説明

誘電体磁器およびそれを用いた積層セラミックコンデンサ

【課題】 高誘電率かつ比誘電率の温度特性に優れた誘電体磁器と、それを用いた積層セラミックコンデンサを提供する。
【解決手段】 チタン酸バリウムを構成するバリウム100モルに対して、バナジウムをV換算で0.05〜0.3モル、イットリウム,ジスプロシウム,ホルミウムおよびエルビウムから選ばれる1種の希土類元素(RE)をRE換算で0.5〜1.5モル含有するとともに、結晶粒子はカルシウムの濃度が0.2原子%以下の結晶粒子からなる第1の結晶群と、カルシウムの濃度が0.4原子%以上の結晶粒子からなる第2の結晶群とから構成されており、誘電体磁器のX線回折チャートにおいて、正方晶系のチタン酸バリウムを示す(004)面の回折強度が、立方晶系のチタン酸バリウムを示す(400)面の回折強度よりも大きく、かつキュリー温度が100〜120℃である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン酸バリウムを主成分とする結晶粒子により構成される誘電体磁器と、それを誘電体層として用いる積層セラミックコンデンサに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、モバイルコンピュータや携帯電話をはじめとするデジタル方式の電子機器の普及が目覚ましく、近い将来、地上デジタル放送が全国に展開されようとしている。地上デジタル放送用の受信機であるデジタル方式の電子機器として液晶ディスプレイやプラズマディスプレイなどがあるが、これらデジタル方式の電子機器には多くのLSIが用いられている。
【0003】
そのため、液晶ディスプレイやプラズマディスプレイなど、これらデジタル方式の電子機器を構成する電源回路にはバイパス用のコンデンサが数多く実装されているが、ここで用いられているコンデンサは、通常、高い静電容量を必要とするため高誘電率の積層セラミックコンデンサ(例えば、特許文献1〜3を参照)が採用されている。
【特許文献1】特開2004−210613号公報
【特許文献2】特開2002−362970号公報
【特許文献3】特開2006−156450号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述した特許文献1に記載された誘電体磁器については、−55〜125℃の温度範囲における比誘電率の変化率が最大でも−4.5%と安定な温度特性を有するものの、比誘電率が2500程度と低かった。
【0005】
一方、特許文献2および特許文献3に記載された誘電体磁器については、室温(25℃)における比誘電率が3700以上と高いものの、この場合には、室温(25℃)を基準にしたときの−55〜125℃の温度範囲における比誘電率の最大の変化率が±14%〜±15%と、かろうじてX7R特性を満たす程度であり、この−55〜125℃の温度範囲における比誘電率の変化率が±10%以内を満たすものではなかった。
【0006】
従って、本発明は、高誘電率かつ比誘電率の温度特性に優れた誘電体磁器と、それを用いた積層セラミックコンデンサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の誘電体磁器は、チタン酸バリウムを主成分とする結晶粒子と、該結晶粒子間に存在する粒界相とを有する誘電体磁器であって、前記チタン酸バリウムを構成するバリウム100モルに対して、バナジウムをV換算で0.05〜0.3モル、イットリウム,ジスプロシウム,ホルミウムおよびエルビウムから選ばれる1種の希土類元素(RE)をRE換算で0.5〜1.5モル含有するとともに、前記結晶粒子はカルシウムの濃度が0.2原子%以下の結晶粒子からなる第1の結晶群と、前記カルシウムの濃度が0.4原子%以上の結晶粒子からなる第2の結晶群とから構成され、前記誘電体磁器のX線回折チャートにおいて、正方晶系のチタン酸バリウムを示す(004)面の回折強度が、立方晶系のチタン酸バリウムを示す(400)面の回折強度よりも大きく、かつキュリー温度が100〜120℃であることを特徴とする。
【0008】
また、前記結晶粒子の平均粒径が0.15〜0.3μmであることが望ましい。
【0009】
また、前記誘電体磁器の研磨面に見られる前記第1の結晶群を構成する結晶粒子の面積をa、前記第2の結晶群を構成する結晶粒子の面積をbとしたときに、b/(a+b)が0.4〜0.7であることが望ましい。
【0010】
