説明

蒸着装置およびそれを用いた蒸着方法

【課題】蒸着材料供給時に生じる飛沫を抑え、投入時の液面の波紋が蒸着に与える影響を低減し、また蒸着材料のロスを少なくする。
【解決手段】真空状態となった真空室12内に、送りロール13と巻取りロール14を設けてベースフイルム15を走行させる。各ロール13,14は、ベースフイルム15の幅と略同じ円筒状、冷却キャン16の幅方向の長さはルツボ31と略同じ円筒状で、内部に冷却水が流れ、ベースフイルム15の温度上昇による変形等を抑制する。また真空室12内には、冷却キャン16と略同じ幅で設けられたルツボ31には、蒸着材料(固体状態)20aを溶解用電子銃21Bで溶融させて供給する。このルツボ31は、蒸着材料蒸発部分31Aと、これに直角に設けられた蒸着材料溶融部分31Bからなる。この蒸着材料溶融部分31Bにより、蒸着材料(固体状態)20aを供給する際に生じる波紋の影響を防止して、安定した蒸着を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録媒体などの記録材料の蒸着に用いられる蒸着装置およびそれを用いた蒸着方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
磁気記録媒体の容量は、長時間記録や記録装置の小型化により、高容量化が求められている。磁気記録媒体の中でコバルトを中心とするメタルテープは、現在DVC(Digital Video Cassette)に広く使われている。その材料としては、Co,Co-Ni,Co-Crなどの合金が使われることが多い。これらについて、低コスト化は必須の項目であり、高速にかつ安価に製造する方法が求められている。製造時の歩留りは、低コスト化を実現するための最重要項目の一つである。これは、歩留りが低く、磁気記録媒体に一箇所の欠陥でも存在すると、ドロップアウトとなって記録信号が書き込まれないため、その磁気記録媒体が再生できなくなるためである。
【0003】
ドロップアウトの数は少なければ少ないほど記録信号の品質がよくなり、より正しい再生がなされる。特に、デジタル信号の記録のためには、より欠陥の少ないものが要求されてきている。磁気記録媒体に対する記録材料の製膜方法には幾つかあるが、現在は、コストと高速生産の観点から、蒸着による製造が一般的である。この蒸着による製造法で歩留りを悪くする最大の要因は、磁気記録媒体に発生する突起と呼ばれる欠陥である。
【0004】
この欠陥は、蒸着基材(磁気記録媒体の基材)に付着したゴミや基材製造時にできる異常突起や凹みに起因するものもあるが、蒸着時にできるものも多い。その中でも、スプラッシュと呼ばれる、蒸着材料の供給や突沸などにより、記録材料の小さい塊が蒸着基材に付着する欠陥が多い。このスプラッシュが発生すると、均一な膜とならず、蒸着基材に突起が発生する。
【0005】
この欠陥を防止する方法が幾つか提案されている。
【0006】
その一例として、図12のように、蒸着材料のペレットをホッパー9から傾斜させた供給路5を通してルツボ1に供給する方法がある(例えば、特許文献1参照)。これは、供給路5に湾曲部6,7を設けて、この湾曲部6,7で、一旦蒸着材料のペレットを減速させてからルツボ1に供給し、固体物(蒸着材料のペレット)が液体(溶解した蒸着材料)に供給された時に発生する飛沫を極力防止する方法である。
【0007】
また、図13のように、ルツボ1に逆凸状の仕切り板2Aを設け、ベースフイルム15の冷却キャン16に仕切り板2Bを設け、蒸着材料のペレット20が固体のまま1Aに対応する液面を通過しないようにして、蒸着材料のペレット20が溶融材料の上を走らないようにした方法がある(例えば、特許文献2参照)。
【0008】
また、図14のように、送りロール13と巻取りロール14とベースフイルム15と冷却キャン16とが設けられ、蒸着材料10を溶解専用電子ビーム4Bで溶融し、ルツボ1へ供給し、蒸発専用電子ビーム4Aで蒸発させることにより、供給時に発生する飛沫や突沸を防止する方法がある(例えば、特許文献3参照)。
【0009】
しかしながら、どの方法もスプラッシュの低減には一定の効果を得ることはできるが、満足のいくものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第3095534号公報
【特許文献2】特許第3707114号公報
