説明

表面被膜付き部材、その製造方法、及び熱交換器

【課題】臭気物質の分解脱臭機能、有害微生物の殺菌機能を有するフィン付きチューブを備えた熱交換器を提供すること。
【解決手段】チューブ及び(又は)フィンを構成する基体の最表面の少なくとも一部に、それに接触せしめられる外気中の水分と反応して活性酸素又は過酸化水素を発生可能なポリアニリン及び(又は)その誘導体からなる表面ポリアニリン層を設けるとともに、その表面ポリアニリン層において、ポリアニリン及び(又は)その誘導体のラマンスペクトルにおけるラマンシフト1215cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I1とラマンシフト1415cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I2の比I2/I1で表されるポリアニリン分子構造比が0.75〜1.0の範囲にあるように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に熱交換器、蒸発器、ヒーター、オイルクーラー、ラジエター、コンデンサーなどに使用される表面被膜付き部材とその製造方法、並びに熱交換器に関し、さらに詳しく述べると、カーエアコン、エアコンなどのフィン、プレート等の蒸発器や熱交換器用の部材などの、水との接触での活性酸素発生能とその耐久性を備えた表面被膜付き部材とその製造方法、並びにカーエアコン、エアコンなどのフィン、プレート等の熱交換器用部材を備えたチューブを有し、耐久性、例えば耐水性や耐薬品性などを有することに加えて、フィン、プレートなどの熱交換部材、さらにはチューブの表面に付着した臭気物質の分解脱臭機能、有害微生物の殺菌機能を有する、新規な熱交換器に関する。特に、本発明の熱交換器は、そのチューブやフィン、プレートなどの熱交換部材の表面にポリアニリンを用いることで、脱臭もしくは殺菌を行う過酸化水素や活性酸素を効率よく発生させることができる。
【背景技術】
【0002】
過酸化水素は、単独の効果や過酸化水素を鉄イオンなどと接触させることによって、・OHなどの活性酸素が発生することがわかっており、塩素、オゾン、紫外線、光触媒などと共に確実な効果が期待できるために、各分野において殺菌、消毒用として使用されている。
【0003】
これまで、過酸化水素の発生方法として、ポリアニリンを接触させる方法などが知られている。例えば、特許文献1は、水中等に生息する微生物等を殺菌するのに有用な活性酸素を発生可能な、ポリアニリンを含有する活性酸素発生剤と、それを用いた活性酸素発生方法を記載している。また、特許文献2は、飲料水、冷却水等の用水を殺菌するためのものであって、用水中に、陰極と、表面にポリアニリンを接触させた陰極とを配置して、両電極間に通電を行うことにより生成するスーパーオキシドを殺菌に利用する方法と、この殺菌方法に用いる用水処理装置を記載している。さらに、特許文献3は、水中において活性酸素を発生させるためのものであって、導電性物質の表面に、導電性物質の粉末及び(又は)繊維、バインダ及びポリアニリンからなる導電性組成物の被覆を施し、この被覆を陰極として通電を行うことによりスーパーオキシドアニオンラジカルを発生させることを記載している。
【0004】
さらに、活性酸素発生装置が特許文献4に記載されている。この活性酸素発生装置は、陽極と、活性酸素発生能を有するレドックスポリマー、例えばポリアニリン又はその誘導体を担持する陰極とを備え、両電極の間に、液通過性又は液浸透性で厚さ0.005〜5mmの範囲のスペーサを介在させたことを特徴とする。また、特許文献5は、電極と、活性酸素発生能を有するレドックスポリマー、例えばポリアニリン又はその誘導体を表面に担持した粒子とを有することを特徴とする活性酸素発生装置を記載している。
【0005】
さらに加えて、特許文献6は、腐食保護された金属材料の製造方法及びこの方法によって得られる材料を記載している。さらに詳しくは、特許文献6は、(a)固有導電性で吸水性のポリマー、好ましくはポリアニリンを、非電気化学的方法によって、金属材料、例えばリン酸塩処理した金属材料又は既に腐食された金属材料、例えば鋼、ステンレス鋼、銅、アルミニウム、青銅又は他の合金上に形成し、(b)前記工程によって被覆された金属材料を酸素含有水を含有する受動態化媒体と少なくとも30秒間接触させ、そして(c)、必要に応じて、2次受動化処理を行い、さらに(d)、必要ならば、導電性のポリマーの層を除去し、(e)、必要ならば、腐食保護膜を金属材料に施す、ことを特徴とする金属材料の製造方法にある。なお、この発明の究極の目的は、金属材料の表面における受動態化膜の形成による腐食からの保護であり、工程(a)において形成される吸水性のポリマー、好ましくはポリアニリンは、工程(d)において除去することも可能である。
【0006】
しかしながら、特許文献6は、下層金属を「受動態化」することが目的であるために、「受動態化」後の工程(d)や実施例6に見られるように、容易に除去されることがより都合の良いポリアニリン膜とされており、数年から10年以上もの長期間に渡る耐水性や耐薬品性が要求される熱交換器、特に蒸発器を構成する部材の最表面を構成する膜としては不向きなものが開示されているに過ぎない。
【0007】
また、同文献には、ポリアニリンが活性酸素を発生する時に、自分より卑な金属から電子を奪い、錆の原因になることに対して、対策が述べられていない。冷媒などが循環する熱交換器では、特にチューブ部に孔を開けることは、製品機能を失くしてしまうので好ましくない。
【0008】
【特許文献1】特開平9−175801号公報
【特許文献2】特開平10−99863号公報
【特許文献3】特開平10−316403号公報
【特許文献4】特開平11−79708号公報
【特許文献5】特開平11−158675号公報
【特許文献6】特表平8−500770号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、カーエアコン、エアコンなどのフィン、プレート等の熱交換器用部材などの、水との接触での活性酸素発生能とその耐久性を備えた表面被膜付き部材、並びにカーエアコン、エアコンのようにチューブやフィンを有する熱交換器において、そのチューブやフィンの表面に付着した臭気物質の分解脱臭機能、有害微生物の殺菌機能を有するばかりでなく、その分解脱臭機能及び殺菌機能を低下させることなく、基本性能をそのまま維持できる、優れた活性酸素発生能とその耐久性を兼ね備えた新規な表面被膜付き部材、及び熱交換器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記したようなポリアニリンは、それに湿気やその他の水分が接触したときに過酸化水素を発生することができるという事実に着目し、さらには、過酸化水素を発生するポリアニリンの能力を効率よく、長期的に維持する方法及びそれを利用した装置を開発するために検討を重ねた結果、ラマンスペクトルにおける一つの特定のラマンシフトに位置するピーク強度ともう一つのラマンシフトに位置するピーク強度の比が特定の範囲にあるポリアニリン分子構造比において、良好な活性酸素発生能を有し且つ剥がれにくい構造のポリアニリン被膜が得られるという知見を得、その知見に基いて本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、活性酸素を発生しやすいポリアニリンの構造を選定し、活性酸素発生能が高められ且つ長期間の耐久性を有するポリアニリン被膜を実現しようというものである。