説明

複合水素透過膜

【課題】水素透過速度がPd膜に匹敵する、複合水素透過膜を提供する。
【解決手段】複合水素透過膜1は、水素透過性を有する金属合金基板2と、金属合金基板2を被覆する酸化物ガラス層3,5と、酸化物ガラス層3,5を被覆する触媒層4,6と、を備えている。金属合金基板2はNi−Nb−Zr合金からなり、酸化物ガラス層3,5はプロトン及び電子の混合導電性を有する酸化タングステン含有リン酸塩ガラスからなり、触媒層4,6はNi、Pd等の遷移金属からなる。複合水素透過膜1は、高い機械的強度を有し、長時間安定に動作する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合水素透過膜に関する。
【背景技術】
【0002】
石炭や石油などの炭素由来の燃料による発電は、有限な資源を用いるだけでなく環境への負荷が大きい。このため、炭素由来の燃料によらない発電として、風力、太陽電池又は燃料電池等による代替発電の実用化が進んでいる。燃料電池は水の電気分解とは逆の反応、即ち、水素と酸素とが反応して水が生成されて発電することから二酸化炭素の排出が全くない。燃料電池の原料の内、酸素は空気から得られ、水素は種々の方法で得られる。燃料電池の原料として、水素を分離したり純化したりすることは、水素エネルギー社会実現のための重要な技術である。
【0003】
水素ガスに含まれている水蒸気やその他の不純物ガスを除去するための水素透過膜としては、パラジウム(Pd)をベースとした合金薄膜が従来から公知である。Pd基合金薄膜からなる水素透過膜は、水素ガスの供給側と透過側とでの水素分圧差で機械的に破損しないような膜厚を有している。通常、機械的な強度を考慮し、厚さが数百μmのパラジウム(Pd)をベースとしたPd基合金が、水素ガスの純化に使用されている。Pd等の材料は希少金属であるので、Pd基合金薄膜からなる水素透過膜は高価である。
【0004】
最近、水素透過のための高価なPd基合金膜に対して、コストや水素に対する溶解性及び拡散性に優れる遷移金属元素を主成分とした金属合金によるPd基合金膜の代替が期待されている(非特許文献1〜3参照)。例えば、Ni−Nb−Zr合金の573〜673Kにおける水素透過速度は10−8mol・m−1・s−1・Pa−1/2であり、Pd−Ag合金からなる水素透過膜の水素透過速度に匹敵する。
【0005】
しかしながら、現在、Pd基合金膜を代替し得ると考えられている代替膜は、全て、水素の解離と酸化防止のためにPd表面触媒層で被覆する必要がある。Ni−Nb−Zr合金も例外ではない。
【0006】
一方、酸化タングステンを含有するリン酸塩ガラスは、ガラス転移温度(Tg)以下で水素を溶解し(W6++1/2H→W6++H)、プロトン及び電子の混合伝導性を示すことから耐酸化性に優れた水素分離膜への応用が期待されているが、その水素透過能は金属と比較すると数桁低く薄膜化が必要である。
【0007】
また、プロトン・電子混合伝導性材料は、水素透過に対して有望な材料である(非特許文献4〜9参照)。ガラス中で、W6+イオンが酸化還元反応によってW5+とHの対に分解する。W5+に捕獲された電子と電荷が補填されるHがW6+とW5+との間のホッピングを介してガラス中に拡散する(非特許文献10〜12参照)。
【0008】
水素還元されたガラスは、573〜773Kにおいて、顕著なプロトン伝導性と電子伝導性を示す(非特許文献13参照)。最近、本発明者らは、パルスレーザ堆積(Pulsed Laser Deposition)法で堆積した酸化タングステン含有リン酸塩ガラスの水素透過について報告した。773Kにおける水素透過速度は、2.0×10−6mol・cm−2・s−1であった。供給側と透過側の水素分圧差(P)が0.2MPaであり、ガラス層の厚さは100nmである。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】S. Yamaura et al., Mater. Trans., 2003, 44, 885
【非特許文献2】S. Yamaura et al., Mater. Trans., 2004, 45, 330
【非特許文献3】S. Yamaura et al., Acta. Materia., 2005, 53, 3703
【非特許文献4】J. Guan et al., Solid State Ionics, 1998, 110, 303
【非特許文献5】X. Xi et al., Solid State Ionics, 2000, 130, 149