【特許文献3】特公昭61−47221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述したように、蒸着による製造においては、歩留りを落とすスプラッシュが大きな問題である。スプラッシュの原因については、はっきりわかってはいないが、幾つかのはっきりした原因も知られている。例えば、蒸着材料がペレット状の場合、電子ビームなどで加熱溶融された蒸着材料にペレットを落下させることになり、ペレットが静かに溶け込まずに溶融材料の上を走ったり爆発したりする。その際に、材料の飛沫が蒸着基材に付着し突起欠陥となる。
【0012】
その対策として、特許文献1のように、飛沫の発生を少なくするために供給するペレットをソフトに落下させる、あるいは転がし入れるなどの方法が提案されている。また、特許文献2のように、ルツボに逆凸状の仕切り板を設け、蒸着材料が固体のまま液面を通過しないようにして、固体の蒸着材料が溶融した蒸着材料の上を走らないようにした方法や、特許文献3のように、蒸着材料を溶解専用電子ビームで溶融し、ルツボへ供給することによって、供給時に発生する飛沫や突沸を防止する方法が提案されている。
【0013】
しかしながら、データ記録に使用される磁気記録テープでは、ドロップアウト数が10個/分以下でないと、欠陥補正を行っても記録の欠落につながる重大欠陥となる。
【0014】
特許文献1の方法では、飛沫の発生を少なくできても、落下時の溶融材料表面に発生する波紋をなくすことはできないという問題を有している。
【0015】
我々が鋭意研究した結果、溶融材料表面で発生した波紋が、スプラッシュを発生させていることがわかった。特許文献1の方法では、飛沫の発生を少なくできても波紋の発生を抑えることができないために、波紋から発生するスプラッシュを抑えることはできない。
【0016】
また、特許文献2の方法は、波紋並びに溶融材料の上を走ったり爆発したりした時に発生するスプラッシュには有効であるが、飛沫の発生を抑えることはできないという問題を有している。飛沫防止の目的でルツボの上方に仕切り板を設けているが、斜方蒸着では蒸着材料が被蒸着物に付着する割合が10%未満とされており、残りの約90%が被蒸着物以外に付着する。このため、ルツボを長くすればするほど蒸着材料が無駄になるだけではなく、他の部位に付着した蒸着材料が熱による再溶融で溶け出してルツボ上に落下するために、スプラッシュの最大原因と考えられる飛沫や溶融材料表面にできる波紋の原因になる場合がある。特に、特許文献2ではルツボからの距離が近く、仕切り板に付着した蒸着材料が輻射熱で再溶融して溶け出し、飛沫や溶融材料表面にできる波紋によりスプラッシュになる。
【0017】
また、より安価な棒形状のものを使用する特許文献3の製造装置でも、やはり飛沫は発生する。通常、棒状の蒸着材料は電子銃からの電子ビームで加熱溶融し、解けた材料の雫として供給するが、落下時に飛沫が発生したり、落下時の溶融材料表面にできる波紋がルツボの蒸着部分に影響して欠陥を生ずることがある。この影響をなくするために、ルツボを長くし溶融部分と蒸着部分の距離を置くなどしている。このため、材料のリサイクルの観点からも他部位への付着量が多ければ多いほど、回収に時間がかかると共に不純物の混入などの弊害が発生し、分別回収が難しくなり、一部材料廃棄などにつながり、安価なものづくりの妨げになっている。
【0018】
前述したように、特許文献1,2,3の現状方式では効果はあるが、なお欠陥が残るために不十分である。
【0019】
本発明は、前述した問題に鑑みて考案されたものであり、蒸着材料の供給時に発生する飛沫を抑え、さらに投入時の液面の波紋が蒸着に与える影響を低減すると共に、蒸着材料のロスをできるだけ少なくする蒸着装置およびそれを用いた蒸着方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明は前記の目的を達成するため、請求項1に記載の蒸着装置は、蒸着層が形成される蒸着基材を搬送しながら冷却する冷却キャンと、前記蒸着層を形成する蒸着材料が充填されるL字形のルツボと、前記ルツボ内の蒸着材料に電子ビームを照射する電子ビーム照射手段と、を備え、前記ルツボは、前記冷却キャンの幅方向に伸びた蒸着材料蒸発部分と、前記幅方向と直角に伸びた蒸着材料溶融部分とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、スプラッシュの原因となる蒸着材料の供給時に発生する飛沫を抑え、さらに投入時の液面の波紋が蒸着に与える影響を低減することにより、スプラッシュが原因で発生するドロップアウトを減少させ、テープの品質を向上させることができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施の形態1における(a)は蒸着用ルツボの斜視図、(b)は蒸着装置の概略構成図