ポリアニリンは、一般的に、ベンゼノイド構造とキノイド構造がそのポリアニリン分子中においてほぼ1:1の割合で存在するときが活性酸素を発生する能力が高いと考えられる。しかし、活性酸素発生能とその耐久性には、ラマンスペクトルにおける一つの特定のラマンシフトに位置するピーク強度ともう一つのラマンシフトに位置するピーク強度の比で示されるポリアニリン分子構造の構造比が効くことが見出された。よって、永続的に活性酸素を発生させるためには、ラマンスペクトルにおける一つの特定のラマンシフトに位置するピーク強度ともう一つのラマンシフトに位置するピーク強度の比をコントロールする必要がある。このピーク強度比が特定の範囲にあれば、十分な活性酸素発生能とその耐久性を呈しうる。よって、本発明は、ポリアニリンから永続的に活性酸素を発生させるために、成膜時もしくは劣化発見時にポリアニリンの構造を、ラマンスペクトルにおける特定のピーク強度比より制御することを特徴とする、活性酸素発生機能とその耐久性を有する表面被膜付き部材及び熱交換器を提供するものである。
【0012】
要するに、本発明は、一つの側面として、少なくとも、基体と、その基体の最表面の少なくとも一部に形成された表面被膜とからなる表面被膜付き部材において、
前記表面被膜は、それに接触せしめられる流体中の水分と反応して活性酸素又は過酸化水素を発生可能なポリアニリン及び(又は)その誘導体からなる表面ポリアニリン層であり、かつ
前記ポリアニリン及び(又は)その誘導体のラマンスペクトルにおけるラマンシフト1215cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I1とラマンシフト1415cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I2の比でI2/I1表されるポリアニリン分子構造比が0.75〜1.0の範囲にある、
ことを特徴とする、表面被膜付き部材を提供する。
【0013】
かかる構成の本発明の表面被膜付き部材によれば、熱交換器、蒸発器等において使用される部品であって、優れた活性酸素発生機能とその耐久性を有し得るという優れた効果を奏するものである。
【0014】
また、本発明は、別の側面として、少なくとも、基体と、その基体の最表面の少なくとも一部に形成された、それに接触せしめられる流体中の水分と反応して活性酸素又は過酸化水素を発生可能なポリアニリン及び(又は)その誘導体からなる表面ポリアニリン層である表面被膜とからなる表面被膜付き部材の製造方法であって、
2重量%未満の前記ポリアニリン及び(又は)その誘導体を含有する溶液を前記基体の表面に塗布する塗布工程、
前記溶液が塗布された前記基体を60〜80℃で乾燥する一次乾燥工程、及び
前記一次乾燥された基体を130〜150℃で更に乾燥する二次乾燥工程、
を含むことを特徴とする、表面被膜付き部材の製造方法を提供する。
【0015】
かかる構成の本発明の表面被膜付き部材の製造方法によれば、優れた活性酸素発生機能とその耐久性を有する蒸発器や熱交換器等の表面被膜付き部材が確実に得られる効果を奏し得るものである。
【0016】
また、本発明は、そのもう1つの面において、フィン付きチューブを備えた熱交換器において、
前記チューブ及び(又は)フィンは、少なくとも、基体と、その基体の最表面の少なくとも一部に形成された表面被膜とからなり、
前記表面被膜は、それに接触せしめられる流体中の水分と反応して活性酸素又は過酸化水素を発生可能なポリアニリン及び(又は)その誘導体からなる表面ポリアニリン層であり、かつ
前記ポリアニリン及び(又は)その誘導体のラマンスペクトルにおけるラマンシフト1215cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I1とラマンシフト1415cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I2の比I2/I1で表されるポリアニリン分子構造比が0.75〜1.0の範囲にある、
ことを特徴とする熱交換器を提供する。
【0017】
かかる構成の本発明の熱交換器によれば、優れた活性酸素発生機能とその耐久性を確実に有し得るという、優れた効果を奏するものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明による表面被膜付き部材及び熱交換器では、上記した構成を採用した結果、臭気成分または細菌は、その部材又は熱交換器に強固に成膜されたポリアニリン及び(又は)その誘導体が発生する活性酸素の酸化作用により常温で分解または殺菌され、よって、熱交換器の水濡性能を損ねることなく、臭気成分または細菌が、臭気の発生源あるいは細菌の成長源となることを長期にわたり防ぐことができる。
【0019】
実際に、本発明によれば、以下の詳細な説明から理解されるように、特に、フィン、プレートなどの熱交換部材を備えたチューブを含んでいる熱交換器において、優れた耐久性、例えば耐水性や耐薬品性などが得られることはもちろんのこと、表面ポリアニリン層のラマンスペクトルにおけるピーク強度比I2/I1を所定の範囲内に保つことで、成膜後や使用後のポリアニリンの活性酸素発生能力を低下させることなく、付着臭を抑制でき、熱交換器の基本性能を維持させることができる。よって、本発明は、特に車両に搭載されるカーエアコンや、エアコン、ラジエター、その他の熱交換器において有利に利用することができる。
【0020】
本発明によれば、表面ポリアニリン層のラマンスペクトルの測定結果からピーク強度比I2/I1を得てベンゼノイド構造及びキノイド構造が容易に評価でき、全数検査可能である。尚、表面ポリアニリン層におけるベンゼノイド/キノイド比をUV‐VISの吸光度スペクトルにより測定する方法もあるが、その方法では基体やポリアニリン層が透明である必要があり、そうでなければ、ポリアニリン層を溶剤に溶かす必要があって、ポリアニリンの架橋が進行した場合には溶剤に解けず、また全数検査できないという問題点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の、熱交換器、蒸発器、ヒーター、オイルクーラー、ラジエター、コンデンサーなどに用いられる表面被膜付き部材は、それらの用途で通常使用される種々の形態で実施され得る。また、本発明の熱交換器は、特に過酸化酸素発生型の熱交換器であり、いろいろな形で有利に実施され得る。なお、本発明の熱交換器は、以下に記載する形態に限定されるわけではない。
