説明

転がり軸受用密封装置および転がり軸受

【課題】 耐圧性および耐久性を向上させた転がり軸受用密封装置および転がり軸受を提供する。
【解決手段】 密封装置6は、環状の芯金11と、芯金11に接着された弾性シール12と、芯金11の軸方向内方側に設けられたバックアップリング13とからなる。芯金11とバックアップリング13との間に、芯金内径縁部23の軸方向内方への動きを許容する間隙Gが形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、高圧の潤滑油通路を内部に有している回転軸を支持する転がり軸受において好適に使用される転がり軸受用密封装置およびこのような密封装置を備えた転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動二輪車等においては、例えば、クランクシャフト、トランスミッションシャフトなどの内部に潤滑油通路を設けて、各部位に潤滑油を圧送するようになされているものがあり、このような回転軸を支持する転がり軸受は、大きな油圧に耐えることが必要であり、特許文献1には、このような転がり軸受で使用される密封装置として、環状の芯金およびこれに接着された弾性シールからなり、弾性シールの形状を工夫したものが提案されている。
【特許文献1】特開2003−166548号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記用途で使用される密封装置については、その要求性能が厳しくなっており、耐圧性を向上させしかも高回転に耐え得るものが求められている。
【0004】
この発明の目的は、耐圧性および耐久性を向上させた転がり軸受用密封装置および転がり軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
この発明による転がり軸受用密封装置は、転がり軸受の内輪と外輪との間に配置される密封装置であって、環状の芯金と、芯金に接着された弾性シールと、芯金の軸方向内方側に設けられたバックアップリングとからなり、芯金とバックアップリングとの間に、芯金内径縁部の軸方向内方への動きを許容する間隙が形成されていることを特徴とするものである。
【0006】
密封装置は、環状の芯金および芯金に接着された弾性シールからなる従来のものに対し、芯金の軸方向内方側にバックアップリングが付加されたものとされ、これにより、転がり軸受外部から潤滑油の圧力が作用した際の芯金の軸方向内方への変位が抑えられる。バックアップリングは、芯金に全面で接触させられるのではなく、芯金とバックアップリングとの間に、芯金内径縁部の軸方向内方への動きを許容する間隙が形成される。これにより、瞬間的に油圧が上昇したときには、芯金がこの間隙分変位することにより、芯金自体の変形が抑えられる。
【0007】
弾性シールは、芯金に接着され、弾性シールには、芯金の内周縁部から径方向内方に突出するようにリップが形成されるとともに、芯金の外周縁部を径方向外方から覆うカバー部が形成される。
【0008】
芯金は、弾性シールが接着された状態で、バックアップリングに取り付けられ、芯金がバックアップリングに取り付けられた状態で、芯金の外周縁部が外輪に設けられた環状溝に嵌め合わせられる。
【0009】
芯金は、例えば、円板部と、円板部の外周縁部において軸方向内方に直角に折り曲げられた外側折曲げ部と、円板部の内周縁部において軸方向内方に鈍角に折り曲げられさらにその中間部分において径方向内方に折り曲げられた内側折曲げ部とを有しているものとされる。
【0010】
バックアップリングは、例えば、円板部と、円板部の外周縁部において軸方向内方に直角に折り曲げられてさらにその中間部分において径方向外方に折り曲げられた短円筒状部および外向きフランジ部からなる外側折曲げ部と、円板部の内周縁部において軸方向内方に鈍角に折り曲げられさらにその中間部分において径方向内方に折り曲げられた内側折曲げ部とを有しているものとされる。
【0011】
バックアップリングの板厚は、芯金の板厚と同程度とされ、これにより、バックアップリングおよび芯金のそれぞれの加工が容易でかつ剛性向上形状を得ることができる。
【0012】
芯金は、その外側折曲げ部がバックアップリングの外側折曲げ部の短円筒状部の外周に嵌め合わせられることで、バックアップリングに取り付けられる。この際、芯金の円板部の軸方向内側面とバックアップリングの円板部の軸方向外側面とが接触するとともに、バックアップリングの内側折曲げ部の折曲げ量が芯金のそれよりも大きく取られることにより、芯金の内側折曲げ部(内径縁部)とバックアップリングの内側折曲げ部との間に、所定の間隙が形成される。
【0013】