【図2】本実施の形態1における蒸着装置の概略上面図
【図3】本実施の形態1におけるルツボの(a)は上面図、(b)は正面の断面図、(c)は右測面の断面図
【図4】従来方式の波紋とスプラッシュの関係を説明する図
【図5】本実施の形態1における波紋とスプラッシュの関係を説明する図
【図6】本発明の実施の形態2におけるルツボの上面図
【図7】本発明の実施の形態3における波紋とスプラッシュの関係を説明する図
【図8】本実施の形態3におけるルツボの(a)は斜視図、(b)は正面断面図
【図9】本発明の実施の形態4におけるルツボの(a)は上面図、(b)は正面断面図
【図10】本発明の実施の形態5におけるルツボの(a)は上面図、(b)はA−A断面図及び部分拡大図
【図11】本発明の実施の形態6における磁気記録媒体サンプルの作製工程のフローチャート
【図12】従来(特許文献1)の蒸着材料の供給方法を説明する図
【図13】従来(特許文献2)の蒸着材料の供給方法を説明する図
【図14】従来(特許文献3)の蒸着材料の供給方法を説明する図
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照して本発明における実施の形態を詳細に説明する。なお、以下の説明において、同じ構成には同じ符号を付して説明を省略する。
【0024】
(実施の形態1)
図1(a)は本発明の実施の形態1における蒸着用ルツボの斜視図であり、図1(b)は蒸着装置の概略構成図である。また、図2は蒸着装置の概略上面図であり、図3はルツボの(a)は上面図、(b)は正面の断面図、(c)は右測面の断面図である。
【0025】
図1(b)に示すように、本実施の形態1の蒸着装置では、その頭部と底部にそれぞれ設けられた排気口11から真空ポンプ(図示せず)により排気されて内部が真空状態となされた真空室12内に、図中の反時計回り方向に定速回転する送りロール13と、図中の反時計回り方向に定速回転する巻取りロール14とが設けられ、これら送りロール13から巻取りロール14にテープ状の蒸着基材であるベースフイルム15(以後、蒸着基材のことをベースフイルムと呼ぶ)が順次走行するようになされている。
【0026】
これら送りロール13から巻取りロール14側にベースフイルム15が走行する中途部には、各ロール13,14の径よりも大径となされた冷却キャン16が設けられている。この冷却キャン16は、ベースフイルム15を図中の矢印方向に引き出すように設けられ、図中の時計回り方向に定速回転する構成とされている。
【0027】
また、送りロール13,巻取りロール14は、それぞれベースフイルム15の幅と略同じ長さからなる円筒状をなすものである。冷却キャン16はルツボ31と略同じ長さからなる円筒状をなしており、その内部には図示しない冷却水が流れる構造で、冷却キャン16内の冷却水によりベースフイルム15の温度上昇による変形等を抑制し得るようになされている。
【0028】
つまり、ベースフイルム15は、送りロール13から順次送り出され、冷却キャン16の周面を通過し、巻取りロール14に巻き取られていくように構成されている。
【0029】
なお、送りロール13と冷却キャン16との間、及び冷却キャン16と巻取りロール14との間にはそれぞれガイドロール17,18が配設され、送りロール13から冷却キャン16及び冷却キャン16から巻取りロール14にわたって走行するベースフイルム15に所定のテンションをかけ、ベースフイルム15が円滑に走行するようになされている。
【0030】
ここで、真空室12内は真空10−3Paとされ、冷却キャンの直径はφ1000mmであり、冷却温度は−20℃とされている。また、図2に示すように、真空室12内には、冷却キャン16と同じ幅で筐体状のルツボ31が設けられている。
【0031】
このルツボ1は、蒸着源たるCo-Ni系等の蒸着材料(固体状態)20aを供給し、溶解用電子銃21Bで溶融させるものである。本実施の形態1では、ルツボ31は、冷却キャン16の幅方向の長さと同じで、冷却キャン16と平行な部分である蒸着材料蒸発部分31Aと、この蒸着材料蒸発部分31Aと直角に設けられた蒸着材料溶融部分31Bから構成されている(図3(a)〜(c)参照)。
