説明

複素環を有する化合物の重水素化方法

【課題】生体内動態や様々な生理活性の作用機序等を解明するために有用な重水素化された複素環を有する化合物を得る方法として、重水素化還元試薬を用いることなく、高い重水素化率で、該化合物を構成する複素環を位置選択的に重水素化することができる新規な重水素化方法を提供する。
【解決手段】重水素化された溶媒中において、複素環を有する化合物にラジカル還元剤を反応させることにより、該化合物を構成する複素環上に存在するラジカル反応に対して活性を示す官能基が、重水素に置換されることを特徴とする重水素化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医薬品開発等において、複素環を有する化合物の生体内動態や様々な生理活性の作用機序等を解明するために有用な複素環を有する化合物の重水素化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、重水素化方法として、有機スズヒドリド重水素化合物(例えば、トリ−n−ブチルスズヒドリド重水素化物)を用いてハロゲン化合物をラジカル的に還元することによって、ハロゲン基を重水素置換する方法が知られている(例えば、非特許文献1)。
【0003】
しかしながら、この方法を、例えば、2’,3’,5’−トリ−O-ベンゾイル−5−ヨ−ドシチジンに適用した場合、得られたシチジン5−重水素化物の5位の重水素化の割合(以下、「重水素化率」という)は4%に過ぎず、極めて低い重水素化率であった(後述の参考例1)。
【0004】
また非特許文献2には、重水素化テトラヒドロフランの存在下に、ヨードベンゼンにトリ−n−ブチルスズヒドリドを反応させて、重水素化ベンゼンを合成する方法が開示されている。しかしながら、その重水素化率は70%未満であることが示されており(非特許文献2のp807、Table3参照)、充分な重水素化率とはいえない。また、複素環を重水素化する方法については、全く言及されていない。
【0005】
以上より、有機スズヒドリド重水素化合物等の重水素化還元試薬を使用することなく、しかも高い重水素化率を達成できる、複素環を位置選択的に重水素化する方法が望まれている。
【非特許文献1】Synthsis,1987,p665−683
【非特許文献2】J.Org.Chem.1986,61,p805−809
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記した従来技術の現状に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、生体内動態や様々な生理活性の作用機序等を解明するために有用な重水素化された複素環を有する化合物を得る方法として、重水素化還元試薬を用いることなく、高い重水素化率で、複素環を位置選択的に重水素化することができる新規な重水素化方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記した目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、重水素化された溶媒中において、複素環を有する化合物にラジカル還元剤を反応させる方法によれば、有機スズヒドリド重水素化合物のような重水素化還元試薬を用いることなく、高い重水素化率で、該化合物を構成する複素環上に存在するラジカル反応に対して活性を示す官能基が、位置選択的に重水素化することができることを見出し、ここに本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明は、下記の重水素化方法を提供するものである。
1. 重水素化された溶媒中において、複素環を有する化合物にラジカル還元剤を反応させることにより、該化合物を構成する複素環上に存在するラジカル反応に対して活性を示す官能基が、重水素に置換されることを特徴とする重水素化方法。
2. 光照射条件下又はラジカル開始剤の存在下に、重水素化された溶媒中でラジカル還元剤を反応させることを特徴とする上記項1に記載の重水素化方法。
3. 重水素化された溶媒が重水素化エーテル系溶媒又は重水素化アルコール系溶媒である上記項1又は2に記載の重水素化方法。
