説明

鋳鉄部材の製造方法、鋳鉄部材、及び車両用エンジン

【課題】鋳鉄材料の表面に形成される肉盛層中のブローホール又はピンホールなどのガス欠陥の発生を低減すると共に前記肉盛層のビード割れの発生を抑制することができる鋳鉄部材の製造方法を提供する。
【解決手段】肉盛のための材料をレーザ照射装置からのレーザの照射により溶融し、該溶融した材料を鋳鉄材料の一部の表面に溶着させて肉盛層を形成する工程を含む鋳鉄部材の製造方法であって、前記肉盛のための材料として銅元素を主材とした材料を用い、前記肉盛層が形成されたときに、0.01〜2.0mmの厚さの焼入れ層が前記鋳鉄材料の前記表面に形成されるように、前記肉盛層を形成する工程を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳鉄材料の表面に肉盛層(クラッド層)を形成する鋳鉄部材の製造方法に係り、特に、レーザにより溶融した肉盛材料を鋳鉄材料の表面に溶着させて肉盛層を形成する鋳鉄部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、エンジン用シリンダヘッドのバルブシートの耐久性を向上させるために、吸気バルブ、排気バルブが接触する接触表面にバルブシートとして耐摩耗性の肉盛層を形成することが行われる。該肉盛層の形成は、例えばレーザなどの高密度熱源を用いて、耐摩耗性材料(肉盛のための材料)を溶融し、該溶融した材料を前記接触表面に溶着させることにより行なわれることが多い。
【0003】
しかし、シリンダヘッド本体に鋳鉄材料を用いた場合には、鋳鉄材料は、カーボンの含有率が一般鋼材に比べて高く、特に表面には扁平状に長くて大きいA型黒鉛が存在するため、該黒鉛と大気に含まれる酸素とが肉盛時に反応し、二酸化炭素ガスが生成されることがある。このガス生成により、形成されるバルブシート(肉盛層)中にピンホール、ブローホールなどのガス欠陥が発生することがあった。
【0004】
一方、肉盛時に溶融した材料が溶着することにより前記鋳鉄材料の表面は加熱され、この表面を含む表層がチル化することがある。このチル化により、鋳鉄材料の表層が凝固収縮し、肉盛層にビード割れが発生することがあった。
【0005】
このような問題に鑑みて、鋳鉄材料の表面に肉盛層を形成する鋳鉄部材の製造方法の一例として、肉盛前に肉盛層を形成すべき鋳鉄材料の表面にブラスト処理を施して、鋳鉄材料の表面部にある黒鉛を予め除去し、この除去した表面部に肉盛層を形成する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。該肉盛方法によれば、鋳鉄材料の表面部から黒鉛部を予め除去したことにより、肉盛時における二酸化炭素ガスの生成が抑えられ、肉盛層中にガス欠陥が発生するのを抑制することができる。
【0006】
一方、前記ビード割れを防止する方法の一例として、Feよりも炭化物形成傾向が高い金属(例えば鋳鉄)とNi,Coの合金を鋳鉄表面に配置し、レーザにより、これら材料を溶融凝固させて肉盛を行う方法(例えば、特許文献2参照)や、鋳鉄製シリンダーライナ内面の最も摩擦の大きい領域を予熱した後、該領域にエネルギ密度の高いレーザ光を照射することにより、耐摩耗性、耐焼付性に優れた材料を溶着させて溶着層を肉盛形成する方法(例えば、特許文献3参照)が提案されている。
【0007】
【特許文献1】特開平1−111855号公報
【特許文献2】特開平1−104906号公報
【特許文献3】特開平1−104487号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1のように鋳鉄材料の表面にブラスト処理を施したとしても、その表面部にある黒鉛部を完全に除去することはできず、ガス欠陥の発生を抑制することは難しい。特に、鋳鉄製シリンダヘッド本体にバルブシートとして肉盛層を形成する場合には、シリンダヘッド本体の形状が複雑であるため、肉盛をすべき箇所から的確に黒鉛部を除去することは難しい。さらに、大型ディーゼル系エンジンの場合には、バルブシートとして肉盛層が形成される範囲が広く、肉盛層の凝固形態のバランスが崩れ易いため、わずかなピンホールの発生が肉盛層の割れに繋がるおそれもあった。
【0009】
