説明

車両の路面状態推定装置

【課題】たとえ走行する路面に登降坂が生じても精度良く路面状態を推定する。
【解決手段】駆動トルク差分値ΔT、車両の慣性力差分値ΔAx、車両の慣性力変化量差分値Δ(dAx/dt)を演算し、ΔAxを状態変数、ΔTを入力変数とする状態方程式を基に、ΔAxに乗算する第1の判定係数A、或いは、ΔTに乗算する第2の判定係数Bを推定し、この第1の判定係数A、或いは、第2の判定係数Bを基に判定閾値と比較して路面状態を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、路面摩擦係数と車輪のスリップ率との関係を基に路面状態を精度良く推定する車両の路面状態推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、車両においてはトラクション制御、制動力制御、或いは、トルク配分制御等について様々な制御技術が提案され、実用化されている。これらの技術では、必要な制御パラメータの演算或いは補正に、走行する路面とタイヤのグリップ状態を加味するものが多い。例えば、特開平6−323171号公報では、4輪駆動車において、車速が所定値例えば20km/h未満の場合は、前後加速度センサで検出した前後加速度をフィルタ処理したのち更にピークホールド処理したものを選択し、車速が所定値以上の場合は、ピークホールドしないものを選択し、それぞれ選択された前後加速度を積分演算することにより車体速度を求め、この車体速度と、各車輪の回転速度のうち複数の速度の平均速度との差をスリップ量とみなし、このスリップ量に基づき駆動トルクから減じる補正トルクを設定する技術が開示されている。
【特許文献1】特開平6−323171号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上述の特許文献1の技術では、単に、前後加速度を積分して車体速度を求めるようになっているため、走行路の登降坂が考慮されておらず、精度の良い車体速度が求めることができないため、補正トルクも精度良く求めることができないという問題がある。すなわち、図3に示すように、車両が登降坂路を走行している場合、前後加速度センサからの前後加速度Gxは、車両の進行方向の加速度(dV/dt)のみならず、重力の影響を受ける。
Gx=(dV/dt)+g・sin(θ) …(1)
ここで、gは重力加速度、θは道路勾配である。
【0004】
上述の(1)式により、前後加速度信号を時間積分して車体速度VBを求めると、
VB=V0+∫(Gx)dt=V0+∫((dV/dt)
+g・sin(θ))dt …(2)
となる。ここで、V0は積分を開始した時の初速度である。
【0005】
従って、登坂路では、前後加速度センサによる検出値Gxで車体速度VBを推定すると、重力成分だけ早い速度を推定してしまうことになる。同様に、降坂路では、車体速度VBを低く推定することになり、正確なスリップ検出ができなくなる。
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、たとえ走行する路面に登降坂が生じても精度良く路面状態を推定することができる車両の路面状態推定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、エンジンの駆動トルクを検出する駆動トルク検出手段と、車両の前後加速度を検出する前後加速度検出手段と、今回検出したエンジンの駆動トルクと過去に検出したエンジンの駆動トルクとの差を駆動トルク差分値として演算する駆動トルク差分値演算手段と、上記前後加速度を基に、今回の車両の慣性力と過去の車両の慣性力との差を慣性力差分値として演算する慣性力差分値演算手段と、上記前後加速度を基に、今回の車両の慣性力変化量と過去の車両の慣性力変化量との差を慣性力変化量差分値として演算する慣性力変化量差分値演算手段と、上記慣性力差分値に第1の判定係数を乗じた演算項に上記駆動トルク差分値に第2の判定係数を乗じた演算項を加算して上記慣性力変化量差分値に関する状態方程式を形成し、上記第1の判定係数と上記第2の判定係数の少なくとも一方を演算する判定係数演算手段と、上記第1の判定係数と上記第2の判定係数の少なくとも一方に基づいて路面状態を判定する路面状態判定手段とを備えたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0008】
