説明

蛋白質安定化剤

【課題】 1)40℃でも蛋白質安定化の効力を損なわない高い熱安定性を有する、2)製品の効果にバラツキがない、3)匂いがない、4)プリオンやウイルスが混入する可能性がない、蛋白性の蛋白質安定化剤を提供すること。
【解決手段】 下記式で示される特定のポリペプチドを、蛋白質安定化剤の有効成分として含有する。
〔1〕R1-(X-Hyp-Gly)n-OR2
〔2〕R1-(Pro-Y-Gly)n-OR2

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛋白性の蛋白質安定化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
蛋白性の蛋白質安定化剤としては、ウシ血清アルブミン、人血清アルブミン、組換えアルブミン、組換えコラーゲン、ゼラチンなどが使用されている。
【特許文献1】特開平5-078259号公報
【特許文献2】特表2001-518447公報
【特許文献3】特開2004-238392公報
【特許文献4】特開昭41-152号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
動物由来のアルブミンは、61℃で効力を失い、さらには、牛海綿脳症(BSE)やクロイツフェルト・ヤコブ病の原因となるプリオンやウイルスが混入している可能性があるといった課題を有している。
【0004】
一方、動物由来のコラーゲンは、40℃で効力を失い、アルブミン同様、牛海綿脳症(BSE)やクロイツフェルト・ヤコブ病の原因となるプリオンやウイルスが混入している可能性があるのみならず、天然由来のコラーゲンは動物からの精製品であるため、製造日によりソースが異なり、製品の品質、効果にはバラツキがあり、さらには特有の匂いがあるなどの課題を有している。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、前述の従来技術の問題点に鑑み鋭意研究を重ねた。その結果、特定のアミノ酸配列を繰返し単位とするポリペプチドが、1)40℃でも蛋白質安定化の効力を損なわない高い熱安定性を有する、2)製品の効果にバラツキがない、3)匂いがない、4)そのポリペプチドは天然に存在せず人工的に作り出す必要があることから、プリオンやウイルスが混入する可能性がないなど、顕著な効果を有することを知見し、この知見に基づいて本発明を完成させた。
【0006】
本発明は以下の構成を有する。
(1)蛋白質安定効果を有するポリペプチドを含有する蛋白質安定化剤であって、ポリペプチドが、式〔1〕で示されるポリペプチドおよび式〔2〕で示されるポリペプチドから選ばれる1種以上である蛋白質安定化剤。
〔1〕R1-(X-Hyp-Gly)n-R2
〔2〕R1-(Pro-Y-Gly)n-R2
式〔1〕および式〔2〕において、XとYはアミノ酸残基であり、R1はHまたはその他の官能基であり、R2はOR3またはその他の官能基であり、R3はHまたは一価の金属であり、nは整数である。
(2)XとYがProである、前記第1項に記載の蛋白質安定化剤。
(3)蛋白質安定効果を有するポリペプチドが式〔1〕で示されるポリペプチドであり、XがProであり、さらに、当該ポリペプチドにおけるProとHypとの比率(Pro/Hyp)が95/5から0/100の範囲である、前記第1項に記載の蛋白質安定化剤。
(4)蛋白質安定効果を有するポリペプチドが、円二色性スペクトルを測定した場合に、220から230nmの波長において正のコットン効果を示し、また195から205nmの波長において負のコットン効果を示す、前記第1項に記載の蛋白質安定化剤。
(5)蛋白質安定効果を有するポリペプチドの分子量が10,000から500,000,000の範囲である、前記第1項に記載の蛋白質安定化剤。
(6)さらにヒト由来組換えHSAを含有する、前記第1から第5のいずれか1項に記載の蛋白質安定剤。
(7)さらに糖類を含有する、前記第1から第6のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤。
(8)さらに脂質を含有する、前記第1から第7のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤。
(9)さらに界面活性剤を含有する、前記第1から前記第8のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤。
(10)前記第1から第9のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤と、蛋白性化粧料成分とを含む化粧料。