【非特許文献6】T. Norby et al., Solid State Ionics, 2000, 136-137, 139
【非特許文献7】H. Matsumoto et al., J. Electchem. Soc., 2005, 152, A488
【非特許文献8】C. Zuo et al., J. Power Sources, 2006, 159, 1291
【非特許文献9】G. Q. Lu et al., J. Colloid Interf. Soc., 2007, 314, 589
【非特許文献10】H. Tawarayama et al., Chem. Mater., 2006, 18, 2810
【非特許文献11】H. Tawarayama et al., J. Power Sources, 2006, 161, 129
【非特許文献12】H. Tawarayama et al., Chem. Mater., 2007, 19, 4385
【非特許文献13】H. Tawarayama et al., in Ceramics Transactions, 2007, 198, 63-68
【非特許文献14】Y. Yamanishi et al., Jap. Inst. Metals, 1983, 24, 49
【非特許文献15】K. Yamakawa et al., J. Alloys Compd., 2005, 393, 5
【非特許文献16】R. C. Humbelt et al., J. Chem. Phys., 1961, 34, 655
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
Pd基合金水素透過膜に替わる、遷移金属元素を主成分として水素透過性を有する金属合金膜は、水素の解離と酸化防止のためにPd表面触媒層を被覆することが必要であり、高価なPdを使用する必要があった。さらに、水素透過を行う高い温度では、Pd触媒層が金属合金膜と反応して内部へ拡散するため、水素透過性能が劣化することが問題となっていた。
【0011】
本発明の目的は、上記課題に鑑み、水素透過速度がPd基水素透過膜に匹敵する複合水素透過膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明の第1の複合水素透過膜は、水素透過性を有する金属合金基板と、金属合金基板を被覆する酸化物ガラス(酸化タングステン含有リン酸塩ガラス)層と、酸化物ガラス層を被覆する触媒層と、を備えたことを特徴とする。
【0013】
上記目的を達成するため、本発明の第2の複合水素透過膜は、水素透過性を有する金属合金基板と、金属合金基板の表面上に配設される第1の酸化物ガラス層と、第1の酸化物ガラス層上に配設される第1の触媒層と、金属合金基板の裏面上に配設される第2の酸化物ガラス層と、第2の酸化物ガラス層上に配設される第2の触媒層と、を備えたことを特徴とする。
【0014】
上記構成によれば、金属合金基板と触媒層との間に酸化物ガラス層が挿入されているので、金属合金基板と触媒層との反応が阻止される。このため、従来のPd触媒で被覆された金属合金基板による水素透過膜で生じたPd触媒と金属合金基板との反応が生じなくなる。
【0015】
さらに、上記構成の複合水素透過膜においては、水素透過膜として機械的な強度が高い金属合金基板を使用することができ、触媒層としてNi,Pd等、酸化物ガラス層として酸化タングステン含有リン酸塩ガラスを使用することができるので、従来のPd基合金水素透過膜よりも安価に製造することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、機械的強度が高く、長時間にわたって安定に動作し、かつ安価な複合水素透過膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る複合水素透過膜の構成を模式的に示す断面図である。
【図2】本発明の第2の実施形態に係る複合水素透過膜の構成を模式的に示す断面図である。
【図3】本発明の第3の実施形態に係る複合水素透過膜の構成を模式的に示し、(A)は平面図、(B)は(A)のI−I’線に沿う断面図である。
【図4】本発明の第4の実施形態に係る複合水素透過膜の構成を模式的に示す断面図である。
【図5】本発明の第5の実施形態に係る複合水素透過膜の構成を模式的に示す断面図である。
【図6】本発明の第1乃至第5の実施形態に係る複合水素透過膜を用いた水素純化装置を模式的に示す図である。
【図7】図1に示す複合水素透過膜の製造工程を示す模式的な断面図である。
