説明

複合材料用炭素繊維とそれを用いた複合材料

【課題】高いコンポジット特性、特に、高い有孔引張特性を有する複合材料を得ることができる、表面特性や強度や弾性率が向上した炭素繊維を提供すること。
【解決手段】炭素繊維の引張強度が6000MPa以上、弾性率が340GPa以上、表面酸素濃度が7〜17%の範囲にあり、且つ、該炭素繊維を用いた複合材料の有孔引張強度が600MPa以上の複合材料用炭素繊維。更に好ましいのは、炭素繊維のクリプトン吸着によるBET法での比表面積値が、0.65〜2.5m/g、且つ、ラマンスペクトルの1350cm−1付近に現れるDバンドと1580cm−1付近に現れるGバンドの強度比D/Gが、1.00〜1.25の範囲にあるものであり、かかる炭素繊維を用いた複合材料は優れた有孔引張強度を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、航空機用等の複合材料に好適に使用される炭素繊維と、それを用いた複合材料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、炭素繊維を強化繊維として用いた複合材料は、軽く、高強度等の優れた機械的特性を有するので、航空機等の複合材料として多く用いられてきている。これらの複合材料は、例えば、強化繊維にマトリックス樹脂が含浸された中間製品であるプリプレグから、加熱・加圧といった成形・加工工程を経て成形される。従って、所望の複合材料を得るためには、それぞれに最適の材料あるいは成形・加工手段を採用する必要があり、強化繊維である炭素繊維にも色々な特性が要求される。
【0003】
例えば、航空機用の複合材料においては、重要な物性の一つとして有孔引張強度(Open Hole
Tensile、OHT)があり、この値が高いものほど望ましいとされている。炭素繊維は一般的に、弾性率が上がるに従って脆性も上がるため、わずかな表面欠陥であってもその部分が破断開始点となり、強度に著しい影響を及ぼす。このように炭素繊維の表面欠陥が引張強度に悪影響を及ぼすため、高弾性且つ高強度というコンポジット特性を有する優れた複合材料を得るのは非常に難しい。従来、中〜高弾性の炭素繊維では、電解酸化や気相酸化による表面処理を強めに行い、エッチングによる繊維の表面欠陥の除去を行うことが行われている。しかしながら、表面処理を強めにすると、炭素繊維の表面酸素濃度(O/C)が上昇するにつれマトリックス樹脂との接着が過剰になり、応力の分散能力が低下するため、結果的に有孔引張強度が低下するという問題がある。
【0004】
その他にも、炭素繊維表面とマトリックス樹脂との接着性が高いもの同士を複合化し、マトリックス樹脂と炭素繊維をより均一に分散することで、複合材料の強度、弾性、耐衝撃性等を向上させる試みは、従来から色々と提案されている(例えば、特許文献1〜6参照)。しかしながら、従来の炭素繊維は、航空機等に使用される高いコンポジット特性、特に、高い有孔引張特性を有する複合材料を得るためには、まだその性能が十分ではなかった。
【特許文献1】特開平5−214614号公報
【特許文献2】特開平10−25627号公報
【特許文献3】特開平11−217734号公報
【特許文献4】特開2003−73932号公報
【特許文献5】特開2005−133274号公報
【特許文献6】特開2004−277192号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、従来のものよりも高いコンポジット特性、特に、高い有孔引張特性を有する複合材料を得ることができる、表面特性や強度や弾性率が向上した炭素繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、高いコンポジット特性、特に有孔引張強度(OHT)に優れた複合材料を得るために、炭素繊維の表面酸素濃度(O/C)や比表面積値に着目し、鋭意研究を行った結果、表面酸素濃度や比表面積値を適正な値に管理することで複合材料の特に有孔引張強度を向上させることができること等を知見し、本発明に到達した。