(11)前記第1から第9のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤と、蛋白性医薬活性物質を含む医薬品。
(12)前記第1から第9のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤と、抗体を含む臨床診断薬。
(13)前記第1から第9のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤と、蛋白性洗浄成分を含む洗浄剤。
【発明の効果】
【0007】
本発明の蛋白質安定化剤は、1)40℃でも蛋白質安定化の効力を損なわない高い熱安定性を有する、2)製品の効果にバラツキがない、3)匂いがない、4)使用するポリペプチドは天然に存在せず人工的に作り出す必要があることから、プリオンやウイルスが混入する可能性がないなど、顕著な効果を有する。なお、本発明の蛋白質安定化剤は、蛋白質のみならず、蛋白を高い濃度で含む物質の安定化にも顕著な効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、蛋白性の蛋白質安定化剤に関する。本発明において蛋白性とは、蛋白質を高濃度で含むもの、あるいは蛋白やポリペプチドそのものを意味する。
【0009】
本発明においては各種アミノ酸残基を次の略号で記述する。
Ala:L−アラニン残基
Arg:L−アルギニン残基
Asn:L−アスパラギン残基
Asp:L−アスパラギン酸残基
Cys:L−システイン残基
Gln:L−グルタミン残基
Glu:L−グルタミン酸残基
Gly:グリシン残基
His:L−ヒスチジン残基
Hyp:L−ヒドロキシプロリン残基
Ile:L−イソロイシン残基
Leu:L−ロイシン残基
Lys:L−リジン残基
Met:L−メチオニン残基
Phe:L−フェニルアラニン残基
Pro:L−プロリン残基
Sar:サルコシン残基
Ser:L−セリン残基
Thr:L−トレオニン残基
Trp:L−トリプトファン残基
Tyr:L−チロシン残基
Val:L−バリン残基
また、本明細書においては、常法に従って、アミノ末端またはN末端を左側に、カルボキシ末端またはC末端を右側に位置させて記述する。
【0010】
<1.蛋白質安定効果を有するポリペプチド>
本発明に使用する蛋白質安定効果を有するポリペプチドは、式〔1〕で示されるポリペプチドおよび式〔2〕で示されるポリペプチドから選ばれる1種以上である。
〔1〕R1-(X-Hyp-Gly)n-R2
〔2〕R1-(Pro-Y-Gly)n-R2
【0011】
式〔1〕および式〔2〕において、XとYはアミノ酸残基である。アミノ酸残基は、具体的にはAla、Arg、Asn、Asp、Cys、Gln、Glu、Gly、His、Hyp、Ile、Leu、Lys、Met、Phe、Pro、Sar、Ser、Thr、Trp、Tyr、Valなどの天然アミノ酸のアミノ基、合成により作製された非天然アミノ酸のアミノ基、またはそれらが数個結合したペプチド残基などを挙げることができる。
【0012】
本発明においてXとYはProであることが好ましい。この場合において、式〔1〕および式〔2〕で示されるポリペプチドは3重らせん構造をとり、ポリペプチド同士の凝集沈殿を生ずることなく、3重量%の濃度までは可溶化状態に保つことが可能となる。また、Pro、HypはpHが中性であると言う点においても、蛋白質安定化剤の用途において好ましい。
【0013】
式〔1〕および式〔2〕において、R1はHまたはその他の官能基である。R2はOR3またはその他の官能基であり、R3はHまたはNaやKなどの一価の金属である。
R1におけるその他の官能基は特に限定されるものではないが、例えばH2+ 、CH3CO-、CH2CH3CO-、またはペプチド合成で多用されるBoc基やFmoc基を挙げることができる。R1がHである場合には、天然のアミノ酸と類似の構造であり好ましい。
【0014】
R2におけるその他の官能基は特に限定されるものではないが、例えば-OH、-ONa、-NHCH3、-NHCH2CH3を挙げることができる。R2が-OHである場合には、天然のコラーゲンと同様であり好ましい。
【0015】
本発明に使用する蛋白質安定効果を有するポリペプチドは、式〔1〕で示されるポリペプチドであり、XがProであり、かつ、当該ポリペプチドにおけるProとHypとの比率(Pro/Hyp)が95/5から0/100の範囲であることがより好ましい。このポリペプチドを用いた場合にはペプチドは3重らせん構造をとり、天然のアミノ酸と同様の構造である。
なお、本発明においてHypは、4Hyp(例えば、trans−4−ヒドロキシ−L−プロリン)残基である。
【0016】
