説明

赤潮藻類殺藻ペプチドおよびその利用

【課題】 ノリの「色落ち」現象などの原因となる、赤潮藻類に対する殺藻活性を有するペプチドを提供する。
【解決手段】 本発明に係るペプチドは、特定のアミノ酸配列を有するものである。このペプチドは、赤潮の原因となる藻類の細胞に結合し、その細胞を死に至らしめる。このペプチドは、Pseudoaltermonas sp.の菌体外セリンプロテアーゼのC末端領域からなり、大腸菌発現系などの発現系により簡単に発現させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤潮の原因となる珪藻を殺藻するペプチドおよびその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Skeletonema costatum (以下「S. costatum」と称する)は、主に冬期に有明海で赤潮を形成する珪藻である。上記の通り、赤潮の原因となる藻類(珪藻類、鞭毛藻類等)を総じて赤潮藻類と称する。S. costatumの赤潮形成により海中の栄養分は不足し、赤潮発生領域で養殖しているノリが黒く色付かない「色落ち」現象が生じることが知られている。
【0003】
一方、赤潮珪藻を殺藻する細菌が存在することが知られている。例えば、有明海から分離された海洋性細菌Pseudoalteromonas sp. A28株(以下、「A28株」と称する)は、S. costatumを殺藻する能力を有することが非特許文献1に記載されている。
【0004】
図2は、赤潮藻類S. costatumとA28株とを混合培養した結果を示す図であり、混合培養開始時(同図(a))および混合培養開始から6日後(同図(b))の状態を示している。同図に示すように、S. costatumとA28株とを6日間混合培養することにより、S. costatumは略完全に殺藻される。この結果から、A28株が赤潮藻類に対する殺藻活性を有していることが理解できる。
【0005】
本発明の発明者らは、非特許文献2に記載の発明において、A28株を単独で培養した液体培地の上清をS. costatum培養液に添加するとS. costatumは殺藻されることから、A28株は何らかの殺藻物質を菌体外に分泌していることを明らかにした。さらに、遺伝学的および生化学的解析から、上記殺藻物質が菌体外分泌セリンプロテアーゼであることを明らかにした。以下にA28株の培養液から上記セリンプロテアーゼを精製した結果を示す。
【0006】
図3(a)はA28株の菌体外分泌セリンプロテアーゼの各精製過程における精製画分のSDS-PAGEの結果を示し、図3(b)は上記セリンプロテアーゼの赤潮藻類(S. costatum)に対する殺藻試験の結果を示す図である。図3(a)において、Aはサイズマーカーを、Bは濃縮した培養上清を、CはPOROS HQカラム画分を、Dは精製酵素画分を、それぞれ電気泳動を行った結果を示している(詳細については非特許文献2を参照)。この結果から、単一のバンドを形成するタンパク質が精製されていることが分かる。
【0007】
また、図3(b)に示すように、精製された菌体外セリンプロテアーゼを円形のろ紙に含ませたものをS. costatumが生えている寒天培地上に静置した。コントロールとしてA28株用の新鮮な培養液をろ紙に含ませたものを用いた。その結果、同図に示すように、精製された菌体外セリンプロテアーゼを含ませたろ紙の周辺のS. costatumは殺藻され、培地は透明になった。この結果より、上記菌体外セリンプロテアーゼは赤潮藻類(S. costatum)に対する殺藻活性を示すことが明らかになった。
【0008】
赤潮藻類(S. costatum)に対する殺藻物質がプロテアーゼであることが示されたため、本発明の発明者らは、市販されているプロテアーゼ(アクチナーゼE、ペプシン、トリプシン、ズブチリシン等)の赤潮藻類(S. costatum)に対する殺藻活性を調べた。しかし、いずれのプロテアーゼも赤潮藻類(S. costatum)に対する殺藻活性を示さなかった。この結果から、菌体外プロテアーゼが赤潮藻類(S. costatum)に対する殺藻活性を発揮するためには、タンパク質分解活性だけではなく、それ以外の何らかの機能が必要ではないかと考えられた。
【非特許文献1】Kato, J., Amie, J., Murata, Y., Kuroda, A., Mitsutani, A., and Ohtake, H. Development of a genetic transformation system for an alga-lysing bacterium. Appl. Environ. Microbiol., 64:2061-2064 (1998).
【非特許文献2】Lee, S.-O., Kato, J., Takiguchi, N., Kuroda, A., Ikeda, T., Mitsutani, A., and Ohtake, H. Involvement of an extracellular protease in algicidal activity of the marine bacterium Pseudoalteromonas sp. strain A28. Appl. Environ. Microbiol., 66:4334-4339 (2000).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
赤潮藻類(特にS. costatum)に対する殺藻物質がプロテアーゼであることが示されたため、当該プロテアーゼを大量生産すれば、赤潮藻類に対する殺藻剤として利用できる。しかしながら、A28株の菌体外セリンプロテアーゼのアミノ酸配列および当該プロテアーゼをコードする遺伝子の塩基配列は明らかになっていないため、遺伝子工学的な手法、例えば大腸菌発現系を用いたタンパク質生産方法、を用いて当該プロテアーゼを生産することはできない。それゆえ、当該プロテアーゼを大量生産し、赤潮藻類に対する殺藻剤として利用することは産業上困難である。
【0010】
また、上述したように上記プロテアーゼのどの領域が赤潮藻類に対する殺藻に関与しているのかは明らかになっていない。上記領域が明らかになれば、当該領域のみを大腸菌等の宿主内において発現させることにより、当該プロテアーゼの全領域を発現させる場合よりも発現効率を高めることができる可能性があるとともに、外来タンパク質を発現させることによる宿主への悪影響(例えば、宿主菌の増殖効率の低下)を少なくすることができる可能性がある。
【0011】
