説明

被覆部材

【課題】基材に対する密着力が高いDLC膜を有し、基材の材料選択の幅が広い被覆部材を提供すること。
【解決手段】被覆部材100は、基材200と、基材200の表面を覆う中間層300と、中間層300の表面を覆うDLC膜400とを含む。中間層300およびDLC膜400は、基材200の温度が300℃以下に維持された状態で形成されている。また、中間層300は、金属窒化物を含む。中間層300における硬さH2のヤング率E2に対する比は、基材200における硬さH2のヤング率E2に対する比よりも大きく、DLC膜400における硬さH4のヤング率E4に対する比よりも小さい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、基材の少なくとも一部がDLC膜で被覆された被覆部材に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば自動車の燃費を低減させるために、自動車に搭載される各種摺動部材の摺動抵抗を低減させることが求められている。そのため、摺動部材のもとになる基材表面の少なくとも一部を、低摩擦性および耐摩耗性(高硬度性)を有するDLC(Diamond Like Carbon)膜によって被覆する場合がある(例えば特許文献1参照)。
DLC膜は、例えば、基材に直流電圧を印加する直流プラズマCVD(Plasma Chemical Vapor Deposition)法や、直流パルス電圧を印加する直流パルスプラズマCVD法によって形成される。
【0003】
すなわち、基材を収容する処理室内を真空排気し、かつメタン等の炭素系化合物、水素ガス、およびアルゴンガス等を含む原料ガスを継続的に導入して処理室内を所定の処理圧力に維持しながら、直流電圧または直流パルス電圧を基材に印加して処理室内にプラズマを発生させる。これにより、原料ガスからイオンやラジカルが生成されるとともに、基材の表面で化学反応が生じて、C(炭素)を主体とする膜(DLC膜)が基材の表面に堆積する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−256414号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
DLC膜は、基材に対する密着力が弱い。そのため、基材に対するDLC膜の密着力を向上させることが望まれている。DLC膜の密着力を向上させるために、例えば、基材とDLC膜との間に中間層を形成したり、DLC膜を形成する前に窒化処理や浸炭処理(たとえば、プラズマ窒化やプラズマ浸炭)を行って基材の表層に窒化層や浸炭層を形成したりする場合がある。
【0006】
しかしながら、基材とDLC膜との間に中間層を形成した場合であっても、中間層が適切でないと高い密着力を得ることができない。また、高い密着力を得るのに十分な窒化層や浸炭層を形成するには、高温環境下で窒化処理や浸炭処理を行う必要がある。そのため、基材の材料選択の幅が狭められる。よって、基材の材料選択の幅を十分に確保しながら、基材に対するDLC膜の密着力を向上させるためには、基材とDLC膜との間に適切な中間層を形成する必要がある。
【0007】
そこで、本発明の目的は、基材に対する密着力が高いDLC膜を有し、基材の材料選択の幅が広い被覆部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するための請求項1記載の発明は、基材の少なくとも一部がDLC膜で被覆された被覆部材であって、基材(200)と、前記基材の表面を覆う中間層(300)と、前記中間層の表面を覆うDLC膜(400)とを含み、前記中間層およびDLC膜は、前記基材の温度が300℃以下に維持された状態で形成されており、前記中間層は、金属窒化物を含み、前記中間層における硬さ(H3)のヤング率(E3)に対する比は、前記基材における硬さ(H2)のヤング率(E2)に対する比よりも大きく、前記DLC膜における硬さ(H4)のヤング率(E4)に対する比よりも小さい、被覆部材(100)である。
【0009】
この構成によれば、以下に説明するように、中間層における硬さのヤング率に対する比が、基材における硬さのヤング率に対する比よりも大きく、DLC膜における硬さのヤング率に対する比よりも小さいので、基材に対するDLC膜の密着力を向上させることができる。これにより、被覆部材の信頼性および耐久性を向上させることができる。さらに、中間層およびDLC膜は、基材の温度が300℃以下に維持された状態で形成されるので、基材に加わるダメージが小さい。そのため、基材の材料選択の幅が広い。
【0010】