密封装置は、軸方向の外方から内方に向かう高い油圧が作用する状態で使用され、芯金に作用する油圧を芯金自体とバックアップリングとによって受け持つことで、芯金の変位および変形が抑えられ、これにより、弾性シールのリップに作用する軸方向の力が抑えられ、リップのフリクションが小さくなり、リップの摩耗が減少するとともに、自動二輪車等の燃費を向上することができる。また、油圧の変動によって、瞬間的に過大な油圧が作用した際には、芯金に作用する油圧を芯金自体とバックアップリングとによって受け持つとともに、芯金の内径縁部が軸方向内方に変位することによって、芯金に作用する力が吸収され、このダンパー作用によって、芯金の負荷が軽減される。これにより、芯金の板厚を厚くすることなしに、芯金およびバックアップリングの強度を確保することができる。
【0014】
この発明による転がり軸受は、内輪、外輪および複数の転動体を有し、潤滑油通路を内部に有している回転軸を支持する転がり軸受であって、いずれか一方の端部に、潤滑油の軸受内への浸入を防止する密封装置が設けられており、この密封装置が上記のものとされるとともに、弾性シールのリップが摺接する内輪の外周面には段差部が形成されていないことを特徴とするものである。
【0015】
従来の密封装置では、軸方向外方からの力を受け持つために、内輪に環状溝を設けて、弾性シールのリップを環状溝の側面(段差部)で受けるようになされている。すなわち、従来の密封装置のリップは、アキシアル方向のリップとされている。このため、従来の密封装置では、芯金が油圧で軸受内側に変形したとき、リップの反力が大きくなり、過大油圧時や高回転時にリップの摩耗が大きくなったり、十分なシール性が確保できなくなる可能性がある。
【0016】
これに対し、上記の密封装置を適用した転がり軸受によると、密封装置に作用する力を芯金自体とバックアップリングとによって受け持つので、リップ自体が軸方向の力を受け持つことが不要であり、内輪の外周面の段差部をなくすことで、リップの負担が軽減され、また、内輪の外周面は段差部に比べて粗さを抑えることが容易であるので、内輪への旋削加工も簡素化することができるとともに、リップのフリクションをより一層低減することができる。
【発明の効果】
【0017】
この発明の転がり軸受用密封装置および転がり軸受によると、密封装置に作用する力を芯金自体とバックアップリングとによって受け持つことで、リップの動きが小さく抑えられて、そのフリクションが小さくなり、また、芯金の内径縁部が軸方向内方に変位することによって、油圧の変動に伴う芯金に作用する力が吸収され、耐圧性が向上するとともに、耐久性も向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
この発明の実施の形態を、以下図面を参照して説明する。以下の説明において、左右は、図1の左右をいうものとする。
【0019】
図1および図2は、この発明による転がり軸受および密封装置を示している。
【0020】
図1に示すように、転がり軸受(1)は、内輪(2)、外輪(3)、複数の玉(転動体)(4)、保持器(5)および密封装置(6)からなり、自動車のクランクシャフト、トランスミッションシャフトなどの回転軸(8)を支持するのに適している。この種の回転軸(8)では、内部に潤滑油通路(8a)が設けられており、この潤滑油通路(8a)にオイルポンプ(図示略)によって矢印で示す方向に強制的に潤滑油を供給し、各部位に潤滑油を送るようになっている。そのため、ハウジング(9)に支持された転がり軸受(1)の一方の端部(右端部)には、高圧の潤滑油が存在しており、密封装置(6)は、この高圧に耐えるものであることが要求される。
【0021】
転がり軸受(1)は、左右非対称とされており、内輪(2)および外輪(3)の軌道溝が軸方向の中央よりも左方に設けられて、右端部にだけ密封装置(6)が設けられている。外輪(3)の右端部には、密封装置(6)を取り付けるための環状溝(7)が設けられており、内輪(2)の右端部には、このような環状溝は設けられていない。外輪(3)の環状溝(7)には、一旦取り付けた密封装置(6)が容易に軸方向外側に抜け出ないようにする環状凸部(7a)が設けられている。外輪(3)に設けられる密封装置(6)を取り付けるための環状溝(7)は、従来と同様の旋削加工によって得ることができる。
【0022】
密封装置(6)は、図2に拡大して示すように、環状の芯金(11)と、芯金(11)に接着された弾性シール(12)と、芯金(11)の軸方向内方側に設けられたバックアップリング(13)とからなる。
【0023】
芯金(11)は、円板部(21)と、円板部(21)の外周縁部において軸方向内方に直角折り曲げられた外側折曲げ部(22)と、円板部(21)の内周縁部において軸方向内方に鈍角に折り曲げられさらにその中間部分において径方向内方に折り曲げられた内側折曲げ部(23)とを有している。
【0024】