また、本発明の積層セラミックコンデンサは、上記誘電体磁器からなる誘電体層と内部電極層との積層体から構成されていることを特徴とする。
【0011】
なお、希土類元素をREとしたのは、周期表における希土類元素の英文表記(Rare earth)に基づくものである。また、本発明では、イットリウムは希土類元素に含まれるものとする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の誘電体磁器によれば、チタン酸バリウムに対して、カルシウム、バナジウムおよび希土類元素(RE)をそれぞれ所定の割合で含有させるとともに、誘電体磁器の結晶粒子をカルシウム濃度の異なる2種の結晶粒子から構成し、かつ誘電体磁器のX線回折チャートにおいて、チタン酸バリウムの正方晶系を示す(004)面の回折強度が、チタン酸バリウムの立方晶系を示す(400)面の回折強度よりも大きいものとし、かつキュリー温度を100〜120℃の範囲とすることにより、高誘電率かつ比誘電率の温度特性に優れた誘電体磁器を得ることができる。
【0013】
また、本発明の誘電体磁器によれば、結晶粒子の平均粒径を0.15〜0.3μmの範囲としたときは、高誘電率にできるとともに、比誘電率の温度特性を安定にしつつ、誘電損失を低減できる。
【0014】
また、本発明の誘電体磁器によれば、誘電体磁器の研磨面に見られる前記第1の結晶群を構成する結晶粒子の面積をa、前記第2の結晶群を構成する結晶粒子の面積をbとしたときに、b/(a+b)を0.4〜0.7の範囲としたときは誘電体磁器の比誘電率を高めることができる。
【0015】
本発明の積層セラミックコンデンサによれば、誘電体層として、上述の誘電体磁器を適用することにより、高誘電率で、比誘電率の温度特性に優れた積層セラミックコンデンサを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の誘電体磁器は、チタン酸バリウムを主成分とする結晶粒子と、その結晶粒子間に存在する粒界相とから構成されるものであり、その組成は、チタン酸バリウムを構成するバリウム100モルに対して、バナジウムをV換算で0.05〜0.3モル、イットリウム,ジスプロシウム,ホルミウムおよびエルビウムから選ばれる1種の希土類元素(RE)をRE換算で0.5〜1.5モル含有するものである。
【0017】
また、本発明の誘電体磁器を構成する結晶粒子は、カルシウムの濃度が0.2原子%以下のチタン酸バリウムを主体とする第1の結晶群を構成する結晶粒子と、カルシウムの濃度が0.4原子%以上のチタン酸バリウムを主体とする第2の結晶群を構成する結晶粒子とから構成されている。
【0018】
さらに、本発明の誘電体磁器は、X線回折チャートにおいて、正方晶系のチタン酸バリウムを示す(004)面の回折強度が、立方晶系のチタン酸バリウムを示す(400)面の回折強度よりも大きいものであり、かつキュリー温度(Tc)が100〜120℃である。
【0019】
本発明によれば、誘電体磁器を上記組成とし、誘電体磁器の結晶構造が上述したX線回折チャートの回折強度の関係になるようにし、さらに、キュリー温度を上記範囲にすることにより、室温(25℃)における比誘電率が3200以上、室温(25℃)における比誘電率を基準にしたときの−55〜125℃の温度範囲における比誘電率の最大の変化率が±10%以内を満足する誘電体磁器を得ることができる。
【0020】
図1は、本発明の誘電体磁器の微構造を示す断面模式図である。本発明の誘電体磁器は、上述のように、カルシウムの濃度が0.2原子%以下のチタン酸バリウムを主体とする第1の結晶群を構成する結晶粒子1aと、カルシウムの濃度が0.4原子%以上のチタン酸バリウムを主体とする第2の結晶群を構成する結晶粒子1bと、粒界相2とから構成されている。誘電体磁器を構成する結晶粒子をカルシウムの濃度の異なる2種の結晶粒子1aおよび1bにより形成すると、カルシウムの濃度が0.2原子%以下の結晶粒子1aのみの場合、あるいは、カルシウムの濃度が0.4原子%以上の結晶粒子1bのみの場合に比べて誘電体磁器の比誘電率を高めることができる。
【0021】
また、この誘電体磁器は、チタン酸バリウムを主成分とし、このチタン酸バリウムを構成するバリウム100モルに対して、バナジウムをV換算で0.05〜0.3モル、イットリウム,ジスプロシウム,ホルミウムおよびエルビウムから選ばれる1種の希土類元素(RE)をRE換算で0.5〜1.5モル含むことが重要である。
【0022】