本発明による車両の路面状態推定装置によれば、たとえ走行する路面に登降坂が生じても精度良く路面状態を推定することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
図1乃至図4は本発明の実施の第1形態を示し、図1は路面状態推定装置の構成を示す機能ブロック図、図2は路面状態推定プログラムのフローチャート、図3は車両モデルにおける各パラメータの説明図、図4は路面摩擦係数とスリップ率の特性曲線の説明図である。尚、本実施形態では、路面状態推定装置を搭載する車両として、4輪駆動車を例に説明する。また、以下の各数式で用いる各パラメータは、図3に示すものである。
【0010】
図1において、符号1は車両に搭載され、路面状態を推定する路面状態推定装置を示し、この路面状態推定装置1には、制御部2に、エンジン制御部3、トランスミッション制御部4、及び、前後加速度検出手段としての前後加速度センサ5が接続され、エンジン回転数Ne、スロットル開度θth、タービン回転数Nt、トランスミッションギヤ比i、前後加速度Gxが入力される。
【0011】
そして、路面状態推定装置1の制御部2は、上述の各入力信号に基づき、後述する路面状態推定プログラムを実行し、路面状態(本実施の形態では路面摩擦係数μ)を推定して出力する。すなわち、制御部2は、図1に示すように、駆動トルク演算部2a、駆動トルク差分値演算部2b、慣性力差分値演算部2c、慣性力変化量差分値演算部2d、判定係数演算部2e、路面状態判定部2fから主要に構成されている。
【0012】
駆動トルク演算部2aは、エンジン制御部3からエンジン回転数Ne、スロットル開度θthが入力され、トランスミッション制御部4からタービン回転数Nt、トランスミッションギヤ比iが入力される。そして、予め設定しておいたエンジン回転数Neとスロットル開度θthの特性マップを基にエンジン出力トルクTeを演算し、このエンジン出力トルクTeを基に、以下の(3)式により、駆動トルクTを演算する。尚、以下、各記号の後に記される添字(n)は、今回の値であることを示し、添字(n−1)は前回の値(例えば、1サンプル前の値)であることを示す。
T(n)=i・if・Te(n)・tconv …(3)
ここで、ifは終段減速機のギヤ比であり、tconvはトルクコンバータ(図示せず)のトルコン比であり、このトルコン比tconvは、トルクコンバータの速度比e(=Nt/Ne)を基に予め設定されたマップから求められる。尚、エンジン出力トルクTeはエンジン制御部3等から直接入力される値を用いても良く、トルコン比tconvはトランスミッション制御部4等から直接入力される値を用いても良い。
【0013】
こうして演算された駆動トルクTは、駆動トルク差分値演算部2bに出力される。すなわち、駆動トルク演算部2aは、駆動トルク検出手段として設けられている。
【0014】
駆動トルク差分値演算部2bは、駆動トルク演算部2aから駆動トルクTが入力される。そして、以下の(4)式により、駆動トルク差分値ΔTを演算し、判定係数演算部2eに出力する。すなわち、駆動トルク差分値演算部2bは、駆動トルク差分値演算手段として設けられている。
ΔT(n)=T(n)−T(n-1) …(4)
【0015】
慣性力差分値演算部2cは、前後加速度センサ5から前後加速度Gxが入力される。そして、以下の(5)式により、車両の慣性力差分値ΔAxを演算し、判定係数演算部2eに出力する。すなわち、慣性力差分値演算部2cは、慣性力差分値演算手段として設けられている。
ΔAx(n)=ΔGx(n)=Gx(n)−Gx(n-1) …(5)
【0016】
登降坂における角度変化は、タイヤのスリップと比較して、遙かに穏やかに変化するため、隣り合うサンプル時間の間では、前後加速度信号における重力の項は定数と見なすことができる。従って、実際の前後加速度の差分値ΔGx(n)は、前述の(1)式を用いると以下の(6)式で得られるが、道路勾配θの値が略変化しない(すなわち、θ(n)=θ(n-1))と考えて、上述の(5)式により、車両の慣性力差分値ΔAxを演算し、道路勾配θの影響を除去するようになっている。
