説明

鋼材の錆防止方法

【課題】 ステンシルを付与することができ、ステンシルを付与するまでの期間中における僅かな錆をも防止することができ、さらに、長期間における防錆効果を発揮し、特に、沿岸部における長期的な屋外保管、海上輸送等の過酷な環境条件においても、鋼材に錆が発生することを効果的に防止することができる鋼材の錆防止方法を提供する。
【解決手段】防錆添加剤を含有するアクリル系樹脂エマルションを下塗り用防錆剤として塗布する工程、前記下塗り用防錆剤が乾燥した後にステンシルを付与する工程、および上塗り用防錆剤として、添加剤を配合したアルキド樹脂溶液を塗布する工程を有する鋼材の錆防止方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材の保管中、輸送中等において鋼材に発生する錆を防止するための方法に関し、特に、ステンシルを付与する必要がある鋼材における、鋼材の錆を防止するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、鋼材は、製造後、需要者に至るまでの間に、表面に錆が発生することを防止し、製品の品質を保持するため、その表面に防錆剤が塗布される。特に、鋼材を沿岸部において保管する場合や、海上輸送中においては、塩水の影響で鋼材表面に錆が発生し易い状況となっている。よって、このような状況下においては、鋼材を十分に防錆することがより重要となる。
【0003】
鋼材を防錆するための方法等として、特許文献1には、アルキド樹脂系の防錆油を用いて、工程の雰囲気温度を所定の温度に設定することによって、早期に防錆油を乾燥させる防錆油の乾燥方法が記載されている。
【0004】
特許文献2には、予熱した鋳鉄管外面に、カルボキシル基を有する水性ウレタン樹脂を結合剤とする水系ジンクリッチ塗料を塗布し、次いでアクリル樹脂系エマルションを塗布し、形成された複層塗膜を前記予熱により乾燥させることを特徴とする鋳鉄管外面の塗装方法が記載されている。
【0005】
特許文献3には、40〜60℃の温度領域で5分以内という短時間に硬化し、かつ搬送ロールによるロール疵を自己修復し得る安価な一時防錆剤およびその一時防錆剤を塗布されてなる一時防錆剤被覆鋼材が記載されている。
【0006】
特許文献4には、ロジン、グァヤク樹脂等の天然樹脂またはその変性品の1種以上を含有する鋼管用防錆剤原料、およびこの原料を溶剤で希釈した鋼管用防錆剤組成物が記載されている。
【特許文献1】特開昭54−101551号公報
【特許文献2】特開平8−141498号公報
【特許文献3】特開平10−157003号公報
【特許文献4】特開2002−339086号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
製造された鋼材においては、その鋼材の製造者、規格、寸法等を表示するためのステンシルが付される。このようなステンシルが付された鋼材において、鋼材の表面に錆が発生すると、錆の発生により鋼材の品質が劣化するだけでなく、製品を識別するためのステンシルが錆の影響により消え、読み取れなくなるという、さらなる問題が生じる。
【0008】
鋼材は通常の工場環境(加熱炉、冷却設備等があり、温度、湿度が比較的高い環境)において、鋼材の製造の直後から僅かずつではあるが錆が発生する。よって、鋼材の製造後、できるだけ早く防錆処理(以下、「一次防錆」ということがある。)を施して、錆の発生を防止しなければならない。
【0009】
また、ステンシルを付与する前に、鋼材の品質を検査するため、鋼材には、超音波探傷試験あるいは湿式磁粉探傷試験等の品質検査試験が行われる。よって、上記の一次防錆は、これらの試験結果が得られるまでの短期間(100日程度)鋼材が屋内あるいは屋外に保管されたとしても、鋼材に錆が発生するのを防止するものである必要がある。
【0010】
また、上記の品質検査試験においては、接触媒質あるいは検査液の溶媒として水を使用することから、一次防錆により生じた防錆被膜が、水に対して良好な濡れ性を有していることが必要である。