即ち、チタン酸バリウムを構成するバリウム100モルに対するバナジウムの含有量がV換算で0.05モルよりも少ない場合、または、チタン酸バリウムを構成するバリウム100モルに対するイットリウム、ジスプロシウム、ホルミウムおよびエルビウムから選ばれる1種の希土類元素(RE)がRE換算で0.5モルよりも少ない場合には、−55〜125℃の温度範囲における比誘電率の最大の変化率が±10以内を満足しなくなる。
【0023】
チタン酸バリウムを構成するバリウム100モルに対するバナジウムの含有量がV換算で0.05モルよりも多い場合、または、チタン酸バリウムを構成するバリウム100モルに対するイットリウム、ジスプロシウム、ホルミウムおよびエルビウムから選ばれる1種の希土類元素(RE)がRE換算で1.5モルよりも多い場合には、室温(25℃)における比誘電率が3200よりも低くなる。
【0024】
ところで、希土類元素の中でイットリウム,ジスプロシウム,ホルミウムおよびエルビウムはチタン酸バリウムに固溶したときに異相が生成し難く、高い絶縁性が得られるから好適に用いることができ、その中でも誘電体磁器の比誘電率を高められるという理由からイットリウムがより好ましい。
【0025】
また、チタン酸バリウムおよびカルシウムを含むチタン酸バリウムに固溶している成分は不可避不純物を除き、実質的にバナジウムおよび希土類元素(RE)のみである。
【0026】
なお、本発明の誘電体磁器は、焼結性を高めるための助剤としてガラス成分や他の添加成分を誘電体磁器中に0.5〜2質量%の割合で含有させても良い。
【0027】
また、本発明の誘電体磁器は、X線回折チャートにおいて、正方晶系のチタン酸バリウムを示す(004)面の回折強度が、立方晶系のチタン酸バリウムを示す(400)面の回折強度よりも大きく、かつキュリー温度が100〜120℃である。
【0028】
ここで、本発明の誘電体磁器の結晶構造についてさらに詳細に説明すると、本発明の誘電体磁器は、結晶粒子中にバナジウムと希土類元素(RE)が固溶しても、ほとんど正方晶系を示す単相に近い結晶相により占められている。
【0029】
図2の(a)は後述の実施例の表1における本発明の誘電体磁器である試料No.3のX線回折チャートを示すものであり、(b)は同表1における比較例の誘電体磁器である試料No.15のX線回折チャートである。図3は、後述の実施例の表1における試料No.3の誘電体磁器の静電容量の温度特性を示すグラフであり、本発明の誘電体磁器は図3のような静電容量の温度特性を有している。
【0030】
ここで、特許文献1に記載された発明である従来の誘電体磁器は、その結晶構造がコア・シェル構造であり、図2の(b)のX線回折チャートに相当するものとなっている。
【0031】
即ち、チタン酸バリウムを主成分とし、コア・シェル構造を有する結晶粒子により構成される誘電体磁器では、チタン酸バリウムの正方晶系を示す(004)面および(400)面の間に現れるチタン酸バリウムの立方晶系を示す(400)面((040)面、(004)面が重なっている。)の回折強度Ixcが、チタン酸バリウムの正方晶系を示す(004)面の回折強度Ixtよりも大きくなっている。
【0032】
また、コア・シェル構造を示す結晶粒子により構成される誘電体磁器は、X線回折チャートで見る限り、正方晶系の結晶相に対して立方晶系の結晶相の割合が多いために結晶の異方性が小さくなる。そのために、X線回折チャートは(400)面の回折線が低角度側にシフトするとともに(004)面の回折線が高角度側にシフトし、両回折線は互いに少なくとも一部が重なるようになり幅広の回折線となる。
【0033】
このような誘電体磁器は、チタン酸バリウムを主成分とする粉末に、マグネシウムや希土類元素などの酸化物粉末を添加混合したものを成形した後、還元焼成することによって形成されるものであるが、この場合、コア・シェル構造を有する結晶粒子は、シェル部にマグネシウムや希土類元素(RE)などの成分が多く固溶しているのに対し、コア部はマグネシウムや希土類元素(RE)などの成分の固溶量が少ないことから、純粋に近いチタン酸バリウムの結晶相であり、このためにキュリー温度が125℃付近(122〜126℃)にある。このように、コア・シェル構造を有し、キュリー温度が125℃付近にある結晶粒子により構成される誘電体磁器は、室温(25℃)を基準にしたときの−55〜125℃の温度範囲における比誘電率の最大の変化率が±15%程度にはなるものの±10%以内を満足できない。
【0034】