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたもので、その目的は、A28株の菌体外セリンプロテアーゼをコードする遺伝子のDNA配列を明らかにするとともに、当該プロテアーゼのどの領域が赤潮藻類に対する殺藻活性を有するのかを明らかにすることにより、大量生産が容易な赤潮藻類に対する殺藻活性ペプチドおよび当該ペプチドを含む赤潮藻類に対する殺藻剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、A28株の菌体外セリンプロテアーゼをコードする遺伝子を単離し、その塩基配列を決定した。この新規遺伝子は、発明者らによりespIと命名された。そして、生化学的な解析から、当該espI遺伝子がコードする菌体外セリンプロテアーゼ(以下、「EspIプロテアーゼ」と称する)のC末端領域は、赤潮藻類の細胞に結合する活性を有していること、さらには、当該C末端領域のみで赤潮藻類を殺藻することができることが明らかとなった。上記の結果から、本発明者らは、EspIプロテアーゼのC末端領域が赤潮藻類の殺藻において重要であり、当該C末端領域を有するペプチドを生産することにより、容易に赤潮藻類殺藻ペプチドを提供できると結論付け、本発明を完成させるに至った。
【0013】
即ち、本発明は、学術上または産業上有用な方法・物質として、下記A)〜P)の発明を含むものである。
【0014】
A)赤潮藻類殺藻活性を有するペプチドであって、
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列;または
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列、
を含むことを特徴とするペプチド。
【0015】
B)赤潮藻類殺藻活性を有するペプチドであって、
(a)配列番号10に示されるアミノ酸配列;または
(b)配列番号10に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列、
を含むことを特徴とするペプチド。
【0016】
C)Aのペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【0017】
D)Bのペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【0018】
E)配列番号3または11に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、赤潮藻類殺藻活性を有するペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【0019】
F)C)〜E)のいずれかのポリヌクレオチドを含むベクター。
【0020】
G)C)〜E)のいずれかのポリヌクレオチドを導入してなる形質転換体。
【0021】
H)F)のベクターを用いることを特徴とするペプチドの製造方法。
【0022】
I)Gの形質転換体を用いることを特徴とするペプチドの製造方法。
【0023】
J)C)〜E)のいずれかのポリヌクレオチドにおける少なくとも一部の塩基配列またはその相補配列をプローブとして用いた検出器具。
【0024】
K)A)またはB)のペプチドと結合する抗体。
【0025】
L)A)またはB)のペプチドを固定してなる担体。
【0026】
M)A)またはB)のペプチドを含むことを特徴とする赤潮藻類殺藻用薬剤。
【0027】
N)A)またはB)のペプチドを含むことを特徴とする魚用飼料。
【0028】
O)A)またはB)のペプチドを細胞表層に発現する微生物。
【0029】
P)A)またはB)のペプチドを用いた赤潮藻類の殺藻方法。
【発明の効果】
【0030】
本発明に係るペプチドは、赤潮藻類殺藻活性を有するペプチドである。それゆえ、赤潮藻類を効果的に殺藻することができ、赤潮による被害を低減することができる手段を提供できるという効果を奏する。
【0031】
また本発明に係るペプチドは、比較的小さなサイズのペプチドである。したがって遺伝子工学的手法等によって、本発明に係るペプチドを大量かつ簡便に生産することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
本発明の実施の形態について以下に説明するが、本発明は以下の記載に限定されるものではない。
【0033】
(1)本発明に係るペプチドおよびその遺伝子の特徴
本発明に係るペプチドは、赤潮藻類の細胞を死に至らしめる活性(赤潮藻類殺藻活性)を有しているものである。上記赤潮藻類殺藻活性とは、赤潮藻類の細胞の生命活動を停止させる活性または当該細胞の増殖を停止させる活性を意味している。上記活性の検出方法としては、図3(b)に示した方法を挙げることができる。すなわち、赤潮藻類が生えている寒天培地等の培地上に、検査対象となるペプチドを含む溶液をしみ込ませたろ紙を静置し、20℃で一晩培養し、上記ろ紙の周りの藻類が死ぬことにより透明な領域が形成されるかどうかで上記活性を検出できる。また、別の方法として、赤潮藻類の細胞を新鮮な培養液に移植し、さらに検査対象となるペプチドを添加し、20℃で3〜5日間培養した後に、当該細胞が増殖したかどうかを調べることにより上記活性を検出できる。細胞が増殖したかどうかは、培養液の色の変化を調べることによって確認できるとともに、吸光光度計により培養液の濁度を測定することによっても確認できる。
本実施の形態では、本発明に係るペプチドの一例として、海洋性細菌A28株が分泌するEspIプロテアーゼを挙げて説明する。このEspIプロテアーゼは、赤潮藻類S. costatumを殺藻するプロテアーゼとして、その存在は既に知られていたが、本発明の発明者らによって当該プロテアーゼをコードする遺伝子の塩基配列およびそのアミノ酸配列が明らかになったものである。
【0034】
本発明の発明者らは、大腸菌発現系によりEspIプロテアーゼの全長を含むタンパク質を発現させることを試みた。しかし、大腸菌(BL21(DE3))に当該遺伝子を導入したところ、形質転換株の増殖は非常に悪くなってしまい、EspIプロテアーゼを大量生産できなかった。そこで、A28株のespI遺伝子破壊株を宿主として利用した発現系の構築を試みたが、この系ではespIの遺伝子導入すらできなかった。しかし、EspIプロテアーゼのC末端領域のみを発現させることには成功し、当該C末端領域のみで赤潮藻類殺藻活性を示すことを発見した。
【0035】
このように上記C末端領域の発現が容易なのは、当該C末端領域はプロテアーゼ活性を持たないため、当該C末端領域を宿主菌内で大量発現させても、当該宿主菌に対して悪影響を及ぼさないためであると推測される。
【0036】
なお、A28株は、S. costatumのみならず、珪藻Skeletonema costatum NIES-324、Eucampia zodiacs、鞭毛藻Chattonella antiquaを殺藻することができる(非特許文献1参照)。この事実から、EspIプロテアーゼは、S. costatumのみならず、Skeletonema costatum NIES-324、Eucampia zodiacs、Chattonella antiqua、さらに上記以外の藻類に対して殺藻活性を有していると推測される。また、藻類以外の微生物、例えばシアノバクテリアなど、に対しても解菌効果(殺菌効果)を有している可能性も考えられる。
【0037】
また、A28株のみならず、その近縁のラインもEspIプロテアーゼと同様の機能を有するプロテアーゼを菌対外に分泌している可能性が考えられる。
【0038】