蛋白質安定効果を有するポリペプチドは、円二色性スペクトルにおいて、220〜230nmの波長において正のコットン効果を示し、195〜205nmの波長において負のコットン効果を示すものであることが好ましい。なお、コットン効果とは、旋光性物質において特定の波長で左右の円偏光に対する吸収係数が異なるために起こる現象をいう。
【0017】
蛋白質安定効果を有するポリペプチドは3重螺旋構造をとり得る。その3重螺旋構造を形成しているポリペプチド鎖は、直線状または1以上の分岐を有していてもよい。分岐を有する場合、分岐点以降に3重螺旋構造が形成されていてもよく、更に、その3重螺旋構造の後ろに分岐を有していてもよい。
【0018】
蛋白質安定効果を有するポリペプチドの分子量は特に限定されるものではないが、血小板凝集惹起活性および構造(3重螺旋構造)の安定性の面から、10,000〜500,000,000の範囲であることが好ましい。
【0019】
一般的な蛋白質における分子量の定義は、ポリペプチドが自発的に高次構造を形成した分子の分子量を、そのタンパク質の分子量としており(不可逆的に凝集した分子を除外する)、例えば天然のコラーゲンの場合は、3つのポリペプチドが集合して3重らせん構造をとった分子の分子量を、その分子量と定義している。
これに対し、本発明に必須の式〔1〕および式〔2〕で示されるポリペプチドは、コラーゲン様ポリペプチドであり、基本的には3つのポリペプチドが集合して動物由来繊維状コラーゲンに類似した3重らせん構造を形成するが、全ての場合において3重らせん構造を取るとは限らない。そこで、本発明においては、ゲルろ過クロマトグラフィー(カラム:昭和電工(株)製、商品名:Shodex Ohpak SB-G)で測定した結果、ピークと判定されるものを分子量とした。
【0020】
<2.蛋白質安定効果を有するポリペプチドの製造方法>
蛋白質安定効果を有するポリペプチドの製造方法は特に限定されるものではなく、1)式〔1〕または式〔2〕に示したポリペプチドの繰返し単位であるトリゴマーを脱水縮合反応にて重合する方法であっても良く、2)遺伝子組換え技術を用いて式〔1〕または式〔2〕に示したポリペプチドのアミノ酸配列を発現する遺伝子を構築したのちに、その構築した遺伝子を発現ベクターに挿入し、このベクターを大腸菌、酵母などの微生物、動物細胞、昆虫、またはタバコなどの植物にトランスフェクションする方法であっても良い。なお、ポリペプチドにHypが含まれる場合には、ProをHypに変換する酵素、例えばプロリン4-ヒドロキシラーゼ、プロリル4-ヒドロキシラーゼの遺伝子を含むベクターをトランスフェクションする方法を採用しても良い。
【0021】
式〔1〕および式〔2〕に示したポリペプチドの繰返し単位であるトリゴマーは、溶媒中において縮合すれば重合が進み、脱保護とアミノ酸結合とを繰返すことなくポリペプチドとなることから、本発明においては縮合反応を行う方法が好ましい。
【0022】
式〔1〕および式〔2〕に示したポリペプチドの繰返し単位であるトリゴマーは、既知の固相合成法または液相合成法を用いて得ることができる。
【0023】
これらのトリゴマーの縮合反応は、通常、溶媒中で行われる。溶媒は、原料となるトリゴマーを溶解(一部または全部を溶解)または懸濁可能なものであればよく、通常、水または有機溶剤が使用できる。具体的には、水、アミド類(ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ヘキサメチルホスホロアミドなど)、スルホキシド類(ジメチルスルホキシドなど)、窒素含有環状化合物(N−メチルピロリドン、ピリジンなど)、ニトリル類(アセトニトリルなど)、エーテル類(ジオキサン、テトラヒドロフランなど)、アルコール類(メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコールなど)、およびこれらの混合溶媒などである。これらの溶媒のうち、水、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドが好ましく使用される。
【0024】
トリゴマーの反応は、脱水剤(脱水縮合剤)の存在下で行うことが好ましい。脱水縮合剤と縮合助剤との存在下で反応させると、二量化や環化を抑制しつつ円滑に縮合反応が進む。
【0025】
