説明

荷電粒子線照射装置

【課題】 水平(X)方向と垂直(Y)方向の荷電粒子の分布がガウス分布となるビームを照射部に向けて輸送できる荷電粒子線照射装置を提供する。
【解決手段】 加速器で加速された荷電粒子ビームの輸送系4と、輸送系4の末端に設けられる照射部5とを備えた荷電粒子線照射装置1において、輸送系4に荷電粒子ビームの散乱体11と、散乱体11の下流に設けられて荷電粒子ビームの水平(X)方向および垂直(Y)方向のエミッタンス楕円の形状を調整可能な下流側電磁石12とを備えることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子線照射装置に関し、特に癌治療に用いられる荷電粒子線照射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、癌治療に荷電粒子線照射装置が用いられている。図1に示すように、従来の荷電粒子線照射装置101は、イオン発生源(図示せず)で発生させたC6+等の荷電粒子をシンクロトロン等の加速器102で光速の80%程度まで加速して、出射デフレクタ103から輸送系104を経由して照射部105から癌等の患部に、荷電粒子ビーム(以下、ビームと記す)を照射する構成になっている。輸送系104には複数の偏向電磁石106、四極電磁石107が備えられ、ビームの進行方向等を制御できるようになっている。
【0003】
一般に、荷電粒子線照射装置101におけるビーム中の荷電粒子の運動は、ビームの進行方向をs、ビームの進行方向に対して水平方向をX方向(図1では紙面と同一平面)、垂直方向をY方向(紙面に垂直な方向)として記述される。本発明でX方向、Y方向というときも、この意味で用いている。
【0004】
ここで、輸送系104におけるビーム中の荷電粒子の分布は均一ではなく、一般にY方向にはガウス分布を示すが、X方向については非ガウス分布となっている。
また、個々の荷電粒子の運動に注目すると、その進行方向は個々に異なり、かつ、経時的に変化しており、ビーム全体ではベータトロン振動と呼ばれる一定周期の振動をしている。
【0005】
このような荷電粒子の運動は、位相空間上で、図2に示すようなエミッタンス楕円として表すことができる。図2のx、y軸はそれぞれ、ビームの中心を基準線として、任意の荷電粒子のX方向、Y方向における位置成分を示し、x',y'軸は任意の荷電粒子の移動方向の基準線に対する角度成分を示す。そして、エミッタンス楕円によるx、y軸の切片の長さm、nは、実空間におけるビームのX方向、Y方向の径に相当する。
【0006】
この位相空間上の楕円で囲まれる面積は、エミッタンスと呼ばれている。このエミッタンス楕円の角度や幅は四極電磁石等によって変えることはできるが、この場合でもエミッタンス(楕円の面積)は一定に保たれる。
一般に、輸送系104においては、図2に示すようにX方向とY方向ではエミッタンスが非対称になっており、四極電磁石等によってもこの差を打ち消すことはできない。
【0007】
以上の要因により、放射線治療の治療計画を立案するとき、患部に照射される線量の均一性を確保することが困難になる。
すなわち、患部でX方向の荷電粒子が非ガウス分布であることは治療計画立案を複雑にし、また許容範囲内ではあるが、実際に照射される線量の不均一を生じる原因になる。
一方、患部に集中的に放射線を照射しつつ、正常組織の被爆量を最小限にするには、患部の周囲に照射部105を旋回させる回転ガントリを用いることが好ましい。しかし、エミッタンスの非対称性があると、回転ガントリの回転角度によりビームの患部におけるスポット形状が変化することになり、これも治療計画の立案を困難にする原因となる。
【0008】
特許文献1には、輸送系中にX方向およびY方向のエミッタンスを調整するスキュー四極電磁石、またはソレノイド電磁石を設け、回転対称なエミッタンスを有するビームに調整して回転輸送系の回転角に依存しない形状で物体を照射する荷電粒子ビームの輸送系が開示されている。
【0009】