一方、特許文献2のように肉盛をした場合には、肉盛材と鋳鉄材とを合金化させてビード割れを抑制し、特許文献3のように肉盛をした場合には、材料の溶融にレーザを用いることにより鋳鉄部材の熱影響領域を低減しビード割れを抑制することができるが、これらの肉盛方法を単に行っただけでは、黒鉛と酸素ガスとの反応を抑制しているわけではないので、肉盛層中のガス欠陥の発生を充分に抑制することができない。
【0010】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、鋳鉄材料の表面に形成される肉盛層中のブローホール又はピンホールなどのガス欠陥の発生を低減すると共に前記肉盛層のビード割れの発生を抑制することができる鋳鉄部材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る鋳鉄部材の製造方法は、肉盛のための材料(肉盛材料)をレーザ照射装置からのレーザの照射により溶融し、該溶融した材料を鋳鉄材料の一部の表面に溶着させて肉盛層を形成する工程を含む鋳鉄部材の製造方法であって、前記肉盛のための材料として銅元素を主材とした材料を用い、前記肉盛層が形成されたときに、0.01〜2.0mmの厚さの焼入れ層が前記鋳鉄材料の前記表面に形成されるようにして、前記肉盛層を形成する工程を行うことを特徴とする。
【0012】
前記の如く鋳鉄材料に肉盛層を形成することにより、肉盛層中のガス欠陥の発生を低減し、かつ肉盛層のビード割れの発生を抑制することができる。下記の実施例に示すように、焼入れ層の厚さが0.01mmよりも薄い場合には、肉盛層のビードが上手く形成され難く、焼入れ層の厚さが2.0mmよりも厚い場合には、肉盛層中にガス欠陥が発生し易く、肉盛層にビード割れも発生し易い。なお、このような厚さの焼き入層の形成は、肉盛層の形成を行う工程において、レーザの照射強度を調整したり、肉盛層が形成される速度を調整したりして行うことができる。
【0013】
本発明に係る肉盛方法において、前記肉盛のための材料として、酸素含有量が200ppm以下の材料を用いることがより好ましい。このように、酸素含有量を200ppm以下にすることにより、肉盛層中にガス欠陥が発生したとしても、車両用エンジンの使用環境に十分耐え得るバルブシート(肉盛層)を得ることができ、肉盛層にビード割れが発生することもない。そして、酸素含有量が200ppmよりも多い場合には、下記の実施例に示すように、その含有量の増加に伴ってガス欠陥が増加し、前記バルブシートとして用いるに充分な肉盛層を得ることができない。
【0014】
さらに、前記の如き肉盛をする場合には、アルゴン等の不活性ガスを肉盛すべき面に流しながら行うことがより好ましい。このようにして肉盛を行うことにより、大気中の酸素ガスの巻き込みを低減することができる。これにより、上述した肉盛材料の酸素含有量の低減と、不活性ガスによる大気中の酸素ガスの巻き込み量の低減の相乗効果により、肉盛層中のガス欠陥の発生をさらに低減することができる。
【0015】
本発明の鋳鉄部材の製造方法において、前記レーザの照射強度を、200W/mm以上に調整して、前記肉盛層を形成する工程を行うことが好ましい。該照射強度が200W/mmよりも小さい場合には、肉盛層のビードが形成され難い。
【0016】
また、別の態様としては、前記肉盛層を形成する工程は、前記鋳鉄材料の表面に、0.1〜1.0mmの厚み範囲となるように第一肉盛層を形成する工程と、該第一肉盛層の表面に、前記第一肉盛層の厚みの1.0倍〜19倍の厚み範囲となるように第二肉盛層を形成する工程と、を少なくとも含むことが好ましい。
【0017】
上記二つの工程を含む肉盛方法を行うことにより、第一肉盛層が鋳鉄材料の表面層にある黒鉛を封じ込め、ガス欠陥の発生を抑制することができる。さらに、第一肉盛層と第二肉盛層との二層の肉盛層を形成することにより、肉盛層の内部応力が緩和され、肉盛層のビード割れを抑制することができる。
【0018】
下記の実施例に示すように、第一肉盛層の厚みを0.1mmよりも薄くした場合には、第二肉盛層の形成後の肉盛層にビード割れが発生し易く、第二肉盛層の厚みを1.0mmよりも厚くした場合には、第二肉盛層の形成後の肉盛層中にガス欠陥が発生し易い。さらに、下記の実施例に示すように、第二肉盛層の厚みを第一肉盛層の厚みの19倍よりも厚くした場合には、第二肉盛層の凝固収縮時の応力によりビード割れを誘発するおそれがある。また、第二肉盛層の厚みを第一肉盛層の厚みの1.0倍よりも薄くした場合には、ガス欠陥の発生を充分に抑制することができない。
