説明

蝸牛の興奮性内耳神経毒性によって引き起こされる耳鳴りの処置の方法

本発明は、蝸牛の興奮性内耳神経毒性による耳鳴りを防止および/または処置する方法に関するものである。上記の方法は、処置する上で効果のある量のNMDAレセプタ拮抗薬を含む薬剤が、内耳への局所投与のための適切な方法および/または処方によって、上記処置に応じて個別に投与される。予防および/または処置される上記の耳鳴りは、音響による外傷性障害、老人性難聴、虚血、血液の無酸素症(anoxia)、一つまたは複数の内耳神経毒性の薬物療法による処置、急性難聴、またはその他の蝸牛の内耳神経毒性を原因とする症状によってひきおこされる。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
〔発明の属する技術分野〕
本発明は、蝸牛の興奮性内耳神経毒性(cochlear excitotoxicity)によって引き起こされる耳鳴りを処置するために薬剤を耳の中に輸送する方法に関するものである。特に、本発明はN−メチル−D−アスパルテート(NMDA:N−Methyl−D−Aspartate)レセプタ拮抗薬の内耳への限定的投与に関するものである。上記のような投与は、NMDAレセプタが介在する聴覚神経の異常な活動を抑制するために行われている。上記のNMDAレセプタが介在する聴覚神経の異常な活動は、音響による外傷性障害、老人性難聴、虚血、血液の無酸素症(anoxia)、一つまたは複数の内耳神経毒性の薬物療法による処置、または急性難聴などに付随して引きおこされる蝸牛の内耳神経毒性の発生に引き続いて発生し、またこれらは、急性で繰り返すか持続しておこる、若しくは慢性におこる。それ故、本発明は、上記のような場合に耳鳴りを遮断する。
【0002】
〔関連する技術について〕
外部からの刺激がない場合に音を知覚する耳鳴りは、とてもよくおこる内耳の障害である。アメリカの人口の3%にあたる860万人のアメリカ人が、慢性の耳鳴りを罹患している(Centers for Disease Control and Prevention, Vital and Health Statistics, Series 10, #200, Oct, 1999)。アメリカ話し言葉−言語−聞き取り協会(ASHA:American Speech−Language−Hearing Association)によると、100万人以上の人が耳鳴りによって正常な生活をおくることを妨げられている(人口の0.3%にあたる)。潜在的な耳鳴りによる障害者は人口の約1〜2.4%であるのに、ヨーロッパ人口調査では、人口の7〜14%が耳鳴りに関して医者にかかっている(Vesterarger V., British Medical Journal 314(7082):728-731(1997))。
【0003】
耳鳴りの高い罹患率と、健康および生活の質に対して与える影響が深刻であるにもかかわらず、真に効果的な処置法が存在しない。現在の治療の取り組み方は、内耳神経毒性の薬物を避ける、アルコール、カフェイン、ニコチンの消費を抑える、ストレスを減らす、背景雑音を使用するか耳鳴りマスク(聞き取るための補助器具とともに用いることが多い)を着用する、催眠術、認識に基づいた治療法(cognitive therapy)、バイオフィードバックなどの行動療法、耳鳴りの再教育療法(TRT:tinnitus retraining therapy)、薬理学的または他の補完的な治療法などである。
【0004】
耳鳴りは病気ではなく、むしろさまざまな聴覚障害に共通する症状である。それは痛みが多くの病気に付随するようなものである。最も頻発する、雑音が原因となる聴覚喪失は、老人性難聴とメニエール症候群である(Nicolas−Puel et al.,International Tinnitus Journal 8(1):37−44(2002))。その他は、内耳神経毒性の薬物(アミノグリコシド抗生物質、大量の環状利尿剤、非ステロイドの抗炎症薬、またはある種の化学治療薬)の曝露、血液循環の減少(虚血)、自己免疫過程、感染症、伝導性聴覚障害(conductive hearing loss)、耳硬化症、頭部外傷などの少ない症例である。90%以上の場合、耳鳴りは原因の判明している聴覚の喪失に関連付けられており、70%以上は内耳に原因がある(Nicolas−Puel et al.,International Tinnitus Journal 8(1):37−44(2002))。
【0005】
過去10年間での、内耳の生理病理学的の研究の大きな進展によると、耳鳴りの原因として最も多い原因の一つである蝸牛の興奮性内耳神経毒性によって耳鳴りが発達する場合では、内耳有毛細胞のシナプス複合体が鍵となることが判ってきた。Olney et al., J. Neuropathol. Exp. Neurol. 31(3): 464−488によって最初に記述された興奮性内耳神経毒性は、一般的にグルタミン酸のシナプス放出過多に特徴付けられている。グルタミン酸は聴覚系と同様に中枢神経系での最も重要なニューロン伝達物質である。グルタミン酸は、シナプス後グルタミン酸レセプタ(イオンチャネル型作動性および代謝型作動性)を活性化させ、脱分極と神経興奮とをひきおこす。しかしながら、もしレセプタの活性化が興奮性内耳神経毒性などのためにグルタミン酸の放出過多にとなり過剰となった場合には、対象の神経はダメージを受け、ついには死んでしまう(Puel J.L, Prog Neurobiol. 47(6): 449−76(1995))。
【0006】
蝸牛の興奮性内耳神経毒性は、激しい、または繰り返された音響による外傷性障害(雑音による聴覚喪失または老人性難聴をひきおこす)などの過剰の雑音への曝露、急性難聴、血液の無酸素症/虚血(Pujol and Puel, Ann. NY Acad. Sci. 884: 249−254(1999))または、一つないし複数の内耳神経毒性の薬物療法による処置によってひきおこされる。
【0007】
過剰量のグルタミン酸の放出は、音響による外傷性障害の場合には過剰の音圧が蝸牛に入ることによって、また急性難聴をひきおこす血液の無酸素症/虚血の場合にはグルタミン酸の制御系への血流が減少することによってひきおこされる。全ての場合で、興奮性内耳神経毒性は2段階の機構で特徴付けられている。初めに、イオンチャネル型作動性のグルタミンレセプタを仲介するタイプI型の求心性のデンドライトの急激な膨張がおこり、それによってシナプス後の構造の混乱をひきおこし、機能を失わせる。その後5日以内に、シナプスの回復(新生シナプス形成(neo−synaptogenesis))が観察され、完全な、または部分的に回復した蝸牛ポテンシャルが観察される(Puel et al., Acta Otolaryngol. 117(2): 214−218(1997))。強力にかつ/または繰り返し傷つけられた後に生じる興奮性内耳神経毒性による第2段階では、Ca2+の流入によってひきおこされる代謝事象のカスケードによって、脊髄のガングリオンニューロンが死ぬ。
【0008】
蝸牛による興奮性内耳神経毒性は、シナプス後構造が破裂する間、耳鳴りをひきおこすが、上記の破裂は終端ではなく、引き続いて内耳有毛細胞シナプス複合体での新生シナプス形成がおこる(Paul et al., Audio. Neurootol. 7(1): 49−54(2002))。興奮性内耳神経毒性後の機能回復の鍵となる役割はNMDAレセプタの働きによる。NMDAレセプタは生理環境での聴覚神経線維の活動において含まれていない(Paul et al., Audio. Neurootol. 7(1): 49−54(2002))が、NMDAレセプタは新生シナプス形成の過程において上位調節されており(Paul et al., C.R. Acad. Sci. III. 318(1): 67−75(1995))、主に高いカルシウム(Ca2+)透過性を担っている(Sattler and Tymianski, Mol. Neurobiol. 24(1−3): 107−129(2001))。動物モデルでの蝸牛のシナプス回復メカニズムに示すように、NMDAレセプタ拮抗薬D−AP5の限定的投与によるNMDAレセプタのブロックは、機能的な回復と音響デンドライトの再成長とを遅らせる(Gervais D’Aldin et al., Int. J. Dev. Neurosci. 15(4−5): 619−629(1997))。それ故、グルタミン酸は早い興奮に関する神経伝達物質という役割に加えて、NMDAレセプタの活性化を経由した神経向性の役割を持っている。
【0009】
