説明

複合材料部材の切断・穴あけ加工方法

【課題】高速加工が可能で、且つ、特別な装置を用いずに切断部周辺の熱影響幅を小さくするレーザ加工方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る複合材料部材2の切断・穴あけ加工方法は、許容する熱影響部7の幅を定義し、レーザ光3を照射した際に熱影響部の外周8における温度が所定値以下となるよう複合材料部材2の比熱及び密度を用いた熱伝導方程式に基づき、レーザ光3の加工速度及び前記レーザ光3の出力を設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合材料部材の切断・穴あけ加工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
航空機の翼などの構造部材には、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)などの複合材が使用される。この複合材の切断・穴あけ加工は、現状、アブレッシブウォータージェット(AWJ)や機械加工で実施されている。しかしながら、上記手法は、加工時の工具消耗が激しく、消耗品費用が高額となる。そのため、加工時に工具等が消耗しない加工方法として、レーザを用いた切断方法の開発が行われている。
特許文献1に、短パルスレーザを用いてMCrAlX層やセラミックス層に穴あけ加工する方法が開示されている。特許文献2に、予め被切断材を冷凍処理し、しかるのちにレーザを用いて高強度繊維を切断する方法が開示されている。特許文献3に、COレーザ及びエキシマレーザの組み合わせにより、プラスチック部材あるいはFRP部材を切断又は穴あけ加工する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2009−523616号公報(請求項1、要約)
【特許文献2】特開平6−158528号公報(請求項1)
【特許文献3】特許第2831215号公報(請求項1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
複合材の切断や穴あけ加工にレーザを使用すると、レーザ切断時の熱により、切断部周辺が溶融するため、加工精度の悪化や複合材層間剥離などの問題が発生する。例えば、複合材層間剥離が発生した場合、品質を保持するため、熱影響部を除去するなどの追加工程が必要となる。従って、熱影響部をできるだけ小さくすることが求められている。
切断部周辺に熱影響を与えないレーザを用いた加工方法として、近年、短パルスレーザ(fs(フェムト秒)、ps(ピコ秒))を用いた非加熱加工が提案されている。しかしながら、短パルスレーザは出力が低いため、厚物加工時には加工時間が長くなるという問題がある。特許文献1では、表面のみ短パルスレーザにより精密加工することで、加工時間を短縮させているが、全厚における加工精度が考慮されていない。特許文献2では、被切断材を冷凍処理することで熱影響部を極小化しているが、冷凍処理室などの装置が別途必要となる。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、高速加工が可能で、且つ、特別な装置を用いずに切断部周辺の熱影響幅を小さくするレーザ加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明は、許容する熱影響部の幅を定義し、レーザ光を照射した際に、前記熱影響部の外周における温度が所定値以下となるよう複合材料部材の比熱及び密度を用いた熱伝導方程式に基づき、前記レーザ光の加工速度及び前記レーザ光の出力を設定する複合材料部材の切断・穴あけ加工方法を提供する。
【0007】
本発明によれば、熱伝導方程式に基づいてレーザ光の加工速度及び出力を設定することによって、レーザ光照射による複合材料部材への入熱量を制御することができる。それによって、加工部周辺への熱影響がほとんどない、高精度な加工が可能となる。レーザ光の加工速度や出力は、組み合わせ次第で高速にすることも、高出力とすることもできる。
【0008】
本発明の一態様において、前記複合材料部材の表面に基準点を教示し、前記レーザ光の外縁が前記基準点を含む複合材料部材表面の接線に対して垂直または鋭角に入射するよう、光屈折部材を介してレーザ光を照射することが好ましい。
【0009】
