説明

蒸気タービンロータ及び蒸気タービンロータの製造方法

【課題】ロータディスクの周縁に動翼の翼列をアキシャルエントリー式に装着した蒸気タービンロータにおいて、簡易な構造及び施工法で信頼性の高い防食機能を確保する。
【解決手段】動翼2の翼脚部2bをロータディスク1の翼溝1aに嵌合した組み立て状態で、動翼2とロータディスク1とを嵌合することによりロータディスク1の蒸気流入側面5及び蒸気流出側面6に形成される隙間3a、3bとロータディスク1の外周に形成される隙間4とのそれぞれについて、これら隙間を覆い且つ隙間端部からの幅が所定の腐食代相当の領域からなる被覆領域AR1〜AR3のみに皮膜11a〜11cを成膜する。このとき、目標とする腐食寿命が経過するまでの間、皮膜11a〜11cが剥がれたり、皮膜11a〜11cの下層への腐食の回り込み等により腐食性成分が隙間に侵入したりすることなく、防食材としての性能を確保することの可能な幅を、腐食代として設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸気タービンロータに関し、特に、タービン動翼の翼脚とロータディスクの翼溝とを嵌め合わせるようにした蒸気タービンロータ及び蒸気タービンロータの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、蒸気タービンでは、各段のロータディスクの周縁に沿って動翼の翼列が装着されており、特に、最終段低圧部の動翼には高い強度が要求されるため、アキシャルエントリー式の固定構造が採用されている。
図4から図6は、アキシャルエントリー式による動翼の基本的な構造を示したものである。
【0003】
各図において、1はロータディスク、2は動翼であり、図4に示すように、ロータディスク1には、その外周縁に沿ってクリスマスツリーと呼ばれる溝形状の翼溝1aが軸方向に刻設されている。その結果、ロータディスク1の外周にクリスマスツリー形状のツリー部1bが形成されている。
一方、動翼2には、翼幹2aの根元に、翼溝1aに対応するクリスマスツリー形状の溝形状が刻設された翼脚部2bが形成されている。
【0004】
そして、図6に示すように、翼溝1a及び翼脚部2bの溝どうしが嵌合するように動翼2を、ロータディスク1の軸長方向から嵌め込むことにより、動翼2をロータディスク1に固定するようになっている。
このため、ロータディスク1に動翼2をアキシャルエントリー式に装着した蒸気タービンロータ50では、動翼2の翼脚部2bとロータディスク1のツリー部1bとの間に僅かながら隙間が形成される。図6の場合には、ツリー部1bと翼脚部2bとの間に隙間3が形成され、隣り合う翼脚部2bどうしの間に隙間4が形成される。
【0005】
そして、ツリー部1bと翼脚部2bとの隙間3は、図7に示すように、ロータディスク1の軸方向に形成されるため、動翼2を通過する蒸気の通流方向に沿って形成されることになり、しかも、蒸気タービン稼働中には、動翼2の蒸気流入側面5と蒸気流出側面6との間に動翼2で発生する動力に応じた圧力差が生じることから、蒸気タービン稼働中に、この隙間3に、硫化水素や塩化物イオンなどの腐食性成分を含む蒸気が流入することになる。
【0006】
流入した蒸気は、蒸気タービンが運転停止したことによる圧力変動や、運転状況によって乾燥と湿潤とが繰り返されることによって結露し、蒸気中に含まれる腐食性成分が濃縮した液体として翼脚部2bや翼溝1a表面に付着する。
通常、蒸気タービン稼働中は、蒸気タービン内には酸素は存在せず、酸化腐食は生じ難いものの、蒸気タービンに異常が生じたとき或いは停止期間中には酸素が供給され、このため腐食が生じ、この腐食に伴って応力腐食割れや腐食疲労等が生じ、ロータディスク1や動翼2に影響を及ぼすおそれがある。
【0007】
そこで、翼溝1a及び翼脚部2bの防食方法として、ロータディスク1の翼溝1aに、刷毛塗り法等によりコーティングを施した後、動翼2をロータディスク1に取り付けるようにしたもの、或いは、翼溝1aに耐熱性を有する有機系樹脂をディスペンサで塗布することによりコーティングの作業性の向上を図ったもの(例えば、特許文献1参照)等が提案されている。
【0008】
