説明

鋼材の腐食診断方法

【課題】鋼材の腐食進行状態を判定する腐食診断方法を提供する。
【解決手段】赤外線温度検出器で鋼材表面の温度分布(検出する赤外線の波長は2〜15μm、好ましくは3〜14μm、測定ピッチ1μm〜10mmの面マッピング)を測定し、得られた温度分布より腐食が進行している部分を特定する。赤外線温度検出器で鋼材表面の温度分布を定期的に測定し、測定回ごとに温度分布を比較し、その変化をもとに腐食の進行状況を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腐食の進行状態を検知する鋼材の腐食診断方法に関し、特に耐候性鋼や塗覆装鋼板のように鋼板表面が保護層の下となり、外観からは腐食の進行状態が観察できないものに適用して好適なものに関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁や建築物などの鋼構造物は、腐食しないように鋼材表面を保護層で被覆する防錆処理を施したり、耐候性鋼を用いて製造することが一般的である。防錆処理における保護層として、使用環境に応じて各種の、めっきや塗装が提案されている。また、埋設鋼管の場合は、電気防食と塗覆装が併用されている。
【0003】
耐候性鋼は鋼材表面に安定錆を形成して腐食の進行を抑制するもので、構造用鋼として要求される溶接性や強度を備えた耐候性鋼(JISG3114)、より耐候性に優れる高耐候性鋼(JISG3125)、および海岸近傍の海塩粒子が多い環境下でも優れた耐候性を発揮する海岸耐候性鋼(特許文献1)が開発されている。
【0004】
また、海岸耐候性鋼における流れ錆を抑制するため、安定錆を鋼板表面に積極的に形成する塗料も開発されている(特許文献2)。
【0005】
しかしながら、防錆処理に用いられる、めっきや塗装は、定期的なメンテナンスが必要で、例えば、埋設鋼管の場合は、塗覆装や電気防食の損傷を防食電流や防食電位に基づいて判定することが提案されている(例えば、特許文献3)。
【0006】
耐候性鋼を用いた鋼構造物の場合は、より長期に優れた耐候性が確保されるようにその構造を工夫したり(例えば、特許文献4)、鋼構造物において水平面の上面となる鋼材は、原板状態と鋼構造物となった状態でその上面となる面に有機被覆を施すことが提案されている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−212697号公報
【特許文献2】特開2005−53059号公報
【特許文献3】特開2007−33133号公報
【特許文献4】特開2001−27139号公報
【特許文献5】特開2000−164387号公報
【特許文献6】特開2008−134221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、耐候性鋼で安定錆を形成するための塗料が母材の表面に塗布されている場合、錆は母材と塗料の間に形成されるので、塗料が残っている場合は、安定錆が形成された時期が不明である。
【0009】
また、鋼構造物が設置された環境やその形状によっては、外観上、錆が形成されるものの保護層として十分な特性を備えた安定錆でなく、腐食の進行が止まらない場合がある。同様に、塗覆装された鋼構造物が、外観上、錆の発生は認められないものの、塗膜下において腐食が進行している場合のあることが橋梁の定期検査などで発見されている。
【0010】
すなわち、全面的に錆が生じている鋼材であっても、鋼材の腐食は全ての錆の下で均一に進行しているわけではなく、腐食の進行が停止している部位であれば、必ずしも養生する必要はない。構造物のメンテナンスにおいて重要なことは腐食が進行している部分を正確に把握し、今後の腐食の進行を抑制することにある。
【0011】
特許文献6は、赤外線配管診断方法に関し、赤外線を鋼管に照射して得られた、温度変化分布パターンに基づいて肉厚分布を推定し、劣化を診断することが記載されているが、腐食が現在、進行しているか、既に停止しているかの判定はできない。
【0012】
そこで、本発明は、耐候性鋼や塗覆装された鋼板で、外からは観察できない腐食の進行状態を、非接触で検知することが可能な鋼材の腐食診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の課題は以下の手段で達成可能である。
1.赤外線温度検出器で鋼材表面の温度分布を測定し、得られた温度分布より腐食が進行している部分を特定することを特徴とする鋼材の腐食診断方法。
