説明

薄膜磁石

【課題】高い磁石性能、すなわち高い最大エネルギー積を実現できる薄膜磁石を提案する。
【解決手段】高い最大エネルギー積の薄膜磁石を実現するため、高い磁気異方性エネルギーと高い飽和磁化を実現できる薄膜磁石の構成を提供する。このため、Fe又はFeCo膜の一方の面に、Ta、Nb、V、Cr、Ru、Cu、Agの群から選ばれた一つ以上の金属を直に形成する。また、Fe又はFeCo膜の他方の面には、希土類元素を含む強磁性体を直に形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜磁石の構成に関する。
【背景技術】
【0002】
磁石性能は、最大エネルギー積によって表される。高い磁石性能、すなわち高い最大エネルギー積を得るためには、保磁力Hと飽和磁化Mの増加が必要である。保磁力Hの値は、結晶の状態や構造に依存して変動する。保磁力の上限は、磁気異方性エネルギーKで決まる。従って、高い保磁力の実現には、まず高い磁気異方性エネルギーの実現が必要である。
高い磁気異方性エネルギーを実現する従来技術には、以下の文献に示すものがある。
【0003】
非特許文献1は、FeCoに結晶歪を生じさせると、高い磁気異方性エネルギーを実現できることを、計算より示している。
【0004】
非特許文献2及び3は、Fe膜とCo膜を交互に積層させたFe/Co多層膜を用い、磁気異方性エネルギーを増大させることを試みている。
【0005】
特許文献1並びに非特許文献4及び5は、高い磁気異方性エネルギーを有するNdFeBと高い飽和磁化を有するFe又はFeCoを接して形成することにより、高い磁気異方性エネルギーと高い飽和磁化を実現することを試みている。
【0006】
特許文献2は、Crを含む金属膜であるCo65Cr35と、Feを含む磁性膜である第1アモルファス層Gd20Fe60Co20と、希土類元素Tbを含む磁性膜である第2アモルファス層Tb18Fe60Co22とを積層させた磁気記録媒体について記述している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−74062号公報
【特許文献2】特開2001−84546号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】T. Burkert et al., Phys. Rev. Lett., vol. 93, 027203 (2004).
【非特許文献2】V. A. Vas’ko et al., Appl. Phys. Lett., vol. 89, 092502 (2006).
【非特許文献3】S. Okamoto et al., J. Magn. Soc. Jpn, vol. 33, 451 (2009).
【非特許文献4】Y. Wu et al., J. Appl. Phys., vol. 91, 8174 (2002).
【非特許文献5】M. Shindo et al., J. Appl. Phys., vol. 81, 4444 (1997).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1は、FeCoに結晶歪を生じさせれば、磁気異方性エネルギーを増大できることを計算結果として示している。しかし、非特許文献1は、FeCoに結晶歪を生じさせる具体的な方法を開示してはいない。特に、非特許文献1は、FeCoが薄膜の場合に、FeCo膜に結晶歪を生じさせるのに適した構成及び膜厚を開示していない。
【0010】
非特許文献2及び3は、Fe膜とCo膜を交互に積層させたFe/Co多層膜を用いることで、磁気異方性エネルギーの増大を図る。しかし、非特許文献2及び3では、結晶歪の発生により磁気異方性エネルギーを増大させる試みはなされていない。特に、それぞれのFe層及びCo層に下地膜を敷くことで、磁気異方性エネルギーを増大させる試みは、な非特許文献2及び3ではなされていない。
