説明

試料測定用セル及び電磁波吸収測定方法

【課題】スラリー試料であっても均一に維持でき、適切なデータが得られる、電磁波の吸収測定に使用する試料測定用セル、及び電磁波吸収測定方法を提供すること。
【解決手段】電磁波透過性の材料で形成された2つの窓を相対する位置に有し、該2つの窓の間に前記液状試料を存在させることが可能な電磁波通過部位と、該電磁波通過部位の下方に設けられた、前記液状試料を撹拌可能な攪拌手段を有する撹拌手段設置部位と、を有するセル構造を為しており、前記撹拌手段設置部位の内部空間における水平方向の断面積が、前記電磁波通過部位の内部空間における水平方向の断面積より大きい試料測定用セル使用して、前記2つの窓の間に測定する液状試料を存在させた状態で、該液状試料を前記撹拌手段により撹拌しつつ、一方の窓から他方の窓に電磁波を通過させて電磁波吸収測定を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波の吸収測定に使用する試料測定用セルであって、特に密閉状態もしくは加圧条件下でスラリー試料の測定に好適に用いる試料測定用セルに関する。
【背景技術】
【0002】
電磁波の吸収測定は測定対象とする試料の化学状態・物理状態を知るのに有用な手段である。赤外領域や紫外可視領域の吸収測定においては試料中の化合物の化学結合や化学構造に関する情報が得られ、X線領域の吸収測定においては試料中の元素の電子状態や原子間隔・配位数に関する情報を得ることができる。電磁波の吸収測定のこのような特質は化学反応の追跡に有効であり、広範な応用例がある。中でも液相の試料の化学反応の追跡については従来、試料測定用セルとしてフローセルを用いる例が多い。例えば、非特許文献1ではフローセルを用いたin situでのX線吸収の測定が示されている。また、紫外可視吸光光度法においても特許文献1で示されるように高温高圧に耐えるフローセルによる測定系が開発されている。
【特許文献1】特開2003−98091号公報
【非特許文献1】Jan−Dierk Grunwaldt et.al. Jounal of Catalysys 213(2003)291
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、フローセルを使用した測定では主たる反応場から離れた位置の測定となるため均一性の維持が困難であり、特に、液中に存在する固体が関わるスラリー試料の場合には、試料が不均質となり適切なデータが得られにくい問題があった。
【0004】
そこで、本発明は、スラリー試料であっても均一に維持でき、適切なデータが得られる、電磁波の吸収測定に使用する試料測定用セル、及び電磁波吸収測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、液状試料の電磁波吸収測定を行うための試料測定用セルにおいて、
電磁波透過性の材料で形成された2つの窓を相対する位置に有し、該2つの窓の間に前記液状試料を存在させることが可能な電磁波通過部位と、
該電磁波通過部位の下方に設けられた、前記液状試料を撹拌可能な攪拌手段を有する撹拌手段設置部位と、
を有するセル構造を為しており、前記撹拌手段設置部位の内部空間における水平方向の断面積が、前記電磁波通過部位の内部空間における水平方向の断面積より大きいことを特徴とする試料測定用セルを提供する。
【0006】
また、本発明は、上記の試料測定用セルを使用して、前記2つの窓の間に測定する液状試料を存在させた状態で、該液状試料を前記撹拌手段により撹拌しつつ、一方の窓から他方の窓に電磁波を通過させる電磁波吸収測定方法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、スラリー試料であっても均一に維持でき、適切なデータが得られる、電磁波の吸収測定に使用する試料測定用セル、及び電磁波吸収測定方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明について図面の記載を参照しながらさらに詳細に説明する。図1及び図2はそれぞれ本発明の一実施形態である試料測定用セルの縦断面図であり、図1は電磁波入射方向に垂直な方向から、図2は電磁波入射方向から見た図である。ただし、本発明はこれらの図で示される構造の試料測定用セルに限られるものではない。
【0009】