【0011】
また、製造した鋼材に二次加工を施す場合がある。例えば、鋼材の一種である鋼管の端部にネジ継手部を加工するが、ネジ継手部に潤滑性等を付与するため、リン酸被膜処理等が施されることがある。このように後の工程で二次加工を施す場合でも、鋼材には製造直後に一次防錆が施される。よって、一次防錆により生じた防錆被膜には、後の工程におけるリン酸被膜処理等により、防錆被膜の表面が変色しないことや、防錆被膜成分が溶け出してリン酸被膜処理液(脱脂液は強アルカリ性で、リン酸液は強酸性である。)を汚さないことが必要である。
【0012】
また、鋼材には、品質検査後において、上記したステンシルが付される。よって、鋼材における第一防錆により生じた防錆被膜は、このステンシルを付与することが可能であることが必要である。つまり、たとえ防錆被膜が良好な防錆性を有していたとしても、防錆被膜上に、ステンシルのインキを弾いたりするものであってはならない。
【0013】
さらに、鋼材は、上記の一次防錆の後に、上塗り用防錆剤を塗布して防錆処理(二次防錆)を施して、長期(数ヶ月以上)の防錆効果を求める場合もある。よって、上記の一次防錆により生じた防錆被膜は、その上に、上塗り用防錆剤を塗布することができるものであることが必要である。
【0014】
しかし、特許文献1に記載の発明は、早期に防錆油を乾燥するための方法であって、防錆被膜上にステンシルを付与することを目的とするものではない。さらに、この発明においては、アルキド樹脂系の防錆剤を用いているが、通常、アルキド樹脂からなる防錆被膜上にステンシルを付与した場合、樹脂に塗料が弾かれて文字が確認し辛くなったり、ステンシル塗料の上に防錆膜が無い故に、ステンシルが直接外気に暴露されたり、ステンシル部分が直接擦れたりするため、劣化、磨耗によりステンシルが読み取れにくくなる場合がある。よって、この発明では上記の課題を解決することはできない。
【0015】
また、特許文献2に記載の発明は、複層塗膜を熱した鋳鉄管の予熱により乾燥させる、鋳鉄管外面の塗装方法であって、大気汚染防止、省資源を目的とするものであり、防錆被膜上にステンシルを付与することを目的とするものではない。よって、この発明では上記の課題を解決することはできなかった。
【0016】
また、特許文献3に記載の発明は、特定の溶剤を含有する防錆剤であって、低温迅速硬化性と自己修復性に優れたものであるが、防錆被膜上にステンシルを付与することを目的とするものではない。また、樹脂の主成分はウレタン変性アルキド樹脂であることが好ましいとされている。ステンシルの塗料は、樹脂に塗料が弾かれてステンシル文字が確認できなくなる場合、ステンシル塗料の上に防錆膜が無い故に、ステンシルが直接外気に暴露し、擦れることにより、読み取りにくくなる場合があり、ステンシルを付与することはできない。よって、この発明では上記の課題を解決することはできなかった。
【0017】
また、特許文献4に記載の発明は、天然樹脂の1種以上を含有する鋼管用防錆原料およびこれを溶剤で希釈した原料であり、主に、環境問題の観点から、従来用いられていた乾燥剤(鉛石鹸)使用しなくても、防錆被膜の乾燥性を向上させ、良好な防錆性を提供するものであり、防錆被膜上にステンシルを付与することを目的とするものではない。よって、この発明では上記の課題を解決することはできなかった。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、またステンシルを付与することができ、鋼材を製造した直後からステンシルを付与するまでの期間中における僅かな錆をも防止することができ、さらに長期間における防錆効果を付与し、特に、沿岸部における長期的な屋外保管、海上輸送等の過酷な環境条件においても錆が発生することを効果的に防止できる方法を見出し、以下の発明を完成した。
【0019】
本発明は、防錆添加剤を含有するアクリル系樹脂エマルションを下塗り用防錆剤として塗布する工程、前記下塗り用防錆剤が乾燥した後にステンシルを付与する工程、および上塗り用防錆剤として、添加剤を配合したアルキド樹脂溶液を塗布する工程を有する鋼材の錆防止方法である。
