説明

転がり軸受

【課題】不完全焼入れ組織および介在物周辺への水素の侵入によるバタフライの発生を抑制できる新規な転がり軸受の提供。
【解決手段】転動体30と当該転動体30が転動する軌道輪10,20とを有する転がり軸受100であって、前記転動体30または軌道輪10,20の少なくとも1つが、ズブ焼き鋼を焼入れ焼戻し処理して最表面から深さ600μmまでの領域における不完全焼入れ組織が1面積%以下の鋼材からなる。これによって、不完全焼入れ組織や介在物周辺への水素の侵入によるバタフライの発生を抑制できるため、長期に亘って安定した軸受性能を発揮できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、農業機械、建設機械、鉄鋼機械、直動装置などの軸受として適用される転がり軸受に係り、特に、風車用軸受などの粘度の高い潤滑油が用いられる転がり軸受やトランスミッション用の軸受などのようにトラクション係数が高い潤滑油が用いられる転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の転がり軸受用の材料としては、JISに規定された高炭素クロム軸受鋼、特にSUJ2が一般的に用いられ、焼入れ・焼戻し処理を行い、表面硬さを約HCR60〜63として使用されている。
この焼入れが十分に行われずに表面付近に不完全焼入れ組織(トゥルースタイト)が多量に生ずると、表面硬さがHCR59以下に低下してしまう。
【0003】
表面硬さは転動疲労寿命に大きく影響しており、材料表面の硬さが低いと転がり軸受の寿命が低下することが知られている。
そのため、通常は最も応力が高くなる最大剪断応力深さまで十分に焼きを入れて不完全焼入れ組織により硬さが低下しないように制御している。例えば、以下の特許文献1では長寿命な車輪支持用転がり軸受ユニットを得るために表面硬化層の硬さおよび深さを規定している。その際、硬さの低下を防ぐために材料に不完全焼入れ組織がでない十分な焼入れ性を持たせることも規定している。
【0004】
また、材料中に非常に大きな介在物が存在すると、介在物の周辺に応力集中が生じ、そこから亀裂が発生・進展する内部起点型の剥離が起こる。そのため、例えば以下の特許文献2では、長寿命な転がり軸受を得るために材料中の単位面積当たりの介在物の量と大きさを規定している。
さらに面圧が非常に高い環境下では、介在物の周辺にバタフライと呼ばれる組織変化が生じてから亀裂が発生し、非常に短寿命となる。そのため、転がり軸受では材料の清浄度を高めると共に、高負荷がかかる環境下では、面圧を下げるために転がり軸受としてころ軸受を使用している。
【特許文献1】特開2006−46353号公報
【特許文献2】特開平3−126839号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、通常はバタフライが発生しないような面圧が低いころ軸受でも、バタフライが発生して短寿命となる場合がある。例えば、風車用軸受のような粘度の非常に高い特殊な潤滑油を使用している環境下では潤滑油中から水素が発生することがあり、この水素が軸受材料内部へと侵入し、応力の高い介在物周辺に集まって疲労による組織変化を助長する働きがある。
【0006】
さらに、風車用軸受のような大型の軸受では材料内部まで均一に焼入れを行うことが難しいため、材料表面付近には硬さは低下しない程度であるが不完全焼入れ組織が存在していることがある。
この不完全焼入れ組織は、組織変化を起こしやすい組織であるので硬さに影響しない量の不完全焼入れ組織でもバタフライの発生を容易にする。特に、ズブ焼き鋼の場合では、不完全焼入れ組織が発生しやすい。
【0007】
そのため、水素が存在する環境下では、面圧が低いころ軸受でも不完全焼入れ組織が存在しているとバタフライが発生する場合がある。
そこで、本発明は前記のような従来技術が有する問題点を解決するために案出されたものであり、その目的は、不完全焼入れ組織および介在物周辺への水素の侵入によるバタフライの発生を抑制することができる新規な転がり軸受を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題解決するために第1の発明は、
転動体と当該転動体が転動する軌道輪とを有するころ軸受であって、前記転動体または軌道輪の少なくとも1つが、ズブ焼き鋼を焼入れ焼戻し処理して最表面から深さ600μmまでの領域における不完全焼入れ組織が1面積%以下の鋼材からなることを特徴とする転がり軸受である。
また、第2の発明は、
第1の発明において、前記最表面から深さ600μmまでの領域の介在物が単位面積(320mm)当たり160個以下であると共に、当該介在物が平均粒子径3μm以上30μm以下であり、かつそのなかの平均粒子径10μm以上の介在物の構成比率が2%未満であることを特徴とするころ軸受である。
【0009】
本発明の転がり軸受はこのように転動体や軌道輪などの軸受部材の最表面から深さ600μmまでの領域における不完全焼入れ組織および介在物を大幅に減少したことから、不完全焼入れ組織や介在物周辺への水素の侵入によるバタフライの発生を抑制することができる。
ここで、第1の発明において、「不完全焼入れ組織が1面積%以下」と規定したのは、バタフライの発生を確実に抑制するためである。
