説明

酸化物薄膜作製用塗布溶液

【課題】塗布法によって、In−Ga、In−Zn、Zn−Ga、In−Ga−Zn、Zn−Alの酸化物薄膜を、組成ずれを起こさず簡便に形成することの出来る塗布溶液を提供する。
【解決手段】
式(I)に示すβ−ジケトン錯体であって配位子1つの炭素数が10以上のIn、Ga、Al、Znの単一金属のβ−ジケトン錯体から構成される単一金属のβ−ジケトン錯体を、少なくとも2種以上を含む溶液を塗布溶液に用いる。
【化1】


(式中R、RがそれぞれC、H、N、Oの少なくとも1種以上からなる置換基であり、MがIn、Ga、Zn、Alのいずれかであり、MがIn、Ga、Alのいずれかである場合はn=3であり、MがZnである場合はn=2である)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、In、Ga、Zn、Alを含む酸化物薄膜、より具体的にはIn−Ga、In−Zn、Zn−Ga、In−Ga−Zn、Zn−Alの酸化物膜を組成ずれを起こさず簡便に形成することの出来る塗布溶液を提供することを目的とする。
【背景技術】
【0002】
InやZnを含む酸化物は、電気伝導性もつ材料として知られており、特にSnを添加したIn酸化物(ITO)は透明電極膜としてディスプレイ、太陽電池、タッチパネル等に広く使用されている。また電気伝導膜としてのIn−Zn、Zn−AI、Zn−Gaの酸化物膜以外にもIn−Ga、In−Zn−Gaは半導体膜として発光素子等に使用されている。このような電気伝導性、半導体特性を持つ酸化物膜を作製する方法としては一般的にスパッタリング法が用いられている。しかしスパッタリング法は高真空を必要とするため、スパッタリング装置が高価で成膜は高コストとなる。また大面積化にも限界がある。そこで常圧で成膜できる方法が検討されており、その1つとして塗布法が検討されている。
【0003】
塗布法は、目的膜に含まれる金属の化合物を溶媒に溶解した塗布溶液を、ディップコ−ト法、スピンコ−ト法、スプレ−焼成法などの方法で基板に塗布した後、大気中または酸素中などで焼成し金属酸化物膜を得るものである。塗布法に従来用いられている塗布溶液に溶質として含まれる金属化合物は、特許文献1に詳しい記載があるように、硝酸塩、塩化物などのハロゲン化物、エトキシドなどの金属アルコキシド、オクチル酸塩や酢酸塩などのカルボン酸塩、アセチルアセトン錯体などのβ−ジケトン錯体がある。
【0004】
しかし、ハロゲン化物においては腐食性ガスが発生し、金属アルコキシドにおいては加水分解しやすく溶液の安定性が低いといった問題がある。また、カルボン酸塩やβ−ジケトン錯体においては溶媒への溶解性が低く、1回の塗布で得られる膜厚が非常に薄くなってしまうという欠点がある。さらに融点及び分解温度が高いため、塗布後に溶媒が自然と気化した後に溶質金属化合物が分解せずに結晶が島状に析出してしまい、結果として表面の凹凸が激しい膜になるといった問題がある。これらの好ましくない現象は酸化物の構成元素がIn、Ga、Al、Znであり、かつこれら金属の化合物がカルボン酸塩及びβ−ジケトン錯体の場合に特に顕著である。
【0005】
さらに溶質金属化合物としてのβ−ジケトン錯体は特許文献2、特許文献3および特許文献4にあるように常圧のCVD(化学的気相成長)法の原料となっていることからわかるように、気化しやすい材料である。そのため塗布後の加熱工程で、その一部分が分解せずに気化してしまい、塗布溶液中の金属組成と加熱後に得られる金属酸化物膜中の金属組成比を一致させることが困難である。
しかし一方で、β−ジケトン錯体は腐食ガスの発生がなく、空気中で比較的安定で安全に使用できることから工業的に期待の大きい材料である。
【特許文献1】特開2006−28431号公報
【特許文献2】特開2003−253451号公報
【特許文献3】特開2000−276943号公報
【特許文献4】特開2008−231457号公報
【特許文献5】特開2009−163228号公報
【特許文献6】特開2004−339057号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、塗布法によって、In−Ga、In−Zn、Zn−Ga、In−Ga−Zn、Zn−Alの酸化物薄膜を組成ずれを起こさず簡便に形成することの出来る塗布溶液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を行ったところ、β−ジケトン錯体の配位子の構造によって、塗布溶液の溶質として求められる低い気化性と適度な分解性を制御できることを見出した。すなわち、式(I)に示すようなβ−ジケトン錯体の配位子1つの炭素数が10以上であり、かつβ−ジケトンのカルボニル炭素に結合する炭素(2つのカルボニル炭素の間にある炭素は除く)に、水素が2つ以上結合した構造を持ちC、H、N、Oの少なくとも1種以上から成る置換基が結合している構造をもつβ−ジケトン錯体が、常圧下の加熱により気化することなく分解し、塗布溶液中の金属組成と加熱後に得られる金属酸化物膜中の金属組成比との間に組成ずれを生じないことがわかった。
【化1】

