説明

適応制御装置

【課題】 人工衛星の姿勢について適応制御を行う際、未知のパラメータの随時更新によって、推定及び更新項がフィードバック制御系ゲインに加えられることになり、見かけ上ゲインが変更されたことになり、制御系安定性に影響を与えるため、制御系設計上の制約が大きくなるという問題があった。
【解決手段】 未知パラメータの推定及び更新を、姿勢変更開始から終了までの間で非随時とすることで、姿勢変更時に発生する姿勢角度誤差を、当該更新以降で抑制することによって、制御系の安定性を損なうことなく外乱を抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、人工衛星や宇宙機等の姿勢変更時に、未知のパラメータによる外乱を抑制する、適応制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
外乱発生時に、未知のパラメータを推定、更新して姿勢制御を行う、人工衛星姿勢制御系の適応制御則が一般的に知られている。未知のパラメータの推定、及び更新則を制御系に組み込むことで、見かけ上フィードバック制御系ゲインを変更することができる。従来の適応制御則では、更新則による影響を加味した上で制御系が安定となるように設計する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭60−4497号公報
【非特許文献1】山田克彦 他「データ中継衛星DRTSの適応形姿勢制御系の機能確認試験」、日本機械学会論文集(C編)70巻689号(2004-1)、論文No.03-0309、p.97-104
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の適応制御則では、人工衛星や宇宙機等の姿勢変更時に、例えば慣性モーメントやトルク等の未知のパラメータを推定、更新することで外乱を抑制できる。この際、未知のパラメータの随時更新によって、推定及び更新項がフィードバック制御系ゲインに加えられることになり、見かけ上ゲインが変更されたことになる。しかし、最悪の場合、見かけ上のゲインが強まることによって、制御系安定性に影響を与えるため、例えば制御余有を十分に確保するなど、制御系設計上の制約が大きくなるという問題があった。
【0005】
この発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、フィードバック制御系ゲインに見かけ上の影響を与えず、かつ、未知のパラメータを推定、更新し、外乱を抑制する適応制御装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明による適応制御装置は、角度を検出する角度検出センサと、角速度を検出する角速度検出センサと、上記角度検出センサの出力と目標角度との角度誤差と、上記角速度検出センサの出力と目標角速度との角速度誤差に基づいて、姿勢制御対象の慣性テンソルを含む未知パラメータを推定し、推定結果に基づいて未知パラメータを更新し、更新した未知パラメータに基づいてフィードフォワードトルクを求めるパラメータ推定及び更新部と、上記角度誤差及び角速度誤差と、ゲインと、上記フィードフォワードトルクに基づいて指令値が入力され、上記姿勢制御対象の姿勢を変更するアクチュエータと、を備え、上記パラメータ推定及び更新部は、上記姿勢制御対象の姿勢変更開始から姿勢変更終了までの間に、一度もしくは複数回断続的に未知パラメータの更新を行うことを特徴としたものである。
【発明の効果】
【0007】
この発明によれば、制御系が安定して姿勢誤差が小さくなるとともに、所定の外乱抑制効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】この発明に係る実施の形態1による適応制御装置の構成を説明するための図である。
【図2】この発明に係る実施の形態1による未知パラメータ推定、更新方法の効果を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
実施の形態1.
以下、図を用いてこの発明に係る実施の形態1について説明する。
図1は、実施の形態1による人工衛星や宇宙機等の宇宙装置本体の姿勢制御を行う適応制御装置の構成を示す図であり、適応制御装置の簡略化した制御系ブロック図を示している。図において、適応制御装置は、未知パラメータ推定及び更新則部1と、ゲイン41、42と、加算器5,6,7,8と、センサ10,11と、調整部12とを備えて構成される。また、符号13は、人工衛星や宇宙機等の宇宙装置本体のダイナミクスを示している。
【0010】
センサ10は、例えば人工衛星の姿勢角を検出する姿勢角検出器である。姿勢角検出器としては、スターセンサ、地球センサ、地磁気センサ、ジャイロスコープなどが用いられる。センサ11は、例えば人工衛星の角速度を検出する角速度検出器である。角速度検出器としては、レートジャイロ、加速度センサなどが用いられる。加算器5は、センサ10からフィードバックされる角度推定値θ^と、外部入力される角度目標値θrefとの差分θerrを角度誤差として求め、その角度誤差θerrをゲイン41に入力する。ゲイン41は、角度誤差θerrに比例ゲインKを乗算し、加算器7に出力する。加算器6は、センサ11からフィードバックされる角速度推定値ω^と、外部入力される角速度目標値ωrefとの差分ωerrを角速度誤差として求め、その角速度誤差ωerrをゲイン42に入力する。ゲイン42は、角速度誤差ωerrに微分ゲインKを乗算し、加算器7に出力する。加算器7は、ゲイン41の出力Kθerrとゲイン42の出力Kωerrを加算し、その加算結果であるKθerr+Kωerrを、加算器8に出力する。加算器8は、Kθerr+Kωerrと、フィードフォワードトルクTffとを加算し、その加算結果を調整部12に入力する。未知パラメータ推定及び更新則部1は、角度誤差θerrと角速度誤差ωerrに基づいて、フィードフォワードトルクTffを求める。フィードフォワードトルクTffは、式1で与えられる。
【0011】
【数1】