蝸牛での興奮性内耳神経毒性によってひきおこされるNMDAレセプターのmRNAの上位調節が、聴覚神経線維の異常で自発的な『発火』に応答しているという仮説がある(Paul J.−L. et al., Audio. Neurootol. 7(1): 49−54(2002))。新生シナプス形成過程の間、求心性のデンドライトは危険な状態にあり、それ故、個別にNMDAレセプターを活性化させて興奮することができる。そのような異常な興奮を避け、不完全な新生シナプス形成による無限に続く耳鳴りを避けるために、治療学上の戦略ではNMDAレセプタを特異的に拮抗する方法を探している。上記に示したように、NMDAレセプタ拮抗薬の蝸牛への限定的投与は、音響による外傷性障害または虚血による興奮性内耳神経毒性を防ぐ(Duan et al., Proc. Nati. Acad. Sci. USA 97(13): 7597−7602(2000); Puel, Prog. Neurobiol. 47(6): 449−476(1995); Puel et al., J. Comp. Neurol. 341(2): 241−256(1994))。興奮性内耳神経毒性は、2−アミノ−3−(3−ヒドロキシ−5−メチルイソオキサゾル−4−イル)プロピオネート(AMPA:2−amino−3−(3−hydroxy−5−methylisoxazol−4−yl)propionate)、またはカイニン酸受容体アンタゴニストの投薬によって遮断することができるが、これらを介して、求心性デンドライトの急性膨張が最初に起こる。(Puel et al., J. Comp. Neurol. 341(2): 241−256(1994))。一方、このような取り組み方では潜在的に深刻な負の影響を聴覚機能におよぼすことがある。内耳有毛細胞と聴覚神経線維との間の早い興奮に関する神経伝達にはAMPAを好むレセプタが支配的に介在している(Ruel et al., J. Physiol. London 518:667−680(1999))。このため、これらの遮断は不要な過剰の聴覚神経の刺激を抑圧するだけでなく、必要とする通常の興奮も抑制する。そのため聴覚の喪失をひきおこす。
【0010】
耳鳴りの発生におけるNMDAレセプタとの密接な関係についての仮説はよく調べられていて、サリチル酸による耳鳴りの行動モデルを用いて生体条件(in vivo)で行なわれている(Guitton et al., J. of Neuroscience 23 (9): 3944−3952(2003))。行動モデルでは、耳鳴りを測定することが発達していて、直接耳鳴りを観察することはできないのであるが、能動的にパラダイムを避けるということを基準として測定している。即ち、動物は特定の音を聞いたときに棒のうえにジャンプするようにされている。サリチル酸を投与されると外部の音がない場合(擬陽性:false positive)でもジャンプする回数が有意に増加するようになる。上記は耳鳴りを知覚していることを示している。NMDA拮抗薬MK−801、7−CK、およびガサイクリジン(gacyclidine)をラウンド・ウインドウ・メンブラン(round window menbrane)を通じて動物の蝸牛に投与した後、上記の擬陽性の数は特異的に減少した。上記は耳鳴りを抑制したことを示している。
【0011】
これらの結果によって、耳鳴りの発生におけるNMDAレセプタとの密接な関係についての仮説についての第1回目の確認はおこなうことができたが、サリチル酸による耳鳴りが非常に特殊な形態であるので、上記の方法では全ての種類の耳の中での混乱について一般的には明らかになっていない。アスピリンの活性成分の一つであるサリチル酸は、大量に取得すると耳鳴りをひきおこすことが一世紀以上にわたって知られてきた(Cazals Y., Prog.Neurobiol. 62: 583−631(2000))。サリチル酸は、蝸牛への興奮性内耳神経毒性またはほかの原因による場合と同様に、同じような耳鳴りの感覚をひきおこす。しかしそれはたいてい可逆的であり、特定の分子による機構を基にしている。よく知られているサイクロオキシジェナーゼ(cyclooxygenase)の阻害剤であるメフェナム酸(mefenamate)をサリチル酸の代わりに服用すると、擬陽性の数が増大した。このことにより、サリチル酸による耳鳴りはサイクロオキシジェナーゼによる経路を阻害することに関係しているということがわかった。蝸牛への興奮性内耳神経毒性によっておこる耳鳴りはグルタミン酸のカスケードが介在し、NMDAレセプターのmRNAの上位調節がひきおこされる過程であるが、サリチル酸による耳鳴りはアラヒドリック酸代謝(arachidoric acid metabolism)の変化が介在する(例えばCazais Y., Prog. Neurobiol. 62: 583−631 (2000)参照)。サリチル酸はサイクロオキシジェナーゼ活性を阻害することが示されている(例えばVane and Botting, Am. J. Med. 104: 2S−8S(1998)参照)。アラヒドリック酸がNMDAレセプタの電流を強化することの証拠も示されている(Miller et al., Nature 355: 722−725(1992); Horimoto et al., NeuroReport 7:2463−2467(1996); Casado and Ascher, J. Physiol. 513: 317−330(1998))。電気生理学の研究は、アラヒドリック酸がNMDAレセプタのチャネルの開く確率を増加させるということを小脳のグラニュール細胞、分離したピラミダル細胞、皮質のニューロン、または成熟した海馬のスライスを含むさまざまな実験系で明らかにした(例えばMiller et al., Nature 355: 722−725(1992); Horimoto et al., NeuroReport 7: 2463−2467(1996); Yamakura and Shimoji, Prog. Neurobiol. 59: 279−298(1999))。興奮性内耳神経毒性によってひきおこされた耳鳴りとは異なり、上記ではサリチル酸による耳鳴りをおこなったものも含めて内耳有毛細胞のシナプス複合体、特にシナプスの末端部への形態上の損傷はみられない。
【0012】
米国特許第5,716,961号でSandsは耳鳴りの処置のためのNMDAレセプタ特異的拮抗薬の投与について公表している。グルタミン酸による興奮性内耳神経毒性の場合の上記の神経細胞保護的な性質については培養細胞について確かめられている。しかしながら、生体条件下での生理病理学的な条件についての複合的な薬理学的な作用と効果については示されていない。即ち、蝸牛での興奮性内耳神経毒性によってひきおこされる耳鳴りとの関係がない。これらは内耳有毛細胞シナプス複合体によって与えられる複雑さが深刻に欠乏していると考えられなければならない。さらに、患者が飲み込めないか経口投与が何らかの条件で障害を受けている場合での局所への投薬について議論しているのに、SandsはNMDAレセプタ拮抗薬の経口投与について示している。局所投薬については『溶液、ローション、軟膏、膏薬など』の形態であるとして明確に議論されていない。
【0013】
内耳の障害の処置のためにNMDAレセプタ拮抗薬を全身へ投薬することは、蝸牛が生物学的なバリアによって脳のように保護されているために通常は効果がない。希望する処置の効果を達成するためには比較的大量に必要であるが、NMDAレセプタ拮抗薬による影響、例えば学習能力、記憶力、運動能力の低下などのさまざまな影響をおよぼすので、最大許容量は厳しく制限されている。NMDAレセプタ拮抗薬による人のCNS障害の処置に関するさまざまな研究が公表されており、全身への投薬後の血漿のレベルでは、一貫して動物モデルでの神経細胞保護のための最大の投薬量以下である。また、治療に用いる量は、潜在的に有害なCNSの効果によって制限されている。また、緊張病(catatonia)では血圧と感覚とが上昇する。(kemp and McKernan, Nature Neuroscience 5, supplement: 1039−1042 (2000))。一方、NMDA−AMPAレセプタ拮抗薬のカロベリン(caroverine)の内耳への限定的投与では、蝸牛での濃度が高く、しかも血漿や脳脊髄液への2次的投薬を非常によく防ぐことが示された(Chen et al., Audiol. Neurootol. 8: 49−56 (2003))。
【0014】
米国特許第6,066,652号でZennerらは、NMDAレセプタの拮抗薬であるアダマンタン(adamantane)の投与による耳鳴りの処置の方法について公表している。この発明者は、全身へ投薬する治療研究例を引用していて、上記引用では処置の間耳鳴りが減少したことを示している。上記結果によって外耳有毛細胞の中心とプレシナプスではないかという仮説が提出されているが、NMDAレセプタの役割については特に触れられていない。
【0015】
NMDAレセプタが、蝸牛での興奮性内耳神経毒性による耳鳴りの発生において重要な役割を行っているという仮説を支持する幾つかの兆候があるけれども、以下では分子的な機能についてはまだ明らかではないという点について明らかにする。また、個別の種類の耳鳴りについて、NMDAレセプタ拮抗薬が効果的に耳鳴りを遮断することができるかどうかを確実に予測することが不可能であるということについて明らかにする。さらに、耳鳴りの発生についての生理病理学的な研究が、仮説を確認し、特異的かつ真に効果的である処置学的戦略を発展させるために必要であることについて明らかにする。
【0016】
〔発明の概要〕
本発明は、人の蝸牛の興奮性内耳神経毒性による耳鳴りを防止するおよび/または処置する方法に関するものである。上記の方法は、処置する上で効果のある量のNMDAレセプタ拮抗薬を含む薬剤を人へ投与する方法を含んでいる。耳鳴りの処置の方法において、上記の投与されたNMDAレセプタ拮抗薬は、処置を必要とする人のNMDAレセプタが介在する聴覚神経の異常な活動を効果的に抑制し、減少させる。耳鳴りを防ぐ方法において、上記の投与されたNMDAレセプタ拮抗薬は、処置を必要とする人のNMDAレセプタが介在する聴覚神経の異常な活動を効果的に防ぐ。上記の防止されるおよび/または処置される耳鳴りは、音響による外傷性障害、老人性難聴、虚血、血液の無酸素症(anoxia)、一つまたは複数の内耳神経毒性の薬物療法による処置、急性難聴、またはその他の蝸牛の内耳神経毒性を原因とする症状によってひきおこされたものである。