一般的なレーザ光照射装置では、コリメーションレンズにてレーザ光を集光させて、対象の加工部材にレーザ光を照射する。しかしながら、集光されたレーザ光の先端は円錐形状となっており、加工面に傾斜がついてしまう。そのため、加工面を垂直にする仕上げ加工が必要となる。上記一態様によれば、集光されたレーザ光の外縁の入射角度を制御することによって、傾斜をつけずに加工することができるため、仕上げ加工の工程を省略することが可能となる。
【0010】
本発明の一態様において、前記レーザ光とは波長の異なる別のレーザ光を加工点に照射して加工点距離を測定し、前記加工点距離をヘッド部の動作を制御する装置にフィードバックして、前記加工点距離が一定に保持されるよう前記ヘッド部を動作させることが好ましい。
【0011】
レーザ光照射装置では、加工点距離と焦点距離とを等しくすることで、加工速度を最速とすることができる。「加工点距離」とは、ヘッド部(電子銃の下又はレーザ光照射室の天井)から複合材料部材の加工点までの距離である。従来法では、加工点距離と焦点距離とが等しくなるように加工速度を決定している。上記一態様によれば、切断・穴あけ用のレーザ光とは別の波長を有するレーザ光を用いて加工点距離を測定するため、最適な加工点距離を確保しながら、所望の加工速度で切断・穴あけ加工をすることができる。
【0012】
本発明の一態様において、前記レーザ光及び前記別のレーザ光を、出力のタイミングをずらして照射することが好ましい。
そのようにすることで、切断・穴あけ用のレーザ光と、加工点距離測定用のレーザ光との干渉を回避することができる。
【0013】
本発明の一態様において、単回照射で前記複合材料部材を切断・穴あけ加工できるレーザ光の加工速度及びレーザ光の出力の条件で、熱影響部が最終加工面に到達しない位置にある前記複合材料部材を粗加工する工程を備えていても良い。
加工面積が大きい場合などは、熱影響を考慮する必要のない部分を粗加工することにより、加工時間を短縮することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、複合材料部材の熱特性を考慮してレーザ加工の条件を設定することで、レーザ光を用いた場合であっても、熱影響が少なく、且つ、高速で複合材料部材を切断・穴あけ加工することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本実施形態に係る切断・穴あけ加工方法による穴あけ加工のイメージ図である。
【図2】レーザ光を複合材料部材に照射したときの模式図である。
【図3】式(A)から導き出したレーザ光の出力と加工速度との関係の一例を示すグラフである。
【図4】複数回照射を繰り返して穴あけ加工される複合材料部材を説明する図である。
【図5】光屈折部材を用いた一例を説明する図である。
【図6】光屈折部材を用いた一例を説明する図である。
【図7】加工点距離の測定方法を説明する図である。
【図8】粗加工を施す場合のイメージ図である。
【図9】粗加工を施す場合のイメージ図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明に係る複合材料部材を切断・穴あけ加工方法の一実施形態について、図面を参照して説明する。
本実施形態で加工される複合材料部材は、プリプレグなどの複合材料が複数積層された層を備える。複合材料は、繊維で強化された樹脂からなる。繊維としては、ガラス繊維や炭素繊維並びに有機繊維などを用いることができる。樹脂としては、エポキシ樹脂やフェノール樹脂などの熱硬化性樹脂並びにポリアミドやポリスチレンなどの熱可塑性樹脂を用いることができる。複合材料部材は、チタンなどの金属材料の上に複合材料からなる層が形成された部材であっても良い。
【0017】
本実施形態では、YAGレーザやファイバーレーザなど市販のレーザ照射装置を用い、て、パルス発振方式または連続発振方式にてレーザを照射する。図1に、本実施形態に係る切断・穴あけ加工方法による穴あけ加工のイメージ図を示す。切断・穴あけ加工中、レーザ照射装置のヘッド部1は複合材料部材2面に対して水平方向には固定され、垂直方向(上下方向)にのみ移動する。レーザ光3の走査は、スキャニングで実施される。切断・穴あけ加工する際には、複合材料部材2の表面に基準点4を教示する。
【0018】
本実施形態に係る複合材料部材の切断・穴あけ加工方法では、許容する熱影響部の幅を定義し、レーザ光を照射した際に、熱影響部の外周における温度が所定値以下となるよう複合材料部材の比熱及び密度に基づいて熱伝導方程式を解き、レーザ光の加工速度及びレーザ光の出力を設定する。