【図8】実施例1で用いた酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層のX線光電子分光法(XPS)で得たスペクトルを示す図である。
【図9】複合水素透過膜において、絶対温度の逆数(T−1)に対する水素透過速度を示す図である。
【図10】実施例1の複合水素透過膜における水素圧力差(P)に対する水素透過速度を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態に係る複合水素透過膜及び水素純化装置について、図面を参照しながら詳細に説明する。
(第1の実施形態)
図1は、本発明の第1の実施形態である複合水素透過膜の構成を模式的に示す断面図である。複合水素透過膜1は、水素を透過する遷移金属元素を主成分とする金属合金からなる基板2(以下、金属合金基板とも呼ぶ。)と、この基板2の表面上に配設される第1の酸化物ガラス層3(以下、酸化物ガラス層とも呼ぶ。)と、第1の酸化物ガラス層3上に配設される第1の触媒層4と、基板2の裏面上に配設される第2の酸化物ガラス層5と、第2の酸化物ガラス層5上に配設される第2の触媒層6と、を備えている。つまり、金属合金基板2の表面側の第1の触媒層4は、第1の酸化物ガラス層3を介して配設され、同様に、金属合金基板2の裏面側の第2の触媒層6は、第2の酸化物ガラス層5を介して配設されている。
【0019】
金属合金基板2は、水素を透過しかつ水素透過速度の大きい金属合金であればどのような種類でも構わない。金属合金基板2は、例えばNi−Nb−Zr合金からなる。金属合金基板2は、複合水素透過膜1において水素ガスの供給側と透過側との水素分圧差(Pと表記する。)で機械的に破損しないような厚さを有していればよく、またその厚さよりも薄い厚さを有する場合は水素圧力で破損しないように、複合水素透過膜1の下流側に支持板を設ければ良い。金属合金基板2の厚さはPの値にもよるが、Pが0.3MPa程度であれば、金属合金基板2の厚さを20μmから50μm程度とすることができ、例えば30μmであってよい。
【0020】
第1の酸化物ガラス層3及び第2の酸化物ガラス層5は、プロトンと電子との混合導電性を有し、水素透過速度の大きい酸化物ガラスからなる。第1の酸化物ガラス層3と第2の酸化物ガラス層5とは、同一材料で構成しても、異なった材料で構成してもよい。酸化物ガラス層3,5の材料としては、酸化タングステン含有リン酸塩ガラスを用いることができる。第1及び第2の酸化物ガラス層3,5は、金属合金基板2と第1及び第2の触媒層4,6との間に挿入されている。第1及び第2の酸化物ガラス層3,5は、金属合金基板2と第1及び第2の触媒層4,6との反応を防止することができ、さらに、複合水素透過膜1を高温で使用しても金属合金基板2の酸化を防ぐことができる。第1及び第2の酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5は、10nmから100nmの範囲の厚みとすることができる。以下の説明では、第1及び第2の酸化物ガラス層3,5の材料は酸化タングステン含有リン酸塩ガラスで構成されているものとして説明する。
【0021】
第1の触媒層4及び第2の触媒層6は水素解離のための触媒として作用する。第1の触媒層4及び第2の触媒層6は、Ni、Pdなどの遷移金属で形成することができる。第1の触媒層4と第2の触媒層6とは同じ材料で構成してもよい。第1及び第2の触媒層4,6は、水素透過速度が大きい方がよい。第1及び第2の触媒層4,6は、触媒として作用すればよいので、必要最小限の膜厚があればよい。第1及び第2の触媒層4,6がNiからなる場合には、その厚さは10〜30nmであり、例えば20nmである。以下の説明では、第1及び第2の触媒層の材料がNiであるとして説明する。
【0022】
(第2の実施形態)
図2は、第2の実施形態に係る複合水素透過膜10の構成を模式的に示す断面図である。図2に示すように、複合水素透過膜10は、水素透過性を有する金属合金基板2と、金属合金基板2を被覆する酸化物ガラス層11と、酸化物ガラス層11を被覆する触媒層13と、から構成されている。図2に示す複合水素透過膜10は、図1に示す複合水素透過膜1と比べて、金属合金基板2の両側面2Aも酸化物ガラス層11と触媒層13とで被覆された構造を有している点で異なる。図示の場合、容器16が1次側容器17と2次側容器18とで流路を形成するように接続されており、1次側容器17と2次側容器18との間に複合水素透過膜10が挿入されている。ここで、金属合金基板2、酸化物ガラス層11及び触媒層13の各厚さは複合水素透過膜1と同様な厚さに設定すればよい。