【0017】
〔図面の簡単な説明〕
図1は、外傷性障害後7日経ったコントロールの動物のCAPの測定結果を示している。音響による外傷性障害による聴覚の喪失は、外傷性障害後7日後にCAP測定を記録することによって評価した。永久閾値(permanent threshold)の最大の変位13dB±2.0は、音響による外傷性障害後7日後に10kHzで観察した。
【0018】
図2は、コントロールの動物の音響による外傷性障害後のスコアと擬陽性との応答の測定を記載した図である。(A)音響による外傷性障害によって音の刺激に対する正しい応答反応が減少し、それぞれ時間を経ると回復をしているが、聴覚の喪失をひきおこしていることが反映されている。(B)擬陽性の数は、音響による外傷性障害後の実験した動物によって実質上異なっている。グループ1の動物は耳鳴りになっていない。グループ2の動物は一時的に耳鳴りを経験している。一方グループ3の動物は一時的にも永続的にも耳鳴りを経験している。
【0019】
図3は、音響による外傷性障害による有毛細胞の喪失の応答による聴覚喪失が、耳鳴りの発達において重要な役割をおこなっていないということを記載した図である。D−JNKI−1で処理すると、外傷性障害後のスコアの急速な回復(A)によって示されているように急性の音響による外傷性障害後の聴覚の喪失を防ぐが、耳鳴りを防ぐ上では重要な効果はない。上記は耳鳴りの罹患率と分布とが、処置をおこなっていない動物(B)と本質的に同じであるからである。
【0020】
図4は、NMDA拮抗薬7−CKのラウンド・ウインドウ・メンブランへの限定的投与が、耳鳴りを防ぐことを記載した図である。(A)0日目から1日目での平均的な行動のスコアはそれぞれ回復している。しかしながら、回復は処理をしなかった動物に比較して遅い。(B)NMDA拮抗薬7−CKの限定的投与が、蝸牛の興奮性内耳神経毒性によってひきおこされる永続する耳鳴りを抑制することを示している。即ち、一時的な耳鳴りだけが観察された。
【0021】
図5はNMDA拮抗薬S−(+)−Ketamineのラウンド・ウインドウ・メンブランへの限定的投与が、耳鳴りを防ぐことを記載した図である。(A)0日目から1日目での平均的な行動のスコアはそれぞれ回復している。しかしながら、回復は処理をしなかった動物に比較して遅い。(B)NMDA拮抗薬薬S−(+)−Ketamineの限定的投与が、蝸牛の興奮性内耳神経毒性によってひきおこされる永続する耳鳴りを抑制することを示している。即ち、一時的な耳鳴りだけが観察された。
【0022】
図6は、音響による外傷性障害が実質的に感覚受容の外耳有毛細胞(OHC)および内耳有毛細胞(IHC)のシナプス複合体の形態上の損傷を与えていることを示している。サリチル酸は投与していない。OHCおよびIHCの立体的な繊毛は、サリチル酸注入後2日以上経っても損なわれずに残っている(6A)。一方、音響による外傷性障害にさらされた動物のものは、深刻な損傷がOHCの配列の崩れや立体的な繊毛の束にみられる。時には、IHCの立体的な繊毛(6D)が融合しており(黒い矢印の頭部で示す)、深刻な損傷を受けている。低倍率でのIHCシナプス複合体では、サリチル酸による処理(6B)では非常に複雑な構造の異常は見られなかった。一方、外傷性障害の動物では、放射求心性デンドライト(radial afferent dendrite)の大規模で劇的な膨張(アスタリスクで示す)がIHCにしばしば影響を与える範囲の根元側にみられ、興奮性内耳神経毒性がおこっていることが確認される(6E)。IHCの頂上部にニューロン空胞があるとともに異常な形状の立体的な繊毛(矢印の頭部で示す)の存在についても記載しておく。IHCの根元側での高倍率像では、サリチル酸による処理がなされた動物(6C)では、異常は見られなかった。2個の求心性神経の端部(a1またはa2と示す)では正常であり、求心性のa2に向かい合う特徴的なプレシナプスボディを明確に見ることができる。これに対して、(6F)は、膨張した(a1)と分裂した神経末端(a2)およびa2に向かい合っているプレシナプスボディとを示している。AおよびDのスケールバーは10(μm)(走査型電子顕微鏡画像)であり、BおよびEは5(μm)であり、CおよびFは0.25(μm)である(以上透過型電子顕微鏡画像)。
【0023】
図7は、サリチル酸または音響による外傷性障害に晒した後の蝸牛NMDAレセプタのNR1サブユニットの発現について示しており、ウエスタンブロット免疫検出法によって同定されている。示されているように、サリチル酸処置ではNR1 NMDAレセプタサブユニット発現について特に重要な変化はおこっていない(コントロールの動物に対して4%高い)。一方、音響による外傷性障害では、障害後5日目で明らかな過剰発現がひきおこされている(コントロールの動物に対して+50%上回っている)。上記のことは、永続する耳鳴りの観察と一致する。しかしながら、外傷性障害後24時間では、重要な過剰発現は検出されない(+8%)。このことは、音響による外傷性障害による一時的または永続的な耳鳴りが根本的に異なるということを示唆している。コントロール動物の脳での免疫ブロットはNR1のサブユニットの分子量が脳と蝸牛で同一であるということを用いて校正をおこなった。
【0024】
〔発明の実施の形態〕
〔全体像〕
本発明は、蝸牛の興奮性内耳神経毒性(cochlear excitotoxicity)によって引き起こされる耳鳴りの動物モデルの実験による知見に基づいている。本発明は薬剤の使用方法に関するものであり、特にNMDAレセプタの拮抗薬の使用方法に関するものである。理論に束縛されることを望まないと同時に、本発明のNMDAレセプタ拮抗薬がさまざまな結合部位のNMDAレセプタに結合すると考えている。その結果、レセプタのイオンチャネルの開状態を(部分的に、または完全に)遮断すると考えている。NMDAレセプタは複雑な方法によって活性化されている。例えばグルタミン酸およびグリシンの結合がイオンチャネルを開くために必要であり、上記の結合によってカルシウムの流入がおこる(Kemp and McKernan, Nature Neuroscience 5, supplement: 1039−1042 (2000))。グルタミン酸は神経伝達物質の役割を持っている。グルタミン酸は神経伝達物質の役割を持っていて、活性に依存してプレシナプスの末端から放出される。一方、グリシンはモジュレータとして作用し、細胞外液に多くの一定量で存在している。NMDAレセプタに対するイオンチャネル全体は、マグネシウムによる電圧依存的な遮断をうけ、脱分極がこの遮断によって取り除かれる。2個または3個の拮抗薬サイトへのNMDAレセプタ拮抗薬の結合は、個別に、または完全にNMDAレセプタを遮断し、それ故にイオンチャネルが開くことやニューロンの脱分極を遮断または減衰する。上記NMDAレセプタ拮抗薬は、それ故、上位調節された(up−regulated)NMDAレセプタを通じた聴覚神経の異常な興奮を抑制する。上記のNMDAレセプタは、蝸牛の興奮性内耳神経毒性によって上位調節されている。即ち、耳鳴りの知覚を減少させる、または取り除くことができる。NMDAレセプタ拮抗薬を投与した後には、NMDAレセプタはもはや上位調節されることはない。生理病理学条件で上位調節された特定のNMDAレセプタだけを目標とし、NMDAレセプタが介在する聴覚神経の異常な活動を抑制するので、望まない聴覚上の副作用は避けることができる。これは通常の音響の神経伝達が主にAMPAレセプタに拠っているからである。
【0025】
実施の形態の一つでは、本発明は蝸牛の興奮性内耳神経毒性によってひきおこされた人の耳鳴りの処置の方法と関係している。上記方法では、処置学上効果のある量のNMDAレセプタ拮抗薬を含む薬剤を人へ投与する方法を含んでいる。上記NMDAレセプタの拮抗薬は、一定の量が一定の期間投与され、効果的にそのような処置を必要とする人間のNMDAレセプタの介在する聴覚神経の異常な活動を抑制または減少させる。NMDAレセプタの介在する聴覚神経の異常な活動の抑制または減少は、それぞれの処置による耳鳴りの抑制または減少をもたらす。上記方法での望ましい実施の形態としては、NMDAレセプタの拮抗薬が人間が蝸牛の興奮性内耳神経毒性によっておこる状態に晒されている後か最中に投与されることである。
【0026】
他の実施の形態としては、本発明は蝸牛の興奮性内耳神経毒性によってひきおこされた人の耳鳴りの予防の方法と関係している。上記方法では、治療学上の効果のある量のNMDAレセプタ拮抗薬を含む薬剤を人へ投与する方法を含んでいる。上記の方法では、NMDAレセプタ拮抗薬は、一定の量が一定の期間投与され、そのような処置が必要とされている個別の事象に対して効果的にNMDAレセプタの介在する聴覚神経の異常な活動を予防することができる。NMDAレセプタの介在する聴覚神経の異常な活動の予防は、それぞれの処置による耳鳴りを予防することである。上記方法での望ましい実施の形態としては、NMDAレセプタの拮抗薬が人間が蝸牛の興奮性内耳神経毒性によっておこる状態に晒されている可能性のある前か最中に投与されることである。本発明は蝸牛の興奮性内耳神経毒性によってひきおこされる耳鳴りを予防および/または処置することを目的としている。蝸牛の興奮性内耳神経毒性によってひきおこされる耳鳴りがどのような特定の事象をひきおこすかということについては要求せず、上記事象が蝸牛の興奮性内耳神経毒性によってひきおこされ、耳鳴りをおこすということだけを要求する。上記事象の種類が、既存の耳鳴りの予防および/または処置によるかということは必要ではない。上記予防および/または処置される耳鳴りは、急性、亜急性、または慢性の耳鳴りである。
