ショットピーニング加工により表面に凹凸を形成し、かつ表面粗さをRaで0.5〜40μmとするとともに、表面から少なくとも1μmの深さの表層部を密度比90%以上に緻密化し、次いで前記表面を電着塗装被膜で被覆することを特徴とする鉄系焼結材料の製造方法。
【請求項7】
前記電着塗装がカチオン電着塗装であることを特徴とする請求項6に記載の鉄系焼結材料の製造方法。
【請求項8】
前記カチオン電着塗装に用いる塗料をエポキシ系樹脂塗料とすることを特徴とする請求項7に記載の鉄系焼結材料の製造方法。
【請求項9】
前記カチオン電着塗装に用いる塗料をアクリル系樹脂塗料とすることを特徴とする請求項7に記載の鉄系焼結材料の製造方法。
【請求項10】
請求項6から9の何れかに記載の製造方法により作製される鉄系焼結材料により構成することを特徴とするシリンダー錠装置用固定ケースの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−74113(P2009−74113A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−241957(P2007−241957)
【出願日】平成19年9月19日(2007.9.19)
【出願人】(000233572)日立粉末冶金株式会社 (272)
【Fターム(参考)】