【0023】
複合水素透過膜10を収容する容器16において、原料水素ガス12は1次側容器17側から供給され、複合水素透過膜10を透過した精製水素ガス23が2次側容器18から取り出される。複合水素透過膜10では、金属合金基板2が酸化物ガラス層11及び触媒層13で被覆されているので、金属合金基板2の側面側に漏れてくる水素12Aに金属合金基板2が曝されない。
【0024】
(第3の実施形態)
図3は、第3の実施形態に係る複合水素透過膜10Aの構成を示す模式的な図であり、(A)は平面図、(B)は(A)のI−I’線に沿う断面図である。図3に示すように、複合水素透過膜10Aは、図2に示した複合水素透過膜10に対して、さらに、触媒層13の表面13Bの外周側に密着層14を配設した構造を有している。密着層14は、複合水素透過膜の使用温度に耐える金属を使用することができ、例えば銅を用いることができる。密着層14は、数μm〜10μmオーダーの厚さとすればよい。酸化物ガラス層11は10nmから100nmの範囲の厚みであり、触媒層13は10〜30nm程度の厚さであり、非常に薄い。数μm〜10μmオーダーの密着層14を設けることによって、密着層14は、複合水素透過膜10Aと図2に示す1次容器17又は2次側容器18との接触するときの緩衝層として作用する。密着層14は、図3に示すように、環状に形成されていれば、密着層14の中空部分を原料水素ガスが流入したり、精製水素ガスが流出したりする。複合水素透過膜10Aが1次容器17と2次側容器18と接触して配設される場合(図2参照)には、密着層14は、さらに、触媒層13の裏面側に設けてもよい。このような密着層14は、図1に示す複合水素透過膜1の第1及び第2の触媒層4,6上に設けてもよい。
【0025】
(第4の実施形態)
図4は、第4の実施形態に係る複合水素透過膜15の構成を模式的に示す断面図である。図4に示す複合水素透過膜15は、図2に示す複合水素透過膜と比べて、金属合金基板2の両側面2A,2Aがテーパー形状を有している点で異なる。即ち、複合水素透過膜15では、金属合金基板2の側面2Aが金属合金基板2の上面2B及び下面2Cに対して傾斜している。他の構成は、図2に示す複合水素透過膜10と同様であるので説明は省略する。複合水素透過膜15によれば、金属合金基板2の側面2Aをテーパー形状としているので、この側面2Aへの酸化物ガラス層11及び触媒層13の被覆が容易となる。
【0026】
(第5の実施形態)
図5は、第5の実施形態に係る複合水素透過膜15Aの構成を模式的に示す断面図である。図5に示す複合水素透過膜15Aは、図4に示す複合水素透過膜15において、触媒層13の表面13Bに密着層14を設けている点で、第4の実施形態とは異なる。また、触媒層13の裏面13Cに密着層を配設してもよいし、触媒層13の表面13B,裏面13Cの双方に密着層を配設してもよい。密着層14は、触媒層13の表裏面13B,13Cの少なくとも一方の外周に環状に設けられる点で、第3の実施形態と同様の機能を有する。
【0027】
(複合水素透過膜を用いた水素純化装置の実施形態)
次に、本発明の第1乃至第5の実施形態に係る複合水素透過膜1,10,10A,15,15Aを用いた水素純化装置について説明する。
図6は、本発明の実施形態に係る複合水素透過膜1,10,10A,15,15Aを用いた水素純化装置20を模式的に示す図である。水素純化装置20は、図6に示すように、原料水素ガス21が供給される1次側容器22と、1次側容器22内に配設される複合水素透過膜1と、複合水素透過膜1を透過した精製水素ガス23が取り出される2次側容器24と、複合水素透過膜1を加熱するヒーター25と、1次側容器22及び2次側容器24に接続される配管部26と、配管部26内を真空引きする真空排気ポンプ27と、を有する。
【0028】
図示する例では、1次側容器22と2次側容器24とには、例えば雄雌のナットの締結により結合する継手が取り付けられており、1次側容器22と2次側容器24とにそれぞれ継手が取り付けられ、継手が複合水素透過膜1とガスケット28とを挟持して1次側容器22と2次側容器24とが気密状態を維持するよう接続されている。
【0029】