【0022】
以下に、本発明の熱交換器について詳述するが、本発明の表面被膜付き部材についても熱交換器用の部材を代表的な例として同様に適用され得るものである。本発明の熱交換器は、フィン(翼体)、プレート等の熱交換部材(以下、まとめて「フィン」という)の付いたチューブを備えたものであり、いろいろな形態を包含することができる。すなわち、かかる熱交換器において熱交換効率の向上を目的として使用される熱交換部材は、フィン、プレート等のいろいろな形態を包含し、かつ表面積の大きな部材からなるのが好ましく、また、通常、以下において基体の項で説明するが、軽量な金属材料から形成するのが好ましい。フィンのサイズは、もちろん、所望とする効果などに応じて任意に変更可能である。
【0023】
フィンが付設されるチューブも、いろいろな形態を包含することができる。例えば、チューブは、円形断面を有するものであってもよく、矩形断面を有するものであってもよく、押し潰された円形などの扁平な断面を有するものであってもよい。熱交換器の小型化、軽量化などを考慮した場合、扁平な断面を有するチューブが有用である。チューブは、フィンと同様に、軽量な金属材料から形成するのが好ましい。チューブのサイズは、もちろん、フィンと同様に、所望とする効果などに応じて任意に変更可能である。
【0024】
フィン付きのチューブは、熱交換器内においていろいろに配置することができ、その配置や構造が特に限定されることはない。例えば、1本の長いフィン付きチューブを複数回にわたって折り曲げることで所定の形状をもった熱交換器を構成してもよく、さもなければ、複数本のチューブからなるチューブ部材と、そのチューブ部材に適合する形状をもったフィン部材とを用意し、チューブ部材とフィン部材を接合することによって熱交換器を構成してもよい。
【0025】
熱交換器の典型例としては、自動車のエアコン(エア・コンディショナ)、すなわち、カーエアコンで使用されているエバポレータ(蒸発器)やコンデンサ(凝縮器)を挙げることができる。なお、カーエアコン以外の用途としては、以下に列挙されるものに限定されるわけではないが、エアコン、ラジエター、ヒーター、オイルクーラー、コンデンサーなどを包含する。
【0026】
図1は、カーエアコンにおける熱交換器の使用(エバポレータとしての使用)を模式的に示したものである。やや温かい空気(矢印Aの温風を参照)は、ブロア21からカーエアコン22に送られる。温風は、さらにフィルタ23を通過した後、熱交換器10に達し、予定の熱交換が行われる。熱交換によって冷却せしめられた空気(冷風)は、カーエアコン22に付属のダクト24から、矢印Bで示す方向に排出される。
【0027】
熱交換器10は、上記したように、いろいろな形態を有することができる。図2は、かかる熱交換器10の一部を模式的に示した断面図である。この熱交換器10は、チューブ部材15とフィン部材17を接合したものであり、接合された両方の部材の最表面のすべてに表面ポリアニリン層2が備わっている。なお、必要ならば、表面ポリアニリン層2の一部を省略することも可能である。チューブ部材15は、基体1がアルミニウム合金製であり、その露出部分が表面ポリアニリン層2で覆われている。チューブ部材15の内部には、冷媒16が流動せしめられている。冷媒16は、例えば、フッ素含有炭化水素、例えば1,1,1,2−テトラフルオロエタン(HFC134aなどのヒドロフルオロカーボン(HFC)系冷媒である。ここで、チューブ部材15の片面には、熱交換効率を高めるために凹凸の断面模様をもったフィン部材17が、ロウ付け(図示せず)で取り付けられている。フィン部材17は、チューブ部材15と同様に、その基体1がアルミニウム合金製であり、その露出部分が表面ポリアニリン層2で覆われている。なお、図では凹凸の断面模様をもったフィン部材17が示されているが、凹凸の断面模様に代えて、蛇腹の如く三角の断面模様が繰り返されたフィン部材17や、その他の断面模様のフィン部材17を使用してもよい。
【0028】
さらに具体的に説明すると、図3は、図2に示した熱交換器のフィンの部分をさらに拡大して示した断面図である。図示されるように、本発明の熱交換器において、フィン17は、基体1と、その最表面に形成された表面ポリアニリン層2とからなる。なお、図では、簡略化のために、その他の層膜は示されていないが、基材15と表面ポリアニリン層2の間に、以下に図示して説明するように、層間中間層が設けられていてもよく、その他の層膜が施されていてもよい。また、基体1及び表面ポリアニリン層2は、両者の接合を良好にするため、任意の処理を受けていてもよい。さらに、表面ポリアニリン層2は、その表面に任意の処理を追加的に受けていてもよい。
【0029】
フィン及びそれを付設したチューブにおいて、基体は、いろいろな材料から形成することができるが、本発明の実施には、金属材料、特の軽量な金属材料、なかんずくアルミニウムを含有する金属材料(アルミニウム合金又はアルミニウム混合物)を有利に使用することができる。アルミニウム含有金属材料は、軽量であり、熱交換効率がよく、しかも耐久性や耐蝕性に優れているからである。典型的なアルミニウム含有金属は、Al−Mn系合金、Al‐Si系,Al‐Mg系,Al‐Mg‐Si系,Al‐Cu系,Al‐Zn系,Al‐Zn−Mg系などである。アルミニウム含有金属以外に有用な基体構成材料としては、例えば、銅や樹脂材料などを挙げることができる。
【0030】
本発明の実施において、フィン及びそれを付設したチューブは、それぞれ、基体材料であるアルミニウム含有金属材料やその他の金属材料から成形加工によって有利に形成することができる。適当な成形加工方法としては、例えば、押出し成形、プレス加工などを挙げることができる。必要ならば、成形加工に代えて、例えば、鍛造、切削加工などでこれらの部材を作製してもよい。
【0031】
フィンとチューブは、両者を別々に作製し、後段の工程で両者を一体化してもよく、フィンとチューブと同時もしくはほぼ同時に一体的に作製してもよい。一般的には、フィンとチューブを同一の金属材料から成形加工することが好ましい。なお、前者のように後段の工程でフィンとチューブを一体化する場合、任意の接合手段を使用することができる。適当な接合手段として、例えば、ロウ付け、溶接、接着、圧縮などを挙げることができる。なお、ロウ付けを使用する場合、接合の完了後、使用後のロウ付け剤を酸やアルカリで洗浄除去する。
【0032】
表面ポリアニリン層は、フィン及びチューブを構成する基体の最表面に全体的に設けられていてもよく、さもなければ、そのような基体の最表面に部分できに設けられていてもよい。もちろん、必要ならば、フィン又はチューブの最表面のみに全体的に設けられていてもよく、さもなければ、フィン又はチューブの最表面の一部分のみに選択的に設けられていてもよい。図2は、熱交換器10のチューブ部材15とフィン部材17のそれぞれの露出した最表面(基体1の最表面)の全体に表面ポリアニリン層2が設けられた1態様を図示している。