これに対して、本発明の誘電体磁器は、図2の(a)に示すように、誘電体磁器のX線回折チャートにおいて、チタン酸バリウムの正方晶系を示す(004)面の回折強度Ixtが、チタン酸バリウムの立方晶系を示す(400)面の回折強度Ixcよりも大きい。
【0035】
即ち、本発明の誘電体磁器は、図2の(a)に見られるように、チタン酸バリウムの正方晶系を示す(004)面(2θ=100°付近)と(400)面(2θ=101°付近)のX線回折ピークが明確に現れるものであり、チタン酸バリウムの正方晶系を示す(004)面および(400)面の間に現れるチタン酸バリウムの立方晶系を示す(400)面((040)面、(400)面が重なっている。)の回折強度Ixcが、チタン酸バリウムの正方晶系を示す(004)面の回折強度Ixtよりも小さくなっている。
【0036】
つまり、本発明の誘電体磁器の結晶構造は、従来のコア・シェル構造のX線回折パターンとは異なり、しかも、図3に示すように、キュリー温度(Tc)が100〜120℃の範囲であり、キュリー温度が125℃である従来のコア・シェル構造をもつ誘電体磁器とは誘電特性が異なる。これはチタン酸バリウムを主成分とする結晶粒子の全体にわたりバナジウムと希土類元素(RE)とが所定量固溶しているためである。こうして、室温(25℃)での比誘電率を基準にしたときの−55〜125℃の温度範囲における比誘電率の最大の変化率を±10%以内にすることができる。
【0037】
なお、誘電体磁器のキュリー温度は、静電容量を−55〜125℃の範囲で測定し、測定した温度範囲において最大の静電容量を示す温度とする。
【0038】
また、本発明の誘電体磁器は、結晶粒子の平均粒径が0.15〜0.3μmであることが望ましい。結晶粒子の平均粒径が0.15〜0.3μmであると、室温(25℃)における比誘電率が3500以上であり、かつ室温(25℃)での比誘電率に対する−55〜125℃の温度範囲における比誘電率の最大の変化率を±10%以内に維持した状態で、室温(25℃)における誘電損失を13%以下にできる。
【0039】
ここで、結晶粒子の平均粒径は、焼成後の誘電体磁器である試料の破断面を研磨した後、走査型電子顕微鏡を用いて内部組織の写真を撮り、その写真上で結晶粒子が20〜30個入る円を描き、円内および円周にかかった結晶粒子を選択し、各結晶粒子の輪郭を画像処理して、各粒子の面積を求め、同じ面積をもつ円に置き換えたときの直径を算出し、その平均値より求める。
【0040】
また、本発明の誘電体磁器において、第1の結晶群を構成する結晶粒子1aと、第2の結晶群を構成する結晶粒子1bとの比率は、誘電体磁器の研磨面に見られる第1の結晶群を構成する結晶粒子の面積をa、第2の結晶群を構成する結晶粒子の面積をbとしたときに、b/(a+b)が0.4〜0.7の範囲であることが望ましい。第1の結晶群を構成する結晶粒子の面積と第2の結晶群を構成する結晶粒子との面積の比率を上記範囲にすると、誘電体磁器の比誘電率を3550以上に高めることができる。
【0041】
なお、本発明の誘電体磁器において、第1の結晶群を構成する結晶粒子1aと第2の結晶群を構成する結晶粒子1bとを区別して、結晶粒子の面積比率b/(a+b)を算出するには、選択した各結晶粒子に含まれるカルシウムの濃度を求め、一方で、カルシウムの濃度を求めた各結晶粒子の面積を平均粒径の評価と同様の方法により求めたデータから算出する。
【0042】
ここで、結晶粒子中のカルシウムの濃度については、誘電体磁器の断面を研磨した研磨面に存在する約50個の結晶粒子に対して、元素分析機器を付設した透過型電子顕微鏡を用いて元素分析を行う。このとき電子線のスポットサイズは5nmとし、分析する箇所は結晶粒子の粒界付近から中央部の中心の位置までの範囲で、その中心へ向けて引いた直線上のほぼ等間隔に位置する点とし、分析値は粒界付近と中心との間で4〜5点ほど分析した値の平均値とし、結晶粒子の各測定点から検出されるBa、Ti、Ca、Vおよび希土類元素(RE)の全量を100%として、そのときのカルシウムの濃度を求める。但し、選択する結晶粒子は、その輪郭から画像処理にて各粒子の面積を求め、同じ面積をもつ円に置き換えたときの直径を算出し、求めた結晶粒子の直径が平均結晶粒径の±60%の範囲にある結晶粒子とする。
【0043】
ここで、結晶粒子の中央部とは、当該結晶粒子の内接円の中心から当該内接円の半径の1/3の長さを半径とする円で囲まれる範囲をいい、また、結晶粒子の粒界付近とは、当該結晶粒子の粒界から5nm内側までの領域のことである。そして、結晶粒子の内接円は、透過電子顕微鏡にて映し出されている画像をコンピュータに取り込んで、その画面上で結晶粒子に対して内接円を描き、結晶粒子の中央部を決定する。