【0010】
すなわち、図2に示すように、SUJ2における不完全焼入れ組織が3面積%以下では、硬さは約Hv750と十分な硬度を保たれているが、5面積%を超えると硬さの低下が起こる。そのため、硬さの低下による転動疲労寿命の低下を防ぐため、不完全焼入れ組織は3面積%以下でなくてはならない。しかしながら、本課題のようなバタフライの発生が容易になる水素が存在する環境下ではバタフライの発生を抑えるためにさらに不完全焼入れ組織を少なくする必要があり、1面積%以下でなくてはならない。ただし不完全焼入れ組織は、少なければ少ないほど良い。
また、この不完全焼入れ組織の存在領域を「最表面から深さ600μmまでの領域」と規定したのは、前記の効果を得るために、鋼材の最表面から最大剪断応力深さよりも深い位置である600μmまでその組織を制御する必要があるからである。
【0011】
すなわち、通常、ころ軸受などの転がり軸受における材料の成分や組織などは、転動疲労寿命に大きな影響を与える最表面から最も応力が高くなる最大剪断応力深さまでの領域を管理している。しかしながら、特殊な油から水素が発生した場合、油中から発生した水素は、鋼材表面から内部の奥深くへと侵入していく。そのため、水素の影響は、最大剪断応力深さよりも深い領域で起こることがある。また、バタフライは疲労によって起こる現象であるので、その発生には、応力が必要である。大型の軸受では、転動体と軌道輪の接触楕円が大きいために軸受を使用した際の応力分布が広く、最大剪断応力深さよりかなり深いところでも応力が作用する。そのため、本発明では、鋼材の最表面から最大剪断応力深さより深い600μmの位置まで領域を規定している。
【0012】
また、第2の発明において、「最表面から深さ600μmまでの領域の介在物が単位面積(320mm)当たり160個以下であると共に、当該介在物が平均粒子径3μm以上30μm以下であり、かつそのなかの平均粒子径10μm以上の介在物の構成比率が2%未満」と規定したのは、前記特許文献1などにも示されているように、鋼材中の介在物の量および大きさが軸受の寿命に大きく影響するからである。
【0013】
すなわち、平均粒子径10μm以上の介在物があると、その介在物の大きさに比例して寿命が低下する。また、平均粒子径10μm以下の介在物であっても、平均粒子径3μm以上の介在物はその介在物粒子数に比例して寿命が低下する。そのため、本発明では、バタフライの発生する起点となる、平均粒子径3μm以上30μm以下の介在物の量を単位面積(320mm)当たり160個以下と規定した。さらに、この条件に加えてさらにこの介在物のうち、平均粒子径が10μmの介在物の構成比率を2%未満とすることで大きな介在物の存在を抑制したものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、転動体や軌道輪などの軸受部材の最表面から深さ600μmまでの領域における不完全焼入れ組織および介在物を大幅に減少したことから、不完全焼入れ組織や介在物周辺への水素の侵入によるバタフライの発生を抑制することができる。これによってバタフライ発生に起因する寿命低下を回避できるため、長期に亘って安定した軸受性能を発揮できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
次に、本発明に係る転がり軸受100の実施の一形態を添付図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明に係る転がり軸受100のうち、特に高負荷容量軸受の1つである円すいころ軸受の構成を示す一部破断斜視図である。
図示するように、この円すいころ軸受(転がり軸受)100は、内側の軌道輪を構成する内輪10と、外側の軌道輪を構成する外輪20との間に、円すい台形状の転動体(ころ)30を複数、保持器40によって等間隔かつ回転自在に配設した構造となっている。
【0016】
そして、例えばこの内輪10に図示しない軸を取り付けるとともに、外輪20を図示しないハウジングなどに取り付けた状態で各転動体(ころ)30を内輪10および外輪20の各軌道面10a、20aに沿って転動させることで前記軸のラジアル荷重とアキシアル荷重とを同時に負担できるようになっている。
そして、この円すいころ軸受(転がり軸受)100を構成する軸受部材、すなわち内輪10、外輪20、転動体30、保持器40の少なくとも1つが、ズブ焼き鋼を焼入れ焼戻し処理して最表面から深さ600μmまでの領域における不完全焼入れ組織が1面積%以下の鋼材から構成されている。
【0017】
また、さらにこの円すいころ軸受(転がり軸受)100を構成する軸受部材の少なくとも1つが、その最表面から深さ600μmまでの領域の介在物が単位面積(320mm)当たり160個以下であると共に、当該介在物が平均粒子径3μm以上30μm以下であり、かつそのなかの平均粒子径10μm以上の介在物の構成比率が2%未満となっている。
【0018】
そして、このような構成をした本発明の転がり軸受100にあっては、以下の実施例からもわかるように、転動体30や軌道輪10,20などの軸受部材の最表面から深さ600μmまでの領域における不完全焼入れ組織および介在物を大幅に減少したことから、不完全焼入れ組織や介在物周辺への水素の侵入によるバタフライの発生を抑制することができる。
