説明

超音波診断装置、および超音波診断方法

【課題】B/A係数を病変診断に有効活用する。
【解決手段】超音波プローブ11は、超音波トランスデューサ(UT)27を有する。UT27は、超音波の送信および反射波のうちの基本波成分並びに高調波成分の受信を担う。B/A係数取得モードでは、超音波および反射波の送受信毎に加熱用超音波を送信して被観察部位を温める。HI処理部55は、UT27からの検出信号に基づいてB/A係数を算出する。HI処理部55は、加熱用超音波により被観察部位を温めたときのB/A係数の時間的な変化の情報を取得する。DSC53は、B/A係数の情報を超音波画像60とともにモニタ15に表示させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反射波のうちの高調波成分から得られるB/A係数を元に病変診断を行う超音波診断装置、および超音波診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
超音波プローブを利用した医療診断が盛んに行われている。超音波プローブの先端には、超音波トランスデューサ(以下、UTと略す)が配されている。UTは、バッキング材、圧電体とこれを挟む電極、音響整合層、および音響レンズから構成される。UTから被検体(人体)に超音波を照射し、被検体からの反射波をUTで受信する。これにより出力される検出信号を超音波観測器で電気的に処理することによって、超音波画像が得られる。
【0003】
また、超音波を走査しながら照射することにより、超音波断層画像を得ることも可能である。超音波断層画像を得る方法としては、UTを機械的に回転あるいは揺動、もしくはスライドさせるメカニカルスキャン走査方式や、複数のUTをアレイ状に配列(以下、UTアレイという)し、駆動するUTを電子スイッチ等で選択的に切り替える電子スキャン走査方式が知られている。
【0004】
UTから発せられた超音波は、被検体内を伝播するにつれて波形が歪む。このため、被検体内を伝播する超音波は、元の周波数の基本波成分だけでなく、基本波成分のn倍の周波数をもつn次高調波成分も含むことになる。例えば5MHzの超音波をUTから発した場合、5MHzの基本波成分と10MHz、15MHz、20MHz、・・・の2、3、4、・・・次高調波成分を含む超音波が被検体内を伝播し、大部分は基本波成分からなり一部高調波成分からなる反射波がUTにて受信される。
【0005】
近年の超音波診断の分野では、反射波の高調波成分を画像化するハーモニックイメージングが注目されている(特許文献1〜6参照)。ハーモニックイメージングとしては、被検体からの反射波の高調波成分をそのまま画像化するTHI(Tissue Harmonic Imaging)や、超音波造影剤の微小気泡が共振、崩壊する際の高調波成分を画像化するCHI(Contrast Harmonic Imaging)が知られており、様々な疾患の臨床検査に利用されている。また、高調波成分を解析することで、密度、硬さ等の生体組織固有の性状を表す値であるB/A係数(非線形パラメータ、非線形音響係数とも呼ばれる)も取得することができ、新しい病変診断への応用が期待されている。
【0006】
従来、生体組織固有の性状である硬さを観察する方法としては、エラストグラフィやARFI(Acoustic Radiation Force Impulse)がよく知られている。しかし、エラストグラフィは超音波プローブを人体に押し付けて行うため、術者や患者によって観察結果にばらつきがあり、定量的且つ再現性のある値を得ることが困難である。ARFIは、観察のためにプッシュパルスと呼ばれる非常に強い音波を人体に照射する必要があり、このプッシュパルスによる人体への悪影響が指摘されている。
【0007】
B/A係数は、上記で述べたエラストグラフィやARFIの問題点を全てクリアすることができるため、古くから鋭意研究が進められている。例えば非特許文献1には、ポンプ波と呼ばれる音波を生体組織に加え、ポンプ波による生体組織の摂動の大きさ(B/A係数)の分布を画像化する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平08−187245号公報
【特許文献2】特開平11−155863号公報
【特許文献3】特表2002−530145号公報
【特許文献4】特開2003−169800号公報
【特許文献5】特開2003−210464号公報
【特許文献6】特表2007−531357号公報
【非特許文献1】「医用診断用反射型超音波非線形パラメータ映像装置」、佐藤拓宋、山越芳樹、文部科学省科学研究費補助金研究成果報告書(番号:61420032)、1986−1987
