説明

鋼材およびその製造方法ならびに焼入処理用鋼板

【課題】2.0GPa以上の引張強さ並びに良好な靭性及び延性を有する鋼材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で,C:0.33〜0.40%,Ni:2.0〜5.0%,Mn:0.01%以上0.5%未満,B:0.0001〜0.01%,Al:0.01〜3%,P:0.05%以下,S:0.03%以下,N:0.01%以下,さらに下記式(1)を満足する範囲でTiを,さらにCr:0.5%以下,Si:0.5%以下,Cu:1%以下,V:1%以下,Nb:1%以下,Mo:1%以下及びCo:3%以下からなる群から選択された1種又は2種以上を含有し,残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し,旧オーステナイト平均粒径が5μm以上であるマルテンサイトからなる鋼組織を有する。3.42N+0.001≦Ti≦3.42N+0.5(1)ここで,N及びTiは化学組成におけるN及びTiの含有量(質量%)をそれぞれ示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車のボデー構造部品、足回り部品等を始めとする機械構造部品等に使用される、靭性および延性に優れる鋼材およびその製造方法ならびにその鋼材の素材として好適な焼入処理用鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の軽量化のため、鋼材の高強度化を図り、使用重量を減ずる努力が進められている。自動車に広く使用される鋼板においては、鋼板強度の増加に伴って、プレス成形性が低下し、複雑な形状を製造することが困難になってきている。具体的には、延性が低下して加工度が高い部位で破断が生じる、スプリングバックや壁反りが大きくなり寸法精度が劣化する、といった問題が発生する。したがって、高強度、特に780MPa級以上の引張強さ(以下、単に「TS」とも表記する。)を有する鋼板を用いて、プレス成形により部品を製造することは容易ではない。
【0003】
一方、特許文献1に開示されているように、加熱した鋼板をプレス成形する熱間プレスと呼ばれる方法では、鋼板が高温で軟質かつ高延性となっている状態でプレス成形を施すため、複雑な形状を高い寸法精度で成形することが可能である。さらに、鋼板をオーステナイト域に加熱しておき、金型内で急冷(焼入れ)することにより、マルテンサイト変態による鋼材の高強度化が同時に達成できる。
【0004】
また、特許文献2には、室温で予め所定の形状に成形後、オーステナイト域に加熱し、金型内で急冷することによって、鋼板の成形性を確保するとともに成形後の鋼材を高強度化する予プレスクエンチ法が開示されている。
【0005】
このような熱間プレス法や予プレスクエンチ法は、成形時における鋼板の成形性と成形後の鋼材の高強度化とを同時に確保できる優れた成形方法である。
ところで、このようにして得られた鋼材の鋼組織は、一般に靭性に乏しいとされているマルテンサイト単相系組織である。
【0006】
そこで、特許文献3には、熱間プレス時の冷却速度を制御することにより鋼材の靭性改善を図ることが、特許文献4には、主に旧オーステナイト粒径を小さくすることで鋼材の靭性改善を図ることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】英国特許公報1490535号
【特許文献2】特開平10−96031号公報
【特許文献3】特開2004−353026号公報
【特許文献4】特開2006−152427号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、近年のさらなる高強度化のニーズに応えるべく、2.0GPa以上という極めて高い引張強さを有し、さらに、良好な靭性と延性とを有する鋼材およびその製造方法を提供すること、ならびにその鋼材の素材として好適な焼入処理用鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、2.0GPa以上の極めて高い引張強さを有しながら良好な靭性と延性とを有する鋼材を得るべく、以下のように鋭意検討を行った。
すなわち、Mnは、鋼の焼入性を高め、かつ焼入後の鋼材の強度を安定して確保することに特に有効な元素であることから、焼入後強度が1.5GPa程度である熱間プレス等の焼入処理用鋼板の主要成分として従来多用されてきた。
【0010】