本発明のEspIプロテアーゼは、図1(配列番号2)に示すアミノ酸配列(711アミノ酸残基、73kDa)からなるものである。同図には、EspIプロテアーゼのアミノ酸配列が示されている。同図において、プロセシング後のEspIプロテアーゼ(以下、「成熟プロテアーゼ」と称する)のN末端のアミノ酸残基(A149)は白抜き文字で表示されており、後述する繰返し領域のアミノ酸配列には二重下線が付されている。また、後述するC3、C5、CのC末端のアミノ酸残基は太字で示されている。
【0039】
A28株の培養液から精製したEspIプロテアーゼのN末端アミノ酸配列および分子量(50kDa)(非特許文献2参照)を考慮すると、図4に示すように、EspIプロテアーゼの成熟化に伴いN末端側の148アミノ酸残基とC末端側の約7kDaの領域がプロセスされていると考えられ、成熟プロテアーゼのC末端はG650(配列番号2に示すアミノ酸配列の第650位のグリシン(G))の周辺になると推定される。同図には、プロセス領域が白抜きの部分で、成熟プロテアーゼの領域が黒塗りの部分で示されている。さらに同図中において、EspIプロテアーゼをコードする遺伝子の制限酵素サイト地図および当該遺伝子のcDNAを表す矢印が示されている。
【0040】
さらに、EspIプロテアーゼは、C末端側に2回繰返しアミノ酸配列を有する領域(以下、「繰返し領域」と称す)を備えている。この繰返し領域は、具体的には、図5に示すように、高い相同性を有する2つの領域(以下では、「相同領域A」および「相同領域B」と称す)が7アミノ酸残基を挟んで隣接しているものである。同図には、相同領域A(497〜594番目)(配列番号6)および相同領域B(608〜705番目)(配列番号7)のアミノ酸配列が上下に並べて示されており、同一のアミノ酸残基は白抜きで示されている。
【0041】
さらに、上記のC末端領域は、後述する実施例に示すように、プロテアーゼ活性は有しないが、赤潮藻類の細胞と結合する活性を有しているとともに、赤潮藻類殺藻活性を有している。すなわち、EspIプロテアーゼが有する殺藻活性の少なくとも一部は、C末端領域(配列番号1または配列番号10)に由来しており、当該C末端領域のみで「赤潮藻類殺藻ペプチド」として機能する。以下の説明では、上記C末端領域のみからなるペプチドを「赤潮藻類殺藻ペプチド」と称する。
【0042】
上記赤潮藻類殺藻ペプチドは、プロテアーゼ活性を有していないため、後述する実施例に示すように、大腸菌発現系において大量発現させることができる。そのため、EspIプロテアーゼ全体を発現させることが出来ないという問題を解決することができ、赤潮藻類殺藻活性を有するペプチドを大量生産することができる。
【0043】
なお、本発明に係るペプチドは、アミノ酸がペプチド結合してなるペプチドであればよいが、これに限定されるものではなく、ペプチド以外の構造を含む複合ペプチドであってもよい。したがって、赤潮藻類殺藻ペプチドは、配列番号1または10に示されるアミノ酸配列以外に、他の構造を含む複合ペプチドであっても良い。ここでいうペプチド以外の構造としては、糖鎖やイソプレノイド基等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。
【0044】
あるいは、本発明に係るペプチドは、赤潮殺藻活性を高めるために、他のペプチドと融合させて使用してもよい。例えば、赤潮藻類殺藻ペプチドをEspIプロテアーゼ以外のプロテアーゼと融合させることにより赤潮殺藻活性を高めてもよい。
【0045】
また、本発明に係るペプチドは、付加的なペプチドを含むものであってもよい。このようなペプチドが付加される場合としては、例えば、HisやMyc、Flag等によって本発明に係るペプチドがエピトープ標識されるような場合が挙げられる。
【0046】
さらに、本発明に係るペプチドは、後述する本発明に係るポリヌクレオチド(本発明に係るペプチドをコードする遺伝子)を宿主細胞に導入して、そのペプチドを細胞内発現させた状態のものであってもよいし、細胞、組織などから単離精製された状態のものであってもよい。また、上記宿主細胞での発現条件によっては、本発明に係るペプチドは、他のペプチドとつながった融合ペプチドであってもよい。さらに本発明に係るペプチドは、無細胞系によって合成されたものであってもよいし、化学合成されたものであってもよい。
【0047】
さらに、本発明に係るペプチドは、その一部が改変された変異ペプチドであってもよい。即ち、本発明に係るペプチドには、(a)配列番号1または10に示されるアミノ酸配列からなるペプチドのみならず、(b)配列番号1または10に示されるアミノ酸配列において、1個または数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、赤潮殺藻活性を有するペプチドも含まれる。すなわち、変異赤潮藻類殺藻ペプチドおよび変異EspIプロテアーゼも、本発明に係るペプチドに含まれる。
【0048】
上記「1個またはそれ以上のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/または付加された」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ペプチド作製法により置換、欠失、挿入、及び/または付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下)のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/または付加されることを意味する。このように、上記(b)のペプチドは、上記(a)のペプチドの変異ペプチドである。なお、ここでいう「変異」は、主として公知の変異ペプチド作製法により人為的に導入された変異を意味するが、天然に存在する同様の変異ペプチドを単離精製したものであってもよい。
【0049】
(1−2)本発明に係るポリヌクレオチド
本発明に係るポリヌクレオチドは、上記(a)または(b)のペプチドをコードするポリヌクレオチド、およびその塩基配列の一部を改変した改変ポリヌクレオチドが含まれる。本発明に係るポリヌクレオチドを適当な宿主(例えば細菌、酵母)に導入すれば、本発明に係るペプチドをその宿主内で発現させることができる。また、例えば、上記(a)または(b)のペプチドをコードするポリヌクレオチドを適当なベクターに導入し、組み換えバキュロウイルスを作成し、このバキュロウイルスに昆虫の組織を感染させると、昆虫の組織において、本発明に係るペプチドを発現させることができる。
【0050】
本発明に係るポリヌクレオチドは、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNAをも包含する。アンチセンス鎖は、プローブとしてまたはアンチセンス薬剤として利用できる。DNAには、例えばクローニングや化学合成技術またはそれらの組み合わせで得られるようなcDNAやゲノムDNAなどが含まれる。さらに、本発明に係るポリヌクレオチドは、上記(a)または(b)のペプチドをコードする配列以外に、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
【0051】