脱水縮合剤は、前記溶媒中で脱水縮合を効率よく行える限り特に限定されるものではなく、例えば、カルボジイミド系縮合剤[ジイソプロピルカルボジイミド(DIPC)、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)−カルボジイミド(EDC=WSCI)、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)−カルボジイミド塩酸塩(WSCI・HCl)、ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)など]、フルオロホスフェート系縮合剤[O−(7−アザベンゾトリアゾール−1−イル)−1,1,3,3−テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート、O−ベンゾトリアゾール−1−イル−N,N,N′,N′−テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート、ベンゾトリアゾール−1−イル−オキシ−トリス−ピロリジノホスホニウムヘキサフルオロホスフェート、ベンゾトリアゾール−1−イル−トリス(ジメチルアミノ)ホスホニウムヘキサフルオロリン化物塩(BOP)]など]、ジフェニルホスホリルアジド(DPPA)が例示できる。
【0026】
これらの脱水縮合剤は単独で又は二種以上組み合わせて混合物として使用できる。好ましい脱水縮合剤は、カルボジイミド系縮合剤[例えば、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)−カルボジイミド、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)−カルボジイミド塩酸塩]である。
【0027】
縮合助剤は、縮合反応を促進する限り特に制限されず、例えば、N−ヒドロキシ多価カルボン酸イミド類[例えば、N−ヒドロキシコハク酸イミド(HONSu)、N−ヒドロキシ−5−ノルボルネン−2,3−ジカルボン酸イミド(HONB)などのN−ヒドロキシジカルボン酸イミド類]、N−ヒドロキシトリアゾール類[例えば、1−ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)などのN−ヒドロキシベンゾトリアゾール類]、3−ヒドロキシ−4−オキソ−3,4−ジヒドロ−1,2,3−ベンゾトリアジン(HOObt)などのトリアジン類、2−ヒドロキシイミノ−2−シアノ酢酸エチルエステルが例示できる。
【0028】
これらの縮合助剤も単独で又は二種以上組み合わせて使用できる。好ましい縮合助剤は、N−ヒドロキシジカルボン酸イミド類[HONSuなど]、N−ヒドロキシベンゾトリアゾール又はN−ヒドロキシベンゾトリアジン類[HOBtなど]である。
【0029】
脱水縮合剤と縮合助剤とは適当に組み合わせて使用することが好ましい。脱水縮合剤と縮合助剤との組合せとしては、例えば、DCC−HONSu(HOBtまたはHOOBt)、WSCI−HONSu(HOBt又はHOOBt)が例示できる。
【0030】
脱水縮合剤の使用量は、トリゴマーの総量1モルに対して、通常、水を含まない非水系溶媒を用いる場合0.7〜5モル、好ましくは0.8〜2.5モル、さらに好ましくは0.9〜2.3モル(例えば1〜2モル)の範囲である。水を含む溶媒(水系溶媒)においては、水による脱水縮合剤の失活があるので、脱水縮合剤の使用量は、トリゴマーの総量1モルに対して、通常、2〜500モル、好ましくは5〜250モル、さらに好ましくは10〜125モルの範囲である。
【0031】
縮合助剤の使用量は、溶媒の種類に関係なく、トリゴマーの総量1モルに対して、通常、0.5〜5モル、好ましくは0.7〜2モル、さらに好ましくは0.8〜1.5モルの範囲である。
【0032】
上記縮合反応においては、反応系のpHを調節してもよく、反応に関与しない塩基を添加してもよい。pHの調節は、通常、無機塩基(水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムなど)、有機塩基、無機酸(塩酸など)や有機酸を用いて行うことができ、通常、反応溶液が中性付近(pH=6〜8程度)にpH調整される。縮合反応に関与しない塩基としては、第三級アミン類、例えば、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミンなどのトリアルキルアミン類、N−メチルモルホリン、ピリジンなどの複素環式第三級アミン類などが例示できる。このような塩基の使用量は、通常、トリゴマーの総モル数の1〜2倍程度の範囲から選択できる。
【0033】
以上のようにして得られたポリペプチドには、反応に用いた試薬が残存している。これはポリペプチドの蛋白質安定化能に影響するため、透析法、カラム法、限外ろ過法等の既知の手法を用いて残存している試薬を除去することが好ましい。また、ポリペプチドの安定性および取扱いの容易さから考えると、反応溶媒を保存溶媒に置換することが好ましい。反応溶媒から目的とする保存溶媒への置換は、透析法においては、目的とする保存溶媒を透析外液として使用することにより、カラム法においては、目的とする保存溶媒を移動相として用いることにより置換することができる。