ΔGx(n)=Gx(n)−Gx(n-1)
=((dV/dt)(n)+g・sin(θ(n)))
−((dV/dt)(n-1)+g・sin(θ(n-1))) …(6)
【0017】
慣性力変化量差分値演算部2dは、前後加速度センサ5から前後加速度Gxが入力される。そして、入力された前後加速度の微分値(dGx/dt)を演算し、以下の(7)式により、車両の慣性力変化量差分値Δ(dAx/dt)を演算し、判定係数演算部2eに出力する。すなわち、慣性力変化量差分値演算部2dは、慣性力変化量差分値演算手段として設けられている。
Δ(dAx/dt)(n)=Δ(dGx/dt)(n)
=(dGx/dt)(n)−(dGx/dt)(n-1) …(7)
尚、前後加速度の微分値(dGx/dt)は、他に、別途設ける加加速度センサ等からの信号を用いるようにしても良い。
【0018】
判定係数演算部2eは、駆動トルク差分値演算部2bから駆動トルク差分値ΔTが、慣性力差分値演算部2cから車両の慣性力差分値ΔAxが、慣性力変化量差分値演算部2dから車両の慣性力変化量差分値Δ(dAx/dt)が入力される。そして、以下(8)式に示す、ΔAxを状態変数、ΔTを入力変数とする状態方程式を基に、ΔAxに乗算する第1の判定係数A、或いは、ΔTに乗算する第2の判定係数Bを推定し、路面状態判定部2fに出力する。すなわち、判定係数演算部2eは、判定係数演算手段として設けられている。
Δ(dAx/dt)=A・ΔAx+B・ΔT …(8)
【0019】
ここで、上述の(8)式に示す状態方程式について説明する。
図3において、車両の進行方向について、駆動トルクTは、車両質量をm、タイヤ半径をR、車輪の総イナーシャをI、車輪が4輪駆動機構により回転数が同一となるよう拘束されていると仮定して、この回転数をωとすると、以下の(9)式により表現される。
T=R・(m・g・sin(θ)+m・Ax)+I・(dω/dt)…(9)
(9)式の差分をとると、以下の(10)式を得ることができる。
ΔT=m・R・ΔAx+Δ(dω/dt)・I …(10)
尚、この(10)式を導出するにあたり、前述の(5)式の説明と同様、重力成分を表す、m・g・sin(θ)の項は一定とみなしている。
【0020】
次に、タイヤ特性を総駆動力Fdは、スリップ率λの関数μ(例えば、図4に示す)と総接地荷重Fzにより、以下の(11)式のように表される。
Fd=m・(g・sin(θ)+Ax)
=Fz・μ(λ)
=m・g・cos(θ)・μ(λ)
≒m・g・μ(λ) …(11)
(11)式では、cos(θ)≒1と近似しているが、実際の走行路において、登降坂の角度はせいぜい30%であり、このときのcos関数は約0.96となるためである。
【0021】
上述の(11)式の差分をとると、以下の(12)式を得ることができる。
ΔAx=g・(dμ/dλ)・Δλ …(12)
【0022】
次に、スリップ率λは、λ=(ω−ωv)/ωで定義され(但し、ωvは車輪速度)、これの差分をとると、以下の(13)式を得ることができる。
Δλ=(1/ω)・((ωv/ω)・Δω−Δωv)
≒(1/ω)・(Δω−Δωv) …(13)
【0023】
(12)式に(13)式を代入することにより、以下の(14)式を得ることができる。
ΔAx=g・(dμ/dλ)・(1/ω)・(Δω−Δωv) …(14)
ここで、(13)式中の車輪速度ωvは、車体速度Vをタイヤ半径Rで除して車輪回転速度に換算したものであるが、一般に4輪駆動車においては計測することができず、本発明においては、前述の(5)式にて、前後加速度Gxから、車両の慣性力、すなわち、車両加速度Axの差分値が抽出できる。すなわち、
R・Ax=(dωv/dt) …(15)
従って、
Δ(dωv/dt)=ΔAx/R …(16)
【0024】
そして、(14)式に、(10)式、(16)式を代入することにより、以下の(17)式を得る。
Δ(dAx/dt)=g・(dμ/dλ)・(1/ω)
・(−(m・R+I)/(I・R)・ΔAx+ΔT/I) …(17)
上述の(17)式において、