【0007】
本発明のうち請求項1に記載された発明は、炭素繊維の引張強度が6000MPa以上、弾性率が340GPa以上、表面酸素濃度が7〜17%の範囲にあり、且つ、該炭素繊維を用いた複合材料の有孔引張強度が600MPa以上の複合材料用炭素繊維である。
【0008】
請求項2に記載された発明は、炭素繊維のクリプトン吸着によるBET法での比表面積値が、0.65〜2.5m/gの範囲にあり、且つ、ラマンスペクトルの1350cm−1付近に現れるDバンドと1580cm−1付近に現れるGバンドの強度比D/Gが、1.00〜1.25の範囲にある請求項1記載の複合材料用炭素繊維である。
【0009】
請求項3項に記載された発明は、炭素繊維の引張強度が6000MPa以上、弾性率が340GPa以上、表面酸素濃度が7〜17%の範囲にあり、且つ、該炭素繊維を用いた複合材料の有孔引張強度が600MPa以上の炭素繊維とマトリックス樹脂とからなる複合材料である。
【0010】
そして、請求項4に記載された発明は、炭素繊維のクリプトン吸着によるBET法での比表面積値が、0.65〜2.5m/gの範囲にあり、且つ、ラマンスペクトルの1350cm−1付近に現れるDバンドと1580cm−1付近に現れるGバンドの強度比D/Gが、1.00〜1.25の範囲にある請求項3記載の複合材料である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の炭素繊維は、高い強度と弾性率を有すると共に、表面酸素濃度が適度の範囲にあるので、マトリックス樹脂との接着性が中庸であり、その結果、この炭素繊維を用いた複合材料は優れた有孔引張強度を有する。従って、本発明の炭素繊維とマトリックス樹脂とからなる複合材料は、航空宇宙分野や自動車分野等において安全性が高く、且つ、軽量な複合材料として利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、炭素繊維の引張強度が6000MPa、好ましくは6100MPa以上、弾性率が340GPa、好ましくは343GPa以上、表面酸素濃度(O/C)が7〜17%、好ましくは10〜17%の範囲にあり、且つ、該炭素繊維を用いた複合材料の有孔引張強度(OHT)が600MPa、好ましくは700MPa以上の複合材料用炭素繊維である。
【0013】
有孔引張強度の高い炭素繊維強化複合材料を得るためには、従来は、強度と弾性率が中程度の炭素繊維、例えば、強度が5680MPa、弾性率が294GPa程度のものを用いて、有孔引張強度が600〜700MPa程度のものが得られていた。しかし、航空機の分野においては、機体の軽量化を主目的に、より高性能の複合材料が要求されるようになった。この要求に答えるために、高強度と高弾性率を両立させる炭素繊維の開発が行われているが、弾性率を増加させるのに伴い、炭素繊維の伸度が低下するために、得られた複合材料の有孔引張強度は低下するという問題があった。
【0014】
本発明では、炭素繊維の破断開始点となる部分を除去することによって炭素繊維の脆弱化を防ぐと共に、炭素繊維の表面状態をコントロールすることで、繊維とマトリックス樹脂との接着性を一定の範囲に調整し、その結果、複合材料の特に有孔引張強度の向上を図るものである。
【0015】
本発明において、有孔引張強度とは、炭素繊維の複合材料の積層板を用いて、EN6035に準じた試験法によって測定される。孔を含む構造体の基礎強度値として航空機材料の分野で良く用いられる評価物性であり、衝撃後圧縮強度(CAI)と同様に、複合材料の損傷許容性値の目安として用いられるものである。測定法については実施例の項で説明する。
【0016】
本発明において表面酸素濃度とは、X線光電子分光器により測定される炭素繊維のO/C値を意味し、O/C値が7〜17%、好ましくは10〜17%の範囲にある必要がある。O/C値が7%未満の場合は、炭素繊維とマトリックス樹脂との接着性が低すぎ、得られる複合材料の有孔引張強度が600未満のものしか得られない。一方、O/C値が17%を超えると、マトリックス樹脂との接着性が強すぎ、コンポジットにした際に、炭素繊維の脆性が強く影響し、やはり有孔引張強度が600未満のものしか得られないので不適当である。