【0033】
表面ポリアニリン層は、基体1の最表面に全面的に形成するのが好ましいが、所望ならば、必要個所のみに選択的に形成されていてもよい。表面ポリアニリン層は、次の一般式によって表されるように、ベンゼノイド構造及びキノイド構造を有するポリアニリン及び(又は)その誘導体から形成することができる。以下においては簡単に「ポリアニリン系化合物」ともいうこれらの化合物は、それに接触せしめられる外気等の流体の水分と反応して過酸化水素及びしたがって活性酸素を発生可能である。なお、ここでいう「水分」は、外気等の流体、すなわち、外部雰囲気中に含まれる湿気、水及びその他の水分を包含する。
【0034】
【化1】

【0035】
ここで、上式により表されるポリアニリン系化合物は、例えば、アルドリッチ社から商品名「Polyaniline, emeraldine base」として商業的に入手可能である。また、ポリアニリンの誘導体としては、以下に記載するものに限定されるわけではないが、例えばスルホン化ポリアニリンなどを挙げることができる。
【0036】
本発明の熱交換器では、表面ポリアニリン層でのポリアニリン及び(又は)その誘導体のラマンスペクトルにおけるラマンシフト1215cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I1とラマンシフト1415cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I2の比I2/I1で表されるポリアニリン分子構造比が重要である。通常、そのピーク強度比I2/I1は0.75〜1.0の範囲にあることが好ましく、0.8〜1.0の範囲にあることが更に好ましい。尚、ラマンスペクトルは、例えば日本分光株式会社製のラマンスペクトル測定器NSR−3000(商品名)や、堀場製作所販売のLabRam HR−800などを用いて測定することが出来る。
【0037】
図4には、本発明の熱交換器における、3種類(S1〜S3)の表面ポリアニリン層でのポリアニリンのラマンスペクトルにおける、ラマンシフト1215cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I1とラマンシフト1415cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I2の典型的な関係が示される。ここで、例えばS1の場合ピーク強度比I2/I1についてみると、I1が886(ベース除く)であり、I2が1136(ベース除く)であって、ピーク強度比I2/I1が1.28となる。同様にして、S2の場合ピーク強度比I2/I1が0.88(660/750)であり、S3の場合ピーク強度比I2/I1が0.87(795/910)である。尚、図4において、各曲線の左端部と右端部を結ぶ直線がそのベースを示すラインとなる。
【0038】
尚、図4において示されるように、ピーク強度比I2/I1の低いS3の表面ポリアニリン層の方が、ピーク強度比I2/I1の高いS1の表面ポリアニリン層よりも活性酸素発生能が高く、ピーク強度比I2/I1の高いS1の表面ポリアニリン層の方が、ピーク強度比I2/I1の低いS3の表面ポリアニリン層よりも後述する隣接するベンゼノイド間のN−N結合が多く剥がれ難い。後述する図9に示されるように、ピーク強度比I2/I1が1.0よりも大きい場合には、急激に活性酸素発生濃度が低下するのに対して、剥がれはさほど変化しない。その意味で、図4に示されるS1は、本発明の範囲外に位置するものであると言える。また、ピーク強度比I2/I1が0.8〜1.0の範囲では、活性酸素発生能と剥がれに対する耐性が特に両立しやすく好ましい。
【0039】
表面ポリアニリン層は、いろいろな厚さで成膜することができるが、通常、約0.1〜約10μmであり、好ましくは、約0.1〜約1μmであり、さらに好ましくは、約0.1〜約0.5μmである。表面ポリアニリン層に厚さが0.1μmを下回ると、所期の作用効果を期待することができなくなり、反対に10μmを上回ると、成膜が困難になるなどの問題点が発生する。
【0040】
本発明の表面被膜付き部材の製造方法においては、表面ポリアニリン層の成膜のために種々の成膜方法を使用することができるが、具体的には、2重量%未満のポリアニリン及び(又は)その誘導体を含有する溶液を基体の表面に適用する適用工程、その溶液が適用された前記基体を60〜80℃で乾燥する一次乾燥工程、及びその一次乾燥された基体を130〜150℃で更に乾燥する二次乾燥工程を含むことが特徴として挙げられる。
【0041】
溶液中のポリアニリン及び(又は)その誘導体の濃度が2重量%以上になると、溶液の保存時にゲル化するので好ましくない。更にバインダは塗布前に混合し、使い切るのが好ましい。例えば、表面ポリアニリン層を形成するために好適なポリアニリン含有溶液の組成は、次のようなものである。
ポリアニリン 約0.1〜約2%重量部
バインダ(カルボジイミド化合物) 約0〜約20%重量部
溶剤(水または有機溶剤) 約80〜約99.9%重量部
【0042】
もちろん、上記の組成は任意に変更可能であり、例えば、バインダとして、硫酸基やリン酸基などを有した高分子、シランカップリング剤なども有利に使用することが出来る。また、溶剤として、水に代えて例えばメタノール、エタノール等のアルコール類をほぼ同量で使用してもよい。
【0043】
表面ポリアニリン層の成膜のため、いろいろな成膜方法を使用することができるが、一般的には、ポリアニリン含有溶液に熱交換器の前駆体を浸漬する浸漬法や、ポリアニリン含有溶液を塗布する塗布法が有利である。例えば、浸漬法は、上記したようなポリアニリン含有溶液に熱交換器の前駆体を約4〜約30℃の温度で約1分間にわたって浸漬することによって有利に実施することができる。
【0044】
その溶液が適用された前記基体を乾燥する一次乾燥工程は、60〜80℃で、より好ましくは60〜70℃で、そして約10〜約25分間、好ましくは約10〜約20分間、更に好ましくは約10〜約15分間、更により好ましくは約10〜約11分間行なわれる。その温度が、60℃未満では10分以上の乾燥時間が必要であり、80℃を超えると乾燥後の膜に斑や気泡ができ好ましくない。乾燥のために風乾工程を入れると、前記乾燥温度を10〜20℃下げることもできる。また、風乾工程を入れることにより乾燥時間を短くすることが出来、具体的には約10分以下、好ましくは約5〜約10分間にすることも可能である。また、その一次乾燥された基体を更に乾燥する二次乾燥工程は、130〜150℃で、より好ましくは130〜140℃で、そして約5〜約20分間、好ましくは約10〜約20分間、更に好ましくは約10〜約15分間、更により好ましくは約10〜約11分間行なわれる。その温度が、130℃未満では膜の強度が低下する恐れがあり、150℃を超えると架橋が進行し、活性酸素発生能に影響を与えるために好ましくない。また、上記以上の乾燥時間を要すると130℃未満であっても架橋が進行する場合があるため、乾燥時間の管理には注意を要する。