2.赤外線温度検出器で鋼材表面の温度分布を定期的に測定し、測定回ごとに温度分布を比較し、その変化をもとに腐食の進行状況を判定することを特徴とする鋼材の腐食診断方法。
3.赤外線温度検出器が検出する赤外線の波長は2〜15μmで、鋼材表面の温度分布は測定ピッチ1μm〜10mmの面マッピングによるものであることを特徴とする1または2に記載の鋼材の腐食診断方法。
4.鋼材が耐候性鋼または塗覆装鋼板であることを特徴とする1ないし3のいずれか一つに記載の鋼材の腐食診断方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来、外観から識別できなかった耐候性鋼や塗覆装鋼板における進行中の腐食状態を把握することが可能となるため、鋼構造物に適切なメンテナンスを施して腐食の進行を停止させ、落橋など不測の事故を防止することが可能で産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明法を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、鋼材の腐食反応が下記の式(1)などで示される発熱反応であることに着眼し、発熱する際の赤外線を検知し、鋼材表面において、現に、腐食が進行している部分を特定することを特徴とする。
【0017】
Fe+3/4O+3/2HO→Fe(OH)+394kJ/mol・・・(1) 鋼材の腐食反応が生じるためには、鋼材が濡れていることが必要で、相対湿度が100%であるか、付着している塩が化学凝縮によって潮解する相対湿度以上でなければならない。多くの場合、大気中で付着する塩が、潮解し水溶液を形成する相対湿度はISOでは80%以上とされている。
【0018】
図1は本発明に係る腐食診断方法を説明する図で、被測定物(鋼材)から放出される赤外線を検知器で測定する。検知器は鋼材の腐食によって発熱する際の赤外線が検知可能、かつ非腐食部位との識別が可能なものを使用する。
【0019】
鋼板表面が錆に覆われている場合や膜厚が1mm以下程度の塗装に覆われている場合において、鋼板表面での電気化学的腐食の進行による発熱を検知可能とするため、波長:2〜15μm、更に好ましくは、波長:3〜14μmの赤外線が検出可能な検知器を用いる。また、腐食が停止している部位との境界を識別するため、温度分解能の上限を以下に述べる理由により0.1℃とする。
【0020】
式(1)より、1gの鉄(Fe)が腐食する際に発生する熱量は、1679cal/gである。大気腐食の場合、厳しい腐食環境における腐食速度は、100μm/year程度であり、日本国内の平均的な濡れ時間約3500h/yearを腐食している期間とすると、1時間の腐食量は2.24×10−4g/cm/hとなる。
【0021】
これに上記鉄が腐食する際に発生する熱量を当てはめると、1時間で発生する熱量は0.3766cal/cm/hとなる。さらに、水膜厚さ50μmとして単位面積あたりの水の量は0.005g/cm、鋼材の比熱を0.1、鋼材板厚を10mmとして、発生した熱量が水と鋼材の温度上昇に使われるものとすると、1時間で上昇する温度は3.5869℃/hとなる。
【0022】
実際には空気中や鋼材への放熱があり、腐食の発生部位に対し、これだけの温度差が腐食している間、常に維持されるとは限らない。検知器に、0.1℃程度の分解能があれば、計測が可能である。
【0023】
検知器からの信号処理は、最終的に温度分布が得られるものであればよく、本発明では特定しない。例えば、検知器からのアナログ出力を増幅したのちAD変換し、デジタル信号で温度画像表示すると、信号処理が容易で、種々の情報が得られて好ましい。
【0024】
また、検知器の測定視野の寸法は特定しないが、鋼材表面の温度分布は測定ピッチ1μm〜10mmの面マッピングによるものとすることが好ましい。
【0025】
腐食の形態が孔径1mm以下の孔食が進行中か停止しているかを測定できるように、測定ピッチを1μm以上とすることが好ましく、更に、測定ピッチが1μm程度の微小ピッチで測定する場合、顕微観察を併用することが好ましい。
【0026】
腐食部位の大きさが、測定ピッチを1μm未満として測定される場合、たとえ、腐食が進行しても構造物の安全性に対する影響は軽微で、かつ温度分布を得るために長時間要することとなるため、1μm以上とすることが好ましい。
【0027】
一方、構造物の広い領域で腐食反応が進行している場合、10mm以下の測定ピッチで把握されることが多いので、測定ピッチは1μm〜10mmとすることが好ましい。
【0028】