【0011】
特許文献1並びに非特許文献4及び5は、NdFeBとFe又はNdFeBとFeCoを接触させることにより、高い磁気異方性エネルギーと高い飽和磁化を実現する試みを開示する。しかし、Fe又はFeCoに結晶歪を導入する試みはなされていない。
【0012】
特許文献2は、Crを含む金属膜とFeを含む磁性膜との多層膜について開示する。しかし、これらの磁性膜は、アモルファス(すなわち、非晶質)であり、磁性膜への結晶歪の導入は考慮されていない。
【0013】
本発明者は、かかる考察に基づき、より高い磁気異方性エネルギーと高い飽和磁化を有する薄膜磁石の構造を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係る薄膜磁石は、基板と、該基板上に形成される第1の磁性膜と、第2の金属膜と、第3の磁性膜とから少なくとも構成される。第1の磁性膜の一方の面は、第2の金属膜及び第3の磁性膜のうちの一方の膜と接し、他方の面は第2の金属膜及び第3の磁性膜ののうちの他方の膜と接する。ここで、第1の磁性膜はFe又はFeとCoの合金からなり、第2の金属膜は、Ta、Nb、V、Cr、Ru、Cu、Agの群から選ばれた一つ以上の金属からなり、第3の磁性膜は希土類元素を含む強磁性体からなる。
【発明の効果】
【0015】
第1の磁性膜と第2の金属膜の格子定数の間に差異が有る場合、第1の磁性膜と第2の磁性膜が接する部分で格子不整合が生じ、第1の磁性膜に結晶歪が導入される。これより、第1の磁性膜のc軸長とa軸長に差異が生じ、磁気異方性エネルギーが増大する。また、第1の磁性膜と第3の磁性膜の接触により、高い磁気異方性エネルギーと高い飽和磁化が実現される。この結果、従来構造の薄膜磁石に比して、磁気異方性エネルギーと飽和磁化が高い薄膜磁石を実現できる。
上記した以外の課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る薄膜磁石の基本構造を説明する図。
【図2】第1の実施例に係る薄膜磁石の層構造を示す図(実施例1)。
【図3】第2の実施例に係る薄膜磁石の層構造を示す図(実施例2)。
【図4】第3の実施例に係る薄膜磁石の層構造を示す図(実施例3)。
【図5】第4の実施例に係る薄膜磁石の層構成を示す図(実施例4)。
【図6】FeCo薄膜のX線回折測定結果を示す図(実施例1)。(a)はMgO(100)基板の結果であり、(b)はSi(100)基板の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面に基づいて、本発明の実施の形態を説明する。なお、本発明の実施態様は、後述する形態例に限定されるものではなく、その技術思想の範囲において、種々の変形が可能である。
【0018】
[基本構造]
まず、各実施例に係る薄膜磁石に共通する基本的な層構造を説明する。図1(a)は第1の構造を示し、図1(b)は第2の構造を示している。これら2つの構造は、本発明に係る薄膜磁石を構成する最小単位であり、後述する各実施例は、第1及び第2の構造のいずれかを含んでいる。
【0019】
第1の磁性膜11は、Fe又はFeとCoの合金で形成された磁性膜である。第2の金属膜21は、Ta、Nb、V、Cr、Ru、Cu、Agの群から選んだ一つ以上の金属を含む金属膜である。また、第3の磁性膜31は、希土類元素を含む強磁性体からなる磁性膜である。
【0020】
図1(a)に示す薄膜磁石は、基板41の表面から上方へ、第2の金属膜21、第1の磁性膜11、第3の磁性膜31を順番に形成した層構造を有している。この第1の構造は、第1の磁性膜11の下層(下面)に第2の金属膜21を直に形成し、第1の磁性膜11の上層(上面)に第3の磁性膜31を直に形成することを特徴点とする。
【0021】
図1(b)に示す薄膜磁石は、基板41の表面から上方に、第3の磁性膜31、第1の磁性膜11、第2の金属膜21を順番に形成した層構造を有している。この第2の構造は、第1の磁性膜11の下層(下面)に第3の磁性膜31を直に形成し、第1の磁性膜11の上層(上面)に第2の金属膜21を直に形成することを特徴点とする。