【0045】
また、本発明の表面被膜付き部材の製造方法では、二次乾燥工程の後に、ポリアニリン及び(又は)その誘導体のラマンスペクトルにおけるラマンシフト1215cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I1とラマンシフト1415cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I2を測定する工程を更に含むことが望ましい。その測定は、上記の如きラマンスペクトルを使用して、好ましくは、例えば、露光時間30秒、積算回数2回、励起波長532nm、グレーティング1800L/mm、レーザ強度0.8mWの条件で行なわれる。
【0046】
本発明の熱交換器において、その最上層を構成する表面ポリアニリン層は、いろいろに改良することができる。例えば、図5に示す熱交換器用のフィン17では、基体1の上に形成された表面ポリアニリン層2において、その表面部分にさらに親水性官能基FGをさらに有していてもよい。親水性官能基FGは、親水性を備えたいろいろな官能基であってよいが、好ましくは、第1アミノ基、第2アミノ基、第3アミノ基、アンモニウム基、硝酸基、カルボキシル基、スルホン酸基、水酸基などから選ばれる。これらの官能基は、1種類のものが単独で付与されていてもよく、さもなれれば、2種類もしくはそれ以上のものが組み合わさって付与されていてもよい。親水性官能基FGの存在は、特に、熱交換器の水漏れ性を向上するうえで有用である。
【0047】
ところで、上記したような親水性官能基は、好ましくは、ポリアニリン系化合物から表面ポリアニリン層を成膜する際に、ポリアニリン系化合物に併用されバインダから付与することができ、さらに好ましくは、親水性官能基は、バインダに予め付与しておくことができる。適当なバインダとしては、以下に列挙するものに限定されないが、例えば、カルボジイミド基とカルボキシル基などを包含する。親水性官能基は、例えば、バインダの働きにより、ポリアニリン系化合物のうち、アミノ基の部分に容易の付加し、形成される表面ポリアニリン層の表面部分にほぼ均一に分布することができる。
【0048】
フィン及びチューブは、通常、本発明でいう基体から形成される。これらの部材の基体は、好ましくは、上記したように、任意の金属材料、好ましくは軽量な金属剤慮の成形加工によって形成される。また、場合によって、フィン及びチューブは、同一の金属材料からなっていてもよく、異なる金属材料からなっていてもよい。
【0049】
金属材料として、好ましくは、アルミニウムを含有する金属材料、すなわち、アルミニウム含有金属を挙げることができる。ここで、アルミニウム含有金属は、アルミニウムを任意の割合で含有するアルミニウム合金が一般的であるが、場合によっては、そのほかの形態でアルミニウムを含有する金属材料であってもよい。典型的なアルミニウム含有金属は、前記した通り、Al−Mn系合金などである。
【0050】
フィン及びチューブは、通常、単層もしくは単独の金属材料から形成されるが、必要ならば、少なくとも2層の金属材料の複合体からなってもよい。このような金属複合体において、上方の金属材料の層から下方の金属材料の層に向かって酸化還元電位が貴な金属材料の量が増加していることが好ましい。傾斜された酸化還元電位を基体を構成する金属材料に導入することによって、熱交換器の使用中に基体の望ましくない酸化が引き起こされるのを効果的に防止することができるからである。なお、3層構造の金属複合体を採用した場合、表面ポリアニリン層に接して配置される第3の金属材料層は、その下の第1及び第2の金属材料層の酸化還元電位と比較した場合、最も貴であるかもしくはそれよりも卑である値から、最も卑であるよりも貴である値の範囲において、任意の酸化還元電位を有することができる。
【0051】
図6は、フィン17の基体1を2層の金属材料の複合体から構成した例である。図示されるように、基体1は、下方の金属材料の層11と、上方の金属材料の層12とからなる。なお、この例はフィン17の基体1の例であるが、本例に限られることなく、他のフィン17においても同様であるが、チューブの基体も同様に、下方の金属材料の層11と、上方の金属材料の層12とから構成してもよい。
【0052】
図示の金属材料複合体において、下方の金属材料の層は、好ましくは、アルミニウム(Al)合金からなり、また、上方の金属材料の層は、好ましくは、亜鉛(Zn)含有金属材料からなる。さらに、下方の金属材料の層は、好ましくは、Al−Mn系合金からなり、また、上方の金属材料の層は、好ましくは、亜鉛に加えてケイ素(Si)を含有する金属材料からなる。特に、上方の金属材料の層は、好ましくは、亜鉛及びケイ素に加えて、アルミニウム(Al)及び無視し得る量の不純物を含有するアルミニウム合金からなる。このようなAl−Zn−Si系の合金は、例えば、株式会社神戸製鋼所から商品名「4000シリーズ」として商業的に入手可能である。
【0053】
また、表面ポリアニリン層2は、図7に模式的に示すように、その層に分散せしめられたドーパントDPをさらに有していてもよい。ドーパントは、それを本発明において使用した場合、下地の基体に対してポリアニリンを良好に結合させる結合作用などを示すことができ、よって「バインダ」とも呼ぶことができる。ドーパントは、好ましくは、上記したポリアニリン及び(又は)その誘導体に静電相互作用により付着している。これを上記したポリアニリンの一般式を参照して説明すると、ドーパントは、隣接するベンゼン環の間の−NH−基の窒素原子や、隣接するベンゼン環とポリアニリン環の間の窒素原子に付着するのが一般的である。
【0054】
本発明に従い表面ポリアニリン層を設ける場合、その表面ポリアニリン層と下地の基体との間に層間中間層をさらに設けてもよい。図8は、このような熱交換器の一例を示した部分拡大断面図であり、フィン17は、図示されるように、表面ポリアニリン層2と下地の基体1との間に層間中間層3をさらに有している。層間中間層は、通常、基体に対する表面ポリアニリン層の付着力を高める働きや、ポリアニリンによる電子の奪取を防ぐ働き(防錆)を有している。
【0055】
層間中間層は、いろいろな材料から形成することができるが、好ましくは、非金属の材料からなる。適当な層間中間層として、例えば、絶縁膜、酸化防止膜、ポリアニリン系化合物よりも酸化還元電位が貴な非金属材料などを挙げることができ、また、より具体的には、例えば、クロメート膜、ポリアミド膜などを挙げることができる。層間中間層は、通常、単層で使用されるが、必要なら、2層以上の層間中間層を組み合わせて使用してもよい。層間中間層の厚さは、特に限定されるものではない。
【0056】