4. ラジカル還元剤が、有機スズ化合物及び有機ケイ素化合物のうち少なくとも一種の化合物である上記項1〜3のいずれかに記載の重水素化方法。
5. ラジカル反応に対して活性を示す官能基が、ハロゲン原子又はスルホニルオキシ基である上記項1〜4のいずれかに記載の重水素化方法。
6. 複素環を有する化合物を構成する複素環が、ピリミジン環又はプリン環である上記項1〜5のいずれかに記載の重水素化方法。
7. 複素環を有する化合物が、シトシン、ウラシル、又はアデノシンである上記項1〜6のいずれかに記載の重水素化方法。
【0009】
以下、本発明の重水素化方法について具体的に説明する。
【0010】
本発明の重水素化方法によれば、「複素環を有する化合物」上の「ラジカル反応に対して活性を示す官能基」が重水素原子に置換された化合物を、高い重水素化率で得ることが出来る。本発明において重水素化とは、ジュウテリウム(D、H)又はトリチウム(T、H)である重水素原子により置換されることを意味し、重水素化率とは、「ラジカル反応に対して活性を示す官能基」が重水素原子に置換された比率を意味する。
【0011】
本発明の重水素化方法では、重水素化反応を行う対象となる物質、即ち反応基質は、複素環の置換基として、「ラジカル反応に対して活性を示す官能基」を有する「複素環を有する化合物」である。
【0012】
「複素環を有する化合物」を構成する複素環は、環の構成原子として酸素原子、窒素原子及び硫黄原子からなる群から選ばれた少なくとも1種のヘテロ原子を少なくとも1個を含む単環式複素環又は多環式複素環であればよい。
【0013】
単環式複素環としては、例えばオキシラン環、アジリジン環等のヘテロ原子1つを有する3員複素環;例えばフラン環、チオフェン環、ピロール環、2H−ピロール環、ピロリン環、2−ピロリン環、ピロリジン環等のヘテロ原子を1つ有する5員複素環;例えば1,3−ジオキソラン環、オキサゾール環、イソオキサゾール環、1,3−オキサゾール環、チアゾール環、イソチアゾール環、1,3−チアゾール環、イミダゾール環、イミダゾリン環、2−イミダゾリン環、イミダゾリジン環、ピラゾール環、ピラゾリン環、3−ピラゾリン環、ピラゾリジン環等のヘテロ原子を2つ有する5員複素環;例えばフラザン環、トリアゾール環、チアジアゾール環、オキサジアゾール環等のヘテロ原子を3つ有する5員複素環;例えばピラン環、2H−ピラン環、ピリジン環、ピペリジン環等のヘテロ原子を1つ有する6員複素環;例えばチオピラン環、ピリダジン環、ピリミジン環、ピラジン環、ピペラジン環、モルホリン環等のヘテロ原子を2つ有する6員複素環;1,2,4−トリアジン環等のヘテロ原子を3つ有する6員複素環等を例示できる。多環式複素環としては、2〜3個の単環式複素環同士が縮合したもの或いは単環式複素環と例えばベンゼン環、ナフタレン環等の芳香族環1〜2個が縮合して成る、二環系複素環、三環系複素環等を例示できる。
【0014】
二環系複素環としては、例えばベンゾフラン環、イソベンゾフラン環、1−ベンゾチオフェン環、2−ベンゾチオフェン環、インドール環、3−インドール環、イソインドール環、インドリジン環、インドリン環、イソインドリン環、2H−クロメン環、クロマン環、イソクロマン環、1H−2−ベンゾピラン環、キノリン環、イソキノリン環、4H−キノリジン環等のヘテロ原子を1つ有する複素環;例えばベンゾイミダゾール環、ベンゾチアゾール環、1H−インダゾール環、1,8−ナフチリジン環、キノキサリン環、キナゾリン環、キナゾリジン環、シンノリン環、フタラジン環等のヘテロ原子を2つ有する複素環;例えばプリン環、プテリジン環等のヘテロ原子を4つ有する複素環等を例示できる。
【0015】
三環系複素環としては、例えばカルバゾール環、4aH−カルバゾール環、キサンテン環、フェナントリジン環、アクリジン環等のヘテロ原子を1つ有する複素環;例えばβ−カルボリン環、ペリミジン環、1,7−フェナントロリン環、1,10−フェナントロリン環、チアントレン環、フェノキサチイン環、フェノキサジン環、フェノチアジン環、フェナジン環等のヘテロ原子を2つ有する複素環等を例示できる。
【0016】
「複素環を有する化合物」を構成する複素環として好ましくは、ピリミジン環、プリン環が挙げられる。
【0017】
