説明

近赤外線カットフィルタガラス

【課題】ガラス成形後に行われる成膜工程やこれらガラスを用いた撮像デバイスの製造工程等において、加熱処理が行われた場合であっても、ガラスに結晶が生じにくく、これにより欠点発生等のおそれなく用いることができる近赤外線カットフィルタガラスを提供する。
【解決手段】カチオン%表示で、P5+ 25〜37%、Al3+ 16.2〜25%、 R 0.5〜40%(ただし、Rは、Li、Na、及びKの合量を表す)、R2+ 0.5〜45%(ただし、R2+は、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+、及びZn2+の合量を表す)、Cu2+ 2〜10%、Sb3+ 0〜1%を含有すると共に、アニオン%表示で、O2− 30〜85%、F 15〜70%、を含むことを特徴とする近赤外線カットフィルタガラスである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、デジタルスチルカメラやカラービデオカメラなどの色補正フィルタに使用され、高温での再加熱が可能で、溶解性、耐候性に優れた近赤外線カットフィルタガラスに関するものである。
【背景技術】
【0002】
デジタルスチルカメラ等に使用されるCCDやCMOSなどの固体撮像素子は、可視領域から1200nm付近の近赤外領域にわたる分光感度を有している。したがって、そのままでは良好な色再現性を得ることができないので、赤外線を吸収する特定の物質が添加された近赤外線カットフィルタガラスを用いて視感度を補正している。この近赤外線カットフィルタガラスは、近赤外域の波長を選択的に吸収し、かつ高い耐候性を有するように、フツリン酸塩系ガラスにCuOを添加した光学ガラスが開発され使用されている。これらガラスとしては、特許文献1〜特許文献4に組成が開示されている。
【0003】
他方、固体撮像素子を用いたカメラ等は、小型化・薄型化が進展している。それに伴い撮像デバイス及びその搭載機器を小型化・薄型化するべく、はんだ付けのリフロー(reflow soldering)工程が用いられることが多くなっている。さらに最近では、リフロー工程において環境負荷物質である鉛を含まないはんだを用いることが多く、これら無鉛はんだは有鉛はんだと比べ溶融温度が高いことから、リフロー工程での加熱処理温度も高くなる傾向にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平1−219037号公報
【特許文献2】特開2004−83290号公報
【特許文献3】特開2004−137100号公報
【特許文献4】特開2007−101585号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これに対し、上記特許文献に記載のフツリン酸塩系ガラスからなる近赤外線カットフィルタガラスを、例えば450℃程度の温度で加熱処理すると、ガラス成分の結晶化により欠点が生じるという問題が確認された。
【0006】
この現象は、近赤外線カットフィルタガラスに用いられるフツリン酸塩系ガラスは、光学ガラスに用いられる他のガラス組成系と比べて結晶化開始温度が低いため、ガラス成形後の加熱処理を伴う工程において結晶が生じたものと考えられる。
【0007】
しかしながら、上記特許文献に記載の近赤外線カットフィルタ用のフツリン酸塩系ガラスでは、これら加熱処理に伴う結晶析出の問題に対する課題認識がなく、また好ましい結晶化開始温度についての言及もー切されていない。
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、ガラスの結晶化開始温度に着目し、ガラス成形後に行われる成膜工程やこれらガラスを用いた撮像デバイスの製造工程等において、加熱処理が行われた場合であっても、ガラスに結晶が生じにくく、これにより欠点発生等のおそれなく用いることができる近赤外線カットフィルタガラスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、フツリン酸塩系ガラスにおいて、結晶化開始温度を高く、かつガラスの失透性や可視領域の透過特性に影響がある液相温度を低くできるガラス組成について検討を行った。
【0010】
フツリン酸塩系ガラスで結晶化開始温度を高くするためには、一般的にガラス形成酸化物であるP5+やAl3+を多く含有させることが考えられる。しかし、P5+の含有量を所定量より増やすと液相温度が高くなり、溶解時に失透が生じる、あるいはフッ素の揮散が促進され、成形時に脈理が発生するなどの問題が起きる。またこの場合、Al3+を添加すると液相温度がさらに高くなるので、Al3+の含有量はおのずと限定され、耐候性を保つことができなくなる。一方、P5+の含有量を所定量より少なくしても液相温度は高くなり、上記と同様の問題が起きる。