【0032】
本発明は、特に、蒸着材料溶融部分1Bを設けることにより、蒸着材料(固体状態)20aを供給する際に発生する波紋の影響を防止することが可能なものである。
【0033】
ここで、図4を用いて、従来方式における波紋とスプラッシュの関係を説明する。図4は従来方式のルツボ101の断面とベースフイルム15、蒸発用電子銃21A及び蒸着材料(固体状態)20aとの関係を示す図である。
【0034】
図示しない溶解用電子銃21Bにより蒸着材料(固体状態)20aが溶融されて、ルツボ101に落下する。この時、ルツボ101内の溶融材料110(図1に示す蒸着材料(溶融状態)20b)の溶融表面111は、図4で示すように、溶融した蒸着材料(固体状態)20aの落下に伴い、波立つこととなる。このように、溶融材料110は、溶融表面111が波立った状態で蒸発用電子銃21Aの電子ビームで加熱・蒸発され、蒸着材料の溶融材料110がベースフイルム15に被着される。
【0035】
そして、この波の頂点に電子ビームが当たると、頂点部分は体積が小さいために電子ビームのエネルギーが集中し、溶融材料110が突沸蒸発して、小さい塊としてベースフイルム15に付着するものと考えられる。この小さい塊(スプラッシュ)により、均一な膜にならないで突起となり、ドロップアウトの原因になるものと考えられる。
【0036】
図5は本実施の形態1における波紋とスプラッシュの関係を説明する図である。この図5は、図4に対応した本実施の形態1の内容である。図5に示すように、ルツボ31が端部を直角に曲げた蒸着材料溶融部分31Bを設けた構成になっている。溶解用電子銃21B(図示せず)により蒸着材料(固体状態)20aを加熱溶融して、解けた材料の雫をルツボ31に供給するわけであるが、蒸着材料溶融部分31Bを設けたことにより、蒸着材料蒸発部分31Aにおいて、波の影響を受けることがなく蒸着できるため、スプラッシュの発生を防止することができる。
【0037】
本実施の形態1によれば、スプラッシュの原因となる蒸着材料の供給時に発生する飛沫を抑え、さらに投入時の液面の波紋が蒸着に与える影響を低減することにより、スプラッシュが原因で発生するドロップアウトを減少させ、蒸着基材の品質を向上させることができる。また、蒸着用ルツボを小さくできるので蒸着材料のロスを少なくすることができるという効果も奏する。
【0038】
このため、波は蒸着材料溶融部分31Bで発生し、かつ減少及び消滅しているために、蒸着材料蒸発部分31Aを蒸発用電子銃21Aで加熱蒸発させても、蒸着材料蒸発部分31Aに影響することはない。すなわち、電子ビームのパワーを均一に蒸着材料(溶融状態)20bに加わることができ、均一な蒸着材料の蒸発が行えることとなる。
【0039】
本発明は、前述した構成とすることにより、電子ビームのエネルギー集中がないために、突沸蒸発することがない。そのため、蒸着材料(固体状態)20aを供給する際に発生するスプラッシュを防止することが可能なものである。
【0040】
本実施の形態1では、蒸着材料蒸発部分31Aの長さをベースフイルム15の幅より、200mm大きくした。また、蒸着材料溶融部分31Bの幅はベースフイルム15の幅に対して1/4とするとともに、奥行き寸法もベースフイルム15の幅に対して1/4とした。
【0041】
なお、蒸着材料蒸発部分31Aの長さをベースフイルム15の幅より200mm大きくしたのは、ベースフイルム15に蒸着される膜厚の均一性を確保するためであり、膜厚の均一性が確保できれば、200mmより大きくても小さくてもよく、200mmに限定されるものではない。
【0042】
また、蒸着材料溶融部分31Bの幅及び奥行きは、蒸着材料(固体状態)20aの寸法,蒸着材料(固体状態)20aの供給量,蒸着材料(固体状態)20aの落下時に発生する波の大きさ,及び仕切り板寸法に基づいて様々な検討を行ない、ベースフイルム15の1/4に決定した。しかしながら、この値は、蒸着材料(固体状態)20aの寸法,蒸着材料(固体状態)20aの供給量,蒸着材料(固体状態)20aの落下時に発生する波の大きさ,及び仕切り板寸法により決定されるものであるため、ベースフイルム15の1/4に限定されるものではない。
【0043】
一方、真空室12の側壁部には、図2に示すように、ルツボ31内に充填された蒸着材料(溶融状態)20bを加熱蒸発させるための蒸発用電子銃21Aが取り付けられている。この蒸発用電子銃21Aは、蒸発用電子銃21Aより放出される電子ビームが、ルツボ31内の蒸着材料(溶融状態)20bに照射されるような位置に配設されている。そして、この蒸発用電子銃21Aによって蒸発した蒸着材料(溶融状態)20bが、冷却キャン16の周面を定速走行するベースフイルム15上に磁性層として被着形成(蒸着)される。
