説明

表面分析方法および二次イオン質量分析法

【課題】
絶縁性の高い試料を帯電することなく、また、汚染無く測定できる前処理法を提供する。
【解決手段】
絶縁性の高い分析対象試料に電離放射線やイオンビーム等のエネルギーを照射し、前記試料から放出される二次電子や二次イオン等のエネルギーを導いて前記試料表面を分析する表面分析方法において、前記絶縁性の高い分析対象試料上に導電性薄膜をメッシュ状に形成し、前記導電性薄膜が形成されていない前記試料上に前記電離放射線やイオンビーム等のエネルギーを照射することを特徴とする表面分析方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁性の高い試料の表面分析にかかわり、特に固体表面の化学状態を分析する手段である二次イオン質量分析法、X線光電子分光分析法、オージェ電子分光分析法、電子線マイクロアナリシス等の表面分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体表面の元素や化学状態を分析する方法としては、二次イオン質量分析法(SIMS)、X線光電子分光法(XPS)、オージェ電子分光分析法(AES)等が挙げられ、いずれも広く使用されている。
【0003】
これらの固体表面分析、観察手法は、いずれも測定対象試料にイオンビームやX線、電子線などのエネルギーを導入し、試料中の元素から発生する固有の信号を取得、解析することで固体表面に存在する元素の種類と量の同定や、表面の形状を観察する方法である。
【0004】
例えばオージェ電子分光分析法(AES)では、試料に励起用電子線を照射して、試料から放出されるオージェ電子の運動エネルギーを測定し、そのエネルギー値と強度から元素種、比率を求めている。
【0005】
ここで、測定試料の絶縁性が高い場合、照射した電子線が照射部に留まり試料表面が負に帯電する。これにより、励起用電子線が導入されなくなり、測定が出来なくなるといった問題がある。
【0006】
この問題を解決する方法として、励起電子線が試料内に留まらないように試料傾斜角度を大きく取る測定法や、試料にダメージを与えないレベルの低速の正イオンビームを試料表面に照射し帯電を防止するといった方法、あるいはこれらの手法を併用する方法がとられている。
【0007】
しかしながら、試料傾斜角度を大きく取ると、測定ポイントが不明確になり、目的箇所の測定ができない場合がある。また、低速イオンビームによる中和法も、絶縁性が高い試料では十分な効果が得られない場合が多い。
【0008】
X線光電子分光分析法(XPS)は、試料にX線を照射して試料から放出される光電子の運動エネルギーを測定し、照射X線のエネルギーとの差から決定される光電子の束縛エネルギーから元素種を求める表面分析手法である。
【0009】
XPSにおいても、測定試料の絶縁性が高い試料の場合、光電子の放出により試料表面が正に帯電するため、放出された光電子が減速され本来の運動エネルギーが測定できなくなるといった問題がある。
【0010】
また、アルゴンイオンなどのイオンビームを用いたドライエッチングによる深さ方向分析の際は、エッチングイオンビームによる帯電のため、試料表面にイオンビームが到達しなくなり、深さ方向分析が出来なくなる場合もある。
【0011】
二次イオン質量分析法(SIMS)は、試料に一次イオンビームを照射し、スパッタ現象により発生する二次イオンの質量を、質量分析計にて計測する表面分析手法である。二次イオン質量分析法のなかでも飛行時間型二次イオン質量分析装置では、二次イオンの質
量計測は、電位を試料台に印加し、生成した二次イオンにエネルギーを与えて、一定距離を飛行させ、その飛行時間から質量を算出している。
【0012】
ここで、測定試料の絶縁性が高い場合、照射された一次イオンの電荷が試料表面に留まり表面が正に帯電する。正に帯電した部位には一次イオンビームが照射されにくくなるのに加えて、試料表面の電位が変わることで放出された二次イオンのエネルギーが変化するため、一定距離の飛行時間が変化し、正確な質量を算出できなくなるといった問題がある。
【0013】
XPS、SIMSの正への帯電を解決する方法として、試料表面に中和用の電子線を照射する方法が発案されている(例えば特許文献1)。この帯電防止法では、X線や一次イオンの照射による正への帯電電荷を電子線照射によって中和するとしている。
【0014】
しかしながら、TOF−SIMSにおいては、測定用一次イオンビームと中和用電子線のバランスをとることが難しく、絶縁物試料サイズが大きいと中和用電子銃の効果が発揮されない場合が多い。
【0015】
そこで、中和を確実にするため、窓の開いた導電性の金属マスクや金属製のメッシュを測定試料にかぶせて測定を行う。
【0016】
しかし、この金属製メッシュやマスクが試料表面に確実に接触していないと、試料帯電が緩和されず、測定が出来ないといった不具合があった。特に、試料表面に凹凸がある場合などは接触部分が限定され中和が十分にされない。
【0017】
また、TOF−SIMSでは、装置構成上、通常、一次イオンビーム入射方向は試料面に斜めに入射させ、二次イオンを試料法線方向で検出する。
【0018】
一次イオンが斜めから入射するので、メッシュ設定時は確認できていた測定箇所も、メッシュの影になり測定できない領域が出来てしまう。さらにメッシュ下部は当然ながら測定できない。
【0019】