【0044】
次に、本発明の誘電体磁器を製造する方法について説明する。まず、原料粉末として、純度が99%以上のチタン酸バリウム粉末(以下、BT粉末という。)およびチタン酸バリウムにカルシウムが固溶した粉末(以下、BCT粉末という。)と、添加成分として、V粉末と、Y粉末、Dy粉末、Ho粉末およびEr粉末のうち少なくとも1種の希土類元素(RE)の酸化物粉末とを準備する。
【0045】
本発明の誘電体磁器を製造するのに用いるBT粉末として、原料粉末の段階でのキュリー温度が128〜131℃を示すBT粉末とBCT粉末(キュリー温度:130℃)とを用いる。本発明では、特に、キュリー温度が128℃〜131℃を示すBT粉末を用いることにより、キュリー温度が125℃付近にある従来のBT粉末を用いた場合に比較して、所定量のV粉末および希土類元素(RE)の酸化物粉末を添加して得られる誘電体磁器はキュリー温度が高温側にある分、125℃における比誘電率が高くなり、その結果、キュリー温度を100〜120℃の範囲にすることができるとともに、室温(25℃)を基準にしたときの−55〜125℃の温度範囲における比誘電率の最大の変化率を容易に±10%以内にできる。なお、BT粉末のキュリー温度は示差走査熱量分析(Differential Scanning Calorimetry:DSC)により測定する。
【0046】
BT粉末およびBCT粉末の平均粒径は0.1〜0.17μmが好ましい。BT粉末およびBCT粉末の平均粒径が0.1以上であると、焼結時の粒成長を抑制できるために比誘電率の向上とともに誘電損失の低下が図れるという利点がある。
【0047】
一方、BT粉末およびBCT粉末の平均粒径が0.17μm以下であると、バナジウムおよび希土類元素などの添加剤を結晶粒子の内部にまで固溶させることが容易となり、また、後述するように、焼成前後における、BT粉末から結晶粒子への粒成長の比率を所定の範囲まで高められるという利点がある。
【0048】
添加剤であるV粉末ならびにY粉末、Dy粉末、Ho粉末およびEr粉末のうち少なくとも1種の希土類元素(RE)の酸化物粉末についても平均粒径はBT粉末およびBCT粉末と同等、もしくはそれ以下のものを用いることが好ましい。
【0049】
次いで、これらの原料粉末を、BT粉末およびBCT粉末を構成するバリウム100モルに対してV粉末を0.05〜0.3モル、Y粉末、Dy粉末、Ho粉末およびEr粉末から選ばれる希土類元素(RE)をRE換算で0.5〜1.5モルの割合で配合して、所定形状の成形体を作製し、この成形体を脱脂した後、還元雰囲気中にて焼成する。
【0050】
なお、本発明の誘電体磁器を製造するに際しては、所望の誘電特性を維持できる範囲であれば焼結助剤としてガラス粉末を添加しても良く、その添加量は、主な原料粉末であるBT粉末の合計量を100質量部としたときに0.5〜2質量部が良い。
【0051】
焼成温度は、ガラス粉末等の焼結助剤を用いる場合には、BT粉末への添加剤の固溶と結晶粒子の粒成長を制御するという理由から1050〜1150℃が好適であり、一方、ガラス粉末等の焼結助剤を用いないで、ホットプレス法等の加圧焼成による場合には1050℃未満の温度での焼結が可能になる。
【0052】
本発明では、かかる誘電体磁器を得るために、キュリー温度が128〜131℃のBT粉末とキュリー温度が130℃のBCT粉末とを用い、これに上述の添加剤を所定量添加し、上記温度で焼成する。こうしてBT粉末およびBCT粉末に対して各種の添加剤の固溶量が制御され、その結果、得られる誘電体磁器は、X線回折チャートにおいて正方晶系のチタン酸バリウムを示す(004)面の回折強度が、立方晶系のチタン酸バリウムを示す(400)面の回折強度よりも大きいものとなり、また、キュリー温度を100〜120℃の範囲とすることができる。
【0053】
また、本発明では、焼成時に還元されて低下した絶縁抵抗を回復するために、焼成後に、再度、弱還元雰囲気にて熱処理を行う。その温度は結晶粒子の更なる粒成長を抑えつつ再酸化量を高めるという理由から900〜1100℃が好ましい。
【0054】
図4は、本発明の積層セラミックコンデンサの例を示す断面模式図である。本発明の積層セラミックコンデンサは、コンデンサ本体10の両端部に外部電極4が設けられたものであり、また、コンデンサ本体10は誘電体層5と内部電極層7とが交互に積層された積層体から構成されている。そして、誘電体層5は上述した本発明の誘電体磁器によって形成されることが重要である。なお、図4では、誘電体層5と内部電極層7との積層の状態を単純化して示しているが、本発明の積層セラミックコンデンサは、誘電体層5と内部電極層7とが数百層にも及ぶ積層体を形成している。