【0044】
また、冷却キャン16とルツボ31との間で、かつ冷却キャン16の近傍には、入射角制限マスク22a,22bが配設されている(図1(b)参照)。この入射角制限マスク22a,22bは、蒸発源(ルツボ31)から飛来する金属上気流(蒸発した蒸着材料(溶融状態)20b)の入射角度を規制するためのもので、通常、低入射角制限マスク22aと高入射角制限マスク22bとの2つからなる。これら入射角制限マスク22a,22bは、冷却キャン16の外周表面を定速走行するベースフイルム15の所定領域を覆う形で形成され、これら入射角制限マスク22a,22bにより、蒸発した蒸着材料(溶融状態)20bがベースフイルム15に対して所定の角度範囲で斜めに蒸着されるようになっている。蒸着による成膜の際の最高入射角及び最低入射角は、これら入射角制限マスク22a,22bの開口位置によって決まる。
【0045】
このように、Co,Co-Ni合金の蒸着入射ビームは、入射角制限マスク22を設置することにより、任意に蒸着入射角の範囲を設定でき、ここではこの入射角を45°とした。
【0046】
さらに、このような蒸着に際し、真空室12の側壁部を貫通して設けられる酸素ガス導入口24を介してベースフイルム15の表面に酸素ガスが供給され(図1(b)参照)、磁気特性,耐久性及び対候性の向上が図られている。
【0047】
また、本実施の形態1では、蒸着材料蒸発部分31Aと蒸着材料溶融部分31BとでL字形を成すルツボ31を用いて説明したが、このルツボ31は、例えば、T字形(蒸着材料溶融部分31Bが図2の紙面下方向に伸びている形状)としても良い。T字形とすることで、より大量の蒸着材料が必要なために、生産性は若干落ちるが、伝わる波が壁面にぶつかる際の影響を軽減することが可能である。
【0048】
また、本実施の形態1の蒸着材料の供給時に発生する液面の波紋の影響が蒸着材料蒸発部分31Aに影響を与えないようにするために、ルツボ31の蒸着材料蒸発部分31Aに対して直角に蒸着材料溶融部分31Bを設けた構とし、これにより、供給時に波紋が発生しても蒸着材料溶融部分31Bだけに留まるため、蒸着材料蒸発部分31Aに影響を与えることがなく、波紋が原因で発生するスプラッシュを抑えることができる。
【0049】
蒸着材料(固体状態)20aの供給方式の一つである棒供給方式においては、スプラッシュを防止するために、ルツボを長く形成しなければならないという問題があったが、本実施の形態1によって、この問題を解決するとともに、蒸着用のルツボ31も小さくすることができる。
【0050】
(実施の形態2)
本発明の実施の形態2について、図6のルツボの上面図を用いて説明する。本実施の形態2において、図6に示すルツボ41の構造が違うこと以外は、前述した実施の形態1の各図と同様の構成である。
【0051】
本実施の形態2におけるルツボ41は、図6に示すように、ルツボ41の両端部分を直角に曲げ、蒸着材料溶融部分41Bを2箇所設けた構成になっている。
【0052】
本実施の形態2は、実施の形態1に比べて最終製品(成膜されたベースフイルム)を安価に高生産性で生産することが可能なものである。以下、それを実現するための本実施の形態2の構成について詳しく説明する。
【0053】
最終製品を安価に製作するためには、蒸着の生産性を高めなければならない。そのためには、蒸着速度を速くする必要があり、蒸着速度を速くするためには蒸着材料(固体状態)20aを多く供給することが必要となる。溶解用電子銃21B(図示せず)により蒸着材料(固体状態)20aを加熱溶融して、解けた蒸着材料(固体状態)20aの雫をルツボ41に供給するわけであるが、蒸着速度を上がるためには、当然のことながら蒸着材料(固体状態)20aの雫量も多くする必要がある。これに伴い、ルツボ41への落下時に蒸着材料(溶融状態)20bの波紋が大きくなり、蒸着材料蒸発部分41Aへも影響を及ぼすこととなる。
【0054】
そこで、本実施の形態2では、図6に示すように、両端に蒸着材料溶融部分41Bを設けることにより、両側から蒸着材料(固体状態)20aが供給され、溶解用電子銃21Bで溶解・供給が可能な構成になっている。このため、蒸着材料蒸発部分41Aでの蒸着速度を速めていっても、2箇所から蒸着材料(固体状態)20aを供給することにより、蒸着材料(固体状態)20aの雫量は1本供給時と同等でも対応可能である。そのため、スプラッシュの発生を防止しながら実施の形態1よりも蒸着速度を速くすることができる。