【0020】
上記の錆防止方法において、前記下塗り用防錆剤は、下塗り用防錆剤全体を100質量%として、前記防錆添加剤を0.1〜4.0質量%、前記粘度調整剤を0〜5.0質量%、アクリル系樹脂を20〜50質量%を含有し、残部が水で構成されるアクリル系エマルションであることが好ましく、
前記防錆添加剤は、有機酸、アミン、モリブデン酸ソーダおよび亜硝酸ソーダからなる群から選ばれる一種または二種以上であることが好ましく、
前記粘度調整剤は、アクリル酸および/またはメタクリル酸、を単量体単位として有する重合体あるいは共重合体のアンモニウム塩またはアミン塩であることが好ましく、
前記アクリル系樹脂は、単量体混合物全体を100質量%として、メタクリル酸エステル50〜80質量%、アクリル酸エステル20〜50質量%を含有する単量体混合物を重合して得られる重合体であることが好ましい。
【0021】
上記の錆防止方法において、前記下塗り用防錆剤は、下塗り用防錆剤全体を100質量%として、さらに造膜助剤を0.1〜5質量%含んでいることが好ましい。
【0022】
上記の錆防止方法において、前記上塗り用防錆剤は、上塗り用防錆剤全体を100質量%として、前記添加剤を0.1〜10.0質量%、アルキド樹脂を30〜70質量%、石油系炭化水素を28〜68質量%含有するアルキド樹脂溶液であることが好ましく、
前記添加剤は、ナトリウムスルフォネート、バリウムスルフォネート、カルシウムスルフォネート、アビエチン酸ビスマス、ナフテン酸コバルトおよびナフテン酸鉛からなる群から選ばれる一種または二種以上であることが好ましい。
【0023】
上記の錆防止方法において、下塗り用防錆剤を塗布する際の鋼材の温度は15〜99℃であり、上塗り用防錆剤を塗布する際の鋼材の温度は0〜100℃であることが好ましい。
【0024】
上記の錆防止方法において、下塗り用防錆剤中のアクリル系樹脂は、単量体混合物全体を100質量%として、メタクリル酸エステル50〜79質量%、アクリル酸エステル20〜49質量%、スチレン1〜20質量%を含有する単量体混合物を重合して得られる重合体であることが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、下塗り用防錆剤を鋼材の製造の直後に塗布して防錆被膜を形成し、ステンシルを付与するまでの期間中における僅かな錆をも防止することができる。また、下塗り用防錆剤が乾燥した後には、その防錆被膜上にステンシルを付与することができる。さらに、上塗り用防錆剤を塗布することによって、長期間における防錆効果を付与し、特に、沿岸部における長期的な屋外保管、海上輸送等の過酷な環境条件においても、鋼材に錆が発生することを効果的に防止することができる。また、本発明によれば、下塗り用防錆剤による防錆被膜と、上塗り用防錆剤による防錆被膜との間にステンシルが付与された状態となるので、ステンシルを長期間、明確に維持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明の鋼材の錆防止方法は、下塗り防錆剤を塗布する工程、ステンシルを付与する工程、および上塗り防錆剤を塗布する工程からなる。
【0027】
以下、本発明の鋼材の錆防止方法を、工程順に説明する。
【0028】
<下塗り防錆剤を塗布する工程>
本発明の鋼材の錆防止方法においては、鋼板、鋼管等の鋼材を、鋳造、圧延、熱処理等の過程を経て製造した直後に、下塗り用防錆剤が塗布される。
【0029】
下塗り用防錆剤の塗布方法としては、特に限定はなく、例えば、スプレー塗布、刷毛塗り等を挙げることができるが、鋼材に均一に、高能率で塗布できる点から、スプレー塗布が好ましい。また、刷毛塗りの場合は、防錆剤の塗布時に気泡が発生することはないが、スプレー塗布による場合は、スプレーする際の圧力によっては気泡が発生する可能性がある。そこで、このような気泡の発生を防止するために、スプレー圧力は0.5MPa以下にすることが好ましい。
【0030】