しかし、焼入後強度が2.0GPa以上にもなると、Mn自身の偏析に起因する靭性の劣化が顕在化するとともに、粒界脆化の原因となるPなどの粒界偏析を助長するMnの作用による靭性の劣化も顕在化し、両者が相俟って著しい靭性の劣化をもたらす場合があることが判明した。
【0011】
したがって、焼入後強度を2.0GPa以上とする場合には、良好な靭性を確保するために、焼入後強度を1.5GPa程度とする従来技術に比して、Mn含有量の上限を厳格に制限する必要がある。
【0012】
そこで、Mn含有量の上限を厳格に制限したうえで、焼入後強度を2.0GPa以上とし、さらに良好な靭性を具備させる方法について検討を行った。
その結果、Mnと同様の効果を有し、さらに、劈開破壊強度を高めることにより靭性を大きく向上させる効果を有するNiを含有させるとともに、同じくMnと同様の効果を有し、さらに、粒界に偏析して粒界強度を高めることにより靭性を大きく改善する効果を有するBを含有させることにより、焼入後強度を2.0GPa以上とし、さらに良好な靭性を具備させることを着想した。
【0013】
しかし、上記思想に基づいて熱間プレス鋼材を実際に試作して靭性を確認したところ、上記Bの効果が得られる場合と得られない場合とがあることが判明した。
そこでさらに検討を進めたところ、粒界偏析を助長するMnの作用はBの粒界偏析にも影響を及ぼし、Mn含有量の上限を厳格に制限した場合には、Bが偏析する粒界面積の大小が鋼材の靭性に大きな影響を及ぼすことが判明した。
【0014】
すなわち、一般に靭性を向上させるには旧オーステナイト粒径が小さいほど好ましいとされているのであるが、旧オーステナイト粒径が小さいほどBが偏析する粒界面積が増加してしまうため、Mn含有量の上限を厳格に制限した場合には、粒界面積に比して粒界偏析するBの量が不足する場合が生じる可能性があり、そのような場合に上記Bの効果が十分に得られなくなることが判明したのである。
【0015】
したがって、本発明のようにMn含有量の上限を厳格に制限した場合には、従来技術における靭性向上の思想に倣って旧オーステナイト粒径を単に小さくすることを指向することは不適切であり、適度な旧オーステナイト粒径とすることが必要である。そして、このようにすることによって、良好な延性をも具備させることができるのである。
【0016】
本発明は、上記新知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
【0017】
(1)質量%で、C:0.33%以上0.40%以下、Ni:2.0%以上5.0%以下、Mn:0.01%以上0.5%未満、B:0.0001%以上0.01%以下、Al:0.01%以上3%以下、P:0.05%以下、S:0.03%以下、N:0.01%以下を含有し、さらに下記式(1)を満足する範囲でTiを含有し、さらにCr:0.5%以下、Si:0.5%以下、Cu:1%以下、V:1%以下、Nb:1%以下、Mo:1%以下およびCo:3%以下からなる群から選択された1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、旧オーステナイト平均粒径が5μm以上であるマルテンサイトからなる鋼組織を有し、引張強さが2.0GPa以上、全伸びが5%以上である機械特性を有することを特徴とする鋼材。
3.42N+0.001≦Ti≦3.42N+0.5 (1)
ここで、NおよびTiは化学組成におけるNおよびTiの含有量(単位:質量%)をそれぞれ示す。
【0018】
(2)上記(1)に記載の化学組成を有する鋼材をAc点以上の温度域に5分間以上保持した後に上部臨界冷却速度以上の冷却速度でMf点まで冷却する焼入処理を施すことを特徴とする鋼材の製造方法。
【0019】
(3)上記(1)に記載の化学組成を有し、上部臨界冷却速度が60℃/s以下であることを特徴とする焼入処理用鋼板。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、2.0GPa以上の引張強さを有し、さらに、良好な靭性と延性とを有する鋼材が提供される。また、その鋼材を安定的に製造する方法、およびその鋼材の素材として好適な焼入処理用鋼板も提供される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】Ac点および上部臨界冷却速度を測定するための試験片の形状の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係る鋼材およびその製造方法ならびに焼入処理用鋼板について説明する。以下の説明において、化学組成を規定する「%」は特にことわりがない限り「質量%」である。