【0011】
そこで、本発明者は、P5+及びAl3+の含有量について詳細な検討を行ったところ、ガラス成分がカチオン%表示において、P5+ 25〜37%、Al3+ 16.2〜25%のときに、結晶化開始温度が高く、かつ液相温度が低いフツリン酸塩系ガラスからなる近赤外線カットフィルタガラスが得られることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、カチオン%表示で、P5+ 25〜37%、Al3+ 16.2〜25%、R 0.5〜40%(ただし、RはLi、Na、及びKの合量を表す)、R2+ 0.5〜45%(ただし、R2+は、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+、及びZn2+の合量を表す)、Cu2+ 2〜10%、Sb3+ 0〜1%を含有すると共に、アニオン%表示で、O2− 30〜85%、F 15〜70%、を含むことを特徴とする。
【0013】
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、結晶化開始温度が400〜600℃であることを特徴とする。
【0014】
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、液相温度が700〜820℃であることを特徴とする。
【0015】
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、波長600〜700nmの分光透過率において、透過率50%を示す波長が615nmとなるように換算した場合に、波長400nmの透過率が75〜92%であり、波長700nmの透過率が5〜10%であり、波長1200nmの透過率が10〜20%であり、かつ厚さ0.3mmに換算した場合に、透過率50%を示す波長が660nm以下であることを特徴とする。
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、実質的にPbO、As、V、LaY、YF、YbF、GdFを含まないことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ガラス成形後に行われる成膜工程や撮像デバイスの製造工程等において、加熱処理が行われた場合であっても、ガラス組成を特定範囲とすることで、結晶化開始温度が高く、かつ液相温度が低いガラスが得られ、これによリガラスに結晶が生じにくく、欠点発生等のおそれなく用いることができる近赤外線カットフィルタガラスを提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、上記構成により目的を達成したものであり、本発明のガラスを構成する各成分の含有量(カチオン%表示)を上記のように限定した理由を以下に説明する。
【0018】
本明細書において、特記しない限り、カチオン成分の各含有量、合計含有量はカチオン%表示とし、アニオン成分の各含有量、合計含有量はアニオン%表示とする。
【0019】
5+は、ガラスを形成する主成分(ガラス形成酸化物)であり、近赤外領域のカット性を高める、結晶化開始温度を高めるなどのための必須成分であるが、25%未満ではその効果が十分得られず、37%を超えるとガラスが不安定になる、耐候性が低下するため好ましくない。好ましくは27〜35%であり、より好ましくは28〜34%である。さらに好ましくは29〜33%であり、もっとも好ましくは30〜32%である。
【0020】
Al3+は、ガラスを形成する主成分(ガラス形成酸化物)であり、結晶化開始温度を高める、耐候性を高めるなどのための必須成分であるが、16.2%未満ではその効果が十分得られず、25%を超えるとガラスが不安定になる、赤外カット性が低下するため好ましくない。好ましくは17〜20%であり、より好ましくは17.5〜19%である。なお、Al3+の原料として、AlやAl(POを用いることは、溶解温度の上昇や未融物の発生、及びFの仕込み量が減少してガラスが不安定になるため好ましくなく、AlFを用いることが好ましい。
【0021】
(ただし、RはLi、Na及びKの合量を表す)は、ガラスの溶融温度を低くする、ガラスの液相温度を低くする、ガラスを軟化させる、ガラスを安定化させるための必須成分であるが、0.5%未満ではその効果が十分得られず、40%を超えるとガラスが不安定になるため好ましくない。好ましくは3〜37%であり、より好ましくは5〜34%である。さらに好ましくは10〜31%であり、もっとも好ましくは15〜25%である。
