説明

酸化物超電導薄膜とその製造方法

【課題】充分に高いIcを得ることができる酸化物超電導薄膜とその製造方法を提供する。
【解決手段】膜中に、磁束ピンとして機能するナノ微粒子3が分散されている酸化物超電導薄膜2。酸化物超電導薄膜中におけるナノ微粒子の分散密度が、1020〜1024個/mである酸化物超電導薄膜。ナノ微粒子の粒径が、5〜100nmである酸化物超電導薄膜。有機金属化合物を溶媒に溶解した溶液に、磁束ピンとして機能するナノ微粒子を溶媒に溶解した溶液を所定量添加して、酸化物超電導薄膜用の原料溶液を調製し、前記原料溶液を用いて、塗布熱分解法により、酸化物超電導薄膜を製造する酸化物超電導薄膜の製造方法。ナノ微粒子を溶媒に溶解した溶液に分散剤を添加する酸化物超電導薄膜の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臨界電流値Icが高い酸化物超電導薄膜とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体窒素の温度で超電導性を有する高温超電導体の発見以来、ケーブル、限流器、マグネットなどの電力機器への応用を目指した高温超電導線材の開発が活発に行われている。中でも、基板上に酸化物超電導薄膜を形成させた酸化物超電導薄膜線材が注目されている。
【0003】
前記酸化物超電導薄膜の製造方法の1つに、塗布熱分解法(Metal Organic Deposition、略称:MOD法)がある(特許文献1)。
【0004】
この方法は、Y(イットリウム)などのRE(希土類元素)、Ba(バリウム)、Cu(銅)の各有機金属化合物を溶媒に溶解して製造された原料溶液(MOD溶液)を基板に塗布して塗布膜を形成した後、例えば、500℃付近で仮焼熱処理して、有機金属化合物を熱分解させ、熱分解した有機成分を除去することにより酸化物超電導薄膜の前駆体である仮焼膜を作製後、作製した仮焼膜をさらに高温(例えば750〜800℃付近)で本焼熱処理することにより結晶化を行って、REBaCu7−Xで表される超電導薄膜の層を製造するものであり、主に真空中で製造される気相法(蒸着法、スパッタ法、パルスレーザ蒸着法等)に比較して製造設備が簡単で済み、また大面積や複雑な形状への対応が容易である等の特徴を有しているため、広く用いられている。
【0005】
前記MOD法としては、原料溶液にフッ素を含む有機金属化合物を用いるTFA−MOD法(Metal Organic Deposition using TriFluoroAcetates)とフッ素を含まない有機金属化合物を用いるフッ素フリーMOD法(FF−MOD法)とがある。
【0006】
TFA−MOD法を用いると、面内配向性に優れた酸化物超電導薄膜を得ることができる。しかし、この方法では、仮焼時にフッ化物であるBaF(フッ化バリウム)が生成され、このBaFが本焼時に分解して危険なフッ化水素ガスを発生する。このため、フッ化水素ガスを処理する装置、設備が必要となる。
【0007】
これに対して、FF−MOD法は、フッ化水素ガスのような危険なガスを発生することがないため、環境にやさしく、また処理設備が不要であるという利点を有している。
【0008】
このようなFF−MOD法において、より高い臨界電流値Icの酸化物超電導薄膜を得るために、前記した原料溶液の塗布、仮焼熱処理、本焼熱処理を繰り返すことにより作成された酸化物超電導薄膜層を積層して、厚膜化を図ることが行われている。
【0009】
しかし、従来のFF−MOD法を用いて、例えば、Y123系酸化物超電導薄膜を製造した場合、超電導臨界電流密度Jcが低いために、膜厚を厚くしてもIcが充分に高くならないという課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−165153号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、FF−MOD法を用いて製造された厚膜の酸化物超電導薄膜であって、充分に高いIcを得ることができる酸化物超電導薄膜とその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、FF−MOD法を用いて、酸化物超電導層を積層して膜厚を厚くしても、従来の製造方法では、Icが充分に高くならない原因につき、検討を行い、以下の知見を得た。