円板部(21)は、外輪(3)の内径にほぼ等しい外径を有し、外輪(3)の内径と内輪(2)の外径との中間径よりも小さい内径を有している。外側折曲げ部(22)は、短円筒状をなし、その内径が外輪(3)の内径と等しくなされている。内側折曲げ部(23)は、その内径が内輪(2)の外径より大きくなされて、その内径縁部に後述するリップ(32)が設けられている。
【0025】
弾性シール(12)は、芯金(11)の内側折曲げ部(23)の内径縁部に密着している断面U字状部(31)と、断面U字状部(31)の底面から軸方向外方に傾斜してのびるリップ(32)と、芯金(11)の外側折曲げ部(22)に密着しているカバー部(33)と、断面U字状部(31)の右面からカバー部(33)までのびて芯金(11)の円板部(21)に密着している連結部(34)とからなる。リップ(32)は、その内径が内輪(2)の外径よりも小さくなされることで、内輪(2)外周面に摺接するようになされており、カバー部(33)は、テーパ状外周面(33a)を有しかつその外径が外輪(3)の環状溝(7)の外径よりも大きくなされることで、弾性変形して環状溝(7)内に収まることが可能とされている。
【0026】
バックアップリング(13)は、円板部(41)と、円板部(41)の外周縁部において軸方向内方に直角折り曲げられさらにその中間部分において径方向外方に折り曲げられた外側折曲げ部(42)と、円板部(41)の内周縁部において軸方向内方に鈍角に折り曲げられさらにその中間部分において径方向内方に折り曲げられた内側折曲げ部(43)とを有している。
【0027】
円板部(41)は、芯金(11)の円板部(21)の外径よりも小さい外径を有し、同内径よりも大きい内径を有している。外側折曲げ部(42)は、円板部(41)に連なる短円筒状部(42a)および短円筒状部(42a)の軸方向内方端に連なる外向きフランジ部(42b)からなる。短円筒状部(42a)の外径は、芯金(11)の外側折曲げ部(22)の内径よりわずかに小さくなされており、外向きフランジ部(42b)の外径は、外輪(3)の環状溝(7)よりも若干小さくなされている。内側折曲げ部(43)は、円板部(41)に連なる傾斜部(43a)、傾斜部(43a)の下端に連なる内向きフランジ部(43b)および内向きフランジ部(43b)の内径縁部に連なって軸方向内方に屈曲しリップ(32)に軸方向内方から当接させられている屈曲縁部(43c)からなる。
【0028】
芯金(11)は、その外側折曲げ部(22)がバックアップリング(13)の外側折曲げ部(42)の短円筒状部(42a)の外周に嵌め合わせられることで、バックアップリング(13)に取り付けられている。この際、芯金(11)の円板部(21)の左面(軸方向内側面)とバックアップリング(13)の円板部(41)の右面(軸方向外側面)とが接触し、芯金(11)の内側折曲げ部(23)とバックアップリング(13)の内側折曲げ部(43)との間には、所定の間隙(G)が形成されている。所定の間隙(G)は、バックアップリング(13)の内側折曲げ部(43)の折曲げ量(円板部(41)に対して軸方向内方に張り出す量)が芯金(11)の内側折曲げ部(23)の折曲げ量(円板部(21)に対して軸方向内方に張り出す量)よりも大きく取られることで得られている。
【0029】
芯金(11)は、弾性シール(12)が接着された状態で、バックアップリング(13)に取り付けられ、芯金(11)がバックアップリング(13)に取り付けられた状態で、芯金(11)の外側折曲げ部(外周縁部)(22)が外輪(3)に設けられた環状溝(7)に嵌め合わせられる。この際、バックアップリング(13)の外向きフランジ部(42b)が環状溝(7)の側面(段差部)に当接することで、密封装置(6)が位置決めされ、弾性シール(12)のカバー部(33)が弾性変形して環状溝(7)内に強制的に収められることおよび環状凸部(7a)によって、密封装置(6)の抜け止めが果たされる。
【0030】
この密封装置(6)によると、図1に示したような油圧作用下で使用した場合、芯金(11)に作用する油圧は、芯金(11)とこれに接触しているバックアップリング(13)とによって受け持つことができ、芯金(11)の変位および変形が抑えられる。これにより、弾性シール(12)が保持器(5)に接触するような変形が起こることはなく、リップ(32)に作用する軸方向の力が小さく抑えられ、リップ(32)のフリクションが小さくなり、リップ(32)の摩耗が減少するとともに、シール性が維持される。また、油圧の変動によって、瞬間的に過大な油圧が作用した際には、芯金(11)に作用する油圧は、芯金(11)とこれに接触しているバックアップリング(13)とによって受け持つことができることに加えて、芯金(11)の内側折曲げ部(23)とバックアップリング(13)の内側折曲げ部(43)との間に間隙(G)が形成されていることによって、芯金(11)の内側折曲げ部(23)が軸方向内方に変位することができる。この内側折曲げ部(23)の軸方向内方への変位により、芯金(11)に作用する力が吸収され、このダンパー作用によって、芯金(11)の負荷が軽減される。これにより、芯金(11)の板厚を厚くすることなしに、芯金(11)およびバックアップリング(13)の強度を確保することができる。