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、現状では、B/A係数の絶対値を測定して、これを病変診断に必要な情報として役立てるには不確定な要素が多くあるため、B/A係数を病変診断に有効活用するまでには至っていない。非特許文献1に記載の装置も実用化はされていない。
【0010】
本発明は、上記背景を鑑みてなされたものであり、その目的は、B/A係数を病変診断に有効活用することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するため、本発明者は、B/A係数が測定対象によって温度依存性が異なることに着目し、この性質を病変診断に利用する技術を考案した。
【0012】
B/A係数に温度依存性があることは、「熱力学法による動物組織のB/Aのin vitro測定」、朝比奈哲也、遠藤信行、Jpn.J.Med.Ultrasonics Vol.17 No.4(1990)p.358に記載されている。例を挙げると、牛の脂肪のB/A係数は、1℃当たり0.03増加し、牛の肝臓のB/A係数は、1℃当たり0.05増加する。また、比較試料として水、生理食塩水、寒天等のB/A係数の温度依存性も測定しており、水、生理食塩水は1℃当たり0.028、寒天は1℃当たり0.032、B/A係数が増加する。
【0013】
以上を踏まえて、本発明の超音波診断装置は、被観察部位に超音波を送信するとともに被観察部位からの反射波を受信し、反射波に応じた検出信号を出力する超音波トランスデューサと、反射波のうちの高調波成分を表す検出信号に基づいて抽出されるB/A係数の、被観察部位の温度を変化させたときの時間的な変化の情報を取得する取得手段とを備えることを特徴とする。
【0014】
前記取得手段で取得された情報をモニタに表示させる表示制御手段を備えることが好ましい。前記表示制御手段は、検出信号から生成される超音波画像とともに前記取得手段で取得された情報を表示させる。
【0015】
被観察部位の温度を変化させるための温調手段を備えることが好ましい。前記温調手段は、音波により被観察部位を温める。音波は例えば超音波であり、前記超音波トランスデューサが前記温調手段を兼務してもよい。この場合、超音波のレベル、周波数、照射時間、照射範囲、および焦点のうちの少なくともいずれか1つを制御して、被観察部位への超音波の照射エネルギー量を調節する。
【0016】
被観察部位の関心領域を指定する指定手段を備えることが好ましい。この場合、前記温調手段は、前記指定手段で指定された関心領域を選択的に温度変化させる。
【0017】
前記取得手段は、取得された情報から、被観察部位に温度変化がないときのB/A係数の相対値、温まっている間のB/A係数の上昇率、冷めている間のB/A係数の下降率のうちの少なくともいずれか1つを求める。
【0018】
また、本発明の超音波診断方法は、被観察部位の温度が変化している間に、被観察部位に超音波を送信するとともに被観察部位からの反射波を受信し、反射波のうちの高調波成分を表す検出信号に基づいて抽出されるB/A係数の、被観察部位の温度を変化させたときの時間的な変化の情報を取得することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、被観察部位の温度を変化させたときのB/A係数の時間的な変化の情報を取得するので、B/A係数を病変診断に有効活用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】超音波診断装置の構成を示す外観図である。
【図2】超音波トランスデューサアレイの構成を示す斜視図である。
【図3】超音波診断装置の電気的構成を示すブロック図である。
【図4】B/A係数取得モードのときのモニタの表示態様を示す図である。
【図5】B/A係数取得モードのときのモニタの表示態様を示す図である。
【図6】別実施形態の超音波トランスデューサアレイの構成を示す斜視図である。
【図7】別実施形態の超音波トランスデューサの電気的構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1において、超音波診断装置2は、携帯型超音波観測器10と体外式の超音波プローブ11とで構成される。携帯型超音波観測器10は、装置本体12とカバー13とからなる。装置本体12の上面には、携帯型超音波観測器10に種々の操作指示を入力するための複数のボタンやトラックボールが設けられた操作部14が配されている。カバー13の内面には、超音波画像をはじめとして様々な操作画面を表示するモニタ15が設けられている。