【0019】
前記第二肉盛層を形成する工程を、前記第二肉盛層が前記第一肉盛層の表面から外れないようにして行うことが好ましい。前記第一肉盛層の表面から外れないように、具体的には、第二肉盛層の溶けダレ等が第一肉盛層上から流れ出して鋳鉄材料に接触しないように、第二肉盛層をすることにより、ガス欠陥の発生を防止することができる。
【0020】
前記肉盛層を形成する工程の前処理工程として、前記鋳鉄材料の表面層に含まれる黒鉛及び該黒鉛中の油分を除去することができる強度以上、かつ、前記鋳鉄材料の表面が溶融する強度よりも小さい強度となるように、照射強度を調整したレーザを前記鋳鉄材料の表面に照射する工程を行うことが好ましい。前記前処理工程を行って黒鉛を除去することにより、酸素と黒鉛による二酸化炭素ガスの生成反応を低減することができる。また、レーザの照射強度は、鋳鉄材料の表面が溶融する強度よりも小さくなるように調整されているので、鋳鉄材料の最表面は、溶融によりチル化されることなく、母材となる鋳鉄材料表面の亀裂発生を防止することができる。さらに、このような前処理工程を、前記レーザ照射装置を用いて行えば、新たに設備投資をすること無く安価に実施可能である。
【0021】
特に、前記前処理工程において、前記鋳鉄材料の表面に照射されるレーザの入射エネルギが、10〜20J/mmの範囲となるように前記レーザの照射強度を調整することが好ましい。入射エネルギが10J/mmよりも小さい場合には、熱量が不足するため鋳鉄材料の最表面の黒鉛及び黒鉛中に含まれる油分を除去することができない。一方、入射エネルギが20J/mmよりも大きい場合には、鋳鉄材料の最表面が溶融によりチル化し、鋳造材料の表面に亀裂が発生する。
【0022】
より好ましい鋳鉄部材の製造方法としては、前記レーザ照射装置と前記鋳鉄材料のいずれか一方又は双方を、相対的に150mm/min〜600mm/minの速度範囲となるように移動させながら、前記肉盛層を形成する工程を行う。
【0023】
このような速度条件で肉盛層を形成することにより、確実にビード割れを低減することができる。前記相対的な速度(相対速度)が、150mm/minよりも小さいである場合には、肉盛層を構成するビードのリップ部が断続的となってしまうおそれがある。さらに、600mm/minよりも大きい場合には、前記レーザ照射装置の移動方向に沿ってビード割れが発生するおそれがある。
【0024】
さらに、本発明は、上記肉盛方法により得られた鋳造部材として、鋳鉄材料の一部の表面に肉盛層を形成した鋳鉄部材であって、前記肉盛層は銅元素を主材としており、前記鋳鉄材料の前記表面には0.01〜2.0mmの厚さの焼入れ層が形成されていることを特徴とする鋳鉄部材をも開示する。前記鋳鉄部材の肉盛層は、限定されるものではないが前記鋳鉄材料の表面に、0.1〜1.0mmの厚み範囲の第一肉盛層と、該第一肉盛層の表面に、前記第一肉盛層の厚みの1.0倍〜19倍の厚み範囲の第二肉盛層と、を備えていることが好ましい。
【0025】
前記鋳造部材は、ピンホール、ブローホールなどのガス欠陥、及び、肉盛層のビード割れが無いので、使用環境が厳しく安全性が重視される車両のエンジンなどに特に好適である。具体的には、前記鋳鉄部材が、車両のエンジンを構成するシリンダヘッドであり、この鋳鉄部材の表面に形成される肉盛層は、シリンダヘッドを構成するバルブシートであることが好ましい。
【発明の効果】
【0026】
本発明の鋳鉄部材の製造方法によれば、鋳鉄材料の表面に形成される肉盛層中のガス欠陥の発生及び前記肉盛層のビード割れの発生を抑制することができる。
【実施例】
【0027】
以下に、本発明を実施例により説明する。
【0028】
尚、以下の実施例では、図1に示すような鋳鉄材料(例えば、図1の場合はシリンダヘッド本体21)の表面22に、肉盛装置1を用いて、肉盛層(例えば図1の場合はバルブシート)23を形成することにより、鋳鉄部材20を製作している。
【0029】
[実施例1]