【0027】
従来、蝸牛の興奮性内耳神経毒性による音響による外傷性障害、老人性難聴、虚血、血液の無酸素症(anoxia)、一つまたは複数の内耳神経毒性の薬物療法による処置および/または急性難聴による耳鳴りが知られている。ここでは、音響による外傷性障害による耳鳴りの予防について記載する。本技術では、ここに提供する方法によって音響による外傷性障害だけでなく、老人性難聴、虚血、血液の無酸素症、一つまたは複数の内耳神経毒性の薬物療法による処置および/または急性難聴など、共通の機構によって耳鳴りが上記の原因によって発生したときからの効果的な耳鳴りの予防および/または処置ができることを高い頻度で予想することができる。上記の音響による外傷性障害、老人性難聴、虚血、血液の無酸素症、一つまたは複数の内耳神経毒性の薬物療法による処置および/または急性難聴は急性、繰り返す、または持続する特徴がある。本技術では、本発明が音響による外傷性障害、老人性難聴、虚血、血液の無酸素症、一つまたは複数の内耳神経毒性の薬物療法による処置および/または急性難聴などの他の手段によっておこった耳鳴りの予防および/または処置に対しても、蝸牛の興奮性内耳神経毒性によっておこる耳鳴りと同様に効果的であると予想する。上記のような事象による蝸牛の興奮性内耳神経毒性は急性、繰り返す、または持続する特徴があり、蝸牛の興奮性内耳神経毒性によってひきおこされる事象の持続時間に依存している。
【0028】
本発明の文脈で用いられる『内耳神経毒性の薬物療法』という用語は、幾つかの蝸牛の興奮性内耳神経毒性を経て耳鳴りをひきおこす可能性をもつ複合体の治療学上の投薬を意味している。蝸牛の興奮性内耳神経毒性は、内耳神経毒性の薬物療法の投薬による副作用を上昇させる。内耳神経毒性の薬物療法は、一般的に聴覚または聴感覚に影響をおよぼさないように状態を調節した、治療のための複合剤として投与される。内耳神経毒性の薬物療法は、例えばアミノグリコシド抗生物質(aminoglycoside antibiotics)、シスプラチン(cisplatin)などの化学療法薬を含むように特徴付けられている。そのような内耳神経毒性の薬物療法および蝸牛の興奮性内耳神経毒性を用いることと耳鳴りへの影響との相関については、よく知られている。しかしながら、本発明以前では、効果的な処置が不可能であった。今のところ、このような投薬の方法が内耳神経毒性による影響によって制限されており、内耳神経毒性による影響を減少させることによって投薬が薬物療法としてより広くおこなえるようになる。
【0029】
〔化合物〕
本発明の方法で投与される薬剤の構造式は、競合的なNMDA拮抗薬結合サイト、イオンチャネルの中にある非競合的なNMDA拮抗薬結合サイト、またはグリシンへのサイトなどのNMDAレセプタに結合する、選択的なNMDAレセプタ拮抗薬を含む。限定する必要はないが、具体的には、イフェンプロディル(ifenprodil)、ケタミン(ketamine)、メマンチン(memantine)、ジゾシルピン(MK−801: dizocilpine)、ガサイクリジン(gacyclidine)、トラクソプロヂル(traxoprodil)(非競合性NMDA拮抗薬)、D−2−アミノ−5−フォスフォノペンタノイック酸(D−AP5: D−2−amino−5−phosphonopentanoic acid)、3−((±)2−カルボキシピペラジン−4−イル)−プロピル−1−フォスフォニック酸(CPP: 3−((±)2−carboxypiperazin−4−yl)−propyl−1−phosphonic acid)、コナントキンス(conantokins)(競合性NMDA拮抗薬)、7−クロロカイヌレナート(7−CK: 7−chlorokynurenate)、リコスチネル(Licostinel)(グリシンサイトの拮抗薬)などを含む。本発明で用いるNMDA拮抗薬は上記NMDA拮抗薬の任意の誘導体、類似物、および/または対称体で、NMDA拮抗薬の機能を保持しているものである。本発明の方法で投与する薬剤は1個または複数のNMDAレセプタ拮抗部位を有している。
【0030】
アリルサイクロアルキラミン(arylcycloalkylamine)は本発明のNMDA拮抗薬としての結合において望ましく用いられる。アリルサイクロアルキラミン複合体(NMDA拮抗薬の機能を保持しているもの)は構造式Iを有しており、
【0031】
【化1】

R1,R2,R3,R4,およびR5はH,Cl,F,I,CH,CHCH,NH,OH,またはCOOHから独立に選択され、R6およびR7はH,CH,CHCH,OH,Cl,F,またはIから独立に選択されることが好ましい。
【0032】
望ましいアリルサイクロアルキラミンのひとつは、ケタミン(C1316ClNO(任意の塩基),2−(2−chlorophenyl)−2−(methylamino)−cyclohexanone)であり、その構造式は構造式IIである。
【0033】
【化2】

構造式IIまたはIで定義されているケタミンまたはアリルサイクロアルキラミンの任意の誘導体、類似物、および/または対称体化合物は、それぞれ、NMDA拮抗薬として用いられる。
【0034】
ケタミンはNMDA−レセプタ結合と競合しない拮抗薬であり、イオンチャネル内にあるNMDA−レセプタ複合体とは離れたサイトであるCPC結合サイトに結合する。その結果、膜を貫通するイオンの流れを遮断する。ケタミンは米国特許第3,254,124号に開示されている方法で得られる。さらに好ましい化合物は(S)―ケタミンであり、それはNMDAレセプタのPCP結合サイトへの親和性が(R)−ケタミンと比べて3〜4倍高い(Vollenweider et al., Eur. Neurophychopharmacol. 7: 25−38(1997))。光学異性体の合成はDE2062620またはWO01/98265のようになされる。上記は参照文献としてここに記載する。本発明の望ましい実施の形態では、ケタミンは塩基のない形態である塩化水素塩(C1317ClNO)(ケタミン ハイドロクロライド:ketamine hydrochloride)として投与される。
【0035】
他の本発明の望ましい化合物は、キナゾリン(chinazoline)を置換した群に属し、NMDA拮抗薬の機能を保持しているものである。本発明に関しては、キナゾリン化合物は構造式IIIを有しており、
【0036】
【化3】

R’1,R’2,R’3,およびR’4は、H,Cl,F,I,CH,CHCH,NH,OH,またはCOOHから独立に選択され、R’5およびR’6はCOOH,OH,CONH,H,CH,CHCH,OH,Cl,F,またはIから独立に選択されることがNMDA拮抗薬として好ましい。
【0037】
キナゾリンのうち、7−クロロカイヌレナート(7−CK)が特に好ましい。7−CKは以下に示す構造式IVで表現される。
【0038】
【化4】

構造式IVに一致する7−CKの任意の誘導体、対称体または類似物、若しくは構造式IIIで定義されるその他の化合物が、本発明の方法で用いられる。
【0039】
〔投与と処方の仕方〕
患者への化合物の輸送は口、静脈、皮下、腹膜内、筋肉内、直腸、または局所で行なわれる。また内耳への局所投与は、全身への投与で治療学上効果がある量では望まない副作用をひきおこす可能性のある場合に、一般的に好ましい。当業者であれば、本発明のNMDA拮抗薬の投与法はさまざまな異なる方法でもおこなうことができることがわかるであろう。本発明の投与法で必要とされるものは、NMDA拮抗薬を含む治療学上効果がある量の薬剤がNMDAレセプタが介在するそれぞれの痛みをもたらす聴覚神経の異常な活動のサイトに届くことだけである。
【0040】
内耳への化合物の投与はさまざまな輸送技術によって行なわれる。それらの方法には、ラウンド・ウインドウ(round window)またはオーバル・ウインドウ(oval window)へ的を絞る方法として器具や薬剤を用いることが含まれる。上記のウインドウは、内耳の中へ薬剤を拡散させ、または能動的に吹き込むためものである。化合物を輸送しおよび/または運搬する例としては、オトウィック(otowick)(例えばSilversteinによる米国特許第6,120,484号など)、ラウンド・ウインドウ・カテーテル(例えばArenbergによる米国特許第5,421,818号、5,474,529号、5,476,446号、6,045528号など、またはLorentzによる6,377,849号およびその分割の2002/0082554など)、またはさまざまな種類のゲル、泡、繊維若しくは他の薬剤キャリアなどを化合物が持続的に放出されるように一緒にラウンド・ウインドウのくぼみやオーバル・ウインドウに載せる方法(例えばManningによるWO97/38698、Silverstein et al.,Otolaryngology−Head and Neck Surgery 120(5):649−655(1999)、Balough et al., Otolaryngology−Head and Neck Surgery 119(5):427−431(1998))などがある。それらは蝸牛の管または蝸牛のほかの部位に差し込むための機器の使い方を含んでいる(例えばKuzmaによる米国特許第6,309,410号など)。中耳と内耳とは溶液または化合物のキャリアによって満たされている(例えばHoffer et al., Otolaryngologoc Clinics of North America 36(2):353−358(2003)など)ので、化合物は鼓膜を横切って内耳に投与される。内耳への好ましい投与の方法は、ラウンド・ウインドウ・メンブランを横切って拡散させる方法によるものである。上記のラウンド・ウインドウ・メンブランへは比較的容易に中耳の空間から到達することができ、内耳をそのまま残すことができる。即ち、内耳の蝸牛の溶液が漏れるという問題のあらゆる可能性を避けることができる。
