説明

複合ポリマー及びその作製方法

【課題】異なる化学構造を持つ複数種類のポリマーをターゲット材料とすることで、高周波スパッタ法による一つのプロセスによって、分子レベルで構造が混合された新たな複合ポリマー材料を提供する。
【解決手段】固体のポリマーAの上に、Aと異なる分子構造を有するポリマーB溶液を展開し乾燥させた複合材料をターゲットとして用い、高周波スパッタで基板上に、微細なグレインが高密度に凝縮した構造を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合ポリマー及びその作製方法、更に詳細にはドライプロセスにて作製されるポリマー材料の開発およびその作製方法の改良に関わるものである。
【背景技術】
【0002】
αおよびβという異なる構造を有するモノマーを共重合させたコポリマーは、αおよびβの持つ異なる特性を併せ持つ材料となる。例として、汎用品であるポリエチレンビニルアルコール(EVA)やアクリロニトリル・ポリスチレン共重合体(AS)があげられる。これらのウェットプロセスで作製する材料は、それぞれの化学構造に適した重合方法の開発によって実現されたものである。
【0003】
一方、プラズマ環境という反応性の高い反応環境を利用すれば、二つの異なる機能を持つポリマーを分子レベルで混合した新しいポリマー材料の作製が可能になる。特に、高周波スパッタ法を用いると、ターゲットの化学構造に起因するイオン性あるいは中性の分子が、電子、イオンおよび中性粒子が比較的自由な状態で飛びかうプラズマ環境下に置かれることとなり、湿式プロセスにより達成が困難な結合が容易に生成され、原子密度の高い3次元的架橋が進んだポリマー材料を基板上に析出させることができる。
【0004】
プラズマを利用するポリマー形成プロセスの中でも、固体ポリマー材料をターゲット材料とする高周波スパッタ法では、液体あるいは気体の有機系原材料を用いるプラズマプロセスと比して、多種の固体のターゲット材料を適用することができ、それぞれのターゲット材料に固有な化学構造に起因する構造的特徴を有する薄膜材料を作製できる。また、ドライプロセスであることから、マイクロ構造体への形成が容易であり、膜厚制御性が良い。また、金属触媒や有機溶媒に代表される環境負荷の高い試薬を大量に用いることなく、原子密度の高いポリマーを作製可能となる利点もある。そこで、有機固体ターゲットを用いた高周波スパッタ法で形成される薄膜は、基板との密着性が必要な潤滑膜や、密着性や耐環境性、耐薬品性が必要なニオイセンサ用感応膜として適用されてきた(特許文献1,2)。
【0005】
従来の有機固体材料を用いる高周波スパッタ法においては、ターゲット材料として、形状のそろった粉末あるいはバルクとして成型可能なポリマーのみを用いてきた。そのため、αおよびβという2種類のポリマーの有する特性を応用する材料を開発するためには、ASやEVAのように、αとβというポリマーの共重合体そのものをターゲット材料として用いてきた。しかしながら、前述のように、湿式プロセスによる従来の共重合体の開発においては、化学構造に応じた合成法を開発しなくてはならず、また、環境負荷の高い溶媒、触媒も必要となる場合がある。
【特許文献1】有機薄膜およびそれを用いた化学センサプローブの作成方法(特開平10−253518号)
【特許文献2】スパッタリングターゲットおよび有機薄膜の作製方法(特開2002−146520号)
【非特許文献1】D.Susac,et al.,Applied Surface Science,vol.174,No.1,p.43−50(2001)
【非特許文献2】I.Sugimoto,et al.,Thin Solid Films,vol.158,p.51−60(1988)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
異なる化学構造を持つ複数種類のポリマーをターゲット材料とすることで、高周波スパッタ法による一つのプロセスによって、分子レベルで構造が混合された新たなポリマー材料を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明による複合ポリマーは、固体のポリマーAの上に、Aと異なる分子構造を有するポリマーB溶液を展開し乾燥させた複合材料をターゲットとして用い、高周波スパッタで基板上に形成した、微細なグレインが高密度に凝縮した構造を有することを特徴とする。