配管部26は、1次側容器22へガスを導入し、2次側容器24から精製水素ガスを導出して取り出すためのものであり、配管部26は、第1の切り替え弁31、閉止弁32、第2の切り替え弁36、水素ガス流量計33などの各種の部品が取り付けられて構成されている。具体的には、第1の配管34aが1次側容器22と第2の切り替え弁36とを接続し、第2の配管34bが2次側容器24と第2の切り替え弁36とを接続し、第1の配管34aと第2の配管34bとがループ状を形成している。第1の配管34aには第1の切り替え弁31が分岐により接続されており、第1の切り替え弁31により1次側容器22へ原料水素ガス21とHeガスなどの不活性ガス30との何れか一方を導入する。
【0030】
第1の配管34aには真空ポンプ用配管35が分岐して接続され、真空ポンプ用配管35には真空排気ポンプ27が接続されている。真空ポンプ用配管35の中途には閉止弁32が取り付けられ、閉止弁32を開の状態にすることで、第1の配管34aを真空排気ポンプ27により真空引きできる。
一方、第2の配管34bと第1の配管34aとが接続される第2の切り替え弁36には、精製水素ガスを排出するための第3の配管34cが接続されており、第2の切り替え弁36を切り替えることで、第2の配管34bから精製水素ガス23を第3の配管34cを経由して排出する。第3の配管34cには水素ガス流量計33が取り付けられているので、精製水素ガス23の流量を測定することができる。
【0031】
複合水素透過膜1は、その外周に配備されたヒーター25で加熱されて高温状態となる。このような状態下で、第1の切り替え弁31を切り替え、一次側容器22に原料水素ガス21を第1の配管34aにより導入して、複合水素透過膜1へ原料水素ガス21を供給する。すると、水素だけが複合水素透過膜1中を透過し、精製水素ガス23が2次側容器24へ取り出される。つまり、原料水素ガス22中に含有されている水及び水素以外のガスは、複合水素透過膜1を透過することができないので、純化された水素ガス、つまり、精製水素ガス23だけが2次側容器24へ取り出される。
【0032】
複合水素透過膜1内では、原料水素ガス21は第1の触媒層4で分解され、プロトン(H)及び電子となる。このプロトン及び電子が、第1の触媒層4、第1の酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3、金属合金基板2、第2の酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層5及び第2の触媒層6の順に透過し、第2の触媒層6の表面から精製水素ガス(H)23が2次側容器24へ取り出される。
【0033】
複合水素透過膜1を透過する精製水素ガス23の流量は、電気的な等価回路によって計算することができる(非特許文献16参照)。水素流量に対する抵抗Rは、下記(1)式で与えられる。
R=Σ(di/Ki) (1)
ここで、diは各層の厚さであり、Kiは各層の水素透過率である。
【0034】
上式を用いることで、水素流量は、酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5の厚さ及び水素透過率による抵抗で概算することができる。これは、金属合金基板2とNi層4,6の抵抗が、酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5の抵抗に比べて1桁以上小さいからである。従って、酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5は厚くしないで、金属合金基板2とNi層4,6との反応を防止できる必要最低限の厚さとすることが望ましい。
【0035】
複合水素透過膜1は、例えば、金属合金基板2にNi−Nb−Zrアモルファス合金膜を使用した場合、673Kにおける水素透過速度が、約2×10−6mol・cm−2・s−1程度であり、同一条件におけるPd膜と同等の水素透過速度を得ることができる。さらに、複合水素透過膜1を構成する金属合金基板2、第1及び第2の酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5を構成する材料は何れもPdに比べて安価であるので、複合水素透過膜1を安価に製造することができる。
【0036】
(水素透過膜の製造について)
図7は、図1に示す複合水素透過膜1の製造工程を示す模式的な断面図である。
最初に、図7(A)に示すように、水素を透過する金属合金基板2を用意する。金属合金基板2は、圧延、切断、単ロールメルトスピン法等を用いて作製することができる。金属合金基板2は、必要な形状及び大きさに加工する。必要に応じて金属合金基板2の表面及び裏面を研磨等してもよい。
【0037】