【0022】
いずれの場合も、格子定数の間に差異が有る第1の磁性膜11と第2の金属膜21が直に接することで境界面に格子不整合が生じ、第1の磁性膜11に結晶歪が導入される。結果的に、第1の磁性膜11のc軸長とa軸長に差異が生じ、磁気異方性エネルギーが増大する。また、第1の磁性膜11と第3の磁性膜31が直に接することで、高い磁気異方性エネルギーと高い飽和磁化が発生する。
【0023】
従って、第1の構造を有する薄膜磁石と第2の構造を有する薄膜磁石は、いずれも高い磁気異方性エネルギーと高い飽和磁化を実現することができる。
【0024】
[実施例1]
[構造]
続いて、第1の実施例に係る薄膜磁石の構造例を説明する。図2に、第1の実施例に係る薄膜磁石の層構造を示す。第1の実施例に係る薄膜磁石は、基板上に第1の構造を3段積層した構造を有している。
【0025】
本実施例の場合、第1の磁性膜の組成はFeCoであり、第2の金属膜の組成はTaであり、第3の磁性膜の組成はNdFeBである。また、基板はMgO(100)基板である。なお、FeCo、Ta、NdFeBを組成とする膜の形成には、FeCo、Ta、NdFeBに対応する3つのターゲットを有するスパッタリング装置を使用する。本装置の使用により、これら3つの膜を大気に曝すことなく、連続的に形成することができる。従って、各膜の間に酸化物を形成することなく、多層膜を形成することができる。なお、ここでの成膜は、Arガスの雰囲気中で、圧力1mTorrから10mTorrの下で行われる。
【0026】
[製造方法]
以下に、本実施例に係る薄膜磁石の製造工程を示す。
(1) まず、MgO(100)基板41の表面に、第2の金属膜となるTa膜211を2nm成膜する。
(2) 次に、第1の磁性膜となるFeCo膜111を5nm成膜する。これにより、Ta膜211の表面にはFeCo膜111が直接形成される。
(3) さらに、第3の磁性膜となるNdFeB膜311を20nm成膜する。これにより、FeCo膜111の表面にはNdFeB膜311が直接形成される。以上により、1段目の第1の構造が完成する。
(4) 次に、Ta膜212を2nm成膜し、続いてFeCo膜112を5nm成膜し、さらにNdFeB膜312を20nm成膜する。これにより、2段目の第1の構造が完成する。
(5) 同様に、Ta膜213を2nm成膜し、FeCo膜113を5nm成膜し、NdFeB膜313を20nm成膜する。これにより、3段目の第1の構造が完成する。
(6) 最後に、キャップ(保護層)となるTa層51を5nm成膜する。これにより、基板41上に、第1の構造を3段有する多層膜構造の薄膜磁石を製造することができる。
【0027】
[技術的な効果]
ここで、FeCoの格子定数は0.2868nmであり、Taの格子定数は0.3302nmである。従って、FeCo膜とTa膜が直に接する境界面に格子不整合が生じる。このとき、FeCoの境界面内の格子定数は、面直方向の格子定数よりも大きくなり、FeCoに結晶歪が生じる。これより、FeCoの磁気異方性エネルギーが増大する。
【0028】
また、FeCoはFeよりも飽和磁化が大きい。従って、第1の磁性膜として、FeよりもFeCoを用いる方が、より高い飽和磁化を実現する上で望ましい。
【0029】
また、FeCo膜はNdFeB膜と直に接している。このため、FeCoとNdFeBの間には交換相互作用が働き、高い磁気異方性エネルギーと高い飽和磁化が実現される。
【0030】
以上のように、FeCo膜の一方の面には格子定数に差異を有するTa膜を直に(又は接して)形成し、FeCo膜の他方の面にはNdFeBを直に(又は接して)形成し、Ta/FeCo/NdFeBを直に(又は接して)形成することにより、高い磁気異方性エネルギーと高い飽和磁化を有する薄膜磁石を実現することができる。