【0013】
即ち、従来の製造方法では、前記したように、基板上で、MOD溶液の塗布、仮焼熱処理、本焼熱処理を繰り返すことにより、酸化物超電導層が積層されて、厚膜化が図られている。しかし、この酸化物超電導層は結晶性が高いため、磁束ピン(ピン止め点)として機能してJcおよびIcの向上に大きく影響する欠陥や異相が殆ど形成されず、厚膜の酸化物超電導薄膜全体に対するピン止め点が不足する。
【0014】
このため、従来の製造方法を用いた厚膜の酸化物超電導薄膜においては、ピン止め効果が充分に発揮されず、JcおよびIcを充分に向上させることができなかったことが分かった。
【0015】
そこで、本発明者は、厚膜の酸化物超電導薄膜内に適切に分散された磁束ピンを形成する方法につき鋭意検討した。
【0016】
前記の磁束ピンを形成する方法として、酸化物超電導層を積層していく際に、積層欠陥や異物などの欠陥を形成させ、磁束ピンとする方法があるが、FF−MOD法は、熱平衡状態で酸化物超電導層を成長させて、基板側から整然と積層していくため、技術的には容易ではない。
【0017】
そこで、本発明者は、厚膜の酸化物超電導薄膜を製造する際に、ナノ微粒子、特に数十nmオーダのナノ微粒子を導入し、適切に分散させることにより、このナノ微粒子が、積層された酸化物超電導層内で磁束ピンとして充分に機能し、JcおよびIcを向上させることができると考え、実験を行い、ナノ微粒子を分散させることにより、JcおよびIcが向上した酸化物超電導薄膜を得ることができることを確認した。
【0018】
このような酸化物超電導薄膜の具体的な製造方法としては、原料溶液であるFF−MOD溶液に、数十nmオーダのナノ微粒子の溶液を添加し、これを原料溶液として、通常のFF−MOD法と同様に、塗布、仮焼熱処理、本焼熱処理を施すことにより、厚膜化された酸化物超電導薄膜内にナノ微粒子を分散させることができる。
【0019】
そして、ナノ微粒子の量を適切に調整することにより、使用温度に対応した、例えば77Kに対応したピン止め点を設けることができる。
【0020】
そして、さらに検討を行ったところ、このようなナノ微粒子の添加によるJcおよびIcの向上は、上記したFF−MOD法のみならず、TFA−MOD法においても有効であることが分かった。
【0021】
本発明は、以上の知見に基づくものであり、
請求項1に記載の発明は、
膜中に、磁束ピンとして機能するナノ微粒子が分散されている
ことを特徴とする酸化物超電導薄膜である。
【0022】
本請求項の酸化物超電導薄膜は、前記したように、ナノ微粒子のピン止め効果により、高いIcを得ることができる。
【0023】
このようなピン止め点として機能するナノ微粒子を形成するための材料としては、それ自身が磁束ピンとして機能するナノ微粒子だけでなく、本焼熱処理時に原料溶液に含まれる有機金属化合物と反応して磁束ピンとして機能するピン化合物を生成するナノ微粒子であってもよい。
【0024】
前者のナノ微粒子としては、Ag(銀)、Pt(白金)、Au(金)、BaCeO(セリウム酸バリウム)、BaTiO(チタン酸バリウム)、BaZrO(ジルコン酸バリウム)、SrTiO(チタン酸ストロンチウム)などのナノ微粒子が好ましいが、酸化物超電導薄膜の超電導特性に悪影響を与えない材料である限り、限定されない。
【0025】
これらのナノ微粒子は、原料溶液と反応しないナノ微粒子である。このため、別途熱処理を行うことなく、磁束ピンを導入することができる。また、導入される磁束ピンのサイズは、添加されたナノ微粒子のサイズに従うため、磁束ピンの微粒子サイズを容易に、精度良く好適に制御することができる。さらに、酸化物超電導体の形成時に組成のズレが生じることがないため、所望する高いJcやIcの酸化物超電導薄層を得ることができる。
【0026】
前記した各ナノ微粒子の内でも、例えば、Ptのように、融点が高いナノ微粒子は、酸化物超電導体を形成する仮焼熱処理および本焼熱処理において、移動して凝集したり変形したりすることが抑制されるため、より好ましい。
【0027】