本発明において「複素環を有する化合物」は、後述する「ラジカル反応に対して活性を示す官能基」の他に、その他の置換基を有することができる。この様な置換基としては、本発明の重水素化方法に影響を及ぼさない置換基であれば特に限定されないが、例えば水酸基、アミノ基、ケト基、低級アルキル基、シクロアルキル基、アラルキル基、アルケニル基、アリール基、アシル基、糖残基等を例示できる。
【0018】
これらの置換基の内で、低級アルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、tert−ブチル基、sec−ブチル基、n−ペンチル基、1−エチルプロピル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、n−ヘキシル、1,2,2−トリメチルプロピル基、3,3−ジメチルブチル基、2−エチルブチル基、イソヘキシル基、3−メチルペンチル基等の炭素数1〜6の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基を例示できる。
【0019】
シクロアルキル基としては、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等のC3〜20シクロアルキル基を例示できる。
【0020】
アラルキル基としては、2−フェニルエチル基、ベンジル基、1−フェニルエチル基、3−フェニルプロピル基、4−フェニルブチル基等のC〜C20アラルキル基を例示できる。
【0021】
アルケニル基としては、二重結合を1〜3個有する炭素数2〜6の直鎖又は分枝鎖状アルケニル基を挙げることができ、トランス体及びシス体のいずれでもよい。この様なアルケニル基の具体例としては、ビニル基、1−プロペニル基、2−プロペニル基、1−メチル−1−プロペニル基、2−メチル−1−プロペニル基、2−メチル−2−プロペニル基、2−プロペニル基、2−ブテニル基、1−ブテニル基、3−ブテニル基、2−ペンテニル基、1−ペンテニル基、3−ペンテニル基、4−ペンテニル基、1,3−ブタジエニル基、1,3−ペンタジエニル基、2−ペンテン−4−イル基、2−ヘキセニル基、1−ヘキセニル基、5−へキセニル基、3−ヘキセニル基、4−へキセニル基、3,3−ジメチル−1−プロペニル基、2−エチル−1−プロペニル基、1,3,5−ヘキサトリエニル、1,3−ヘキサジエニル基、1,4−ヘキサジエニル基等を例示できる。
【0022】
アリール基としては、フェニル基、p−トリル基、1−または2−ナフチル基、o−ビフェニル基、m−ビフェニル基、p−ビフェニル基等の炭素数6〜12のアリール基を例示できる。
【0023】
アシル基としては、ホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、n−ブチリル基、イゾブチリル基、バレリル基、イソバレリル基、ピバロイル基などの直鎖又は分枝を有する炭素数1〜6のアシル基、ベンゾイル基等を例示できる。
【0024】
糖残基とは、糖から水酸基が 脱離した基であり、脱離する水酸基の位置は糖の種類に応じて適宜選択することができる。例えば糖の1位、2位、3位、6位などの水酸基が脱離した糖残基を示すことができる。糖残基は、アルドースから水酸基が 脱離した基であってもよく、或いは、ケトースから水酸基が 脱離した基であってもよい。糖残基は、通常ピラノース型、フラノース型、セプタノース型などの環状構造を有するが、分枝糖から水酸基が 脱離した糖残基の場合には、鎖状構造(開環構造)であっても環状構造であってもよい。環状構造を有するアルドースとしては、例えばエリトロース、トレオース、リボース、アラビノース、キシロース、リキソース、アロース、アルトロース、グルコース、マンノース、グロース、インドース、ガラクトース、タロースなどを例示することができる。環状構造を有するケトースとしては、例えばリブロース、キシルロース、プシコース、フルクトース、ソルボース、タガトースなどを例示することができる。分枝糖としては、例えばアピオース、ストレプトース、エバロース、ノガロース、ビネロース、ハマメロースなどを例示することができる。
【0025】
「複素環を有する化合物」として好ましくは、ピリミジン塩基、プリン塩基が挙げられる。ピリミジン塩基の具体例としては、チミン、シトシン、ウラシル等を例示でき、プリン塩基の具体例としては、アデニン、グアニン、イソグアニン、アデノシン、キサンチン、ヒポキサンチン、カフェイン等を例示でき、好ましくはシトシン、ウラシル、アデノシンである。