【0041】
本発明の薬剤の複合体に含まれる化合物は、薬剤として到達することができる塩の形態で供給される。そのような塩の例としては、とくに限定されないが、有機酸(例えば、酢酸、乳酸、クエン酸、リンゴ酸、蟻酸、酒石酸、ステアリン酸(stearic acid)、アスコルビック酸(ascorbic acid)、琥珀酸、安息香酸、メタンスルフォニック酸(methanesulfonic acid)、トルエンスルフォニック酸(toluenesulfonic acid)、またはパーモイック酸(pamoic acid)など)、無機酸(例えば、塩化水素酸、硝酸、2燐酸、硫酸、または1燐酸など)、重合酸(polymeric acid。例えばタンニン酸、カルボキシルメチルセルロース、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、または乳酸とグリコール酸との共重合酸など)の形態のものである。
【0042】
本発明の投与の任意の経路のための薬剤の複合体は、治療上の効果のある量の有効成分と、おそらく必須となる無機または有機の、固体かまたは液体の薬剤に結合することのできるキャリアとを含む。水溶液または懸濁液を含む内耳に局所投与するための好ましい薬剤の複合体は、使用するときに調製される。上記の薬剤の複合体は、たとえば有効成分のみ、またはキャリアとともに凍結乾燥されているとしてもよい。薬剤の複合体は、さらにゲルを含んでいてもよい。上記ゲルは、生物分解性であっても非生物分解性であってよく、水溶性であっても非水溶性であってもよく、またはマイクロスフィアビーズであってもよい。そのようなゲルとしては、特に限定されるものではないが、ポロクサマー(polixamer)、ヒアルロン酸、ザイログルカン(xyloglucan)、キトサン、ポリエステル、ポリ(ラクチデス)(poly(lactides))、ポリ(グリコライド)(poly(glycolide))または酢酸化イソブチル化ショ糖(sucrose acetate isobutyrate)および1オレイン酸化グリセロール(glycerol monooleate)の共重合体PLGAなどである。腸管または腸管外への投与に好ましい薬剤の複合体は、上記に述べたように錠剤、ゼラチンのカプセル、水溶液または懸濁液などを含んでいる。
【0043】
上記の薬剤の複合体は、減菌されかつ/またはアジュバントを含んでいる。上記アジュバントは、保存剤、安定剤、保湿剤および/または乳化剤、浸透圧および/またはバッファを調節するための塩などである。本発明の薬剤の複合体は、望むならば、さらに薬剤としての有効成分を含んでいてもよい。それらは、薬剤として従来よく知られた如何なる方法で扱われてもよく、例えば、従来どおりの混合、粒状化、糖衣化、溶解する、または凍結乾燥するなどの方法で扱われてもよく、有効成分を約0.01〜100%、好ましくは約0.1〜50%(凍結乾燥状態を100%として)含んでいるようにしてもよい。
【0044】
望ましい実施の形態として、本発明の薬剤は局所に使用するように処方されてもよい。耳への投与のために好ましい媒体は、薬剤として到達することができ、有効な複合体に対して反応しない有機物または無機物である。例えば、塩類、アルコール、植物性油、ベンジルアルコール、アルキレングリコール(alkylene glycol)、ポリエチレングリコール、グリセロール3酢酸、ゼラチン、ラクトースまたは澱粉などの炭化水素、マグネシウム、ステアリン酸エステル、滑石(talc)およびペトロラタム(petrolatum)などである。上記の製剤は減菌され、および/または補助的な物質を含んでいる。上記の補助的な物質は、潤滑剤、チオマーサル(thiomersal、例えば50%)などの保存料、安定剤および/または保湿剤、乳化剤、浸透圧に作用する塩、緩衝剤、着色料、および/または香料などである。
【0045】
それらは、もし必要であれば、1個または複数の成分を含んでいてもよい。本発明の耳のための混合物は、フルオロキノロン(fluoroquinolone)などの抗生物質、ステロイド、コルチソン(cortisone)、アナルゲシクス(analgesics)、アンチピリン、ベンゾカイン、プロカインなどの抗炎症剤など、その他の生物学的活性のある物質を含むさまざまな成分を含むことができる。
【0046】
局所投与のための本発明の混合物は、薬剤の受容性に関する他の成分を含むことができる。本発明の望ましい実施の形態では、局所補形薬は、耳へ投与されたとき、輸送範囲を全身への循環または中枢神経系へ広げないように選択される。例えば、一般的に、局所補形薬は実質的に閉塞させる特性(occlusive property)を持っていないことが望ましい。上記の閉塞させる特性は、全身への循環で粘膜を通した経皮的な伝達を拡大させる。そのような閉塞させる媒体は、炭化水素ベースのもの、親水性ペトロラタムおよび無水ラノリン(lanolin)(例えばアクアフォア(Aquaphor)など)などの無水の吸収性を持ったもの(anhydrous absorption base)、ラノリンやコールドクリームなどのオイルの中に水を含む乳液などがある。より好ましくは、実質的に閉塞させない媒体であり、一般的には水溶性であることが望ましい。例えば、水の中にオイルを含む乳液ベースのもの(クリームまたは親水性の軟膏)、またはポリエチレングリコールをベースとした媒体や水溶性ゲルのように可溶性のものが好ましい。上記の水溶性ゲルは、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(例えばKYゲル)などの物質である。
【0047】
好ましい局所への補形薬および媒体は、各々の使用のために当業者によって日常的に選択されていて、特に、多くの標準的な教科書の一つである参照文献、例えばレミントン薬理科学(Remington’s Pharmaceutical Science, Vol.18, Mack Publishing Co., Easton,PA(1990))のなかでも特に87章を参照して日常的に選択されている。具体的には、本発明の生物学的に活性のある物質は、浸透性を向上させる物質と併用される。
【0048】
上記の化合物は、耳鳴りが興奮性内耳神経毒性によってひきおこされる前、最中、または後に投与される。投与される量は、投与する方法、処置期間、処置する患者の状態、耳鳴りの苦しさまたは用いる各々の化合物の効果、年齢、体重、一般的な健康状態、性別、食べ物、投与の時と方法、排泄の割合、および薬の組み合わせによって変更される。投与される量は、最終的に担当の医者によって決定される。処置の期間は約1時間から数日、数週間または数ヶ月におよび、慢性的な処置にまで及ぶ。処置学的に効果のある化合物の量は、0.1(ナノグラム/時間)〜100(マイクログラム/時間)の間の量である。本発明の物質は、通常は他の耳へ投与する化合物と類似した方法で投与される。たとえば、ケタミンは耳鳴りの処置のために耳へ投与される。約10μg/30mlから約10,000μg/30mlが好ましく、約500μg/30mlが好ましく、または一回の投薬は約0.01〜2μgが好ましい。局所投与での『一回の投薬量』という事項は、一回の処置での投薬の総量を意味しており、たとえば0.05〜1μgのケタミン2滴が耳に投与される。ここで言及した他の抗耳鳴り物質は、薬剤の有効性を考慮に入れて同様の方法で投与される。
【0049】
治療学的に効果のある量は、NMDAレセプタが介在する聴覚神経の異常な活動を各々の処置で効果的に抑制または減少させた量によって決定される。治療学的に効果のある量はまた、耳鳴りの各々の苦しみを効果的に抑制または減少させた量によって決定される。上記に記載したように、治療学的に効果のある量は、処置に用いる特異的なNMDA拮抗薬の選択とその投与の方法とに依存して変化する。例えば、NMDA拮抗薬の静脈内への投与では、同じ化合物を耳のラウンド・ウインドウ・メンブランまたはオーバル・ウインドウへ局所に投与するよりも多くの量が必要である。さらに、本発明のNMDA拮抗薬が親和性の低いNMDA拮抗薬よりもNMDAレセプタに高い結合親和性で結合するので、低量のNMDA拮抗薬が必要である。結果として、NMDAレセプタに高い結合親和性で結合するNMDA拮抗薬が好ましい。上記のように、NMDAレセプタのPCP結合サイトへの親和性が(R)−ケタミンと比べて3〜4倍高い(Vollenweider et al., Eur. Neurophychopharmacol. 7: 25−38(1997))(S)―ケタミンは、本発明の方法として用いるのが好ましい化合物である。治療期間もまた、処置を要求する耳鳴りの特徴的な形態−急性、亜急性、または慢性によって変化する。指針として、短い治療期間のほうが好ましく、短い治療期間のほうが一度治療が終了すると耳鳴りが再発しない。治療期間が長くなると、短期間の治療の後に持続する各々の耳鳴りの治療に費やされる。
【0050】