肉盛寸法200mm×500×150mmの鋳鉄材料(JIS規格:FC25相当)を準備し、この表面に肉盛のための材料(肉盛材料)として下記の表1に示すような銅元素を主材とした耐摩耗性材料の粉末を用いて肉盛した。具体的には、図1に示すように、粉末を不活性ガス(アルゴンガス)と共に搬送し、搬送した粉末にビーム照射面積が6.5×1.0mmのレーザ照射装置10からのレーザを照射することにより、前記粉末を溶融し、溶融した材料を鋳鉄材料の一部の表面に溶着させて肉盛層を形成した。また、レーザの照射強度は、肉盛層下層(鋳鉄材料の表面)に形成される焼入れ層が0.01〜2.0mmの範囲となるように、2.0kwとし、肉盛時における鋳鉄材料とレーザ照射装置との相対速度(加工速度)Vが500mm/minとなるように、移動させながら肉盛層を形成した。このようにして製造された鋳鉄部材の断面を顕微鏡で観察した。この結果を図2に示す。さらに、鋳鉄部材の肉盛層に対して、摺動速度0.3m/s,押付け荷重1.15MPaの条件で摩耗試験を行った。
【表1】

【0030】
[実施例2,3]
実施例1と同じようにして、鋳鉄材料の表面に肉盛層を形成し、鋳鉄部材を製作した。実施例2が、実施例1と異なる点は、レーザの照射強度を2.5kwとして、加工速度を500mm/minとした点である。また、実施例3が、実施例1と異なる点は、レーザの照射強度を2.5kwとして、加工速度を1000mm/minとした点である。このように製作された鋳鉄部材の断面を実施例1と同様に顕微鏡で観察した。これらの結果を図2に示す。
【0031】
[比較例1]
実施例1と同じようにして、鋳鉄材料の表面に肉盛層を形成し、鋳鉄部材を製作した。実施例1と異なる点は、焼入れ層が0.01mmよりも小さくなるように、レーザの照射強度を調整して鋳鉄材料の表面に肉盛した点である。
【0032】
[比較例2]
実施例1と同じようにして、鋳鉄材料の表面に肉盛層を形成し、鋳鉄部材を製作した。実施例1と異なる点は、焼入れ層が2.0mmよりも大きくなるように、レーザの照射強度を調整して鋳鉄材料の表面に肉盛した点である。
【0033】
[比較例3]
従来、バルブシートとしてシリンダヘッドに圧入する焼結材(JIS規格:SMF30相当)を準備し、実施例1と同じ条件で摩耗試験を行った。
【0034】
[結果1]
図2に示すように、実施例1〜3の肉盛層を形成した鋳鉄部材は、ガス欠陥もなく、ビード割れもなかった。しかし、比較例1の場合には、肉盛層のビードが形成され難かった。また、比較例2の場合には、肉盛層中にガス欠陥が含まれ、肉盛層にビード割れが発生した。また、図3に示すように、実施例1の鋳鉄部材は、比較例3のものに比べて耐摩耗性が向上した。
【0035】
[考察1]
このような肉盛層は、肉盛のための材料を溶融させる温度(1700℃以上)まで加熱して、鋳鉄材料の表面に溶着させることにより形成されるので、形成された肉盛層は、鋳鉄材料の表面(下地)の熱伝導によって自己冷却・凝固し形成される。その際に、鋳鉄材料は、焼入れ変態点温度以上に加熱され且つ冷却されるために、肉盛層下層に焼入れ層が形成される。そして、結果1より、0.01〜2.0mmの厚さの焼入れ層ができるような条件で肉盛を行えば、ピンホールなどのガス欠陥を低減させることができると共に、肉盛層のビード割れを抑制することができると考えられる。さらに、0.01mm以上の厚さの焼入れ層を形成するためには、少なくとも、レーザの照射強度を、200W/mm以上に調整することが望ましい。また、実施例1の鋳鉄部材が、比較例3のものに比べて耐摩耗性が向上したのは、材質そのものの影響と、肉盛層中のガス欠陥、肉盛層のビード割れがなかったことによると考えられる。
【0036】
[実施例4]
実施例1と同じようにして、鋳鉄材料の表面に肉盛層を形成し、鋳鉄部材を製作した。実施例1と相違する点は、前記肉盛材料として、酸素含有量が200ppm以下の材料(具体的には、酸素含有量が100ppm,200ppm)を用いた点である。そして、この鋳鉄部材の肉盛層の断面において、平均径が0.2mm以上のガス欠陥の個数と、平均径が0.4mm以上のガス欠陥の個数と、を測定した。この結果を図4に示す。尚、バルブシートに有害なガス欠陥(ピンホール)は、0.5mm以上のものである。
【0037】
[比較例4]
実施例4と同じようにして、鋳鉄材料の表面に肉盛層を形成し、鋳鉄部材を製作した。実施例4と相違する点は、前記肉盛のための材料として、酸素含有量が200ppmを超えた材料(具体的には、酸素含有量が250ppm,300ppm,350ppm,400ppm)を用いた点である。そして、実施例4と同じようにして、ガス欠陥の個数を測定した。この結果を図4に示す。