【0008】
また本発明による複合ポリマーの作製方法は、固体のポリマーAの上に、Aと異なる分子構造を有するポリマーB溶液を展開し乾燥させた複合材料をターゲットとし、高周波スパッタで基板上に薄膜を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
固体ポリマーと液体ポリマー材料を原材料として、複合ポリマーを一度のドライプロセスで作製する方法を開発した。本発明を用いることにより、市販されているポリマー材料をそのまま用いて、新たな複合ポリマー材料の設計開発が容易にできるようになる。また、イオン交換機能を有するフッ化物ポリマーを元にして、イオン交換基であるスルフォン酸を有しながら、吸水が可能な柔軟ポリマー構造を併せ持ち、さらに、基板との密着性の高い材料として析出させることが可能である。また、微細構造を持つデバイスへの新たな特性を有するポリマー膜材料の形成も容易に可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
円盤状バルクポリマー材料(Aポリマー)の上に、ポリマー溶液(Bポリマー)を展開し溶媒を乾燥させて作製したターゲット材料を作製した。このターゲット材料を用いた高周波スパッタにより、A、B両ポリマーに起因するプラズマ中に放出された粒子が、プラズマ環境下の反応により結合し、さらに基板上に析出することで複合ポリマーの薄膜として形成される。また、高エネルギー粒子となったモノマーが基板と衝突して膜形成に寄与することから、基板との密着性が高い複合ポリマーの薄膜が形成できる。
【0011】
本発明による前記ポリマーAとしては、たとえば炭化水素ポリマーを使用することができ、前記ポリマーBとしてはたとえばフッ化物ポリマーを使用することができる。しかしながら、これに限定されるものではない。
【実施例1】
【0012】
ターゲット材料の基板となる円盤状バルクポリマー材料の表面には、前処理として希ガスを用いたエッチング処理を実施した。次に、ポリエチレン円盤(直径13.5mmφ、厚さ15mm)の中央部、直径50mmの範囲にナフィオンのイソプロピルアルコール溶液を展開し、大気環境下で溶媒成分を揮発させた。円盤状ポリマーであるポリエチレンの基本骨格は、CH−(CH=CH)−CHであり、一方、円盤上に展開されたポリマーであるナフィオンの基本構造は、−[(CFCF−C=CF−(OCFCF(CF))OCFCFSOH]−である。作製したターゲット材料を真空チャンバー内の平行平板電極の下部電極上に設置し、100から150Wのパワーを照射して、シリコン基板上に薄膜を形成した。膜の堆積速度は、毎分4.7オングストロームであった。
【0013】
複合ターゲット材料を用いて形成された薄膜(複合ポリマー膜)は、大気中で安定であった。また、水中での膜構造を観察するためのクライオ法により撮影した電子顕微鏡(SEM)写真(図1)に示されているように、水に浸漬すると吸水による膨張が観察されるが、基板との密着性は維持されている。
【0014】
この本発明によって作製した薄膜が、ターゲット材料を構成するフッ化物ポリマーあるいはポリエチレンとは異なる材料であることを、以下に示す分析方法によって確認した。
【0015】
図2は膜厚が約600nmの薄膜の反射型赤外分光スペクトルで、ポリエチレンのみから形成したスパッタ膜と複合ターゲットから形成した膜とを比較したものである。波数が1166cm−1付近にC−F構造に起因するピークが認められ、同時に、1651cm−1あたりにポリエチレン膜スペクトルと同様の位置に、アルケン構造に起因する赤外吸収が認められた。また、1035cm−1には、スルフォン酸に帰属されるピークを含んでいた。また、複合ターゲットから形成した膜およびポリエチレン膜の両方が、963cm−1付近に吸収を持っており、これは、炭素の二重結合における面外変角振動に起因するものと考えられる。一方で、複合ターゲット材料から形成した膜には、CHあるいはCHのC−H伸縮振動に帰属される吸収(2900〜3000cm−1付近)が認められない。大気中で測定する反射型赤外分光スペクトルで、従来のポリエチレンのみをターゲット材料とするプラズマ有機薄膜では、大気中の水を吸着し、3150cm−1より大きな波数の領域に、吸着水にOHに起因する吸収ピークも観測される。しかしながら、複合ターゲット材料から形成した膜では、OHのピークが見られないことから、フッ素を含む構造を有することで、疎水的機能を有していることが確認された。