前記中間層およびDLC膜は、請求項2記載の発明のように、それぞれ、直流パルスプラズマCVD法よって形成された薄膜であってもよい。直流パルスプラズマCVD法によれば、例えば直流プラズマCVD法を採用して、基材に直流電圧を印加することによりプラズマを発生させる場合と比べて、温度上昇に繋がる異常放電の発生を抑制しながら、プラズマをより一層安定化させることができる。そのため、基材の温度を300℃以下に抑制して、温度上昇によって基材が受けるダメージを極力小さくすることができる。これにより、基材の材料選択の幅が広げられる。
【0011】
なお、上記において、括弧内の英数字は、後述の実施形態における対応構成要素の参照符号を表すものであるが、これらの参照符号により特許請求の範囲を限定する趣旨ではない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施形態に係る被覆部材の表層部の断面図である。
【図2】DLC膜が剥離したときの剥離荷重を示すグラフである。
【図3】本発明の一実施形態に係る被覆部材を製造するためのプラズマCVD装置の構成を示す模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下では、本発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る被覆部材100の表層部の断面図である。
図1を参照して、被覆部材100は、例えば、摺動部材や装飾品として用いられる。摺動部材としては、例えば、摩擦クラッチのクラッチプレート、ステアリング装置のウォーム(歯面にDLC膜を形成)、軸受の内外輪(軌道面にDLC膜を形成)または保持器、およびプロペラシャフト(駆動軸、雄スプライン部および/または雌スプライン部にDLC膜を形成)が挙げられる。
【0014】
被覆部材100は、基材200と、基材200の表面を覆う中間層300と、中間層300の表面を覆うDLC膜400とを含む。中間層300およびDLC膜400は、それぞれ、膜厚が数μm〜数十μm程度の薄膜である。中間層300における硬さH3のヤング率E3に対する比(H3/E3)は、基材200における硬さH2のヤング率E2に対する比(H2/E2)よりも大きく、DLC膜400における硬さH4のヤング率E4に対する比(H4/E4)よりも小さい。中間層300の硬さH3、基材200の硬さH2、およびDLC膜400の硬さH4は、それぞれ、ナノインデンテーション法によって測定した硬さである(以下に説明する硬さについても同様)。中間層300の(H3/E3)は、膜内で一定であってもよいし、基材200からDLC膜400に近づくに従って、基材200の(H2/E2)からDLC膜400の(H4/E4)まで変化していてもよい。
【0015】
また、中間層300およびDLC膜400は、例えば、直流パルスプラズマCVD法によって形成されている。直流パルスプラズマCVDでは、基材200に対して電圧が断続的に印加される。したがって、基材200に対して電圧が印加され続ける直流プラズマCVD法に比べて、基材200の温度上昇に繋がる異常放電の発生が抑制される。これにより、中間層300およびDLC膜400は、基材200の温度が低温(例えば、300℃以下)に維持された状態で形成されている。したがって、中間層300およびDLC膜400が直流プラズマCVD法によって形成される場合に比べて、基材200の材料選択の幅が広い。
【0016】
また、DLC膜400の表面は、被覆部材100の最表面の少なくとも一部を形成している。被覆部材100が摺動部材として用いられる場合、DLC膜400の表面は、他の部材に摺動する摺動面として機能する。また、被覆部材100が摺動部材として用いられる場合、基材200の材質は、例えば、工具鋼、炭素鋼、およびステンレス鋼の何れかである。基材200の材質が、例えば、高速度工具鋼(SKH4)である場合、基材200の硬さは、7.5GPaであり、基材200のヤング率は、230GPaである。
【0017】
また、中間層300は、例えば、金属窒化物、金属炭化物、または金属炭窒化物を含む薄膜である。中間層300の組成は、均一であってもよいし、基材200からDLC膜400に近づくに従って変化していてもよい。すなわち、中間層300は、中間層300の組成がDLC膜400に近づくに従って連続的に変化する傾斜膜であってもよいし、組成がそれぞれ異なる複数の膜が積層された積層膜であってもよい。
【0018】
中間層300に含まれる金属窒化物としては、例えば、TiN、CrN、TiCrN、TiAlNが挙げられる。また、中間層300に含まれる金属炭化物としては、例えば、TiCが挙げられる。また、中間層300に含まれる金属炭窒化物としては、例えば、TiCNが挙げられる。中間層300が、TiN、CrN、TiCrN、TiAlN、TiC、TiCNの何れかによって形成された均一な組成の薄膜である場合の、硬さ、ヤング率、および(硬さ/ヤング率)を以下の表1に示す。