【0055】
(実施の形態3)
本発明の実施の形態3について、図7の波紋とスプラッシュの関係を説明する図を用いて説明する。また、本実施の形態3において、図7に示すルツボ51の構造が違うこと以外は、前述した実施の形態1の各図と同様の構成である。また、図8はルツボの構成を示す図であって、(a)は斜視図、(b)は正面の断面図である。
【0056】
図7,図8に示すように、ルツボ51の蒸着材料蒸発部分51Aに仕切り板2B、蒸着材料溶融部分51Bに仕切り板2Aを設けた構成になっている。
【0057】
この仕切り板2A,2Bはルツボ51の底部で蒸着材料蒸発部分51Aと蒸着材料溶融部分51Bとがつながっている。
【0058】
本実施の形態3では、蒸着材料(固体状態)20aが、溶解用電子銃21B(図示せず)で溶融され、ルツボ51の蒸着材料溶融部分51Bに供給される。この溶融された蒸着材料(固体状態)20aがルツボ51に落下する時に、液面に波が発生する。この波は、蒸着材料蒸発部分51Aに対して直角に発生するが、仕切り板2Aに衝突して、消滅することとなる。また、仕切り板2Aを越える大きな波が発生しても、仕切り板2Bに衝突し、消滅することとなる。
【0059】
このため、蒸着材料蒸発部分51Aを蒸発用電子銃21Aで加熱蒸発させても、波は蒸着材料溶融部分51Bで発生し、かつ減少及び消滅しているために、蒸着材料蒸発部分51Aに影響することはない。すなわち、電子ビームのエネルギーが均一に蒸着材料(溶融状態)20bに加わるために均一な蒸着材料の蒸発が行えることとなる。
【0060】
本実施の形態3は、前述の実施の形態と比べて波の影響を更に小さくすることができるため、蒸着材料(固体状態)20aを供給する際に発生するスプラッシュを防止する効果が高まるものである。
【0061】
また、本実施の形態3では、仕切り板2A,2Bと設けているが、蒸着材料蒸発部分51Aと蒸着材料溶融部分51Bを仕切れて、かつ蒸着材料蒸発部分51Aと蒸着材料溶融部分51Bとがルツボ51底部でつながっており(ルツボ51の底部付近以外を仕切っており)、かつベースフイルム15の幅よりも広い位置を確保して設けられれば、仕切り板の枚数や位置はこれに限定されるものではない。
【0062】
(実施の形態4)
本発明の実施の形態4について、図9(a)のルツボの上面図、(b)の正面の断面図を用いて説明する。本実施の形態4において、図9で示すルツボ61に仕切り板3A,3Bを設けたこと以外は、前述した実施の形態1と同様な形態である。
【0063】
本実施の形態4は、図9に示すように、ルツボ61の蒸着材料蒸発部分61Aに仕切り板3A,3Bを設けており、仕切り板3A,3Bはルツボ61の側壁から突堤のように突き出た壁である。蒸着材料蒸発部分61Aと蒸着材料溶融部分61Bとは、つながった構成となっている。
【0064】
前述の実施の形態1で述べたように、本実施の形態4においても、蒸着材料(固体状態)20aが、溶解用電子銃21B(図示せず)で溶融され、ルツボ61の蒸着材料溶融部分61Bに供給される時に、溶融された蒸着材料(固体状態)20aがルツボ61に落下し、液面に波が発生する。この波は、蒸着材料蒸発部分61Aに対して直角に発生するが、仕切り板3Bに衝突し、消滅することとなる。また、仕切り板3Bを越える大きな波が発生しても、仕切り板3Aに衝突し、消滅することとなる。このため、波は蒸着材料溶融部分61Bで発生し、かつ減少及び消滅しているために、蒸着材料蒸発部分61Aを蒸発用電子銃21Aで加熱蒸発させても、蒸着材料蒸発部分61Aに影響することはない。すなわち、電子ビームのパワーが均一に蒸着材料(溶融状態)20bに加わるために、均一な蒸着材料の蒸発が行えることとなる。
【0065】
前述したような、電子ビームのエネルギー集中がないために、突沸蒸発することがない。このことにより、蒸着材料(固体状態)20aを供給する際に発生するスプラッシュを防止するものである。
【0066】
また、本実施の形態4では、仕切り板3A,3Bを設けているが、蒸着材料蒸発部分61Aと蒸着材料溶融部分61Bを仕切れて、かつルツボ61内でつながっており、かつベースフイルム15の幅よりも広い位置に、設けられればいいわけであり、仕切り板の枚数や位置はこれに限定されるものではない。
【0067】