【0022】
カバー13は、ヒンジ16を介して装置本体12に取り付けられており、操作部14とモニタ15とを露呈させる図示する開き位置と、装置本体12の上面とカバー13の内面を対面させて、操作部14とモニタ15を互いに覆って保護する閉じ位置(図示せず)との間で回動自在である。装置本体12の側面には、グリップ(図示せず)が取り付けられており、装置本体12とカバー13を閉じた状態で携帯型超音波観測器10を持ち運ぶことができる。装置本体12のもう一方の側面には、超音波プローブ11が着脱自在に接続されるプローブ接続部17が設けられている。
【0023】
超音波プローブ11は、術者が把持して被検体にあてがう走査ヘッド18と、プローブ接続部17に接続されるコネクタ19と、これらを繋ぐケーブル20とからなる。走査ヘッド18の先端部には、超音波トランスデューサアレイ(以下、UTアレイと略す)21が内蔵されている。
【0024】
図2において、UTアレイ21は、ガラス−エポキシ樹脂等の平板状の台座25上に、バッキング材26、超音波トランスデューサ(以下、UTと略す)27、音響整合層28a、28b、および音響レンズ29が順次積層された構造を有する。
【0025】
バッキング材26は、例えばエポキシ樹脂やシリコーン樹脂からなり、UT27から台座25側に発せられる超音波を吸収する。バッキング材26は、エレベーション方向(以下、EL方向と略す)に垂直な断面が略蒲鉾様に形成された凸状である(図1も参照)。
【0026】
UT27はEL方向に長い短冊状をしており、EL方向と直交するアジマス方向(超音波の走査方向、以下、AZ方向と略す)に複数等間隔で配列されている。UT27の隙間およびその周囲には、充填材30が充填されている。
【0027】
音響整合層28a、28bは、例えばエポキシ樹脂からなり、UT27と被検体との間の音響インピーダンスの差異を緩和するために設けられている。音響レンズ29は、シリコーン樹脂等からなり、UT27から発せられる超音波を被検体内の被観察部位に向けて集束させる。なお、音響レンズ29は無くてもよく、音響レンズ29の代わりに保護層を設けてもよい。
【0028】
UT27は、1個で超音波および反射波を送受信する1チャンネルを構成している。UTアレイ21全体としては、UT27がAZ方向に複数並べられた構成であり、従ってUTアレイ21は複数の送受信チャンネルを有する。
【0029】
UT27は、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)系等の圧電セラミックス厚膜(無機圧電体)31を第1、第2電極32a、32bで挟んだ構造である。両電極32a、32bに電圧(励振パルス)が印加されると、圧電体31が厚み方向に振動して超音波を発生し、これにより被検体の被観察部位に超音波が照射される。また、被観察部位からの反射波を受信すると、圧電体31が振動して電圧を発生し、この電圧が両電極32a、32bを介して検出信号として出力される。
【0030】
第2電極32bは、送受信チャンネル単位で隔てられており、UT27の個別電極である。第1電極32aは、バッキング材26、UT27の境界面の全面にわたって形成されており、UT27の共通電極である。
【0031】
図3において、第1電極32aは、グランドに接続されている。第2電極32bは、スイッチ(以下、SWと表記する)40の一端に接続されている。SW40は、二股のスイッチである。SW40の他端には、パルサ41、および受信アンプ42が接続されている。
【0032】
パルサ41は、CPU43の制御の下、走査制御部44によって駆動制御される。走査制御部44は、複数のパルサ41の中から、駆動させるパルサ41を選択して、これを所定の時間間隔で順次切り替える。具体的には、例えば送受信チャンネルが128チャンネルであった場合、128チャンネルのうち、隣接する48チャンネルを1つのブロックとして、該チャンネルに属する各UT27に任意の遅延差を与えて駆動させるように選択し、超音波および反射波の1回の送受信毎に、駆動させるチャンネルを1〜数個ずつずらす。パルサ41は、走査制御部44から送信される駆動信号に基づいて、UT27に超音波を発生させるための励振パルスを送信する。
【0033】
受信アンプ42の出力端には、A/D変換器(以下、A/Dと略す)45が接続されている。受信アンプ42には、例えば電圧帰還型または電荷蓄積型のものが用いられる。受信アンプ42は、反射波を受信してUT27から出力された検出信号(検出電圧)を増幅する。A/D45は、受信アンプ42からの検出信号にデジタル変換を施し、検出信号をデジタル化する。受信アンプ42、A/D45と、前述のパルサ41、SW40は、ここでは1組しか図示していないが、1チャンネルに対して1組ずつ、つまりチャンネル数分設けられている。