【0038】
[結果2]
図4に示すように、実施例4のように酸素含有量が200ppm以下の材料を肉盛材料として用いた場合には、平均径が0.4mm以上のガス欠陥はなかった。また、酸素含有量が100ppm以下の材料を用いた場合には、平均径が0.2mm以上のガス欠陥はなかった。実施例4,比較例4の結果からわかるように肉盛材料の酸素含有量が増加するに従って、ガス欠陥の個数が増加した。
【0039】
[考察2]
結果2にから、肉盛層中に形成されるガス欠陥は、粉末(肉盛のための材料)に含まれる酸素と鋳鉄材料の黒鉛とが反応して生成される二酸化炭素により発生すると考えられ、前記酸素含有量を低くすることによってガス欠陥の発生は大部分が抑制できると考えられる。そして、酸素含有量が200ppm以下であれば、バルブシートに有害な0.5mm以上のピンホールを抑制することができ、酸素含有量が100ppm以下であれば、平均径0.2mm以下のピンホールを抑制でき、さらに良質の肉盛層を形成することができる。
【0040】
[実施例5]
実施例1と同じようにして、鋳鉄材料の表面に肉盛層を形成し、鋳鉄部材を製作した。実施例1と異なる点は、図1に示すようなエンジンを構成するシリンダヘッドの本体(鋳鉄材料)21の表面22に肉盛層23を形成した点と、以下に示す二層からなる肉盛層を形成した点である。具体的には、肉盛層を形成する工程として、まず、鋳鉄材料の表面に、0.1mmの厚みとなるように第一肉盛層(一層目)を形成する工程を行った。次に、該第一肉盛層の表面に、厚みが1.9mm(第一肉盛層の19倍の厚み)となるように第二肉盛層(二層目)を形成する工程を行った。尚、第一肉盛層と第二肉盛層の材質は同じである。そして、この二層からなる肉盛層が形成された鋳鉄部材の断面を観察した。この結果を図5に示す。尚、図5に示す○は、ビード割れが無い場合、又は、ガス欠陥が殆ど無い場合である。また、△は、バルブシートの使用に支障が無いビード割れがある場合、又は、バルブシートの使用に支障が無いガス欠陥がある場合である。×は、バルブシートの使用には好ましくないビード割れがある場合、又は、バルブシートの使用には好ましくないガス欠陥がある場合である。
【0041】
[実施例6〜8]
実施例5と同じようにして、シリンダヘッド本体(鋳鉄材料)の表面に肉盛層を形成し、鋳鉄部材を製作した。実施例6が、実施例5と相違する点は、第一肉盛層の厚みを0.5mmに、第二肉盛層の厚みを1.5mm(第一肉盛層の3.0倍の厚み)にした点である。実施例7が、実施例5と相違する点は、第一肉盛層の厚みを0.8mmに、第二肉盛層の厚みを1.2mm(第一肉盛層の1.5倍の厚み)にした点である。さらに、実施例8が、実施例5と相違する点は、第一肉盛層を1.0mmに、第二肉盛層の厚みの1.0mm(第一肉盛層の1.0倍の厚み)にした点である。そして、これらの肉盛を行った鋳鉄部材に対しても、実施例5と同じ断面観察を行った。この結果を図5に示す。また、実施例6の鋳鉄部材の断面写真を図6に示す。
【0042】
[比較例5〜8]
実施例5と同じようにして、シリンダヘッド本体(鋳鉄材料)の表面に肉盛層を形成し、鋳鉄部材を製作した。比較例5〜8が、実施例5と相違する点は、図5に示すように、第一肉盛層の厚みを、0.1mmよりも薄くした(比較例5)、又は、1.0mmよりも厚くした(比較例6〜8)点であり、さらに、第二肉盛層の厚みを、第一肉盛層の厚みの3.0倍よりも厚くした(比較例5)、又は、第一肉盛層の厚みの1.0倍よりも薄くした(比較例6〜8)点である。そして、これらの肉盛層を形成した鋳鉄部材に対しても、実施例5と同じように断面観察を行った。この結果を図5に示す。
【0043】
[比較例9]
比較例2と同じようにして、一層のみの肉盛層を形成した。この鋳鉄部材の断面写真を図6に示す。
【0044】
[結果3]
図5、図6に示すように、実施例5〜8の鋳鉄部材の肉盛層には、バルブシートに用いるに支障のあるビード割れ、ガス欠陥は無かった。しかし、比較例5〜9の鋳鉄部材の肉盛層には、ビード割れ、ガス欠陥のいずれか一方があり、バルブシートとして使用できないものであった。
【0045】