特に(ここに記載したような)蝸牛の興奮性内耳神経毒性による耳鳴りを処置するまたは防止する方法に関して記載する本発明の方法は、治療学的に効果のある量のNMDAレセプタ拮抗薬を含む薬剤を用いる点で類似している。また上記方法は、人間のNMDAレセプタが介在する聴覚神経の異常な活動を効果的に抑制または減少させるので、特に蝸牛の興奮性内耳神経毒性による耳鳴りを処置するまたは予防する薬の製造において、都合がよい。アリルサイクロアルキラミンおよびキナゾリンに分類される化合物を用いることが好ましく、構造式IまたはIIIの化合物が好ましく、NMDA拮抗薬をケタミン、7−クロロカイヌレナート、D−AP5,MK801およびガサイクリジンから選択することがさらに好ましい。さらに、本発明の薬剤は、局所に投与されるように用いられることが好ましく、特に溶液、ゲル、または他の放出を調整された処方の方法、軟膏またはクリーム、または侵襲性の薬剤輸送手段(drug delivery technique)によって、各々耳のラウンド・ウインドウ・メンブランまたはオーバル・ウインドウを経て内耳または直接内耳の中の局所に投与されることが好ましい。
【0051】
〔例証〕
〔実施例1〕
〔方法と材料〕
我々は、音響による外傷性障害によってひきおこされた蝸牛の興奮性内耳神経毒性による耳鳴りの動物モデルを開発し、試験した。一般的に、耳鳴りは直接観察することはできない。また、蝸牛の興奮性内耳神経毒性が全ての耳鳴り原因ではない。また、耳鳴りの知覚が興奮性内耳神経毒性に付随しておこってから数時間後に消滅する場合または永久に続く場合がある。そのため、上記のような動物モデルによる定義と手段とは実質的に挑戦である。これらの考察は、研究のための充分な数の耳鳴りの例を得るためにはもっと多くの動物が必要であり、また全ての時間にわたって耳鳴りの観察をおこなうためにはもっと多くの動物が必要であるという例を意味している。蝸牛の興奮性内耳神経毒性によってひきおこされる耳鳴りが持続するのか否かが明確ではないので、おこなった実験はその初期状態についての提案である。
【0052】
実験は2個の段階に分けておこなった。第1の段階では、耳鳴りと同じく、急性の音響による外傷性障害の後の聴覚喪失が、処置薬を投与せずに評価された。第2の段階では、3種類の薬剤による耳鳴りを抑える効果がテストされた。NMDAレセプタ拮抗薬のS−(+)−ケタミン(Sigma−Aldrich社製)、比較のための別のNMDAレセプタ拮抗薬であり、サリチル酸による耳鳴りのモデルとして予めテストされている(Guitton et al., J. of Neuroscience 23 (9): 3944−3952(2003))7−クロロカイヌレナート(7−CK;Sigma−Aldrich社製)およびc−Jun N末端キナーゼのペプチドインヒビターであり、音響による外傷性障害による聴覚有毛細胞死を保護し、聴覚喪失を保護することが示されたD−JNKI−1(Xigen S.A.社製)(参照文献:Wang et al., J. of Neuroscience 23 (24):8596−8607(2003))である。上記第1の段階の結果(即ち、薬剤を用いていない)はコントロールとして扱った。
【0053】
〔動物〕
実験は、他のラットに対して運動に対する優れた容量のあるロング−エヴァンズラット(Long−Evans rat)を用いて行なわれた。実験の間、動物はそれぞれのケージに入れられ、一定の温度で12時間/12時間の昼/夜のサイクルで飼育された。全ての行動試験は、通常動物が活動する期間の暗い状態の時におこない、全ての動物はそれぞれ毎日ほぼ同じ時間試験をおこなった。実験の時以外は、動物たちは水と食物を自由に採った。合計60匹のの動物が用いられた。第1の段階に30匹(25匹は行動試験で、5匹は電気生理学実験で実験をおこなった。)、第2の段階に30匹用いた。第2の段階では、それぞれの薬剤の試験に対して10匹ずつ用いた。
【0054】
〔急性の音響による外傷性障害〕
音響による外傷性障害は、波形合成機(Hewlett−Packard社製 8904A)によって生成された連続する6kHzの純音によっておこした。動物はネッセタイズ(nesthetized)され、130dBの音圧レベル(SPL:sound pressure level)に20分間晒された。上記の音は、プログラマブルアッテネーターを通り、動物の頭の10cm前方にあるJBL 075イヤホンを経由して自由空間中で耳に届けられる。音量は、調整されたブルーエル・アンド・カジャエル・マイクロフォン(Bruel and Kjaer microphone:4314)と、調整されたブルーエル・アンド・カジャエル・アンプ(Bruel and Kjaer amplifier:2606)とを用いて測定される。
【0055】
〔行動の条件設定と試験〕
動物は能動的に回避するように条件付けられている(Guitton et al., J. of Neuroscience 23 (9): 3944−3952(2003))。行動試験は、電気床と登り棒とを備える条件設定箱(conditioning box)の中で音が生じた時に実行する動作によって行われる。動物の条件は合計10セッション行われ、それぞれ15〜20分続く。条件の刺激は、10kHz、50dBで3秒持続する純音で行われる。条件設定されていない刺激では、電気ショック(3.7mA)が動物の足に最大30秒間与えられる。刺激までの間隔は1秒である。電気ショックは、一度動物が正しく棒の上に登ることで実験者によって止められる。試験の間隔は少なくとも1分以上の長さである。
【0056】
点数は動物の動作によって定義され、音の刺激によって正しく棒の上に登った場合の数によって測定される。ある動物では、可能な限り早く、連続する3回のセッションで点数が少なくとも80%以上に達するようになる。即ち上記動物は条件付けが成功したと考えられ、実験に用いることができる。
【0057】
実験は毎日行なわれ、10分間の1セッションが合計10試験実行され、点数と擬陽性とが測定される。擬陽性での反応は、試験中で音による刺激がないとき、即ち静かなときに棒の上に登る反応である。まるで刺激を聞いているかのように動物たちは棒の上に登るという作業をおこなうので、耳鳴りの感覚であると解釈することができる(Guitton et al., J. of Neuroscience 23 (9): 3944−3952(2003))。音による刺激はランダムにおこない、電気での足へのショックは、動物が音に対する反応として棒の上に登らなかった時だけおこなう。
【0058】
〔電気生理学実験〕
聴覚神経の化合物による活動電位(CAP:the compound action potential)は、動物のラウンド・ウインドウ・メンブランの中に挿入された電極によって測定された(基準の電極は首の筋肉に配置する)。基準の電極およびラウンド・ウインドウの電極はプラグに半田付けされ、頭に固定されている。任意のファンクションジェネレータ(LeCroy Corp.社製, model9100R)によって発生された毎秒10個の音のバースト(9ms持続し、上昇/減衰のサイクルが1msである)は、JBL 075イヤホンを通して自由空間中にある動物の耳に届けられる。10種類の周波数(2,4,6,8,10,12,16,20,26および32kHz)が、5dB刻みのバーストのレベル0〜100dB SPLで試験される。聴覚神経の反応は増幅され(Grass P511K,Astro−Med Inc.社製)、フィルタ(100Hz〜3kHz)にかけられ、PC(Dimension Pentium, Dell社製)によって平均化処理される。CAPの振幅は、第1の負の抑制状態N1とそれに引き続く正の波のP1とのピーク・トゥ・ピークで測定した。上記CAPの閾値は、測定しうる反応(5μVよりも大きい)を顕在化するのに必要となる音の強度(dB SPLでの)として定義される。
【0059】
〔薬理学実験〕
動物は、i.p.に一単位の0.3ml/kgの6%ペントバルビタール(pentobarbital;sanofi社製)を注入することによって麻酔され、無菌状態で第1の行動テスト(0日目)の直後に手術される。2個のブラ(bulla)が、耳の後方からの外科的手法(背面からのアプローチ)によって開かれる。2個の蝸牛を露出した後、2.5μLの薬剤を含んだ人工的な外リンパ液に浸漬したゲルフォーム(gelfoam:Gelita タンポン;B. Brau Medical AG社製)が、それぞれ2個の蝸牛のラウンド・ウインドウに配置される。全ての3種類の薬剤の濃度は50μMである。上記ブラは歯科用のセメント(Unifast Trad,GC Corporation社製)によって近づけられ、傷が消毒され、縫合される。動物は、その後外傷性障害を引き起こす音に晒される。行動試験は音響による外傷性障害の24時間後(1日目)から始められ、合計8日間毎日繰り返される。
【0060】
〔統計処理〕
それぞれの行動実験では、関連したパラメタの比較が2種類の方法(最後の要因について繰り返し測定するグループ×時間のことである)での変化の解析(ANOVA)によって行なわれる。上記ANOVAは、測定効果(グループ効果)、時間効果、およびグループ×時間での相互作用効果を試験する目的で行なわれる。上記ANOVAは、ポスト・ホック比較(post hoc comparison 、またはタキイ・テスト:Tukey test)に続いて行なわれる。CAPの統計的解析はダンニート・テスト(Dunnett test)につづけて一方向だけのANOVAによって行なわれる。全ての結果は平均値±標準誤差(SEM.)で表現される。
【0061】
〔結果〕
〔第1の段階、薬剤が投与されていない場合〕