次に、図7(B)に示すように、金属合金基板2の表面上に第1の酸化物ガラス層3を形成し、金属合金基板2の裏面上に配設される第2の酸化物ガラス層5を形成する。第1及び第2の酸化物ガラス層3,5は、化学堆積法や物理堆積法等の薄膜形成方法によって形成することができる。物理堆積法等としては、スパッタ法やパルスレーザをターゲットに照射して堆積を行うPLD法等を使用することができる。堆積方法にもよるが、第1及び第2の酸化物ガラス層3,5は同時に形成してもよい。
【0038】
最後に、図7(C)に示すように、第1の酸化物ガラス層3に第1の触媒層4を形成し、第2の酸化物ガラス層5に第2の触媒層6を形成する。第1及び第2の触媒層4,6は、化学堆積法や物理堆積法等の薄膜形成方法によって形成することができる。具体的には、真空蒸着法、スパッタリング法、めっき法等を用いることができる。堆積方法にもよるが、第1及び第2の触媒層4,6は同時に形成してもよい。
【0039】
複合水素透過膜10,10A,15,15Aの製造法においては、金属合金基板2の側面に酸化物ガラス層11及び触媒層13を形成する必要がある。金属合金基板2の表面側に酸化物ガラス層11や触媒層13の形成に物理堆積法等を使用する場合には、金属合金基板2の表面側に酸化物ガラス層11や触媒層13を形成する際に、金属合金基板2を傾けて、必要に応じて回転させることによって、金属合金基板2の側面2Aを酸化物ガラス層11や触媒層13で被覆することができる。
【0040】
上記製造方法によれば、水素を透過する金属合金基板2の表面に第1の酸化物ガラス層3を形成し、金属合金基板2の裏面に第2の酸化物ガラス層5を形成し、その後、第1の酸化物ガラス層3の表面に第1の触媒層4を形成し、第2の酸化物ガラス層5の表面に第2の触媒層6を形成する。よって、5層積層構造の複合水素透過膜1を容易に製作することができる。
【実施例1】
【0041】
以下、実施例により本発明の実施形態をさらに詳細に説明する。
図1に示す5層構造の複合水素透過膜1を製作した。
最初に、アルゴン(Ar)雰囲気中の単ロールスピン法によって、Ni−Nb−Zrアモルファス合金帯を作製し、金属合金基板2を得た。Ni−Nb−Zr合金の組成は、(Nb0.6Ni0.445Zr50Coであり、結晶化温度は約730Kであった。
【0042】
Ni−Nb−Zr合金基板2の表面及び裏面上に、それぞれ、厚さが約50nmの第1及び第2の酸化タングステン燐酸塩ガラス層3,5を、パルスレーザ堆積法により堆積した。パルスレーザ堆積法に用いたターゲットは、溶融急冷法により作製した酸化物ガラスである。このターゲットの化学組成は、1モル当り37PO5/2・6WO・18NbO5/2・9BaO・30NaO1/2である。Ni−Nb−Zr合金基板2は室温に保持した。堆積中に酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5に生じるタングステンイオンの還元を防止するため、パルスレーザ堆積法に用いた真空容器内は圧力が1〜10Paの酸素ガスを導入した。
なお、酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5はNi−Nb−Zr合金基板2に強固に密着し、その後の処理によって損傷を受けなかった。
【0043】
次に、第1及び第2の酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5の各表面に、第1及び第2の触媒層4,6となる厚さが約20nmのNi薄膜を、真空蒸着法によって堆積し、複合水素透過膜1を得た。
【0044】
複合水素透過膜1に用いた酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5の特性について説明する。酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5の組成を、X線光電子分光法(XPS)を用いて求めた。酸素分圧を10Paとして成膜した酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5のカチオンのモル比は、28P:9W:23Nb:11Ba:29Naであった。ガラス化温度(Tg)は773K以上であった。この組成は、今まで、水素の溶解特性を評価してきたバルクガラス(30PO5/2・10WO・25NbO5/2・10BaO・25NaO1/2、Tg=570℃)とほぼ同じである。
【0045】
