説明

酸化物分散強化型白金合金の製造方法

【課題】従来よりも高品質の酸化物分散強化型白金合金を安定的に製造することのできる方法を提供する。
【解決手段】本発明は、容器、粉砕媒体、攪拌棒を備える粉砕装置により、溶媒中で白金合金からなる被粉砕物を粉砕処理する工程を含む酸化物分散強化型白金合金の製造方法において、前記容器、粉砕媒体、攪拌棒の少なくとも被粉砕物との接触面を白金又は白金合金で構成し、前記溶媒に過酸化水素溶液を投入して粉砕を行うものであることを特徴とする酸化物分散強化型白金合金の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白金又は白金合金中に酸化物が分散する酸化物分散強化型の白金合金の製造方法に関する。特に、製造過程で混入し得る汚染の少ない方法に関する。
【背景技術】
【0002】
白金又は白金合金中に酸化ジルコニウム(ジルコニア)、酸化イットリウム(イットリア)等の酸化物が微細に分散された酸化物分散型の白金材料は、強化白金とも称され、高温強度特性、特にクリープ強度に優れることから、高温環境で使用されるガラス製造装置用の構造材料として利用されている。この酸化物分散強化型白金合金については、高温強度の向上等を目的としてこれまで種々の改良がなされており、その製造工程の改善等により分散酸化物を効果的に分散させたものが多く報告されている(特許文献1、2)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4094959号明細書
【特許文献2】特許第4280215号明細書
【0004】
ここで、酸化物分散強化型白金合金の製造方法としては、粉末冶金法が一般的に用いられている。この方法では、まず、白金とジルコニウムとの合金粉末を製造し、これを酸化処理して合金粉末中のジルコニウムを内部酸化させて酸化ジルコニウムとし、酸化ジルコニウムが微細分散した白金粉末を得る。そして、これをアトライタ、ボールミル等の粉砕手段により微粉末化し、これを焼結、加工処理を行って白金材料とする。上記特許文献1記載の発明では、この製造方法を基本としつつ、製造条件を調整するものである。また、上記特許文献2においては、白金とジルコニウムとの合金粉末を製造した後、これを酸化処理することなく、アトライタにて水中で粉砕し、水によりジルコニウムを酸化させることで、酸化物形成と粉末の粉砕を同時に行い、その後焼結等するものであるが、粉末冶金法を基礎としている点では共通する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまでの酸化物分散強化型白金合金の製造方法は、酸化物粒子を好適な状態で分散させることを意図し、その観点でいずれも有用なものといえる。しかし、いずれの方法においても、製造された白金合金に不具合が生じる場合があった。この不具合とは、単に合金の強度に不足が生じるというものだけではなく、合金の硬度が予想(設計)以上に高くなり加工に支障をきたす場合が生じる。この硬度上昇による加工の問題とは、例えば、成形のための面削加工時に被加工材の硬度が高すぎて加工面が鱗状なるといった点が指摘されている。
【0006】
以上のような不良品の発生は、製造方法そのものの問題というわけでもなく、また、原材料の品質管理等の管理を安定的に行っても生じる突発的なものである。本発明は、この問題に対し、その原因の究明と共に、高品質の酸化物分散強化型白金合金を安定的に製造することのできる方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記課題解決のため、従来の酸化物分散強化型白金合金の製造方法における各工程を精査すると共に、問題の生じた白金合金の性状を調査した。そしてその結果、問題があるとされる白金合金においては、比較的粒径が大きいばらつきのあるジルコニウム酸化物が分散していることが確認された。そこで、かかる大粒径のジルコニア混入の要因について検討し、粉砕工程における粉砕装置の構成材料に着目した。
【0008】
アトライタ、ボールミル等の粉砕装置は、被粉砕物を収容する容器(ポット)、粉砕媒体(ボール、ビーズ)、攪拌棒(アジテータ)を備える。そして、酸化物分散強化型白金合金を製造する際の粉砕装置は、粉砕媒体として硬度面からジルコニアを適用することが多い。ここで、酸化物分散強化型白金合金は、ジルコニア等の酸化物が分散されたものであり、粉砕媒体のジルコニアが混入するとしても、組成上、それを汚染物質として捉える必要もないことから、これまでその混入は問題視されることはなかった。