予想されたとおり、外傷性障害を引き起こす音は、永続する聴覚喪失をひきおこした(5匹の動物を電気生理学的にテストした)。図1に示すように、永久閾値(permanent threshold)の最大の変位13dB±2.0が、音響による外傷性障害(音響による外傷性障害は一日目に発生している)の7日目の10kHzにおいて観察された。
【0062】
音響による外傷性障害は、スコアもまた減少させている(25匹の動物を行動モデルとしてテストした)。図2Aに示すように、平均のスコアは音響による外傷性障害をひきおこすと(p<0.001)、0日目(音響による外傷性障害前)の高い値87%±1.6から1日目の低い値59%±1.0まで急激に落ちている。個別の機能の回復が2日目に見られ(69%±1.2)、4日目に平均スコア80%±2.0で平らになった。結果の統計的解析は、観察されたスコアの減少が2日目から8日目でのスコアの減少(最終日で80%±1.4)よりも急激(p<0.05)であることを示している。音の刺激の条件に対して正しく反応する動物が減少する可能性は、外傷性障害を引き起こす音によってひきおこされた聴覚喪失が、音響刺激による、ある特定の周波数の音を聞く能力を急激に減少させたという事実によるものである。
【0063】
興味深いのは、図2に示すように、擬陽性の数が音響による外傷性障害後に試験された動物によって実質的に異なっていることである。1種類の動物のグループ(グループ1;n=11)では、音響による外傷性障害の前後で擬陽性の数の増加は見られなかった(0日目および1日目で、0.18の擬陽性±0.12)。残りの14匹の動物では、擬陽性の数が0日目の0.34±1.3から1日目の4.28±0.22へ有意に増加している。そのうち6匹(グループ2)で、この上昇は可逆的に反転し、2日目およびそれ以降で擬陽性の数が通常のレベルに減少する。その他の8匹の動物(グループ3)では、一時的に擬陽性の数が増加した後、さらに擬陽性の数が増加している。この第2状態での擬陽性の最大値は、5日目で3.87±0.29であり、上記効果は8日目まで統計的に有意に残る(観察最終日の擬陽性は2.25±0.25)。言い換えると、第1に可逆性の増加があって、音の刺激に対する擬陽性の反応数が永久に増加し続けることが引き続いて起こる。つまり、音響による外傷性障害後の動物は、耳鳴りを経験していない(グループ1)、一時的にのみ耳鳴りを経験した(グループ2)、一時的に耳鳴りを経験し、その後再び、観察期間が終わるまでずっと耳鳴りを経験しているグループがある。この結論は、一般に人間で観察されている事項と本質的に一致する。
【0064】
〔第2の段階、薬剤が投与された場合〕
音響による外傷性障害でひきおこされる耳鳴りの発生する機構が、蝸牛の有毛細胞の減少および/または興奮性内耳神経毒性による誘導と関係しているかどうかを試験するために、D−JNKI−1がラウンド・ウインドウ・メンブランに局所投与された。図3Aに示すように、薬剤は0日目(88%±2.5)から1日目(65%±1.7)でのスコアの減少を防がなかった。しかしながら、処置をおこなうことによって急速に、外傷性障害前のレベルへの完全な機能の回復が2日目におこり(90%±2.6)、上記回復はその後持続した(8日目で92%±2.0)。
【0065】
D−JNKI−1は、音響による外傷性障害後の永久的な聴覚喪失を予防したが、擬陽性の数すなわち耳鳴りを予防するという点については有意な効果が見られない。図3Bに示すように、擬陽性のパターンはコントロールのグループ(図2B)と殆どまったく同じである。グループ1(n=4)はまったく増加しておらず(両日とも0.25±0.25)、その他の2つのグループでは統計的に有意な増加(p<0.05)が0日目(0.33±0.21)と1日目(4.66±0.42)との擬陽性の数において見られる。グループ2(n=2)では、上記の増加は短い期間、完全に可逆性の増加がおこる。一方、グループ3(n=4)では、一時的に増加し、その後擬陽性が再び永久に増加し続ける(4日目で3.50±0.29の擬陽性であり、8日目で2.25±0.25)。総括すると、これらの結果は、音響による外傷性障害による有毛細胞の喪失が、耳鳴りの発生に関して有意な役割を演じているのではなく、有毛細胞の喪失を基にした機構としての蝸牛の興奮性内耳神経毒性が重要であるということを示唆している。
【0066】
2種類のNMDAレセプタ拮抗薬7−CKおよびS−(+)−ケタミンの局所投与では、お互いによく似た結果を示した。図4Aおよび図5Aに示すように、平均的なスコアは0日目から1日目で有意に減少しており、その後回復している。しかしながら、処置をおこなわなかった動物と比較してゆっくりとした割合で回復している。処置をおこなわなかった動物と比較して、6日目にNMDAレセプタ拮抗薬(S−(+)−ケタミンと7−CKとで、それぞれ89%±2.3および88%±2.5)で処置した動物のスコアは安定性している。このような違いに対する可能な解釈としては、(不完全な)NMDAレセプタの遮断が神経向性の効果として新生シナプス形成を遅らせ、機能的な回復を維持するということが考えられる。
【0067】
一方、2種類のNMDA拮抗薬の投与は実質的に擬陽性の数に関して影響を与える(図4Bおよび図5B)。処置をおこなっていない動物またはD−JNKI−1で処置した動物とは異なり、初めの一時的な増加の後におこる擬陽性の反応を示す数が永久に増加するグループが観察されなかった。これらでは、擬陽性の増加がまったくみられず(グループ1;S−(+)−ケタミンと7−CKとで、それぞれn=5およびn=4)、0.22±0.22の擬陽性が0日目および1日目で観察された。しかしながら、音響による外傷性障害直後の可逆性の増加(グループ2;ケタミンと7−CKとで、それぞれn=5およびn=6)では、擬陽性の数が0日目で0.22±0.22(S−(+)−ケタミン)および0.33±0.21(7−CK)であり、1日目で5±0.48(S−(+)−ケタミン)および4.66±0.42(7−CK)であった。それ故、一時的な耳鳴りに付随しておこる持続する耳鳴りの始まりが観察されない。上記の結果は、NMDAレセプタ拮抗薬の蝸牛への局所投与が、蝸牛の興奮性内耳神経毒性によってひきおこされる永続する耳鳴りを抑制するということを示している。
【0068】
〔実施例2〕
〔方法と材料〕
サリチル酸および興奮性内耳神経毒性がひきおこす耳鳴りの機構が異なるということを評価するために、2種類の異なるタイプの耳鳴りおよびそれに関連する事項を含んだものについて、ウエスタンブロット免疫検出法と同様に蝸牛の感覚神経的な構造の比較形態解析をおこなった。
【0069】
〔形態学実験〕
2個のグループのそれぞれ3匹のロング−エヴァンズラットは、それぞれ、一日2回、2日間、350mg/kgの塩化サリチル酸が腹膜内注射処置されるか、または実施例1に記載したように外傷性障害がひきおこされる。深麻酔下(ペントバルビタール50mg/kg)でラットを断頭した後、蝸牛を側頭骨から取り出し、固定溶液を灌流する。上記固定溶液は、0.1M、pH7.3の燐酸バッファー塩(PBS:phosphate−buffered saline)に溶解した2.5%のグルタルアルデヒド(glutaraldehyde)である。それらは走査型電子顕微鏡(SEM)または透過型電子顕微鏡(TEM)で処理される。SEMでは、耳の皮膜は切開され、線条の管、覆い、およびレイズナー膜(Reissner’s menbrane)は取り除かれる。PBS(pH7.3)でリンスした後、上記サンプルは徐々に濃度を変化させたエタノール(30〜100%)の中で脱水され、CO下で臨界点乾燥(critical point−dried)され、金パラジウムでコートされ、日立S4000顕微鏡(Hitachi S4000 microscope)を用いて観察される。TEMでは、蝸牛は4酸化オスミウムの1%水溶液で2時間の間後固定され、燐酸バッファでリンスされ、徐々に濃度を変化させたエタノール(30〜100%)の中で脱水され、エポン樹脂(Epon resin)に埋没される。コルチ器官の横断面での超薄膜切片が、蝸牛の先端半分から取られる。フォームバーコートされたグリッド(formvar−coated grid)またはメッシュグリッドに載せられた上記切片は、酢酸ウランおよびクエン酸鉛で染色され、日立7100顕微鏡(Hitachi 7100 microscope)を用いて観察される。
【0070】
〔免疫検出〕
3個のグループのそれぞれ3匹のロング−エヴァンズラットは、それぞれ24時間以上の間隔をあけて2回、350mg/kgの塩化サリチル酸が腹膜内注射処置されるか、または〔0036〕に記載したように外傷性障害がひきおこされる。耳鳴りをひきおこすサリチル酸の使用量は知られている(Guitton et al., J. of Neuroscience 23 (9): 3944−3952(2003))。コントロールとして残されている他のグループの3匹の動物は、i.p.にサリチル酸で処置した動物と同量の0.9%NaCl溶液を注入する。サンプルはサリチル酸とコントロールのグループから24時間後に得ることができる。また音響による外傷性障害のグループに関しては、サンプルは障害5日後の24時間後に得ることができた。実施例1で示したように、一時的な耳鳴りは外傷性障害の24時間後におこる。そして、永続する耳鳴りは3日目に観察される。それ故、永続する耳鳴りは5日後に現われると期待される。サリチル酸は永続する耳鳴りをひきおこさないので、24時間より前に行った全ての処置と測定とでは、その後の24時間と違って結果を得られると予想することはできない。
【0071】