特許文献1の荷電粒子ビームの輸送系は、シンクロトロンから出射されたビーム形状に基づいてスキュー四極電磁石の生成するスキュー磁場を制御することで、ビームのX方向エミッタンスとY方向エミッタンスの混合を生じさせてその位置と角度成分の分布が回転対称となるようにビームを調整するものである。すなわち、ソレノイド磁場中、またはスキュー四極磁場中では、粒子のX方向とY方向の運動が混ざり合うことで、X方向およびY方向のエミッタンスを調整することが可能なことを利用するものである。
【特許文献1】特開平9−265000号公報(段落0007〜0008、図3)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1では、X方向とY方向のエミッタンスの和を一定に保ちながらその非対称性を縮小することが可能であるものの、荷電粒子の非ガウス分布性を解消することはできない。
そこで、本発明では、X方向とY方向の荷電粒子の分布がガウス分布となるビームを、照射部に向けて輸送できる荷電粒子線照射装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に記載の荷電粒子線照射装置は、加速器で加速された荷電粒子ビームの輸送系と、前記輸送系の末端に設けられる照射部とを備えた荷電粒子線照射装置において、輸送系の荷電粒子ビームの通路に、荷電粒子ビームの散乱体と、この散乱体の下流に設けられて前記荷電粒子ビームの水平(X)方向および垂直(Y)方向のエミッタンス楕円の形状を調整可能な下流側電磁石とを備えることを特徴とする構成とした。
【0012】
請求項1に記載の発明によれば、輸送系に散乱体が備えられているので、散乱体を通過したビームが統計的に散乱した後、下流側電磁石でベータトロン振動の位相を進めることによりビームの非ガウス分布性を解消することができる。
また、散乱体において荷電粒子は多重散乱するため、ビームが拡径する方向に拡散して、エミッタンスが増加する。一般には、荷電粒子が輸送系の管壁に衝突して消滅することを防ぐために、輸送系においてエミッタンスを増加させる操作は避けられている。
【0013】
しかし、本発明では散乱体に加えて、下流側電磁石が水平(X)方向および垂直(Y)方向のエミッタンス楕円の形状を調整可能に構成されて設けられているので、X方向とY方向のベータトロン振動の位相の進みを独立に制御することができる。これにより、ビーム径を所望のサイズに調整することが可能となり、輸送管壁に荷電粒子が衝突して消滅することを防止できる。このような構成により、X、Y両方向について荷電粒子の分布がガウス分布に調整され、所望のビーム径のビームを照射部に向けて輸送することができる。
【0014】
請求項2に記載の荷電粒子線照射装置は、さらに、散乱体の上流側に、散乱体における前記荷電粒子ビームの水平(X)方向および垂直(Y)方向のエミッタンス楕円の位置成分方向の幅を、同一に調整することが可能な上流側電磁石を備えることを特徴とする構成とした。
【0015】
上流側電磁石で、ビームのエミッタンス楕円の位相空間における位置成分方向の幅、すなわちエミッタンス楕円によるx、y軸の切片の長さをほぼ同一にして散乱体に入射させると、荷電粒子が多重散乱することによりエミッタンス楕円の角度成分x'、y'が増大する結果、X、Y両方向のエミッタンスは各々増加してほぼ同じ値となる。これにより、X、Y両方向のエミッタンスの差異を打ち消すことができる。
【0016】
請求項3に記載の荷電粒子線照射装置は、さらに、輸送系の末端に設けられる照射部が、回転ガントリで構成されていることを特徴とする構成とした。
【0017】
請求項3に記載の荷電粒子線照射装置によれば、水平(X)方向と垂直(Y)方向について荷電粒子の分布がガウス分布であり、さらにエミッタンスの差異が打ち消されているので、回転角度に依存せず一定品質のビームを照射部に向けて輸送可能な回転ガントリを備えた荷電粒子線照射装置を提供することができる。
【発明の効果】
【0018】
このような荷電粒子線照射装置によれば、水平(X)方向と垂直(Y)方向の荷電粒子の分布がガウス分布であるビームを照射部に向けて輸送できる荷電粒子線照射装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
図3に、本実施形態に係る荷電粒子線照射装置1を模式的に示す。