【0026】
本発明において「複素環を有する化合物」は、本発明の重水素化方法により重水素置換される置換基として「ラジカル反応に対して活性を示す官能基」を、該化合物を構成する複素環上に少なくとも1個有することが必要である。ここで「ラジカル反応に対して活性を示す官能基」とは、ラジカル化される官能基であれば特に制限はなく、例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素等のハロゲン原子;メチルスルホニルオキシ基、p−トルエンスルホニルオキシ基等のスルホニルオキシ基;フェニルチオカルボニルオキシ基、イミダゾイルチオカルボニルオキシ基、メチルチオチオカルボニルオキシ基、フェニルセレノカルボニルオキシ基等のチオカルボニルオキシ基;tert−ブチルチオエ−テル基等のアルキルチオエ−テル基;フェニルチオエーテル基等のアリ−ルチオエ−テル基;フェニルセレニル基;フェニルテルリル基;イソニトリル基;ニトロ基;等を例示できる。特に、ラジカル反応に対して活性を有する官能基としてはハロゲン原子又はスルホニルオキシ基が好ましく、ハロゲン原子がより好ましく、臭素原子又はヨウ素原子が特に好ましい。
【0027】
本発明において「ラジカル反応に対して活性を示す官能基」を、少なくとも1個有する「複素環を有する化合物」の具体例としては、2’,3’,5’−トリ−O−ベンゾイル−5−ヨードシチジン、5−ヨ−ド−1,3−ジメチルウラシル、2’,3’,5’−トリ−O−ベンゾイル−5−ヨードウリジン、2’,3’,5’−トリ−O−tert−ブチルジメチルシリル−8−ヨードアデノシン、3’,5’−ジ−O−tert−ブチルジメチルシリル−2’−デオキシ−5−ヨードウリジン等を例示できる。これらの化合物は、市販されているものを入手するか、公知の方法により製造することが出来る。
【0028】
本発明の重水素化方法では、重水素化された溶媒中において、上記の「ラジカル反応に対して活性を示す官能基」を有する「複素環を有する化合物」に、ラジカル還元剤を反応させることによって、該化合物を構成する複素環上に存在する該官能基を重水素化することできる。この様な重水素化方法によれば、有機スズヒドリド重水素化合物等の重水素化還元試薬を用いること無く、高い重水素化率で、位置選択的に重水素化を行うことができる。
【0029】
本発明の重水素化方法で用いる「重水素化された溶媒」とは、少なくとも1つの水素原子が重水素置換された有機溶媒であればよく、重水素に加えて酸素原子を有する溶媒、例えば、重水素化エーテル系溶媒、重水素化アルコール系溶媒などが好ましく、特に、酸素原子に隣接する炭素原子に結合する水素原子が重水素置換された溶媒が好ましい。重水素化エーテル系溶媒としてはTHF−d(テトラヒドロフラン−d)等を例示でき、重水素化アルコール溶媒としては、CDOD、CDOH、CDCDOD、CDCDOH、CHCDOD、CHCDOH等を例示でき、テトラヒドロフラン−dが特に好ましい。
【0030】
本発明の重水素化方法において、「ラジカル還元剤」としては、ラジカルを発生する還元剤であれば特に限定なく用いることができる。その具体例としては、有機スズ化合物、有機ケイ素化合物、有機ゲルマニウム化合物、クロロインジウムヒドリド、ヨウ化サマリウムなどを挙げることができる。これらの内で、有機スズ化合物としては、トリ−n−ブチルスズヒドリド、トリフェニルスズヒドリド、トリオクチルスズヒドリド、ビス[トリ−n−ブチルスズ(IV)]等を例示でき、有機ケイ素化合物としては、トリエチルシラン、トリブチルシラン、ジフェニルシラン、トリフェニルシラン、ペンタメチルジシラン、ジメチル(トリメチルシリル)シラン、トリス(トリメチルシリル)シラン、テトラフェニルジシラン等を例示でき、有機ゲルマニウム化合物としては、トリ−n−ブチルゲルマニウムヒドリド、トリフェニルゲルマニウムヒドリド、トリス(トリメチルシリル)ゲルマニウムヒドリド等を例示できる。これらのラジカル還元剤として好ましくは、有機スズ化合物又は有機ケイ素化合物であり、トリ−n−ブチルスズヒドリド、ビス[トリ−n−ブチルスズ(IV)]、テトラフェニルジシラン等が特に好ましい。
【0031】