下塗り用防錆剤は、鋼材の全面に塗布される。例えば、鋼板の場合は、裏、表および側面のすべてに塗布されるし、鋼管の場合は、鋼管の外周面および端面、場合によっては鋼管の管内面にも塗布される。
【0031】
下塗り用防錆剤を塗布する際の鋼材の温度は、15〜99℃であることが好ましく、50〜80℃であることがより好ましい。鋼材の温度が低すぎると、下塗り用防錆剤を乾燥する時間が長くなってしまう。また、鋼材の温度が高すぎると、溶媒である水が沸騰してしまい、防錆被膜の成膜性が悪くなり、防錆被膜上にステンシルを付するのが困難になる。
【0032】
下塗り用防錆剤は、防錆添加剤を必須成分として含有し、粘度調整剤を任意成分として含有する、アクリル系樹脂エマルションである。
【0033】
下塗り用防錆剤を塗布後、これが乾燥して防錆被膜が形成されるまでの間、下塗り用防錆剤が垂れ流れるのを防止して、防錆被膜が防錆効果を発揮するために必要な膜厚を保持できるようにする必要がある。このために下塗り用防錆剤には、以下に説明する粘度調整剤が添加されている。
【0034】
粘度調整剤としては、このような効果を奏するものであれば制限なく使用することができるが、下塗り用防錆剤を塗布して形成される防錆被膜はアクリル系樹脂からなるものであることから、このような防錆被膜の成形性に影響を及ぼしにくい、アクリル酸および/またはメタクリル酸、を単量体単位として有する重合体あるいは共重合体のアンモニウム塩またはアミン塩であることが好ましい。また、単量体単位として、さらにアクリル酸エステルおよび/またはメタクリル酸エステルを有する共重合体のアンモニウム塩またはアミン塩であってもよい。
【0035】
下塗り用防錆剤を塗布して形成した防錆被膜は、乾燥時の膜厚が5〜20μmであることが好ましい。このような膜厚を維持するために、下塗り用防錆剤に加える粘度調整剤の添加量を調整する。粘度調整剤の添加量は、下塗り用防錆剤全体の質量を基準(100質量%)として、5.0質量%以下であることが好ましく、0.2〜2.0質量%であることがより好ましい。
【0036】
下塗り用防錆剤が乾燥して防錆被膜を形成するまでの間においても、鋼材に錆が発生するのを防止する必要がある。一般に、防錆剤が乾燥した後の防錆被膜により錆を防止する効果が十分であったとしても、既に鋼材に錆が発生している場合は、成膜後においてもこの錆が基点となって、錆が拡散していく。よって、本発明においては、下塗り用防錆剤に防錆添加剤を添加して、下塗り用防錆剤が乾燥して防錆被膜を形成するまでの間においても、防錆効果を及ぼし、鋼材に錆が発生するのを十分に防止している。
【0037】
防錆添加剤としては、水の存在下において鋼材に錆が発生するのを防止する効果のあるものであれば限定なく用いることができる。その中でも、下塗り防錆剤が乾燥した後の防錆被膜の成膜性に影響を及ぼしにくい防錆添加剤として、有機酸、アミン、モリブデン酸ソーダおよび亜硝酸ソーダからなる群から選ばれる一種、または二種以上の混合物を挙げることができる。
【0038】
上記有機酸の例としては、炭素数6〜12の飽和または不飽和の脂肪族モノカルボン酸あるいは脂肪族ジカルボン酸、安息香酸等を挙げることができる。
【0039】
上記アミンの例としては、モノエタノールアミン、ジエチルモノエタノールアミン、モノイソプロパノールアミン等の炭素数2〜12のアミノアルコール、モノメチルアミン、ジエチルアミン等の炭素数1〜6のアルキルアミン、およびシクロヘキシルアミン等を挙げることができる。
【0040】
モリブデン酸ソーダ、亜硝酸ソーダは、上記有機酸、アミンと組み合わせて使用すると防錆添加剤としてより効果的に作用する。これらは、成膜性に影響を及ぼさない範囲において防錆添加剤として使用することができる。
【0041】
防錆添加剤の添加量は、下塗り用防錆剤全体の質量を基準(100質量%)として、0.1〜4.0質量%であることが好ましく、0.2〜2.0質量%であることがより好ましい。防錆添加剤の添加量が少なすぎると、防錆被膜が形成されるまでの防錆効果が不十分となり、また、防錆添加剤の添加量が多すぎると、樹脂の成膜性や耐水性に影響を及ぼし結果的に防錆性が悪化するからである。