【0034】
図3に示すように、超音波の送信時、SW40はパルサ41側に倒される。すなわち、パルサ41とUT27が繋がれ、UT27と受信アンプ42との接続が断たれる。パルサ41から励振パルスが印加されると、音響レンズ29の表面から超音波が発せられる。
【0035】
一方、反射波の受信時、SW40は受信アンプ42側に倒される。今度はパルサ41とUT27との接続が断たれ、UT27と受信アンプ42が繋がれる。音響レンズ29の表面に反射波が入射すると、これに応じた検出信号がUT27から出力される。UT27から出力される検出信号は、主に反射波の基本波成分を表し、高調波成分を含む。SW40のスイッチング動作は、走査制御部44によって制御される。
【0036】
A/D45は、P/S46と接続している。P/S46は、各A/D45からの検出信号をパラレルデータからシリアルデータに変換する。このシリアルデータは、ケーブル20、コネクタ19、プローブ接続部17を通って、携帯型超音波観測器10のシリアル/パラレル変換回路(以下、S/Pと略す)50に入力される。
【0037】
S/P50は、超音波プローブ11から送られてきたシリアルデータを元のパラレルデータに戻す。ビームフォーマ(以下、BFと略す)51は、パラレルデータに戻された検出信号に対して、位相整合演算を施す。Log圧縮検波回路52は、BF51から出力される検出信号にLog圧縮を施し、そのレベル(振幅)を検波する。Log圧縮検波回路52から出力された検出信号は、メモリ(図示せず)に一旦格納される。
【0038】
デジタルスキャンコンバータ(以下、DSCと略す)53は、CPU54の制御の下、検出信号をテレビ信号に変換する。DSC53で変換されたテレビ信号は、D/A変換器(図示せず)でD/A変換が施され、モニタ15に超音波画像として表示される。
【0039】
CPU54は、携帯型超音波観測器10の各部の動作を統括的に制御する。CPU54は、操作部14からの操作入力信号に基づいて各部を動作させる。また、CPU54は、超音波プローブ11への電源供給を制御する。
【0040】
超音波診断装置2は、反射波のうちの基本波成分のみで超音波画像を生成する通常モードと、反射波の高調波成分を反映させた超音波画像を生成するハーモニックイメージングモード(以下、HIモードと略す)と、関心領域(ROI)のB/A係数を取得するB/A係数取得モードとを有する。各モードの切り替え、およびROIの指定は、操作部14の操作により行われる。
【0041】
ハーモニックイメージング処理部(以下、HI処理部と略す)55は、HIモード、およびB/A係数取得モードのときに作動する。
【0042】
DSC53は、通常モードでは、UT27で取得された、反射波の基本波成分を表す検出信号を元に超音波画像を生成する。一方、HIモードでは、HI処理部55が作動する。HI処理部55は、UT27で取得された、反射波の高調波成分を表す検出信号をフィルタ処理して抽出する。DSC53は、HI処理部55で抽出された検出信号を元に、反射波の高調波成分を反映させた超音波画像を生成する。なお、基本波成分と高調波成分を混合して超音波画像を生成してもよい。
【0043】
B/A係数取得モードでは、超音波および反射波の送受信毎に、被観察部位を温めるための加熱用超音波を照射する。加熱用超音波は、例えばバースト波または連続波である。加熱用超音波は、レベル、周波数、照射時間等の各種パラメータが、超音波画像を生成するための超音波とは異なる。但し、言う迄もないが、加熱用超音波の照射エネルギー量が、FDA510kやIEC規格に基づいたMI(Mechanical Index)、TI(Thermal Index)といった規格で決められた範囲内となるよう、上記パラメータが設定される。CPU43および走査制御部44は、予め設定されたパラメータでUT27を駆動させ、加熱用超音波の送信と超音波および反射波の送受信とを行わせる。
【0044】
なお、加熱用超音波と超音波画像を生成するための超音波とで、駆動するUT27の個数(照射範囲)やAZ方向またはEL方向の送信フォーカスの仕方を変更し、加熱用超音波の照射エネルギー量を調節してもよい。
【0045】
超音波および反射波の送受信毎に加熱用超音波を照射すると、加熱用超音波により熱エネルギーが付与されて被観察部位が徐々に温まっていく。生体組織の耐熱温度以下の範囲で、加熱用超音波で被観察部位を温めることを一定時間続けた後、これを停止すると、被観察部位の温度上昇が止まって放熱が始まり、しばらくすると被観察部位が元の温度に戻る。