また、後者のナノ微粒子としては、例えば、CeO(酸化セリウム)、ZrO(2酸化ジルコニウム)、SiC(炭化ケイ素)、TiN(窒化チタン)などのナノ微粒子が好ましい。これらのナノ微粒子は、原料溶液に含まれる有機金属化合物と反応して、それぞれ、BaCeO(セリウム酸バリウム)、BaZrO(ジルコン酸バリウム)、YSi、BaTiO(チタン酸バリウム)などのナノ微粒子を生成して、磁束ピンとして機能する。
【0028】
これらのナノ微粒子は、原料溶液に含まれる有機金属化合物と反応させることにより、磁束ピンを生成しているため、上記の原料溶液と反応しないナノ微粒子の場合と異なり、酸化物超電導体の形成時に組成のズレが生じる恐れがあり、それを見込んで、予め、原料溶液の調製を行うことが好ましい。
【0029】
酸化物超電導薄膜としては、特に、Y123系酸化物超電導薄膜が好ましいが、Yの代わりに他の希土類元素を使用しても良い。
【0030】
なお、文献「Preparation of Superconducting BaYCu7−y/Ag Composite Films by the Dipping−Pyrolysis Using Metal Naphthenates at750℃(T. Kumagai et al.、JJAP、Vol.30(1991)、No.7B、pp.L1268−L1270)」には、BaYCu7−y/Ag複合膜が示されているが、この複合膜の作製は、磁束ピンの形成を目的とするものではない。即ち、Y、Ba、Cuのナフテン酸塩に加えて、Agのナフテン酸塩をトルエン中に溶解して調製した原料溶液を用いてBaYCu7−y/Ag複合膜を作製することにより、イオン化されたAgを酸化物超電導薄膜中に原子として配置して、近接効果やストレスの緩和により特性向上を図るものであり、本発明のように、磁束ピンを形成させることを目的とするものではなく、また、Agを微粒子の形で導入するものでもない。
【0031】
請求項2に記載の発明は、
前記酸化物超電導薄膜が、塗布熱分解法を用いて製造された酸化物超電導薄膜であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導薄膜である。
【0032】
前記の発明は、特に、塗布熱分解法を用いて製造された酸化物超電導薄膜において、顕著な効果を発揮する。
【0033】
請求項3に記載の発明は、
前記酸化物超電導薄膜中における前記ナノ微粒子の分散密度が、1020〜1024個/mであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の酸化物超電導薄膜である。
【0034】
ナノ微粒子の分散密度が低すぎると、ピン止め効果を充分に発揮させることができない。一方、分散密度が高すぎると、超電導電流の流れを妨げIcを低下させる恐れがある。
【0035】
分散密度が、1020〜1024個/mであれば、これらの問題が発生することがない。なお、分散密度の調整は、前記した原料溶液におけるナノ微粒子溶液の添加量を調整することにより行うことができる。
【0036】
請求項4に記載の発明は、
前記ナノ微粒子の粒径が、5〜100nmであることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の酸化物超電導薄膜である。
【0037】
ナノ微粒子の粒径が小さすぎると、77K付近でのピン止め効果を充分に発揮させることができない。一方、粒径が大きすぎると、ピン止め効果が低下する。
【0038】
5〜100nmの粒径は、コヒーレンス長に対応したサイズであり、これらの問題が発生する恐れがない。
【0039】
請求項5に記載の発明は、
前記ナノ微粒子が、酸化物超電導薄膜の原料である有機金属化合物原料と反応しないナノ微粒子であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の酸化物超電導薄膜である。
【0040】
前記した通り、原料溶液中の有機金属化合物と反応しないナノ微粒子を用いることにより、酸化物超電導薄膜の形成時、組成のズレなどが生じることなく、所望する高いIcの酸化物超電導薄膜を得ることができる。
【0041】
請求項6に記載の発明は、
前記ナノ微粒子が、Ag(銀)、Pt(白金)、Au(金)、BaCeO(セリウム酸バリウム)、BaTiO(チタン酸バリウム)、BaZrO(ジルコン酸バリウム)、SrTiO(チタン酸ストロンチウム)の少なくとも1種類を含んでいることを特徴とする請求項5に記載の酸化物超電導薄膜である。