(実施の形態5)
本発明の実施の形態5について、図10(a)のルツボの上面図、(b)のA−A断面図と部分拡大図を用いて説明する。本実施の形態5において、図10(b)で示すルツボ71における蒸着材料溶融部分71Bの壁の一部に傾斜を設けたこと以外は、実施の形態1と同様な形態である。
【0068】
図10(b)に示すように、ルツボ71の蒸着材料溶融部分71Bの壁の一部に傾斜を設けることにより、蒸着材料(固体状態)20aが溶解用電子銃21Bで加熱溶融された後に、蒸着材料溶融部分71Bから供給される時に、雫となり傾斜面に落下し、自重でルツボ71に供給されることとなる。こうすることにより、材料供給時に発生する飛沫を抑制することができ、飛沫によるスプラッシュを低減するこができる。
【0069】
この傾斜面はルツボ71に設けるだけでなく、傾斜した板を蒸着材料溶融口に別に設けてもよく、溶融した蒸着材料(固体状態)20aが自重でルツボ71に供給されれば、特に限定されるものではない。また、傾斜の角度や長さについても、蒸着材料(固体状態)20aが自重でルツボ71に供給されれば、特にこれに限定されるものではない。
【0070】
(実施の形態6)
本発明の実施の形態6について、前述の各実施の形態で説明した蒸着用ルツボを使用し、磁気記録媒体を製造する蒸着装置を説明する。本実施の形態6の蒸着装置により製造される磁気記録媒体は、非磁性支持体であるベースフイルム15上に強磁性金属、あるいはその合金の薄膜からなる磁性層が形成されるとともに、この磁性層の形成面とは反対側の面にバックコート層が形成される磁気記録媒体である。
【0071】
本実施の形態6における磁気記録媒体サンプルの作製工程を図11のフローチャートで説明する。
・ポリエンエチレンテレフタレート(PET)フイルムからなるベースフイルム15(厚み6.3μ)上にCoを蒸着させ磁性層を形成する(ステップS1)。この時のCoの純度は99.99%、また厚みは2000Åである。
・この磁性層の形成面とは反対側の面にバックコート層を形成する(ステップS2)。バックコートの形成に当たっては、主成分はニトロセルロースを塗布工法により、WET厚み50μで形成する。
・磁性層の形成面に防錆目的で防錆層を形成する(ステップS3)。防錆層の形成に当たっては、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)層を形成するために、スパッタ法でカーボンをターゲットとして、70Åの膜を形成する。
・磁性層の潤滑目的で、潤滑層を形成する(ステップS4)。潤滑層の形成に当たっては、主成分はパーフルオロポリエーテルを塗布工法により、WET厚み15μで形成する。
・ドロップアウトの測定目的で、6.35mm幅に裁断し、DVC(6.35mm幅)カセットに組み込む(ステップS5)。
【0072】
なお、この蒸着に際しては、図1(a),(b)、に示すように、蒸着材料(固体状態)20aは棒材で供給され、溶解用電子銃21Bで加熱溶融して、供給する構成となっている。
【0073】
溶解された蒸着材料(溶融状態)20bは蒸発用電子銃21Aにより、加熱蒸発され、ベースフイルム15上で磁性層を形成する。
(実施例1)
前述の実施の形態1と同様な形態で、同様な装置を使用して、磁気記録媒体を製造した。なお、この時の蒸着速度は60m/分である。
(実施例2)
ルツボが実施の形態2と同様な形態(ルツボ41)で、蒸着材料(固体状態)20aの棒材を両側から供給し、蒸着速度を120m/分とした以外は、実施例1と同様な装置を使用して、磁気記録媒体を製造した。
(実施例3)
ルツボが実施の形態3と同様な形態(ルツボ51)とした以外は、実施例1と同様な装置を使用して、磁気記録媒体を製造した。
(実施例4)
ルツボが実施の形態4と同様な形態(ルツボ61)とした以外は、実施例1と同様な装置を使用して、磁気記録媒体を製造した。
(実施例5)
ルツボが実施の形態5と同様な形態(ルツボ71)とした以外は、実施例1と同様な装置を使用して、磁気記録媒体を製造した。
(比較例)
ルツボ1が通常の形態(図4のルツボ101)とした以外は、実施例1と同様な装置を使用して、磁気記録媒体を製造した。
【0074】
このようにして作製された蒸着テープのドロップアウトを測定した。測定した結果を(表1)に示す。
【0075】
【表1】

【0076】
この測定には、パナソニック社製DVCビデオデッキを改造したものを使用した。
【0077】