【0012】
調整部12は、制御系フィルターと、モーメンタムホイールやスラスタなどのアクチュエータを有しており、加算器8から入力されたKθerr+Kωerr+Tffにフィルター処理を施した後、そのフィルタ処理結果を指令値としてアクチュエータに入力し、指令値に基づいてアクチュエータを駆動することによって、宇宙装置本体の姿勢制御を行う。宇宙装置本体は、アクチュエータの駆動出力及びダイナミクス13に基づいて姿勢が変化し、センサ10,11によってその姿勢角及び角速度が検出される。
【0013】
実施の形態1の適応制御装置は、未知パラメータ推定及び更新則部1に特徴を有する。未知パラメータ推定及び更新則部1は、角度誤差θerr及び角速度誤差ωerrを基に、誤差を含む慣性テンソル推定値の推定、更新を行う。この場合、未知パラメータとは慣性テンソル真値を指すことになる。ただし、以下で説明する方式では、制御対象である宇宙装置本体の慣性テンソルのほか、アクチュエータ慣性テンソル推定誤差、アクチュエータトルク変換式誤差等、トルクに影響を与える全ての未知パラメータの影響を含め、角度誤差、角速度誤差が最小となるように慣性テンソル値が推定、更新される。
【0014】
慣性テンソル推定値と慣性テンソル真値の間に誤差がある場合、見かけ上、式2に示す外乱トルクΔTが入力される。ただし、記号の定義は図1に示したとおりである。
【0015】
【数2】

【0016】
式2に示す外乱トルクΔTのため、宇宙装置本体には、角度誤差、角速度誤差が発生する。また、定常状態の場合、式3に示す角度誤差、角速度誤差に収束する。
【0017】
【数3】

【0018】
式3の角度誤差から外乱トルクΔTを求めることができるため、式2と合わせることで外乱トルクΔTをゼロとするように、慣性テンソル推定値を推定、更新することができる。
【0019】
なお、外乱トルクをゼロとするよう推定、更新すると、制御対象である宇宙装置本体の慣性テンソルのほか、アクチュエータ慣性テンソル推定誤差、アクチュエータトルク変換式誤差等、トルクに影響を与える全ての未知パラメータの影響を含め、角度誤差、角速度誤差が最小となるよう慣性テンソル値が推定、更新できる。
【0020】