組織は冷PBS中に取り出され、サンプルバッファでホモジェナイズドされ、その上清が洗浄液に不溶性の物質を取り除くために遠心分離され、トリス/トリシン溶液(Tris/Tricine)中の10%SDS−PAGEで分離される。ゲル電気泳動後、蛋白質は電気泳動的にニトロセルロース膜(PVDF転写膜Hydro−P,Amersham Pharmacia Biotech,USA社製)に転写される。ブロットは、まず第1に NMDR NR−1レセプタサブユニットに対する第1の抗−抗体(anti−antibody、1/1000へ希釈、ラビット・ポリクローナル抗体、Chemicon international,USA社製)と、抗アクチン第1抗体(1/50000へ希釈、マウス・モノクローナル・アンチ−β−アクチン、Sigma,USA社製)とで4℃で一晩インキュベーションされる。NR−1サブユニットの分子量の照合は脳と蝸牛とでまったく同じであるので、コントロールの動物の脳のイムノブロットで行った。そして、抗−ラビットIgGであり、ビオチン化した種−特異的全抗体(1/3500に希釈、Amercham Lifesciemce,USA社製)、および抗−マウスIgGであり、ビオチン化した種−特異的全抗体(1/3500に希釈、Amercham Lifesciemce,USA社製)の抗体を用いて、4℃で2時間インキュベートした。5×10分のTBS−T(Tris buffer saline tween)での洗浄の後、ストレプトアビジン・アルカリフォスファターゼ・コンジュゲート(steptravidin alkalin phosphatase conjigate)を用いて4℃で2時間インキュベートを行った。蛋白質−抗体複合体はBCIP/NBT(Sigma,USA社製)によって姿を現す。それから、ウエスタンブロットのイメージのスキャンニングは、NR−1およびアクチン蛋白質の発現レベルの準−定量化のためにBiorad Fluor−S(Quantity one社製)ソフトウェアを用いて行った。
【0072】
〔結果〕
予想通り、サリチル酸および興奮性内耳神経毒性による耳鳴りの根源的な機構は、異なる経路であることをほのめかしており、形態学的にも生理学的にも異なると結論付けられた。図6に示すように、サリチル酸の投与では感覚受容の外耳有毛細胞(OHC)および内耳有毛細胞(IHC)の立体的な繊毛が無傷で残っている。一方、音響による外傷性障害に晒された動物では、深刻な損傷がOHCの配列の崩れや立体的な繊毛の束にみられる。また時にはIHCの立体的な繊毛が融合していることもある。サリチル酸による処理では非常に複雑な構造の異常は見られなかった。一方、外傷性障害の動物では、放射求心性デンドライト(radial afferent dendrite)の大規模で劇的な膨張がIHCにしばしば影響を与える範囲の根元側にみられ、興奮性内耳神経毒性がおこっていることが確認される。IHCの頂上部にニューロン空胞があるとともに異常な形状の立体的な繊毛が存在している。IHCの根元側での高倍率像でも、サリチル酸による処理がなされた動物では異常は見られなかった。求心性神経の端部では正常であり、特徴的なプレシナプスボディを明確に見ることができる。これに対して、外傷性障害後では、膨張した、または分裂した神経末端が見られる。
【0073】
図7は、サリチル酸または音響による外傷性障害に晒した後の蝸牛NMDAレセプタのNR1サブユニットの発現を示しており、ウエスタンブロット免疫検出法によって同定されている。サリチル酸処置ではNR1 NMDAレセプタサブユニット発現について特に重要な変化はおこっていない(コントロールの動物に対して4%高い)。一方、音響による外傷性障害では、障害後5日目で明らかな過剰発現がひきおこされている(コントロールの動物に対して+50%上回っている)。上記のことは、永続する耳鳴りの観察と一致する。NMDA NR1発現の違いは、音響による外傷性障害によってひきおこされている耳鳴りではNMDAレセプタを上位調節していることを示している。しかしながらサリチル酸では上位調節していない。上記のように、サリチル酸がひきおこす耳鳴りが異なる経路を介在するということが確認された。図7は、外傷性障害後さらに24時間経過すると、過剰発現は検出されない(+8%)ということを示している。これは即ち、音響による外傷性障害後の一時的または永続的な耳鳴りが根本的に異なるということを示唆している。
【0074】
ひとまとめにして考えると、形態学の解析および免疫学の解析の結果は、サリチル酸による耳鳴りと興奮性内耳神経毒性による耳鳴りとの動作機構の根源的な違いを示唆している。興奮性内耳神経毒性では、サリチル酸とは異なり、内耳有毛細胞のシナプス複合体に損傷がおこり、NMDAレセプタの上位調節がおこる。それらは永続する耳鳴りのさきがけとなるものである。蝸牛のNMDA応答の制御において異なる2種類の経路があるので、蝸牛の興奮性内耳神経毒性による永続する耳鳴りを抑制するためのNMDAレセプタ拮抗薬の効果は、サリチル酸による耳鳴りのモデルによって現実的に仮定することはできない。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】図1は、外傷性障害後7日経ったコントロールの動物のCAPの測定結果を示している図である。
【図2】図2は、コントロールの動物の音響による外傷性障害後のスコアと擬陽性との応答の測定を記載した図である。
【図3】図3は、音響による外傷性障害による有毛細胞の喪失の応答による聴覚喪失が、耳鳴りの発達において重要な役割をおこなっていないということを記載した図である。
【図4】図4は、NMDA拮抗薬7−CKのラウンド・ウインドウ・メンブランへの限定的投与が、耳鳴りを防ぐことを記載した図である。
【図5】図5はNMDA拮抗薬S−(+)−Ketamineのラウンド・ウインドウ・メンブランへの限定的投与が、耳鳴りを防ぐことを記載した図である。
【図6】図6は、音響による外傷性障害が実質的に感覚受容の外耳有毛細胞(OHC)および内耳有毛細胞(IHC)のシナプス複合体の形態上の損傷を与えていることを示している図である。
【図7】図7は、サリチル酸または音響による外傷性障害に晒した後の蝸牛NMDAレセプタのNR1サブユニットの発現について示している図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蝸牛の興奮性内耳神経毒性による人の耳鳴りの処置の方法であって、
NMDAレセプタ拮抗薬を含み、かつ、処置する上で効果のある量の薬剤を人に投与し、
NMDAレセプタが介在しておこる、人の聴覚神経の異常な活動を効果的に抑制または減少させることを特徴とする耳鳴りの処置の方法。
【請求項2】
蝸牛の興奮性内耳神経毒性による人の耳鳴りの予防の方法であって、
NMDAレセプタ拮抗薬を含み、かつ、治療上効果のある量の薬剤を人に投与し、
NMDAレセプタが介在しておこる、人の聴覚神経の異常な活動を効果的に予防することを特徴とする耳鳴りの予防の方法。
【請求項3】
上記NMDAレセプタ拮抗薬が、ケタミン(ketamine)、7−クロロカイヌレナート(7−chlorokynurenate)、D−AP5、MK−801、ガサイクリジン(gacyclidine)からなる群から選択されることを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
上記の蝸牛の興奮性内耳神経毒性が、音響による外傷性障害、老人性難聴、虚血、血液の無酸素症(anoxia)、一つまたは複数の内耳神経毒性の薬物療法による処置、または急性難聴、からなる群によってひきおこされることを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
【請求項5】
上記薬剤が、ラウンド・ウインドウ・メンブラン(round window membrane)またはオーバル・ウインドウ・メンブラン(oval window membrane)を通じて、内耳に対して局所的に投与されることを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
【請求項6】
上記薬剤が、侵襲性の薬剤輸送手段(drug delivery technique)によって、内耳に対して局所的に投与されることを特徴とする請求項1または2に記載の方法。
【請求項7】
上記蝸牛の興奮性内耳神経毒性が急性であることを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項8】
上記蝸牛の興奮性内耳神経毒性が繰り返しおこることを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項9】
上記蝸牛の興奮性内耳神経毒性が持続するまたは慢性であることを特徴とする請求項4に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2007−530622(P2007−530622A)
【公表日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−505480(P2007−505480)
【出願日】平成17年3月29日(2005.3.29)
【国際出願番号】PCT/EP2005/003254
【国際公開番号】WO2005/094799
【国際公開日】平成17年10月13日(2005.10.13)
【出願人】(506327612)アウリス メディカル アクチエンゲゼルシャフト (4)
【出願人】(506327634)アンスティトゥト ナショナル デュ ラ サンテ エ デュ ラ ルシェルシュ メディカル (アンセルム) (2)
【Fターム(参考)】