【0031】
また、本実施例に係る薄膜磁石は、第1の構造を3段積層している。このため、第1の構造が1段だけの薄膜磁石に比して、磁気異方性エネルギーと飽和磁化がより高い薄膜磁石を実現することができる。
【0032】
なお、本実施例の場合、FeCo膜111とMgO(100)基板41の間には、Ta膜211が形成される。ここでのTa膜211は、FeCo膜111がMgO(100)基板41に直に接するのを防ぐ役割を果たしている。すなわち、Ta膜211は、FeCo膜111がMgO(100)基板41により酸化されるのを防ぐバッファ層としても機能する。
【0033】
[変形例]
本実施例では、基板としてMgO(100)基板41を用いているが、これ以外の基板、例えば熱酸化Si基板やガラス基板も用いることができる。前者の場合、FeCoは(100)配向となるので、結晶性が優れる。一方、後者の場合、FeCoは(110)配向となるので、結晶性はやや劣る。従って、MgO(100)基板の方が望ましい。
【0034】
実際、種々の基板上にFeCo20nmを成膜した時のX線回折測定結果を図6(a)及び(b)に示す。図6(a)はMgO(100)基板を用いる場合の測定結果であり、図6(b)はSi(100)基板を用いる場合の測定結果である。
【0035】
これらの図より、MgO(100)基板の場合、成膜されたFeCoは、基板の影響を受け(100)配向となること、FeCoのピーク強度が強く、半値幅は狭いこと、結晶性が良好であることが分かる。これに対し、Si(100)基板の場合、成膜したFeCoは、基板の影響を受けずに(110)配向となること、FeCoのピーク強度は弱く、半値幅は広いこと、結晶性はやや劣ることが分かる。
【0036】
また、本実施例では、第1の磁性膜としてのFeCoの膜厚をいずれも5nmに設定した。FeCoを単位格子以上の構成とするは、0.5nm以上の膜厚が必要である。一方、FeCoは、膜厚が100nm以上になると磁壁が形成される。従って、磁壁を含まない単磁区構造を実現するには、FeCoの膜厚は100nm以下が望ましい。従って、第1の磁性膜の膜厚は、0.5nm以上100nm以下が望ましい。以下の実施例についても同様である。
【0037】
同様に、本実施例では、第3の磁性膜としてのNdFeBの膜厚をいずれも20nmに設定した。NdFeBを単位格子以上の構成とするには、1nm以上の膜厚が必要である。また、NdFeBについて、磁壁を含まない単磁区構造を実現するには、その膜厚は100nm以下が望ましい。従って、第3の磁性膜の膜厚は、1nm以上100nm以下が望ましい。以下の実施例についても同様である。
【0038】
また、本実施例の場合、第2の金属膜としてのTaの膜厚をいずれも2nmに設定した。Taを単位格子以上の構成とするには、その膜厚が0.5nm以上であることが必要である。また、第1の磁性膜と第3の磁性膜の交換相互作用を強めるには、Taの膜厚は10nm以下であることが望ましい。従って、第2の金属膜の膜厚は、0.5nm以上10nm以下が望ましい。以下の実施例についても同様である。
【0039】
また、本実施例の場合、第2の金属膜としてTaを用いたが、Nb、V、Cr、Ru、Cu、Ag又はこれらの合金を用いても同様の効果を得ることができる。ただし、第1の磁性膜であるFeCoは体心立方格子構造である。従って、これに接する第2の金属膜は、格子定数の差異のみにより、FeCoに結晶歪を導入することが好ましい。このため、第2の金属膜は、FeCoと同じ体心立方格子構造であることが望ましい。従って、第2の金属膜には、Ta、Nb、V、Cr、Ru、Cu、Agのうち、特に、体心立方格子構造であるTa、Nb、V、Crが望ましい。以下の実施例についても同様である。
【0040】
また、本実施例の場合、第3の磁性膜としてNdFeBを用い、その組成は主にNdFe14Bであった。しかし、その組成が、SmCo、SmCo17、SmFe17の希土類元素を含む強磁性体を用いても同様の効果を得ることができる。以下の実施例についても同様である。