本発明に係るポリヌクレオチドの一例として、EspIプロテアーゼをコードする遺伝子(以下、「espI遺伝子」と称する)を挙げることができる。このespI遺伝子は、配列番号5に示される塩基配列を有しており、配列番号4に示される塩基配列(2136bp)をオープンリーディングフレーム(ORF)領域として有している。また、espI遺伝子は、上記繰返し領域(赤潮藻類殺藻ペプチド)をコードする塩基配列(627bp)(配列番号3および11)を含んでいる。
【0052】
さらに、本発明に係るポリヌクレオチドは、上記配列番号3または11に示される塩基配列を有するポリヌクレオチドに限定されるものではなく、配列番号3または11に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドが含まれる。なお、上記「ストリンジェントな条件」とは、少なくとも90%の同一性、好ましくは少なくとも95%の同一性、最も好ましくは少なくとも97%の同一性が配列間に存在するときにのみハイブリダイゼーションが起こることを意味する。
【0053】
上記ハイブリダイゼーションは、J.Sambrook et al. Molecular Cloning,A Laboratory Manual,2d Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができる。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなる(ハイブリダイズし難くなる)。
【0054】
(2)本発明に係るペプチドおよびポリヌクレオチドの取得方法
本発明に係るペプチドおよびポリヌクレオチドの取得方法(生産方法)は特に限定されるものではないが、代表的な方法として次に示す各方法を挙げることができる。
【0055】
(2−1)ペプチドの取得方法
本発明に係るペプチドを取得する方法(生産方法)は、上述したように特に限定されるものではないが、まず、本発明に係るペプチドを発現する細胞、組織などから単純精製する方法を挙げることができる。すなわち、A28株の培養液から本発明に係るペプチドを抽出・精製してもよい。精製方法も特に限定されるものではなく、公知の方法でA28株の培養液を濃縮し、公知の方法、例えばカラム等を用いて精製すればよい。
【0056】
また、本発明に係るペプチドを取得する方法として、遺伝子組み換え技術等を用いる方法も挙げられる。この場合、例えば、本発明に係るポリヌクレオチドをベクターなどに組み込んだ後、公知の方法により、発現可能に宿主細胞に導入し、細胞内で翻訳されて得られる上記ペプチドを精製するという方法などを採用することができる。遺伝子の導入(形質転換)や遺伝子の発現等の具体的な方法については後述する。
【0057】
なお、このように宿主に外来遺伝子を導入する場合、外来遺伝子の発現のために宿主内で機能するプロモーターを組み入れた発現ベクター及び宿主には様々なものが存在するので、目的に応じたものを選択すればよい。産生されたペプチドを精製する方法は、用いた宿主、ペプチドの性質によって異なるが、タグの利用等によって比較的容易に目的のペプチドを精製することが可能である。
【0058】
変異ペプチドを作製する方法についても、特に限定されるものではない。例えば、部位特異的突然変異誘発法(Hashimoto-Gotoh,Gene 152,271-275(1995)他)、PCR法を利用して塩基配列に点変異を導入し変異ペプチドを作製する方法、あるいはトランスポゾンの挿入による突然変異株作製法などの周知の変異ペプチド作製法を用いることができる。これら方法を用いることによって、上記(a)のペプチドをコードするcDNAの塩基配列において、1またはそれ以上の塩基が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されるように改変を加えることによって作製することができる。また、変異ペプチドの作製には、市販のキットを利用してもよい。
【0059】
本発明に係るペプチドの取得方法は、上述に限定されることなく、例えば、化学合成してもよい。例えば、無細胞系のタンパク質合成液を利用して、本発明に係るポリヌクレオチドから本発明に係るペプチドを合成してもよい(無細胞タンパク質合成系による本発明に係るペプチドの合成)。上記「無細胞タンパク質合成系」とは、生細胞を用いずに、遺伝子にコードされた目的タンパク質を生産する技術のことである。例えば、「無細胞タンパク質合成系」としては、小麦胚芽抽出液を用いる方法(BIO INDUSTRY, 17, 20-27, 2000)、カイコ抽出液を用いる方法(特開2004-344014)が知られている。この時、市販されているキットを適宜選択の上、利用することができる。上記キットとしては、例えばPROTEIOS TM Wheat germ cell-free protein synthesis kit (東洋紡株式会社製)が挙げられる。
【0060】
また本発明に係るポリヌクレオチドを含むことにより、本発明に係るペプチドの無細胞合成系を構成することができる。当該無細胞合成系には、RNAポリメラーゼ、ATP、アミノ酸、小麦胚芽抽出液、大腸菌抽出液等が含まれていてもよい。
【0061】
(2−2)ポリヌクレオチドの取得方法
本発明に係るポリヌクレオチドを取得する方法は、特に限定されるものではなく、前述の開示された配列情報等に基づいて種々の方法により、上記各塩基配列を含むDNA断片を単離し、クローニングすることができる。
【0062】
例えば、上記各cDNA配列の一部配列と特異的にハイブリダイズするプローブを調製し、A28株のゲノムDNAライブラリーやcDNAライブラリーをスクリーニングすればよい。このようなプローブとしては、上記各cDNA配列またはその相補配列の少なくとも一部に特異的にハイブリダイズするプローブであれば、いずれの配列・長さのものを用いてもよい。また、上記スクリーニングにおける各ステップについては、通常用いられる条件の下で行えばよい。
【0063】
上記スクリーニングによって得られたクローンは、制限酵素地図の作成およびその塩基配列決定(シークエンシング)によって、さらに詳しく解析することができる。これらの解析によって、本発明に係るポリヌクレオチドを含むDNA断片を取得したか容易に確認することができる。
【0064】
また、上記プローブの配列を、細菌のプロテアーゼ遺伝子の間で良好に保存されている領域の中から選択し、他の生物のゲノムDNA(またはcDNA)ライブラリーをスクリーニングすれば、上記EspIプロテアーゼと同様の特性を有する、相同分子や類縁分子をコードする遺伝子を単離しクローニングできる可能性が高い。
【0065】
本発明に係るポリヌクレオチドを取得する方法は、上記スクリーニング法以外にも、PCR等の増幅手段を用いる方法がある。例えば、上記各cDNA配列のうち、5’側および3’側の配列(またはその相補配列)の中からそれぞれプライマーを調製し、これらプライマーを用いてA28株のゲノムDNA(またはcDNA)等を鋳型にしてPCR等を行い、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅することで、本発明に係るポリヌクレオチドを含むDNA断片を大量に取得できる。
【0066】
(3)本発明に係るペプチドおよびポリヌクレオチドの利用方法(有用性)