【0042】
前記した通り、それ自身が磁束ピンとして機能するナノ微粒子としては、Ag、Au、Pt、BaCeO、BaTiO、BaZrO、SrTiOのナノ微粒子が効果的である。
【0043】
請求項7に記載の発明は、
前記ナノ微粒子が、有機金属化合物と反応してナノ微粒子を生成する材料を用いて、前記有機金属化合物と反応させることにより生成されたナノ微粒子であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の酸化物超電導薄膜である。
【0044】
前記の通り、本発明者の検討によれば、Agなどの有機金属化合物と反応しないナノ微粒子を用いなくても、有機金属化合物と反応してナノ微粒子を生成する材料の溶液を原料溶液に添加する方法を採用することにより、酸化物超電導薄膜の形成時、有機金属化合物と反応して生成されたナノ微粒子が、同様に、磁束ピンとして機能することが分かった。
【0045】
そして、ナノ微粒子が酸化物超電導薄膜の形成時に生成されるため、酸化物超電導薄膜中におけるナノ微粒子の分散が均一となり、より安定した品質の酸化物超電導薄膜を得ることができる。
【0046】
請求項8に記載の発明は、
前記ナノ微粒子が、CeO(酸化セリウム)、ZrO(2酸化ジルコニウム)、SiC(炭化ケイ素)、TiN(窒化チタン)の少なくとも1種類のナノ微粒子と、原料溶液に含まれる有機金属化合物との反応により形成されたナノ微粒子であることを特徴とする請求項7に記載の酸化物超電導薄膜である。
【0047】
前記した通り、本焼熱処理時に原料溶液に含まれる有機金属化合物と反応して磁束ピンとして機能するピン化合物を生成するナノ微粒子としては、CeO、ZrO、SiC、TiNが効果的であり、それぞれ、BaCeO、BaZrO、YSi、BaTiOのナノ微粒子が生成されて、磁束ピンとして機能する。
【0048】
請求項9に記載の発明は、
有機金属化合物を溶媒に溶解した溶液に、磁束ピンとして機能するナノ微粒子を溶媒に溶解した溶液を所定量添加して、酸化物超電導薄膜用の原料溶液を調製し、
前記原料溶液を用いて、塗布熱分解法により、酸化物超電導薄膜を製造することを特徴とする酸化物超電導薄膜の製造方法である。
【0049】
有機金属化合物を溶媒に溶解した溶液(MOD溶液)の調製とは別に、ナノ微粒子の溶液を調製し、その後、MOD溶液に添加することにより、ナノ微粒子が適切に分散した原料溶液を調製することができる。
【0050】
そして、この原料溶液を用いて塗布熱分解法により、塗布、仮焼熱処理、本焼熱処理を施して、酸化物超電導薄膜を製造することにより、磁束ピンとして機能するナノ微粒子が適切に分散された高いIcの酸化物超電導薄膜を得ることができる。
【0051】
なお、ナノ微粒子の溶液のMOD溶液に対する添加量は、酸化物超電導薄膜の種類、膜厚や、採用する塗布熱分解法に応じて適宜決定される。
【0052】
請求項10に記載の発明は、
有機金属化合物を溶媒に溶解した溶液に、有機金属化合物と反応して磁束ピンとして機能するナノ微粒子を生成するナノ微粒子を溶媒に溶解した溶液を所定量添加して、酸化物超電導薄膜用の原料溶液を調製し、
前記原料溶液を用いて、塗布熱分解法により、酸化物超電導薄膜を製造することを特徴とする酸化物超電導薄膜の製造方法である。
【0053】
有機金属化合物と反応して磁束ピンとして機能するナノ微粒子を生成するナノ微粒子の溶液をMOD溶液に添加した原料溶液を用いて塗布熱分解法により、塗布、仮焼、本焼を施して、酸化物超電導薄膜を製造することにより、酸化物超電導薄膜形成時、有機金属化合物と反応して磁束ピンとして機能するナノ微粒子が生成されて、膜中に分散されるため、高いJcの酸化物超電導薄膜を製造することができる。
【0054】
請求項11に記載の発明は、
前記磁束ピンとして機能するナノ微粒子を溶媒に溶解した溶液、または、前記有機金属化合物と反応して磁束ピンとして機能するナノ微粒子を生成するナノ微粒子を溶媒に溶解した溶液に、分散剤を添加することを特徴とする請求項9または請求項10に記載の酸化物超電導薄膜の製造方法である。
【0055】
溶液中のナノ微粒子は、溶液中で凝集しやすいため、分散剤を添加して凝集の発生を抑制することにより、ナノ微粒子がより均一に分散した溶液を調製することができる。