【0034】
保存溶媒としては、得られた蛋白質安定効果を有するポリペプチドの物理的性質および生物的性質の変化を抑えられるものであれば特に限定されない。例えば、水、生理食塩水、弱酸から弱アルカリに緩衝能を有するバッファーを挙げることができる。
【0035】
<3.蛋白質安定化剤>
本発明の蛋白質安定化剤は、蛋白質安定効果を有する前述のポリペプチドを含有するものであれば、その状態や組成は特に限定されるものではない。
前述のポリペプチドは、乾燥や凍結乾燥などの処理が可能であることから、本発明の蛋白質安定化剤は、粉状であっても良い。また、本発明の蛋白質安定化剤は、前述のポリペプチドの水溶液であっても良く、当該水溶液はさらに、エタノール、メタノール、酢酸エチル、THFなどを含むものであっても良い。
【0036】
本発明の蛋白質安定化剤は、蛋白質安定効果を有する前述のポリペプチドのみで構成されていても良く、それ以外の成分を含んでいても良い。それ以外の物質とは、例えば蛋白性物質、糖類、脂質、界面活性剤、および塩である。
【0037】
蛋白性物質は、具体的にはアルブミン、コラーゲン、ポリペプチドなどが挙げられる。その中でも組換えHSAは、医薬品として用いる場合、採血より精製したアルブミンと比較してウイルスや病原性物質を含まず、安全性が高いものであり好ましい。なお、組換えHSAとは、ヒト由来血清アルブミンの遺伝子をベクターに挿入して、そのベクターをトランスフェクションして酵母や大腸菌などの微生物、動物細胞などで発現させたものである。
【0038】
糖類の具体例は、グルコース、スクロース、トレハロースなどである。好ましくはトレハロースであり、水分含量が非常に高く、微生物はトレハロースを発現することで乾燥から身を保護している。天然でも、蛋白質の安定化物質としても機能していることから他の糖類と比較しても、より望ましい糖類と考えられる。
【0039】
脂質の具体例は、グリセロール、アシルステロールエステル、ベンゼンなどであり、好ましくはグリセロールである。制限酵素など凍結により著しく活性が低下する酵素をマイナス条件化で保存する場合、凍結の凍結保護剤として好適である。
【0040】
界面活性剤の具体例は、Tween20(商品名)、Briji35(商品名)などの非イオン性界面活性剤などである。非イオン性界面活性剤は、pHの変動がなく効果がよりマイルドなことから、蛋白質の構造に及ぼす影響が少ないと考えられる。特に水溶液中において部分的に疎水性の高い領域が露出する膜蛋白質を安定に保護するため、好適に用いられる。
【0041】
塩の具体例は、塩化ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、硫酸化アンモニウムなどである。好ましくは硫酸化アンモニウムであり、硫酸化アンモニウムは塩析による蛋白質の可逆的な凝集沈殿を生じ、溶液中と比較すると蛋白質の活性を長期に渡り安定に保持することができる。
【0042】
本発明の蛋白質安定化剤と、安定化させたい蛋白質との接触方法は特に限定されるものではないが、液中で接触させることが好ましい。蛋白質安定化剤が水溶液である場合には、蛋白質安定化剤(水溶液)に安定化させたい蛋白質を投入することにより、本発明の効果はより顕著なものとなる。
【0043】
その際の蛋白質安定化剤(水溶液)における蛋白質安定効果を有するポリペプチドの濃度は、特に限定されるものではないが、0.01-10重量%の範囲であることが好ましい。この範囲であれば、適度な粘度を維持し得ると共に、蛋白質安定化剤の水和力が強い。
【0044】
本発明の蛋白質安定化剤の水溶液は、0.5重量%を超える付近から粘性が上昇する傾向がある。効果の面を考慮すると、本発明の蛋白質安定化剤は、粘性の高い状態で使用することが好ましく、蛋白質安定化剤(水溶液)における蛋白質安定効果を有するポリペプチドの濃度は、1〜10重量%の範囲であることがより好ましい。
【0045】
蛋白質安定化剤(水溶液)に投入する安定化させたい蛋白質の割合は特に限定されるものではないが、蛋白質安定化剤(水溶液)に対し、容量比で0.5-3%の範囲であることが好ましい。この範囲であれば、適度な粘度と溶解性が達成される。
【0046】
<4.蛋白質安定化剤の用途>