本発明に係るペプチドは、赤潮殺藻活性を有する新規のペプチドである。そして、当該ペプチドをコードする遺伝子の塩基配列が明らかになったとともに、当該ペプチドを効率良く宿主細胞内で発現させることも可能となった。それゆえ、本発明に係るペプチドは赤潮藻類殺藻用薬剤として産業上利用することができる。
【0067】
そこで、本発明の利用方法として、薬剤、形質転換体、ベクター、検出器具、抗体を例に挙げてより具体的に説明する。
【0068】
(3−1)ベクター
本発明に係るベクターは、前記(a)又は(b)のペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むものである。例えば、cDNAが挿入された組換え発現ベクターが挙げられる。ベクターの作製には、プラスミド、ファージ、又はコスミドなどを用いることができるが特に限定されるものではない。また、当該ベクターの作製方法も公知の方法の中から選択すればよい。
【0069】
ベクターの具体的な種類は特に限定されるものではなく、宿主細胞中で発現可能なベクターを適宜選択すればよい。すなわち、宿主細胞の種類に応じて、確実に遺伝子を発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと本発明に係るポリヌクレオチドを各種プラスミド等に組み込んだものをベクターとして用いればよい。
【0070】
本発明に係るポリヌクレオチドが宿主細胞に導入されたか否か、さらには宿主細胞中で確実に発現しているか否かを確認するために、各種マーカーを用いてもよい。例えば、宿主細胞中で欠失している遺伝子をマーカーとして用い、このマーカー遺伝子と本発明に係るポリヌクレオチドとを含むプラスミド等を発現ベクターとして宿主細胞に導入する。これによって当該マーカー遺伝子の発現から本発明に係るポリヌクレオチドの導入を確認することができる。あるいは、本発明に係るペプチドを融合タンパク質として発現させてもよく、例えば、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質GFP(Green Fluorescent Protein)をマーカーとして用い、本発明に係るペプチドをGFP融合タンパク質として発現させてもよい。
【0071】
上記宿主細胞は、特に限定されるものではなく、従来公知の各種細胞を好適に用いることができる。具体的には、例えば、カイコガ由来の細胞をはじめとして、キイロショウジョウバエ等の昆虫、大腸菌(Escherichia coli)等の細菌、酵母(出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeや分裂酵母Schizosaccharomyces pombe)、線虫Caenorhabditis elegans、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の卵母細胞等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。
【0072】
上記ベクターを宿主細胞に導入する方法、すなわち形質転換方法も特に限定されるものではなく、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。また、例えば、本発明に係るペプチドを昆虫細胞で転移発現させる場合には、バキュロウイルスを用いた発現系を好適に採用することができる。
【0073】
(3−2)形質転換体
本発明に係る形質転換体は、本発明に係るポリヌクレオチド、すなわち、前記(a)又は(b)のペプチドをコードするポリヌクレオチドが導入された形質転換体である。ここで、「ポリヌクレオチドが導入された」とは、公知の遺伝子工学的手法(遺伝子操作技術)により、対象細胞(宿主細胞)内に発現可能に導入されることを意味する。また、上記「形質転換体」とは、細胞・組織・器官のみならず、生物個体を含む意味である。
【0074】
本発明に係る形質転換体の作製方法(生産方法)は、上述したベクターを用いて、宿主を形質転換する方法を挙げることができる。また、形質転換の対象となる宿主も特に限定されるものではなく、上記宿主細胞で例示した各種微生物や動物を挙げることができる。また、プロモーターやベクターを適切に選択すれば、植物も形質転換の対象とすることが可能である。
【0075】
また、大腸菌や酵母を宿主細胞として用いた場合には、アーミング技術を用いて細胞表層に本発明に係るペプチドをディスプレーすることが可能である(Bio Industry, 6, 49(2001)、Bio Industry, 6, 57(2001)を参照)。例えば、酵母細胞表層ディスプレーでは、GPIアンカーを介して細胞壁グルカン層に共有結合している表層タンパク質(例えば、alpha-アグルチニン)のN末端に、本発明に係るペプチドを融合させることにより、当該酵母細胞の表層において本発明に係るペプチドを発現させることができる。
【0076】
細胞表層ディスプレーの利点のひとつは、目的タンパク質(ペプチド)が宿主細胞表層に発現するため、目的タンパク質を精製することなく、当該目的タンパク質の活性を利用することができることである。例えば、本発明に係るペプチドを大腸菌の細胞表層にて発現させた場合には、当該大腸菌を赤潮藻類と混合することにより当該赤潮藻類を殺藻することができる。この手法を用いれば、大腸菌から本発明に係るペプチドを抽出する時間と労力を節約することができる。
【0077】
また、宿主細胞が増殖できる環境下では、当該宿主細胞の増殖に伴って本発明に係るペプチドも生産されることになり、海洋、養殖場、生簀等において自己増殖する赤潮殺藻細胞を実現することができる。
【0078】
(3−3)本発明に係るペプチドの生産方法
上記本発明に係るベクターおよび形質転換体を用いることによって本発明に係るペプチドの生産を行うことができる。
【0079】
一実施形態において、本発明に係るペプチドの生産方法は、本発明に係るペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むベクター(上記本発明に係るベクター)を用いることを特徴とする。
【0080】
本実施形態の1つの局面において、本実施形態に係るペプチドの生産方法は、上記ベクターを無細胞タンパク質合成系に用いることが好ましい。無細胞タンパク質合成系を用いる場合、種々の市販のキットを用いればよい。好ましくは、本実施形態に係るペプチドの生産方法は、上記ベクターと無細胞タンパク質合成液とをインキュベートする工程を包含する。
【0081】
本実施形態の他の局面において、本実施形態に係るペプチドの生産方法は、組換え発現系を用いることが好ましい。組換え発現系を用いる場合、本発明に係るポリヌクレオチドを組換え発現ベクターに組み込んだ後、公知の方法により発現可能に宿主に導入し、宿主内で翻訳されて得られる上記ペプチドを精製するという方法などを採用することができる。組換え発現ベクターは、プラスミドであってもなくてもよく、宿主に目的DNAを導入することができればよい。好ましくは、本実施形態に係るペプチドの生産方法は、上記ベクターを宿主に導入する工程を包含する。
【0082】