【0046】
B/A係数取得モードのとき、HI処理部55は、上記の被観察部位の温度変化に対するB/A係数の時間変化を監視し、その結果をDSC53に出力する。まず、HI処理部55は、UT27で取得された、反射波の高調波成分を表す検出信号を元にB/A係数を抽出する。B/A係数の抽出には、例えば以下に示す数1式を用いる。
【0047】
【数1】

【0048】
数1式において、Pは2次高調波成分の発生レベル(2次高調波成分を表す検出信号のレベル)、Pは超音波の音圧レベル、ρは生体組織の密度、Cは無限小振幅超音波の生体組織内部での伝搬音速、α、αはそれぞれ、基本波成分と2次高調波成分の減衰係数である。PはUT27で取得された検出信号から導き出され、他のパラメータは既知である。このため、数1式に各パラメータの値を代入すれば、括弧内のB/A、すなわちB/A係数を抽出することができる。B/A係数は、生体組織の密度、硬さといった性状を表す値である。
【0049】
HI処理部55は、加熱用超音波の送信を開始する直前から、加熱用超音波の送信を終了して被観察部位が元の温度に戻るまでのB/A係数の時間的な変化をデータ化する。例えば、B/A係数を抽出した時間とこれに対応するB/A係数をテーブルデータにする。また、加熱用超音波の送信を開始する直前のB/A係数(ベース値)、加熱用超音波を送信しているときのB/A係数の上昇率、および加熱用超音波の送信を終了して被観察部位が元の温度に戻るときのB/A係数の下降率を求める。HI処理部55は、操作部14で指定されたROIに関してこれらのB/A係数に関するデータを算出し、該データをDSC53に出力する。
【0050】
Log圧縮検波回路52から出力された検出信号は、受信したチャンネル毎に区別して、且つ反射波の基本波成分と高調波成分とに分けてメモリに格納される。HI処理部55は、操作部14で指定されたROIに対応する、高調波成分を表す検出信号をメモリから読み出し、上記のB/A係数の抽出等を行う。
【0051】
B/A係数(ベース値)は、例えば、数1式を参照して抽出したB/A係数を、ROI周辺の生体組織の全B/A係数のうちの最大値または平均値で規格化したものである。ROIのB/A係数が10で、ROI周辺のB/A係数の最大値または平均値が12.5であった場合、ROIのB/A係数(ベース値)は、10/12.5=0.8である。UT27で検出される反射波の高調波成分は極微弱なレベルであり、B/A係数の抽出値自体には信憑性がないため、他の領域と相対比較したベース値を用いる。
【0052】
B/A係数の上昇率は、加熱用超音波の送信を終了したときと加熱用超音波の送信を開始したときの各B/A係数の差分を、加熱用超音波の送信時間で除算したものである。B/A係数の下降率は、加熱用超音波の送信を終了したときと加熱用超音波の送信を開始したときの各B/A係数の差分を、加熱用超音波の送信を終了してからB/A係数が元に戻るまでの時間で除算したものである。B/A係数の上昇率、下降率は、生体組織の温まりやすさや熱拡散のしやすさ、つまり比熱を表し、周辺組織との密接具合や血流による奪熱に左右される。
【0053】
良性腫瘍と悪性腫瘍を比較した場合、一般的に悪性腫瘍のほうが良性腫瘍よりも生体組織が硬くなるため、B/A係数(ベース値)は悪性腫瘍のほうが大きくなる。また、悪性腫瘍は良性腫瘍と比較して血流量が多く熱拡散しやすいため、B/A係数の上昇率は悪性腫瘍のほうが低く(温まりにくく)、下降率は悪性腫瘍のほうが高い(冷めやすい)。B/A係数の時間変化、B/A係数(ベース値)、およびB/A係数の上昇率、下降率の情報は、病変診断の指標となる。
【0054】
図4において、B/A係数取得モードでは、患者情報や検査部位等の情報、超音波画像60に加えて、B/A係数表示枠61がモニタ15の表示画面に設けられる。超音波画像60には、操作部14で指定されたROIを示す「×」印と「a」等の添字からなるマーク62が重畳表示される。
【0055】
B/A係数表示枠61には、周波数、照射時間等の加熱用超音波の送信条件が記述される他、ROIの「a」〜「c」の各点のグラフ63が表示される。グラフ63は、各点の時間(横軸)に対するB/A係数(ベース値)(縦軸)の変化を、HI処理部55からの、時間とB/A係数のテーブルデータに則ってプロットしたものである。グラフ63内には、加熱用超音波の照射時間を表す点線64が描かれている。
【0056】