【0022】
Liは、ガラスの溶融温度を低くする、ガラスの液相温度を低くする、ガラスを軟化させる、ガラスを安定化させるなどのための必須成分であるが、0.5%未満ではその効果が十分得られず、20%を超えるとガラスが不安定になるため好ましくない。好ましくは、6〜18%であり、より好ましくは、11〜15%である。なお、Liの原料として、LiOやLiPOを用いることは、Fの仕込み量が減少してガラスが不安定になるため好ましくなく、LiFを用いることが好ましい。
【0023】
Naは、ガラスの溶融温度を低くする、ガラスの液相温度を低くする、ガラスを軟化させる、ガラスを安定化させるなどのための必須成分であるが、0.5%未満ではその効果が十分得られず、15%を超えるとガラスが不安定になるため好ましくない。好ましくは3〜10%であり、より好ましくは5〜9%である。
【0024】
は、必須成分ではないものの、ガラスの溶融温度を低くする、ガラスの液相温度を低くする、ガラスを軟化させるなどの効果があるが、15%を超えると耐候性が低下するため好ましくない。好ましくは1〜9%である。
【0025】
2+(ただし、R2+は、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+、及びZn2+の合量を表す)は、ガラスの溶融温度を低くする、ガラスの液相温度を低くする、ガラスを軟化させる、ガラスを安定化させる、ガラスの強度を高めるなどのための必須成分であるが、0.5%未満ではその効果が十分得られず、45%を超えるとガラスが不安定になる、赤外カット性が低下する、ガラスの強度が低下するなどのため好ましくない。好ましくは6〜37%であり、より好ましくは9〜34%である。さらに好ましくは12〜31%であり、もっとも好ましくは15〜28%である。
【0026】
Mg2+は、ガラスの溶融温度を低くする、ガラスの液相温度を低くする、ガラスを軟化させる、ガラスを安定化させる、ガラスの強度を高めるなどのための必須成分であるが、0.5%未満ではその効果が十分得られず、12%を超えるとガラスが不安定になる、赤外カット性が低下するなどのため好ましくない。好ましくは2〜6%であり、より好ましくは3〜5%である。
【0027】
Ca2+は、ガラスの溶融温度を低くする、ガラスの液相温度を低くする、ガラスを軟化させる、ガラスを安定化させる、ガラスの強度を高めるなどのための必須成分であるが、0.5%未満ではその効果が十分得られず、12%を超えるとガラスが不安定となるため好ましくない。好ましくは5〜11%であり、より好ましくは7〜10%である。
【0028】
Sr2+は、ガラスの溶融温度を低くする、ガラスの液相温度を低くする、ガラスを軟化させる、ガラスを安定化させるなどのための必須成分であるが、0.5%未満ではその効果が十分得られず、12%を超えるとガラスの強度が低下するため好ましくない。好ましくは3〜9%であり、より好ましくは5〜7%である。
【0029】
Ba2+は、ガラスの溶融温度を低くする、ガラスの液相温度を低くする、ガラスを軟化させる、ガラスを安定化させるなどのための必須成分であるが、0.5%未満ではその効果が十分得られず、12%を超えるとガラスの強度が低下するため好ましくない。好ましくは3〜9%であり、より好ましくは4〜7%である。
【0030】
Zn2+は、必須成分ではないものの、ガラスの溶融温度を低くする、ガラスの液相温度を低くする、ガラスを軟化させるなどの効果があるが、12%を超えると赤外カット性が低下するため好ましくない。好ましくは0〜5%であり、より好ましくは含有しないことである。
【0031】
Cu2+は、近赤外線カットための必須成分であるが、2%未満であるとガラスの肉厚を薄くした際にその効果が十分に得られず、10%を超えると可視域透過率が低下するため好ましくない。好ましくは2.1〜8%であり、より好ましくは2.4〜7%であり、さらに好ましくは2.7〜6%である。
【0032】
なお、本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、撮像デバイスやその搭載機器の小型化・薄型化に対応するため、ガラスの肉厚が薄い状態であっても良好な分光特性が得られる。ガラスの肉厚としては、1mm未満が好ましく、0.8mm未満がより好ましく、0.6mm未満がさらに好ましく、0.4mm未満が最も好ましい。またガラスの肉厚の下限値は特に限定はされないが、ガラス製造時や撮像デバイスに組み込む際の搬送において破損しがたい強度を考慮すると、0.1mmであることが好ましい。