このように宿主に外来遺伝子を導入する場合、発現ベクターは、外来遺伝子を発現するように宿主内で機能するプロモーターを組み込んであることが好ましい。組換え発現系により生産されたペプチドを精製する方法は、用いた宿主、ペプチドの性質によって異なるが、タグの利用等によって比較的容易に目的のペプチドを精製することが可能である。
【0083】
本実施形態に係るペプチドの生産方法は、本発明に係るペプチドを含む細胞または組織の抽出液から当該ペプチドを精製する工程をさらに包含することが好ましい。ペプチドを精製する工程は、周知の方法(例えば、細胞または組織を破壊した後に遠心分離して可溶性画分を回収する方法)で細胞や組織から細胞抽出液を調製した後、この細胞抽出液から周知の方法(例えば、硫安沈殿またはエタノール沈殿、酸抽出、陰イオンまたは陽イオン交換クロマトグラフィー、ホスホセルロースクロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー、およびレクチンクロマトグラフィー)によって精製する工程が好ましいが、これらに限定されない。最も好ましくは、高速液体クロマトグラフィー(「HPLC」)が精製のために用いられる。
【0084】
別の実施形態において、本発明に係るペプチドの生産方法は、本発明に係るペプチドを天然に発現する細胞または組織から当該ペプチドを精製することを特徴とする。本実施形態に係るペプチドの生産方法は、後述する抗体を用いて本発明に係るペプチドを天然に発現する細胞または組織を同定する工程を包含することが好ましい。また、本実施形態に係るペプチドの生産方法は、上述したペプチドを精製する工程をさらに包含することが好ましい。
【0085】
(3−4)薬剤
本発明には、本発明に係るペプチドを含む赤潮藻類殺藻用薬剤も含まれる。例えば、本発明に係る赤潮藻類殺藻用薬剤の一例として、本発明に係るペプチドを粉末化または固形化した薬剤が挙げられる。当該薬剤は、本発明に係るペプチドを主成分とするものであってもよいし、本発明に係るペプチドと本発明に係るペプチド以外のペプチドとの混合物であってもよく、本発明に係るペプチドの一部を含むものであってもよい。
【0086】
例えば、精製された本発明に係るペプチドを粉末状や顆粒状にしたもの、本発明に係るペプチドを発現している大腸菌や酵母を粉末化したもの、本発明に係るペプチドを魚の餌と混合したものであってもよい。上記餌は特に限定されず、ペースト状の餌に本発明に係るペプチドを練りこんでもよいし、顆粒状の餌と本発明に係るペプチドとを混ぜてもよい。
【0087】
また、上記赤潮藻類殺藻用薬剤の別の例として、本発明に係るペプチドを細胞外に分泌する細胞を培養した培養液を簡易精製したものを挙げることができる。例えば、細胞外への分泌に関わるシグナルペプチドと本発明に係るペプチドとを融合させた融合ペプチドを発現する大腸菌を作製し、当該大腸菌を培養することにより上記融合ペプチドを培養液中に分泌させれば、当該培養液をろ過等により簡易精製することにより赤潮藻類殺藻用薬剤として利用することができる。
【0088】
さらに、上記赤潮藻類殺藻用薬剤の別の形態として、本発明に係るペプチドを担体に固定したものを挙げることができる。例えば、漁業用のネットに本発明に係るペプチドを公知の方法によって固定化させてもよい。これにより赤潮防御用のネットを実現することができる。この赤潮防御用ネットを養殖場の周囲に張り巡らせることにより、当該養殖場を赤潮から保護することができる。このように本発明に係るペプチドを担体に固定することにより、本発明に係るペプチドを海洋等に拡散させることなく赤潮藻類を殺藻することができる。なお、上記担体は、ネット状のものに限定されず、球体状、粒状、板状、膜状、糸状のものであってもよい。
【0089】
(3−5)本発明にかかる検出器具
本発明に係る検出器具は、本発明に係るポリヌクレオチドにおける少なくとも一部の塩基配列またはその相補配列をプローブとして用いたものである。本発明に係る検出器具は、種々の条件下において、本発明に係るポリヌクレオチドの検出・測定などに利用することができる。具体的には、例えば、本発明に係るポリヌクレオチドが導入された形質転換体の存在を確認する場合に利用することができ、本発明に係るポリヌクレオチドが無断使用されているかどうかを簡単に調べることができる。
【0090】
本発明に係る検出器具としては、例えば、本発明のポリヌクレオチドと特異的にハイブリダイズする上記プローブを基板(担体)上に固定化したDNAチップが挙げられる。ここで「DNAチップ」とは、主として、合成したオリゴヌクレオチドをプローブに用いる合成型DNAチップを意味するが、PCR産物などのcDNAをプローブに用いる貼り付け型DNAマイクロアレイをも包含するものとする。
【0091】
プローブとして用いる配列は、cDNA配列の中から特徴的な配列を特定する従来公知の方法によって決定することができる。具体的には、例えば、SAGE:Serial Analysis of Gene Expression法(Science 276:1268, 1997; Cell 88:243, 1997; Science 270:484, 1995; Nature 389:300, 1997; 米国特許第5,695,937 号)等を挙げることができる。
【0092】
なお、DNAチップの製造には、公知の方法を採用すればよい。例えば、オリゴヌクレオチドとして合成オリゴヌクレオチドを使用する場合には、フォトリソグラフィー技術と固相法DNA合成技術との組み合わせにより、基板上で該オリゴヌクレオチドを合成すればよい。一方、オリゴヌクレオチドとしてcDNAを用いる場合には、アレイ機を用いて基板上に貼り付ければよい。
【0093】
また、一般的なDNAチップと同様、パーフェクトマッチプローブ(オリゴヌクレオチド)と、当該パーフェクトマッチプローブにおいて一塩基置換されたミスマッチプローブとを配置してDNAの検出精度をより向上させてもよい。さらに、異なるDNAを並行して検出するために、複数種のオリゴヌクレオチドを同一の基板上に固定してDNAチップを構成してもよい。
【0094】
(3−6)抗体
本発明に係る抗体は、前記(a)又は(b)のペプチド(本発明に係るペプチド)、またはその部分ペプチドを抗原として、公知の方法によりポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体として得られる抗体である。公知の方法としては、例えば、文献(Harlowらの「Antibodies : A laboratory manual(Cold Spring Harbor Laboratory, New York(1988))、岩崎らの「単クローン抗体 ハイブリドーマとELISA,講談社(1991)」」に記載の方法が挙げられる。
【0095】
このようにして得られる抗体は、本発明に係るペプチドの検出・測定などに利用できる。例えば、A28株の培養液中にEspIプロテアーゼがどの程度分泌されているのかを調べる場合に上記抗体を利用できる。その他、ペプチドの精製用リガンドとしても利用できる。すなわち、上記抗体を樹脂ビーズ等の担体に固定し、本発明に係るペプチドを含む溶液中で上記担体と上記ペプチドとをインキュベートし、上記ペプチドを上記抗体に結合させることにより、当該ペプチドを精製することができる。