荷電粒子線照射装置1は、図示しないイオン発生源から入射されてくる荷電粒子を加速器2で加速し、出射デフレクタ3により加速器2から輸送系4へ出射し、回転ガントリ8を含む輸送系4により末端の照射部5まで輸送し、患部に向けて照射する。なお、加速器2には、サイクロトロン等の公知の装置を用いることができる。また、荷電粒子線照射装置1は、図示しない制御装置を含んで構成されている。
【0020】
加速器2から照射部5に至る輸送系4には、上流側電磁石10と、その下流に荷電ビームの通路に挿入されて設けられている散乱体11と、その下流の下流側電磁石12が備えられ、更にビームの進路を変更するための偏向電磁石6が備えられている。なお、回転ガントリ8は輸送系4の下流部にあり、継手9を介して回転自在に取り付けられ、モータ等の動力源により駆動される。
照射部5には、ワブラ電磁石、リッジフィルタ、レンジシフタ、コリメータ、ボーラスを備えた、ワブラ法あるいは拡大照射法と呼ばれる構成のもの、あるいはリッジフィルタ、レンジシフタを備えたスポットスキャニング法と呼ばれる構成のものなど、公知の構成を用いることができる。
【0021】
本実施形態では、上流側電磁石10、および下流側電磁石12は、それぞれ4基の四極電磁石7、7、・・で構成されている。四極電磁石7は図4に示すように磁石が配置され、ビームはその中央を図面に垂直方向に通過する。このとき、水平方向に軌道を少し外れた荷電粒子30には、中央に近づけるようなローレンツ力が作用し、垂直方向は逆に荷電粒子30を中央から遠ざけるローレンツ力が作用する。例えばビームを四極電磁石7でX方向に収束させるときは、Y方向には拡散することになる。
【0022】
これは、別の見方をすれば、四極電磁石7により、エミッタンス楕円の形状を変えられることになる。前記したように、エミッタンス楕円によるx、y軸の切片の長さは実空間におけるX,Y方向四極電磁石7の径に相当するので、四極電磁石7でエミッタンス楕円の形状を変えることによりビーム径を変えることができることになる。
また、四極電磁石7によりX、Y方向のベータトロン振動の位相の進みを、各々独立に制御することができることを意味する。すなわち、四極電磁石7は、エミッタンスを維持したままでエミッタンス楕円の形状を変えることで、位相空間におけるX,Y方向の角度成分x'、y'や、位置成分x、yを制御することができる。
【0023】
本実施形態では、ビームをX方向に収束させる四極電磁石7と、Y方向に収束させる四極電磁石7とを交互に配置して、合計4基の四極電磁石7でビームを収束させる構成を想定して説明する。なお、四極電磁石7に印加する直流電流は、荷電粒子線照射装置1全体の制御装置(図示せず)によって制御されている。このように構成した4基の四極電磁石7のそれぞれに印加する直流電流を制御して、X方向とY方向への収束と発散のバランスを順次調整することで、ビーム径を所望の値に調整することができる。
【0024】
上流側電磁石10と下流側電磁石12の間に設けられ、荷電ビームの通路に挿入される散乱体11は、荷電粒子を多重散乱させられるものであればよく、例えばアルミニウムの薄板等、公知の物を用いることができる。
以下、散乱体11と下流側電磁石12による荷電粒子の非ガウス分布からガウス分布への変換について説明する。
【0025】
荷電粒子が加速器2で所定の速度まで加速された後、加速器2内を一定速度で周回する定常状態にあるとき、荷電粒子の分布は、X、Y両方向についてガウス分布になっている。しかし、出射デフレクタ3から荷電粒子を輸送系4に出射させるときは、水平に置かれている加速器2の外側方向にビームの振幅を一時的に増大させる必要がある。別言すれば、荷電粒子の周回軌道のX方向に一時的外乱を与えて、非定常状態を作る必要がある。
【0026】
このため、Y方向の荷電粒子の分布はガウス分布が維持されるが、X方向については非ガウス分布になる。この状態で、荷電粒子が輸送されて照射部5から患部に照射されると、患部での照射線量は、X方向については不均一になる。しかし、本実施形態では、以下に説明するようにして、この不均一性を散乱体11を用いることにより解消する。
【0027】