A=−g・(dμ/dλ)・(1/ω)・(m・R+I)/(I・R)…(18)
B=g・(dμ/dλ)・(1/ω)・(1/I) …(19)
とおくことにより、前述の(8)式に示す状態方程式を得ることができる。
【0025】
そして、上述の状態方程式のA、Bの値は、所謂、パラメータ同定の手法を用いてリアルタイムに推定することが可能である。例えば、再帰的最小二乗同定法(Recursive Least Square method):RLS法を用いる場合、
Δ(dAx/dt)=y(k) …(20)

とおくと、上述の(8)式の状態方程式は、以下の(23)式で表現され、
y(k)=p(k-1)・φ(k-1) …(23)
上述の(23)式に対して以下の漸化式、(24)式を用いて係数φの推定値φeを求めるのである。
【0026】
φe(k)=φe(k-1)−(F(k-1)・p(k))/(f+p(k)・F(k-1)・p(k))
・(p(k)・φe(k-1)−y(k)) …(24)
ここで、fは、所謂、忘却関数であり、F(k)は、以下の(25)式で与えられる。
【0027】
F(k)=(1/f)・(F(k-1)−(F(k-1)・p(k)・p(k)・F(k-1))
/(f+p(k)・F(k-1)・p(k))) …(25)
【0028】
前述の(8)式における第1の判定係数A、及び、第2の判定係数Bは、(18)式、(19)式に示すように、共に(dμ/dλ)を含む係数となっている。この(dμ/dλ)は、図4に示すように、タイヤのグリップ状態を示す変数であり、タイヤのスリップ率−等価的な路面摩擦係数μ(若しくは、制動力/タイヤ接地荷重)上での傾きである。
【0029】
例えば、(dμ/dλ)が、高μ路における(dμ/dλ)の値で、タイヤが駆動力を発生している場合、十分なグリップを保っていると見なすことができる。また、(dμ/dλ)が0に近い場合、タイヤはグロススリップ状態にあり、何らかのスリップを抑止する手段を作動させる必要があると判定することができる。更に、(dμ/dλ)の値が低μ路における(dμ/dλ)に近いと判定された場合は、車両は滑りやすい路面を走行している推定できるので各種すべり防止装置の待機状態を高め、スリップ発生と共に即すべり防止装置を作動させることができる。
【0030】
路面状態判定部2fでは、このような(dμ/dλ)の値を含む第1の判定係数A、或いは、第2の判定係数Bを判定することにより、路面状態を判定するようになっている。すなわち、路面状態判定部2fは、路面状態判定手段として設けられている。
【0031】
第1の判定係数Aを用いる場合、具体的には、以下のように判定する。
・|A|≧KAHの場合、路面は高μ路
・KAH>|A|≧KALの場合、路面は中μ路
・|A|<KALの場合、路面は低μ路
尚、KAH、KALは、予め実験、計算等により求めておいた定数(判定閾値)であり、KAH>KALである。
【0032】
また、第2の判定係数Bを用いる場合、具体的には、以下のように判定する。
・|B|≧KBHの場合、路面は高μ路
・KBH>|B|≧KBLの場合、路面は中μ路
・|B|<KBLの場合、路面は低μ路
尚、KBH、KBLは、予め実験、計算等により求めておいた定数(判定閾値)であり、KBH>KBLである。
【0033】
尚、本実施の形態では、予め設定した閾値KAH、KALと第1の判定係数Aとを比較し、或いは、予め設定した閾値KBH、KBLと第2の判定係数Bとを比較して、3段階に路面摩擦係数μを判定するようにしているが、閾値を一つとして2段階に路面摩擦係数μを判定するようにしても良く、逆に、より多くの閾値を設定して、これらの閾値と比較することにより、路面摩擦係数μをより細かく判定するようにしても良い。
【0034】
また、上述の判定閾値KAH、KAL、KBH、KBLは、定数では無く、車速V(車輪速度ω:例えば、4輪車輪速の平均値)で補正した値を用いても良い。この場合、判定閾値KAH、KAL、KBH、KBLは、それぞれが判定する路面摩擦係数μの値、すなわち、KAH、KBHで判定する路面摩擦係数μの値のときの(dμ/dλ)を(dμ/dλ)H、KAL、KBLで判定する路面摩擦係数μの値のときの(dμ/dλ)を(dμ/dλ)Lとすると、前述の(18)式、(19)式により、以下の(26)〜(29)式により演算して設定することができる。