相対速度は3.8m/秒、記録信号は通常のビデオ信号で、基準白色を通常の50%で行うことで、よりドロップアウトがわかり易いようにした。
【0078】
ドロップアウトの基準は、再生出力が−16dbより低下した時間が10μsec以上続いた回数を測定した。測定は5分間行い、1分間当たりの平均値をドロップアウトの個数とした。
【0079】
(表1)から明らかなように、前記実施例1〜5のいずれも、比較例の通常ルツボと比較して、1分間当たりの平均ドロップアウトの個数は減少した値を示している。特に、実施例5のルツボ71の蒸着材料溶融部分71Bの壁の一部が傾斜面を有しているルツボの値が、他の実施例より小さい。
【0080】
これは蒸着材料(固体状態)20aを加熱溶融した後、その雫が自重でルツボ71に落下することにより、落下時に発生する飛沫を抑えることができているからだと考えられる。このことより、他の実施例も蒸着材料溶融部分71Bの壁の一部が傾斜面を有している方が好ましいことがわかる。
【0081】
なお、以上に説明した各実施の形態は一例であって、本発明の冷却キャンの幅方向に伸びた蒸着材料蒸発部分と、幅方向と直角方向に伸びた蒸着材料溶融部分とを有する蒸着用ルツボの応用は、同様の技術を専門とする技術者あるいは業者には容易に考えうるものであり、それらは本発明から逃れるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明は記録媒体の製造装置に使用して有効であるばかりでなく、金属蒸着膜や無機蒸着膜を必要とするシートの分野に効果があり、食品用あるいは電子製品用の防湿や湿気性を目的としたパッケージや包装紙、あるいは機能性のシートなどの生産に有効である。
【符号の説明】
【0083】
1,31,41,51,61,71,101 ルツボ
1A,31A,41A,51A,61A,71A 蒸着材料蒸発部分
1B,31B,41B,51B,61B,71B 蒸着材料溶融部分
2A,2B,3A,3B 仕切り板
4A 蒸発専用電子ビーム
4B 溶解専用電子ビーム
5 供給路
6,7 湾曲部
9 ホッパー
10 蒸着材料
11 排気口
12 真空室
13 送りロール
14 巻取りロール
15 ベースフイルム
16 冷却キャン
17,18 ガイドロール
20 ペレット
20a 蒸着材料(固体状態)
20b 蒸着材料(溶融状態)
21A 蒸発用電子銃
21B 溶解用電子銃
22a,22b 入射角制限マスク
24 酸素ガス導入口
110 溶融材料
111 溶融表面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸着層が形成される蒸着基材を搬送しながら冷却する冷却キャンと、
前記蒸着層を形成する蒸着材料が充填されるL字形のルツボと、
前記ルツボ内の蒸着材料に電子ビームを照射する電子ビーム照射手段と、を備え、
前記ルツボは、前記冷却キャンの幅方向に伸びた蒸着材料蒸発部分と、前記幅方向と直角に伸びた蒸着材料溶融部分とを有すること
を特徴とする蒸着装置。
【請求項2】
前記蒸着材料溶融部分が蒸着材料蒸発部分の両端にあること
を特徴とする請求項1記載の蒸着装置。
【請求項3】
前記蒸着材料蒸発部分と前記蒸着材料溶融部分との連通部の一部が仕切り板で仕切られていること
を特徴とする請求項1または2記載の蒸着装置。
【請求項4】
前記仕切り板は、前記ルツボの底部付近以外を仕切っていること
を特徴とする請求項3記載の蒸着装置。
【請求項5】
前記蒸着材料溶融部分の壁の一部が傾斜面を有していること
を特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の蒸着装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の蒸着装置において、電子ビーム照射手段により加熱した前記ルツボ内の蒸着材料によって、前記冷却キャンで冷却されながら搬送される前記蒸着基材に蒸着層を形成すること
を特徴とする蒸着方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2010−265498(P2010−265498A)
【公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−116261(P2009−116261)
【出願日】平成21年5月13日(2009.5.13)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】