[考察3]
第一肉盛層を、0.1〜1.0mmの厚み範囲にすれば、第二肉盛層へのカーボンの希釈を低減することができ、ガスの発生を封じ込めることができると考えられる。そして、比較例5の如く、第一肉盛層の厚さが第二肉盛層の厚さに比べて薄い(二層目が一層目の厚みの19倍よりも厚い)場合には、第二肉盛層の凝固収縮時の応力によりビード割れを誘発したと考えられる。また、比較例6〜8の如く、第一肉盛層の厚さが第二肉盛層の厚さに比べて厚い(二層目が一層目の厚みの1.0倍よりも薄い)場合には、比較例9のように、肉盛層にガス欠陥が含まれ、肉盛層を切削後のバルブシート最終形状表面に、ガス欠陥が空孔欠陥として露呈する場合もあり得る。よって、第一肉盛層の厚みの1.0倍〜19倍の厚み範囲となるように第二肉盛層を形成すれば、第二肉盛層の肉盛時の熱影響による割れの誘発も低減することができる。さらに、割れ、ガス欠陥の発生が無いより良質な肉盛層を形成するには、鋳鉄材料の表面に、0.5〜0.8mmの厚み範囲となるように第一肉盛層を形成し、第一肉盛層の厚みの1.5倍〜3.0倍の厚み範囲となるように第二肉盛層を形成することがより好ましいと考えられる。なお、第一肉盛層と第二肉盛層の材質が異なっていても、融点、熱膨張率等の材料特性が近いものであれば、略同様の結果が得られるものと考えられる。
【0046】
[実施例9]
実施例5と同じように、鋳鉄材料の表面に二層からなる肉盛層を形成し、鋳鉄部材を製造した。実施例5と相違する点は、図7に示すように第二肉盛層を形成する工程を、前記第二肉盛層が前記第一肉盛層の表面から外れないようにして行った(幅a>幅bとした)点である。そして、この肉盛層を形成した鋳鉄部材の断面を観察した。この結果を図7に示す。
【0047】
[比較例10]
実施例9と同じように、鋳鉄材料の表面に二層からなる肉盛層を形成し、鋳鉄部材を製造した。実施例5と相違する点は、図7に示すように、第二肉盛層を形成する工程を、前記第二肉盛層が前記第一肉盛層の表面から外れるようにして行った(幅a<幅bとした)点である。そして、この肉盛層を形成した鋳鉄部材の断面を観察した。この結果を図7に示す。
【0048】
[結果4]
図7に示すように、実施例9の肉盛層にはガス欠陥が無かったが、比較例10の肉盛層のはみ出し部分の近傍には、ガス欠陥ピンホール(ピンホール)が発生していた。
【0049】
[考察4]
比較例10のように、第二肉盛層の幅bが第一肉盛層の幅aよりも大きい場合には、その両端(はみ出し部分)で鋳鉄材料の黒鉛の巻き込みが起こり、その結果として、第二肉盛層中にガス欠陥が発生しやすい。また、肉盛材料は、肉盛時には溶融するため、溶けダレが発生することがある。よって、第一肉盛層に表面にあわせて、その表面上に同じ面積の第二肉盛層を肉盛った場合であっても、第二肉盛層の溶けダレが鋳鉄材料の表面に流れ込み、ガス欠陥を誘発するおそれも考えられる。よって、このような溶融、溶けダレをも想定して、第二肉盛層を形成する工程を、第二肉盛層が第一肉盛層の表面から外れないようにして行うことが望ましいと考えられる。
【0050】
[実施例10]
肉盛層の形成の前処理工程として、実施例1に用いたのと同様の鋳鉄材料の表面層に含まれる黒鉛及び該黒鉛中の油分を除去することができる強度以上、かつ、前記鋳鉄材料の表面が溶融する強度よりも小さい強度となるように、照射強度を調整したレーザを、前記鋳鉄材料の表面に照射した。具体的には、図8に示すように、レーザの出力を1.0kW又は1.5kWとし、鋳鉄材料の表面におけるレーザの入射エネルギが、10〜20J/mmの範囲となるように、レーザの調整を行った。そして、これらの鋳鉄材料の断面を観察した。この結果を図8に示す。さらに、実施例1と同様の肉盛層を形成して鋳鉄部材を製作し、該鋳鉄部材の断面を観察した。
【0051】
[比較例11]
実施例10と同じように前処理工程を行った。実施例10と異なる点は、鋳鉄材料の表面におけるレーザの入射エネルギを、10J/mmよりも小さくした、又は、20J/mmよりも大きくした点である。そして、実施例10と同様に、鋳鉄材料の断面を観察した。この結果を図8に示す。さらに、実施例10と同様に肉盛層を形成して鋳鉄部材を製作し、該鋳鉄部材の断面を観察した。
【0052】
[結果5]