【0035】
KAH=−g・(dμ/dλ)H・(1/ω)・(m・R+I)
/(I・R) …(26)
KAL=−g・(dμ/dλ)L・(1/ω)・(m・R+I)
/(I・R) …(27)
KBH=g・(dμ/dλ)H・(1/ω)・(1/I) …(28)
KBL=g・(dμ/dλ)L・(1/ω)・(1/I) …(29)
こうした、車輪速度ωによる補正を加えて判定閾値を設定し、路面状態を設定するようにすれば、より精度の良い路面状態の推定が可能となる。
【0036】
このように、路面状態判定部2fにて判定した路面状態(路面摩擦係数μ)は、例えば、図示しない外部表示装置に出力され、インストルメントパネルでの表示等によりドライバの注意を喚起するように用いられる。或いは、エンジン制御部、トランスミッション制御部、駆動力配分制御部、ブレーキ制御部(何れも図示せず)等に出力されて、各制御部における制御量の設定に寄与される。
【0037】
次に、上述の路面状態推定装置1の制御部2で実行される路面状態推定プログラムを、図2のフローチャートで説明する。
まず、ステップ(以下、「S」と略称)101で、必要パラメータ、すなわち、エンジン回転数Ne、スロットル開度θth、タービン回転数Nt、トランスミッションギヤ比i、前後加速度Gxを読み込む。
【0038】
次に、S102に進み、駆動トルク演算部2aで、前述の(3)式により、駆動トルクT(n)を演算する。
【0039】
次いで、S103に進み、駆動トルク差分値演算部2bで、前述の(4)式により、駆動トルク差分値ΔT(n)を演算する。
【0040】
次に、S104に進み、慣性力差分値演算部2cで、前述の(5)式により、車両の慣性力差分値ΔAx(n)を演算する。
【0041】
次いで、S105に進み、慣性力変化量差分値演算部2dで、前述の(7)式により、車両の慣性力変化量差分値Δ(dAx/dt)(n)を演算する。
【0042】
次に、S106に進み、判定係数演算部2eで、前述の(8)式に示す状態方程式を解いて、第1の判定係数A、或いは、第2の判定係数Bを推定する。
【0043】
そして、S107に進み、路面状態判定部2fで、第1の判定係数A、或いは、第2の判定係数Bをそれぞれの判定閾値(KAH、KAL、或いは、KBH、KBL)と比較して路面状態を判定し、結果を出力してプログラムを抜ける。
【0044】
このように、本発明の実施の第1形態によれば、駆動トルク差分値ΔT、車両の慣性力差分値ΔAx、車両の慣性力変化量差分値Δ(dAx/dt)を演算し、ΔAxを状態変数、ΔTを入力変数とする状態方程式を基に、ΔAxに乗算する第1の判定係数A、或いは、ΔTに乗算する第2の判定係数Bを推定し、この第1の判定係数A、或いは、第2の判定係数Bを基に路面状態を判定するようになっている。このため、タイヤのグリップ限界のみならず、広範な走行領域での路面状態の推定が可能となっている。また、たとえ、道路勾配のある路面を走行する場合であっても、道路勾配による誤差を含むことなく精度良く路面状態を推定することが可能である。
【0045】
次に、本発明の実施の第2形態について説明する。
図5及び図6は本発明の実施の第2形態を示し、図5は路面状態推定装置の構成を示す機能ブロック図、図6は路面状態推定プログラムのフローチャートである。尚、本実施の第2形態は、路面状態を判定する判定係数をパルス伝達関数を解くことにより求めることが前記第1形態と異なり、他の構成、作用は前記第1形態と同様であるので、同じ構成には同じ符号を記し、説明は省略する。
【0046】
図5において、符号11は車両に搭載され、路面状態を推定する路面状態推定装置を示し、この路面状態推定装置11には、制御部12に、エンジン制御部3、トランスミッション制御部4、及び、前後加速度検出手段としての前後加速度センサ5が接続され、エンジン回転数Ne、スロットル開度θth、タービン回転数Nt、トランスミッションギヤ比i、前後加速度Gxが入力される。
【0047】
