説明

軽量で延性に優れたビード用ワイヤおよびその製造方法ならびに軽量タイヤ

【課題】強度の低下なしに、軽量化と高延性化を可能ならしめたビード用ワイヤを提供する。
【解決手段】Mn:5〜35at%およびAl:5〜20at%を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成にすると共に、鋼組織をオーステナイト単相組織とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビード用ワイヤの軽量化および高延性化を図ったものである。
また、本発明は、上記のビード用ワイヤを用いることにより、タイヤの軽量化を達成したものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保全という観点から、自動車の燃費改善が要求されている。このため、自動車車体の軽量化が積極的に進められている。
これに伴い、自動車用のタイヤについてもその軽量化が求められている。自動車用タイヤの軽量化については、種々の手段が考えられるが、タイヤに使用されるビードコアの軽量化もその有力な手段の一つである。
【0003】
一般的な乗用車用タイヤの総重量は約12kgであり、そのうちビードコアの占める割合は2本合計で約1kgである。なお、このビードコアは、通常スチールワイヤからなるビード用ワイヤとその表面を覆うゴム部材から構成されている。
【0004】
さて、ビードコアを軽量化するには、その素材であるビード用ワイヤを高張力化することが考えられる。そして、高張力化を図るためには、ビード用ワイヤを伸線加工によって細線化する必要があるが、かような細線化に伴いワイヤの延性は劣化する。
従って、かようなビード用ワイヤを用いて作製したビードコアを、リムに組み込む場合、十分な延性が期待できないので、ビード用ワイヤの一部が破断するおそれがある。
【0005】
また、ビード用ワイヤの要求特性として、高い剛性が求められる。剛性のみの観点からは、線径を太くすればよいのであるが、それでは満足のいく高強度が得られない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記の実状に鑑み開発されたもので、新たな合金設計により、強度の低下なしに、軽量化と高延性化を可能ならしめたビード用ワイヤを提案することを目的とする。
また、本発明は、上記のビード用ワイヤを用いることにより、軽量化を達成したタイヤを提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
さて、発明者らは、上記の目的を達成すべく、ビード用ワイヤについて新たな合金設計を試みた結果、FeMnAl系組成でかつ鋼組織をオーステナイト単相組織とすることにより、所期した目的が有利に達成されることの知見を得た。
より具体的に述べると、次のとおりである。
【0008】
(a)ビード用ワイヤ組成として、比較的多量のMnおよびAlを含有させることにより、その分ワイヤー重量を軽くすることができる。
(b)上記FeMnAl系組成において、鋼組織をオーステナイト単相組織とすることにより、高い強度と共に、高い延性を得ることができる。
(c)また、鋼中に、微細な炭化物を析出させると、転移の移動がスムーズになり、延性がさらに向上する。
(d)さらに、Crを含有させることにより、耐食性の有利な向上が図れる。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0009】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
(1)Mn:5〜35at%および
Al:5〜20at%
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になり、鋼組織がオーステナイト単相組織からなることを特徴とする、軽量で延性に優れたビード用ワイヤ。
【0010】
(2)C:0.1〜1.5at%、
Mn:5〜35at%および
Al:5〜20at%
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になり、鋼組織がオーステナイト単相組織からなり、該オーステナイト単相組織中に微細な炭化物を有することを特徴とする、軽量で延性に優れたビード用ワイヤ。
【0011】
(3)上記(1)または(2)において、添加成分としてさらに
Cr:1〜7at%
を含有する組成になることを特徴とする、軽量で延性に優れたビード用ワイヤ。
【0012】
(4)上記(1)〜(3)のいずれかに記載した組成になる鋼塊を、圧延により線材としたのち、冷却し、ついで 900〜1100℃の温度に加熱後、急冷して鋼組織をオーステナイト単相組織としたのち、伸線し、さらにブルーイング処理を施すことを特徴とする、軽量で延性に優れたビード用ワイヤの製造方法。
【0013】
(5)上記(1)〜(3)のいずれかに記載したビード用ワイヤをそなえることを特徴とする、軽量タイヤ。
【発明の効果】
【0014】
本発明に従い、FeMnAl系組成とすることにより、ワイヤ比重を従来よりも小さくすることができるので、その分ビード用ワイヤひいてはタイヤの軽量化が達成される。