本発明の試料測定用セルは、電磁波透過性の材料で形成された2つの窓8を相対する位置に有し、該2つの窓8の間に前記液状試料を存在させることが可能な電磁波通過部位50と、該電磁波通過部位50の下方に設けられた、前記液状試料を撹拌可能な撹拌手段(図1及び図2に示す実施形態においては撹拌子30)を有する撹拌手段設置部位60と、を有しており、内部に測定する液状試料を入れることが可能なセル構造を為している。
【0010】
本発明の試料測定用セルの本体を形成する材質としては、様々な液状試料に対応するため、高強度でかつ酸・塩基等にも耐えるステンレス鋼が望ましい。
【0011】
窓8の材質は、用いる電磁波に応じて、その電磁波が透過する材料から適宜選択することができる。赤外領域の場合は、KBr、NaCl、ZnSe,タリウム塩等が使用可能である。紫外・可視領域の場合は、石英ガラスが最も望ましい。また、X線領域の場合は、Be,グラファイト、ダイヤモンド、各種ポリマー等が使用可能であるが、透明性を有することから視認性が優れ、かつ、耐酸・塩基性と加工性に優れたPMMAまたはポリカーボネートが好ましい。
【0012】
窓8は、測定後に洗浄する必要が高く、傷みやすいので、交換可能であることが望ましい。例えば、図1に示すように、ボルト20でドーナツ形状の押さえ金具9を圧迫して押さえつける形態が好ましい。
【0013】
電磁波通過部位50には2つの窓8が相対する位置に設置されており、その間の空間に測定する液状試料を存在させることができる。そして、その状態で、一方の窓から他方の窓に電磁波を通過させることで、電磁波吸収測定が可能な構成となっている。2つの窓8の間隔となる光路長は、測定目的に応じ、液状試料を電磁波が通過する光路長が最適となるよう設計することができる。電磁波通過部位内部の断面形状は円であることが好ましい。
【0014】
電磁波通過部位50の下方には、撹拌手段設置部位60が設けられている。その内部には、測定する液状試料を撹拌可能な撹拌手段が設けられている。撹拌手段設置部位内部の断面形状は円であることが好ましい。
【0015】
撹拌手段を駆動するための攪拌機構の方式については特に限定されるものではなく、例えば、モーター動力等の外部動力を軸で直接撹拌手段に伝える直接攪拌方式、磁力で間接的に動力を撹拌手段に伝える間接撹拌方式などが挙げられる。直接攪拌方式は、軸と本体の接触部に耐圧性・機密性を持たせるためメカニカルシール、ドライシールなどの機構を設ける必要があり、小規模な装置では実施が難しいため、電磁誘導を利用する間接撹拌方式の方が好ましい。撹拌手段としては、直接撹拌方式の場合は軸の周りに配置された攪拌翼を、間接撹拌方式の場合は図1及び2に示すように攪拌子30を、用いることが好ましい。
【0016】
攪拌手段の形状は特に限定されるものではないが、攪拌時に渦が生じるとノイズの原因となり良好な測定ができない場合があることを考慮したうえで、適宜選択すれば良い。例えば、攪拌子を電磁誘導で回転させる場合には、市販の棒状、円盤状、三角柱状などの形状の攪拌子を用いることが可能である。渦が生じないようにするために、光路長の1/2より大きな攪拌直径を持つ撹拌子が好ましく、光路長の2倍以上の攪拌直径を持つ撹拌子がより好ましい。攪拌翼を用いて攪拌する場合の撹拌翼についても同様であり、撹拌直径が光路長の1/2より大きいことが好ましく、2倍以上であることがより好ましい。また、撹拌直径は大きくても問題なく、撹拌手段設置部位の壁面にぶつからない範囲で適宜選択できる。
【0017】
このとき、本発明の試料測定用セルでは、撹拌手段設置部位60の内部空間における水平方向の断面積が、電磁波通過部位50の内部空間における水平方向の断面積より大きく設計される。すなわち、このような形状とすることで、撹拌手段を必要に応じて大きくすることができる。
【0018】
従来の試料測定用セルは、電磁波通過部位と撹拌手段設置部位との、内部空間における水平方向の断面積が同じとなっている。そのため、スラリー試料を電磁波通過部位で均一に分散させるためには、小さな攪拌手段を高速で回転させること必要となるが、この場合電磁波通過部位に渦が発生し測定が困難になるという不都合があった。本発明のように撹拌手段設置部位の内部空間における水平方向の断面積を電磁波通過部位より大きくすることで、より大きな攪拌手段が利用可能になり、低速回転で渦のできない均一分散状態が達成できるようになるという利点がある。
【0019】