そして、路面状態推定装置11の制御部12は、上述の各入力信号に基づき、後述する路面状態推定プログラムを実行し、路面状態(本実施の形態では路面摩擦係数μ)を推定して出力する。すなわち、制御部12は、図5に示すように、駆動トルク演算部2a、駆動トルク差分値演算部2b、慣性力差分値演算部2c、判定係数演算部12a、路面状態判定部12bから主要に構成されている。
【0048】
判定係数演算部12aは、駆動トルク差分値演算部2bから駆動トルク差分値ΔTが、慣性力差分値演算部2cから車両の慣性力差分値ΔAxが入力される。そして、以下(30)式に示す、パルス伝達関数を基に、ΔAxに乗算する第3の判定係数P、或いは、ΔTに乗算する第4の判定係数Qを推定し、路面状態判定部12bに出力する。すなわち、判定係数演算部12aは、判定係数演算手段として設けられている。
ΔAx(n+1)=P・ΔAx(n)+Q・ΔT(n) …(30)
【0049】
パルス伝達関数の特徴として、前述の(8)式の状態方程式における第1の判定係数A、第2の判定係数Bと、上述の(30)式中の判定係数P、Qとは、以下の(31)式、(32)式で示す関係があることが知られている。
P=exp(A・τ) …(31)
Q=B・(exp(A・τ)−1)/A
=R/(m・R+I)・(1−exp(A・τ)) …(32)
ここで、τはサンプリングタイムである。
【0050】
従って、判定係数P、Qには、タイヤのグリップ状態を示す、(dμ/dλ)が含まれており、タイヤがスリップに近づくと、P→1、Q→0に近づくことで路面状態を検出することができるのである。
【0051】
ここで、判定係数P、Qを推定する方法として、前述のRLS法や固定トレース法などのパラメータ同定手法が広く知られているので、これらを用いて推定することができる。例えば、前述のRLS法を用いる場合、
ΔAx(n+1)=y(k) …(33)

とおくことにより、前述の(23)式における係数φを(24)式により推定する。
【0052】
路面状態判定部12bは、判定係数演算部12aから入力される第3の判定係数P、或いは、第4の判定係数Qを判定することにより、路面状態を判定するようになっている。すなわち、路面状態判定部12bは、路面状態判定手段として設けられている。
【0053】
第3の判定係数Pを用いる場合、具体的には、以下のように判定する。
・P≧KPHの場合、路面は低μ路
・KPH>P≧KPLの場合、路面は中μ路
・P<KPLの場合、路面は高μ路
尚、KPH、KPLは、予め実験、計算等により求めておいた定数(判定閾値)であり、KPH>KPLである。
【0054】
また、第4の判定係数Qを用いる場合、具体的には、以下のように判定する。
・Q≧KQHの場合、路面は高μ路
・KQH>Q≧KQLの場合、路面は中μ路
・Q<KQLの場合、路面は低μ路
尚、KQH、KQLは、予め実験、計算等により求めておいた定数(判定閾値)であり、KQH>KQLである。
【0055】
尚、本実施の形態では、予め設定した閾値KPH、KPLと第3の判定係数Pとを比較し、或いは、予め設定した閾値KQH、KQLと第4の判定係数Qとを比較して、3段階に路面摩擦係数μを判定するようにしているが、閾値を一つとして2段階に路面摩擦係数μを判定するようにしても良く、逆に、より多くの閾値を設定して、これらの閾値と比較することにより、路面摩擦係数μをより細かく判定するようにしても良い。
【0056】
また、上述の判定閾値KPH、KPL、KQH、KQLは、定数では無く、車速V(車輪速度ω:例えば、4輪車輪速の平均値)で補正した値を用いても良い。この場合、判定閾値KPH、KPL、KQH、KQLは、それぞれが判定する路面摩擦係数μの値、すなわち、KPH、KQLで判定する路面摩擦係数μの値のときの(dμ/dλ)を(dμ/dλ)L、KPL、KQHで判定する路面摩擦係数μの値のときの(dμ/dλ)を(dμ/dλ)Hとすると、前述の(18)式、(19)式、(31)式、(32)式により、以下の(35)〜(38)式により演算して設定することができる。
【0057】
KPH=exp(−g・(dμ/dλ)L・(1/ω)・(m・R+I)・τ
/(I・R)) …(35)
KPL=exp(−g・(dμ/dλ)H・(1/ω)・(m・R+I)・τ
/(I・R)) …(36)