各点のグラフ63には、詳細ボタン65が配されている。詳細ボタン65を操作部14で選択すると、図5に示すポップアップウィンドウ70がB/A係数表示枠61の横に出現する。ポップアップウィンドウ70には、B/A係数(ベース値)、B/A係数の上昇率、下降率の実際の値が一覧表示される。なお、図では説明の便宜上、ポップアップウィンドウ70で超音波画像60の一部が隠れているが、実際にはポップアップウィンドウ70の出現で超音波画像60が隠れないようレイアウトされる。
【0057】
「a」点と「c」点のグラフ63を見ると、B/A係数の変化の仕方は略同じである。一方、「b」点では、他点よりもB/A係数の変化の仕方が明らかに異なり、B/A係数(ベース値)が大きく、B/A係数の上昇率が低く、下降率が高いことが分かる。術者は、超音波画像60を観察しつつ、グラフ63でB/A係数の変化の仕方を解析し、必要に応じてポップアップウィンドウ70を表示させてB/A係数(ベース値)、B/A係数の上昇率、下降率の各値を確認しながら、病変診断を行う。
【0058】
上記構成を有する超音波診断装置2の作用について説明する。まず、超音波プローブ11のコネクタ19を携帯型超音波観測器10のプローブ接続部17に挿入固定し、携帯型超音波観測器10と超音波プローブ11の電気的機械的接続を得る。そして、操作部14を操作して携帯型超音波観測器10の電源を立ち上げるとともに、携帯型超音波観測器10から超音波プローブ11に電源を供給する。術者は、超音波プローブ11の走査ヘッド18を被検体に押し当てながら、携帯型超音波観測器10のモニタ15に表示される超音波画像を観察して診断を行う。
【0059】
超音波プローブ11では、走査制御部44によって選択されたパルサ41から該当チャンネルのUT27に励振パルスが送信され、UT27から被検体に超音波が照射される。走査制御部44により駆動されるパルサ41は、超音波および反射波の1回の送受信毎に順次切り替えられる。これにより被検体に超音波が走査される。このとき、走査制御部44により、超音波を照射するUT27に繋がれたSW40がパルサ41側に倒される。
【0060】
UT27から発せられた超音波は被検体で反射され、その反射波に応じた検出信号が該当チャンネルのUT27から出力される。このとき、走査制御部44により、反射波を受信するUT27に繋がれたSW40が受信アンプ42側に倒される。UT27からの検出信号は、受信アンプ42で増幅された後、A/D45でA/D変換されてデジタル化される。A/D45でデジタル化された検出信号は、P/S46でシリアルデータ化されて携帯型超音波観測器10に送られる。
【0061】
携帯型超音波観測器10では、S/P50によって検出信号がパラレルデータに戻さる。その後、検出信号はBF51に送られてBF51で位相整合演算され、さらにLog圧縮検波回路52でLog圧縮、検波された後、メモリに一旦格納される。
【0062】
Log圧縮、検波後の検出信号は、DSC53でテレビ信号に変換される。DSC53で変換されたテレビ信号は、D/A変換されてモニタ15に超音波画像として表示される。
【0063】
B/A係数取得モードでは、超音波および反射波の送受信毎に加熱用超音波が被観察部位に照射され、被観察部位が温められる。このとき、HI処理部55により、反射波の高調波成分を表す検出信号からB/A係数が抽出される。そして、B/A係数(ベース値)、B/A係数の上昇率、下降率がHI処理部55にて求められ、これらのデータがDSC53に出力される。
【0064】
DSC53では、HI処理部55からのデータに基づいて、B/A係数表示枠61のグラフ63や、ポップアップウィンドウ70によるB/A係数(ベース値)、B/A係数の上昇率、下降率の表示制御がなされ、これらが超音波画像60とともにモニタ15に表示される。
【0065】
以上説明したように、B/A係数自体ではなくB/A係数の温度依存性に着目し、加熱用超音波で被観察部位を温めたときのB/A係数の変化を監視して、その結果をモニタ15に表示させるので、B/A係数を指標とした新しい病変診断を行うことが可能となる。
【0066】
従来、生体組織の硬さと血流の状態を調べるためには、エラストグラフィやARFIとカラードップライメージングを併用していたが、本発明は一度に生体組織の硬さと血流の状態を調べることが可能となる。
【0067】
なお、B/A係数の取得結果と予め設定された閾値とを比較し、生体組織が正常であるか否かを判断してもよい。また、その判断結果をモニタに表示させる等して術者に報知してもよい。
【0068】