すでに記載したように、本発明において、表面ポリアニリン層におけるポリアニリン及び(又は)その誘導体のラマンスペクトルにおけるラマンシフト1215cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I1とラマンシフト1415cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I2の比I2/I1で表されるポリアニリン分子構造比が通常約0.75〜約1.0の範囲にあり、更に好ましくは通常約0.8〜約1.0の範囲にある。これは、図9に示すように、ピーク強度比I2/I1が0.75を下回ると、活性酸素発生能が高いものの、表面ポリアニリン層の剥がれが急激に生じやすくなり好ましくない。また、ピーク強度比I2/I1が1.0を上回ると、過酸化水素発生濃度が顕著に低下していくので好ましくない。
【0057】
よって、ピーク強度比I2/I1を約0.75〜約1.0の範囲内に保持することが肝要であり、換言すると、表面ポリアニリン層においてピーク強度比I2/I1が0.75〜1.0の設定範囲を外れないように、成膜の条件を調整することが重要である。尚、ピーク強度比I2/I1が0.75〜1.0の設定範囲を外れたときに、ピーク強度比I2/I1を設定範囲内に戻すために、ポリアニリン及び(又は)その誘導体を構成するベンゼノイド‐キノイド構造をベンゼノイド‐ベンゼノイド構造に転化するか、もしくはベンゼノイド‐ベンゼノイド構造をベンゼノイド‐キノイド構造に転化する構造転化手段を必要に応じてさらに備えていることが好ましい。
【0058】
図10に示されるように、本発明では、成膜条件、特に加熱の条件を調整することによって、架橋によって表面ポリアニリン層の剥がれを抑制し、且つ、活性酸素発生能を所定の範囲内に維持することを可能にするベンゼノイド‐キノイド構造とベンゼノイド‐ベンゼノイド構造のバランスを保つために、ポリアニリン及び(又は)その誘導体のラマンスペクトルにおけるピーク強度I2の比I2/I1で表されるポリアニリン分子構造比が0.75〜1.0の範囲にあるようにしたものである。
【0059】
また、図10において示されるように、ベンゼノイド‐ベンゼノイド構造が増加した状態では、隣接するベンゼノイド構造どうしN−N結合が生じて架橋しやすくなり、そのようにN−N結合が多く存在する状態にある表面ポリアニリン層は、剥がれにくく、耐久性の優れた表面ポリアニリン層となり得る。
【0060】
上記したような結果は、表面ポリアニリン膜において例えばピンホールなどの微小欠陥や表面ポリアニリン膜の未成膜部分があっては達成されるものではない。以降の工程で用いる溶液が熱交換器の基体へ直接に浸入した場合、表面ポリアニリン膜の剥離や特性の低下などを引き起こすからである。よって、表面ポリアニリン膜の成膜後に欠陥や未成膜部分がないか否かを評価する成膜状況評価工程が必要である。この工程後に、欠陥や未成膜部分をもった表面ポリアニリン膜を除くことができる。例えば、ピンホール検知方法としては、決められた測定ポイントを光学顕微鏡にて観察し、画像を電子データとして取り込み、画像処理ソフトで2値化(白:アルミニウム基板、ピンホール;黒:ポリアニリン)後に白部分を検知させることにより短時間で容易にピンホールが発見できる。なお、製造時以外でも、ピンホール発生による孔食の進行を防ぐために、クロメートやポリアニリンよりも酸化還元電位が貴な金属を下地膜として成膜した後にポリアニリンを成膜すれば、腐食の問題を少なくすることができる。
【0061】
ちなみに、先に参照して説明した特表平8−500770号公報に記載される手法に従って例えばアルミニウム、鉄、亜鉛等の金属材料の表面に吸水性のポリマー、好ましくはポリアニリンの薄膜を被覆した場合、完全被覆であれば問題はないが、一部のポリアニリン膜に破壊が発生して、下地の受動態化金属材料が露出した場合には、露出領域の金属材料から電子が奪われ、その露出個所から集中的な腐蝕が引き起こされる。もしもこの腐蝕が熱交換器のチューブで発生したとすると、腐食個所の細孔(ピンホール等)から冷媒の漏れや飛散が発生し、熱交換器としての機能が損なわれることとなる。特に、容易に除去されることがより都合の良いポリアニリン膜とされている特表平8−500770号公報記載のものでは、その可能性が高いと考えられる。
【0062】
本発明の熱交換器は、いろいろな手法に従って作製することができるが、以下にその一例を説明する。まず、アルミニウム材を成形加工して、チューブ部材及びフィン、プレート等の熱交換部材を作製し、さらにこれらの部材を600℃以上の高温度でロウ付けして、所望とする形状の熱交換器の前駆体を作製する。次いで、部材の接合に使用したロウ付け剤を酸、アルカリなどを使用して前駆体から洗浄除去し、さらに流水に水洗し、液きり及び乾燥を行う。乾燥は、例えば、140℃で15分間にわたって行う。
【0063】
次に、熱交換器の前駆体の表面にポリアニリンを成膜する。この成膜工程のため、ポリアニリンを含有する溶液に熱交換器の前駆体を約60秒間にわたって浸漬し、引き続いて液きり及び乾燥を行う。ここで使用するポリアニリン含有溶液は、例えば、次のような組成を有することができる。
【0064】
ポリアニリン 約0.1〜約2%重量部
バインダ(カルボジイミド化合物) 約0〜約20%重量部
溶剤(水または有機溶剤) 約80〜約99.9%重量部
【0065】
ここで、乾燥工程は、例えば、60〜80℃で5〜20分間にわたって、必要に応じて風燥工程も含む一次乾燥を行ない、次いで130〜150℃で5〜20分間にわたって二次乾燥を行う。この乾燥状態が十分でないと、以降の工程でポリアニリン膜の膜剥がれを生じる恐れがあるので、乾燥状態は十分であることをこの段階で確認することが好ましい。乾燥後、目的とする表面ポリアニリン膜が、約0.5μmの膜厚で得られる。
【0066】
また、以降の工程で用いる溶液が熱交換器へ直接浸入することがないようにするため、ポリアニリン膜の成膜後に未成膜部分がないか否かを評価する成膜状況評価工程を実施することも好ましい。成膜状況評価工程は、例えば前記したように、決められた測定ポイントを光学顕微鏡にて観察し、画像を電子データとして取り込み、画像処理ソフトで2値化(白:アルミ基板、ピンホール、黒:ポリアニリン)後に白部分を検知させることにより短時間で容易に実施することができる。この工程後、ポリアニリン膜で未成膜部分(ピンホール)の発生がみられるものだけを除くことができる。なお、ピンホール発生による孔食の進行を防ぐために、クロメートやポリアニリンより酸化還元電位が貴な金属を下地膜として成膜した後にポリアニリンを成膜すれば、腐食の問題は少なくなる。
【0067】
上記のようにして作製した、アルミニウム材とそれを被覆した表面ポリアニリン層とからなるフィン付きチューブを備えた熱交換器において、ポリアニリンの構造比を変化させるために特別の電極構造を付設する。電極構造は、例えば、電源と、それに接続された陽極及び陰極とから構成し、それぞれの電極の表面に、ポリアニリンより酸化還元電位が貴な材料を被覆する。電源から電極構造に電圧を印加するが、本発明の場合、電位の印加及び逆電位の印加を可能とするために、例えば、使用前後に電極構造に、使用時とは逆の電圧を印加する機構とその印加する時間を一定時間に制御できるタイマーと具備することが好ましい。