KQH=R/(m・R+I)・(1−exp(−g・(dμ/dλ)H
・(1/ω)・(m・R+I)・τ/(I・R)) …(37)
KQL=R/(m・R+I)・(1−exp(−g・(dμ/dλ)L
・(1/ω)・(m・R+I)・τ/(I・R)) …(38)
こうした、車輪速度ωによる補正を加えて判定閾値を設定し、路面状態を設定するようにすれば、より精度の良い路面状態の推定が可能となる。
【0058】
このように、路面状態判定部12bにて判定した路面状態(路面摩擦係数μ)は、例えば、図示しない外部表示装置に出力され、インストルメントパネルでの表示等によりドライバの注意を喚起するように用いられる。或いは、エンジン制御部、トランスミッション制御部、駆動力配分制御部、ブレーキ制御部(何れも図示せず)等に出力されて、各制御部における制御量の設定に寄与される。
【0059】
次に、上述の路面状態推定装置11の制御部12で実行される路面状態推定プログラムを、図6のフローチャートで説明する。
まず、S101で、必要パラメータ、すなわち、エンジン回転数Ne、スロットル開度θth、タービン回転数Nt、トランスミッションギヤ比i、前後加速度Gxを読み込む。
【0060】
次に、S102に進み、駆動トルク演算部2aで、前述の(3)式により、駆動トルクT(n)を演算する。
【0061】
次いで、S103に進み、駆動トルク差分値演算部2bで、前述の(4)式により、駆動トルク差分値ΔT(n)を演算する。
【0062】
次に、S104に進み、慣性力差分値演算部2cで、前述の(5)式により、車両の慣性力差分値ΔAx(n)を演算する。
【0063】
次に、S201に進み、判定係数演算部12aで、前述の(30)式に示すパルス伝達関数を解いて、第3の判定係数P、或いは、第4の判定係数Qを推定する。
【0064】
そして、S202に進み、路面状態判定部12bで、第3の判定係数P、或いは、第4の判定係数Qをそれぞれの判定閾値(KPH、KPL、或いは、KQH、KQL)と比較して路面状態を判定し、結果を出力してプログラムを抜ける。
【0065】
このように、本発明の実施の第2形態によれば、駆動トルク差分値ΔT、車両の慣性力差分値ΔAxを演算し、パルス伝達関数を基に、ΔAxに乗算する第3の判定係数P、或いは、ΔTに乗算する第4の判定係数Qを推定し、この第3の判定係数P、或いは、第4の判定係数Qを基に路面状態を判定するようになっている。このため、前述の第1形態と同様、タイヤのグリップ限界のみならず、広範な走行領域での路面状態の推定が可能となっている。また、たとえ、道路勾配のある路面を走行する場合であっても、道路勾配による誤差を含むことなく精度良く路面状態を推定することが可能である。
【0066】
また、本実施の第2形態では、パルス伝達関数を基に路面状態を推定するようになっているので、前後加速度の時間微分値を求める必要がない。一般に、前後加速度の時間微分値を直接計測することは難しい。前後加速度の時間微分値は、前後加速度センサの時系列の計測値からデータを微分して計算することが可能であるが、前後加速度は変化が激しく、信頼性のある微分結果を得るためには、前後加速度センサからの信号にフィルタ処理を施す必要があり、応答性に悪影響を及ぼすことが避けられない。前後加速度の時間微分値である加加速度を直接計測するためのセンサ原理が特開2006−023287号公報等で開示されており、このようなセンサを用いれば信頼性の高いデータを得ることも可能であるが、特異なセンサを追加することによるコストアップ等の問題が発生してしまう。本実施の第2形態によれば、こうしたセンサ追加も必要なく、精度良く路面状態を推定することが可能となる。
【0067】
尚、本実施の第1、第2形態では、特に、路面状態の推定が難しい4輪駆動車を例に説明したが、2輪駆動(前輪駆動、或いは、後輪駆動)車にも適用可能である。その場合、駆動力を路面に伝達しない、従動輪の回転数情報より前後加速度Gxを高精度に推定して、前後加速度センサ無しにAxと(dAx/dt)を得ることが出来るほか、駆動輪が分担する車重をmdとして、例えば前述の(17)式は、以下の(39)式で与えられる。
Δ(dAx/dt)=(md/m)・g・(dμ/dλ)・(1/ω)