【0023】
1.鋼材および焼入処理用鋼板の化学組成
(1)C:0.33%以上0.40%以下
Cは、鋼の焼入性を高め、かつ焼入後の鋼材の強度を主に決定する重要な元素である。C含有量が0.33%未満では焼入後の鋼材の強度で2.0GPa以上のTSを確保することが困難である。したがって、C含有量は0.33%以上とする。一方、C含有量が0.40%を超えると、焼入後の鋼材の強度が高くなりすぎて、靱性の劣化が著しくなる場合がある。したがって、C含有量は0.40%以下とする。好ましくは0.38%以下である。
【0024】
(2)Ni:2.0%以上5.0%以下
Niは、鋼の焼入性を高め、かつ焼入後の鋼材の強度を安定して確保することに特に有効な元素である。さらに、劈開破壊強度を高めることにより鋼材の靭性を大きく向上させる重要な元素でもある。Ni含有量が2.0%未満では上記効果を得ることが困難である。したがって、Ni含有量は2.0%以上とする。好ましくは3.0%以上である。一方、Ni含有量を5.0%超としても、上記効果は飽和してコスト的に不利となる。したがって、Ni含有量は5.0%以下とする。好ましくは4.0%以下である。
【0025】
(3)Mn:0.01%以上0.5%未満
Mnは、鋼の焼入性を高め、かつ焼入後の鋼材の強度を安定して確保することに特に有効な元素である。Mn含有量が0.01%未満では上記効果を得ることが困難である。したがって、Mn含有量は0.01%以上とする。好ましくは0.1%以上である。一方、Mn含有量が0.5%以上では、焼入後の鋼材の強度で2.0GPa以上のTSとした場合に、Mn自身の偏析に起因する靭性の劣化が顕在化するとともに、粒界脆化の原因となるPなどの粒界偏析を助長するMnの作用による靭性の劣化も顕在化し、両者が相俟って著しい靭性の劣化をもたらす場合がある。したがって、Mn含有量は0.5%未満とする。好ましくは0.2%以下である。
【0026】
(4)B:0.0001%以上0.01%以下
Bは、鋼の焼入性を高め、かつ焼入後の鋼材の強度を安定して確保することに特に有効な元素である。さらに、粒界に偏析して粒界強度を高めるとともに、焼入に際しての加熱工程におけるオーステナイトの過剰な粒成長を抑制することにより、焼入後の鋼材の靭性を大きく向上させる重要な元素でもある。B含有量が0.0001%未満では上記効果を得ることが困難である。したがって、B含有量は0.0001%以上とする。好ましくは0.0010%以上である。一方、B含有量が0.01%を超えると、上記効果は飽和してコスト的に不利となる。したがって、B含有量は0.01%以下とする。好ましくは0.0030%以下である。
【0027】
(5)Ti:3.42N+0.001≦Ti≦3.42N+0.5を満足する範囲
Tiは、Bに優先して鋼中のNと結合することにより、BがBNとなって浪費されることを抑制し、Bによる上記効果を向上させる効果を有する。Ti含有量が(3.42N+0.001)%未満(なお、3.42Nにおける「N」はN含有量(単位:質量%)を意味する。以下同じ)では、上記効果を得ることが困難である。したがってTi含有量は(3.42N+0.001)%以上とする。好ましくは(3.42N+0.02)%以上である。一方、Ti含有量が(3.42N+0.5)%を超えると、Ti系析出物が鋼中に多量に生成してしまい、焼入処理用鋼板および焼入後の鋼材の靭性の劣化が著しくなる場合がある。したがって、Ti含有量は(3.42N+0.5)%以下とする。好ましくは(3.42N+0.08)%以下である。
【0028】
(6)Al:0.01%以上3%以下
Alは、鋼の焼入性を高め、かつ焼入後の鋼材の強度を安定して確保することに効果のある元素である。さらに、鋼のMs点を上昇させることにより、焼入における自動焼戻しを助長して、焼入後の鋼材の靭性を向上させる効果を有する。Al含有量が、0.01%未満では上記効果を得ることが困難である。したがって、Al含有量は0.01%以上とする。好ましくは0.03%以上である。一方、Al含有量が3%を超えると、上記効果は飽和してコスト的に不利となる。したがって、Al含有量は3%以下とする。好ましくは1%以下である。
【0029】
(7)P:0.05%以下、S:0.03%以下、N:0.01%以下