なお、本実施の形態では、転がり軸受100として円すいころ軸受の例を示したものであるが、本発明は深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受などの各種の玉軸受、および円筒ころ軸受、自動調心ころ軸受などの各種のころ軸受においても同様な作用・効果が得られる。
【実施例】
【0019】
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
以下の表1に示すように、ズブ焼き鋼として4種の異なるチャージの高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)を用いて、図1に示したような構成をした4種類の円すいころ軸受HR32017を作製した(チャージ番号1〜4)。なお、保持器には、鉄製のかご型保持器を用いた。SUJ2の熱処理プロセスは、840℃まで加熱後、不完全焼入れ組織の量を変化させるために、3通りのそれぞれ異なる冷却速度で冷却して焼入れを行い、その後170℃で焼戻しを行った。
そして、各軸受の不完全焼入れ組織の量と介在物の量を測定し、その結果を同表に示した。
【0020】
一般的に不完全焼入れ組織の量は、部材表面よりも内部へいくほど多くなる。そこで、本試験では、本発明で規定している領域のなかで最も不完全焼入れ組織の多くなる、表面から深さ500〜600μmの間の領域で不完全焼入れ組織の量を調べた。不完全焼入れ組織の量は、試料の断面の一部(深さ500〜600μm位置)を研磨後、ナイタール(濃度2%)で腐食して不完全焼入れ組織を顕微鏡で観察し、画像解析により定量化を行い算出した。
同様に、単位面積(320mm)当たりの平均粒径3〜30μmの介在物の数、および平均粒径10〜30μmの介在物の存在比は、試料の断面の一部(最表面から深さ600μm位置まで)を鏡面研磨し、画像解析により定量化を行って算出した。
【0021】
評価は、同一の作製条件で6個の軸受(実施例A〜E、比較例F)を製作し、転がり疲労試験により行った。転がり疲労試験の試験条件を以下に示す。
・ラジアル荷重 :61566N(6278kgf)
・アキシアル荷重:27008N(2754kgf)
・回転数:1500min−1
・潤滑油:ポリグレコール系潤滑油(粘度320[Pa・s])
表1の右欄に本発明に係る実施例A〜Eと本発明の規定値外である比較例Fの転がり疲労試験で得られた寿命を示す。なお、寿命は、6個の軸受の試験結果から累積破損確率50%に対応する寿命(以下、「L50寿命」という)を求め、最も寿命の短かった比較例FのL50寿命を「1.0」としてその比で表している。
【0022】
【表1】

【0023】
この結果、本発明に係る実施例A、Bは、単位面積当たりの平均粒径3〜30μmの酸化物系介在物の個数やその構成比率などは、比較例Fと同等以上であるが、不完全焼入れ組織の量が1面積%以下と低いため、比較例Fに比べて寿命が長い(約3倍)。
また、本発明に係る実施例C〜Eは不完全焼入れ組織の量が1面積%以下である上に、単位面積当たりの平均粒径3〜30μmの酸化物系介在物の数が160個以下であり、かつ平均粒径10〜30μmの酸化物系介在物の構成比率が2%未満であるので、特に寿命が長く、いずれも比較例Fに比べて5倍以上の寿命を発揮した。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明に係る円すいころ軸受(転がり軸受)100の実施の一形態を示す一部破断斜視図である。
【図2】不完全焼入れ組織と硬さとの関係を示すグラフ図である。
【符号の説明】
【0025】
100…転がり軸受
10…内輪(軌道輪)
10a…軌道面(内輪)
20…外輪(軌道輪)
20a…軌道面(外輪)
30…ころ(転動体)
40…保持器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転動体と当該転動体が転動する軌道輪とを有する転がり軸受であって、
前記転動体または軌道輪の少なくとも1つが、
ズブ焼き鋼を焼入れ焼戻し処理して最表面から深さ600μmまでの領域における不完全焼入れ組織が1面積%以下の鋼材からなることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
請求項1に記載の転がり軸受において、
前記最表面から深さ600μmまでの領域の介在物が単位面積(320mm)当たり160個以下であると共に、当該介在物が平均粒子径3μm以上30μm以下であり、かつそのなかの平均粒子径10μm以上の介在物の構成比率が2%未満であることを特徴とする転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−204075(P2009−204075A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−46565(P2008−46565)
【出願日】平成20年2月27日(2008.2.27)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】