【0056】
請求項12に記載の発明は、
有機金属化合物と反応して磁束ピンとして機能するナノ微粒子を生成するナノ微粒子との反応により消費される有機金属化合物の量を見込んで、溶液を調製することを特徴とする請求項10または請求項11に記載の酸化物超電導薄膜の製造方法である。
【0057】
MOD溶液に添加する溶液として、有機金属化合物と反応して磁束ピンとして機能するナノ微粒子を生成するナノ微粒子の溶液を用いた場合、磁束ピンの生成に伴い、反応に関係する有機金属化合物が消費されるため、前記した通り、酸化物超電導薄膜に組成のズレなどを生じる恐れがある。
【0058】
このため、この有機金属化合物の消費を予め見込んだ組成のMOD溶液を調製することにより、組成のズレなどの発生を抑制して、所望する酸化物超電導薄膜を得ることができる。
【発明の効果】
【0059】
本発明によれば、充分に高いIcを得ることができる酸化物超電導薄膜とその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】実施例において基板上の形成されたY123系酸化物超電導薄膜を模式的に示す断面図である。
【図2】比較例において基板上の形成されたY123系酸化物超電導薄膜を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0061】
以下、本発明を実施の形態に基づいて説明する。
【0062】
以下に、FF−MOD法を用いてY123系酸化物超電導薄膜を形成した実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。
【実施例】
【0063】
1.Y123系酸化物超電導薄膜の構成
図1は、実施例において基板上の形成された超電導薄膜を模式的に示す断面図である。図1に示すように、本実施例におけるY123系酸化物超電導薄膜中にはナノ微粒子が分散している。
【0064】
2.Y123系酸化物超電導薄膜の形成
(実施例1)
本実施例においては、ナノ微粒子としてPtナノ微粒子を用いて原料溶液を作製し、さらに、この原料溶液を用いてY123系酸化物超電導薄膜を形成した。
【0065】
(1)原料溶液の作製
(a)MOD溶液の作製
Y、Ba、Cuの各アセチルアセトナート錯体を、Y:Ba:Cuのモル比が1:2:3となるように調製してアルコールに溶解させ、有機金属化合物のアルコール溶液を作製した。
【0066】
(b)Ptナノ微粒子分散液
白金ナノコロイド溶液(粒径:10nm、Pt濃度:1wt%、溶媒:エタノール、分散剤にはC、H、O、N以外の元素は含まない)を使用した。
【0067】
(c)原料溶液の作製
作製された有機金属化合物のアルコール溶液と、Ptナノ微粒子分散液とを、Ptナノ微粒子の分散密度が1023個/mとなるように、混合することにより原料溶液を作製した。
【0068】
(2)Y123系酸化物超電導薄膜の作製
(a)仮焼熱処理工程
仮焼膜形成工程では、3層タイプの仮焼膜を作製した。
【0069】
基板として、SUS上に順にCu層、Ni層を形成させたクラッド基板の上に、CeO、YSZ、CeOの3層からなる中間層を設けた基板1を準備し、基板1上に、前記原料溶液を塗布し、塗膜の作製を行った。次に、作製した塗膜を大気雰囲気の下で500℃まで20℃/分の昇温速度で昇温後、2時間保持し、その後炉冷し、厚さ150nmの第1層目の仮焼膜を作製した。
【0070】
第1層目と同じ条件で、第2層目、第3層目の仮焼膜を作製した。
【0071】
(b)本焼熱処理工程
得られた3層タイプの仮焼膜を、酸素濃度100ppmのアルゴン/酸素混合ガス雰囲気下で780℃まで50℃/分の昇温スピードで昇温後、そのまま20分間保持して本焼熱処理を施した。本焼熱処理終了後、500℃まで約3時間で降温した時点でガス雰囲気を酸素濃度100vol%ガスに切り替えて、さらに約5時間かけて室温まで炉冷し、Y123系酸化物超電導薄膜を作製した。これにより、図1に示す厚さ450nmで、ナノ微粒子3の分散密度が1023個/mであるY123系酸化物超電導薄膜2を作製した。
【0072】
(実施例2)
Ptナノ微粒子の粒径を5nmと、分散密度を1024個/mとしたこと以外は、実施例1と同じ条件で、Y123系酸化物超電導薄膜を作製した。