本発明の蛋白質安定化剤は、蛋白質そのものだけでなく、蛋白を高い濃度で含む物質の安定化にも顕著な効果がある。本発明の蛋白質安定化剤が安定化し得る蛋白性物質は特に限定されるものではないが、具体的には、コラーゲン、エラスチン、絹セリシン、大豆蛋白質などの蛋白性化粧成分、マウス抗体、ラット抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体などの抗体、ペルオキシダーゼ、トリプシン、アミラーゼなどの酵素、微生物または動物細胞などで発現させて得られる医薬としての活性を有する組換え蛋白質、エリスロポエチン、トロンボポエチン、bFGF、EGFなどの蛋白性医薬活性物質を挙げることができる。
【0047】
前述のように、本発明の蛋白質安定化剤は、抗体の安定化にも有効であることから、臨床診断薬の材料としても有効である。また、酵素の安定化にも有効であることから、洗浄剤の材料としても有効である。また、蛋白性化粧成分の安定化にも有効であることから、化粧料の材料としても有効である。さらには、医薬活性を有する蛋白質にも有効であることから、医薬品の材料としても有効である。
抗体安定化の具体例としては、西洋ワサビのペルオキシダーゼ(HRP)をつけた抗体の溶液を、10倍量の1重量%蛋白質安定化剤水溶液に添加して安定化する方法を挙げることができ、酵素安定化の具体例としては、アルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)を蛋白質安定化剤水溶液に投入する方法を挙げることがでできる。
【0048】
本発明はさらに、本発明の蛋白質安定化剤と蛋白性化粧料成分とを含む化粧料、本発明の蛋白質安定化剤と蛋白性医薬活性物質を含む医薬品、本発明の蛋白質安定化剤と抗体を含む臨床診断薬、本発明の蛋白質安定化剤と、蛋白性洗浄成分を含む洗浄剤である。
本発明の化粧料、医薬品、臨床診断薬、および洗浄剤は、本発明の蛋白質安定化剤を含むものであれば、その組成は特に限定されるものではない。
【実施例】
【0049】
実験例1:ポリペプチドの作製
リン酸二水素カリウム(和光純薬工業(株)製、商品名:KH2PO4)とリン酸水素二ナトリウム(和光純薬工業(株)製、商品名:Na2HPO4)を混合して、10mMのリン酸塩緩衝液(pH7.4)を作成した。その溶液20mLに1gのトリペプチド((株)ペプチド研究所、商品名:(Pro-Hyp-Gly)5 .10H2O)混合して4℃まで冷却した。この溶液に4℃の473mg の1-ヒドロキシベンゾトリアゾール((株)ペプチド研究所、商品名:HoBt)、3.35gの1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)-カルボジイミド塩酸塩((株)ペプチド研究所、商品名:WSCD HCl)を加え、4℃で2時間、その後20℃まで加温し46時間攪拌した。反応終了後、反応液にMilli-Q水(MILLIPORE (株)製Elix純水製造装置(商品名)にて製造)を加えて2倍に希釈し、この溶液を透析用セルロースチューブ(東京硝子機械(株)製、商品名:ヴィスキングチューブ 21.4mm)に入れ、MilliQ水(MILLIPORE (株)製Elix純水製造装置(商品名)にて製造)2Lに対して48時間透析した。MilliQ水は6時間以上の間隔を空け4回交換した。
【0050】
透析後、溶液をMilli-Q水(MILLIPORE (株)製Elix純水製造装置(商品名)にて製造)で50倍(容積比)に希釈し、ゲルろ過クロマトグラフィーの装置(アジレント(株)製、商品名:1100 Series)、およびカラム(ショウデックス製、商品名:Ohpak SB-806m HQ)を用いて、流速:1.0mL/min、移動相:20mMリン酸カリウム緩衝液(pH3.0)/メタノール=8/2(容積比)に供したところ、プルラン換算にて分子量が10,000〜500,000,000の範囲にピークを有するポリペプチドが得られた。
なお、リン酸カリウム緩衝液は、リン酸二水素カリウム(和光純薬工業(株)製、商品名:KH2PO4)とメタノール(和光純薬工業(株)製、商品名:メタノール)を使用して作成した。
【0051】
一方、透析後の溶液をMilli-Q水(MILLIPORE (株)製Elix純水製造装置(商品名)にて製造)で60倍(容積比)に希釈し、円二色性スペクトル(日本分光製、商品名:円二色性分散計 J-820)で測定したところ、225nmに正のコットン効果、198nmに負のコットン効果が確認された。
【0052】
実験例2:蛋白質安定化剤の調製
実験例1で得られたポリペプチドを凍結乾燥機(東京理科器械(株)製、商品名:FDU-2100型)を用いて凍結乾燥し、これを電子天秤((株)METTLER TOLEDO製、商品名:PB3002-S)を用いて1gを秤量し、100mLのMilli-Q水(MILLIPORE (株)製Elix純水製造装置(商品名)にて製造)に希釈して1重量%のポリペプチド溶液を作成した。