【0017】
本発明の炭素繊維としては、更に、炭素繊維のクリプトン吸着によるBET法での比表面積値が、0.65〜2.5m/gの範囲にあるものが好ましい。クリプトン吸着によるBET法での比表面積値とは、炭素繊維の表面状態を示す値であり、吸着占有面積の判明しているガス分子をサンプルに吸着させ、その際の単分子層吸着量の値を用い、次の式によって算出される。
【0018】
S=([Vm×N×Acs]M)/w
S:比表面積
Vm:単分子層吸着量
N:アボガドロ定数
Acs:吸着断面積
M:分子量
w:サンプル重量
【0019】
本発明の炭素繊維は、この比表面積値が0.65〜2.5m/gにあるものが好ましいが、より好ましくは、1.3〜2.4m/gの範囲である。この値は、具体的には、炭素繊維表面の表面処理によるエッチング作用の程度によって変化する。即ち、クリプトン吸着によるBET法での比表面積値は、表面処理によるエッチング作用により生じ、かかる指標の値が増加するにつれ、炭素繊維の表面積が増加し、また凹凸差が増加する。また、表面処理によるエッチングは、前記表面酸素濃度にも影響する。
【0020】
また、本発明の炭素繊維は、ラマンスペクトルの1350cm−1付近に現れるDバンドと1580cm−1付近に現れるGバンドの強度比D/Gが、1.00〜1.25の範囲のものが好ましく、より好ましくは1.05〜1.20の範囲にあるものである。このD/Gは表面処理の度合いによって変化する。即ち、このD/Gの値が高いと、表面処理により炭素繊維表面のグラファイトが酸化され、結晶性が低くなったことを意味し、この結晶性の低くなった部分が集中すると、表面欠陥となるため強度が低下する。
【0021】
炭素繊維の表面処理(エッチング処理)の方法・手段としては、薬液を用いる液相酸化、電解液溶液中で炭素繊維を陽極として処理する電解酸化、気相状態でのプラズマ処理などによる気相酸化等がある。例えば、電解酸化によりエッチング処理を行うと、炭素繊維の表面欠陥となる焼成工程で生じた脆弱部が、エッチングにより優先的に取り除かれ炭素繊維自体の強度が向上する。また、脆弱部の除去に伴い繊維表面に細かな凹凸が生じ、炭素繊維の表面積が広がり、炭素繊維とマトリックス樹脂間に十分な接触を得ることができるようになる。更に、マトリックス樹脂との親和性を向上させる効果を有する、カルボキシル基や水酸基等の官能基が導入される。それらの結果、アンカー効果により炭素繊維とマトリックス樹脂との接着性が向上する。一方、表面処理が過度になされると、逆に、削れ過ぎた部分が新たなクラックやボイドなどの物理的欠陥となり、炭素繊維の破断開始点となる。従って、最適な表面状態を形成させるためには、適度なエッチングが必要である。
【0022】
本発明の炭素繊維は、例えば、以下の方法により製造することができる。
【0023】
[前駆体繊維]
本発明において、炭素繊維の製造方法に用いる前駆体繊維としては、ピッチ系繊維、アクリル系繊維等従来公知のものが何ら制限なく使用できる。その中でもアクリル系繊維が好ましく、広角X線回折(回折角17°)による配向度が90.5%以下のアクリル系繊維がより好ましい。具体的にはアクリロニトリルを90質量%以上、好ましくは95質量%以上含有する単量体を重合した紡糸溶液を紡糸して、炭素繊維原料とする。紡糸方法としては、湿式又は乾湿式紡糸方法いずれの方法も用いることができるが、樹脂との接着性を考慮すると、湿式紡糸方法がより好ましい。また、凝固した後は、水洗・乾燥・延伸して炭素繊維原料とすることが好ましい。
【0024】
[耐炎化処理]
得られた前駆体繊維は、引き続き加熱空気中200〜280℃、好ましくは、240〜250℃の温度範囲内で耐炎化処理される。この時の処理は、一般的に、延伸倍率0.85〜1.30の範囲で処理されるが、高強度・高弾性率の炭素繊維を得るためには、0.95以上がより好ましい。この耐炎化処理は、繊維密度1.3〜1.5g/cmの耐炎化繊維とするものであり、耐炎化時の糸にかかる張力は特に限定されるものではない。