ビームが散乱体11を通過する前後の、エミッタンス楕円の変化を図5(a)、図5(b)に示す。図5(a)、図5(b)において、中央付近のEX1、EY1(白抜きのドットが集合した部分)は散乱体11通過前のX方向とY方向のエミッタンス楕円を表し、EX2、EY2は散乱体11通過後のX方向とY方向のエミッタンス楕円を表す。なお、図5(a)、図5(b)では、散乱体11通過前のX方向とY方向のエミッタンスが等しく、かつ、X方向のエミッタンス楕円の位置成分xの方が大きい場合、すなわち実空間におけるビーム径はX方向の方が大きい場合を想定している。
【0028】
ビームが散乱体11を通過するとき、荷電粒子の多重散乱が生じ、荷電粒子はエミッタンス楕円の角度成分x'、y'方向に統計的に散乱してガウス分布となる。このとき、荷電粒子は進行方向sに沿って極めて高速度で運動しているため、エミッタンス楕円の位置成分x、y方向についての散乱は極めて小さい。
【0029】
この結果、散乱体11通過後のエミッタンス楕円は、図5(a)、図5(b)のEX2、EY2(点線で示した楕円)のように、X、Y両方向とも角度成分x'、y'が増大する一方、位置成分x、y方向についての変化は無い。なお、この例では散乱体11通過前には等しかったX方向とY方向のエミッタンスは、散乱体11通過後はX方向のエミッタンスの方が大きくなっている。
【0030】
その後、散乱体11で多重散乱したビームは4基の四極電磁石7で構成された下流側電磁石12に到達する。このとき、X方向のエミッタンス楕円の角度成分x'は多重散乱によりガウス分布となっている。このエミッタンス楕円のベータトロン振動の位相を下流側電磁石12で進めることにより、散乱体11通過前には非ガウス分布であったX方向の荷電粒子の分布を、ガウス分布にすることができる。
【0031】
すなわち、前記したように下流側電磁石12を構成する四極電磁石7は、エミッタンス楕円の形状を変えることによりX、Y方向のベータトロン振動の位相の進みを各々独立に制御することができる。これを利用して、X方向のベータトロン振動の位相を進めることによりエミッタンス楕円を回転させて、X方向の荷電粒子の分布をガウス分布にすることができる。ここで、Y方向のガウス分布は散乱体11、下流側電磁石12を通過した後も維持されているので、X、Y両方向ともガウス分布となったビームを照射部5まで輸送することができる。
【0032】
また、4基の四極電磁石7で構成された下流側電磁石12により、散乱体11通過後のX方向とY方向のエミッタンス楕円の形状を変え、エミッタンス楕円によるx、y軸の切片の長さ(実空間におけるビーム径)を所定の値、すなわち輸送系4の輸送管の径より小さい値に調整することにより、荷電粒子が輸送管の管壁との衝突による失われることなく、照射部5まで輸送することができる。
【0033】
以上のようにして、X方向とY方向の荷電粒子の分布がガウス分布となるビームを、照射部5に向けて輸送することができる。なお、下流側電磁石12でベータトロン振動の位相の調整と、ビーム径の調整の両方を行なう必要がある。これは、4基の四極電磁石7に印加すべき直流電流値を予めシミュレーションで求めておくことにより行うことができる。この直流電流値は、加速器2から出射されるビームのエミッタンス、使用する散乱体11の材質、厚み、使用する四極電磁石7の仕様等に依存するため、荷電粒子線照射装置1ごとに決める必要がある。
【0034】
次に、本実施形態に係る上流側電磁石10によるX方向とY方向のエミッタンスの非対称性の緩和について、図6(a)、図6(b)を参照して説明する。図6(a)、図6(b)のEX1、EY1(白抜きのドットが集合した部分)は、それぞれビームが散乱体11を通過する前のX方向のエミッタンス、Y方向のエミッタンスを表し、EX2、EY2は散乱体11を通過した後のX方向のエミッタンス、Y方向のエミッタンスを表している。
【0035】
ここでは、ビームが散乱体11を通過する前のX方向のエミッタンス(図6(a))の方が、Y方向のエミッタンス(図6(b))よりも小さく、かつ、X方向とY方向のエミッタンス楕円の位置成分x、yの幅は等しい場合を想定して説明する。なお、エミッタンス楕円の位置成分x、yの幅は、上流側電磁石10により調整されている。
【0036】