(式中R、RがそれぞれC、H、N、Oの少なくとも1種以上からなる置換基であり、MがIn、Ga、Zn、Alのいずれかであり、MがIn、Ga、Alのいずれかである場合はn=3であり、MがZnである場合はn=2である)
【0008】
式(I)のR、Rには、たとえば、アルキル基、アルコキシ基、アミノ基、アリール基、アルコキシアルキル基、アミノアルキル基などが適用できるが、式(II)に示すようなIn、Ga、Zn、Alそれぞれのβ−ジケトン錯体の1つのβ−ジケトン配位子の構造が、二つのカルボニル炭素にそれぞれ第一級アルキル基(x、yは0以上の整数)が結合した形であり、かつ、x+y≧5、即ちβ−ジケトン配位子1つの炭素数が10以上であるβ−ジケトン錯体を2種以上含む塗布溶液は好適である。
【化2】

(MがIn,Ga,Alのいずれかの場合はn=3、MがZnの場合はn=2)
【0009】
上記β−ジケトン錯体の具体例としては2,4−デカンジオナト錯体(式(II)におけるx=0、y=5、即ち配位子1つの炭素数が10)、2,4−ウンデカンジオナト錯体(式(II)におけるx=0、y=6、即ち配位子の炭素数が11)、2,4−ドデカンジオナト錯体(式(II)におけるx=0、y=7、即ち配位子の炭素数が12)、3,5−デカンジオナト錯体(式(II)におけるx=1、y=4、即ち配位子1つの炭素数が10)、2−メチル−4,6−ノナンジオナト錯体(式(II)におけるx=3、y=2、即ち配位子1つの炭素数が10)、8−メチル−3,5−ノナンジオナト錯体(式(II)におけるx=2、y=4、即ち配位子1つの炭素数が11)、2,8−ジメチル−4,6−ノナンジオナト錯体(式(II)におけるx=3、y=3、即ち配位子1つの炭素数が11)、9−メチル−2,4−デカンジオナト錯体(式(II)におけるx=0、y=6、即ち配位子1つの炭素数が11)、8−エチル−2,4−デカンジオナト錯体(式(II)におけるx=0、y=6、即ち配位子1つの炭素数が11)などがある。
【0010】
なお、従来技術においても塗布溶液にβ−ジケトンを添加、もしくはβ−ジケトン錯体を溶解した例は多数存在するが、β−ジケトンの種類が列挙されているだけのものが多く、実施例ではアセチルアセトン(式(II)におけるx=0、y=0、即ち配位子1つの炭素数が5)、ジピバロイルメタン(式(II)の構造とは異なる)、トリフルオロアセチルアセトン(式(II)の構造とは異なる)などの限られた物質が記載されているにとどまっている。数少ない例として、β−ジケトン配位子の構造と反応性について言及している特許文献7では、アルコキシニオブがβ−ジケトンの添加によってアルコキシ基と交換反応をおこしてより安定なキレート化合物をつくるが、β−ジケトンの2位および4位にケトン基があると、立体配置性の関係で、ニオブ原子に付いているアルコキシ基の反応性を低下させることもより少ないと示されている。すなわち、この発明はアルコキシ基の反応性が低下しないことを見出したのであって、キレ−ト部分の反応性を制御しているのではない。本発明はβ−ジケトンと金属の作るキレ−ト化合物そのものの反応性を変化させている点で上記特許の記載内容と明らかに異なる。
【特許文献7】 特開平11−60387号公報
【0011】
溶媒は、当該錯体を分解するもの(例えば無機酸など)でなく、かつ溶解性が低いものでなければ特に限定は無く、例えばアルコール類、ケトン類、エステル類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、アミン類、アミド類などが挙げられる。また、一般に塗布溶液の粘度調整や安定性向上、もしくは膜の平坦性向上のために塗布溶液に添加される物質についても錯体を分解するものでなければ特に限定はなく、既に知られているアルコール類、ケトン類、エステル類、脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、アミン類、アミド類などの中から適切なものを選定すればよい。さらに膜特性向上のために添加されるIn、Ga、Zn、Al以外の金属有機化合物についても、当該錯体を分解させるものでなければ特に限定はなく添加が可能である。