【0019】
【表1】

【0020】
図2は、DLC膜が剥離したときの剥離荷重を示すグラフである。
図2における剥離荷重は、日本機械学会基準JSME S010(1996)において規定されたスクラッチ試験によってDLC膜を剥離させて、DLC膜に局所的な剥離が生じたときの測定値(モード2の測定値)である。
第1実施例、第2実施例、および第1比較例は、基材とDLC膜との間に中間層が設けられた被覆部材についての剥離荷重である。また、第2比較例は、中間層が設けられていない被覆部材についての剥離荷重である。第1実施例の中間層は、TiN膜(金属窒化膜)であり、第2実施例の中間層は、CrN膜(金属窒化膜)であり、第1比較例の中間層は、Crメッキである。第1比較例の中間層の硬さ(Crメッキの硬さ)は、12.9GPaであり、第1比較例の中間層のヤング率は、287GPaである。
【0021】
また、各実施例および比較例において、基材の材質は同一である。すなわち、各実施例および比較例における基材の材質は高速度工具鋼(SKH4)である。したがって、各実施例および比較例において、基材における硬さH2のヤング率E2に対する比(H2/E2)は、0.03である。
また、各実施例および比較例において、DLC膜の成膜条件は同一である。すなわち、各実施例および比較例におけるDLC膜は、直流パルスプラズマCVD法によって形成された薄膜である。各実施例および比較例におけるDLC膜の硬さH4は、12GPaであり、DLC膜のヤング率E4は、103GPaであり、DLC膜における硬さH4のヤング率E4に対する比(H4/E4)は、0.12である。
【0022】
第1実施例、第2実施例、および第1比較例に係る中間層の(H3/E3)は、それぞれ、膜内で一定である。第1実施例、第2実施例、および第1比較例に係る中間層の(H3/E3)は、それぞれ、0.07(第1実施例:TiN)、0.05(第2実施例:CrN)、0.04(第1比較例:Crメッキ)である。したがって、第1実施例、第2実施例、および第1比較例の中間層の(H3/E3)は、基材の(H2/E2)よりも大きく、DLC膜の(H4/E4)よりも小さい。
【0023】
図2に示すように、第1実施例および第2実施例に係る剥離荷重は、中間層が設けられていないときの剥離荷重(第2比較例に係る剥離荷重)よりも大きい。また、第1比較例に係る剥離荷重は、中間層が設けられていないときの剥離荷重(第2比較例に係る剥離荷重)よりも小さい。したがって、硬さのヤング率に対する比が基材よりも大きく、DLC膜よりも小さい金属窒化物からなる中間層を設けることによって、基材に対するDLC膜の密着力を向上させることができる。これにより、被覆部材100の信頼性および耐久性を向上させることができる。
【0024】
図3は、本発明の一実施形態に係る被覆部材100を製造するためのプラズマCVD装置1の構成を示す模式的な断面図である。
図1および図3を参照して、プラズマCVD装置1は、隔壁2で取り囲まれた処理室3と、処理室3内で基材200を保持する基台5と、処理室3内に原料ガスを導入するための原料ガス導入管6と、処理室3内を真空排気するための排気系7と、処理室3内に導入されたガスをプラズマ化させるための直流パルス電圧を発生させる電源8とを備えている。
【0025】
基台5は、水平姿勢をなす支持プレート9と、鉛直方向に延び、支持プレート9を支持する支持軸10とを備えている。この実施形態では、基台5として、支持プレート9が上下方向に3つ並んで配置された3段式のものが採用されている。基台5は、全体が銅などの導電材料を用いて形成されている。基台5には電源8の負極が接続されている。基材200は、支持プレート9上に載置される。
【0026】
また、処理室3の隔壁2は、ステンレス鋼等の導電材料を用いて形成されている。隔壁2には、電源8の正極が接続されている。また隔壁2はアース接続されている。隔壁2と基台5とは絶縁部材11によって絶縁されている。そのため隔壁2はアース電位に保たれている。電源8がオンされて直流パルス電圧が発生されると、隔壁2と基台5との間に電位差が生じる。
【0027】
また、原料ガス導入管6は、処理室3内における基台5の上方を水平方向に延びている。原料ガス導入管6の基台5に対向する部分には、原料ガス導入管6の長手方向に沿って配列された多数の原料ガス吐出孔12が形成されている。原料ガス吐出孔12から原料ガスが吐出されることにより、処理室3内に原料ガスが導入される。