【0016】
X線光電子分光法(XPS)を用いた測定では、薄膜表面の炭素の化学結合状態の情報が得られるが、図3の結果をみると、炭素の1s軌道から発した電子のスペクトルのピーク位置は284.63eV(結合エネルギー)であった。フッ化物ポリマーの高周波スパッタ膜ではCFあるいはCFが存在することから、炭素1s軌道の電子スペクトルのピーク値は290eV付近よりもさらに高結合エネルギー側に観測されるはずである(非特許文献1,2)。
【0017】
また、ポリエチレンの高周波スパッタ膜では、ピーク位置は286eVよりも結合エネルギーの値が高い位置に観測されるはずである。したがって、本発明による複合ターゲット材料から作製した薄膜(複合ポリマー膜)では、フッ化物ポリマーのみをターゲット材料とした薄膜およびポリエチレンのみをターゲット材料とした薄膜表面と異なる化学結合状態にある炭素原子が多く存在していた。
【0018】
SEMによる観察からは図4に示すように、100nm以下のグレインが高密度に凝集した構造が認められた。従来の均一な化学構造を有するターゲット材料から形成した膜は、50000倍以上の倍率による測定でも滑らかな形態であり、図4のような形態は観測されていなかった。また、同じく図4の断面部分に着目しても、複合ターゲット材料から作製した薄膜内においては粒界を有する構造を持っていることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0019】
固体ポリマーの表面に、前記固体ポリマーとは分子構造が異なる液体ポリマーの溶液を塗布して乾燥させたものをターゲットとして用いて、高周波スパッタリングにより有機薄膜を形成することを特徴とする。本発明を用いることにより、市販されているポリマー材料をそのまま用いて、新たな複合ポリマー材料の設計開発が容易にできるようになる。また、イオン交換機能を有するフッ化物ポリマーを元にして、イオン交換基であるスルフォン酸を有しながら、吸水が可能な柔軟ポリマー構造を併せ持ち、さらに、基板との密着性の高い材料として析出させることが可能である。また、微細構造を持つデバイスへの新たな特性を有するポリマー膜材料の形成も容易に可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の合ポリマー膜のクライオ法により撮影した電子顕微鏡(SEM)写真像(水を吸着させた後)
【図2】本発明の複合ポリマー膜及びポリエチレン膜の赤外分光スペクトル
【図3】本発明の複合ポリマー膜及びポリエチレン膜のXPSスペクトル
【図4】本発明の合ポリマー膜のSEM像(膜作製後、そのまま観察)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体のポリマーAの上に、Aと異なる分子構造を有するポリマーB溶液を展開し乾燥させた複合材料をターゲットとして用い、高周波スパッタで基板上に形成した、微細なグレインが高密度に凝縮した構造を有することを特徴とする複合ポリマー。
【請求項2】
前記ポリマーAは炭化水素ポリマーであり、前記ポリマーBがフッ化物ポリマーである請求項1記載の複合ポリマー。
【請求項3】
前記炭化水素ポリマーはポリエチレンであり、前記フッ化物ポリマーはナフィオンである請求項2記載の複合ポリマー。
【請求項4】
100nm以下のグレインが高密度に凝集した構造である請求項1から3記載の複合ポリマー。
【請求項5】
固体のポリマーAの上に、Aと異なる分子構造を有するポリマーB溶液を展開し乾燥させた複合材料をターゲットとし、高周波スパッタで基板上に薄膜を形成することを特徴とする複合ポリマーの作製方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−124483(P2006−124483A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−313248(P2004−313248)
【出願日】平成16年10月28日(2004.10.28)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】