また、特許文献2には、さらなる防食性の向上を図るために、動翼2の翼脚部2bとロータディスク1の翼溝1aとにそれぞれ2層の防食層を設け、その後、動翼2をロータディスク1に取り付けるようにしたものも提案されている。この2層の防食層としては、例えば1層目は薄い鱗片状の二硫化モリブデンとエポキシ樹脂の結合剤との混合剤からなる内側防食層、2層目はフッ素ゴム樹脂剤等からなる外側防食層で構成されたものである。
【0009】
また、動翼2をロータディスク1に取り付けた状態で、タービンロータ部材表面全体に金属コーティングを溶射することで防食を図るようにしたもの(例えば特許文献3参照)、図8に示すように、ロータディスク1のツリー部1b及び動翼2の翼脚部2bの端面を、閉塞板7を用いて塞ぐことでツリー部1bと翼脚部2bとの間にできる隙間に蒸気が侵入することを防止するようにしたもの(例えば、特許文献4参照)なども提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平7−119402号公報
【特許文献2】特開2004−204760号公報
【特許文献3】特開平7−278780号公報
【特許文献4】特開2005−69018号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、上述のように、刷毛塗り法や、ディスペンサなどにより、ロータディスク1の翼溝1aや、翼脚部2bの表面に樹脂を塗布して防食層を形成する方法においては、ロータディスク1の1段あたりの装着枚数が30枚程度にも及ぶ動翼2の個々について樹脂を均一な厚さに塗布し、さらにその塗布状態を検査するのには多大な時間と労力とを要することになる。
【0012】
また、閉塞板7を用いて動翼2の翼脚部2b及びロータディスク1のツリー部1bの端面を塞ぐ方法にあっては、蒸気タービンロータの外周面の隣り合う動翼2間に生じる隙間4を防ぐ構造が難しく、密閉性の面で不十分であると考えられる。この密閉性不足を補助する目的で、翼脚部2bに合成樹脂を塗布した後、動翼2をロータディスク1に取り付けることにより、隙間4の密閉を図る方法も提案されているが、前述と同様に、施工や検査工程に多大な時間を要す等といった問題がある。
そこで、この発明は、上記従来の未解決の問題に着目してなされたものであり、ロータディスクの周縁に動翼の翼列をアキシャルエントリー式に装着した蒸気タービンロータにおいて、簡易な構造、施工法で信頼性の高い防食性を確保することの可能な蒸気タービンロータ及び蒸気タービンロータの製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明の請求項1に係る蒸気タービンロータは、動翼を嵌め込むための複数の嵌め込み溝が外周部に形成されたロータディスクを有するロータ本体と、前記嵌め込み溝と嵌合する複数の動翼とを備え、前記嵌め込み溝と前記動翼とを嵌合させることにより形成される隙間への腐食性成分の侵入を阻止するための遮蔽層を備えた蒸気タービンロータにおいて、蒸気タービンロータの蒸気流入側又は蒸気流出側に開口した隙間に対する遮蔽層は、前記隙間の開口部と当該開口部の縁から所定の腐食代の幅の領域とからなる被覆領域のみに配置されることを特徴としている。
【0014】
また、請求項2に係る蒸気タービンロータは、前記腐食代は、前記遮蔽層が、前記隙間への腐食性成分の侵入を防止する遮蔽材としての機能を維持することの可能な期間を表す腐食寿命の目標値に応じて設定されることを特徴としている。
また、請求項3に係る蒸気タービンロータは、前記ロータディスクの外周側に開口した隙間に対する遮蔽層は、前記ロータディスクの外周側に開口した隙間の開口部と当該開口部の縁から前記腐食代の幅の領域とからなる被覆領域のみに配置されることを特徴としている。
さらに、請求項4に係る蒸気タービンロータは、前記遮蔽層は、合成樹脂からなる第1の皮膜と、第2の皮膜との積層構造を有し、前記第2の皮膜は、前記第1の皮膜を覆う金属コーティング層であることを特徴としている。
【0015】