【0025】
[第一炭素化処理]
上記耐炎化繊維を、不活性雰囲気中で、第一炭素化工程において、300〜900℃、好ましくは、300〜550℃の温度範囲内で、1.03〜1.06の延伸倍率で一次延伸処理し、次いで0.9〜1.01の延伸倍率で二次延伸処理して、繊維密度1.40〜1.70g/cmの第一炭素化処理繊維を得る。第一炭素化工程において、一次延伸処理では、耐炎化繊維の弾性率が極小値まで低下した時点から9.8GPaに増加するまでの範囲、同繊維の密度が1.5g/cmに達するまでの範囲で、1.03〜1.06の延伸倍率で延伸処理を行うのが好ましい。二次延伸処理においては、一次延伸処理後の繊維の密度が二次延伸処理中に上昇し続ける範囲で、0.9〜1.01倍の延伸倍率で延伸処理を行うのが好ましい。かかる条件を採用すると、結晶が成長することなく、緻密化され、ボイドの生成も抑制でき、最終的に高い緻密性を有した高強度炭素繊維を得ることができる。上記第一炭素化工程は、一つの炉若しくは二つ以上の炉で、連続的若しくは別々に処理することができる。
【0026】
[第二炭素化処理]
上記第一炭素化処理繊維を、不活性雰囲気中で、第二炭素化工程において800〜2100℃、好ましくは、1000〜1450℃の温度範囲内で、同工程を一次処理と二次処理とに分けて延伸処理して、第二炭素化処理繊維を得る。一次処理では、第一炭素化処理繊維の密度が一次処理中上昇し続ける範囲、同繊維の窒素含有量が10質量%以上の範囲で、同繊維を延伸処理するのが好ましい。二次処理においては、一次処理繊維の密度が変化しない又は低下する範囲で、同繊維を延伸処理するのが好ましい。第二炭素化処理繊維の伸度は2.0%以上、より好ましくは2.2%以上である。また、第二炭素化処理繊維の直径は、5〜6.5μmであるのが好ましい。また、これら焼成工程は、単一設備で連続して処理することも、数個の設備で連続して処理することも可能であり、特に限定されるものではない。
【0027】
[第三炭素化処理]
第三炭素化処理においては、上記第二炭素化処理繊維を1500〜2100℃、好ましくは、1650〜1950℃で更に炭素化又は黒鉛化処理する。
【0028】
[表面処理]
上記第三炭素化処理繊維は、引き続いて表面処理を施こされる。表面処理には気相、液相処理も用いることができるが、工程管理の簡便さと生産性を高める点から、電解処理による表面処理が好ましい。表面処理において用いる電解液としては、無機酸、無機酸塩等を用いることができるが、硫酸、硝酸、塩酸等の無機酸がより好ましい。これらの電解液の濃度が1〜25質量%、温度が10〜80℃、より好ましくは20〜50℃の範囲内で、繊維1gあたり10〜2000クーロン、より好ましくは100〜500クーロンの電気量で化学的・電気的酸化処理を行うのがよい。電気量を大きくすることで、エッチング量が増え、脆弱部の除去が進むが、電気量が大きすぎると、エッチング過剰により逆に表面に欠陥を作り出すこととなり、繊維強度が低下するため好ましくない。また、電気量が小さすぎると、脆弱部の除去が不十分で繊維強度が低下するため好ましくない。
【0029】
電解液として硝酸を用いると、炭素繊維のグラファイト構造の層間に硝酸が入り込み反応するため、より効率的にエッチングを行うことができるので好ましい。この場合、グラファイト構造の層間部分で電解酸化反応が起こることで層間に隙間ができ、この隙間は結晶子サイズの大きい、電気抵抗の低い部分に沿って起こると考えられる。そして、電解処理に伴い、表層は電気二重層に覆われてしまい、界面部分の電気抵抗値は高くなる。かかる理由で、低い電気量では極表層部分までしか電解処理されないと考えられる。
【0030】
[サイジング処理]
上記表面処理繊維は、引き続いてサイジング処理を施こされる。サイジング方法は、従来の公知の方法で行うことができ、サイジング剤は、用途に即して適宜組成を変更して使用し、均一付着させた後に、乾燥することが好ましい。