【0096】
以下添付した図面に沿って実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0097】
また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【実施例】
【0098】
〔実施例1:赤潮殺藻セリンプロテアーゼをコードする遺伝子の単離および同定〕
A28株のゲノムDNAライブラリーから赤潮殺藻プロテアーゼをコードする遺伝子を単離するために、培養液から精製した赤潮殺藻プロテアーゼのN末端のアミノ酸配列をアミノ酸シークエンスにより決定し(非特許文献2参照)、当該アミノ酸配列(ATPNDP(配列番号8))に基づいてDNAプローブ(GCNACNCCNAAYGAYCC)(配列番号9)を作製した。このDNAプローブを用いて、A28株のゲノムDNAライブラリーをスクリーニングし、目的遺伝子を単離した。
【0099】
単離した遺伝子の全塩基配列(配列番号5)を決定し、解析したところ、当該遺伝子は2136bpのオープンリーディングフレーム(ORF)領域(配列番号4)を有しており、711アミノ酸残基(推定73kDa)からなるプロテアーゼ(配列番号2)をコードしていることが明らかとなった。そこで、上記遺伝子は、espI遺伝子と命名され、当該espI遺伝子がコードするプロテアーゼはEspIプロテアーゼと命名された。
【0100】
〔実施例2:C末端領域のアミノ酸配列の解析〕
EspIプロテアーゼの推定アミノ酸配列を解析したところ、C末端領域に互いに特異性の高い領域が2箇所存在することが明らかになった。そこで、これらの領域は相同領域A(配列番号6)および相同領域B(配列番号7)と名付けられた。相同領域AおよびBは、図5に示すように、53%の相同性を示している。同図において、上段に相同領域Aのアミノ酸配列が、下段に相同領域Bのアミノ酸配列が示されており、同一のアミノ酸残基は白抜きで示されている。そして、図1に示すように、相同領域AおよびBは2回繰返しアミノ酸配列を有する領域(繰返し領域)を形成している。
【0101】
EspIプロテアーゼのアミノ酸配列と、他の生物のプロテアーゼのアミノ酸配列とを比較したところ、海洋性細菌のAlteromonas sp. O-7株が生産するセリンプロテアーゼ(AspI)と高い相同性を示すことが明らかとなった。AspIも、EspIプロテアーゼと同様に、C末端領域に繰返し配列を含む領域を有しており、この領域は成熟化に伴うプロセッシングで削除されることが明らかとなっている(Biosci. Biotechnol. Biochem., 60:1284-1288 (1996))。上記相同領域のアミノ酸配列と高い相同性を有するアミノ酸配列は、セリンプロテアーゼのみならずPseudoalteromonas、 Alteromonas、VibrioおよびMycococcusのメタルプロテアーゼでも保存されていることが分かった。いずれのプロテアーゼでもこの保存アミノ酸配列を有する領域はプロセッシングで失われるため、当該領域は細胞外への分泌に関与していると考えられている。
【0102】
一方、EspIプロテアーゼにおいては、上記繰返し領域は成熟プロテアーゼにおいても部分的に残されている。詳細に説明すると、EspIプロテアーゼのC末端側のプロセッシングは相同領域Bの中央部分(G650(配列番号2に示すアミノ酸配列の第650位のグリシン(G))の周辺)において行われると推定され、成熟プロテアーゼは相同領域Aの全体および相同領域BのN末端側半分を有していると考えられる。したがって、EspIプロテアーゼは、プロセッシング後も上記繰返し領域を保有している点において既知のプロテアーゼとは異なっている。
【0103】
〔実施例3:C末端領域の赤潮藻類結合能の検証〕
EspIプロテアーゼはプロセッシング後も上記繰返し領域を保有していること、および、当該繰返し領域を持たない市販のプロテアーゼは赤潮藻類殺藻活性を示さないことから本発明の発明者らは、当該繰返し領域が赤潮藻類殺藻に関与しているのではないかと考えた。そこで、一つの可能性として、上記繰返し領域が赤潮藻類に結合する能力を有している可能性を考え、この可能性を検証する実験を行った。
【0104】
具体的には、図4に示す、相同領域Aのみを含む領域C3(Gly489〜Glu567)、相同領域Aと相同領域BのC末端側半分とを含む領域C5(Gly489〜Gly650)、相同領域Aと相同領域Bとを含む領域C(Gly489〜Pro711)をそれぞれHisタグが付加されたGFP(green fluorescent protein)と融合させたGFP融合タンパク質(GFP::C3、GFP::C5、GFP::C)を作製し、当該GFP融合タンパク質が赤潮藻類に結合するかどうかを調べた。
【0105】
上記GFP融合タンパク質は、大腸菌発現系を用いて生産され、当該大腸菌のタンパク質抽出液をNiカラム(アマシャム社製)を用いて精製することにより取得された。また、GFP融合タンパク質と赤潮細胞との結合の有無は、GFP融合タンパク質を含む改変SWIII培地(非特許文献1参照)中で赤潮細胞(S. costatum)をインキュベート(室温、5分間)した後に当該赤潮細胞を洗浄し、GFP由来の緑色蛍光を検出することにより調べられた。
【0106】
その結果が図6に示されている。同図は、C3(図6(a))、C5(図6(b))、C(図6(c))の各GFP融合タンパク質でそれぞれ処理された赤潮藻類を示している。GFP蛍光を発している部分が密集している部分は矢印で示されている。同図(a)〜(c)に示すように、GFP::C3で処理した場合には、わずかなGFP蛍光が検出できるのみであったが、GFP::C5の場合には細胞全域にGFP蛍光が検出され、GFP::Cの場合にはさらに強いGFP蛍光が検出された。特に、GFP::Cの場合には、矢印で示す赤潮細胞の連結部分に強いGFP蛍光が検出された。なお、GFPのみで処理した場合には、まったくGFP蛍光は検出されなかった(データ示さず)。
【0107】
上記の結果から、C3よりもC5、C5よりもCがより強く赤潮藻類と結合することが明らかとなった。すなわち、C末端領域をより多く含む融合タンパク質がより高い結合能を有することが明らかとなった。
【0108】
〔実施例4:赤潮細胞結合領域を用いた赤潮藻類の殺藻試験〕
上記実施例3において用いられたC3、C5、Cの各GFP融合タンパク質は、いずれもプロテアーゼ活性は有していなかった(データ示さず)。そこで、本発明の発明者らは、EspIプロテアーゼのC末端領域により赤潮藻類に結合し、N末端側の領域が有するプロテアーゼ活性によって当該赤潮藻類が殺されるのだろうと推測した。そこで、上記C末端領域のみで赤潮殺藻活性を持つかどうかを調べるために、上記GFP融合タンパク質を用いて赤潮藻類の殺藻試験を行った。
【0109】
具体的には、S. costatumを改変SWIII培地に植え、12時間周期の明暗条件下(22℃)で1週間培養したものを前培養液とし、この前培養液10μlを新鮮な改変SWIII培地200μlに植え、さらにGFPまたはGFP融合タンパク質を含む改変SWIII培地30μlを添加した。そして、この混合液を12時間周期の明暗条件下(22℃)で一定期間培養した。なお、GFPまたはGFP融合タンパク質の終濃度は2.5mg/mlであり、S. costatumの初発細胞濃度は約2×10/mlである。