【0033】
Sb3+は、必須成分ではないものの、波長300〜600nm付近に吸収を持つガラス中のCuイオンの濃度を低くすることで、可視域透過率を高める効果があるが、1%を超えるとガラスの安定性が低下するため好ましくない。好ましくは0〜1%であり、より好ましくは0.01〜0.8%である。さらに好ましくは0.05〜0.5であり、もっとも好ましくは、0.1〜0.3%である。
【0034】
2−は、ガラスを安定化させるため、可視域透過率を高めるため、強度や硬度や弾性率といった機械的特性を高めるため、紫外線透過率を低下させるための必須成分であるが、30%未満であるとその効果が十分得られず、85%を超えるとガラスが不安定となるため、耐候性が低下するため好ましくない。好ましくは55〜75%であり、より好ましくは60〜70%である。
【0035】
は、ガラスを安定化させるため、耐候性を向上させるための必須成分であるが、15%未満であるとその効果が十分得られず、70%を超えると可視域透過率が低下する、強度や硬度や弾性率といった機械的特性が低下する、紫外線透過率が高まるなどのおそれがあるため好ましくない。好ましくは25〜45%であり、より好ましくは30〜40%である。
【0036】
本発明のガラスは、PbO、As、V、LaY、YF、YbF、GdFを実質的に含有しないことが好ましい。PbOは、ガラスの粘度を下げ、製造作業性を向上させる成分である。また、Asは、幅広い温度域で清澄ガスを発生できる優れた清澄剤として作用する成分である。しかし、PbO及びAsは、環境負荷物質であるため、できるだけ含有しないことが望ましい。Vは、可視領域に吸収をもつため、可視域透過率が高いことが要求される固体撮像素子用近赤外線カットフィルタガラスにおいては、できるだけ含有しないことが望ましい。LaY、YF、YbF、GdFは、ガラスを安定化させる成分であるものの、原料が比較的高価であり、コストアップにつながるので、できるだけ含有しないことが望ましい。ここで、実質的に含有しないとは、原料として意図して用いないことを意味しており、原料成分や製造工程から混入する不可避不純物については含有していないとみなす。
【0037】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、ガラスを形成する陽イオンをもった硝酸塩化合物や硫酸塩化合物を、酸化剤あるいは清澄剤として添加することができる。酸化剤は、波長400〜600nm付近における透過率を改善する効果がある。硝酸塩化合物や硫酸塩化合物の添加量は、原料混合物に対し外割添加で0.5〜10質量%であることが好ましい。添加量が0.5質量%未満では透過率改善の効果がなく、10質量%を超えるとガラスの形成が困難になる。より好ましくは1〜8質量%であり、一層好ましくは3〜6質量%である。硝酸塩化合物としては、Al(NO、LiNO、NaNO、KNO、Mg(NO、Ca(NO、Sr(NO、Ba(NO、Zn(NO、Cu(NO等がある。硫酸塩化合物としては、Al(SO・16HO、LiSO、NaSO、KSO、MgSO、CaSO、SrSO、BaSO、ZnSO、CuSO等がある。
【0038】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスの結晶化開始温度は、400℃以上であることが好ましい。結晶化開始温度が、400℃未満であると、結晶が生じやすい。好ましくは450℃以上であり、より好ましくは475℃以上である。もっとも好ましくは、500℃以上である。また、一般的に、結晶化開始温度が高くなりすぎると、液相温度も高くなるため、結晶化開始温度の上限としては、600℃以下が好ましく、575℃以下がより好ましい。
【0039】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、ガラスの結晶化開始温度に注目し、この値が所定値以上となるフツリン酸塩系ガラス組成を見出したことに特徴を有する。結晶化開始温度とは、ガラス転移点以降でガラスの結晶化が起こる最初の温度を指すものであり、結晶化開始温度が高ければガラス成形後において高温での加熱処理を行うことが可能になる。例えば、近赤外線カットフィルタガラスに反射防止膜(ARコート)や紫外線赤外線カットコートなどの機能膜を蒸着やスパッタ等で形成するとき、ガラスの結晶化開始温度が高ければガラス温度がより高い状態で成膜が可能であり、これにより緻密な膜を得ることができる。このような緻密な膜は、リフロー工程等でガラスが高温で加熱処理されたとしても、特性が変わらないという利点がある。一般的に、無鉛はんだをリフロー工程にて形成する際の加熱処理において、ガラスの雰囲気温度は250〜350℃程度となるため、ガラスに機能膜を形成する成膜工程時のガラス温度はリフロー工程時のガラス温度より高い350〜450℃以上にて行うことが望まれ、ガラスの結晶化開始温度は成膜工程時のガラス温度よりさらに高いことが望まれる。