【0019】
図2に、レーザ光3を複合材料部材2に照射したときの模式図を示す。熱影響幅5はレーザ光被照射面6(加工面)からの距離で表す。熱影響部7は、できるだけ小さいことが好ましく、その上限は複合材料部材2の適用によって異なるため、適宜所望の熱影響幅5に定義する。
本実施形態では、複合材料部材2を航空機の翼の外板に適用することを想定し、十分な加工精度が得られるよう、レーザ光被照射面6からの距離(熱影響幅5)が0.3mm以内である領域を熱影響部7とする。
【0020】
熱影響部7は、レーザ光3を複合材料部材2に照射した際、レーザ光被照射面6からの入熱によって複合材料部材2の温度が上昇することで発生する。
熱影響部の外周8における温度の所定値は、複合材料部材2に含まれる繊維や樹脂の種類、または繊維と樹脂との組成比などによって適宜設定する。
例えば、熱影響部7における温度の所定値は、樹脂の劣化温度を基準としても良い。例えば、複合材料部材2に用いられるエポキシ系樹脂は、最高使用温度(今回は120℃で指定)を超えて再入熱されると劣化する。ここでいう「劣化」とは、樹脂が変質し、硬化後の性能を失う状態を意味する。樹脂が劣化される温度は、樹脂の種類などによって異なる。
熱影響部7の温度上昇は、低いほど複合材料部材2に含まれる樹脂の劣化を抑制することができる。本実施形態では、熱影響部7における温度の所定値は、レーザ光照射による入熱がほとんどない条件、すなわち、室温付近を基準とした30℃に設定する。
【0021】
複合材料部材2の熱特性(比熱、密度等)は、複合材料部材2に含まれる繊維と樹脂の組成による。そのため、切断・穴あけ加工する複合材料部材2の熱特性を用いて熱伝導方程式(A)を解く。初期温度は、室温とする。
θ−θ=1/πe×Q/cρ×1/r (瞬間線熱源) ・・・(A)
θ=対象物の温度(℃)
θ=対象物の初期温度(℃)
e=2.71828
Q=単位長さ当たりの入熱(cal/cm)
C=比熱(cal/g℃)
ρ=密度(g/cm
r=溶接部から距離(cm)
【0022】
熱伝導方程式(A)の結果から、レーザ光を照射した際に、加工面6から0.3mm離れた位置の温度が30℃以下となるレーザ光の入熱を求めた後に、実加工の実験データから、その入熱を下回る最低加工速度を導き出している。
【0023】
具体例として、炭素繊維にエポキシ系樹脂を含浸させた複合材料部材を用いた場合のレーザ光の加工速度及びレーザ光の出力について説明する。炭素繊維/樹脂の組成比(体積)は、実施例1を50/50、実施例2を65/35(実施例2)とした。樹脂が燃焼する温度は、エポキシ系樹脂の熱分解温度で約400℃とした。
図3に、式(A)から導き出したレーザ光の出力と加工速度との関係の一例を示す。同図において、横軸が出力、縦軸が加工速度である。図3によれば、実施例1及び実施例2の線より上側の領域に含まれるレーザ光の加工速度及びレーザ光の出力の組合せであれば、レーザ光被照射面から0.3mm離れた位置の温度を30℃以下とすることができる。実施例2は実施例1よりも炭素繊維の含有率が高いため、複合材料部材を切断するのにより多くのエネルギーが必要となる。
【0024】
上記レーザ光の加工速度及びレーザ光の出力の組合せで、複合材料部材2の切断・穴あけ加工を行うと、1回のレーザ光照射による切断深さは数十μm程度となる。そのため、厚さのある複合材料部材2に関しては、図4に示すように、複数回照射を繰り返し実施する。
レーザ光3による入熱を考慮しない従来法では、例えば、加工速度300mm/min、出力1kWでレーザ光を単回照射することによって切断・穴あけ加工を行っており、熱影響部7は0.9mm程度の距離まで達していた。本実施形態によれば、加工速度を高速とすることができるため、複数回繰り返し照射を実施したとしても、総加工時間を所望の時間内とすることが可能である。加工時間を考慮すると、出力が5kW以上、加工速度が10m/min以上の組み合わせでレーザ光3を照射すると良い。
【0025】
本実施形態では、図5に示すように、コリメーションレンズ9の前後いずれかに光屈折部材10を配置して、光屈折部材10を介することでレーザ光の外縁11が、複合材料部材2の表面に設けられた基準点4を通過する接線に対してθが90°以下で入射するよう制御しても良い。穴あけ加工の場合、光屈折部材は、線対称構造の光屈折板とすることが好ましい。
レーザ光の外縁11とは、集光されたレーザ光3が加工面6に接する縁を意味する。複合材料部材2の表面が平面である場合、基準点4を通過する接線は上記平面に含まれる。このようにすることで、図6に示すように、加工面5を垂直に加工した複合材料部材20とすることが可能となる。