前述のように、ビームが散乱体11を通過すると、荷電粒子はエミッタンス楕円の角度成分x'、y'方向に散乱し、一方、位置成分x、y方向への拡散は無視できる。すなわち、エミッタンス楕円の位置成分x、yの幅は維持されたままで、角度成分x'、y'が拡大することになる。この結果、図6(a)、図6(b)のEX2、EY2(点線で示した楕円)に示すように散乱体11通過後のX方向とY方向のエミッタンス、すなわち楕円の面積は同一となり、エミッタンスの差異が解消される結果、非対称性が緩和される。
【0037】
ところで、前記の図5では、ビームが散乱体11を通過する前にはX方向とY方向のエミッタンスは同一で、散乱体11通過後のエミッタンスは異なっていた。これに対し、図6では、ビームが散乱体11を通過する前のエミッタンスが異なっているにもかかわらず、散乱体11通過後のエミッタンスは同一になっている。これは散乱体11通過前のエミッタンス楕円の位置成分x、y方向の幅が同一に調整されていたことに起因する。
【0038】
すなわち、ビームが散乱体11で多重散乱した場合、エミッタンス楕円の位置成分x、y方向は変らず、一方、角度成分x'、y'方向には確率的に拡大するため、略同一のエミッタンスになる。本実施形態では、散乱体11の上流にX方向およびY方向のエミッタンス楕円の位置成分x、y方向の幅を、同一に調整可能な上流側電磁石10を備えているので、以上説明した作用に基づき、エミッタンスの非対称性を緩和することができる。
【0039】
これはまた、X方向とY方向のエミッタンスを任意に制御できることを意味する。すなわち、多重散乱によるエミッタンス楕円の角度成分x'、y'方向の変化は散乱体11によって一義的に決まるので、散乱体11の材質、厚みを適宜選択し、さらに上流側電磁石10によって散乱体11を通過させる前のエミッタンス楕円の位置成分x、y方向の幅を制御することにより、X方向とY方向のエミッタンスを任意に制御できる。
【0040】
なお、図6(a)、図6(b)では、位相空間上で、エミッタンス楕円の長軸が位置成分x軸、y軸と一致している場合を例示した。この状態は、実空間でのビーム径が相対的に大きい事を意味する。
一般に、荷電粒子線照射装置1において許容されるビーム径は、装置の設計前提によって制限されている。大きなビーム径が許容されない装置の場合は、位相空間上のエミッタンス楕円の長軸を傾斜させるか、もしくはエミッタンス楕円の短軸を位置成分x軸、y軸と同一にすることにより、実空間でのビーム径を小さくすることができる。
【0041】
さらに、散乱体11通過後のビームのX方向とY方向のエミッタンス楕円の位置成分x、yを、下流側電磁石12によって、輸送系4の輸送管の径より小さい値に調整することにより、荷電粒子が輸送管の管壁との衝突による失われることなく、照射部5まで輸送することができる。
【0042】
次に、本実施形態に係る荷電粒子線照射装置1による荷電粒子のガウス分布化と、エミッタンスの非対称性の緩和について、図7を参照して説明する。図7はビームが上流側電磁石10から散乱体11を経て下流側電磁石12を通過する間に、X方向およびY方向のエミッタンス楕円、および荷電粒子の分布が変化する様子を模式的に表した図である。
【0043】
図7(a)はビームが上流側電磁石10に入る前、図7(b)はビームが上流側電磁石10を通過した後で散乱体11に入る前、図7(c)はビームが散乱体11を通過した直後、図7(d)は下流側電磁石12を通過した後の様子を表している。また、図7(a)〜図7(d)の各図において、上からX方向のエミッタンス楕円、X方向の荷電粒子の分布、Y方向のエミッタンス楕円、Y方向の荷電粒子の分布を表している。
【0044】
ビームが上流側電磁石10に入る前(図7(a))は、X、Y方向のエミッタンス楕円は非対称であり、荷電粒子の分布については、Y方向はガウス分布であるが、X方向は非ガウス分布である。ビームが上流側電磁石10を通過した後(図7(b))は、上流側電磁石10によって、X方向とY方向のエミッタンス楕円の位置成分x、yの幅が同一とされる。一方、X方向の荷電粒子の分布は非ガウス分布のままである。
【0045】