以下に実施例を用いて詳述する。
【実施例1】
【0012】
トリス[2,4−デカンジオナト]インジウム6.85g、トリス[2,4−デカンジオナト]ガリウム6.35g、ビス[2,4−デカンジオナト]亜鉛4.44g(In:Ga:Znのモル比1:1:1)を1−メトキシ−2−プロパノ−ル100mlに溶解し、塗布溶液を得た。これをスピンコーター上に設置した熱酸化膜つきSi基板上に適量載せ、3000rpmで30秒回転させた後、150℃で5分、450℃で15分加熱した。この作業を5回繰り返した後500℃で3時間真空加熱し膜厚200nmでクラックのない光沢のある酸化物膜を得た。膜の抵抗は2.4×10Ωcmであった。この膜をICP−AESによって組成分析したところ、In:Ga:Znモル比=1.0:1.0:1.0の結果であり塗布溶液の配合組成比通りの組成であることが判った。
【実施例2】
【0013】
トリス[8−メチル−3,5−ノナンジオナト]インジウム6.85g、トリス[8−メチル−3,5−ノナンジオナト]ガリウム6.35g、ビス[8−メチル−3,5−ノナンジオナト]亜鉛4.44g(モル比1:1:1)をノルマルオクタン100mlに溶解し、塗布液を得た。これを実施例1と同様の条件で成膜したところ膜厚190nmでクラックのない光沢のある酸化物膜を得た。膜の抵抗は2.6×10Ωcmであった。この膜をICP−AESによって組成分析したところ、In:Ga:Znモル比=1.0:1.0:1.0であり実施例1と同じく組成ずれは無かった。
【実施例3】
【0014】
トリス[2,4−ウンデカンジオナト]インジウム7.31g、トリス[8−エチル−2,4−デカンジオナト]ガリウム7.38g、ビス[9−メチル−2,4−デカンジオナト]亜鉛4.75g(モル比1:1:1)を1−メトキシ−2−プロパノ−ル100mlに溶解し、塗布液を得た。これを実施例1と同様の条件で成膜したところ膜厚200nmでクラックのない光沢のある酸化物膜を得た。膜の抵抗は2.3×10Ωcmであった。この膜をICP−AESによって組成分析したところ、In:Ga:Znモル比=1.0:1.0:1.0であり実施例1と同じく組成ずれは無かった。
【実施例4】
【0015】
トリス[2,4−デカンジオナト]アルミニウム0.16g、ビス[2,4−デカンジオナト]亜鉛6.23g(モル比0.03:1)をトルエン100mlに溶解し、塗布液を得た。これを実施例1と同様の条件で成膜したところ膜厚110nmでクラックのない光沢のある酸化物膜を得た。膜の抵抗は1.6×10−2Ωcmであった。この膜をICP−AESによって組成分析したところ、Al:Znモル比=0.03:1.0であり実施例1と同じく組成ずれは無かった。
【比較例1】
【0016】
トリス[アセチルアセトナト]インジウム4.53g、トリス[アセチルアセトナト]ガリウム4.04g、ビス[アセチルアセトナト]亜鉛2.89g(モル比1:1:1)をトルエン100mlに溶解し、塗布溶液を得た。これを実施例1と同様の条件で成膜したところ膜厚80nmでクラックのない光沢のある酸化物膜を得た。膜の抵抗は1.6×10Ωcmであった。しかしながらこの膜をICP−AESによって組成分析したところ、In:Ga:Znモル比=1.0:0.84:1.13であり塗布溶液の組成比とは著しく異なる結果となった。
【比較例2】
【0017】
トリス[ジピバロイルメタナト]インジウム(2つのカルボニル炭素に第三級アルキル基が結合しているβ−ジケトン錯体)7.31g、トリス[ジピバロイルメタナト]ガリウム6.81g、ビス[ジピバロイルメタナト]亜鉛4.75g(モル比1:1:1)をトルエン100mlに溶解し、塗布溶液を得た。これを実施例1と同様の条件で成膜したところ膜厚80nmでクラックのない光沢のある酸化物膜を得た。膜の抵抗は4.8×10Ωcmであった。この膜をICP−AESによって組成分析したところ、In:Ga:Znモル比=0.35:0.14:1.00であり組成ずれを生じていた。