P、SおよびNは、一般に不純物として含有される元素であるが、鋼の焼入性を高め、かつ焼入後の鋼材の強度を安定して確保することに効果のある元素でもある。したがって、積極的に含有させてもよい。しかし、各元素の含有量がそれぞれ上記上限を超えると、鋼材の靭性が著しく劣化する場合がある。したがって、P、SおよびNの含有量は上記範囲とする。なお、上記効果をより確実に得るには、P含有量は0.002%以上とすることが好ましく、S含有量は0.002%以上とすることが好ましく、N含有量は0.002%以上とすることが好ましい。
【0030】
(8)Cr:0.5%以下、Si:0.5%以下、Cu:1%以下、V:1%以下、Nb:1%以下、Mo:1%以下およびCo:3%以下からなる群から選択された1種または2種以上
これらの元素は、鋼の焼入性を高め、かつ焼入後の鋼材の強度を安定して確保することに効果のある元素である。さらに、Coは、鋼のMs点を上昇させることにより、焼入における自動焼戻しを助長して、焼入後の鋼材の靭性を向上させる効果を有する。したがって、これらの元素の1種または2種以上を含有させる。しかし、各元素の含有量がそれぞれ上記上限を超えると、上記効果は飽和してコスト的に不利となる。したがって、これらの元素の含有量は上記範囲とする。なお、上記効果をより確実に得るには、Cr含有量は0.005%以上とすることが好ましく、Si含有量は0.005%以上とすることが好ましく、Cu含有量は0.001以上とすることが好ましく、V含有量は0.001以上とすることが好ましく、Nb含有量は0.001以上とすることが好ましく、Mo含有量は0.001以上とすることが好ましく、Co含有量は0.01%以上とすることが好ましい。Co含有量は1%以上とすることがさらに好ましい。
【0031】
2.鋼材の鋼組織
鋼材の鋼組織は、旧オーステナイト平均粒径が5μm以上であるマルテンサイトからなるものとする。
【0032】
鋼組織がマルテンサイト以外の相や組織を含有すると、2.0GPa以上の引張強さを確保することが困難となったり、靭性の劣化が著しくなったりする場合がある。したがって、不可避的に混入する他の相や組織を除いて、鋼組織はマルテンサイトからなるものとする。不可避的に混入する他の相や組織としては、未変態のまま残存する残留オーステナイトや自動焼戻しで析出する炭化物が挙げられる。これらの体積率の合計が5%以下であれば実害がない。なお、本発明における「マルテンサイト」には自動焼戻しマルテンサイトが含まれる。
【0033】
旧オーステナイト粒径については、一般に旧オーステナイト粒径が細粒であるほど鋼材の靭性が向上するとされているので、鋼材の靭性を向上させる方法として旧オーステナイト粒径を細粒化することが指向される。
【0034】
しかしながら、旧オーステナイト粒径が小さいほどBが偏析する粒界面積が増加してしまうため、本発明のようにMn含有量の上限を厳格に制限した場合には、粒界面積に比して粒界偏析するBの量が不足する場合が生じる可能性があり、そのような場合に、粒界に偏析して粒界強度を高めることにより靭性を向上させるというBの効果が十分に得られなくなる。さらに、鋼材の延性の低下が著しくなる場合がある。このため、旧オーステナイト粒径の細粒化を単に指向することは不適切であり、適度な粒径が必要となる。
【0035】
したがって、2.0GPa以上の引張強さを有しながら良好な靭性と延性とを有する鋼材を得るために、本発明においては、旧オーステナイト平均粒径が5μm以上であるマルテンサイトからなる鋼組織とする。旧オーステナイト平均粒径は10μm以上であることが好ましい。旧オーステナイト平均粒径の上限は特に規定しないが、旧オーステナイト粒径が過度に粗粒になると、旧オーステナイト粒径の粗粒化による靭性劣化の影響が著しくなって、靭性の確保が困難となる場合がある。したがって、旧オーステナイト平均粒径は20μm以下とすることが好ましい。
【0036】
3.鋼材の機械特性
鋼材の機械特性は、引張強さが2.0GPa以上で、全伸びが5%以上であるものとする。
【0037】
近年の高強度化のニーズに応えるべく、鋼材の引張強さは2.0GPa以上とし、良好な靭性を具備させるために全伸びは5%以上とする。
なお、靱性の指標としては、1/4サイズのシャルピー試験における−40℃のシャルピー衝撃値が30J/cm以上であることが好ましい。
【0038】
また、鋼材の代表例としては、自動車用補強部品であるドアガードバーやバンパーレインフォースメントなどを例示することができる。これらは熱間プレスにより製造することが好ましい。
【0039】
4.鋼材の製造方法
上記鋼材の製造方法としては、上記化学組成を有する鋼材をAc点以上の温度域に5分間以上保持した後に上部臨界冷却速度以上の冷却速度でMf点まで冷却する焼入処理処理を施すことが好ましい。
【0040】