原料ガス導入管6には、例えば、成分ガスとして少なくとも炭素系化合物を含む原料ガスが供給される。原料ガス導入管6には、各成分ガスの供給源(ガスボンベや液体を収容する容器等)からそれぞれの成分ガスを処理室3に導くための複数の分岐導入管(図示せず)が接続されている。各分岐導入管には、各供給源からの成分ガスの流量を調節するための流量調節バルブ(図示せず)等が設けられている。また供給源のうち液体を収容する容器には、必要に応じて、液体を加熱するための加熱手段(図示せず)が設けられている。
【0028】
排気系7は、処理室3に連通する第1排気管13および第2排気管14と、第1開閉バルブ15、第2開閉バルブ16、および第3開閉バルブ19と、第1ポンプ17および第2ポンプ18とを備えている。
第1排気管13の途中部には、第1開閉バルブ15および第1ポンプ17が、処理室3側からこの順で介装されている。第1ポンプ17としては、例えば油回転真空ポンプ(ロータリポンプ)やダイヤフラム真空ポンプなどの低真空ポンプが採用される。油回転真空ポンプは、油によってロータ、ステータおよび摺動翼板などの部品の間の気密空間および無効空間の減少を図る容積移送式真空ポンプである。第1ポンプ17として採用される油回転真空ポンプとしては、回転翼型油回転真空ポンプや揺動ピストン型真空ポンプが挙げられる。
【0029】
また第2排気管14の先端は、第1排気管13における第1開閉バルブ15と第1ポンプ17との間に接続されている。第2排気管14の途中部には、第2開閉バルブ16、第2ポンプ18、および第3開閉バルブ19が、処理室3側からこの順で介装されている。第2ポンプ18としては、例えばターボ分子ポンプ、油拡散ポンプなどの高真空ポンプが採用される。
【0030】
処理室3内の気体は、第1ポンプ17および第2ポンプ18によって処理室3から排出される。中間層300を形成するときには、基材200が支持プレート9上に載置された状態で処理室3内を真空排気し、かつ原料ガスを処理室3内に継続的に導入して処理室3内を所定の処理圧力に維持しながら、電源8をオンし、隔壁2と基台5との間に電位差を生じさせることにより、処理室3内にプラズマを発生させる。このプラズマの発生により、処理室3内において原料ガスからイオンやラジカルが生成されるとともに、このイオンやラジカルが電位差に基づいて基材200の表面に引き付けられる。そして基材200の表面で化学反応して、基材200の表面に中間層300が堆積される。DLC膜400の形成についても同様である。
【0031】
この発明の実施の形態の説明は以上であるが、この発明は、前述の実施形態の内容に限定されるものではなく、請求項記載の範囲内において種々の変更が可能である。例えば前述の実施形態では、基材にDLC膜が被覆されている場合について説明したが、ケイ素(Si)を含むDLC膜が基材に被覆されていてもよい。
また、前述の実施形態では、中間層およびDLC膜が直流パルスプラズマCVD法によって形成されている場合について説明したが、中間層およびDLC膜は、直流プラズマCVD法によって形成されていてもよいし、プラズマCVD法以外の方法によって形成されていてもよい。しかしながら、基材の温度上昇を抑制できる点で、直流パルスプラズマCVD法によって中間層およびDLC膜を形成することが好ましい。
【0032】
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0033】
100・・・被覆部材、200・・・基材、300・・・中間層、400・・・DLC膜、H2・・・基材の硬さ、E2・・・基材のヤング率、H3・・・中間層の硬さ、E3・・・中間層のヤング率、H4・・・DLC膜の硬さ、E4・・・DLC膜のヤング率

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の少なくとも一部がDLC膜で被覆された被覆部材であって、
基材と、
前記基材の表面を覆う中間層と、
前記中間層の表面を覆うDLC膜とを含み、
前記中間層およびDLC膜は、前記基材の温度が300℃以下に維持された状態で形成されており、
前記中間層は、金属窒化物を含み、
前記中間層における硬さのヤング率に対する比は、前記基材における硬さのヤング率に対する比よりも大きく、前記DLC膜における硬さのヤング率に対する比よりも小さい、被覆部材。
【請求項2】
前記中間層およびDLC膜は、それぞれ、直流パルスプラズマCVD法よって形成された薄膜である、請求項1記載の被覆部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−252204(P2011−252204A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−126996(P2010−126996)
【出願日】平成22年6月2日(2010.6.2)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】