【比較例3】
【0018】
トリス[アセチルアセトナト]アルミニウム0.097g、ビス[アセチルアセトナト]亜鉛2.63g(モル比0.03:1)をアセチルアセトン100mlに溶解し、塗布溶液を得た。これを実施例1と同様の条件で成膜したところ膜厚100nmでクラックのない光沢のある酸化物膜を得た。膜の抵抗は2.9×10−2Ωcmであった。この膜をICP−AESによって組成分析したところ、Al:Znモル比=0.012:1.0であり同じく組成ずれを生じていた。
【比較例4】
【0019】
トリス[2,4−オクタンジオナト]アルミニウム(式(II)におけるx=0、y=3)0.135g、ビス[2,4−オクタンジオナト]亜鉛3.48g(モル比0.03:1)を1−メトキシ−2−プロパノ−ル100mlに溶解し、塗布溶液を得た。これを実施例1と同様の条件で成膜したところ膜厚90nmでクラックのない光沢のある酸化物膜を得た。膜の抵抗は1.1×10−2Ωcmであった。この膜をICP−AESによって組成分析したところ、Al:Znモル比=0.018:1.0であり同じく組成ずれを生じていた。
【比較例5】
【0020】
トリス[2,2,6,6−テトラメチル−3,5−オクタンジオナト]アルミニウム(2つのカルボニル炭素に第三級アルキル基が結合しているβ−ジケトン錯体)0.186g、ビス[ジピバロイルメタナト]亜鉛4.75g(モル比0.03:1)を1−メトキシ−2−プロパノ−ル100mlに溶解し、塗布溶液を得た。これを実施例1と同様の条件で成膜したところ膜厚60nmでクラックのない光沢のある酸化物膜を得た。膜の抵抗は1.7×10−2Ωcmであった。この膜をICP−AESによって組成分析したところ、Al:Znモル比=0.016:1.0であり同じく組成ずれを生じていた。
【発明の効果】
【0021】
本発明による塗布溶液は配合した金属組成比と加熱後に得られる金属酸化物膜中の金属組成比との間に組成ずれを生じないので、酸化物膜作製用塗布溶液として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)の構造式で示されるβ−ジケトン錯体であって、配位子1つの炭素数が10以上のIn、Ga、Al、Znの単一金属のβ−ジケトン錯体から構成される単一金属のβ−ジケトン錯体を少なくとも2種以上を含むことを特徴とする酸化物膜作製用の塗布溶液。
【化1】

(式中R、RがそれぞれC、H、N、Oの少なくとも1種以上からなる置換基であり、MがIn、Ga、Zn、Alのいずれかであり、MがIn、Ga、Alのいずれかである場合はn=3であり、MがZnである場合はn=2である)
【請求項2】
下記式(II)の構造式で示されるβ−ジケトン錯体であって、式中のxおよびyが0以上の整数でありかつx+y≧5であるβ−ジケトン錯体を少なくとも2種以上を含むことを特徴とする酸化物膜作製用の塗布溶液。
【化2】

(式中MがIn、Ga、Zn、Alのいずれかであり、MがIn、Ga、Alのいずれかである場合はn=3であり、MがZnである場合はn=2である)
【請求項3】
式(I)中のxとyがそれぞれx=0でありy≧5である請求項2記載の塗布溶液。

【公開番号】特開2011−159941(P2011−159941A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−32969(P2010−32969)
【出願日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【出願人】(593163449)株式会社豊島製作所 (15)
【Fターム(参考)】