【実施例】
【0068】
引き続いて、本発明をその実施例を参照して説明する。なお、本発明は、これらの実施例によって限定されるものでないことは言うまでもない。
【0069】
フィン付きチューブの作製
アルミニウム合金(AlMn系合金)を成形加工して、図2に一部分を示すチューブ及びフィンを作製した。チューブに対してフィンをロウ付けした。ロウ付け温度は、約600℃であった。両者の接合を確認した後、使用済みのロウ付け剤を希硫酸によって溶解除去し、さらに流水にて十分に水洗した。液きり後、得られた前駆体の乾燥を140℃で15分間にわたって行った。
【0070】
次に、乾燥後の前駆体の表面にポリアニリンを成膜した。本例で使用したポリアニリン含有溶液の組成は、次の通りであった。
ポリアニリン(アルドリッチ社から商品名「Polyaniline, emeraldine base」) 約0.1〜約2%重量部
バインダ(カルボジイミド化合物) 約0〜約20%重量部
溶剤(水または有機溶剤) 約80〜約99.9%重量部
【0071】
上記のポリアニリン含有溶液(液温:約20℃)に前駆体を約60秒間にわたって浸漬し、引き続いて液きり及び乾燥を行った。一次乾燥工程は80℃で15分間であり、二次乾燥工程は、140℃で15分間であった。約0.5〜約10μmの膜厚を有する表面ポリアニリン膜を全面に備えたフィン付きチューブが得られた。
【0072】
熱交換器における使用
得られたフィン付きチューブを図1に示したような自動車用熱交換器として使用し、その性能を調べた。その結果、このフィン付きチューブは、耐久性に優れるとともに、チューブやフィンの表面に付着した臭気物質を分解する機能や、有害微生物を殺菌する機能を併せ持つことが確認できた。また、臭気物質の分解脱臭機能や有機微生物の殺菌機能は、効率よく発生させることができるばかりでなく、ポリアニリン中のベンゼノイド‐ベンゼノイド構造とベンゼノイド‐キノイド構造の比率を保つことで、成膜後や使用後のポリアニリン層の剥離やポリアニリンの活性酸素発生能の低下を生じさせることなく、付着臭を抑制でき、熱交換器の基本性能を維持できることも確認できた。
【0073】
評価試験
得られたフィン付きチューブにおいて、その表面ポリアニリン層のピーク強度比I2/I1、活性酸素発生能及び剥離状態の経時変化を評価するため、次のような評価試験を実施した。
【0074】
(1)ピーク強度比I2/I1
上記のように成膜した後の各々のサンプル表面のポリアニリン層のサンプルの表面ポリアニリン層のピーク強度比I2/I1を、日本分光株式会社製のラマンスペクトル測定器NSR−3000(商品名)によってラマンスペクトルを得て、ラマンシフト1215cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I1とラマンシフト1415cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I2のピーク強度比をI2/I1測定した。尚、そのラマンスペクトルは、露光時間30秒、積算回数2回、励起波長532nm、グレーティング1800L/mm、レーザ強度0.8mWの条件で測定された。その測定されたラマンスペクトルの例を、図4にS1〜S3として示す。
【0075】
(2)活性酸素発生能
成膜後の各々のサンプル表面のポリアニリン層の溶出液中の過酸化水素濃度を活性酸素発生濃度として測定した。つまり、フェントン反応をおこなった後に、ラジカルをスピントラップ剤(DMPO)にトラップし、NSR−3000によって測定し、活性酸素発生能の評価を行った。
【0076】
(3)剥離性
成膜後の各々のサンプル表面のポリアニリン層の剥離性を以下の手順で測定した。
カッターナイフを用いてポリアニリン膜31の下地が露出するようにポリアニリン膜31に縦横1mm間隔の平行線を引き、碁盤目を形成する(図11(a)参照)。この碁盤目は縦横11本の平行線で区画され、ポリアニリン膜は1mm×1mmの大きさで100個の単位Uに分断される。
この碁盤目部分を覆うようにフィン材30上のポリアニリン膜31の表面に粘着テープ32を十分に密着させる(図11(b)参照)。この粘着テープ32のポリアニリン膜31上への密着領域の大きさは、例えば数値として示すように20mm×24mm程度とする。
次に、この粘着テープ32を一気に剥がす。そのとき、テープ32にくっついて一緒に剥がれたポリアニリン膜31の単位Uの個数をカウントする。このカウントされた単位Uの個数が多いほどポリアニリン膜の密着性が悪く、少ないほど密着性が良いことになる。
【0077】
(4)まとめ
上記の測定によって得られた結果をもとに、活性酸素発生濃度(ppm)及びポリアニリン膜の剥離性をピーク強度比I2/I1の関数としてプロットしたところ、図9に示すようなグラフを得ることができた。このグラフから理解できるように、ピーク強度比I2/I1として0.75〜1.0の範囲が好ましく、0.8〜1.0の範囲がさらに好ましいことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】本発明の熱交換器を使用した自動車用蒸発器の一例を示した模式断面図である。
【図2】本発明の熱交換器の好ましい一形態を示した部分断面図である。
【図3】図2に示した熱交換器のフィンの一部を示した拡大部分断面図である。
【図4】本発明の熱交換器における表面ポリアニリン層でのポリアニリンの典型的なラマンスペクトルの測定結果を例示したグラフである。
【図5】本発明の熱交換器のフィンのもう1つの好ましい形態を示した拡大部分断面図である。
【図6】本発明の熱交換器のフィンのもう1つの好ましい形態を示した拡大部分断面図である。
【図7】本発明の熱交換器のフィンのもう1つの好ましい形態を示した拡大部分断面図である。
【図8】本発明の熱交換器のフィンのもう1つの好ましい形態を示した拡大部分断面図である。
【図9】本発明の表面ポリアニリン層におけるにピーク強度比I2/I1対する活性酸素発生濃度及びポリアニリン層の剥がれの関係をプロットしたグラフである。
【図10】ポリアニリン層を成膜した場合のベンゼノイド‐キノイド構造からベンゼノイド‐ベンゼノイド構造への加熱による変化を示した化学式である。
【図11】表面ポリアニリン層の剥離性を評価する手順を示すための説明図である。
【符号の説明】
【0079】
1 基体
2 表面ポリアニリン層
3 層間中間層
10 熱交換器
11 下方金属材料層
12 上方金属材料層
15 チューブ
16 冷媒
17 フィン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、基体と、その基体の最表面の少なくとも一部に形成された表面被膜とからなる表面被膜付き部材において、