本発明で用いる検出器は、波長:2〜15μmの赤外線が検出可能で、0.1℃以下の温度分解能を有する赤外線温度検出器(赤外線サーモグラフィー)とすることが好ましい。
【0029】
赤外線サーモグラフィは1.測定対象を面とし、その温度分布を可視化情報として表示可能、2.非接触計測が可能、3.リアルタイムの温度計測が可能の特徴を有するので、本発明の温度検知器として用いた場合、1.広い範囲の表面温度の分布を相対的に評価が可能、2.被測定物が微小であっても外乱を与えずに測定可能などのメリットを生かすことができる。
【0030】
本発明に係る鋼材の腐食診断方法を定期的に行って測定回ごとの温度分布を比較すると、進行していた腐食の停止や新たな腐食の開始、または腐食の継続進行など腐食の進行状態を判定することが可能である。
【0031】
腐食の発熱反応による温度上昇量(発熱量)と腐食量の関係を予めもとめておき、測定回毎の発熱量を腐食量に変換して累積すると、測定当初からの腐食量がもとまるので、部材の交換や補修などにおいて適切な管理が可能となる。
【0032】
本発明は、腐食の発熱反応により腐食の進行している部分の温度が上昇し、当該部分から発生する赤外線を検知することを測定原理とするので、耐候性鋼や塗覆装鋼板のように鋼板表面が保護層の下であっても、腐食の進行している部分の発熱によって保護層が加熱されれば腐食状況の判定が可能である。
【0033】
一方、外観上、錆や孔食が観察されても、現に腐食が進行していなければ、発熱反応がなく、当該錆や孔食は加熱されないので、停止しているとの判定が可能である。
【0034】
なお、本発明の適用においては、測定しようとする部分に直射日光が当たる場合、構造物が部分的に加熱されるので、測定には適さない。天候は、曇りの日さらに雨の日であることが好ましい。
【実施例】
【0035】
無塗装材と塗装材を腐食環境において腐食させた後、赤外線サーモグラフィの測定波長を種々変化させて材料表面における腐食進行状態を測定した。無塗装材と塗装材ともに素材は普通鋼で、板厚5mm、幅50mm、長さ100mmの矩形とした。
【0036】
無塗装材は材料の表面全面に20μm厚のNaCl層を形成し、40℃、90%の相対湿度環境に24時間放置して腐食状態とした。
【0037】
塗装材は、塗膜に径100μmの孔を複数個あけて、下地鋼を露出させた後、5%濃度の塩水で表面を覆った状態で、40℃、90%の相対湿度環境に24時間放置して腐食状態とした。なお、塗膜の膜厚は、50〜3000μmとした。
【0038】
無塗装材と塗装材ともに、赤外線サーモグラフィでの、面温度分布において0.01℃以上の温度差が観察された場合、現に、腐食の進行している部分が測定されたものとみなした。赤外線サーモグラフィは、温度分解能0.1℃以下のものを用い、面温度分布は材料表面の全面での温度分布とした。測定時の無塗装材と塗装材の表面温度は40℃であった。
【0039】
表1に測定結果を示す。赤外線サーモグラフィの測定波長を4〜13μmとした場合、面温度分布において0.1℃以上の温度差が観察された。周囲より0.1℃以上高温となる部分が現に、腐食が進行中の部分とみなすことが可能である。
【0040】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外線温度検出器で鋼材表面の温度を測定し、得られた温度分布より腐食が進行している部分を特定することを特徴とする鋼材の腐食診断方法。
【請求項2】
赤外線温度検出器で鋼材表面の温度分布を定期的に測定し、測定回ごとの温度分布を比較し、その変化をもとに腐食の進行状況を判定することを特徴とする鋼材の腐食診断方法。
【請求項3】
赤外線温度検出器が検出する赤外線の波長は2〜15μmで、鋼材表面の温度分布は測定ピッチ1μm〜10mmの面マッピングによるものであることを特徴とする請求項1または2記載の鋼材の腐食診断方法。
【請求項4】
鋼材が耐候性鋼または塗覆装鋼板であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一つに記載の鋼材の腐食診断方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−191082(P2011−191082A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−55288(P2010−55288)
【出願日】平成22年3月12日(2010.3.12)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】