Ac点以上の温度域に保持するのは、鋼組織を一旦オーステナイト単相組織として、その後に上部臨界冷却速度以上の冷却速度でMf点まで冷却する焼入処理を施すことにより、マルテンサイトからなる鋼組織として2.0GPa以上のTSを確保するためである。保持温度は(Ac+100℃)以上であることが好ましい。保持温度の上限は特に規定する必要はないが、上述したように旧オーステナイト平均粒径が20μm以下となる条件とすることが好ましい。
【0041】
また、Ac点以上の温度域に5分間以上保持するのは、オーステナイト単相組織としてから粒成長を促してオーステナイト平均粒径を5μm以上とし、その後に上部臨界冷却速度以上の冷却速度でMf点まで冷却する焼入処理を施すことにより得られる鋼材の旧オーステナイト平均粒径を5μm以上として、良好な靭性と延性とを確保するためである。保持時間は10分間以上であることが好ましい。保持時間の上限は特に規定する必要はないが、上述したように旧オーステナイト平均粒径が20μm以下となる条件とすることが好ましい。
【0042】
Ac点以上の温度域に5分間以上保持する鋼材は、平坦な鋼板であってもよく、予め所定の形状に成形された鋼材であってもよい。
また、Ac点以上の温度域に5分間以上保持した後であって、上部臨界冷却速度以上の冷却速度でMf点まで冷却する焼入処理を施す前に、鋼材に成形を施してもよい。また、上部臨界冷却速度以上の冷却速度でMf点まで冷却する焼入処理を施すと同時に鋼材に成形を施してもよい。鋼材が軟質で加工性に富む状態である、熱間あるいは温間で成形を施すことになるので、寸法精度の高い鋼材を得ることが可能となり好ましい。
【0043】
上記成形の態様は特に制限されることはなく、目的とする鋼材の形状に応じて適宜選択すればよい。例えば、曲げ成形、絞り成形、張出し成形、穴拡げ成形、フランジ成形が挙げられる。
【0044】
また、成形を施す手段も特に制限されることはなく、目的とする成形の態様に応じて適宜選択すればよい。例えば、プレス金型を用いてプレス成形を施してもよく、ロールを用いてロール成形を施してもよい。
【0045】
プレス金型を用いてプレス成形を施す熱間プレス法によれば、上部臨界冷却速度以上の冷却速度でMf点まで冷却する焼入処理をプレス金型により行うことができ、成形工程と焼入処理工程とを一体化することが可能となるので好ましい。
【0046】
焼入処理後は、スケール除去目的でショットブラスト処理を施してもよい。このショットブラスト処理には、鋼材の表面に圧縮応力を導入する効果があるため、遅れ破壊が抑制され、また疲労強度が向上するという利点がある。
【0047】
5.焼入処理用鋼板
本発明の焼入処理用鋼板は、上記化学組成を有し、上部臨界冷却速度が60℃/s以下であるものとする。
【0048】
化学組成の規定については上述したとおりである。
上部臨界冷却速度が60℃/s超では、焼入処理の態様によってはマルテンサイトからなる鋼組織を得ることが困難となる場合がある。したがって、上部臨界冷却速度は60℃/s以下とする。好ましくは30℃/s以下である。例えば、熱間プレスでは、鋼製金型により鋼材の冷却が施されるのが常法であるが、この場合、上記冷却における冷却速度は通常60℃/s以上である。
【0049】
なお、焼入処理用鋼板の鋼組織や機械特性は特に規定する必要はない。焼入処理に際してAc点以上の温度域に保持されることにより、焼入処理用鋼板が常温にて、すなわち焼き入れ処理前の段階で有していた鋼組織はキャンセルされ、また、焼入処理用鋼板が常温にて有していた機械特性は、焼入処理直前または焼入処理中における成形性に影響を及ぼさないからである。したがって、焼入処理用鋼板は、熱延鋼板および冷延鋼板(フルハード材、焼鈍材)ならびにそれらのいずれかを基材としためっき鋼板のいずれであってもよく、その製造方法については特に限定はしない。焼入処理用鋼板がめっき鋼板である場合におけるめっき層は、電気めっき層であってもよく溶融めっき層であってもよい。電気めっき層としては、電気亜鉛めっき、電気Zn−Ni合金めっき等が例示される。溶融めっき層としては、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、溶融アルミニウムめっき、溶融Zn−Al合金めっき、溶融Zn−Al−Mg合金めっき、溶融Zn−Al−Mg−Si合金めっき等が例示される。
【0050】
但し、焼入処理に際してのAc点以上の温度域に保持する前に成形を施す場合には、できるだけ軟質で成形性の良好な鋼板であることが望ましいので、例えば、引張強さが590MPa以下である機械特性を有することが好ましい。