実施例10の鋳鉄部材は、いずれもガス欠陥及び亀裂のない肉盛層が形成されたが、比較例11の鋳鉄部材のうち、前処理工程において20J/mmよりも大きいものは、最表面が溶融し、チル化が起こり母材表面に亀裂が発生し、肉盛層にビード割れが発生した。また、前処理工程において10J/mmよりも小さいものは、肉盛層中にガス欠陥が発生した。
【0053】
[考察5]
比較例11の如く、10J/mmよりも小さい場合には、黒鉛及び黒鉛中の油分を除去することができなかったため、肉盛層にガス欠陥が発生したと考えられる。一方、20J/mmよりも大きい場合には、鋳鉄材料のチル化により亀裂が発生し易く、この亀裂の発生により肉盛層にもビード割れが発生したものと考えられる。よって、実施例10の如く、鋳鉄材料の表面におけるレーザの入射エネルギが、10〜20J/mmの範囲となるようにレーザの調整を行えば、鋳鉄材料の表面に介在する黒鉛及び黒鉛中の油分を除去することができ、鋳鉄材料の表面が溶融しチル化することもないので、高品質の肉盛層を形成することができると考えられる。
【0054】
[実施例11]
実施例9と同じように、鋳鉄材料の表面に肉盛層を形成し、鋳鉄部材を製作した。実施例9と相違する点は、図1に示すレーザ照射装置10と鋳鉄材料(シリンダヘッド本体)21とを相対的に移動させる速度(加工速度)Vを、図9に示すように(●印に示すように)、150mm/min〜600mm/minの範囲にして肉盛層を形成した点である。そして、鋳鉄部材の外観及び断面の観察を行った。この結果を図9に示す。尚、本実施形態では、レーザ出力が、1.5kW以下のものは、ビードが形成されないので、それ以上のレーザ出力で肉盛を行っている。
【0055】
[比較例12]
実施例11と同じようにして、鋳鉄材料の表面に肉盛層を形成し、鋳鉄部材を製作した。実施例11と相違する点は、図9に示すように(×印に示すように)、相対移動速度(加工速度)Vを150mm/minよりも小さい又は600mm/minよりも大きい条件で、肉盛を行った点である。そして、肉盛層の外観及び断面の観察を行った。この結果を図9に示す。
【0056】
[結果6]
実施例11の鋳鉄部材には、肉盛層にはガス欠陥、ビード割れは見られなかった。比較例12のうち、下降速度が150minよりも小さい場合には、ビードのリップルが断続的となり(凹凸が激しくなり)、バルブシートとして使用可能な肉盛層が得られなかった。また、従来の一般的な一層の肉盛の場合には、バルブシート円周に対して垂直方向の不確定な位置に、図10の(a)に示すようにバルブシート(肉盛層のビード)を横断する横断割れが発生していたが、比較例12のうち加工速度が600minよりも大きい場合には、図10の(b)に示すようにバルブシートを縦断する縦断割れが発生した。
【0057】
[考察6]
比較例12の如き縦断割れは、ビードに対して円周並行に連続的に発生する割れ(現象)であるため、ビード全体への応力増加が原因と考えられる。このような割れの発生は、二層肉盛によって、ガス欠陥・局部横断割れ(ビード割れ)を抑制する一方で、ビード全体への応力増加したことによるものと考えられる。そして、加工速度に対する影響が非常に顕著に表れるのは、冷却速度を主因として、前記割れの要因となる応力が発生するからであると考えられる。よって、実施例11に示すように、加工速度が、150mm/min〜600mm/minの範囲にすることにより(具体的には従来の一層盛りの一般的な加工速度(900mm/min)よりも低下させて)肉盛層の冷却速度を低下し、肉盛層ビード全体に発生する応力を低減し、ビード割れの発生を回避できたと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本発明に係る鋳鉄部材の製造方法を説明するための図。
【図2】実施例1〜3の肉盛層の断面図。
【図3】実施例1と比較例3の耐摩耗試験の結果を示した図。
【図4】実施例4と比較例4における肉盛材料に含有する酸素含有量と、肉盛層におけるガス欠陥との関係を示した図。
【図5】実施例5〜7と比較例5〜8の肉盛層のガス欠陥(ピンホール)とビード割れとの結果を示した図。
【図6】実施例6と比較例9の肉盛層の断面を示した図。
【図7】実施例9と比較例10の肉盛層の断面を示した図。
【図8】実施例10と比較例11により、前処理工程において、レーザの最適な入射エネルギの条件を説明するための図。