また、金属メッシュ、マスクが測定箇所に触れると、メッシュ、マスクの汚染成分が測定面に転移する場合がある。よって、一度セットしても測定箇所が隠れてしまうためメッシュの位置を移動するとマスクからの汚染成分が残存し、汚染を測定してしまうといった問題がある。このため、清浄なメッシュ、マスクを用意することや、試料上でのメッシュ、マスクの移動、再設置を避ける、などの注意が必要になってくるが、TOF−SIMSは非常に高感度な測定手法であり、微量な汚染でも高感度で測定されてしまうため上記のような注意は実際上非常に困難である。
【0020】
なお、電離放射線やイオンビーム等のエネルギー照射領域よりもメッシュ状の導電性薄膜が形成されていない領域の方が少しだけ広いことで帯電防止効果を発現するものであるので、試料上に導電性薄膜を積層している発明が特許文献2で知られている。しかし、これでは、二次イオンビーム照射領域に対し導電性薄膜が形成されていない領域が広すぎるため、優れた帯電防止効果を得ることはできない。
【特許文献1】特公昭54−6912号公報(特許第996233号)
【特許文献2】特開平1−107446号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明は、以上の問題に鑑み案出されたもので、TOF−SIMSをはじめとする表面
分析において、絶縁性の高い分析対象試料は、試料帯電のため測定しにくく、また、帯電防止のために使用するマスク材による汚染が懸念されるといった従来技術の問題を解決するためになされたものであり、絶縁性の高い試料を帯電することなく、また、汚染無く測定できる前処理法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
請求項1に記載の本発明は、絶縁性の高い分析対象試料に電離放射線やイオンビーム等のエネルギーを照射し、前記試料から放出される二次電子や二次イオン等のエネルギーを導いて前記試料表面を分析する表面分析方法において、
前記絶縁性の高い分析対象試料上に導電性薄膜を導電性コーティングなどの手段でメッシュ状に形成し、
前記導電性薄膜が形成されていない前記試料上に前記電離放射線やイオンビーム等のエネルギーを照射する
ことを特徴とする表面分析方法とした。
【0023】
例えば、試料との接触部が測定面上の一部分である試料前処理法で用いる導電皮膜コーティング用マスクを使用することににより実施できる。
【0024】
この場合、一次イオンの照射領域の径は10〜200μm程度であり、本発明のコーティングされなかった被測定部位の径は上記照射領域の径よりもすこし大きいことが好ましく、これにより良好な帯電防止効果が得られる。
【0025】
請求項2に記載の本発明は、絶縁性の高い分析対象試料に一次イオンを照射し、前記試料から放出される二次イオンを質量分析計に導いて質量分析する二次イオン質量分析法において、
前記絶縁性の高い分析対象試料上に導電性薄膜をメッシュ状に形成し、
前記導電性薄膜が形成されていない前記試料上に一次イオンを照射する
ことを特徴とする二次イオン質量分析法とした。
【発明の効果】
【0026】
本発明の試料前処理法を用いて試料前処理を行うことにより、絶縁性の高い試料にも導電性を確実に付与でき、帯電することなく測定することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
次に本発明の帯電防止方法の手順について説明する。図1に本発明の導電皮膜コーティング用マスクの概略図を示す。
【0028】
導電皮膜コーティング用マスク1には、長方形の開口部2が少なくとも2本以上が必要である。マスク全体、開口部のサイズは特に指定は無いが、幅200μmから1mm、長さ5mmから20mm程度の開口部が、ピッチ200μm程度で複数本存在するのが望ましい。
【0029】
また、図1(b)の側面図中の箇所3に示すように、周囲が折れ曲がるなど、試料にセットした際に、測定面とマスク本体が直接、接触しない形状にする。図1では端部を曲げた概略図としたが、例えば湾曲形状にするなどでも良い。試料との接触箇所は2度目のコーティングでコーティングされる場所など、測定箇所と無関係の部位が望ましい。
【0030】
導電皮膜コーティング用マスク1を試料にかぶせてコーティングを行う。
【0031】
導電性のコーティングは、電子顕微鏡観察用前処理などで使用されるマグネトロンスパ
ッタ装置や、蒸着装置を用いる。
【0032】
導電性のコーティング膜厚は10nmから1μm程度が望ましい。10nm以下では、導電性のコーティングが十分な膜形状を成さず、島状などになり期待する導電性が得られない可能性がある。また、1μm以上など、あまり厚いとコーティングに時間がかかり現実的でない。
【0033】
コーティングを行っているときはマスク材が動かないことが重要で、必要に応じて粘着テープなどで端部を固定するとよい。なお、固定に用いる粘着テープによる測定面への汚染が発生しないような注意は必要である。
【0034】
設定膜厚をコーティングした後、マスク、あるいは試料を90度回転させ、再度コーティングを行う。回転角度は特に指定しないが、導電性コーティングをメッシュ状でなく、ストライプ状にのみ形成した場合は帯電防止が不十分で測定が出来ない場合がある。
【0035】
図2に導電性のコーティングが終了した試料を示す。絶縁性の高い試料4の上面図で、コーティング2回ともマスクの陰になりコーティングされなかった部位5が並んでいる。