本発明の試料測定用セルを用いて電磁波吸収測定を行う際、その目的と試料の種類によって、外気に対して開放された状態で行う場合と、密閉系で行う場合とがあり得る。また、密閉状態で内部をあらかじめ加圧して測定する場合、密閉状態で試料を加熱する若しくは外気温が上昇することで測定中に加圧状態になる場合、もあり得る。そこで、広範な測定に使用可能なように、内部を加圧状態で密閉可能な密閉機構を有することが好ましい。
【0020】
本発明における密閉機構とは内部を加圧状態で密閉可能であれば特に限定されるものではないが、例えば、バルブ等により必要に応じ内部を外界と遮断できる構造を採ることができる。図2の試料測定用セルでは、吸排気口5及び6と内部との接続部にバルブ1〜4が設けられており、必要に応じそれらを開閉できるようになっている。例えば密閉状態で内部を加圧状態にする場合は、吸排気口の一方に加圧用気体が封入されたボンベを接続して、途中のバルブを開いて加圧用気体をセル内部に供給し、その後バルブを閉めることができる。加圧用気体は、任意に選択できる。
【0021】
密閉機構により密閉状態で、0.2MPa(ゲージ圧;以下圧力表記はゲージ圧表記とする)の圧力に耐えられることが好ましく、1MPaの圧力に耐えられることがより好ましい。その際、内部の圧力が所定圧力を超えないように制御可能な安全弁7を設けることで、不測の事態で所定圧力を超えた場合にも、設定圧力に維持可能である。したがって、本発明の試料測定用セルの実施形態としては、内部を加圧状態で密閉可能な密閉機構と、内部の圧力が所定圧力を超えないように制御可能な安全弁と、を有することがより好ましい。
【0022】
また、測定の目的により温度コントロールを行う場合を考慮して、図1及び図2に示すような部位に温度センサー10を設けることが好ましい。その際の加熱するための熱源は試料測定用セルの内部に熱源を設置してもよいが、試料測定用セルの気密性を高め、セル内部の腐食を避けることができるので、別途用意する形態とすることが好ましい。
【0023】
別途用意する熱源としては、リボンヒーター、ホットプレート、ホットスターラー、湯浴槽、油浴槽等が挙げられる。リボンヒーターを使用して試料測定用セル全体を外部から加熱する方式の場合、温度コントロールは容易であるが、試料測定用セルの洗浄や交換などの取扱性が低下する場合がある。湯浴槽中に試料測定用セルを置いて加熱する方式の場合、試料測定用セルの加熱効率は高いが、水蒸気が周辺の機器に悪影響を洗える可能性がある。したがって、ホットプレート、ホットスターラー、または油浴槽を使用することが好ましい。中でも、前述の電磁誘導による撹拌の動力を同時に供給可能なホットスターラーを使用することがより好ましい。
【0024】
本発明の試料測定用セルは、液状試料の電磁波の吸収測定に用いられるものである。ここで言う電磁波とは、例えば、赤外線、可視光線、紫外線、X線、γ線などが挙げられる。特にX線の吸収測定に好適である。
【0025】
測定する液状試料としては、粉末等を含まない溶液試料、及び粉末等が分散したスラリー試料のいずれでも良い。従来の方法ではスラリー試料については均一な状態での測定が困難であったのに対し、本発明の試料測定用セルはスラリー試料を測定する際にも好適に使用できる。また、本発明の試料測定用セルは、化学反応により溶液状態からスラリー状態へと変化する試料、または、スラリー状態から溶液状態へと変化する試料、の電磁波吸収の時間変化を測定することもできる。
【0026】
本発明の試料測定用セルを使用して電磁波吸収測定を行う方法としては、内部に測定する液状試料を投入し、電磁波通過部位の2つの窓の間に測定する液状試料を存在させた状態で、液状試料を撹拌手段設置部位の撹拌手段により撹拌しつつ、一方の窓から他方の窓に電磁波を通過させる方法を採ることができる。
【0027】
測定目的とする化合物の液状試料における濃度は、試料測定用セルの光路長、電磁波の波長、その化合物の吸光係数等から、適切に設定すれば良い。
【0028】
測定時の攪拌の速度については特に限定されるものではないが、攪拌が速すぎると渦の発生によりノイズが生じやすくなり、攪拌が遅すぎると液状試料の均一性を損なう。したがって、渦が生じにくく液状試料の均一性を損なわないように、攪拌速度を液状試料の性状により適宜選択することが好ましい。なお、本発明では、攪拌直径の大きい撹拌手段を使用できるが、撹拌直径の大きい撹拌手段を使用することで、上記の条件を満たす攪拌速度の選択範囲より広くなり好ましい。
【実施例】
【0029】
以下、本発明の実施例を挙げ説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0030】
(実施例1)