図8は、実施例1で用いた酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5のX線光電子分光法(XPS)で得たスペクトルを示す図である。図8の横軸は結合エネルギー(eV)を示し、図8の縦軸は強度(任意目盛)を示している。図8には、酸素分圧が1Pa及び10Paで成膜した酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5のデータを示している。
図8に示すW4f5/2及びW4f7/2のXPSスペクトルから分かるように、1Paの酸素分圧下で成膜した酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5では、10Paの場合と比較して低エネルギー側に新たなピークが観察された。
【0046】
酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5の光吸収スペクトルを測定した。光吸収スペクトルからW6+に帰属される吸収が観察されたことから、成膜時の酸素分圧は作製された酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5中のWの酸化状態に影響を及ぼすことが明らかになった。酸素欠陥によるW6+の生成は、水素溶解反応を抑圧し、水素透過特性を劣化させると推測される。
【0047】
酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5の500℃(773K)における水素の固溶濃度および拡散係数は、それぞれ、9.3×1016cm−3(0.1MPaH)、1.3×10−5cm−1であった。
【0048】
(比較例1)
実施例1における第1及び第2のNi層4,6を形成しない、つまり、第1及び第2のNi層4,6のない比較例1としての水素透過膜を作製した。
【0049】
(比較例2)
厚さが250μmのPd膜を、比較例2の水素透過膜とした。
【0050】
次に、実施例1の複合水素透過膜1及び比較例1及び2の水素透過の水素透過特性について説明する。
図6に示す水素純化装置20を用いて複合水素透過膜1の水素透過特性を測定した。
最初に、真空排気ポンプ27によって配管部26、即ち、第1の配管34a及び第2の配管34bの内部を真空にし、次に、Heガス30を導入し、ヒーター25によって673Kまで昇温した。
次に、複合水素透過膜1へ原料水素ガス21を導入した。入力側と出力側との水素圧力差(P)は0.1〜0.3MPaまで変化させた。温度が673K,633K及び573Kのときに複合水素透過膜1を透過する精製水素ガス23の流量を、マスフローメータ等の水素ガス流量計33で測定した。なお、複合水素透過膜1において、原料水素ガス21が透過する面積は0.25cmである。
【0051】
図9は、複合水素透過膜1において、絶対温度の逆数(T−1)に対する水素透過速度を示す図である。図9の横軸は絶対温度の逆数(1000/K)(K−1)であり、図9の縦軸は水素透過速度(mol・cm−2・s−1)である。図9には、実施例1の複合水素透過膜1及び比較例2のデータを示している。圧力差(P)が0.3MPaにおいて、実施例1及び比較例2のデータを、それぞれ、黒丸印(●)、黒四角(■)で示している。図9から明らかなように、実施例1の複合水素透過膜1の673Kにおける水素透過速度は、約2×10−6mol・cm−2・s−1であった。673Kで10時間連続運転しても、水素透過速度は変化しなかった。この水素透過速度は、酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5から見積もられる水素透過速度にほぼ一致した。実施例1及び比較例2の何れの場合も、温度の増加によって水素透過速度が増大する特性が観察された。
これにより、測定温度範囲内では、実施例1の複合水素透過膜1の水素透過速度は、比較例2のPd膜と同等であることが判明した。
【0052】
第1及び第2のNi層4,6を被覆していない比較例1の積層構造膜では、水素の透過は検出されなかった。これにより、実施例1の第1及び第2のNi層4,6は、水素の分解を促進する触媒として作用していることが分かった。
【0053】
図10は、実施例1の複合水素透過膜1における水素圧力差(P)に対する水素透過速度を示す図である。図10の横軸は水素圧力差(P)(MPa)を示し、図10の縦軸は水素透過速度(mol・cm−2・s−1)を示している。
図10から明らかなように、実施例1の複合水素透過膜1による水素透過速度は水素圧力差のおおよそ0.7乗に比例することから、水素透過が、P0.5の拡散律則に近いことを示している(非特許文献16参照)。
【0054】