また、本発明に従い、鋼組織をオーステナイト単相組織とすることにより、高強度および高延性を併せて得ることができる。この効果は、鋼中に微細な炭化物を析出させることにより、一層向上する。
さらに、本発明のビード用ワイヤは、強度および延性が高いので、従来よりも太径としても、必要強度と共に、リムに組み込むのに十分な延性を確保でき、その結果、ビードコアとしての巻き数の減少ひいては生産性の向上を図ることができる。また、太径化することにより、剛性の向上も併せて達成される。
加えて、鋼中に微細な炭化物を析出させた場合、この炭化物が磁性を有するので、ビード用ワイヤの成形工程において磁力を利用したハンドリングが可能となり、作業性、生産性の向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明において、ビード用ワイヤの成分組成を前記の範囲に限定した理由について説明する。
Mn:5〜35at%
本発明において、Mnは、Al含有量との組み合わせで、高温 900℃以上でオーステナイト(γ)相を得るために必須の元素であり、含有量が5at%に満たないとオーステナイト以外の相が発生して十分な伸びの確保が難しく、一方35at%を超えると高温 900℃以上でオーステナイト(γ)相が得られなくなるだけでなく、脆くなる不利が生じるので、Mnは5〜35at%の範囲で含有させるものとした。より好ましくは10〜25at%の範囲である。
なお、Mnは、Feより比重が小さい分、軽量化効果も有している。
【0016】
Al:5〜20at%
Alは、ワイヤ比重を下げて軽量化するために含有させる主たる元素であるが、含有量が5at%に満たないと十分な軽量化効果が得られず、一方Alの場合含有量が20at%を超えると、やはり高温 900℃以上でオーステナイト(γ)相が得られなくなるだけでなく、伸びの低下を招くので、Alは5〜20at%の範囲で含有させるものとした。より好ましくは8〜18at%の範囲である。
【0017】
C:0.1〜1.5at%
Cは、鋼中にナノオーダーの微細炭化物を析出させることにより、補強効果と同時に、転移の移動をスムーズにして延性を向上させる有用元素である。しかしながら、含有量が0.1at%に満たないとその添加効果に乏しく、一方1.5at%を超えると硬質化して、かえって延性が劣化するので、Cは0.1〜1.5at%の範囲で含有させるものとした。より好ましくは0.3〜1.3at%の範囲である。
【0018】
Cr:1〜7at%
Crの添加により耐食性が効果的に向上するので、タイヤの製造工程が緩和されるだけでなく、ビード用ワイヤとゴムとの剥離を効果的に抑制することができる。
しかしながら、含有量が1at%に満たないとその添加効果としての耐食性に乏しく、一方7at%を超えると加工性の劣化を招くので、Crは1〜7at%の範囲で含有させるものとした。より好ましくは2〜5at%の範囲である。
【0019】
以上、基本成分および選択成分について説明したが、本発明では、ビード用ワイヤの成分組成を上記の範囲に制御するだけでは不十分で、その組織をオーステナイト単相組織にすることが重要である。
すなわち、本発明のFeMnAl系合金鋼は、後述する加熱−急冷処理によりオーステナイト単相組織とすることにより、高強度と高延性を併せて得ることができる。
その理由については、まだ明確に解明されたわけではないが、高延性に対しては、FCC組織とすることによる転位の移動のし易さと、ナノサイズ炭化物の分散により、転位移動時の絡み合いが抑制されるために、転位の移動がスムーズになることが考えられ、また高強度化に対しては、ナノサイズ炭化物の分散による補強効果が考えられる。
なお、本発明におけるオーステナイト単相組織とは、実質的に99%以上のほぼ全ての組織がオーステナイト組織であることを意味する。
【0020】
また、鋼中に適量のCを含有させた場合、上記の加熱−急冷処理により、FeAlC系の炭化物がナノオーダーで微細に析出する。この微細炭化物は、転移の移動をスムーズにする効果があるので、延性の向上に極めて有効に寄与する。
【0021】
次に、本発明に従うビード用ワイヤの好適製造方法について説明する。
本発明では、鋼組織をオーステナイト単相組織にするための加熱−急冷処理以外の工程は、常法に従えばよく、特に限定されることはない。
すなわち、上記の好適成分組成に調整した鋼塊を、圧延により、直径が4.0〜7.0mmφ程度の線材とする。
【0022】
ついで、鋼組織をオーステナイト単相組織にするための加熱−急冷処理を施すのであるが、本発明では、この工程が特に重要である。
まず、上記のようにして得た線材を、 900〜1100℃の温度に加熱する。ここに、加熱温度が 900℃に満たないと、必ずしもオーステナイト温度域になるとは限らず、また合金元素や化合物が完全にオーステナイトに固溶されないので、その後の急冷処理によってオーステナイト単相組織にすることができず、一方1100℃を超えると、結晶内部にミクロなボイドが形成され、これを起点として大きいサイズの析出物(炭化物など)が生成して、加工性の著しい低下を招くので、加熱温度は 900〜1100℃の範囲に限定した。
また、急冷処理については、特に限定されるものではないが、水冷却、オイルクエンチ、ソルトバス、スプレー冷却および流動層処理などが好適である。
特に、冷却能、環境および作業性の面からは、水冷却が最適である。
【0023】