上記した「ラジカル反応に対して活性を示す官能基」を有する「複素環を有する化合物」とラジカル還元剤との反応は、例えば、光照射によってラジカル反応を開始する方法、ラジカル開始剤を用いてラジカル反応を開始する方法などによって行うことができる。
【0032】
光照射によってラジカル反応を開始する方法では、照射光としては、ラジカル反応を開始することができる光であれば特に限定なく使用することができる。例えば、低圧、中圧、高圧水銀灯やタングステンランプによる光を利用でき、特に、高圧水銀灯による光が好ましい。照射光の照射スペクトル幅としては200〜1000nm程度が好ましく、300〜400nm程度がより好ましい。照射時間としては例えば、0.1〜50時間程度とすることができ、0.5〜10時間程度とすることが好ましい。
【0033】
ラジカル開始剤を用いる方法では、ラジカル開始剤としては、例えば、100℃以下でラジカルを発生することが可能な開始剤を用いることができ、80℃以下でラジカルを発生することが可能な開始剤を用いることが好ましい。ラジカル開始剤の具体例としては、2,2’−アゾビス(イソブチロニトリル)(AIBN)、2,2’−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)(V−65)、2,2’−アゾビス[2−(2−イミダゾリン−2−イル)プロパン]二塩酸塩(VA−044)、2,2’−アゾビス(2−アミジノプロパン)二塩酸塩(V−50)、2,2’−アゾビス[N−(2−カルボキシエチル)−2−メチルプロピオンアミド](VA−057)、2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)(V−70)、2,2’−アゾビス[2−(2−イミダゾリン−2−イル)プロパン](VA−061)、2,2’−アゾビスイソ酪酸ジメチル(V−601)等のアゾ化合物、トリエチルボラン等を例示でき、特に、2,2’−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)(V−65)が好ましい。ラジカル開始剤を用いる場合には、その使用量は、複素環を有する化合物1当量に対して0.1〜10当量程度とすることが好ましく、0.2〜0.4当量程度とすることがより好ましい。
【0034】
重水素化された溶媒の使用量は、反応基質として用いる複素環を有する化合物に対し、通常1〜500体積倍量程度とすることが好ましく、10〜200体積倍量程度とすることがより好ましい。
【0035】
ラジカル還元剤の使用量は、複素環を有する化合物1当量に対して0.5〜15当量程度とすることが好ましく、0.5〜6当量程度とすることがより好ましい。反応温度は0〜200℃程度とすることが好ましく、30〜100℃程度とすることがより好ましい。
【0036】
反応時間は、通常0.1〜50時間程度とすればよく、0.5〜6時間程度とすることが好ましい。
【0037】
反応終了後は通常の方法で後処理を行えばよい。生成物は必要に応じて精製を行ってもよい。精製方法としては再結晶、カラムクロマトグラフィー等が挙げられる。
【発明の効果】
【0038】
本発明の重水素化方法によれば、医薬品開発における薬物動態研究等に利用可能な各種の複素環を有する化合物に対して、有機スズヒドリド重水素化合物等の重水素化還元試薬を用いることなく、高い重水素化率で、該化合物を構成する複素環を位置選択的に重水素化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0040】
尚、実施例中の重水素化率は、270MHzNMRにより求めたプロトンの積分値を利用し、下記算出式により求めた。
【0041】
「重水素化率%」=1−(「重水素化されるべき位置に結合したプロトンの積分値」/「基準とするプロトンの1プロトンあたりの積分値」)×100
実施例1
[5−H]−2’,3’,5’−トリ−O−ベンゾイルシチジンの合成
2’,3’,5’−トリ−O−ベンゾイル−5−ヨードシチジン(20mg,0.029mmol)をテトラヒドロフラン−d(2mL)に溶解し、アゾビス(ジメチルバレロニトリル)(以下、V−65)(1.5mg,0.006mmol)と水素化トリ−n−ブチルスズ(9.4μL,0.035mmol)を加え、1.5時間還流した。更にV−65(1.8mg,0.007mmol)と水素化トリ−n−ブチルスズ(9.4μL,0.035mmol)を加え1時間還流後、室温まで冷却した。反応液にn−ヘキサン(8mL)を加え室温で撹拌後、析出した結晶をろ取し、[5−H]−2’,3’,5’−トリ−O−ベンゾイルシチジンを6.8mg(42%)得た。