【0053】
実施例1
Alchohol Dehydrogenase(ADH)(CALBIOCHEM(株)製、商品名:Alcohol DehydrogenaseYeast)の凍結乾燥品を秤量し、20mM Tris-HCl(pH8.1)に溶解して100mg/mlの溶液を調製した。この溶液を、実験例2で調整した蛋白質安定化剤(水溶液)で100倍希釈した(1mg/ml ADH)。この希釈液を40℃で保温して活性の変化を測定した。40℃保温前、保温後3時間後、6時間後、24時間後、48時間後に一部の試料を回収し、20mM Tris-HCl(pH8.1)で10倍希釈して、0.1mg/ml ADH 溶液とし、この溶液の活性を下記条件にて測定した。
【0054】
0.1M Tris-HCl (pH8.7) 1ml
Ethanol 99.5%(約5容量%) 60μl
0.5M Na-EDTA (pH8.7) 20μl
回収試料 0.1mg/ml ADH in 20mM Tris-HCl(pH8.1) 30μl
これらを全て添加して、25℃で5min インキュベートした。
10mM β-NAD+ 25μl 添加して反応開始。
【0055】
NADHの生成量を計測するために、反応を開始して2分間、吸光度340nm の吸光度変化を測定し、吸光度変化量をADH活性とした。なお、吸光度の測定には、1mlの石英ガラスセルを用いて、日立の分光光度計U-3210で測定を行った。
40℃保温前の活性を100%とし、保温後の活性を百分率で示した。この割合を残存活性として表1および図1に表記した。表1および図1から明らかなように、本発明の蛋白質安定化剤を用いた場合には高い活性が保持されていた。
【0056】
比較例1
実験例2で得られた蛋白質安定化剤を用いる代わりに、Milli-Q水(MILLIPORE (株)製、Elix純水製造装置(商品名)にて製造)を用いた以外は、実施例1に準じて実験を行った。その結果を表1および図1に示した。
【0057】
比較例2
実験例2で得られた蛋白質安定化剤を用いる代わりに、BSA(ウシ血清アルブミン)(和光純薬工業(株)製、商品名:アルブミン、ウシ血清製、コーンフラクションV,pH7.0)を用いた以外は、実施例1に準じて実験を行った。その結果を表1および図1に示した。
【0058】
比較例3
実験例2で得られた蛋白質安定化剤を用いる代わりに、トレハロース((株)林原生物化学研究所、商品名:Trehalose, Anhydrous)を用いた以外は、実施例1に準じて実験を行った。その結果を表1および図1に示した。
【0059】
【表1】

【0060】
40℃での保温開始から24時間後には、他の蛋白質安定化剤を用いたケースでは、殆ど酵素活性が失活したのに対し、本発明の蛋白質安定化剤を用いたケースにおいては、24時間まで20%ほどの活性を保持していた。
【0061】
実施例2
西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼが結合したウサギの抗体(コスモバイオ(株)製、商品名:Anti-Goat IgG (Rabbit) conjugate HRP)を、PBS(-) 緩衝液で100倍希釈した。この溶液10μlを、実験例3で調整した蛋白質安定化剤(水溶液)990μl中に添加し、これを40℃で保温した。1日毎にサンプルを採取した。採取した溶液をPBS(-)緩衝液にて10倍希釈し、この希釈液を活性の測定に用いた。希釈溶液50μlに、発色試薬(クリニカル・サイエンス・プロダクツ社(Clinical Science Products, Inc)製、商品名:NeA-Blue)50μlを加えて混合し、25℃で5分間保温し反応をさせた。これに1M硫酸溶液100μlを添加、混合して反応を停止させ、次いで450nmにおける吸光度を測定した。なお、測定には分光光度計(日立(株)製、商品名:U-3210)を用いた。
インキュベート前の活性を100%とし、保温後の活性を残存活性として、百分率で表記した。
【0062】
比較例4
実験例2で得られた蛋白質安定化剤を用いる代わりに、Milli-Q水(MILLIPORE (株)製Elix純水製造装置(商品名)にて製造)を用いた以外は、実施例2に準じて実験を行った。その結果を表2および図2に示した。
【0063】
比較例5
実験例2で得られた蛋白質安定化剤を用いる代わりに、BSA(ウシ血清アルブミン)(和光純薬工業(株)製、商品名:アルブミン、ウシ血清製、コーンフラクションV,pH7.0)を用いた以外は、実施例2に準じて実験を行った。その結果を表2および図2に示した。
【0064】
比較例6