・(−(m・R+I)/(I・R)・ΔAx+ΔT/I) …(39)
すなわち、駆動輪が分担する車重の割合を考慮して、他の式も変形すれば、前述と同様の原理で、状態方程式により得られる判定係数(第1形態)、或いは、パルス伝達関数により得られる判定係数(第2形態)で路面状態が推定できる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明の実施の第1形態による、路面状態推定装置の構成を示す機能ブロック図
【図2】同上、路面状態推定プログラムのフローチャート
【図3】同上、車両モデルにおける各パラメータの説明図
【図4】同上、路面摩擦係数とスリップ率の特性曲線の説明図
【図5】本発明の実施の第2形態による、路面状態推定装置の構成を示す機能ブロック図
【図6】同上、路面状態推定プログラムのフローチャート
【符号の説明】
【0069】
1 路面状態推定装置
2 制御部
2a 駆動トルク演算部(駆動トルク検出手段)
2b 駆動トルク差分値演算部(駆動トルク差分値演算手段)
2c 慣性力差分値演算部(慣性力差分値演算手段)
2d 慣性力変化量差分値演算部(慣性力変化量差分値演算手段)
2e 判定係数演算部(判定係数演算手段)
2f 路面状態判定部(路面状態判定手段)
3 エンジン制御部
4 トランスミッション制御部
5 前後加速度センサ(前後加速度検出手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの駆動トルクを検出する駆動トルク検出手段と、
車両の前後加速度を検出する前後加速度検出手段と、
今回検出したエンジンの駆動トルクと過去に検出したエンジンの駆動トルクとの差を駆動トルク差分値として演算する駆動トルク差分値演算手段と、
上記前後加速度を基に、今回の車両の慣性力と過去の車両の慣性力との差を慣性力差分値として演算する慣性力差分値演算手段と、
上記前後加速度を基に、今回の車両の慣性力変化量と過去の車両の慣性力変化量との差を慣性力変化量差分値として演算する慣性力変化量差分値演算手段と、
上記慣性力差分値に第1の判定係数を乗じた演算項に上記駆動トルク差分値に第2の判定係数を乗じた演算項を加算して上記慣性力変化量差分値に関する状態方程式を形成し、上記第1の判定係数と上記第2の判定係数の少なくとも一方を演算する判定係数演算手段と、
上記第1の判定係数と上記第2の判定係数の少なくとも一方に基づいて路面状態を判定する路面状態判定手段と、
を備えたことを特徴とする車両の路面状態推定装置。
【請求項2】
エンジンの駆動トルクを検出する駆動トルク検出手段と、
車両の前後加速度を検出する前後加速度検出手段と、
今回検出したエンジンの駆動トルクと過去に検出したエンジンの駆動トルクとの差を駆動トルク差分値として演算する駆動トルク差分値演算手段と、
上記前後加速度を基に、今回の車両の慣性力と過去の車両の慣性力との差を慣性力差分値として演算する慣性力差分値演算手段と、
上記慣性力差分値に第3の判定係数を乗じた演算項に上記駆動トルク差分値に第4の判定係数を乗じた演算項を加算して上記慣性力差分値に関するパルス伝達関数を形成し、上記第3の判定係数と上記第4の判定係数の少なくとも一方を演算する判定係数演算手段と、
上記第3の判定係数と上記第4の判定係数の少なくとも一方に基づいて路面状態を判定する路面状態判定手段と、
を備えたことを特徴とする車両の路面状態推定装置。
【請求項3】
上記路面状態判定手段は、上記各判定係数に基づいて路面状態を判定する場合、該判定係数と予め車速に応じて可変設定する判定閾値とを比較して路面状態を判定することを特徴とする請求項1又は請求項2記載の車両の路面状態推定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−1244(P2009−1244A)
【公開日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−166807(P2007−166807)
【出願日】平成19年6月25日(2007.6.25)
【出願人】(000005348)富士重工業株式会社 (3,010)
【Fターム(参考)】