上記の加熱−急冷処理後、10パス程度の伸線加工により、直径:2.0〜1.0mmφ程度の線径に仕上げる。
ついで、400℃程度の温度でブルーイング処理を施して、ビード用ワイヤとする。
かくして、高強度はいうまでもなく、延性に優れたビード用ワイヤが得られるのである。
【0024】
なお、上述したビード用ワイヤをタイヤに適用するには、まず得られたビード用ワイヤを酸洗して表面を清浄にしたのち、CuSn系またはCuZn系のめっきを施す。このめっき処理は、常法に従って行えばよく、通常は目付け量:0.4〜1.5g/mm2程度のめっきを施す。
ついで、ワイヤの表面をゴムで被覆しつつ、ワイヤの線径に応じて複数回巻き回してビードコアとしてから、タイヤに適用する。
【0025】
かようなビードコアの成形に際し、本発明のビード用ワイヤは強度および延性に優れるので、従来よりも太径としてもリムに組み込むのに十分な延性を確保でき、その結果、ビードコアとしての巻き数を減少することができる。
すなわち、従来は、所望強度を得るために、線径を0.9〜2.0mmφ程度まで細線化せざるを得なかったが、本発明の合金鉄は強度および延性に優れるので、線径が1.5〜3.5mmφ程度でも従来と同程度の強度およびより優れた延性を得ることができる。
【0026】
従って、従来、ワイヤー径が1.26mmφの場合には、12〜25巻きでビードリングを成形していたのであるが、本発明のビード用ワイヤは線径が2mmでも同等の強度が得られるので、5〜10巻きで同体積のビードリングが成形可能となる。
また、本発明のビード用ワイヤを、従来と同程度まで細線化した場合には、より高い引張強さが得られるで、ビードコア断面の減少化も期待できる。
【実施例1】
【0027】
表1に示す種々の成分組成になる鋼塊を、圧延により5.5 mmφの線材とした。ついで、1100℃で5分の加熱処理後、急冷して、鋼組織をオーステナイト単相組織とした。ついで、伸線加工により1.26mmφの細線としたのち、460℃でブルーイング処理を施して、ビード用ワイヤとした。
かくして得られたビード用ワイヤの引張強さ、延性および軽量化度について調べた結果を、表1に併記する。
【0028】
なお、各特性の評価方法は次のとおりである。
引張強さおよび延性
それぞれ、JIS G 3510に準拠した試験を行って測定した。
軽量化度
従来の一般的なビード用ワイヤ(成分組成 C:3.3at%、Mn:0.5at%、残部:Fe、比重:7.87g/cm3)を比較材とし、この比較材と供試材ビード用ワイヤの比重の差を一般的なビード用ワイヤの比重で除した値を100倍した比率で示す。
【0029】
【表1】

【0030】
同表に示したとおり、本発明に従い得られたビード用ワイヤはいずれも、4.8〜17.4%の軽量化が達成されている。また、十分な引張強さと高い延性が得られることも確認された。
【0031】
さらに、表1にNo.13で示したビード用ワイヤを、酸洗後、表面をゴムで被覆しつつ、目付け量:1.0g/mm2のCuSn系めっきを施し、ついで12回巻き回してビードコアとしてから、タイヤに適用した。
かくして得られたタイヤについて、上記と同様にしてタイヤ全体としての軽量化度について調査した。
その結果、従来、タイヤ総重量が11.80kgであったのを、11.67kgまで軽量化(軽量化度:1.1%)することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mn:5〜35at%および
Al:5〜20at%
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になり、鋼組織がオーステナイト単相組織からなることを特徴とする、軽量で延性に優れたビード用ワイヤ。
【請求項2】
C:0.1〜1.5at%、
Mn:5〜35at%および
Al:5〜20at%
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になり、鋼組織がオーステナイト単相組織からなり、該オーステナイト単相組織中に微細な炭化物を有することを特徴とする、軽量で延性に優れたビード用ワイヤ。
【請求項3】
請求項1または2において、添加成分としてさらに
Cr:1〜7at%
を含有する組成になることを特徴とする、軽量で延性に優れたビード用ワイヤ。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載した組成になる鋼塊を、圧延により線材としたのち、冷却し、ついで 900〜1100℃の温度に加熱後、急冷して鋼組織をオーステナイト単相組織としたのち、伸線し、さらにブルーイング処理を施すことを特徴とする、軽量で延性に優れたビード用ワイヤの製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載したビード用ワイヤをそなえることを特徴とする、軽量タイヤ。

【公開番号】特開2007−277686(P2007−277686A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−108778(P2006−108778)
【出願日】平成18年4月11日(2006.4.11)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】