上記実施例の結果から、Ni−Nb−Zr合金基板2と第1及び第2の酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層3,5と第1及び第2のNi層4,6とからなる5層構造の複合水素透過膜1は、573〜673Kの温度で実用的な水素透過速度が得られ、673Kの10時間の加熱で安定であることが分かった。実施例1の複合水素透過膜1の水素透過速度は、673Kにおいて約2×10−6mol・cm−2・s−1であり、10時間の運転では劣化しなかった。酸化物ガラス層3,5及び金属合金基板2の水素透過特性の向上により、複合水素透過膜1のさらなる透過性能の向上が見込まれる。
【0055】
本発明は上述した実施形態及び実施例に限定されることなく、特許請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々の変形、変更が可能である。例えば、金属合金基板2や酸化物ガラス層3,5は、複合水素透過膜1の動作温度や水素透過速度に応じて様々な材料を選定することができる。
【符号の説明】
【0056】
1,10,10A,15,15A:複合水素透過膜
2:金属合金基板
2A:金属合金基板の側面
2B:金属合金基板の上面
2C:金属合金基板の下面
3:第1の酸化物ガラス層(第1の酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層)
4:第1の触媒層
5:第2の酸化物ガラス層(第2の酸化タングステン含有リン酸塩ガラス層)
6:第2の触媒層
11:酸化物ガラス層
12,12A,21:原料水素ガス
13:触媒層
13A:触媒層で被覆した複合水素透過膜の側面
13B:触媒層で被覆した複合水素透過膜の膜上面
13C:触媒層で被覆した複合水素透過膜の膜下面
14:密着層
16:容器
17,22:1次側容器
18,24:2次側容器
20:水素純化装置
23:精製水素ガス
25:ヒーター
26:配管部
27:真空排気ポンプ
28:ガスケット
30:不活性ガス(Heガス)
31:第1の切り替え弁
32:閉止弁
33:水素ガス流量計
34a:第1の配管
34b:第2の配管
34c:第3の配管
35:真空ポンプ用配管
36:第2の切り替え弁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素透過性を有する金属合金基板と、
上記金属合金基板を被覆する酸化物ガラス層と、
上記酸化物ガラス層を被覆する触媒層と、
を備える、複合水素透過膜。
【請求項2】
水素透過性を有する金属合金基板と、
上記金属合金基板の表面上に配設される第1の酸化物ガラス層と、
上記第1の酸化物ガラス層上に配設される第1の触媒層と、
上記金属合金基板の裏面上に配設される第2の酸化物ガラス層と、
上記第2の酸化物ガラス層上に配設される第2の触媒層と、
を備える、複合水素透過膜。
【請求項3】
前記金属合金基板は、遷移金属元素を主成分とする金属合金、例えばNi−Nb−Zr合金等からなる、請求項1又は2に記載の複合水素透過膜。
【請求項4】
前記酸化物ガラス層はプロトン及び電子混合導電性を有している、請求項1又は2に記載の複合水素透過膜。
【請求項5】
前記酸化物ガラス層は酸化タングステン含有リン酸塩ガラスからなる、請求項4に記載の複合水素透過膜。
【請求項6】
前記触媒層は遷移金属元素からなる、請求項1又は2に記載の複合水素透過膜。
【請求項7】
前記遷移金属元素は、ニッケル又はパラジウムである、請求項6に記載の複合水素透過膜。
【請求項8】
前記触媒層上の外周部に密着層を配設した、請求項1に記載の複合水素透過膜。
【請求項9】
前記第1触媒層上及び/又は前記第2触媒層上の外周部に密着層を配設した、請求項2に記載の複合水素透過膜。
【請求項10】
前記金属合金基板の側面は該金属合金基板の上面及び下面に対して傾斜している、請求項1に記載の複合水素透過膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−279905(P2010−279905A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−135581(P2009−135581)
【出願日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年3月3日 国立大学法人東北大学主催の「金属ガラス・無機材料接合開発共同研究プロジェクトの成果発表」において文書をもって発表
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】