【0031】
本発明の密封装置(6)(以下「発明品」という)と従来の密封装置(以下「従来品」という)とを比較した結果を図3から図5までに示す。
【0032】
従来品の密封装置(50)は、図6に示すように、環状の芯金(51)と、芯金(51)に接着された弾性シール(52)とからなり、内輪(2)には、環状溝(60)が形成され、弾性シール(52)のリップ(53)は、環状溝(60)の側面(段差部)(60a)に軸方向外方から摺接させられている(アキシアルリップとされている)。
【0033】
図3は、油圧とリップ反力との関係についてのFEM解析結果を示すもので、これによると、発明品のリップ(32)の反力は、従来品のリップ(53)の反力の約30%に抑えられている。また、FEM解析によると、発明品の芯金(11)の軸方向変位量は、従来品の芯金(51)の軸方向変位量の約40%に抑えられている。これらの結果より、発明品とすることで、リップ摩耗やリップ変形、フリクションを低減できることが分かる。
【0034】
図4は、油圧と起動トルクの関係を実測値とFEM解析結果から導いた計算値とについて比較したもので、発明品は、従来品に比べて、起動トルクが約1/3に低減されており、フリクション低減効果が大きいことが分かる。また、図4において、FEM解析結果から導いた計算値と実測値とがほぼ一致しているため、FEM解析によってリップ反力・芯金変形を求めることにより、シール性能を予測することが可能であることも分かる。
【0035】
図5は、耐久試験(オイル洩れテスト)結果を示す。試験条件は、油圧:0.7MPa、回転速度:7000r/min、時間100hr、油温140℃とした。これによると、発明品については、オイル洩れ量およびリップの摩耗量は、いずれも判定基準内であり、100時間経過後でも十分な性能を有していることが分かる。
【0036】
こうして、上記の密封装置(6)および転がり軸受(1)によると、従来のものでは、耐圧性が0.49MPa以下であったのに対し、これを0.7MPa以上(試験時間100時間)に高めることができ、密封性については、オイル洩れを0.1cm/min以下とすることができ、また、高回転に対する耐久性についても、弾性シール(12)の周速にして20m/sまで高めることができ、フリクションを従来品の30%にまで低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】図1は、この発明による転がり軸受および密封装置の1実施形態を示す縦断面図である。
【図2】図2は、密封装置の拡大縦断面図である。
【図3】図3は、密封装置の油圧とリップ反力との関係を示すグラフである。
【図4】図4は、密封装置の油圧と起動トルクとの関係を示すグラフである。
【図5】図5は、密封装置の毎分オイル洩れ量の経時変化を示すグラフである。
【図6】図6は、従来の密封装置を示す縦断面図である。
【符号の説明】
【0038】
(1) 転がり軸受
(2) 内輪
(3) 外輪
(4) 玉(転動体)
(6) 密封装置
(11) 芯金
(12) 弾性シール
(13) バックアップリング
(23) 内側折曲げ部(内径縁部)
(32) リップ
(G) 間隙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の内輪と外輪との間に配置される密封装置であって、環状の芯金と、芯金に接着された弾性シールと、芯金の軸方向内方側に設けられたバックアップリングとからなり、芯金とバックアップリングとの間に、芯金内径縁部の軸方向内方への動きを許容する間隙が形成されていることを特徴とする転がり軸受用密封装置。
【請求項2】
内輪、外輪および複数の転動体を有し、潤滑油通路を内部に有している回転軸を支持する転がり軸受であって、いずれか一方の端部に、潤滑油の軸受内への浸入を防止する密封装置が設けられており、この密封装置が請求項1の転がり軸受用密封装置とされるとともに、弾性シールのリップが摺接する内輪の外周面には段差部が形成されていないことを特徴とする転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−68594(P2009−68594A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−237444(P2007−237444)
【出願日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【出願人】(000225359)内山工業株式会社 (204)
【Fターム(参考)】