H−NMR(DMSO−d,δPPM):4.58−4.72(m,3,4’−H,5’−H)、5.74(d,0.04,5−H)、5.89−5.98(m,2,2’−H,3’−H)、6.07(d,1,1’−H)、7.35−8.02(m,18,6−H,Bz’s,NH
H−NMR(DMSO−d,δPPM):5.77(br)
MS、m/z 557[M+1]
実施例2
[5−H]−1,3−ジメチルウラシルの合成
テトラヒドロフラン−d(4mL)に5−ヨ−ド−1,3−ジメチルウラシル(40mg,0.150mmol)を溶解し、これにV−65(7.5mg,0.030mmol)と水素化トリ−n−ブチルスズ(48μL,0.178mmol)を加え、2時間還流した。室温まで冷却後、濃縮した。n−ヘキサン(16mL)を加え室温で撹拌後、ろ取し、[5−H]−1,3−ジメチルウラシルを13mg(62%)得た。
H−NMR(DMSO−d,δPPM):3.15(s,3,N−CH)、3.29(s,3,N−CH)、5.66(d,0.10,5−H)、7.67(t,1,6−H)
H−NMR(DMSO−d,δPPM):5.67(s)
MS、m/z 141[M+]
実施例3
[5−H]−2’,3’,5’−トリ−O−ベンゾイルウリジンの合成
2’,3’,5’−トリ−O−ベンゾイル−5−ヨードウリジン(40mg,0.059mmol)をテトラヒドロフラン−d(4mL)に溶解し、V−65(3.1mg,0.012mmol)と水素化トリ−n−ブチルスズ(18.8μL,0.070mmol)を加え、3時間還流した。更にV−65(3.2mg,0.013mmol)と水素化トリ−n−ブチルスズ(18.8μL,0.070mmol)を加え2時間還流後、室温まで冷却し濃縮した。残渣にn−ヘキサン(16mL)を加え室温で撹拌後、析出物をろ取した。得られた結晶をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(n−ヘキサン/酢酸エチル)で精製後、[5−H]−2’,3’,5’−トリ−O−ベンゾイルウリジンを22mg(67%)得た。
H−NMR(DMSO−d,δPPM):4.60−4.75(m,3,4’−H,5’−H)、5.68(d,0.10,5−H)、5.89−5.96(m,2,2’−H,3’−H)、6.16(d,1,1’−H)、7.42−8.02(m,16,6−H,Bz’s)、11.51(s,1,NH)
MS、m/z 558[M+1]
実施例4
[8−H]−2’,3’,5’−トリ−O−tert−ブチルジメチルシリルアデノシンの合成
2’,3’,5’−トリ−O−tert−ブチルジメチルシリル−8−ヨ−ドアデノシン(40mg,0.054mmol)をテトラヒドロフラン−d(4mL)に溶解し、これにV−65(2.8mg,0.011mmol)と水素化トリ−n−ブチルスズ(17.4μL,0.065mmol)を加え、3時間還流した。更にV−65(2.7mg,0.011mmol)と水素化トリ−n−ブチルスズ(17.4μL,0.065mmol)を加え2時間還流後、室温まで冷却し濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(n−ヘキサン/酢酸エチル)で精製後、[8−H]−2’,3’,5’−トリ−O−tert−ブチルジメチルシリルアデノシンを30mg(91%)得た。
H−NMR(DMSO−d,δPPM):−0.35,−0.10,0.09,0.12,0.14(s,18,SiMe)、0.72,0.90,0.93(s,27,SiBu−t)、3.71−3.79(m,1,4’−H)、4.00−4.05(m,2,5’−H)、4.33(br,1,3’−H)、4.90−4.94(m,1,2’−H)5.94(d,1,1’−H)、7.30(s,2,NH)、8.13(s,1,2−H)、8.34(s,0.08,8−H)
MS、m/z 611[M+]
実施例5
[5−H]−3’,5’−ジ−O−tert−ブチルジメチルシリル−2’−デオキシウリジンの合成