【0073】
(実施例3)
Ptナノ微粒子の粒径を5nmとし、分散密度を1022個/mとしたこと以外は、実施例1と同じ条件で、Y123系酸化物超電導薄膜を作製した。
【0074】
(実施例4)
Ptナノ微粒子の粒径を100nmとし、分散密度を1022個/mとしたこと以外は、実施例1と同じ条件で、Y123系酸化物超電導薄膜を作製した。
【0075】
(実施例5)
Ptナノ微粒子の粒径を100nmとし、分散密度を1021個/mとしたこと以外は、実施例1と同じ条件で、Y123系酸化物超電導薄膜を作製した。
【0076】
(実施例6)
本実施例では、実施例1〜5のPtナノ微粒子に代えてSiCナノ微粒子を用いてナノ微粒子を作製した。
【0077】
(1)原料溶液の作製
(a)MOD溶液の作製
まず、Y、Ba、Cuの各アセチルアセトナート塩から出発してY:Ba:Cu=2:2:3の比率(モル比)で合成し、アルコールを溶媒としたMOD溶液を作製した。なお、MOD溶液のY3+,Ba2+、Cu2+を合わせた総カチオン濃度を1mol/Lとした。なお、Yの比率を2としたのは、Y123系酸化物超電導薄膜が形成される際に、SiCがYと反応してYSiを生成することを考慮したためである。
【0078】
(b)ナノ微粒子溶液の作製
粒径20nmで、1000mgのSiCナノ微粒子を12mlのアルコールに溶解してナノ微粒子溶液を作製した。このとき、分散剤を30mg添加した。
【0079】
(c)原料溶液の調製
MOD溶液1mlに、ナノ微粒子溶液30μlを混合して原料溶液を調製した。
【0080】
塗布、仮焼熱処理工程および本焼熱処理工程は、実施例1と同じ条件で行ってY123系酸化物超電導薄膜を作製した。
【0081】
その後、このY123系酸化物超電導薄膜中に、YSiが分散されていることを断面TEM観察とEDXによる組成分析により確認した。
【0082】
(比較例1)
ナノ微粒子溶液をMOD溶液に添加しなかったこと以外は、実施例1と同じ条件で、Y123系酸化物超電導薄膜を作製した。
【0083】
3.Y123系酸化物超電導薄膜の評価
(1)超電導特性
実施例1〜6およびナノ微粒子を添加しない比較例1で得られたY123系酸化物超電導薄膜を用いて、77K、自己磁場下において、Jcを測定した。表1に測定結果を示す。
【0084】
【表1】

【0085】
(2)考察
(a)実施例1〜5について
表1に示すように、実施例1〜5のY123系酸化物超電導薄膜は、比較例1と比べて高Jcを示している。これにより、分散したナノ微粒子が磁束ピンとして機能していることが確認できた。
【0086】
ただし、実施例2、3に示されるように、粒径が小さい場合、分散密度が低くなるとピン止め効果が低下し、Jcが低下する。また、実施例4、5に示されるように、粒径が大きい場合、分散密度が高くなると超電導電流のバスを阻害するためJcが低下する。従って、コヒーレンス長に対応した粒径サイズである5〜100nmの粒径に対し、ナノ微粒子の分散密度は1020〜1024個/mが好ましいことが分かる。
【0087】
(b)実施例6について
表1に示すように、実施例6は、比較例1と比べて高Jcを示している。これは、有機金属化合物と反応してナノ微粒子を生成する材料を用いても、有機金属化合物と反応して生成されたナノ微粒子(YSi)が、同様に、磁束ピンとして機能することを示している。
【0088】
(c)比較例1について
表1に示すように、比較例1は、Jcが実施例1〜6と比べて小さくなっている。これは、比較例1については、基板の中間層のCeOがY123系酸化物超電導薄膜の第1層目のY123系酸化物超電導層と反応して、境界部分に磁束ピン3が形成されているが、第2層目以降の膜中では、磁束ピンが形成されず、ピン止め点が不足しているためと考えられる。
【0089】
以上より、本発明によれば、MOD法により、高いJc、ひいては高いIcを有するY123系酸化物超電導薄膜を作製できることが分かる。なお、上記においては、ナノ微粒子としてPtナノ微粒子およびSiCナノ微粒子を用いた例について説明したが、Ag、Au、BaCeO、CeO、SrTiO、ZrO、CeO、ZrO、TiN等のナノ微粒子も、同様の磁束ピン止め機能を有していることが確認された。