図1及び2で示すような試料測定用セルを作製した。なお、本体はステンレス鋼製、窓はPMMA製とした。電磁波通過部位の水平方向の断面の外部形状は窓を取り付けやすくするため3cm×3cmの正方形とし、電磁波通過部位の水平方向の断面の内部形状は耐圧性を高くするため直径2cmの円形とした。セルの側面の相対する位置には直径1cmの穴を設け、これらの穴は窓で密封した。光路長(2つの窓の内側の距離)は3cmとした。撹拌手段設置部位の水平方向の断面の外部形状は5cm×5cmの正方形、撹拌手段設置部位の水平方向の断面の内部形状は円滑な攪拌ができるよう直径4cmの円形とし、撹拌直径20mmの円盤状撹拌子をあらかじめ内部に入れた。撹拌手段設置部位内部の深さは2cmであり、電磁波通過部位内部まで試料で満たした時の深さは10cmである。
【0031】
この試料測定用セルを使用してX線吸収微細構造スペクトルの測定を行った。X線光源は(財)高輝度光科学研究センターのシンクロトロンSPring−8のビームラインBL01B1からの放射光とした。測定試料としては、水/酢酸(1:1(体積比))混合溶媒に3質量%のメタクリル酸を添加した溶媒中に、カーボンブラックに10質量%のPdを担持した試料を溶媒に対し30質量%添加したスラリー試料を使用した。
【0032】
上記スラリー試料を試料測定用セルに入れ、電磁誘導型のホットスターラーの上に置き、約200rpmで攪拌しつつ60℃まで昇温した。ついで、あらかじめ接続してある8体積%酸素ボンベ(窒素で希釈)から酸素を供給して0.9MPaまで加圧し、さらに90℃まで昇温した。温度が安定したことを確認し、X線吸収微細構造スペクトルの測定を行った。
【0033】
測定して得られたX線吸収微細構造のスペクトルデータはEdge jump=0.23、Total absorption=3.8となり、スペクトル上にPdの特性吸収が明瞭に現れ、かつ、吸光度が適切な値となった。本発明の試料測定用セルを用いることで、液相加圧条件下でのスラリー試料のX線吸収スペクトルの測定が行えることが確認できた。
【0034】
(比較例1)
攪拌を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして測定を行ったところ、Pdの特性吸収が現れず、スラリー試料のX線吸収スペクトルの測定が行えないことが判った。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の一実施形態である試料測定用セルを、電磁波入射方向に垂直な方向から見た縦断面図である。
【図2】本発明の一実施形態である試料測定用セルを、電磁波入射方向から見た縦断面図である。
【符号の説明】
【0036】
1、2、3、4 バルブ
5、6 吸排気口
7 安全弁
8 窓
9 押さえ金具
10 温度センサ
20 ボルト
30 撹拌子
40 固定具
50 電磁波通過部位
60 撹拌手段設置部位

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液状試料の電磁波吸収測定を行うための試料測定用セルにおいて、
電磁波透過性の材料で形成された2つの窓を相対する位置に有し、該2つの窓の間に前記液状試料を存在させることが可能な電磁波通過部位と、
該電磁波通過部位の下方に設けられた、前記液状試料を撹拌可能な攪拌手段を有する撹拌手段設置部位と、
を有するセル構造を為しており、前記撹拌手段設置部位の内部空間における水平方向の断面積が、前記電磁波通過部位の内部空間における水平方向の断面積より大きいことを特徴とする試料測定用セル。
【請求項2】
内部を加圧状態で密閉可能な密閉機構と、内部の圧力が所定圧力を超えないように制御可能な安全弁と、をさらに有する請求項1に記載の試料測定用セル。
【請求項3】
請求項1または2に記載の試料測定用セルを使用して、前記2つの窓の間に測定する液状試料を存在させた状態で、該液状試料を前記撹拌手段により撹拌しつつ、一方の窓から他方の窓に電磁波を通過させる電磁波吸収測定方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−78217(P2006−78217A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−259772(P2004−259772)
【出願日】平成16年9月7日(2004.9.7)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】