【0042】
下塗り用防錆剤としては、上記した防錆添加剤、任意成分としての粘度調整剤を含有するアクリル系樹脂エマルションが用いられる。ここで、防錆剤を塗布、乾燥後に形成される防錆被膜に必要な性能としては、短期間(例えば、100日程度)の錆止め性ではあるが、屋内だけでなく屋外で保管され、風雨にさらされた場合においても錆止め性を保持しなければならない。よって、下塗り用防錆剤を塗布し形成した防錆被膜には、耐水性や耐光性が必要となる。そこで、本発明においては、これらの機能を保持するために、下塗り用防錆剤において、アクリル系の樹脂を用いている。
【0043】
アクリル系樹脂の例としては、メタクリル酸アルキルエステル,メタクリル酸シクロヘキシルエステルおよびアクリル酸アルキルエステルを含有する単量体混合物を重合して得られる重合体を挙げることができる。メタクリル酸アルキルエステルおよびアクリル酸アルキルエステルは、それぞれ一種類であっても二種類以上の混合物であってもよく、アルキル基は、炭素数1〜8のアルキル基、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、2−エチルヘキシル基等を挙げることができる。
【0044】
単量体混合物の配合割合としては、単量体混合物全体の質量を基準(100質量%)として、メタクリル酸アルキルエステルを50〜80質量%、アクリル酸アルキルエステルを20〜50質量%の割合とすることが好ましい。
【0045】
また、乾燥被膜の強度を増すため、スチレンを配合し強度を調整することができる。スチレンの配合量としては、単量体混合物全体の質量を基準(100質量%)として、アクリル系99〜80質量%に対し、1〜20質量%であることが好ましい。
【0046】
本発明において用いる下塗り用防錆剤は、下塗り用防錆剤全体の質量を基準(100質量%)として、上記の防錆添加剤を0.1〜4.0質量%、粘度調整剤を0〜5.0質量%、アクリル系樹脂を20〜50質量%含有し、残部が水で構成されるアクリル系エマルションであることが好ましい。また、水を含有するエマルションとすることによって、火災、大気汚染、作業環境に対して有機溶剤系より安全であり、さらに、塗布後に大掛かりな局排装置や、揮発したガスによる爆発等の危険がないため、比較的安価に一次防錆剤が適用できるという効果が得られる。
【0047】
また、下塗り用防錆剤は、防錆剤の塗布時の鋼材の温度によっては、適切な被膜を形成するのが難しくなるため、それを補うために、さらに造膜助剤を含有していてもよい。造膜助剤としては、エチレングリコールモノ2−エチルヘキシルエーテル、ジプロピレングリコールモノブチルエーテル等を挙げることができる。造膜助剤の配合割合としては、下塗り用防錆剤全体の質量を基準(100質量%)として、0.1〜5質量%であることが好ましい。
【0048】
下塗り用防錆剤には、防錆被膜の性能を損なわない範囲において、必要に応じて防腐剤、消泡剤等を添加することも可能である。また、防腐剤、消泡剤等の種類としては、防錆皮膜に影響を及ぼさないものを選定する必要がある。
【0049】
下塗り用防錆剤を塗布して、これを乾燥することにより形成した防錆被膜は、防錆添加剤、場合によっては、粘度調整剤、造膜助剤を含有するアクリル系樹脂により形成されている。この防錆被膜には、以下において説明するステンシルを良好に付与することができる。
【0050】
また、上記の防錆被膜は水に対する濡れ性が良好である。よって、鋼材に対して行われる品質検査において、溶媒等として水が使用された場合、品質検査を容易かつ適正に行うことができる。
【0051】
また、上記の防錆被膜は、リン酸被膜処理等が施されたとしても、表面が変色したり、また、防錆被膜成分が溶け出したりすることはない。
【0052】
また、上記の防錆被膜は、その上に、以下において説明する上塗り用防錆剤を塗布することができる。
【0053】
<ステンシルを付与する工程>