【0040】
本発明者が種々のガラスについて、反射防止膜(ARコート)の形成を行った近赤外線カットフィルタガラスのリフロー工程前後での膜特性の変化とガラスの結晶析出の有無を透過率変化にて確認したところ、結晶化開始温度が400℃以上のガラスは、400℃未満のガラスに比べて、リフロー工程前後での透過率の変化が小さく、有意差が認められた。ハイエンド(high−end)品の一眼レフカメラに用いられる近赤外線カットフィルタガラスは、特に分光特性の変化が無いことが望まれており、これらを考慮するとガラスの結晶化開始温度は、475℃以上であることがより好ましい。
【0041】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスの液相温度は、820℃以下であることが好ましい。ガラスの液相温度が820℃を超えると、溶解温度や成形温度が高くなりガラス溶融時のフッ素揮散による脈理が発生するため、歩留まりが低下する。好ましくは800℃以下であり、より好ましくは780℃以下である。もっとも好ましくは760℃以下である。また、一般的に液相温度が低くなりすぎると、結晶化開始温度が低くなるため、液相温度の下限としては、700℃以上が好ましく、720℃以上がより好ましい。
【0042】
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、波長600〜700nmの分光透過率において、透過率50%を示す波長が615nmとなるように換算した場合に、波長400nmの透過率が75%以上であることが好ましく、82%以上であることがより好ましい。85%以上であることがさらに好ましく、87%以上であることがもっとも好ましい。ガラスと空気の界面での表面反射による損失を考慮すると、波長400nmの透過率の上限は92%である。固体撮像素子用近赤外線カットフィルタは、可視領域の透過率が可及的に高いことが求められる。これは、固体撮像素子に導入する可視光を効率的に取り込むためであり、これにより固体撮像素子の感度を高めることができるためである。
【0043】
一方、本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、赤外カット性として、波長700nmの透過率が、10%以下であることが好ましく、9%以下であることがより好ましく、8%以下であることがもっとも好ましい。ガラスに安定して添加できるCu2+を考慮すると、波長700nmの透過率の下限は5%である。また、波長1200nmの透過率が、20%以下であることが好ましく、18%以下であることがより好ましく、16%以下であることがもっとも好ましい。ガラスに安定に添加できるCu2+を考慮すると、波長1200nmの透過率の下限は10%である。
【0044】
また、本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、厚さ0.3mmに換算した場合に、波長600〜700nmの分光透過率において、透過率50%を示す波長が660nm以下であることが好ましく、640nm以下であることがより好ましく、620nm以下であることがもっとも好ましい。近赤外線カットフィルタガラスを用いる光学機器では、一般的に画像処理(デジタル処理)を行うが、固体撮像素子が反応する赤外光の影響に対してはソフトウェア的に除去することが難しいとされており、前記近赤外線カットフィルタガラスにて赤外光をできる限り吸収することが望ましいためである。
【0045】
上記において、本発明の近赤外線カットフィルタガラスの可視領域の透過率特性は、透過率50%を示す波長が615nmとなるように換算した透過率特性を用いている。これは、ガラスの透過率は厚みによって変化するが、均質なガラスであれば、光の透過する方向におけるガラスの厚さと透過率がわかれば、所定の厚さの透過率を計算によって求めることができるためである。
【0046】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、上記のガラス構成を備えることにより、ガラスが安定であることも特徴である。ガラスが安定であるとは、液相温度(TL)付近の温度域での安定性とガラス転移点(Tg)付近の温度域での安定性の2つが挙げられる。具体的には、液相温度(TL)付近の温度域での安定性は、液相温度(TL)が低いこと、また、液相温度(TL)付近で失透の成長が遅いことであり、ガラス転移点(Tg)付近の温度域での安定性は、結晶化温度(Tc)や結晶化開始温度(Tx)が高いこと、Tc、Tx付近で失透の成長が遅いことである。これにより、ガラスの溶融成形工程において失透が発生しにくく、歩留まりが高い製造し易いガラスとすることが可能である。