前記表面被膜は、それに接触せしめられる流体中の水分と反応して活性酸素又は過酸化水素を発生可能なポリアニリン及び(又は)その誘導体からなる表面ポリアニリン層であり、かつ
前記ポリアニリン及び(又は)その誘導体のラマンスペクトルにおけるラマンシフト1215cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I1とラマンシフト1415cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I2の比I2/I1で表されるポリアニリン分子構造比が0.75〜1.0の範囲にある、
ことを特徴とする、表面被膜付き部材。
【請求項2】
前記ポリアニリン又はその誘導体が、下記一般式
【化1】

によって表される、ベンゼノイド構造及びキノイド構造を有するポリアニリン及びその誘導体からなる群より選択されるものである、請求項1に記載の表面被膜付き部材。
【請求項3】
前記ピーク強度比I2/I1で表される構造比が、0.8〜1.0の範囲にある、請求項1または2に記載の表面被膜付き部材。
【請求項4】
前記表面被膜付き部材が熱交換器用部材である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の表面被膜付き部材。
【請求項5】
少なくとも、基体と、その基体の最表面の少なくとも一部に形成された、それに接触せしめられる流体中の水分と反応して活性酸素又は過酸化水素を発生可能なポリアニリン及び(又は)その誘導体からなる表面ポリアニリン層である表面被膜とからなる表面被膜付き部材の製造方法であって、
2重量%未満の前記ポリアニリン及び(又は)その誘導体を含有する溶液を前記基体の表面に適用する適用工程、
前記溶液が適用された前記基体を60〜80℃で乾燥する一次乾燥工程、及び
前記一次乾燥された基体を130〜150℃で更に乾燥する二次乾燥工程、
を含むことを特徴とする、表面被膜付き部材の製造方法。
【請求項6】
前記二次乾燥工程の後に、前記ポリアニリン及び(又は)その誘導体のラマンスペクトルにおけるラマンシフト1215cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I1とラマンシフト1415cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I2を測定する工程を更に含む、請求項5に記載の表面被膜付き部材の製造方法。
【請求項7】
フィン付きチューブを備えた熱交換器において、
前記チューブ及び(又は)フィンは、少なくとも、基体と、その基体の最表面の少なくとも一部に形成された表面被膜とからなり、
前記表面被膜は、それに接触せしめられる流体中の水分と反応して活性酸素又は過酸化水素を発生可能なポリアニリン及び(又は)その誘導体からなる表面ポリアニリン層であり、かつ
前記ポリアニリン及び(又は)その誘導体のラマンスペクトルにおけるラマンシフト1215cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I1とラマンシフト1415cm-1±30cm-1に位置するピーク強度I2の比でI2/I1表されるポリアニリン分子構造比が0.75〜1.0の範囲にある、
ことを特徴とする熱交換器。
【請求項8】
前記ポリアニリン又はその誘導体が、下記一般式
【化2】

によって表される、ベンゼノイド構造及びキノイド構造を有するポリアニリン及びその誘導体からなる群より選択されるものである、請求項7に記載の熱交換器。
【請求項9】
前記ピーク強度比I2/I1で表される構造比が、0.8〜1.0の範囲にある、請求項7または8に記載の熱交換器。
【請求項10】
前記表面ポリアニリン層が、それに付与された少なくとも1種の親水性官能基をさらに有している、請求項7〜9のいずれか1項に記載の熱交換器。
【請求項11】
前記少なくとも1種の親水性官能基が、第1アミノ基、第2アミノ基、第3アミノ基、アンモニウム基、硝酸基、カルボキシル基、スルホン酸基及び水酸基からなる群から選ばれるものである、請求項7〜10のいずれか1項に記載の熱交換器。
【請求項12】
前記少なくとも1種の親水性官能基が、前記ポリアニリン及び(又は)その誘導体から前記表面ポリアニリン層を成膜する際に併用されたバインダに由来するものである、請求項7〜11のいずれか1項に記載の熱交換器
【請求項13】
前記少なくとも1種の親水性官能基が、前記バインダに予め付与されていたものである、請求項12に記載の熱交換器。
【請求項14】
前記チューブ及び(又は)フィンの基体が、金属材料の成形加工によって形成されたものである、請求項7〜13のいずれか1項に記載の熱交換器。
【請求項15】
前記チューブ及び(又は)フィンの基体が、少なくとも2層の金属材料の複合体からなり、かつ該複合体において、上方の金属材料の層から下方の金属材料の層に向かって酸化還元電位が貴な金属材料の量が増加している、請求項7〜14のいずれか1項に記載の熱交換器。
【請求項16】
前記チューブ及び(又は)フィンの基体が、2層の金属材料の複合体からなり、かつ該複合体において、下方の金属材料の層はアルミニウム(Al)合金からなりかつ上方の金属材料の層は亜鉛(Zn)含有金属材料からなる、請求項7〜15のいずれか1項に記載の熱交換器。
【請求項17】
前記下方の金属材料の層が、Al−Mn系合金からなり、かつ前記上方の金属材料の層は、亜鉛に加えてケイ素(Si)を含有する金属材料からなる、請求項16に記載の熱交換器。
【請求項18】
前記表面ポリアニリン層が、ドーパントをさらに含む、請求項7〜17のいずれか1項に記載の熱交換器。
【請求項19】
前記ドーパントが、前記ポリアニリン及び(又は)その誘導体に静電相互作用により付着している、請求項18に記載の熱交換器。
【請求項20】
前記チューブ及び(又は)フィンが、その基体と前記表面ポリアニリン層との間に少なくとも1つの層間中間層をさらに有している、請求項7〜19のいずれか1項に記載の熱交換器。
【請求項21】
前記少なくとも1つの層間中間層が、絶縁膜、酸化防止膜及び前記ポリアニリン及び(又は)その誘導体よりも酸化還元電位が貴な非金属材料からなる膜からなる群から選ばれるものである、請求項20に記載の熱交換器。
【請求項22】
前記チューブの最表面にも、前記表面ポリアニリン層がさらに備わっている、請求項7〜21のいずれか1項に記載の熱交換器。
【請求項23】
カーエアコンに使用される、請求項7〜22のいずれか1項に記載の熱交換器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2009−90469(P2009−90469A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−260273(P2007−260273)
【出願日】平成19年10月3日(2007.10.3)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】