また、請求項5に係る蒸気タービンロータの製造方法は、動翼を嵌め込むための複数の嵌め込み溝が外周部に形成されたロータディスクを有するロータ本体と前記嵌め込み溝と嵌合する複数の動翼とを備え、前記嵌め込み溝と前記動翼とを嵌合させることにより形成される隙間に、当該隙間への腐食性成分の侵入を阻止する遮蔽層を設けるようにした蒸気タービンロータの製造方法において、前記遮蔽層が前記隙間への腐食性成分の侵入を防止する遮蔽材としての機能を維持することの可能な期間を表す腐食寿命の目標値に応じて腐食代を設定し、前記嵌め込み溝と前記動翼とを嵌合させた後、前記隙間の開口部と当該開口部の縁から前記腐食代の幅の領域とからなる被覆領域のみに前記遮蔽層を塗布し、且つ、前記遮蔽層を塗布する前に、少なくとも前記被覆領域に、前記遮蔽層との密着性を向上させるための密着性向上処理を行うことを特徴としている。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、嵌め込み溝と動翼とを嵌合させることにより形成される蒸気タービンロータの、蒸気流入側又は蒸気流出側に開口した隙間に対する遮蔽層を、開口部及び開口部の縁から所定の腐食代の幅の領域のみに配置するようにしたから、例えば遮蔽層を蒸気タービンロータの表面全体に配置する場合に比較して、遮蔽層の生成工程及び生成した遮蔽層の確認工程等に要する所要時間を大幅に短縮することができ、隙間への腐食性成分の侵入を容易且つ簡易な構成で防止することができる。
【0017】
特に、請求項2に係る発明によれば、遮蔽層が、蒸気タービンロータの蒸気流入側又は蒸気流出側に開口した隙間への腐食性成分の侵入を防止する遮蔽材としての機能を維持することの可能な期間を表す腐食寿命の目標値に応じて腐食代を設定したため、仮に、遮蔽層が配置されていない領域における腐食が進み遮蔽層の下に回り込んで腐食が進んだとしても、遮蔽層は、目標とする腐食寿命に達するまでの間は腐食性成分の侵入を防止する遮蔽材としての機能を発揮することができ、必要以上の領域に遮蔽層を配置することを回避し適切な範囲のみに遮蔽層を配置することができる。
【0018】
また、請求項3に係る発明によれば、ロータディスクの外周側に開口した隙間に対する遮蔽層を、ロータディスクの外周側に開口した隙間の開口部と当該開口部の縁から前記腐食代の幅の領域とからなる被覆領域のみに配置したため、必要以上の領域に遮蔽層を配置することを回避し、隙間への腐食性成分の侵入を容易且つ簡易な構成で防止することができる。
さらに、請求項4に係る発明によれば、合成樹脂からなる第1の皮膜と第1の皮膜を覆う金属コーティング層とから遮蔽層を構成したため、第1の皮膜の耐食性を向上させることができ、結果的に遮蔽層の腐食寿命を延ばすことができる。
【0019】
また、請求項5に係る発明によれば、嵌め込み溝と動翼とを嵌合させた後、嵌め込み溝と動翼とを嵌合させることにより形成される隙間の開口部と当該開口部の縁から腐食代の幅の領域とからなる被覆領域のみに遮蔽層を塗布し、前記腐食代として、前記遮蔽層が前記隙間への腐食性成分の侵入を防止する遮蔽材としての機能を維持することの可能な期間を表す腐食寿命の目標値に応じて設定したため、例えば遮蔽層を蒸気タービンロータの表面全体に配置する場合に比較して、遮蔽層の生成工程及び生成した遮蔽層の確認工程等に要する所要時間を大幅に短縮することができ作業効率を向上させることができる。さらに、遮蔽層を塗布する前に、少なくとも遮蔽層を塗布する被覆領域を含む領域に、遮蔽層との密着性を向上させるための処理(例えば、ショットピーニングやサンドブラスト処理等)を行うため、遮蔽層の密着性を向上させることができる。よって、被覆領域のみに遮蔽層を設けることにより、遮蔽層を全面に形成する場合等に比較して遮蔽層が剥がれやすくなる等も考えられるが、密着性向上処理を行うことにより、遮蔽層が剥がれやすくなることを回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施の形態の一例を示す要部の斜視端面図である。
【図2】(a)は図1のA−A断面図、(b)は図1のB−B断面図である。
【図3】本発明のその他の実施の形態を表す図であって、(a)は図1のA−A断面図、(b)はB−B断面図である。
【図4】ディスクロータの基本構造を示す斜視図である。
【図5】動翼の基本構造を示す斜視図である。