【0047】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、上記のとおり結晶化開始温度が高いため高温でも結晶が生じにくく、液相温度が低いためにガラスの溶解温度を低くすることができ、可視領域の透過率が高いため固体撮像素子に可視光を多く導入することが可能である。このため、固体撮像素子の色補正に用いられる近赤外線カットフィルタガラスとして好適に用いることが可能である。
【0048】
本発明の近赤外線カットフィルタガラスは、次のようにして作製することができる。まず得られるガラスが上記組成範囲になるように原料を秤量、混合する。この原料混合物を白金ルツボに収容し、電気炉内において700〜1000℃の温度で加熱溶解する。十分に撹拌・清澄した後、金型内に鋳込み、徐冷した後、切断・研磨して所定の内厚の平板状に成形する。上記製造方法において、ガラス溶解中のガラスの最も高い温度を950℃以下にすることが好ましい。ガラス溶解中のガラスの最も高い温度が950℃を超えると、Cuイオンの酸化還元の平衡状態がCu側に偏って透過率特性が悪化すること及びフッ素の揮散が促進されガラスが不安定になるためである。上記温度は、900℃以下がより好ましく、850℃以下がもっとも好ましい。また、上記温度は低くなりすぎると、溶解中に結晶化が発生したり、溶け落ちに時間がかかるため、700℃以上が好ましく、750℃以上がより好ましい。
【実施例】
【0049】
本発明の実施例と比較例を表1〜表3に示す。例1〜例12及び例16〜20は本発明の実施例であり、例13〜例15は本発明の比較例である。なお、例13は特開2004−83290号に記載の実施例2のガラスであり、例14は特開2004−83290号に記載の実施例11のガラスであり、例15は特開2004−137100号記載の実施例1のガラスである。
【0050】
これらガラスは、表1〜表3に示す組成(カチオン%、アニオン%)となるよう原料を秤量・混合し、内容積約300ccの白金ルツボ内に入れて、700〜1000℃で1〜3時間溶融、清澄、撹拌後、およそ300〜500℃に予熱した縦50mm×横50mm×高さ20mmの長方形のモールドに鋳込み後、約1℃/分で徐冷してサンプルとした。
【0051】
ガラスの溶解性等については、上記サンプル作製時に目視で観察し、得られたガラスサンプルには泡や脈理のないことを確認した。
【0052】
なお、各ガラスの原料は、P5+の場合はHPOまたはAl(POを、Al3+の場合はAlF、Al(POまたはAを、Liの場合はLiF、LiNOまたはLiOを、Mg2+の場合はMgFまたはMgOを、Sr2+の場合はSrFまたはSrCOを、Ba2+の場合はBaFまたはBaCOを、Na、K、Ca2+、Zn2+、及びY3+の場合はフッ化物を、Cu2+の場合はCuOを、それぞれ使用した。
表1〜3中、空欄は相当するカチオンまたはアニオンの含有量が0%を示す。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

【0055】
【表3】

【0056】
以上のようにして作製したガラスについて、結晶化開始温度、液相温度、透過率、及び耐候性について以下の方法により評価を行った。
【0057】
結晶化開始温度と液相温度は、熱分析装置(セイコーインスツル社製、商品名:Tg/DTA6300)を用いて測定した。ガラスを約3g準備し、乳鉢、乳棒で粉砕した後、105μmと44μmのふるいの間に残ったサンプルを用いて、測定範囲200〜1000℃、昇温測度10℃/minで測定を行い、得られたDTA(Differential Thermal Analysis)カーブをもとに、最初に結晶化を示す部分より結晶化開始温度を求めた。また、最後の結晶が融解する温度より液相温度を求めた。
【0058】
透過率は、紫外可視近赤外分光光度計(PerkinElmer社製、商品名:LAMBDA 950)を用いて評価した。具体的には、縦20mm×横20mm×厚さ0.3mmの両面を光学研磨したガラスサンプルを準備し、測定を行った。なお、各波長における透過率は、上記分光光度計にて得られた分光透過率を、透過率50%を示す波長が615nmとなるように換算した上で求めたものである。
【0059】
