説明

転がり軸受密封用のシール

【課題】シールリップの変形を抑制して転がり軸受の密封性能を維持し、転がり軸受の密封性、耐水性の寿命を延長することができる転がり軸受密封用のシールを提供する。
【解決手段】外輪30に固定される転がり軸受密封用のシール10の内周縁部には内輪40外径面に摺接するシールリップ20が形成されている。そしてシール10には、シールリップ20の径方向外方位置に、シールリップ20の外径側への変形を抑制する凸状部22が形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は転がり軸受密封用のシールに関する。具体的には、外輪に固定される転がり軸受密封用のシールに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のエンジンとトランスミッションとの間に配設されるクラッチ装置にはクラッチレリーズ軸受が組み込まれている。このクラッチレリーズ軸受には、クラッチ機構の回転部材と接触して外輪が回転する外輪回転・内輪固定のタイプのものと、クラッチ機構の回転部材と接触して内輪が回転する外輪固定・内輪回転のタイプのものがある。
このクラッチレリーズ軸受の内部に水等が入ってしまうと、軸受内部に封入されたグリース等の潤滑油が劣化し、軸受内部に錆が発生して、軸受の寿命低下を引き起こす。
そこで、クラッチレリーズ軸受には、軸線方向の両端において、内輪又は外輪のいずれか一方に固定され他方に接触または非接触とされた軸受密封用のシールを内輪と外輪の間に配置しているものがある。
【0003】
先行技術文献として、特開2006−189086号公報(特許文献1)には、外輪回転・内輪固定のクラッチレリーズ軸受の密封用のシールが記載されている。特許文献1に記載のクラッチレリーズ軸受では、クラッチ機構の回転部材が配設されるフロント側には内輪に固定され外輪に摺接するシール部材が配設されている。そして、軸線方向の反対側のリヤ側には外輪に固定され内輪に摺接するシール部材が配設されている。
【0004】
図4に、特許文献1に記載されたクラッチレリーズ軸受とほぼ同一の構成のクラッチレリーズ軸受110の部分断面図を示す。
クラッチレリーズ軸受110は、径方向内方に延びる凸状の円弧面を有する鍔部122が形成された外輪120と、径方向内方に延びる平坦状の鍔部132が形成された内輪130と、この内輪130と外輪120との間に転動自在に収容された複数の転動体114を備え、クラッチ機構の回転部材112と外輪120の鍔部122との接触により外輪120が回転するタイプのクラッチレリーズ軸受である。
そして、フロント側には内輪130の鍔部132の側面にシール150が配設され、シール150に一体的に接合されたサイドリップ152が、外輪120の鍔部122に摺接する構成とされている。そして、リア側には、外輪120の内周面に内嵌めされた状態でシール140が配設され、シール140の先端に形成されたシールリップ142が内輪130の外径面に摺接する構成とされている。よって、クラッチレリーズ軸受110は、潤滑油が漏れにくく泥水が侵入しにくい構造であるため、良好な潤滑性と耐水性を維持できると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−189086号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、クラッチレリーズ軸受には低トルク化の要請がある。また、接触タイプの密封構造では、摩擦による発熱がグリース等の潤滑油の劣化の原因となる。そこで、フロント側のシールについては、シールを外輪と非接触の近接状態としてラビリンスを形成するか、あるいは軽接触とすることで、低トルク化を図っている。
一方、リア側については、シールが外輪と共に回転し、シールリップに遠心力が作用する構成とされているこの構成において、低トルク化のためシールリップを内輪の外径面に対して軽接触とすると、長期間、高温・高速で使用するとシールリップが変形して締め代が減少してしまうおそれがある。
そして、雨の日や、水たまりのある悪路で、クラッチハウジングに大量の泥水がかかり、クラッチハウジング内に泥水が入ると、泥水はフライホイールでかき上げられて、クラッチレリーズ軸受のリア側に達する。そして、クラッチレリーズ軸受のリア側で泥水が外輪と内輪の隙間に入り込んだ場合には、シールリップの締め代が無いか又は締め代が小さいと、泥水は内輪とシールリップの間から軸受内部に侵入して、グリース等の潤滑油を劣化させ、軸受の寿命を低下させる。
このシールリップが変形してシールリップによる締め代が減少するという問題は、外輪回転・内輪固定のクラッチレリーズ軸受の密封用に使用されるシールに限られない。外輪固定・内輪回転の軸受に使用されるシールの場合はシールリップに回転による遠心力が働くことはないが、長期間にわたり高温・高速で使用すると、発熱や振動でシールリップが変形して締め代が減少することがある。