ビームが散乱体11を通過した後(図7(c))は、図6で説明したとおり、多重散乱によりX方向とY方向のエミッタンスは同一になる。しかし、X方向の荷電粒子の分布は、ベータトロン振動の位相が未だ進んでいないため、非ガウス分布のままである。その後、ビームが下流側電磁石12を通過した後(図7(d))は、下流側電磁石12によりX方向とY方向のエミッタンスは所望の形状(所望のビーム径)に調整され、また、X方向の荷電粒子の分布は、ベータトロン振動の位相を進めることによりガウス分布となる。そして、エミッタンスの非対称性が緩和され、X、Y両方向にガウス分布とされたビームが照射部5まで輸送される。
【0046】
このようなビームを回転ガントリで患部に向けて照射すると、エミッタンスの非対称性が緩和されているので回転ガントリの回転角度によらずスポット形状が一定となり、また、X、Y両方向にガウス分布となっているので、患部に照射される線量の均一性を確保することができる。これにより、放射線治療の効果を高めることができる。
【0047】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は前記実施形態には限定されない。例えば、本実施形態では、回転ガントリを用いる場合を例に説明したが、回転ガントリを用いない荷電粒子線照射装置にも適用することができる。この場合、エミッタンスの非対称性は治療計画の立案において大きな問題にはならないので、上流側電磁石を設けず、散乱体と下流側電磁石のみを設ける構成とすることもできる。また、本発明は、ワブラ法でビームを照射する場合と、スポットスキャニング法で照射する場合のいずれにも適用することができる。
【0048】
また、本実施形態ではX方向の荷電粒子の分布が非ガウス分布である場合を例に説明したが、Y方向が非ガウス分布の場合、あるいはX、Y両方向が非ガウス分布となっている場合でも適用できる。あるいは、上流電磁石と下流電磁石に四極電磁石を用いる場合を例に説明したが、例えば二極電磁石を複数組合わせる等、適宜変更することができる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】従来の荷電粒子線照射装置の概略構成図である。
【図2】エミッタンス楕円の説明図である。
【図3】本実施形態に係る荷電粒子線照射装置の概略構成図である。
【図4】四極電磁石の作用を説明する図である。
【図5】ビームが散乱体を通過する前後のエミッタンスを表す図であり、(a)はX方向のエミッタンス、(b)はY方向のエミッタンスを表す。
【図6】ビームが散乱体を通過する前後のエミッタンスを表す図であり、(a)はX方向のエミッタンス、(b)はY方向のエミッタンスを表す。
【図7】荷電粒子のガウス分布化と、エミッタンスの非対称性の緩和を模式的に表す図である。
【符号の説明】
【0050】
1 荷電粒子線照射装置
2 加速器
4 輸送系
5 照射部
6 偏向電磁石
8 回転ガントリ
10 上流側電磁石
11 散乱体
12 下流側電磁石

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加速器で加速された荷電粒子ビームの輸送系と、前記輸送系の末端に設けられる照射部とを備えた荷電粒子線照射装置において、
前記輸送系の前記荷電粒子ビームの通路に、
前記荷電粒子ビームの散乱体と、
前記散乱体の下流に設けられて前記荷電粒子ビームの水平(X)方向および垂直(Y)方向のエミッタンス楕円の形状を調整可能な下流側電磁石と
を備えることを特徴とする荷電粒子線照射装置。
【請求項2】
前記散乱体の上流側に、
前記散乱体における前記荷電粒子ビームの水平(X)方向および垂直(Y)方向のエミッタンス楕円の位置成分方向の幅を、同一に調整可能な上流側電磁石を備えることを特徴とする、請求項1に記載の荷電粒子線照射装置。
【請求項3】
前記照射部が、回転ガントリで構成されていることを特徴とする請求項2に記載の荷電粒子線照射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−351339(P2006−351339A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−175606(P2005−175606)
【出願日】平成17年6月15日(2005.6.15)
【出願人】(301032942)独立行政法人放射線医学総合研究所 (149)
【Fターム(参考)】