耐候性は、高温高湿槽(エスペック社製、商品名:SH−221)を用いて、光学研磨したガラスサンプルを65℃、相対湿度90%の高温高湿槽中に1000時間保持した後のガラス表面のヤケ状態を目視観察し、ヤケが認められないものをヤケなし(耐候性問題なし)とした。
【0060】
評価結果より、例14及び例15の比較例ガラスは実施例の各ガラスと比較し、結晶化開始温度が低いことが確認された。また、例13の比較例ガラスは実施例の各ガラスと比較し、結晶化開始温度は同等であるものの、液相温度は高いことが確認された。これに対し、本発明に係る実施例の各ガラスは、結晶化開始温度が高く、かつ液相温度が低いため、従来のガラスでは不可能であったガラス成形後の高温での加熱処理を行うことが可能である。例えば、近赤外カットフィルタガラスに反射防止膜(ARコート)や紫外カットコートなどの機能膜を蒸着やスパッタ等で成膜するとき、結晶化開始温度が高ければよりガラス温度を高くできるため、はんだ付けのリフロー工程等で特性が変わらない機能膜を成膜することができる。また、ガラスの可視域の透過率が高く、固体撮像素子用の近赤外線カットフィルタガラスとして好適に用いることができる。また、フツリン酸塩系ガラスの持つ優れた耐候性を有するものである。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によれば、ガラスの結晶化開始温度が高いので、ガラス成形後の加工工程において高温での加熱処理を行うことが可能になる。そのため、例えば、近赤外カットフィルタガラスに反射防止膜(ARコート)や紫外線赤外線カットコートなどの機能膜を、蒸着やスパッタ等で成膜するとき、結晶化開始温度が高ければガラス温度をより高くできるため、はんだ付けのリフロー工程等で特性が変わらない膜を成膜することができ有用である。また、液相温度が低いため、ガラスの溶融成形工程において失透が発生しにくく、低温溶解によりフッ素の揮散が抑制されるため、歩留まりが高い、製造し易いガラスとすることが可能である。また、赤外カット性に優れ、可視透過率が高く、耐候性も高いため、撮像デバイスの近赤外線カットフィルタ用途に極めて有用である。
なお、2009年12月11日に出願された日本特許出願2009−281862号及び2010年7月2日に出願された日本特許出願2010−152009号の明細書、特許請求の範囲、及び要約書の全内容をここに引用し、本発明の明細書の開示として、取り入れるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カチオン%表示で、
5+ 25〜37%、
Al3+ 16.2〜25%、
0.5〜40%(ただし、Rは、Li、Na、及びKの合量を表す)、
2+ 0.5〜45%(ただし、R2+は、Mg2+、Ca2+、Sr2+、Ba2+、及びZn2+の合量を表す)、
Cu2+ 2〜10%、
Sb3+ 0〜1%
を含有すると共に、
アニオン%表示で、
2− 30〜85%、
15〜70%、
を含むことを特徴とする近赤外線カットフィルタガラス。
【請求項2】
結晶化開始温度が400〜600℃であることを特徴とする請求項1に記載の近赤外線カットフィルタガラス。
【請求項3】
液相温度が700〜820℃であることを特徴とする請求項1または2に記載の近赤外線カットフィルタガラス。
【請求項4】
実質的にPbO、As、V、LaY、YF、YbF、GdFを含まないことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の近赤外線カットフィルタガラス。
【請求項5】
波長600〜700nmの分光透過率において、透過率50%を示す波長が615nmとなるように換算した場合に、波長400nmの透過率が75〜92%であり、波長700nmの透過率が5〜10%であり、波長1200nmの透過率が10〜20%であり、かつ厚さ0.3mmに換算した場合に、透過率50%を示す波長が660nm以下であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の近赤外線カットフィルタガラス。

【公開番号】特開2012−208527(P2012−208527A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−159403(P2012−159403)
【出願日】平成24年7月18日(2012.7.18)
【分割の表示】特願2011−545268(P2011−545268)の分割
【原出願日】平成22年12月10日(2010.12.10)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】