【0041】
また、本実施例の場合、第1の磁性膜、第2の金属膜、第3の磁性膜は、いずれも結晶であり、特許文献2において記述されているアモルファスとは異なる。結晶粒の大きさは、X線回折測定により雑音レベルよりも強い信号強度が得られる程度であり、概ね10単位格子以上すなわち5nm以上である。以下の実施例についても同様である。
【0042】
[実施例2]
[構造]
前述した実施例1では、Ta層211をMgO(100)基板41の上に成膜し、FeCo膜111の酸化を防止している。もっとも、NdFeB膜311の若干の酸化を許容できるのであれば、実施例2に係る薄膜磁石の採用が可能となる。図3に、第2の実施例に係る薄膜磁石の層構造を示す。第2の実施例に係る薄膜磁石は、基板上に第2の構造を3段積層した構造を有する。
【0043】
因みに、図3には、図2と対応する部分に同一の符号を付して示している。また、第1の磁性膜の組成はFeCoであり、第2の金属膜の組成はTaであり、第3の磁性膜の組成はNdFeBである。また、基板はMgO(100)基板である。
【0044】
[製造方法]
以下に、本実施例に係る薄膜磁石の製造工程を示す。
(1) まず、MgO(100)基板41の表面に、第3の磁性膜となるNdFeB膜311を成膜する。
(2) 次に、第1の磁性膜となるFeCo膜111を成膜する。これにより、NdFeB膜311の表面にはFeCo膜111が直接形成される。
(3) さらに、第2の金属膜となるTa膜211を成膜する。これにより、FeCo膜111の表面にはTa膜211が直接形成される。以上により、1段目の第2の構造が完成する。
(4) 次に、NdFeB膜312を成膜し、続いてFeCo膜112を成膜し、さらにTa膜212を成膜する。これにより、2段目の第2の構造が完成する。
(5) 同様に、NdFeB膜313を成膜し、続いてFeCo膜113を成膜し、最後にキャップを兼用するTa膜51を成膜する。これにより、3段目の第2の構造が完成する。以上により、第2の構造を3段有する多層膜構造の薄膜磁石を製造することができる。
【0045】
[技術的な効果] 本実施例に係る薄膜磁石と実施例1に係る薄膜磁石との構造上の違いは、第1の磁性膜に対する第2の金属膜と第3の磁性膜の位置関係が上下反対であることのみである。従って、本実施例に係る薄膜磁石の場合にも、実施例1に係る薄膜磁石と同様の効果を実現することができる。
【0046】
また、本実施例に係る薄膜磁石は、第2の構造を3段積層している。このため、第2の構造が1段だけの薄膜磁石に比して、磁気異方性エネルギーと飽和磁化がより高い薄膜磁石を実現することができる。
【0047】
なお、本実施例の場合には、第1の磁性膜の上面に形成する第2の金属膜をキャップとして兼用している。このため、薄膜磁石を形成するTa膜の数が実施例1より1つ少なく済む。従って、希少金属であるTaの使用量を実施例1に比して削減することができる。
【0048】
[実施例3]
ここでは、希少金属の使用量を削減することが可能な他の構造例について説明する。多層膜構造の薄膜磁石については、非特許文献2及び3においても検討されている。これらの従来例は、Fe膜とCo膜を交互に積層させて多層膜を形成する。すなわち、従来例は、Fe/Coの構成を周期とし、当該周期を複数回繰り返す成膜プロセスにより多層膜を形成する。1周期の単位は、Fe/Coという比較的単純な構成である。
【0049】
一方、第1及び第2の実施例に係る薄膜磁石は、FeCoの一方の面にTa(第2の金属層)を直に形成して結晶歪を生じさせると共に、FeCoの他方の面にNdFeB(第3の磁性層)を直に形成させて交換相互作用を働かせ、高い磁気異方性エネルギーと高い飽和磁化を実現する。すなわち、第1及び第2の実施例に係る薄膜磁石は、Ta/FeCo/NdFeB又はNdFeB/FeCo/Taの構造を周期とし、当該周期を複数回繰り返す成膜プロセスにより多層膜を形成する。