上記実施形態では、B/A係数表示枠61やポップアップウィンドウ70でB/A係数の変化の仕方を表示しているが、B/A係数(ベース値)、B/A係数の上昇率、下降率の値を超音波画像60のマーク62周辺に重畳表示してもよい。B/A係数(ベース値)、B/A係数の上昇率、下降率の大きさの度合を色の濃淡(最高レベルは赤、中レベルはピンク、最小レベルは白等)で表現し、超音波画像60に色付けしてもよい。B/A係数(ベース値)の時間的な推移を色の濃淡で表現し、超音波画像60の動画像に重畳させて再生可能としてもよい。
【0069】
上記実施形態では、超音波および反射波の送受信毎に1回ずつ加熱用超音波を送信して被観察部位を温めているが、加熱用超音波の送信頻度は上記例に限らず変更可能である。超音波および反射波の送受信毎に、例えば5回ずつ加熱用超音波を送信してもよいし、超音波および反射波の送受信が1サイクル終了する毎に加熱用超音波を送信してもよい。加熱用超音波の照射条件を変えて数回B/A係数を取得し、これにより得られたデータを比較可能に表示してもよい。または同じ照射条件で数回B/A係数を取得し、その平均を抽出してもよい。
【0070】
超音波および反射波の送受信をせずに加熱用超音波を一定時間送信し続け、B/A係数が下降局面に入ったときだけ超音波および反射波の送受信を行い、B/A係数の下降率のみを求めてもよい。さらには、ROIに指定された部分にのみ加熱用超音波を送信してもよい。
【0071】
上記実施形態では、被観察部位を温める手段として、UTから送信される加熱用超音波を例示したが、本発明はこれに限定されない。超音波画像を生成するための超音波を送信するUTとは別に、加熱用超音波の送信専用のUTを設けてもよい。また、超音波に限らず、例えば周波数20kHz以下の音波、電磁波(赤外線等)といった他の手段を用いてもよい。あるいは、ヒータを体表に直接当てて温めてもよい。
【0072】
被観察部位を温めるのではなく、逆に冷やしてもよい。B/A係数の挙動は上記実施形態と逆になるが、B/A係数が変化することに変わりはない。被観察部位を冷やす手段としては、超音波プローブに送気・送水機能を設け、所定温度に冷やした気体または液体を被観察部位に吹き付ける、冷却パッドを体表に当てる等が考えられる。
【0073】
上記実施形態では、無機圧電セラミックス厚膜を用いたUTで超音波の送信および反射波の受信を担う例を挙げたが、UTの構成はこれに限らない。
【0074】
例えば、図6に示すUTアレイ75を用いてもよい。UTアレイ75は、基本的な構成は図2等に示すUTアレイ21と同様であるが、UT27上にUT76を積層してなる。UT27は、第1、第2電極32a、32bが上下逆になっている他は同様の構成である。
【0075】
UT76は、PVDF(ポリフッ化ビニリデン)等の有機圧電体77を第1、第3電極32a、32cで挟んだ構造である。圧電体77は音響整合層としても機能する。UT76は、UT27とは異なり、超音波は送信せず反射波の受信のみを行う。UT76は、反射波のうちの高調波成分、例えば2次高調波成分に基づいた検出信号を主として出力する。
【0076】
図7において、第3電極32cには、SW80の一端が接続されている。SW80の他端には、受信アンプ42、A/D45と同様の受信アンプ81、A/D82が接続されている。超音波の送信時は、図示するようにSW80はオフとなる。一方、反射波の受信時はSW80がオンとなり、UT76で取得された、反射波の高調波成分を表す検出信号が受信アンプ81に入力される。有機圧電体77を用いたUT76に反射波の高調波成分の受信を担わせるので、高調波成分を効率的に取り込むことができ、B/A係数の抽出精度が増す。
【0077】
あるいは、高調波成分の受信用に圧電酸化物薄膜を有するpMUT(Piezoelectric Micromachined Ultrasonic Transducer)を用いてもよい。pMUTは、超音波の送信には適さないが反射波の受信用としては十分に機能する。また、圧電酸化物薄膜の径や厚みを変更するだけで、2次高調波成分だけでなく他の高調波成分も取得することができる。さらに、PVDFといった有機圧電体と比べて、凡そ500〜1000倍の高い誘電率を有し、メンブレン構造であることから、静電容量が桁違いに高い。このため、静電容量が比較的低い材料を使用した場合と比べて検出信号のレベルが高くなり、従って反射波の高調波成分を効率よく取得することができる。
【0078】
上記実施形態では、携帯型超音波観測器と超音波プローブがケーブルで有線接続される例を挙げたが、携帯型超音波観測器と超音波プローブ間のデータの送受信を無線で行うものに適用してもよい。この場合は図3のP/S46の後段とS/P50の前段に、検出信号を無線で遣り取りするための無線送信部と無線受信部をそれぞれ設ける。また、超音波プローブにバッテリを内蔵させ、バッテリからの電源を超音波プローブの各部に供給する。