【0055】
このような本発明の積層セラミックコンデンサによれば、誘電体層5として、上記の誘電体磁器を適用することにより、高誘電率であり、また比誘電率の温度変化が、室温(25℃)を基準にしたときの−55〜125℃の温度範囲における比誘電率の最大の変化率が±10%以内を満足するものを得ることができる。本発明の誘電体磁器によれば、高誘電率かつ安定な比誘電率の温度特性を実現できることから、例えば、バイパスコンデンサとして用いた時の静電容量の変化を低減でき、これにより高容量の電荷を入出力できるコンデンサとして機能を高められる。
【0056】
ここで、誘電体層5の厚みは3μm以下、特に、2.5μm以下であることが積層セラミックコンデンサを小型高容量化する上で好ましく、さらに本発明では静電容量のばらつきおよび容量温度特性の安定化のために、誘電体層5の厚みは1μm以上であることがより望ましい。
【0057】
内部電極層7を形成する材料としては、高積層化しても製造コストを抑制できるという点で、ニッケル(Ni)や銅(Cu)などの卑金属が望ましく、特に、本発明における誘電体層1との同時焼成が図れるという点でニッケル(Ni)がより望ましい。
【0058】
外部電極4は、例えば、CuもしくはCuとNiの合金ペーストを焼き付けて形成される。
【0059】
次に、積層セラミックコンデンサの製造方法について説明する。上記の素原料粉末に専用の有機ビヒクルを加えてセラミックスラリを調製し、次いで、セラミックスラリをドクターブレード法やダイコータ法などのシート成形法を用いてセラミックグリーンシートを形成する。この場合、セラミックグリーンシートの厚みは誘電体層の高容量化のための薄層化、高絶縁性を維持するという点で1〜4μmが好ましい。
【0060】
次に、得られたセラミックグリーンシートの主面上に矩形状の内部電極パターンを印刷して形成する。内部電極パターンとなる導体ペーストはNi、Cuもしくはこれらの合金粉末が好適である。
【0061】
次に、内部電極パターンが形成されたセラミックグリーンシートを所望枚数重ねて、その上下に内部電極パターンを形成していないセラミックグリーンシートを複数枚、上下層が同じ枚数になるように重ねてシート積層体を形成する。この場合、シート積層体中における内部電極パターンは、長寸方向に半パターンずつずらしてある。
【0062】
次に、シート積層体を格子状に切断して、内部電極パターンの端部が露出するようにコンデンサ本体成形体を形成する。このような積層工法により、切断後のコンデンサ本体成形体の端面に内部電極パターンが交互に露出されるように形成できる。
【0063】
次に、コンデンサ本体成形体を脱脂したのち、上記した誘電体磁器と同様の焼成条件および弱還元雰囲気での熱処理を行うことによりコンデンサ本体を作製する。
【0064】
次に、このコンデンサ本体の対向する端部に、外部電極ペーストを塗布して焼付けを行い外部電極4を形成する。また、この外部電極4の表面には実装性を高めるためにメッキ膜を形成しても構わない。
【実施例】
【0065】
まず、原料粉末として、BT粉末、BCT粉末(組成は(Ba1−xCa)TiO、 X=0.05)、Y粉末、Dy粉末、Ho粉末、Er粉末およびV粉末を準備し、これらの各種粉末を表1に示す割合で混合した。Y粉末、Dy粉末、Ho粉末、Er粉末およびV粉末の添加量は、BT粉末100モルに対する割合である。これらの原料粉末は純度が99.9%のものを用いた。なお、BT粉末およびBCT粉末の平均粒径は表1に示した。また、BT粉末のキュリー温度を表1に示した。BCT粉末はキュリー温度が130℃のものを用いた。Y粉末、Dy粉末、Ho粉末、Er粉末およびV粉末は平均粒径が0.1μmのものを用いた。BT粉末のBa/Ti比およびBCT粉末の(Ba+Ca)/Ti比はいずれも1とした。焼結助剤はSiO=55、BaO=20、CaO=15、LiO=10(モル%)組成のガラス粉末を用いた。ガラス粉末の添加量はBT粉末およびBCT粉末の合計量100質量部に対して1質量部とした。
【0066】
次に、これらの原料粉末にポリビニルアルコールとイオン交換水とを添加して直径5mmのジルコニアボールを用いて湿式混合した。
【0067】