実験例2で得られた蛋白質安定化剤を用いる代わりに、シュークロース(和光純薬工業(株)製、商品名:スクロース)を用いた以外は、実施例2に準じて実験を行った。その結果を表2および図2に示した。
【0065】
比較例7
実験例2で得られた蛋白質安定化剤を用いる代わりに、グリセロール(和光純薬工業(株)製、商品名:グリセロール)を用いた以外は、実施例2に準じて実験を行った。その結果を表2および図2に示した。
【0066】
【表2】

【0067】
本発明の蛋白質安定化剤は、熱安定化剤として使用されるシュークロースとほぼ同等の活性を維持していた。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明は、1)40℃でも蛋白質安定化の効力を損なわない高い熱安定性を有する、2)製品の効果にバラツキがない、3)匂いがない、4)プリオンやウイルスが混入する可能性がない、などの極めて有利な効果を有することから、蛋白質の安定化に有効に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】40℃でのADH の残存活性(%)
【図2】40℃でのAntibody - conjugate HRP の残存活性(%)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛋白質安定効果を有するポリペプチドを含有する蛋白質安定化剤であって、ポリペプチドが、式〔1〕で示されるポリペプチドおよび式〔2〕で示されるポリペプチドから選ばれる1種以上である蛋白質安定化剤。
〔1〕R1-(X-Hyp-Gly)n-R2
〔2〕R1-(Pro-Y-Gly)n-R2
式〔1〕および式〔2〕において、XとYはアミノ酸残基であり、R1はHまたはその他の官能基であり、R2はOR3またはその他の官能基であり、R3はHまたは一価の金属であり、nは整数である。
【請求項2】
XとYがProである、請求項1に記載の蛋白質安定化剤。
【請求項3】
蛋白質安定効果を有するポリペプチドが式〔1〕で示されるポリペプチドであり、XがProであり、さらに、当該ポリペプチドにおけるProとHypとの比率(Pro/Hyp)が95/5から0/100の範囲である、請求項1に記載の蛋白質安定化剤。
【請求項4】
蛋白質安定効果を有するポリペプチドが、円二色性スペクトルを測定した場合に、220から230nmの波長において正のコットン効果を示し、また195から205nmの波長において負のコットン効果を示す、請求項1に記載の蛋白質安定化剤。
【請求項5】
蛋白質安定効果を有するポリペプチドの分子量が10,000から500,000,000の範囲である、請求項1に記載の蛋白質安定化剤。
【請求項6】
さらにヒト由来組換えHSAを含有する、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の蛋白質安定剤。
【請求項7】
さらに糖類を含有する、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤。
【請求項8】
さらに脂質を含有する、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤。
【請求項9】
さらに界面活性剤を含有する、請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤。
【請求項10】
請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤と、蛋白性化粧料成分とを含む化粧料。
【請求項11】
請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤と、蛋白性医薬活性物質を含む医薬品。
【請求項12】
請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤と、抗体を含む臨床診断薬。
【請求項13】
請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の蛋白質安定化剤と、蛋白性洗浄成分を含む洗浄剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−153469(P2009−153469A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−336722(P2007−336722)
【出願日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【出願人】(000002071)チッソ株式会社 (658)
【Fターム(参考)】