【図6】動翼をディスクロータに装着した蒸気タービンロータの要部の斜視端面図である。
【図7】動翼をディスクロータに装着した蒸気タービンロータの要部の周面図である。
【図8】従来の防食構造の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
図1は、本発明を適用した、蒸気タービンロータの要部を示したものであり、ロータディスク1の翼溝1aに、動翼2の翼脚部2bをアキシャルエントリー式に装着した蒸気タービンロータ50の組立状態の概略構成を示したものである。図2は、図1のA−A断面図である。
前述のように、ロータディスク1に動翼2をアキシャルエントリー式に装着した蒸気タービンロータでは、動翼2の翼脚部2bとロータディスク1のツリー部1bとの間、また、隣り合う翼脚部2bどうしの間には僅かながら隙間が形成される。
【0022】
本実施形態においては、図1及び図2に示すように、ツリー部1bと翼脚部2bとの間又は翼脚部2bどうしの間に形成される隙間を覆い且つ隙間の周囲の領域のみに皮膜が形成される。すなわち、図2(a)に示すように、ロータディスク1の蒸気流入側面5に形成されるツリー部1bと翼脚部2bとの間の隙間3a、ロータディスク1の蒸気流出側面6に形成されるツリー部1bと翼脚部2bとの間の隙間3b、さらに図2(b)に示すように、隣り合う翼脚部2bどうしによりロータディスク1の外周に形成される隙間4に、それぞれ皮膜11a〜11cが形成される。
【0023】
前記皮膜11aは、図1、図2に示すように、蒸気流入側面5の隙間3aの開口部を覆い且つ開口部周囲の領域を含む被覆領域AR1のみに形成される。この被覆領域AR1は、皮膜11aの目標とする腐食寿命(以後、目標腐食寿命という)に応じて設定される。なお、ここでいう、腐食寿命とは、皮膜11aを、隙間3aを覆うように配置した状態で蒸気タービンロータ50を稼働させた場合に、皮膜11aが、外部からの隙間3aへの腐食性成分の侵入を防止することの可能な期間を表す。
【0024】
つまり、隙間3aに皮膜11aを被覆した状態で蒸気タービンロータ50を稼働させた場合、ツリー部1b又は翼脚部2bにおいて、皮膜11aの下層となる領域(以下、防食領域という)は皮膜11aにより遮蔽されるため防食が図られるが、皮膜11aが配置されていない部分には腐食が生じる。このため、腐食が進み皮膜11aの下側に回り込んで腐食が生じると、皮膜11aと防食領域との間に隙間が生じて皮膜11aが剥がれたり、また、皮膜11aと防食領域との間の隙間を通って隙間3aに腐食性成分が侵入したりする可能性がある。そこで、皮膜11aが剥がれたり、腐食が進んで隙間3aに腐食性成分が侵入したりすることなく、皮膜11aが遮蔽材として腐食性成分の隙間3aへの侵入を確実に防止することの可能な期間を腐食寿命としている。
【0025】
前記皮膜11bは、図1、図2に示すように、蒸気流出側面6の隙間3bの開口部を覆い且つ開口部周囲の領域を含む被覆領域AR2のみに形成される。この被覆領域AR2は、皮膜11bの目標腐食寿命に応じて設定される。
同様に、前記皮膜11cは、図1、図2に示すように、ロータディスク1の外周に形成される隙間4の開口部を覆い且つ開口部周囲の領域を含む被覆領域AR3のみに形成される。この被覆領域AR3は、皮膜11cの目標腐食寿命に応じて設定される。
【0026】
なお、皮膜11b及び11cにおける腐食寿命とは、皮膜11aの場合と同様に、皮膜11b(又は11c)を、隙間3b(又は4)を覆うように配置した状態で蒸気タービンロータを稼働させた場合に、皮膜11b(又は11c)が外部からの隙間3b(又は4)への腐食性成分の侵入を防止することの可能な継続時間を表す。
そして、皮膜11a〜11cの被覆領域AR1〜AR3は、具体的には、次の手順で設定される。すなわち、まず、目標腐食寿命を決定する。例えば、蒸気タービンロータ50の目標稼働時間に応じて設定し、例えば、蒸気タービンロータ50をX時間稼働させる場合には、皮膜11a〜11cの目標腐食寿命として、皮膜11a〜11cが、X時間の間、腐食性成分の侵入を防止することの可能な時間相当に設定する。
【0027】