次に、湿式混合した粉末を乾燥させた後、この粉末を用いて直径16mm、厚み1.5mmの成形体を作製し、水素−窒素中、1110〜1130℃で2時間焼成した(試料No.1については1110℃、それ以外の試料は1130℃)。この後、1000℃まで降温し、窒素雰囲気中で4時間の加熱処理(再酸化処理)を施し、冷却して評価試料となる誘電体磁器を得た。
【0068】
次に、作製した誘電体磁器について以下の評価を行った。評価はいずれも試料数10個とし、その平均値を求めた。静電容量等の誘電特性を測定する際の誘電体磁器は、その上下両面にIn−Gaを塗布して電極膜を形成した。比誘電率は静電容量を温度25℃、周波数1.0kHz、測定電圧1Vrmsの測定条件で測定し、得られた静電容量から誘電体磁器の厚みと、塗布した電極膜の面積および真空の誘電率をもとに換算して求めた。誘電損失も静電容量と同条件で測定した。比誘電率の温度特性は静電容量を温度−55〜125℃の範囲で測定し、測定した温度範囲において最大の静電容量を示す温度をキュリー温度とした。
【0069】
結晶粒子の平均粒径は、焼成後の誘電体磁器である試料の破断面を研磨した後、走査型電子顕微鏡を用いて内部組織の写真を撮り、その写真上で結晶粒子が20〜30個入る円を描き、円内および円周にかかった結晶粒子を選択した。次いで、各結晶粒子の輪郭を画像処理して、各粒子の面積を求め、同じ面積をもつ円に置き換えたときの直径を算出し、その平均値より求めた。
【0070】
結晶粒子中のカルシウムの濃度については、断面を研磨した誘電体磁器の研磨面に存在する約50個の結晶粒子に対して、元素分析機器を付設した透過型電子顕微鏡を用いて元素分析を行った。このとき電子線のスポットサイズは5nmとし、分析する箇所は、結晶粒子の粒界付近から中央部へ向けて引いた直線上のほぼ等間隔に位置する点とした。分析する箇所は結晶粒子の粒界付近から中央部の中心の位置までの範囲で、その中心へ向けて引いた直線上のほぼ等間隔に位置する点とし、分析値は粒界付近と中心との間で4〜5点ほど分析した値の平均値とし、結晶粒子の各測定点から検出されるBa、Ti、Ca、Vおよび希土類元素の全量を100%として、そのときのカルシウムの濃度を求めた。このような分析において、カルシウムの濃度が0.2原子%以下を示した結晶粒子を第1の結晶群を構成する結晶粒子とし、カルシウムの濃度が0.4原子%以上を示した結晶粒子を第2の結晶群を構成する結晶粒子とした。また、この場合、選択する結晶粒子は、その輪郭から画像処理にて各粒子の面積を求め、同じ面積をもつ円に置き換えたときの直径を算出し、このようにして直径を求めた結晶粒子の直径が平均粒径の±60%の範囲にある結晶粒子とした。
【0071】
この測定で結晶粒子の中央部は当該結晶粒子の内接円の中心から半径の1/3の長さの範囲とし、一方、結晶粒子の粒界付近は当該結晶粒子の粒界から5nm内側の領域とした。なお、結晶粒子の内接円は透過電子顕微鏡にて映し出されている画像をコンピュータの画面上で内接円を描き、その画面上の画像から結晶粒子の中央部を決定した。
【0072】
誘電体磁器を構成する第1の結晶群を構成する結晶粒子および第2の結晶群を構成する結晶粒子の面積割合(b/(a+b) ここで、第1の結晶群を構成する結晶粒子1aの面積をa、第2の結晶群を構成する結晶粒子1bの面積をb)は、上記約50個について結晶粒子の平均粒径と同様の方法により求めた面積のデータから算出した。
【0073】
得られた誘電体磁器である試料の組成分析はICP(Inductively Coupled plasma)分析もしくは原子吸光分析により行った。この場合、得られた誘電体磁器を硼酸と炭酸ナトリウムと混合し溶融させたものを塩酸に溶解させて、まず、原子吸光分析により誘電体磁器に含まれる元素の定性分析を行い、次いで、特定した各元素について標準液を希釈したものを標準試料として、ICP発光分光分析にかけて定量化した。また、各元素の価数を周期表に示される価数として酸素量を求めた。
【0074】
表1に調合組成と焼成温度および特性の結果を示した。なお、作製した誘電体磁器の組成は調合組成と同じであることを上記組成分析より確認した。
【0075】
【表1】

【0076】