【0031】
上記のような工程を経ることによって、本発明の、炭素繊維、即ち、引張強度が6000MPa以上、弾性率が340GPa以上、表面酸素濃度が7〜17%の範囲にあり、且つ、該炭素繊維を用いた複合材料の有孔引張強度が600MPa以上の複合材料用炭素繊維、更には、炭素繊維のクリプトン吸着によるBET法での比表面積値が、0.65〜2.5m/gの範囲にあり、且つ、ラマンスペクトルの1350cm−1付近に現れるDバンドと1580cm−1付近に現れるGバンドの強度比D/Gが、1.00〜1.25の範囲にある複合材料用炭素繊維が得られる。具体的な製造条件については実施例で説明する。
【0032】
本発明の他の態様は、上記のごとくして得られた本発明の炭素繊維を強化繊維として用い、これとマトリックス樹脂とから得られる複合材料である。本発明において複合材料とは、例えば、炭素繊維と各種マトリックス樹脂とから、ホットメルト法、フィラメントワインディング法等の公知の各種の方法で製造されるプリプレグ、中間成形品又は成形品等を意味する。
【0033】
炭素繊維は、通常、シート状の強化繊維材料として用いられる。シート状の材料とは、繊維材料を一方向にシート状に引き揃えたもの、これらを、例えば、直交に積層したもの、繊維材料を織編物や不織布等の布帛に成形したもの、ストランド状のもの、多軸織物等を全て含む。繊維の形態としては、長繊維状モノフィラメントあるいはこれらを束にしたものが好ましく使用される。
【0034】
本発明において用いられるマトリックス樹脂は、特に限定されない。熱硬化性マトリックス樹脂の具体例として、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ビニルエステル樹脂、シアン酸エステル樹脂、ウレタンアクリレート樹脂、フェノキシ樹脂、アルキド樹脂、ウレタン樹脂、マレイミド樹脂とシアン酸エステル樹脂の予備重合樹脂、ビスマレイミド樹脂、アセチレン末端を有するポリイミド樹脂及びポリイソイミド樹脂、ナジック酸末端を有するポリイミド樹脂等を挙げることができる。これらは1種又は2種以上の混合物として用いることもできる。中でも、耐熱性、弾性率、耐薬品性に優れたエポキシ樹脂やビニルエステル樹脂が、特に好ましい。これらの熱硬化性樹脂には、硬化剤、硬化促進剤以外に、通常用いられる着色剤や各種添加剤等が含まれていてもよい。
【0035】
また、マトリックス樹脂として用いられる熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリプロピレン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、芳香族ポリアミド、芳香族ポリエステル、芳香族ポリカーボネート、ポリエーテルイミド、ポリアリーレンオキシド、熱可塑性ポリイミド、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリアセタール、ポリフェニレンオキシド、ポリフェニレンスルフィド、ポリアリレート、ポリアクリロニトリル、ポリアラミド、ポリベンズイミダゾール等が挙げられる。
【0036】
複合材料中に占めるマトリックス樹脂の含有率は、10〜90重量%、好ましくは20〜60重量%、更に好ましくは25〜45重量%である。複合材料としては、実施例で詳述する方法で測定を行った、有孔引張強度が600MPa以上、更には700MPa以上のものが好ましい。
【実施例】
【0037】
以下、実施例により本発明を詳述するが、本発明はこれに限定されるものではない。実施例における各種物性値の測定方法は下記のとおりである。
【0038】