次に、皮膜11a〜11cの腐食代x1〜x3を設定する。腐食代x1は、図2(a)に示すように、皮膜11aを、隙間3aを覆うように配置した場合の、隙間3aの縁から皮膜11aの端部までの領域を表す。すなわち、皮膜11aとツリー部1b又は翼脚部2bとが接着する接着代を表す。
同様に、腐食代x2は、図2(a)に示すように、皮膜11bを、隙間3bを覆うように配置した場合の、隙間3bの縁から皮膜11bの端部までの領域を表す。また、腐食代x3は、図2(b)に示すように、皮膜11cを、隙間4を覆うように配置した場合の、隙間4の縁から皮膜11cの端部までの領域を表す。
【0028】
そして、腐食代x1は、予め設定した、目標腐食寿命と、この目標腐食寿命の期間に腐食性成分の侵入を防止することの可能な腐食代との対応に基づいて設定する。この対応は予め実験などによって検出しておく。つまり、前述のように、皮膜11aは、皮膜11aが配置された場所を除く領域からの腐食の回り込みにより、剥がれたり、腐食性成分の隙間への侵入を十分に防止することができない状態となったりし、その腐食寿命は、蒸気タービンロータ50の稼働条件や稼働環境等によっても変化するため、対象とする蒸気タービンロータ50の稼働条件や稼働環境等を考慮して、目標腐食寿命を満足することの可能な、腐食代を予め検出しておく。
【0029】
そして、腐食代x2、x3を設定する。ここで、腐食代x2、x3は、腐食代x1と同様の手順で設定し、隙間3a、3b、4毎に個別に腐食代を設定してもよいが、ここでは、腐食代x2及びx3として、腐食代x1の値を設定する。すなわち、隙間3aは蒸気流入側面5に形成される隙間であるため、蒸気流出側面6に形成される隙間3b及びロータディスク2の外周に形成される隙間4に形成される皮膜11b、11cは、隙間3aに形成される皮膜11aに比較して皮膜周囲に生じる腐食が比較的小さく、皮膜11b、11cの腐食寿命は比較的長い。このため、腐食寿命が最も短い皮膜11aを代表とし、この皮膜11aの目標腐食寿命を満足し得る腐食代x1を腐食代x2、x3として設定する。
【0030】
例えば、目標腐食寿命を、30年とし、皮膜11aとして、蒸気タービンロータ50本体との密着性を高めた合成樹脂又は金属コーティングを使用したとき、腐食代x1は、10〜30mm程度に設定される。
そして、図2(a)に示すように、隙間3aの開口部を含み、隙間3aの縁から左右に腐食代x1の幅の領域を被覆領域AR1とする。
同様に、図2(a)に示すように、隙間3bの開口部を含み隙間3bの縁から左右に腐食代x2の幅の領域を被覆領域AR2とする。さらに、図2(b)に示すように、隙間4の開口部を含み隙間4の縁から左右に腐食代x3の幅の領域を被覆領域AR3とする。
前記皮膜11a〜11cは、合成樹脂若しくは金属コーティングにより形成される。また、これら合成樹脂若しくは金属コーティングは、ロータディスク1及び動翼2に対する高密着性や耐熱性を有すると共に、水蒸気や酸素等の気体に対する遮蔽性を有する。
【0031】
例えば、動翼2が蒸気タービンの最終段動翼である場合には、最終段動翼の雰囲気温度は、通常100℃以下ではあるが、非常時等には300℃以上に曝される可能性もあるため、皮膜11a〜11cは、非常時等において生じると予測される最高温度相当の温度に対する耐熱性を有する素材で形成される。例えば、動翼2が最終段動翼として適用され雰囲気温度が300℃程度に達する場合には、皮膜11a〜11cとして、300℃程度に対して耐熱性を有する素材が用いられ、例えばこの耐熱性を有する合成樹脂として、ポリアミドイミド又はポリアミドイミドに二硫化モリブデン又はグラファイトを複合させた樹脂(以下、これら樹脂をポリアミドイミド樹脂という。)を使用する。
【0032】
このような特性を有する皮膜11a〜11cを、蒸気タービンロータに形成される隙間3a、3b、4を塞ぐように配置することにより、隙間3a、3b、4への水蒸気や酸素等の気体の侵入が回避される。これはすなわち蒸気タービンロータ稼働中に生じる、硫化水素や塩化物イオンなどの腐食性成分を含む水蒸気や酸素等が、隙間3a、3b、4に侵入することを防止することになり、隙間3a、3b、4に腐食性成分が侵入することに起因する、ロータディスク1の翼溝1a及び動翼2の翼脚部2bの腐食を防止することができる。