【0110】
図7は、GFP融合タンパク質を用いた赤潮藻類に対する殺藻試験の結果を示す図である。同図には、C3、C5、Cの各GFP融合タンパク質をS. costatumの培養液に添加し、0、3、5日間培養した結果が示されており、コントロールとしてGFPのみを添加した場合および何も添加しなかった場合の結果も示されている。赤潮細胞が正常に増殖すれば、培養液は茶色く(同図においては黒く)なってゆき、赤潮細胞が死滅すれば培養液には顕著な変化は起こらない。
【0111】
図7に示すように、何も添加しなかった場合、GFPのみを添加した場合には、赤潮藻類は顕著に増殖し、GFP::C3を添加した場合にも、ほぼ同様に増殖した。一方、GFP::C5およびGFP::Cを添加した場合には、赤潮藻類の増殖が抑制された。また、GFP::C5とGFP::Cとを比較した場合には、GFP::Cの方が増殖抑制効果は高かった。上記の結果から、C5およびCの各GFP融合タンパク質が赤潮藻類に対する殺藻活性を有しており、当該赤潮藻類に対する殺藻活性は、C末端領域の赤潮細胞への結合能と正の相関があることが明らかとなった。
【0112】
上記の結果をさらに確認するために、Cの領域のN末端にHisタグが付加されたペプチド(Hisタグペプチド)を発現させ、当該Hisタグペプチドを用いて赤潮藻類に対する殺藻試験を行った。なお、上記Hisタグペプチドは、Cの領域をコードするDNA断片をHisタグ付加タンパク質発現用ベクター(pIVEX2.4a、ロシュ社製)に組み込み、当該ベクターを大腸菌BL21(DE3)に導入した後に発現誘導することにより生産された。そして、生産されたペプチドは、GFP融合タンパク質の場合と同様にNiカラムを用いて精製された。
【0113】
図8には、上記のHisタグペプチドを、それぞれ0、156.3、312.5μg/mlの濃度になるように、S. costatumの培養液に添加し、0および5日間培養した結果が示されている。同図に示すように、Hisタグを付加した場合でも、Cの領域は赤潮藻類に対する殺藻活性を示した。この結果から、EspIプロテアーゼのC末端の繰返し領域が赤潮藻類に対する殺藻活性を持つことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明に係るペプチドは、赤潮藻類に対する殺藻活性を有している。それゆえ本発明は漁場等を赤潮から保護する薬剤や赤潮防御ネット等を構成することができ、水産業、養殖業等に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0115】
【図1】本実施形態のEspIプロテアーゼのアミノ酸配列を示す図である。
【図2】赤潮珪藻S. costatumと海洋性細菌Pseudoalteromonas sp. A28株とを混合培養した結果を示す図である。
【図3】(a)は海洋性細菌Pseudoalteromonas sp. A28株由来セリンプロテアーゼの各精製過程における精製画分のSDS-PAGEの結果を示す図であり、(b)は上記セリンプロテアーゼの赤潮藻類(S. costatum)に対する殺藻試験の結果を示す図である。
【図4】EspIプロテアーゼの遺伝子とその発現産物を示す概略図である。
【図5】EspIプロテアーゼのC末端領域に存在する保存アミノ酸配列を示す図である。
【図6】GFP標識されたEspIプロテアーゼC末端ペプチドのS. costatumへの結合能を調べた結果を示す図であり、(a)はGFP::C3、(b)はGFP::C5、(c)はGFP::Cを用いた結果をそれぞれ示している。
【図7】GFP標識されたEspIプロテアーゼC末端ペプチドを用いたS. costatumに対する殺藻試験の結果を示す図である。
【図8】Hisタグが付加されたEspIプロテアーゼC末端ペプチドを用いたS. costatumに対する殺藻試験の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤潮藻類殺藻活性を有するペプチドであって、
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列;または
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列、
を含むことを特徴とするペプチド。
【請求項2】
赤潮藻類殺藻活性を有するペプチドであって、
(a)配列番号10に示されるアミノ酸配列;または
(b)配列番号10に示されるアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列、
を含むことを特徴とするペプチド。
【請求項3】
請求項1に記載のペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項4】
請求項2に記載のペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項5】
配列番号3または11に示される塩基配列からなるポリヌクレオチドと相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、赤潮藻類殺藻活性を有するペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれか1項に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項7】
請求項3〜5のいずれか1項に記載のポリヌクレオチドを導入してなる形質転換体。
【請求項8】
請求項6に記載のベクターを用いることを特徴とするペプチドの製造方法。
【請求項9】
請求項7に記載の形質転換体を用いることを特徴とするペプチドの製造方法。
【請求項10】
請求項3〜5のいずれか1項に記載のポリヌクレオチドにおける少なくとも一部の塩基配列またはその相補配列をプローブとして用いた検出器具。
【請求項11】
請求項1または2に記載のペプチドと結合する抗体。
【請求項12】
請求項1または2に記載のペプチドを固定してなる担体。
【請求項13】
請求項1または2に記載のペプチドを含むことを特徴とする赤潮藻類殺藻用薬剤。
【請求項14】
請求項1または2に記載のペプチドを含むことを特徴とする魚用飼料。
【請求項15】
請求項1または2に記載のペプチドを細胞表層に発現する微生物。
【請求項16】
請求項1または2に記載のペプチドを用いた赤潮藻類の殺藻方法。

【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−296318(P2006−296318A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−124258(P2005−124258)
【出願日】平成17年4月21日(2005.4.21)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】