【0021】
【数4】

【0022】
従来の適応制御則では、角度誤差、角速度誤差等の誤差をゼロに収束させるフィルタとして更新則を定式化するため、常に未知パラメータを推定、更新することとなる。そのため、更新則により見かけ上フィードバック制御系ゲイン(K、K)が変更される。また、常に角度誤差を小さく抑えようと推定、更新則が動作するため、結果として式3に表すような角度誤差は現れず、式3等に示す誤差から決定論的に外乱トルクをゼロとする推定、更新はできない。
【0023】
一方、人工衛星において機動性の高い姿勢変更を実施する場合、姿勢変更途中に角度誤差が発生することは最終的な姿勢安定の観点からは問題とならず、姿勢変更終了近傍の角度誤差を小さく抑えることが課題となることが多い。この場合、式3等に示す誤差が姿勢変更中に発生することは問題とならない。
【0024】
このことを利用し、実施の形態1の適応制御装置は、未知パラメータを非随時更新とすることで式3等に示す誤差を姿勢変更中に発生させ、そこから決定論的に外乱トルクの推定、更新を行うことで、外乱トルクをゼロとすることができる。
【0025】
図2は、実施の形態1による適応制御装置の未知パラメータ推定、更新手法と、その手法による効果を説明するためのシミュレーション結果を示す図である。図2において、(b)適応制御なし、(c)従来の適応制御、(d)実施の形態1による適応制御、のそれぞれの場合について、(a)に示す姿勢角目標値を与えた際の、姿勢変更開始から姿勢変更終了までの間の宇宙装置本体の角度誤差変化を示している。
【0026】
実施の形態1による適応制御装置は、未知パラメータの推定及び更新を、次の1)〜4)の更新則に基づいて行う。
1)宇宙装置本体の姿勢変更(マヌーバ)時以外は、未知パラメータを更新しない。
2)宇宙装置本体の姿勢変更(マヌーバ)開始から、中間点付近までのデータを用いて、未知パラメータの推定を行う。
3)宇宙装置本体の姿勢変更(マヌーバ)の中間点付近で、所定の回数(一回のみもしくは断続的に数回)だけ、未知パラメータの更新を行う。
4)宇宙装置本体の姿勢変更(マヌーバ)の後半は、未知パラメータにて姿勢制御を行う。
【0027】
すなわち、未知パラメータは非随時更新とし、姿勢変更途中まで更新をしない。そのため、数式3等に示す誤差が発生する。その後、姿勢変更途中の任意のタイミングで(任意の回数)、数式3等に示す誤差による外乱トルクΔTをゼロとするよう、未知パラメータの推定、更新を行う。
【0028】
例えば、図2(d)に示すように、実施の形態1の適応制御装置は、姿勢変更開始から姿勢変更終了までの中間点で、一度だけ未知パラメータの推定及び更新を行う。これにより、図2(b)の適用制御適用なしの場合に比べて、図2(d)では姿勢変更終了時点での角度誤差が収束していることがわかる。しかも、図2(c)の従来の適応制御装置と比べて、その角度誤差は同程度に収束している。また、図2(d)に示すように、実施の形態1の適応制御装置では、姿勢変更開始から中間地点までの間では角度誤差が生じているが、この角度誤差の発生は最終的な姿勢安定の観点からは問題とならないことがわかる。
【0029】
このように、未知パラメータの更新後は、外乱トルクがゼロに近くなるため、姿勢変更終了近傍における角度誤差等はゼロに近くなるので、制御系が安定するとともに姿勢誤差が小さくなり、随時推定・更新する従来の適応制御則と同様の外乱抑制効果を得ることができる。
【0030】
また、この方式では、宇宙装置の姿勢変更途中に決定論的に推定、更新を行うため、フィードバック制御系ゲインが見かけ上変更されることはない。したがって、制御系設計上の制約とはならず、従来の適用制御則の欠点のみを解決することができる。
【0031】
さらに、この方式では、各姿勢変更の状態に合わせて推定、更新を行うため、各姿勢変更の特性(変更方向)に応じ、誤差を最小とする推定値を得ることができる。また、この技術を応用することで、各姿勢変更特性毎の未知パラメータを得ることもできる。例えば、マヌーバ軸の違いによるパラメータ推定誤差の変動分も補正できる。これにより、各マヌーバの後半では姿勢誤差変動が小さくなり、整定時間が短くなるので、宇宙装置の姿勢制御について高機動性を実現することが可能となる。
【符号の説明】
【0032】
1 未知パラメータ推定及び更新則部、10,11 センサ、12 調整部、13 ダイナミクス、41,42 フィードバック制御系ゲイン 。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
角度を検出する角度検出センサと、
角速度を検出する角速度検出センサと、
上記角度検出センサの出力と目標角度との角度誤差と、上記角速度検出センサの出力と目標角速度との角速度誤差に基づいて、姿勢制御対象の慣性テンソルを含む未知パラメータを推定し、推定結果に基づいて未知パラメータを更新し、更新した未知パラメータに基づいてフィードフォワードトルクを求めるパラメータ推定及び更新部と、
上記角度誤差及び角速度誤差と、ゲインと、上記フィードフォワードトルクに基づいて指令値が入力され、上記姿勢制御対象の姿勢を変更するアクチュエータと、
を備え、
上記パラメータ推定及び更新部は、上記姿勢制御対象の姿勢変更開始から姿勢変更終了までの間に、一度もしくは複数回断続的に未知パラメータの更新を行うことを特徴とした適応制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2010−211282(P2010−211282A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−53644(P2009−53644)
【出願日】平成21年3月6日(2009.3.6)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】