【0033】
また、各皮膜11a〜11cは、それぞれ対応する隙間3a、3b、4に対して、被覆領域AR1〜AR3のみに配置している。このため、例えば蒸気タービンロータ50の表面全体に防食材を塗布する場合に比較して、皮膜11a〜11cを塗布する面積が狭くてすむから、その分、防食材の塗布工程を短縮することができると共に、塗布した後の防食材の点検等に要する所要時間も短縮することができ、結果的に、ロータディスク1への動翼2の取り付け工程全体の所要時間を短縮することができると共に作業を簡略化することができる。
特に、刷毛塗り法を用いた場合には、塗布する面積が広いときほど均一に塗布することは困難となるが、図1に示すように、隙間3a、3b、4を含む被覆領域AR1〜AR3のみに塗布すればよいから、塗布作業をより容易に行うことができ、作業者の負担をより軽減することができる。
【0034】
また、各皮膜11a〜11cを塗布する領域として被覆領域AR1〜AR3を設定し、この被覆領域AR1〜AR3の腐食代x1〜x3は、各皮膜11a〜11cが、目標腐食寿命を確保することの可能な値に設定している。このため、蒸気タービンロータを稼働することにより、ツリー部1bや翼脚部2bに腐食が生じ、皮膜11a〜11cの下層に回り込んで腐食が進んだとしても、目標腐食寿命の期間は、皮膜11a〜11cは、防食材としての性能を確保することができ、各隙間3a、3b、4への腐食性成分の侵入を防止することができる。したがって、目標腐食寿命の期間は、隙間部3a、3b、4への腐食性成分の侵入を防止することができ、その分、隙間部3a、3b、4への腐食性成分の侵入を遅らせることができるから、蒸気タービンロータ50全体の寿命の延長を図ることができる。
【0035】
次に、上記皮膜11a〜11cの生成方法を説明する。
まず、皮膜11a〜11cの目標腐食寿命を設定する。
次に、目標腐食寿命を確保するのに必要な皮膜11a〜11cの腐食代x1〜x3を決定する。この皮膜11a〜11cの腐食代x1〜x3は、前述のように、予め設定した目標腐食寿命と、この目標腐食寿命を確保するのに必要な皮膜11aの腐食代との対応に基づき決定する。
そして、図2に示すように、隙間3aの開口部を含む隙間3aの左端から腐食代x1までの領域及び隙間3aの右端から腐食代x1までの領域を被覆領域AR1として設定する。
【0036】
同様に、隙間3bの開口部を含む隙間3bの左端から腐食代x2までの領域及び隙間3aの右端から腐食代x2までの領域を被覆領域AR2として設定し、隙間4の開口部を含む隙間4の左端から腐食代x3の領域及び隙間4の右端から腐食代x3までの領域を被覆領域AR3として設定する。
そして、翼脚部2bを溝部1aに嵌め込むことにより、動翼2をディスクロータ1に取り付ける。
次に、皮膜11a〜11cを生成すべき塗布面、すなわち、隙間3a、3b、4を覆う被覆領域AR1〜AR3を、溶剤にて脱脂する。
【0037】
続いて、脱脂した被覆領域AR1〜AR3に、刷毛塗り法又はスプレーを用いて、遮蔽材としての、ポリアミドイミド樹脂からなる合成樹脂を塗布した後、赤外線加熱装置を用いて予備乾燥(温度150℃)し、その後、300℃程度の高温で本加熱をして、ポリアミドイミド樹脂を硬化させて、皮膜11a〜11cを形成する。
これにより、隙間3a、3b、4を含む被覆領域AR1〜AR3に、隙間3a、3b、4を覆うように皮膜11a〜11cが形成される。
なお、皮膜11a〜11cの膜厚は特に制約はないが、塗装コストと防食性能とのバランスから、膜厚が30〜100μm程度となるように膜厚を調整すればよい。
【0038】
また、上記実施の形態においては、被覆領域AR1〜AR3に合成樹脂からなる皮膜11a〜11cのみを成膜する場合について説明したがこれに限るものではない。例えば図3に示すように、上記と同様の手順で合成樹脂からなる皮膜12a〜12cを成膜した後、さらにこの皮膜12a〜12cのそれぞれに対し、各皮膜12a〜12cの表面を覆うように金属コーティング13a〜13cを塗布することにより、隙間部3a、3b、4を含む領域に、合成樹脂からなる皮膜12a〜12cとこの上に積層された金属コーティング13a〜13cとの2層からなる防食層を生成してもよい。