【0007】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、シールリップの変形を抑制して転がり軸受の密封性能を維持し、転がり軸受の密封性、耐水性の寿命を延長することができる転がり軸受密封用のシールを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明にかかる転がり軸受密封用のシールは次の手段をとる。
まず、本発明の第1の発明は、外輪に固定される転がり軸受密封用のシールであって、
前記シールの内周縁部には内輪または軸体の外径面に摺接するシールリップが形成されており、該シールには、該シールリップの径方向外方位置に、該シールリップの外径側への変形を抑制するストッパが形成されていることを特徴とする。
この第1の発明によれば、シールリップの径方向外方位置に形成されたストッパによりシールリップの外径側への変形が抑制されるので、転がり軸受の密封性能を維持し、転がり軸受の密封性、耐水性の寿命を延長することができる。
【0009】
次に、本発明の第2の発明は、上記第1の発明に係る転がり軸受密封用のシールであって、前記シールが外輪と共に回転することを特徴とする。
この第2の発明によれば、シールリップに遠心力が働くため、シールリップが外径側へ変形し易いので、ストッパによりシールリップの外径側への変形を抑制する効果が高く、転がり軸受の密封性能を維持し、転がり軸受の密封性、耐水性の寿命を延長することができる。
【0010】
次に、本発明の第3の発明は、上記第1の発明または第2の発明に係る転がり軸受密封用のシールであって、前記ストッパは前記シールリップの径方向外方位置から、前記シールリップの外径側の側面に向かって突き出した凸状部であることを特徴とする。
この第3の発明によれば、シールリップが外径側に変形しようとすると、シールリップの径方向外方に形成された凸状部にシールリップの外径側側面が当接して、シールリップの外径側への変形が抑制される。よって、転がり軸受の密封性能を維持し、転がり軸受の密封性、耐水性の寿命を延長することができる。
【発明の効果】
【0011】
上述の本発明の各発明によれば、次の効果が得られる。
まず、上述の第1の発明によれば、ストッパによりシールリップの外径側への変形が抑制されるので、転がり軸受の密封性、耐水性の寿命を延長することができる。
次に上述の第2の発明によれば、シールリップに遠心力が働くため、シールリップが外径側へ変形し易いので、ストッパによりシールリップの外径側への変形を抑制する効果が高く、、転がり軸受の密封性、耐水性の寿命を延長することができる。
次に上述の第3の発明によれば、シールリップが外径側に変形しようとすると、シールリップの径方向外方に形成された凸状部にシールリップの外径側側面が当接して、シールリップの外径側への変形が抑制される。よって、転がり軸受の密封性、耐水性の寿命を延長することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】一実施例における転がり軸受密封用のシールを備えたクラッチレリーズ軸受の部分断面図である。
【図2】図1の転がり軸受密封用のシール部分の拡大図である。
【図3】変形例のシールの外観斜視図である。
【図4】従来技術による転がり軸受密封用のシールを備えたクラッチレリーズ軸受の部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態について実施例にしたがって説明する。
図1に本発明の一実施例における転がり軸受密封用のシール10を備えたクラッチレリーズ軸受50の部分断面図を示す。図1の左側がフロント側、右側がリア側である。図1に示すように、クラッチレリーズ軸受50は外輪30のフロント側に径方向内方にのびる鍔部32が形成され、ダイヤフラムスプリング60と外輪30の鍔部32との接触により外輪30が回転するタイプのクラッチレリーズ軸受である。
【0014】
そして、外輪30に対向して内方側には内輪40が配設されており、この外輪30と内輪40との間には周方向に複数配列された転動体34が保持器36により転動可能に保持されている。なお、内輪40の内周面側には自動調心用の弾性スリーブ46が固着されて取り付けられている。そして、クラッチレリーズ軸受50のフロント側では、弾性スリーブ46からフロントシール44が突設形成されており、フロントシール44の二股に分岐した先端を外輪30の鍔部32の内側に摺接させて、外輪30と内輪40のフロント側の隙間を塞ぐ構成とされている。また、クラッチレリーズ軸受50のリア側では、内輪40の端部に径方向外方に延びる鍔部42が形成され、内輪40の鍔部42の軸受内側に外輪30の外径面に固定されたシール10が配設されて、外輪30と内輪40のリア側の隙間を塞ぐ構成とされている。
【0015】
図2にクラッチレリーズ軸受50のシール10が使用されている部分の拡大図を示す。シール10は金属製の芯金の一部をゴムで覆った円環状の部材である。そして、図2に示すとおり、外輪30の外径面にシール10を外嵌め固定するための固定部12と、内輪40の鍔部42に面する側壁部14と、内輪40の外径に摺接する構成とされたシールリップ20とを備えている。そして、固定部12は芯金が露出した構成とされ、側壁部14は芯金をゴム製の被覆部で覆った構成とされ、シールリップ20はゴムで構成されている。