【0090】
以上のように、本発明によれば、より高いJcおよびIcを有する酸化物超電導薄膜を形成することができる。
【0091】
以上、本発明を実施の形態に基づき説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0092】
1 基板
2 Y123系酸化物超電導薄膜
3 ナノ微粒子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜中に、磁束ピンとして機能するナノ微粒子が分散されている
ことを特徴とする酸化物超電導薄膜。
【請求項2】
前記酸化物超電導薄膜が、塗布熱分解法を用いて製造された酸化物超電導薄膜であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項3】
前記酸化物超電導薄膜中における前記ナノ微粒子の分散密度が、1020〜1024個/mであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項4】
前記ナノ微粒子の粒径が、5〜100nmであることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項5】
前記ナノ微粒子が、酸化物超電導薄膜の原料である有機金属化合物原料と反応しないナノ微粒子であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項6】
前記ナノ微粒子が、Ag(銀)、Pt(白金)、Au(金)、BaCeO(セリウム酸バリウム)、BaTiO(チタン酸バリウム)、BaZrO(ジルコン酸バリウム)、SrTiO(チタン酸ストロンチウム)の少なくとも1種類を含んでいることを特徴とする請求項5に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項7】
前記ナノ微粒子が、有機金属化合物と反応してナノ微粒子を生成する材料を用いて、前記有機金属化合物と反応させることにより生成されたナノ微粒子であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項8】
前記ナノ微粒子が、CeO(酸化セリウム)、ZrO(2酸化ジルコニウム)、SiC(炭化ケイ素)、TiN(窒化チタン)の少なくとも1種類のナノ微粒子と、原料溶液に含まれる有機金属化合物との反応により形成されたナノ微粒子であることを特徴とする請求項7に記載の酸化物超電導薄膜。
【請求項9】
有機金属化合物を溶媒に溶解した溶液に、磁束ピンとして機能するナノ微粒子を溶媒に溶解した溶液を所定量添加して、酸化物超電導薄膜用の原料溶液を調製し、
前記原料溶液を用いて、塗布熱分解法により、酸化物超電導薄膜を製造することを特徴とする酸化物超電導薄膜の製造方法。
【請求項10】
有機金属化合物を溶媒に溶解した溶液に、有機金属化合物と反応して磁束ピンとして機能するナノ微粒子を生成するナノ微粒子を溶媒に溶解した溶液を所定量添加して、酸化物超電導薄膜用の原料溶液を調製し、
前記原料溶液を用いて、塗布熱分解法により、酸化物超電導薄膜を製造することを特徴とする酸化物超電導薄膜の製造方法
【請求項11】
前記磁束ピンとして機能するナノ微粒子を溶媒に溶解した溶液、または、前記有機金属化合物と反応して磁束ピンとして機能するナノ微粒子を生成するナノ微粒子を溶媒に溶解した溶液に、分散剤を添加することを特徴とする請求項9または請求項10に記載の酸化物超電導薄膜の製造方法
【請求項12】
有機金属化合物と反応して磁束ピンとして機能するナノ微粒子を生成するナノ微粒子との反応により消費される有機金属化合物の量を見込んで、溶液を調製することを特徴とする請求項10または請求項11に記載の酸化物超電導薄膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−174564(P2012−174564A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−36535(P2011−36535)
【出願日】平成23年2月23日(2011.2.23)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】