【0009】
これに対し、本願発明者等は、これまで無視されてきた粉砕時のジルコニア混入にこそ問題があると考えた。これは、確かにジルコニアは酸化物分散強化型白金合金の分散強化材として作用し得るものの、分散強化の原理上、もともとの分散材よりも粒径の大きな酸化物を不規則に分散させることは、設計値とは相違する材料強度の要因となり得る。そして、粉砕作業時の粉砕媒体の運動は、完全に予測できるものではなく、その磨耗量や磨耗して剥離する小片のサイズをコントロールすることはできない。そのため、ときとして好ましくないジルコニアの混入が生じると考えられる。そこで、本発明者等は、粉砕工程時のジルコニア混入を抑制しつつ粉砕作業を行うため、本発明を見出した。
【0010】
即ち、本発明は、容器、粉砕媒体、攪拌棒を備える粉砕装置により、溶媒中で白金合金からなる被粉砕物を粉砕処理する工程を含む酸化物分散強化型白金合金の製造方法において、前記容器、粉砕媒体、攪拌棒の少なくとも被粉砕物との接触面を白金又は白金合金で構成し、前記溶媒に過酸化水素溶液を投入して粉砕を行うものであることを特徴とする酸化物分散強化型白金合金の製造方法である。
【0011】
本発明に係る方法は、粉砕工程における粉砕装置の構成材料である容器、粉砕媒体、攪拌棒について、被粉砕物と接触する面の全てを白金又は白金合金(以下、これらを白金系材料と称する場合がある)で構成するものである。このように、被粉砕物との接触面を白金系材料とすることで、必然的にジルコニアの混入は回避できる。
【0012】
そして、本発明は、単に粉砕装置の構成材料の材質変更に止まるものではない。本発明のように、被粉砕物及び粉砕装置を白金系材料で構成すると、被粉砕物の攪拌棒、容器壁面への凝着、接合が生じ粉砕が進行しない可能性が高くなる。特に、アトライタのような高エネルギーボールミルにおいては、このような現象が生じ易い。本発明では、この点を考慮して、容器内の溶媒に過酸化水素を添加する。過酸化水素添加により溶媒内に発泡が生じ、この泡が緩衝材となって白金同士の凝着等を抑制し、スムーズな粉砕作業を可能とする。
【0013】
以下、本発明についてより詳細に説明する。本発明に係る方法では、基本的に白金合金粉末の粉砕工程の前後の工程は、従来の酸化物分散強化型白金合金の製造方法に準じる。粉砕工程前の白金合金粉末の調整も従来法に従い、例えば上記特許文献1のように白金合金粉末を内部酸化してジルコニア等を分散させた白金合金粉末を調整する、或いは特許文献2のように酸化処理は行わず酸化物を含まない白金合金粉末を調整する等、いずれの工程を経ても良い。
【0014】
粉砕工程について、本発明では、容器、粉砕媒体、攪拌棒の被粉砕物との接触面を白金又は白金合金で構成する粉砕装置を適用する。ここで、白金又は白金合金を適用するのは、少なくとも被粉砕物との接触面であれば良いことから、各構成部材の全体が白金等で製造されたものの他、部分的に白金等が使用されたものでも良い。例えば、容器については、内面を白金でクラッドしたものや、白金製の小径容器をステンレス等の容器に挿入したものが使用できる。また、攪拌棒についても、白金等のムク材で製造しても良いが、白金でクラッドされた棒材を利用しても良い。ここで、被粉砕物との接触面を構成する白金又は白金合金としては、純白金、白金合金(白金−ロジウム合金、白金−金合金等)の他、強化白金(酸化物分散強化型白金合金)が適用できる。尚、強化白金は、ジルコニア等の酸化物を含むが、その絶対量は過少であること、品質上問題のない強化白金の酸化物であれば、それが多少被粉砕物へ混入してもさほど問題とならないことから、強化白金の使用も可能である。
【0015】
粉砕工程は、溶媒を使用する湿式粉砕である。被粉砕物を適切に分散させるためである。この溶媒としては、純水の他、ヘプタン、アルコール等の有機溶媒、又はこれらの混合溶液が適用できる。但し、特許文献2のように、酸化処理がなされていない白金合金粉末を、粉砕工程で酸化処理する場合においては、水(純水)の使用が好ましい。
【0016】
溶媒に投入する過酸化水素については、使用する溶媒に対して過酸化水素濃度が0.2〜1%となるように投入するのが好ましい。0.2%未満では発泡が少なく効果に乏しいからであり、1%を超えると逆に発泡が激しくなり、その制御が困難となるからである。尚、過酸化水素溶液は、水溶液の状態で添加するのが好ましいが、前記溶媒に対する濃度を考慮して水溶液の濃度、添加量を調整する。また、過酸化水素投入のタイミングは、粉砕開始時に1回で総量を投入しても良いが、粉砕中に分割して複数回投入しても良い。