そして、シール10の側壁部14の内径側端部の軸受外方側には、側壁部14のゴム製の被覆部と一体成形され、シールリップ20の外径側の側面に向かって突き出した凸状部22が形成されている。凸状部22はシール10の側壁部14の内径側端部の全周にわたって環状に形成されている。そして、凸状部22の内径側の先端とシールリップ20の外径側の側面は、シール10をクラッチレリーズ軸受50に取り付けた状態で僅かな隙間を有する構成とされている。この凸状部22が本発明のストッパに相当する。
そして、シール10の側壁部14の径方向外方には、ゴム製の被覆部と一体形成され、内輪40の鍔部42の先端の径方向上部に突き出した突起部16が形成されている。
【0016】
一実施例では、シール10の凸状部22を側壁部14のゴム製の被覆部と一体成形としているが、凸状部22に相当する形状を金属製あるいは樹脂製の円環状の別部品として形成し、シール10の側壁部14の内径側端部の軸受外方側に接着固定して凸状部22とする構成としても良い。
なお、凸状部22はシール10の周方向の全周に連続して設ける必要はない。図3に、シールの側壁部の内径側端部に、シールの被覆部と一体とし周方向に柱状の凸状部22Aを並べた構成とした、変形例のシール10Aの突状部22A部分の外観斜視図を示す。シール10Aの他の構造はシール10と同様としているので、同じ符号を付して説明は省略する。
【0017】
一実施例によれば、シール10の内径側先端に形成されたシールリップ20が外径側に変形しようとすると、シールリップ20の径方向外方となるシール10の側壁部14の内径側先端に形成された凸状部22にシールリップ20の外径側側面が当接して、シールリップ20の外径側への変形が抑制される。よって、シール10の密封性能の低下を防ぎ、シール10が取り付けられた転がり軸受の密封性、耐水性を維持し、転がり軸受の寿命を延長することができる。
そして、シール10の凸状部22は突起物であって剛性が高い構成とすることが出来るため、シール10に遠心力働く環境であっても凸状部22はほとんど変形せず、凸状部22によりシールリップ20の外径側への変形を抑制することができる。そして、一実施例ではシール10に遠心力が働く環境にあるためシールリップ20が外径側に変形しやすいので、本発明の効果がより発揮される。
【0018】
一実施例ではシールが外輪と共に回転する例を示したが、本発明に係る転がり軸受密封用のシールは、外輪固定・内輪回転の軸受の密封用にも適用することが出来る。内輪回転タイプの軸受ではシールリップに遠心力が働くことはないが、シールが長期間にわたり高温・高速で使用されると、発熱や振動でシールリップが外径側に変形してシールリップによる密封性能が低下することがある。そこで、シールリップの外径側に形成されたストッパが、シールリップの外径側への変形を抑制する働きをする。
また、一実施例ではクラッチレリーズ軸受について、シールリップが内輪の外径面に摺接する例を示したが、本発明に係るシールにより密封することができる転がり軸受の種類はクラッチレリーズ軸受に限られない。また、本発明に係るシールは、シールリップが軸体の外径面に摺接する構成の軸受に対しても適用することができる。
その他、本発明に係る転がり軸受密封用のシールはその発明の思想の範囲で、各種の形態で実施できるものである。
【符号の説明】
【0019】
10、10A シール
12 固定部
14 側壁部
16 突起部
20 シールリップ
22、22A 凸状部
30 外輪
32 鍔部
34 転動体
36 保持器
40 内輪
42 鍔部
44 フロントシール
46 弾性スリーブ
50 クラッチレリーズ軸受
60 ダイヤフラムスプリング


【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪に固定される転がり軸受密封用のシールであって、
前記シールの内周縁部には内輪または軸体の外径面に摺接するシールリップが形成されており、該シールには、該シールリップの径方向外方位置に、該シールリップの外径側への変形を抑制するストッパが形成されていることを特徴とする転がり軸受密封用のシール。
【請求項2】
請求項1に記載の転がり軸受密封用のシールであって、
前記シールが外輪と共に回転することを特徴とする転がり軸受密封用のシール。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の転がり軸受密封用のシールであって、
前記ストッパは前記シールリップの径方向外方位置から、前記シールリップの外径側の側面に向かって突き出した凸状部であることを特徴とする転がり軸受密封用のシール。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−169138(P2010−169138A)
【公開日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−10773(P2009−10773)
【出願日】平成21年1月21日(2009.1.21)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】