鋼材に下塗り用防錆剤を塗布し、この下塗り用防錆剤が乾燥して形成された防錆被膜上に、ステンシルが付与される。ここで、ステンシルとは、品質検査をクリアした鋼材に対して、その鋼材の製造者(製造社名等)、規格、寸法、重量等を表示する印刷をいう。
【0054】
ステンシルにおいて使用するインクとしては、下塗り用防錆剤および上塗り用防錆剤の双方と相性が良いものである必要があり、例えば、セルロース系樹脂等からなるインクを使用することができる。
【0055】
<上塗り防錆剤を塗布する工程>
下塗り用防錆剤からなる防錆被膜にステンシルが付与された後、この上には、上塗り用防錆剤が塗布される。
【0056】
上塗り用防錆剤の塗布方法としては、特に限定はなく、例えば、スプレー塗布、刷毛塗り等を挙げることができるが、均一塗布できることからスプレー塗布による方法が望ましい。
【0057】
上塗り用防錆剤は、添加剤を配合したアルキド樹脂溶液である。また、上塗り用防錆剤は、上塗り用防錆剤全体の質量を基準(100質量%)として、前記添加剤を0.1〜10.0質量%含有することが好ましく、0.2〜5.0質量%含有することがさらに好ましい。また、アルキド樹脂を、30〜70質量%含有することが好ましく、40〜60質量%含有することがさらに好ましい。また、石油系炭化水素を、28〜68質量%含有することが好ましい。
【0058】
上記の添加剤の例としては、ナトリウムスルフォネート、バリウムスルフォネート、カルシウムスルフォネート、アビエチン酸ビスマス、ナフテン酸コバルトおよびナフテン酸鉛からなる群から選ばれる一種または二種以上の混合物を挙げることができる。
【0059】
上記のアルキド樹脂とは、多価アルコールと多価カルボン酸の縮重合体をいい、例えば、フタル酸とグリセリンからなる縮重合体を用いることができ、その他、油変性アルキド樹脂、ロジン変性アルキド樹脂、フェノール変性アルキド樹脂等の各種の変性アルキド樹脂を用いることもできるが、特に亜麻仁油変性アルキド樹脂を用いることが好ましい。
【0060】
上記の石油系炭化水素とは、例えば、灯汕、石油スピリット、キシレン、イソパラフィンなどを挙げることができる。
【0061】
また、長期の錆止め効果を保持するためには、上塗り用防錆剤を塗布して形成される防錆被膜は、10〜50μmの乾燥時の膜厚を有する均一な被膜である必要がある。このような被膜を形成するためには、鋼材温度、乾燥時間、上塗り用防錆剤の粘度、上塗り用防錆剤の濃度の4つの因子を設定する必要がある。
【0062】
上塗り用防錆剤を塗布後、石油系炭化水素が蒸発して、防錆被膜が形成される。この時、上塗り用防錆剤の塗布時の鋼材の温度が高いと、上塗り用防錆剤の粘度が下がって、垂れ落ちてしまうので、必要な膜厚が得られないという問題が生じる。また、上塗り用防錆剤の塗布時の鋼材の温度が、さらに高いと、石油系炭化水素が即座に蒸発し乾燥してしまうので、不均一な防錆被膜となってしまう。また、鋼材の温度が低すぎると乾燥時間が長くなり、上塗り用防錆剤が垂れ落ちてしまうという問題が生じる。以上より、所定の鋼材温度とするとともに、その鋼材温度に合わせて、上塗り用防錆剤の乾燥時間、粘度および濃度を決定する必要がある。
【0063】
鋼材温度は、0〜100℃であり通常の作業により決定され、上塗り用防錆剤を塗布するために鋼材を加熱したり冷却したりする処理は行われない。上塗り用防錆剤の乾燥時間は、鋼材温度と石油系炭化水素の沸点(または揮発点)により決定される。上塗り用防錆剤の粘度は、アルキド樹脂の粘度と濃度および石油系炭化水素の粘度によって決定される。上塗り用防錆剤の濃度は、添加剤とアルキド樹脂の配合量によって決定される。
【0064】
これらの因子より上塗り防錆剤の構成成分を以下のようにすることにより本発明は達成された。
石油系炭化水素の沸点範囲を、120〜200℃とし、
上塗り用防錆剤の粘度を、30〜100(mPa・秒、25℃)とし、
アルキド樹脂の配合量を、48〜65%とし、
添加剤の配合量を、3.5質量%とする。
【実施例】
【0065】
<下塗り用防錆剤の調整>