【0017】
粉砕工程の粉砕条件(時間、温度)については、従来の方法と同様に設定できる。攪拌棒の回転数についても同様である。
【0018】
粉砕工程後の合金粉末は、従来法と同様、成形固化処理を行いバルク状の合金とすることができる。この成形固化処理は、ホットプレスのように加圧しながら焼結する方法が好ましい。また、成形固化処理後の合金については、鍛造加工により緻密度を向上させることができる。更に、所定の形状に成形加工するために圧延加工、押出加工、引き抜き加工等の塑性加工を行なうことができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、従来、粉砕工程で生じていた被粉砕物へのジルコニア混入を抑制することができ、製造される酸化物分散強化型白金合金を粗大なジルコニアを含まないものとすることができる。これにより、不測の強度変動のない、加工性の良好な強化白金合金を得ることができる。
【0020】
また、本発明は、白金系材料を粉砕媒体とすることで、分散させる酸化物の微細化・高分散化を図ることができる。これは、分散媒体である白金系材料は、従来使用されているジルコニアよりも重い(高比重)ことから、粉砕時の運動エネルギーが従来より大きなものとり、粉砕能力が向上することによる。本発明は、この点からも白金合金の品質向上につながる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本実施形態で使用した粉砕装置(アトライタ)の構成を説明する図
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。本実施形態では、まず、白金合金(白金−0.1重量%ジルコニウム合金)粉末を製造した。白金合金粉末の製造は、白金−0.1重量%ジルコニウム合金のインゴットを真空溶解にて製造し、これを電極として回転電極ガスアトマイズ法(EIGA法)により白金合金粉末とした。この白金合金粉末は、平均粒径80μm(粒径幅1〜300μm)であった。
【0023】
次に、上記合金粉末4000gを、図1に示すアトライタに投入した。本実施形態で使用するアトライタは、特許文献1の方法で製造される強化白金(商品名:GTH,田中貴金属工業株式会社製)からなるポット(内径φ195×高さ175mm×厚さ2mm、重量5.8kg)をステンレス製ポットに挿入してなる容器と、強化白金(GTH)製の攪拌棒(攪拌翼φ16×160mm×4本、重量14kg)、粉砕媒体として強化白金製ボール(φ5mm、計14kg)を備える。
【0024】
そして、アトライタに純水2Lを入れ、更に、過酸化水素水溶液を純水に対して0.5%となるように調整して投入した。
【0025】
粉砕工程は、上記の準備後、アトライタの攪拌棒を340rpmで5時間回転して白金合金粉末を粉砕処理した。尚、この実施例は純水により白金合金粉末の酸化処理も同時に行っている。
【0026】
粉砕工程後、篩選別で白金合金粉末を分離、乾燥した。乾燥後の白金合金粉末を秤量したところ、4002.7gであり、粉砕前より2.7gの重量増があった。また、粉砕工程後のアトライタの各構成部材の重量を測定したところ、ボール、攪拌棒、ポットの重量減がそれぞれ、1.5g、1.0g、0.2gみられた。白金合金粉末の重量増加分は、粉砕により白金合金粉末に白金合金が混入したためである。
【0027】
粉砕工程後の白金合金粉末をカーボン製の型(寸法:70×70×100(mm))に入れ、真空炉中で脱ガス処理(1200℃×3時間)を行った後、1100℃、20MPaで加圧焼結した。焼結後の白金合金の寸法は、約70mm×70mm×48.4mmで密度16.9g/cmであった。次に、この白金合金インゴットについて、熱間鍛造(1300℃)を複数回行い、密度21.4g/cm(緻密度100%)とした。このときの寸法は、約75mm×100mm×25mmであった。そして、この白金合金インゴットの両面をシェーパーで面削加工し、冷間圧延し(100mm×310mm×6mm)、焼鈍(1250℃、30分)後、圧延方向を90度変えて再度冷間圧延して600mm×300mm×1mmの板材とした。この板材から、後述するクリープ試験のための試験片を打ち抜いた。
【0028】