3’,5’−ジ−O−tert−ブチルジメチルシリル−2’−デオキシ−5−ヨ−ト゛ウリジン(40mg,0.069mmol)をテトラヒドロフラン−d(4mL)に溶解し、これにV−65(3.5mg,0.014mmol)と水素化トリ−n−ブチルスズ(22.3μL,0.083mmol)を加え、3時間還流した。室温まで冷却後、濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(n−ヘキサン/酢酸エチル)で精製して、[5−H]−3’,5’−ジ−O−tert−ブチルジメチルシリル−2’−デオキシウリジンを31mg(97%)得た。
H−NMR(DMSO−d,δPPM):0.07,0.09(s,12,SiMe)、0.88,0.89(s,18,SiBu−t)、2.08−2.26(m,2,2’−H)、3.68−3.80(m,3,4’−H,5’−H)、4.26−4.31(m,1,3’−H)、5.50(d,0.08,5−H)、6.13(t,1,1’−H)、7.70(t,1,6−H)、11.32(s,1,NH)
MS、m/z 458[M+1]
参考例1
[5−H]−2’,3’,5’−トリ−O−ベンゾイルシチジンの合成
2’,3’,5’−トリ−O−ベンゾイル−5−ヨードシチジン(100mg,0.147mmol)をテトラヒドロフラン(2mL)に溶解し、これにV−65(7.5mg,0.030mmol)と重水素化トリ−n−ブチルスズ(47μL,0.174mmol)を加え、3時間還流した。更にV−65(3.5mg,0.014mmol)と重水素化トリ−n−ブチルスズ(20μL,0.074mmol)を加え1時間還流後、室温まで冷却した。反応液にn−ヘキサン(8ml)を加え室温で撹拌後、析出物をろ取した。ろ取した結晶をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(クロロホルム/メタノール)で精製後、[5−H]−2’,3’,5’−トリ−O−ベンゾイルシチジンを55.2mg(収率:68%)得た。
H−NMR(DMSO−d,δPPM):4.58−4.72(m,3,4’−H,5’−H)、5.74(d,0.96,5−H)、5.89−5.97(m,2,2’−H,3’−H)、6.07(d,1,1’−H)、7.36−8.02(m,18,6−H,Bz’s,NH
以下、実施例1〜5、これらに準じて合成した実施例6〜9、及び参考例で得た重水素化物について、重水素化率の式で算出した重水素化率を、反応基質及び重水素化された生成物等とともに表1及び表2に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
重水素化された溶媒中において、複素環を有する化合物にラジカル還元剤を反応させることにより、該化合物を構成する複素環上に存在するラジカル反応に対して活性を示す官能基が、重水素に置換されることを特徴とする重水素化方法。
【請求項2】
光照射条件下又はラジカル開始剤の存在下に、重水素化された溶媒中でラジカル還元剤を反応させることを特徴とする請求項1に記載の重水素化方法。
【請求項3】
重水素化された溶媒が重水素化エーテル系溶媒又は重水素化アルコール系溶媒である請求項1又は2に記載の重水素化方法。
【請求項4】
ラジカル還元剤が、有機スズ化合物及び有機ケイ素化合物のうち少なくとも一種の化合物である請求項1〜3のいずれかに記載の重水素化方法。
【請求項5】
ラジカル反応に対して活性を示す官能基が、ハロゲン原子又はスルホニルオキシ基である請求項1〜4のいずれかに記載の重水素化方法。
【請求項6】
複素環を有する化合物を構成する複素環が、ピリミジン環又はプリン環である請求項1〜5のいずれかに記載の重水素化方法。
【請求項7】
複素環を有する化合物が、シトシン、ウラシル、又はアデノシンである請求項1〜6のいずれかに記載の重水素化方法。

【公開番号】特開2009−269853(P2009−269853A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−121378(P2008−121378)
【出願日】平成20年5月7日(2008.5.7)
【出願人】(000207827)大鵬薬品工業株式会社 (52)
【Fターム(参考)】