以下の表1および表2に示す各成分を有する試料1〜8および比較試料1〜4の下塗り用防錆剤を調整した。なお、各成分の配合量は質量%である。
【0066】
【表1】

【0067】
【表2】

【0068】
表1および表2に示した、樹脂、防錆添加剤、粘度調整剤、増膜助剤の種類を以下に示す。
樹脂(A):メタクリル酸メチルおよびアクリル酸ブチルの共重合体(共重合比(モル比)=70:30(メタクリル酸メチル:アクリル酸ブチル))、
樹脂(B):メタクリル酸メチル、アクリル酸ブチルおよびスチレンの共重合体(共重合比(モル比)=45:45:10(メタクリル酸メチル:アクリル酸ブチル:スチレン))、
樹脂(C):メタクリル酸メチル、メタクリル酸シクロヘキシルおよびアクリル酸ブチルの共重合体(共重合比(モル比)=35:38:27(メタクリル酸メチル:メタクリル酸シクロヘキシル:アクリル酸ブチル))、
【0069】
防錆添加剤(A):カプリル酸(20質量%)、モノイソプロパノールアミン(50質量%)および亜硝酸Na(30質量%)の混合物、
防錆添加剤(B):カプリル酸(30質量%)、トリエタノールアミン(70質量%)の混合物、
防錆添加剤(C):ドデカ二酸(25質量%)、トリエタノールアミン(50質量%)、モリブデン酸Na(25質量%)の混合物、
防錆添加剤(D):亜硝酸Na(100質量%)、
防錆添加剤(E):トリエタノールアミン(50質量%)およびモリブデン酸Na(50質量%)の混合物、
防錆添加剤(F):モノイソプロパノールアミン(70質量%)および亜硝酸Na(30質量%)の混合物、
【0070】
粘度調整剤:RHEOLATE430(Elementis Specialities,Inc社製)のアンモニウム塩、
造膜助剤:エチレングリコールモノ2−エチルヘキシルエーテル
【0071】
<上塗り用防錆剤の調整>
以下の表3および表4に示す各成分を有する試料9〜11および比較試料5〜6の上塗り用防錆剤を調整した。なお、各成分の配合量は、質量%である。
【0072】
【表3】

【0073】
【表4】

【0074】
<実施例1〜15>
熱間圧延されたままの外径178mm、肉厚10.4mmの鋼管から150mm×100mmに切り出したサンプルに、表5に示す下塗り用防錆剤をスプレー塗布し、乾燥後に以下に示す水濡れ性評価、およびリン酸処理による被膜劣化評価を行った。
続いてサンプルにセルロース樹脂系の塗料を型板を用いてスプレーしてステンシルを行った。ステンシル後、表5に示す上塗り用防錆剤を塗布し、屋外にて180日間保管した後に塗布面の錆び発生状況を確認し、以下に示す錆発生・ステンシル判別評価を行った。
【0075】
<比較例1〜10>
実施例と同様にして、表5に示す下塗り用防錆剤をスプレー塗布し、乾燥後に以下に示す水濡れ性評価、およびリン酸処理による被膜劣化評価を行った。続いて、同様にステンシルを行って、表5に示す上塗り用防錆剤を塗布し、屋外にて180日間保管した後に塗布面の錆び発生状況を確認し、以下に示す錆発生・ステンシル判別評価を行った。
なお、比較例1および比較例8においては、上塗り用防錆剤は塗布しなかった。また、比較例9および比較例10においては、下塗り用防錆剤は塗布しなかった。
【0076】
<評価方法>
以下の評価方法により評価を行った。評価結果を表5に示す。
(水濡れ性評価)
水濡れ性は、上記各実施例等において、下塗り防錆剤を塗布、乾燥後に、これに水をかけて、目視により評価した。
【0077】
(リン酸処理による被膜劣化評価)
上記各実施例等において、下塗り防錆剤を塗布、乾燥後のサンプルの半分に市販のアルカリ脱脂剤で脱脂後、市販のリン酸塩を定められた濃度に調整して化成処理(温度80℃で5分間浸漬)を行った。その後、屋外にて30日間保管後、リン酸処理部分と未処理部分を目視にて比較し、リン酸処理部分の錆の発生有無を調査することで、リン酸による皮膜劣化の有無を評価した。なお、比較例9および10においては、下塗り防錆剤を塗布していないので、この評価は行っていない。
【0078】
(ステンシルの印字の可否評価)
目視にてステンシルの印字が鮮明であるかどうかを判断した。