【実施例】
【0051】
以下に本発明の実施例について説明する。
実験室において溶製した表1に示す化学組成を有するスラブを、1250℃にて30分間加熱した後、900℃以上で熱間圧延を行い、板厚6mmの鋼板とした。熱間圧延後は、600℃まで水スプレー冷却したのち炉に装入し、600℃で30分間保持した後、20℃/時で室温まで徐冷することにより、熱延巻取工程を模擬した。このようにして得られた熱延鋼板について、表面研削によりスケールを除去し、冷間圧延にて板厚2.7mmとした。このようにして得られた冷延鋼板から厚さ2.7mm、幅110mm、長さ240mmの試験片を採取し、空燃比を1.1に設定した加熱炉(ガス炉)内で表2に示す条件で加熱し、加熱炉から取り出し、その直後に平板の鋼製金型を用いて、熱間プレスを行った。なお、保持時間とは、加熱炉に装入後、Ac点に達した時から加熱炉から取り出すまでの時間をいう。また鋼板に熱電対を貼付して冷却速度の測定も行った。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

【0054】
このようにして得られた試験材について、切断法による旧オーステナイト粒径測定、引張試験(JIS5号試験片)を行った。
また、1/4サイズ(板厚:2.5mm)のVノッチシャルピー試験片を作製し、シャルピー衝撃試験に供した。靱性は、−40℃における衝撃値が30J/cm以上となる場合に合格と評価した。
【0055】
なお各鋼種のAc点および上部臨界冷却速度は、次の方法にて測定した。
上記熱延鋼板から直径3.0mm、長さ10mmの円柱試験片(図1)を切り出し、不活性ガス雰囲気中で900℃まで10℃/秒の昇温速度にて加熱し、その温度で5分間保持したのち、種々の冷却速度で室温まで冷却した。そのときの加熱中の熱膨張変化を測定することによりAc点を測定した。また、冷却中の熱膨張変化の測定、得られた試験片のビッカース硬度測定(荷重49N、測定数:3)および組織観察を行い、それらの結果から上部臨界冷却速度を見積もった。
【0056】
なお、表1および2における、化学組成、製造条件、鋼組織の特性および機械特性を示す数値に下線が付されたものは、本発明の規定の範囲外であることを示している。
本発明例である例No.1〜6は、引張強さが2.0GPa以上で、良好な性能を有することがわかる。一方、比較例である例No.7〜11では、化学組成が本発明範囲を満足しないため、いずれかの性能が不芳であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.33%以上0.40%以下、Ni:2.0%以上5.0%以下、Mn:0.01%以上0.5%未満、B:0.0001%以上0.01%以下、Al:0.01%以上3%以下、P:0.05%以下、S:0.03%以下、N:0.01%以下を含有し、さらに下記式(1)を満足する範囲でTiを含有し、さらにCr:0.5%以下、Si:0.5%以下、Cu:1%以下、V:1%以下、Nb:1%以下、Mo:1%以下およびCo:3%以下からなる群から選択された1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不純物からなる化学組成を有し、旧オーステナイト平均粒径が5μm以上であるマルテンサイトからなる鋼組織を有し、引張強さが2.0GPa以上、全伸びが5%以上である機械特性を有することを特徴とする鋼材。
3.42N+0.001≦Ti≦3.42N+0.5 (1)
ここで、NおよびTiは化学組成におけるNおよびTiの含有量(単位:質量%)をそれぞれ示す。
【請求項2】
請求項1に記載の化学組成を有する鋼材をAc点以上の温度域に5分間以上保持した後に上部臨界冷却速度以上の冷却速度でMf点まで冷却する焼入処理を施すことを特徴とする鋼材の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の化学組成を有し、上部臨界冷却速度が60℃/s以下であることを特徴とする焼入処理用鋼板。

【図1】
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【公開番号】特開2012−1802(P2012−1802A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−140689(P2010−140689)
【出願日】平成22年6月21日(2010.6.21)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】