炭素繊維の表面酸素濃度(O/C)は、次の手順に従ってXPS(ESCA)によって求めることができる。炭素繊維をカットしてステンレス製の試料支持台上に拡げて並べた後、光電子脱出角度を90度に設定し、X線源としてMgKαを用い、試料チャンバー内を1×10−6Paの真空度に保つ。測定時の帯電に伴うピークの補正として、まずC1sの主ピークの結合エネルギー値B.E.を284.6eVに合わせる。O1sピーク面積は、528〜540eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求め、C1sピーク面積は、282〜292eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求める。炭素繊維表面の表面酸素濃度O/Cは、上記O1sピーク面積とC1sピーク面積の比で計算して求められる。
【0039】
炭素繊維のクリプトンガス吸着によるBET法比表面積は、炭素繊維を長さ1m程度に切り出したものを使用し、BET理論に従ってBETプロットの約0.1〜0.25の相対圧域を解析し算出した。ガス吸着に際しては、ユアサアイオニクス(株)社製全自動ガス吸着装置「AUTOSORB - 1」を使用し、下記条件により行った。
【0040】
吸着ガス:Kr
死容積:He
吸着温度:77K(液体窒素温度)
測定範囲:相対圧(P/Po)= 0.05−0.3
P:測定圧、Po:Krの飽和蒸気圧
【0041】
ラマン分光装置は、ジョバン・イボン社製シングル顕微鏡レーザーラマン分光装置T64000を使用した。励起光源としてAr+レーザー(λ=514.5nm)を用い、出力は20mWあった。得られたチャートより、ベースライン補正をし、1350cm−1付近に現れるDバンドと1580cm−1付近に現れるGバンドをピーク分離し、各バンドのピーク強度を求め強度比D/Gを計算した。同様の測定を3回繰り返し、その平均値を求めた。
【0042】
OHTの測定には、サイジングを行った後の炭素繊維及び東邦テナックス社製エポキシ樹脂(No.133)樹脂を使用し、炭素繊維目付け270g/m、樹脂含有率33%の一方向性プリプレグを作製し、[+45°/0°/−45°/90°]2sの擬似等方に積層した。積層した供試体(サンプル)を180℃、2時間で硬化させた後、中心部にφ6.35mmの孔を開け、30×280×4.3mmの供試体(サンプル)を作製した。
【0043】
供試体(サンプル)は各試験片の寸法測定後、試験機(島津製作所製オートグラフAG−100TB型)のクロスヘッド速度を2.0mm/minとし、供試体の破断まで荷重を負荷した。
【0044】
炭素繊維の樹脂含浸ストランド強度と弾性率は、JIS・R・7608に規定された方法により測定した。炭素繊維のサイジング剤の除去は、アセトンを用い3時間のソックスレー処理によって行い、そののち繊維を風乾した。密度は、アルキメデス法により測定し、試料繊維はアセトン中にて脱気処理し測定した。
【0045】
[実施例1]
アクリロニトリル95質量%/アクリル酸メチル4質量%/イタコン酸1質量%よりなる共重合体紡糸原液を、常法により湿式紡糸し、水洗・オイリング・乾燥後、トータル延伸倍率が14倍になるようにスチーム延伸を行い、0.65デニールの繊度を有するフィラメント数12,000の前駆体繊維を得た。
【0046】
得られた前駆体繊維を加熱空気中で延伸しながら、240〜250℃の温度範囲内で耐炎化処理を行い、次いで窒素雰囲気中、300〜2000℃の温度範囲内で第一、第二及び第三炭素化処理を行い、未電解処理炭素繊維を得た。
【0047】
前記未電解処理炭素繊維を、電解質溶液として6.3質量%の硝酸水溶液を用い、電解液温度35℃、電気量が250クーロン/gの条件で3槽使用して電解処理した。電解処理を施した炭素繊維に常法によるサイジング処理を行い、乾燥して密度1.77g/cm、0.31デニールの炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度(樹脂含浸ストランド強度)と弾性率、表面酸素濃度、比表面積値、D/Gと有孔引張強度の測定値は表1に示したとおりであった。
【0048】
[実施例2]