【0039】
このようにすることによって、皮膜12a〜12cを、エロージョン損傷等から保護することができ、皮膜12a〜12cの耐食性をより向上させることができる。このため、皮膜12a〜12cの腐食寿命を向上させることができ、すなわち蒸気タービンロータの寿命を延ばすことができる。
なお、この場合には、皮膜12a〜12c及び金属コーティング13a〜13cとの積層構造の腐食寿命に基づいて腐食代x1〜x3を設定すればよい。
【0040】
また、上記実施の形態においては、ポリアミドイミド、或いはポリアミドイミドと二硫化モリブデン及びグラファイトとを複合させた樹脂等、のポリアミドイミド樹脂を、皮膜11a〜11cとして用いる場合について説明したがこれに限るものではなく、皮膜11a〜11cとして金属コーティングを行うようにしてもよい。要は、高密着性や耐熱性を有すると共に、水蒸気や酸素等の気体に対する遮蔽性を有する素材であれば適用することができる。
【0041】
また、上記実施の形態において、皮膜11a〜11cの密着性を向上させるための密着成向上処理として、ショットピーニングやサンドブラスト処理を、皮膜11a〜11cを成膜する前に、被覆領域AR1〜AR3に対して行うようにしてもよい。このように、ショットピーニングやサンドブラスト処理を行うことにより、皮膜11a〜11cと、ツリー部1bや翼脚部2bとの密着性を向上させることができる。すなわち、皮膜11a〜11cを被覆領域AR1〜AR3のみに形成する構成であると、被覆11a〜11cの周縁部分のどこか一カ所でも外力や水分の侵入などが原因でめくれ上がったりしてしまった場合に、その部分を起点として被覆11a〜11cが剥がれてしまうということも考えられ、この点、全面に被覆を形成する従来の構成に比較して、被覆11a〜11cが剥がれやすいとも言える。これに対し、上記したように、ショットピーニングやサンドブラスト処理により密着性の向上を図っておけば、皮膜11a〜11cを剥がれにくくすることができ、腐食寿命の延長を図ることができる。
【0042】
また、上記実施の形態においては、被覆領域AR1〜AR3のみに皮膜11a〜11cを設ける場合について説明したがこれに限るものではなく、被覆領域AR1〜AR3及びその周囲を含む領域にショットピーニングやサンドブラスト処理を行うようにしてもよい。ここで、ショットピーニングやサンドブラスト処理を行うことにより、密着性を向上させることができると共に、表面硬化を図ることができるため耐磨耗性を向上させることができる。したがって、被覆領域AR1〜AR3の周囲の耐磨耗性を向上させることにより、皮膜11a〜11cの周端部からの腐食の回り込みによって、ツリー部1bや翼脚部2bの、皮膜11a〜11cの下側部分が侵食されることを抑制することができ、結果的に皮膜11a〜11cを剥がれにくくすることができる。その結果、腐食寿命の延長を図ることができる。
【0043】
また、上記実施の形態においては、皮膜11a〜11cが目標腐食寿命を維持することの可能な腐食代x1〜x3に基づき被覆領域AR1〜AR3を設定した場合について説明したがこれに限るものではない。
例えば、皮膜11a〜11cを成膜するための成膜作業に伴う労力、成膜した皮膜の検査に要する所要時間等の許容値を設定し、この許容値の範囲内で成膜することの可能な皮膜11a〜11cの腐食代x1〜x3を設定し、これに基づき設定される被覆領域AR1〜AR3のみに皮膜11a〜11cを成膜する。そして、このようにして設定した被覆領域AR1〜AR3の範囲のみに成膜することで形成される皮膜11a〜11cの腐食寿命を特定し、この腐食寿命を、蒸気タービンロータの耐用年数として蒸気タービンロータを稼働させるようにしてもよい。例えば、予め成膜作業に伴う労力、成膜した皮膜の検査に要する所要時間等の許容値と、これら許容値を満足する場合の腐食代x1〜x3と、この腐食代x1〜x3に基づき設定される被覆領域AR1〜AR3のみに皮膜11a〜11cを成膜した場合の皮膜11a〜11cの腐食寿命と、の対応を予め実験等により検出して対応付けておき、設定される、成膜作業に伴う労力、成膜した皮膜の検査に要する所要時間等の許容値に応じて、対応する腐食代x1〜x3及び皮膜11a〜11cの腐食寿命を獲得するようにすればよい。