【0036】
この導電性コーティングが終了し、メッシュ状にコーティングが行われた試料を、TOF−SIMSをはじめとする表面分析装置に導入し分析を行う。
【0037】
測定の際は、導電性試料と同様の条件で行っても良いが、各分析装置の電子線照射や低速正イオンビーム照射などの中和機構を併用した方が帯電防止を確実に実現できる。
【実施例】
【0038】
本発明の実施例について示す。
【0039】
高抵抗試料として、合成石英ガラスを用いた。
【0040】
コーティング用ストライプマスクは0.1mm厚のCu板に、幅0.5mm、長さ10mm、ピッチ0.5mmのストライプパターンをウェットエッチングにて作製したものを用いた。また、マスク端を折り曲げ、試料と面で接触しないようにした。
【0041】
導電性コーティングには、真空デバイス社製の白金スパッタコーティング装置をもちいた。
【0042】
試料にマスクを載せ、設定膜厚20nmにて白金スパッタコーティングを行った。
【0043】
その後、マスクを90度回転させ、再度、設定膜厚20nmにて白金スパッタコーティングを行った。
【0044】
スパッタコーティングの結果、試料表面に格子状の導電性コーティングのパターンが形成され、マスクの影となっていた試料表面はスパッタコーティングされない試料表面が出現した。
【0045】
導電性コーティングの終了した試料をアルバック・ファイ製TOF−SIMS装置(TRIFT−2)に、メッシュマスクを取り付けない、導電性試料と同様の方法で導入した。
【0046】
中和電子線を併用して測定を行ったところ、格子内部のスパッタコーティングされてい
ない試料表面において、帯電による信号低下などは見られず、ピーク形状も良好なスペクトルが取得できた。さらに、マスク材やスパッタコーティング元素の白金も検出されず良好な絶縁試料表面測定が行えた。
【0047】
<比較例1>
本発明の比較例について示す。
【0048】
高抵抗試料として、実施例1と同様の合成石英ガラスを用いた。
【0049】
合成石英ガラスに、本発明の前処理を施すことなく、導電性試料と同様の方法で実施例1に記載のTOF−SIMS装置に導入し、中和電子線を併用して測定を行ったが、帯電による信号低下で十分な強度の良好なスペクトルが取得できなかった。
【0050】
<比較例2>
次に、金属製のメッシュ(Ni製 厚さ0.1mm メッシュ線幅0.5mm メッシュ間隔2mm)を試料にかぶせて実施例1に記載のTOF−SIMS装置に導入し、中和電子線を併用して測定を行った。
【0051】
測定の結果、メッシュが接触している箇所近傍ではスペクトルが取得できたか、場所によっては帯電と思われる信号低下で信号が取得されない部位も多く見られ、任意箇所の測定は行えなかった。
【0052】
具体的測定結果としては、図3のグラフで表され、上から実施例1(7)、比較例1(8)、比較例2(9)のTOF−SIMSスペクトルである。横軸は質量/電荷(m/z)、縦軸はトータルカウントを表している。実施例1では、Si(28)のピーク、SiOH(45)のピークがはっきり表示されている(30000カウント)が、比較例1、2では、Si(28)のピークのみわずかに確認できる(800カウント)。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の導電皮膜コーティング用マスクの概略図である。
【図2】本発明の2回コーティング後の試料の概略図である。
【図3】本発明を用いた実施例1、及び、比較例の測定結果TOF−SIMSスペクトルである。
【符号の説明】
【0054】
1…導電皮膜コーティング用マスク
2…導電皮膜コーティング用マスク開口部
3…マスク折れ曲り部
4…絶縁性試料
5…コーティングされなかった被測定部位
6…コーティング膜
7…実施例1記載の合成石英ガラスのTOF−SIMSスペクトル
8…比較例1に記載の方式で取得したTOF−SIMSスペクトル
9…比較例2に記載の方式で取得したTOF−SIMSスペクトル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁性の高い分析対象試料に電離放射線やイオンビーム等のエネルギーを照射し、前記試料から放出される二次電子や二次イオン等のエネルギーを導いて前記試料表面を分析する表面分析方法において、
前記絶縁性の高い分析対象試料上に導電性薄膜をメッシュ状に形成し、
前記導電性薄膜が形成されていない前記試料上に前記電離放射線やイオンビーム等のエネルギーを照射する
ことを特徴とする表面分析方法。
【請求項2】
絶縁性の高い分析対象試料に一次イオンを照射し、前記試料から放出される二次イオンを質量分析計に導いて質量分析する二次イオン質量分析法において、
前記絶縁性の高い分析対象試料上に導電性薄膜をメッシュ状に形成し、
前記導電性薄膜が形成されていない前記試料上に一次イオンを照射する
ことを特徴とする二次イオン質量分析法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−76341(P2008−76341A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−258705(P2006−258705)
【出願日】平成18年9月25日(2006.9.25)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】