【0079】
なお、UTアレイとパルサおよび受信アンプの間に、駆動するUTを選択的に切り替えるマルチプレクサを介挿してもよい。例えば送受信チャンネルが128チャンネルで、隣接する48チャンネルを1つのブロックとして、該チャンネルに属する各UTに任意の遅延差を与えて駆動する場合、マルチプレクサで駆動させるチャンネルを選択する。こうすれば、一度に駆動するチャンネル数分(この場合は48チャンネル分)、パルサ等を用意すればよいので、超音波プローブをさらに小型化することができる。また、走査制御部からマルチプレクサに切り替え信号を送信するだけで済むので、走査制御も簡単になる。
【0080】
上記実施形態では、いわゆるコンベックス電子走査型の体外式の超音波プローブを例示したが、リニア電子走査型、ラジアル電子走査型の超音波プローブでもよい。電子内視鏡の鉗子チャンネルに挿入される体内式の超音波プローブや、電子内視鏡と一体化された超音波内視鏡についても本発明は適用可能である。
【符号の説明】
【0081】
2 超音波診断装置
10 携帯型超音波観測器
11 超音波プローブ
14 操作部
15 モニタ
21、75 超音波トランスデューサアレイ(UTアレイ)
27、76 超音波トランスデューサ(UT)
41 パルサ
42、81 受信アンプ
43 CPU
44 走査制御部
45、82 A/D変換器(A/D)
51 ビームフォーマ(BF)
53 デジタルスキャンコンバータ(DSC)
54 CPU
55 ハーモニックイメージング処理部(HI処理部)
60 超音波画像
61 B/A係数表示枠
70 ポップアップウィンドウ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被観察部位に超音波を送信するとともに被観察部位からの反射波を受信し、反射波に応じた検出信号を出力する超音波トランスデューサと、
反射波のうちの高調波成分を表す検出信号に基づいて抽出されるB/A係数の、被観察部位の温度を変化させたときの時間的な変化の情報を取得する取得手段とを備えることを特徴とする超音波診断装置。
【請求項2】
前記取得手段で取得された情報をモニタに表示させる表示制御手段を備えることを特徴とする請求項1に記載の超音波診断装置。
【請求項3】
前記表示制御手段は、検出信号から生成される超音波画像とともに前記取得手段で取得された情報を表示させることを特徴とする請求項2に記載の超音波診断装置。
【請求項4】
被観察部位の温度を変化させるための温調手段を備えることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の超音波診断装置。
【請求項5】
前記温調手段は、音波により被観察部位を温めることを特徴とする請求項4に記載の超音波診断装置。
【請求項6】
前記温調手段は、超音波により被観察部位を温めることを特徴とする請求項4または5に記載の超音波診断装置。
【請求項7】
前記温調手段は前記超音波トランスデューサであることを特徴とする請求項6に記載の超音波診断装置。
【請求項8】
超音波のレベル、周波数、照射時間、照射範囲、および焦点のうちの少なくともいずれか1つを制御して、被観察部位への超音波の照射エネルギー量を調節することを特徴とする請求項6または7に記載の超音波診断装置。
【請求項9】
被観察部位の関心領域を指定する指定手段を備え、
前記温調手段は、前記指定手段で指定された関心領域を選択的に温度変化させることを特徴とする請求項4ないし8のいずれかに記載の超音波診断装置。
【請求項10】
前記取得手段は、取得された情報から、被観察部位に温度変化がないときのB/A係数の相対値、温まっている間のB/A係数の上昇率、冷めている間のB/A係数の下降率のうちの少なくともいずれか1つを求めることを特徴とする請求項1ないし9のいずれかに記載の超音波診断装置。
【請求項11】
被観察部位の温度が変化している間に、被観察部位に超音波を送信するとともに被観察部位からの反射波を受信し、
反射波のうちの高調波成分を表す検出信号に基づいて抽出されるB/A係数の、被観察部位の温度を変化させたときの時間的な変化の情報を取得することを特徴とする超音波診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−72584(P2011−72584A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−227544(P2009−227544)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】