【0044】
そして、被覆領域AR1〜AR3が狭いほど、成膜作業に伴う労力の削減や成膜した皮膜の検査に要する所要時間の短縮を図ることができるため、成膜作業に伴う労力や皮膜の検査に要する所要時間と、蒸気タービンロータの耐用年数とを考慮して、腐食代x1〜x3を設定することによって、蒸気タービンロータに必要とされる耐用年数を確保しつつ、成膜作業に伴う労力の削減や成膜した皮膜検査に要する所要時間の短縮を図ることができる。
ここで、翼溝1aが嵌め込み溝に対応し、皮膜11a〜11cが遮蔽層に対応し、隙間3a、3bが、蒸気タービンロータの蒸気流入側又は蒸気流出側に開口した隙間に対応し、隙間4がロータディスクの外周側に開口した隙間に対応している。
【符号の説明】
【0045】
1 ディスクロータ
1a 翼溝
1b ツリー部
2 動翼
2a 翼幹
2b 翼脚部
3、3a、3b、4 隙間
5 蒸気流入側面
6 蒸気流出側面
7 閉塞板
11a、11b、11c 皮膜
12a、12b、12c 皮膜
13a、13b、13c 金属コーティング
50 蒸気タービンロータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動翼を嵌め込むための複数の嵌め込み溝が外周部に形成されたロータディスクを有するロータ本体と、前記嵌め込み溝と嵌合する複数の動翼と、前記嵌め込み溝と前記動翼とを嵌合させることにより形成される隙間への腐食性成分の侵入を阻止するための遮蔽層と、を備えた蒸気タービンロータにおいて、
蒸気タービンロータの蒸気流入側又は蒸気流出側に開口した前記隙間に対する前記遮蔽層は、前記隙間の開口部と当該開口部の縁から所定の腐食代の幅の領域とからなる被覆領域のみに配置されることを特徴とする蒸気タービンロータ。
【請求項2】
前記腐食代は、前記遮蔽層が、前記隙間への腐食性成分の侵入を防止する遮蔽材としての機能を維持することの可能な期間を表す腐食寿命の目標値に応じて設定されることを特徴とする請求項1記載の蒸気タービンロータ。
【請求項3】
前記ロータディスクの外周側に開口した隙間に対する遮蔽層は、前記ロータディスクの外周側に開口した隙間の開口部と当該開口部の縁から前記腐食代の幅の領域とからなる被覆領域のみに配置されることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の蒸気タービンロータ。
【請求項4】
前記遮蔽層は、合成樹脂からなる第1の皮膜と、第2の皮膜との積層構造を有し、前記第2の皮膜は、前記第1の皮膜を覆う金属コーティング層であることを特徴とする請求項1から請求項3の何れか1項に記載の蒸気タービンロータ。
【請求項5】
動翼を嵌め込むための複数の嵌め込み溝が外周部に形成されたロータディスクを有するロータ本体と前記嵌め込み溝と嵌合する複数の動翼とを備え、前記嵌め込み溝と前記動翼とを嵌合させることにより形成される隙間に、当該隙間への腐食性成分の侵入を阻止する遮蔽層を設けるようにした蒸気タービンロータの製造方法において、前記遮蔽層が前記隙間への腐食性成分の侵入を防止する遮蔽材としての機能を維持することの可能な期間を表す腐食寿命の目標値に応じて腐食代を設定し、前記嵌め込み溝と前記動翼とを嵌合させた後、前記隙間の開口部と当該開口部の縁から前記腐食代の幅の領域とからなる被覆領域のみに前記遮蔽層を塗布し、且つ、前記遮蔽層を塗布する前に、少なくとも前記被覆領域に、前記遮蔽層との密着性を向上させるための密着性向上処理を行うことを特徴とする蒸気タービンロータの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−149323(P2011−149323A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−10982(P2010−10982)
【出願日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【出願人】(000005234)富士電機株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】