表1の結果から明らかなように、チタン酸バリウムを主成分とし、チタン酸バリウムを構成するバリウム100モルに対して、バナジウムをV換算で0.05〜0.3モル、イットリウム、ジスプロシウム、ホルミウムおよびエルビウムから選ばれる希土類元素をRE換算で0.5〜1.5モル含み、結晶粒子はカルシウムの濃度が0.2原子%以下の結晶粒子からなる第1の結晶群と、前記カルシウムの濃度が0.4原子%以上の結晶粒子からなる第2の結晶群とから構成されており、さらに、誘電体磁器のX線回折チャートにおいて、正方晶系のチタン酸バリウムを示す(004)面の回折強度が、立方晶系のチタン酸バリウムを示す(400)面の回折強度よりも大きく、かつキュリー温度が100〜120℃である本発明の試料No.1〜4,6〜9,12,13,16〜18および20〜24では、室温(25℃)における比誘電率が3200以上、室温(25℃)を基準にしたときの−55〜125℃の温度範囲における比誘電率の最大の変化率が±10%以内を満足する誘電体磁器を得ることができた。
【0077】
また、結晶粒子の平均粒径を0.15〜0.3μmとした試料No.2,3,6〜9,12,13,16〜18および20〜24では、室温(25℃)における比誘電率が3500以上、室温(25℃)を基準にしたときの125℃における比誘電率の温度変化率が±10%以内を満足するとともに、室温(25℃)における誘電損失が13%以下であった。
【0078】
さらに、誘電体磁器の研磨面に見られる第1の結晶群を構成する結晶粒子の面積をa、第2の結晶群を構成する結晶粒子の面積をbとしたときに、b/(a+b)が0.4〜0.7の範囲とした試料No.試料No.2,3,6〜9,12,13,16〜18,22および23では、では、誘電体磁器の比誘電率を3550以上に高めることができた。
【0079】
また、本発明の誘電体磁器を誘電体層として用いた積層セラミックコンデンサにおいても同様の結果が得られた。
【0080】
これに対して、本発明の範囲外の試料No.5,10,11,14,15および19では、比誘電率が3200より低いか、室温(25℃)を基準にしたときの−55〜125℃の温度範囲における比誘電率の最大の変化率が±10%以内を満足しないものであった。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】本発明の誘電体磁器の微構造を示す断面模式図である。
【図2】(a)は実施例における本発明の誘電体磁器である試料No.3のX線回折チャートを示すものであり、(b)は実施例における比較例の誘電体磁器である試料No.5X線回折チャートである。
【図3】実施例における試料No.3の静電容量の温度特性を示すグラフである。
【図4】本発明の積層セラミックコンデンサの例を示す断面模式図である。
【符号の説明】
【0082】
5 誘電体層
7 内部電極層
10 コンデンサ本体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン酸バリウムを主成分とする結晶粒子と、該結晶粒子間に存在する粒界相とを有する誘電体磁器であって、前記チタン酸バリウムを構成するバリウム100モルに対して、バナジウムをV換算で0.05〜0.3モル、イットリウム,ジスプロシウム,ホルミウムおよびエルビウムから選ばれる1種の希土類元素(RE)をRE換算で0.5〜1.5モル含有するとともに、前記結晶粒子はカルシウムの濃度が0.2原子%以下の結晶粒子からなる第1の結晶群と、前記カルシウムの濃度が0.4原子%以上の結晶粒子からなる第2の結晶群とから構成されており、前記誘電体磁器のX線回折チャートにおいて、正方晶系のチタン酸バリウムを示す(004)面の回折強度が、立方晶系のチタン酸バリウムを示す(400)面の回折強度よりも大きく、かつキュリー温度が100〜120℃であることを特徴とする誘電体磁器。
【請求項2】
前記結晶粒子の平均粒径が0.15〜0.3μmであることを特徴とする請求項1に記載の誘電体磁器。
【請求項3】
前記誘電体磁器の研磨面に見られる前記第1の結晶群を構成する結晶粒子の面積をa、前記第2の結晶群を構成する結晶粒子の面積をbとしたときに、b/(a+b)が0.4〜0.7であることを特徴とする請求項2に記載の誘電体磁器。
【請求項4】
請求項1乃至3のうちいずれかに記載の誘電体磁器からなる誘電体層と内部電極層との積層体から構成されていることを特徴とする積層セラミックコンデンサ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−6634(P2010−6634A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−167421(P2008−167421)
【出願日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】