実施例1で得られた未電解処理炭素繊維を、7.0質量%の硝酸水溶液を用い、電解液温度40℃、電気量が250クーロン/gの条件で3槽使用して電解処理した。電解処理を施した炭素繊維に常法によるサイジング処理を行い、乾燥して密度1.77g/cm、0.31デニールの炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度と弾性率、表面酸素濃度、比表面積値、D/Gと有孔引張強度の測定値を表1に示した。
【0049】
[比較例1]
実施例1で得られた未電解処理炭素繊維を、6.3質量%の硝酸水溶液を用い、電気量が110クーロン/gの条件で4槽使用して電解処理した後、極性を変え10クーロン/gの条件で2槽使用して電解処理した。この後、常法によりサイジング処理を行い、乾燥して密度1.77g/cm、0.31デニールの炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度と弾性率、表面酸素濃度、比表面積値、D/Gと有孔引張強度の測定値を表1に示した。
【0050】
[比較例2]
実施例1で得られた未電解処理炭素繊維を、6.3質量%の硝酸水溶液を用い、総電気量が100クーロン/gの条件で12槽使用して電解処理し、常法によりサイジング処理を行い、乾燥して密度1.77g/cm、0.31デニールの炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度と弾性率、表面酸素濃度、比表面積値、D/Gと有孔引張強度の測定値を表1に示した。
【0051】
[比較例3]
実施例1で得られた未電解処理炭素繊維を、6.3質量%の硝酸水溶液を用い、総電気量が50クーロン/gの条件で6槽使用して電解処理し、常法によりサイジング処理を行い、乾燥して密度1.77g/cm、0.31デニールの炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度と弾性率、表面酸素濃度、比表面積値、D/Gと有孔引張強度の測定値を表1に示した。
【0052】
[比較例4]
実施例1で得られた未電解処理炭素繊維を、6.3質量%の硝酸水溶液を用い、総電気量が5クーロン/gの条件で4槽使用して電解処理し、常法によりサイジング処理を行い、乾燥して密度1.77g/cm、0.31デニールの炭素繊維を得た。得られた炭素繊維の強度と弾性率、表面酸素濃度、比表面積値、D/Gと有孔引張強度の測定値を表1に示した。
【0053】
【表1】




【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維の引張強度が6000MPa以上、弾性率が340GPa以上、表面酸素濃度が7〜17%の範囲にあり、且つ、該炭素繊維を用いた複合材料の有孔引張強度が600MPa以上の複合材料用炭素繊維。
【請求項2】
炭素繊維のクリプトン吸着によるBET法での比表面積値が、0.65〜2.5m/gの範囲にあり、且つ、ラマンスペクトルの1350cm−1付近に現れるDバンドと1580cm−1付近に現れるGバンドの強度比D/Gが、1.00〜1.25の範囲にある請求項1記載の複合材料用炭素繊維。
【請求項3】
炭素繊維の引張強度が6000MPa以上、弾性率が340GPa以上、表面酸素濃度が7〜17%の範囲にあり、且つ、該炭素繊維を用いた複合材料の有孔引張強度が600MPa以上の炭素繊維とマトリックス樹脂とからなる複合材料。
【請求項4】
炭素繊維のクリプトン吸着によるBET法での比表面積値が、0.65〜2.5m/gの範囲にあり、且つ、ラマンスペクトルの1350cm−1付近に現れるDバンドと1580cm−1付近に現れるGバンドの強度比D/Gが、1.00〜1.25の範囲にある請求項3記載の複合材料。




【公開番号】特開2010−47865(P2010−47865A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−212566(P2008−212566)
【出願日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【Fターム(参考)】