比較例:比較のため、従来法の粉砕工程を適用して、白金合金を製造した。使用する白金合金粉末は本実施形態と同様のものである。粉砕工程で使用するアトライタは、ジルコニアからなるポット(内径φ200×高さ165mm、容量5L)と、ステンレス製の攪拌棒(攪拌翼先端にジルコニアキャップ接続、寸法及び形状は実施形態と同様)、粉砕媒体としてYZTジルコニア製ボール(φ5mm、計7kg)を備えるものを使用した。そして、粉砕工程においては、白金合金粉末4000g及び純水2Lをアトライタに投入し、本実施形態と同様の条件で粉砕した。
【0029】
粉砕、乾燥後の白金合金粉末を秤量したところ、4005.7gであり、粉砕前より5.7gの重量増があった。また、粉砕工程後のアトライタのジルコニアボールの重量減を測定したところ5.7gの重量減がみられた。
【0030】
粉砕後の白金合金粉末は、本実施形態と同様の工程にて、焼結してインゴットとし、その後熱間鍛造、圧延を経て板材に加工した。クリープ試験片の採取も行った。
【0031】
以上、本実施形態及び比較例で製造した酸化物分散強化型白金合金について、合金中のジルコニウム含有量の定量分析、クリープ試験を行った。クリープ試験は、5本の試験片を用いて、試験温度1400℃で応力15MPa、20MPaにおける破断時間を計測した。これらの結果を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
表1から、本実施形態の白金合金は、ジルコニウム含有量が0.1重量%となっており、粉砕前の原料である白金合金粉末のジルコニウム含有量に等しい。これは、粉砕工程におけるジルコニア混入が抑制されていることを示す。これに対し、比較例では製造された白金合金のジルコニウム含有量が0.11重量%増加しており、粉砕工程時のジルコニア混入を示している。これは、粉砕工程後に粉砕媒体(ジルコニアボール)の重量が減少していたことからも伺える。
【0034】
そして、本実施形態の白金合金は、クリープ試験の結果から良好な高温強度を有することがわかる。即ち、本実施形態の白金合金は、比較例に対して、破断時間について数倍の延長効果を有することが表1からわかる。
【0035】
尚、本実施形態の効果は、上記の白金合金板材の製造工程においても現れていた。これは、熱間鍛造したインゴットの両面を面削加工するとき、本実施形態では加工後、全面が滑らかな光沢面を呈していたのに対し、比較例では所々、鱗状の表面となっていた。このことから、ジルコニア混入を回避した本実施形態の方法は、白金合金の加工性改善にも寄与しているものと考えられる。
【0036】
また、本実施形態について、粉砕前後の白金合金粉末の重量変化及び粉砕媒体(強化白金製ボール)の重量変化から、本実施形態では、粉砕工程時、白金合金粉末への白金合金の混入がわずかながらあったといえる。しかし、クリープ試験の結果から、これが白金合金の性質を悪化させたとはいえない。また、ジルコニウム含有量の分析結果からみても、本実施形態の酸化物分散強化型白金合金中の組成比は変化しておらずその強化作用を減ずることはないと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
以上説明したように、本発明に係る酸化物分散強化型白金合金の製造方法は、従来法よりも高品質の白金合金を製造することができる方法である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
容器、粉砕媒体、攪拌棒を備える粉砕装置により、溶媒中で白金合金からなる被粉砕物を粉砕処理する工程を含む酸化物分散強化型白金合金の製造方法において、
前記容器、粉砕媒体、攪拌棒の少なくとも被粉砕物との接触面を白金又は白金合金で構成し、
前記溶媒に過酸化水素溶液を投入して粉砕を行うものであることを特徴とする酸化物分散強化型白金合金の製造方法。
【請求項2】
過酸化水素溶液を、容器中の溶媒に対して過酸化水素濃度が0.2〜1%となるように投入する請求項1記載の酸化物分散強化型白金合金の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−87385(P2012−87385A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−236345(P2010−236345)
【出願日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【出願人】(509352945)田中貴金属工業株式会社 (99)
【Fターム(参考)】