【0079】
(錆発生・ステンシル判別評価)
上塗り用防錆剤を塗布し、屋外にて180日間保管した後に塗布面の錆び発生状況を確認し、以下の基準により錆発生・ステンシル判別評価を行った。
◎:ほとんど錆は発生せず、ステンシルは明瞭のままであった。
○:極薄くあるいは僅かに点錆が発生し、ステンシル明瞭のままであった。
△:10〜50%程度錆が発生し、ステンシル判別がやや困難であった。
×:50%以上錆びが発生し、ステンシル判別が困難であった。
【0080】
【表5】

【0081】
(評価結果)
本発明の錆防止方法を適用した場合(実施例1〜15)においては、すべての評価項目において良好な結果を示した。これに対して、比較例1〜10の方法においては、鋼材を防錆することができなかった。
【0082】
以上、現時点において、もっとも、実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨あるいは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う鋼材の錆防止方法もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
防錆添加剤を含有するアクリル系樹脂エマルションを下塗り用防錆剤として塗布する工程、
前記下塗り用防錆剤が乾燥した後にステンシルを付与する工程、および
上塗り用防錆剤として、添加剤を配合したアルキド樹脂溶液を塗布する工程
を有する鋼材の錆防止方法。
【請求項2】
前記下塗り用防錆剤が、下塗り用防錆剤全体を100質量%として、
前記防錆添加剤を0.1〜4.0質量%、前記粘度調整剤を0〜5.0質量%、アクリル系樹脂を20〜50質量%を含有し、残部が水で構成されるアクリル系エマルションであり、
前記防錆添加剤が、有機酸、アミン、モリブデン酸ソーダおよび亜硝酸ソーダからなる群から選ばれる一種または二種以上であり、
前記粘度調整剤が、アクリル酸および/またはメタクリル酸、を単量体単位として有する重合体あるいは共重合体のアンモニウム塩またはアミン塩であり、
前記アクリル系樹脂が、単量体混合物全体を100質量%として、メタクリル酸エステル50〜80質量%、アクリル酸エステル20〜50質量%を含有する単量体混合物を重合して得られる重合体である、請求項1に記載の鋼材の錆防止方法。
【請求項3】
前記下塗り用防錆剤が、下塗り用防錆剤全体を100質量%として、さらに造膜助剤を0.1〜5質量%含む、請求項1または2に記載の鋼材の錆防止方法。
【請求項4】
前記上塗り用防錆剤が、上塗り用防錆剤全体を100質量%として、
前記添加剤を0.1〜10.0質量%、アルキド樹脂を30〜70質量%、石油系炭化水素を28〜68質量%含有するアルキド樹脂溶液であって、
前記添加剤が、ナトリウムスルフォネート、バリウムスルフォネート、カルシウムスルフォネート、アビエチン酸ビスマス、ナフテン酸コバルトおよびナフテン酸鉛からなる群から選ばれる一種または二種以上である、請求項1〜3のいずれかに記載の鋼材の錆防止方法。
【請求項5】
下塗り用防錆剤を塗布する際の鋼材の温度が15〜99℃であり、上塗り用防錆剤を塗布する際の鋼材の温度が0〜100℃である、請求項1〜4のいずれかに記載の鋼材の錆防止方法。
【請求項6】
下塗り用防錆剤中のアクリル系樹脂が、単量体混合物全体を100質量%として、メタクリル酸エステル50〜79質量%、アクリル酸エステル20〜49質量%、スチレン1〜20質量%を含有する単量体混合物を重合して得られる重合体である、請求項1〜5のいずれかに記載の鋼材の錆防止方法。

【公開番号】特開2006−281186(P2006−281186A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−133038(P2005−133038)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【出願人】(391045668)パレス化学株式会社 (8)
【Fターム(参考)】