【図9】実施例11と比較例12により、最適加工速度を説明するための図。
【図10】肉盛層の割れの形態を説明するための図。
【符号の説明】
【0059】
1:肉盛装置,10:レーザ照射装置,20:鋳鉄部材(シリンダヘッド),21:鋳鉄材料(シリンダヘッド本体),23:肉盛層(バルブシート)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
肉盛のための材料をレーザ照射装置からのレーザの照射により溶融し、該溶融した材料を鋳鉄材料の一部の表面に溶着させて肉盛層を形成する工程を含む鋳鉄部材の製造方法であって、
前記肉盛のための材料として銅元素を主材とした材料を用い、前記肉盛層が形成されたときに、0.01〜2.0mmの厚さの焼入れ層が前記鋳鉄材料の前記表面に形成されるようにして、前記肉盛層を形成する工程を行うことを特徴とする鋳鉄部材の製造方法。
【請求項2】
前記肉盛のための材料として、酸素含有量が200ppm以下の材料を用いることを特徴とする請求項1に記載の鋳鉄部材の製造方法。
【請求項3】
前記レーザの照射強度を200W/mm以上に調整して、前記肉盛層を形成する工程を行うことを特徴とする請求項1又は2に記載の鋳鉄部材の製造方法。
【請求項4】
前記肉盛層を形成する工程は、
前記鋳鉄材料の表面に、0.1〜1.0mmの厚み範囲となるように第一肉盛層を形成する工程と、
該第一肉盛層の表面に、前記第一肉盛層の厚みの1.0倍〜19倍の厚み範囲となるように第二肉盛層を形成する工程と、を少なくとも含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の鋳鉄部材の製造方法。
【請求項5】
前記第二肉盛層を形成する工程を、前記第二肉盛層が前記第一肉盛層の表面から外れないようにして行うことを特徴とする請求項4に記載の鋳鉄部材の製造方法。
【請求項6】
前記肉盛層を形成する工程の前処理工程として、前記鋳鉄材料の表面層に含まれる黒鉛及び該黒鉛中の油分を除去することができる強度以上、かつ、前記鋳鉄材料の表面が溶融する強度よりも小さい強度となるように、照射強度を調整したレーザを前記鋳鉄材料の表面に照射する工程を行うことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の鋳鉄部材の製造方法。
【請求項7】
前記鋳鉄材料の表面に照射されるレーザの入射エネルギが、10〜20J/mmの範囲となるように前記レーザの照射強度を調整することを特徴とする請求項6に記載の鋳鉄部材の製造方法。
【請求項8】
前記レーザ照射装置と前記鋳鉄材料のいずれか一方又は双方を、相対的に150mm/min〜600mm/minの速度範囲となるように移動させながら、前記肉盛層を形成する工程を行うことを特徴とする請求項4〜7のいずれかに記載の鋳鉄部材の製造方法。
【請求項9】
前記請求項1〜8のいずれかに記載の製造方法により肉盛層が形成された鋳鉄部材。
【請求項10】
鋳鉄材料の一部の表面に肉盛層を形成した鋳鉄部材であって、
前記肉盛層は銅元素を主材としており、前記鋳鉄材料の前記表面には0.01〜2.0mmの厚さの焼入れ層が形成されていることを特徴とする鋳鉄部材。
【請求項11】
前記肉盛層は、前記鋳鉄材料の表面に、0.1〜1.0mmの厚み範囲の第一肉盛層と、
該第一肉盛層の表面に、前記第一肉盛層の厚みの1.0倍〜19倍の厚み範囲の第二肉盛層と、を備えていることを特徴とする請求項10に記載の鋳鉄部材。
【請求項12】
前記請求項9〜11のいずれかに記載の鋳鉄部材を備えた車両用エンジンであって、前記鋳鉄部材は、車両用エンジンを構成するシリンダヘッドであり、前記肉盛層は、前記シリンダヘッドを構成するバルブシートであることを特徴とする車両用エンジン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−12564(P2008−12564A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−185846(P2006−185846)
【出願日】平成18年7月5日(2006.7.5)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】