【0026】
本実施形態では、加工点距離(ワークディスタンス)を測定し、ヘッド部の動作を制御する装置13にフィードバックして、加工点距離が一定に保持されるようヘッド部を動作させても良い。図7に、加工点距離の測定方法を説明する図を示す。
レーザ光3の焦点距離Lfは、レーザ照射装置のヘッド部1に内蔵されるレンズに依存する。加工点距離Lwは、切断・穴あけ加工に使用するレーザ光3の波長とは異なる波長の加工点距離測定用レーザ光11を用いて測定する。ヘッド部1は、加工点距離Lwと焦点距離Lfとが実質的に等しくなるよう、上下動する。
【0027】
切断・穴あけ加工用のレーザ光3と加工点距離測定用レーザ光12とは、出力のタイミングをずらして照射すると良い。それによって、互いに干渉することを防止できる。
上記のようにすることで、常に最適なワークディスタンスを確保できるため、加工速度を高速に保つことができる。
【0028】
本実施形態において、レーザ照射装置による切断・穴あけ加工の範囲が広い場合、熱影響を受けても良い部分を粗加工する工程を備えていても良い。図8及び図9に、粗加工を施す場合のイメージ図を示す。同図に本実施形態に係る切断・穴あけ加工方法で加工した精密加工領域14と、粗加工した粗加工領域15を示す。図8は穴あけ加工、図9は切断加工を実施した場合である。
粗加工は、単回照射で複合材料部材を切断・穴あけ加工できるレーザ光16の加工速度及び出力の条件(従来法の出力レベル及び加工速度)で実施する。熱影響を受けても良い部分とは、粗加工によって発生する熱影響部が最終加工面に到達しない程度に最終加工面から離れた位置にある複合材料部材2を意味する。そうすることによって、切断された複合材料部材を加工部から除去しやすくなる。また、熱影響を考慮した切断領域を小さくすることができ、加工時間を短縮することが可能となる。
【0029】
本実施形態において、複合材料からなる層が金属などの異なる材料の上に形成されている場合、金属材料面を検知して加工条件を見直す機構が備えられていても良い。金属材料面は、レーザ光の波長や反射光強度によって検知することができる。
【符号の説明】
【0030】
1 ヘッド部
2 複合材料部材
3 レーザ光
4 基準点
5 熱影響幅
6 レーザ光被照射面(加工面)
7 熱影響部
8 熱影響部の外周
9 コリメーションレンズ
10 光屈折部材
11 レーザ光の外縁
12 加工点距離測定用レーザ光
13 ヘッド部の動作を制御する装置
14 精密加工領域
15 粗加工領域
16 粗加工用レーザ光
20 垂直に加工した複合材料部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
許容する熱影響部の幅を定義し、レーザ光を照射した際に前記熱影響部の外周における温度が所定値以下となるよう複合材料部材の比熱及び密度を用いた熱伝導方程式に基づいて、前記レーザ光の加工速度及び前記レーザ光の出力を設定する複合材料部材の切断・穴あけ加工方法。
【請求項2】
前記複合材料部材の表面に基準点を教示し、前記レーザ光の外縁が前記基準点を含む複合材料部材表面の接線に対して垂直または鋭角に入射するよう、光屈折部材を介してレーザ光を照射する請求項1に記載の複合材料部材の切断・穴あけ加工方法。
【請求項3】
前記レーザ光とは波長の異なる別のレーザ光を加工点に照射して加工点距離を測定し、前記加工点距離を、ヘッド部の動作を制御する装置にフィードバックして、前記加工点距離が一定に保持されるよう前記ヘッド部を動作させる請求項1または請求項2に記載の複合材料部材の切断・穴あけ加工方法。
【請求項4】
前記レーザ光及び前記別のレーザ光を、出力のタイミングをずらして照射する請求項3に記載の複合材料部材の切断・穴あけ加工方法。
【請求項5】
単回照射で前記複合材料部材を切断・穴あけ加工できるレーザ光の加工速度及びレーザ光の出力の条件で、熱影響部が最終加工面に到達しない位置にある前記複合材料部材を粗加工する請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の複合材料部材の切断・穴あけ加工方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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