【0050】
これに対し、本実施例では、Ta/FeCo/NdFeB/FeCoの構造を周期とし、当該周期を複数回繰り返す成膜プロセスにより多層膜を形成する。図4に、本実施例に係る薄膜磁石の層構造を示す。基板41の上面には、Ta膜211、FeCo膜111、NdFeB膜311、FeCo膜112、Ta膜212、FeCo膜113、NdFeB膜312、FeCo膜114、Ta膜51が順番に形成される。
【0051】
この構造の場合、第1層目〜第3層目までの部分が第1の構造(図1(a))を形成し、第3層目〜第5層目までの部分が第2の構造(図1(b))を形成し、第5層目〜第7層目までの部分が第1の構造(図1(a))を形成し、第7層目〜第9層目までの部分が第2の構造(図1(b))を形成する。
【0052】
すなわち、本実施例の場合、多層膜中に、第1の磁性膜(FeCo)を4層、すなわち基本構造を4つ有する薄膜磁石を形成することができる。これにより、実施例1及び2に係る薄膜磁石に比しても、磁気異方性エネルギーと飽和磁化が一段と高い薄膜磁石を実現することができる。
【0053】
しかも、この実施例の場合、第3の磁性膜の数は2つであり、第1及び第2の実施例よりも少なく済む。ここで、第3の磁性膜を形成するNdFeBにおけるNdは希少金属である。このため、本実施例に係る薄膜磁石の場合、Ndの使用量を第1及び第2の実施例に比して削減することができる。同じく、この実施例の場合、希少金属であるTaを使用する層の数も3つである。従って、4つの層が必要な第1の実施例に比して、Taの使用量も削減することができる。
【0054】
[実施例4]
[構造]
前述した実施例1〜3に係る薄膜磁石は、いずれも基板として、MgO(100)基板41を使用した。このため、基板上に成膜されたTaやFeCoは、いずれも(100)配向であった。また、成膜したNdFeBは、c軸(すなわち、磁化容易軸)が基板面に垂直であった。
【0055】
しかし、FeCoとNdFeBとの間の交換相互作用を強めるには、NdFeBのc軸(すなわち、磁化容易軸)は基板面に平行であることが望ましい。
【0056】
このために、本実施例4では、基板として、MgO(110)基板を使用する薄膜磁石を説明する。図5に、第4の実施例に係る薄膜磁石の層構造を示す。この実施例の場合、MgO(110)基板42の上に積層したTa膜221を下地とし、その上面に、第2の構造を3段積層する。
【0057】
[製造方法]
以下に、本実施例に係る薄膜磁石の製造工程を示す。
(1) まず、MgO(110)基板42の表面に、第2の金属膜となるTa膜221を2nm成膜する。このとき、Ta膜221は、(110)配向となる。
(2) 次に、第3の磁性膜となるNdFeB321を20nm成膜する。このとき、NdFeBは、(110)配向に成膜された下地層(Ta221)の影響を受け、c軸(すなわち、磁化容易軸)は基板面に平行となるように形成される。
(3) 続いて、FeCo膜121を成膜し、さらにTa膜222を成膜する。これにより、1段目の第2の構造が完成する。
(4) その後、NdFeB膜322を成膜し、続いてFeCo膜122を成膜し、さらにTa膜223を成膜する。これにより、2段目の第2の構造が完成する。
(5) 同様に、NdFeB膜323を成膜し、FeCo膜123を成膜し、最後にキャップを兼用するTa膜52を5nm成膜する。これにより、3段目の第2の構造が完成する。以上により、第2の構造を3段有する多層膜構造の薄膜磁石を製造することができる。
【0058】
[技術的な効果]
本実施例の構成により、c軸(すなわち、磁化容易軸)が基板面に平行なNdFeBを形成することができる。また、本実施例の場合も、FeCoはNdFeBの表面と直に接して形成される。このため、FeCoとNdFeBの間には実施例1よりも大きな交換相互作用が働き、高い磁気異方性エネルギーと高い飽和磁化を実現することができる。
【0059】
[変形例]
本実施例では、基板としてMgO(110)基板42を用いているが、これ以外の基板、例えばSrTiO(110)基板又はAl(11−20)基板(AlA面基板)も用いることができる。この場合、Taは(110)配向、NdFeBはc軸(すなわち、磁化容易軸)が基板面に平行となり、同様の効果を得ることができる。
【0060】
[他の実施例]
なお、本発明は上述した形態例に限定されるものでなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上述した形態例は、本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある形態例の一部を他の形態例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある形態例の構成に他の形態例の構成を加えることも可能である。また、各形態例の構成の一部について、他の構成を追加、削除又は置換することも可能である。
【符号の説明】
【0061】
11…第1の磁性膜
21…第2の金属膜
31…第3の磁性膜
111、112、113、114、121、122、123…FeCo膜
211、212、213、221、222、223…Ta膜
31、311、312、313、321、322、323…NdFeB膜
41…MgO(100)基板
42…MgO(110)基板
51、52…Ta膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
該基板上に形成された第1の磁性膜と、第2の金属膜と、第3の磁性膜とから少なくとも構成され、
前記第1の磁性膜の一方の面は、前記第2の金属膜及び前記第3の磁性膜のうちの一方の膜と接し、第1の磁性膜の他方の面は、前記第2の金属膜及び前記第3の磁性膜のうちの他方の膜と接し、
前記第1の磁性膜は、Fe又はFeとCoの合金からなり、
前記第2の金属膜は、Ta、Nb、V、Cr、Ru、Cu、Agの群から選ばれた一つ以上の金属からなり、
前記第3の磁性膜は、希土類元素を含む強磁性体からなる
ことを特徴とする薄膜磁石。
【請求項2】
請求項1に記載の薄膜磁石は、
下層側から順番に、前記第2の金属膜、前記第1の磁性膜及び前記第3の磁性膜を積層した単位周期を複数周期積層した多層膜である
ことを特徴とする薄膜磁石。
【請求項3】
請求項1に記載の薄膜磁石は、
下層側から順番に、前記第3の磁性膜、前記第1の磁性膜及び前記第2の金属膜を積層した単位周期を複数周期積層した多層膜である
ことを特徴とする薄膜磁石。
【請求項4】
請求項1に記載の薄膜磁石は、
下層側から順番に、前記第2の金属膜、前記第1の磁性膜、前記第3の磁性膜及び前記第1の磁性膜を積層した単位周期を複数周期積層した多層膜である
ことを特徴とする薄膜磁石。
【請求項5】
請求項1に記載の薄膜磁石において、
前記第1の磁性膜の膜厚は0.5nm以上100nm以下であり、
前記第3の磁性膜の膜厚は1nm以上100nm以下である
ことを特徴とする薄膜磁石。
【請求項6】
請求項1に記載の薄膜磁石において、
前記基板は、MgO(100)基板、熱酸化Si基板又はガラス基板である
ことを特徴とする薄膜磁石。
【請求項7】
請求項1に記載の薄膜磁石において、
前記基板は、MgO(110)基板、SrTiO(110)基板又はAl(11−20)基板である
ことを特徴とする薄膜磁石。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−235003(P2012−235003A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−103433(P2011−103433)
【出願日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】