説明

鋼線の製造方法

【課題】鋼線の高強度化に伴う延性劣化をより効果的に抑制して、高強度と良好な延性とを兼ね備えた鋼線を得ることができる鋼線の製造方法を提供する。
【解決手段】パーライト組織を有する高炭素鋼線材を、所定の中間線径まで伸線加工して中間線材を得る前伸線工程と、中間線材に対し、パテンティング処理およびブラスめっき処理を施して最終熱処理線材を得る最終熱処理めっき工程と、最終熱処理線材を伸線加工して鋼線を得る最終伸線工程と、を含む鋼線の製造方法である。最終伸線工程により、直径Df(mm)が0.10〜0.60であって、引張り強さZ(MPa)が下記式(1)、
Z≧2250−1450logDf (1)
で表される関係を満足する鋼線を得るにあたり、最終熱処理めっき工程後、最終伸線工程前に、最終熱処理線材を、50℃〜250℃の範囲内の一定温度にて2時間〜120時間保持する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼線の製造方法(以下、単に「製造方法」とも称する)に関し、詳しくは、タイヤ等の補強材として有用な高強度の高炭素鋼線を得るための鋼線の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タイヤを初めとするゴム物品等の補強材として、従来より、スチール素線の撚り合わせ等からなるスチールコードが用いられている。このスチール素線等に用いられる高炭素鋼線は、一般に、0.70〜0.95wt%の炭素を含有する。
【0003】
このような高炭素鋼線は、ステルモア処理によりパーライト組織とされた直径約5.5mmの高炭素鋼線材を原材料とし、乾式伸線により所定の中間線径まで伸線した後、これにパテンティング処理を施す伸線−熱処理を少なくとも1回行い、最終熱処理されたパーライト組織を有する鋼線材を、湿式伸線して所望の線径の鋼線を得ることにより製造されている。また、一般的なスチールコードの素線として用いられる高炭素鋼線の直径は、0.10〜0.60mmである。
【0004】
近年では、タイヤ軽量化の要求のために、より比強度の高いスチールコードが求められており、その素線として用いられる高炭素鋼線についても、より引張強さの高いものが求められている。目的とする鋼線の直径を一定とした場合、引張強さを高めるための手段としては、炭素含有量がより高い原材料を用いる、最終熱処理に供する中間線材の直径を大きくすることにより、最終伸線工程の伸線加工量を大きく設定するなどが挙げられる。
【0005】
引張強さの高い高強度鋼線の製造における問題は、高強度化に伴う延性劣化であり、これは、鋼線を撚り合わせてスチールコードを製造する際の断線の増加や、耐疲労性の低下等をもたらす原因となる。この鋼線の高強度化に伴う延性劣化を抑制するために、原材料の改良や、最終伸線工程である湿式伸線条件の改良等が行われてきている(例えば、特許文献1〜4等に開示)。
【特許文献1】特開平7−197390号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献2】特開平7−258984号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献3】特開平5−195455号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献4】特開平6−312209号公報(特許請求の範囲等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、鋼線の高強度化に伴う延性劣化を抑制するための技術については従来より種々検討されてきているが、未だ十分なものではなく、かかる要請をより良好に満足しうる技術の確立が求められていた。
【0007】
そこで本発明の目的は、鋼線の高強度化に伴う延性劣化をより効果的に抑制して、高強度と良好な延性とを兼ね備えた鋼線を得ることができる鋼線の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前述したように、鋼線の高強度化に伴う延性劣化を抑制するための改良は、従来、原材料または最終伸線工程に注目して行われてきたが、本発明者は、最終的に得られる鋼線の延性に対して、ブラスめっき後に高温環境下に一定時間保持する条件が下記のように影響することを見出した。
【0009】
すなわち、鋼線の原材料であるステルモア処理された高炭素鋼線材は基本的にパーライト組織を有するが、中心偏析、表面脱炭等のマクロ的な成分不均一や、初析セメンタイト、初析フェライト等のミクロ的な成分不均一も、多かれ少なかれ存在する。これらの成分不均一は、最終熱処理線材を得るまでの工程によりある程度緩和されるが、最終的に得られる鋼線に金属組織的不均一として残留し、破壊の核として作用する場合がある。特に、鋼線の引張強さが高いほどこの金属組織的不均一に対して敏感であり、中でも、引張強さZ(MPa)が鋼線の直径Dfに対し、下記式(1)、
Z≧2250−1450logDf (1)
で示される関係を満足するような高強度高炭素鋼線材の延性に対する影響が大きく、とりわけ下記式(2)、
Z≧2843−1450logDf (2)
で示される関係を満足する超高強度高炭素鋼線材の延性に対しては影響が著しくなる。
【0010】
また、鋼線に金属組織的不均一として残留した部分には、拡散性の原子レベルでの不均一成分が濃化し、破壊の核としてより一層強く作用することになるため、延性のこの金属組織的不均一に対する感度を高める結果となり、この金属組織的不均一の超高強度高炭素鋼線材の延性に対する影響は一層著しくなる。
【0011】
かかる観点から本発明者は鋭意検討した結果、上記式(1)、特には上記式(2)を満足するような高強度高炭素鋼線を得るに際し、鋼線材の最終伸線前に、特定温度にて特定時間保持する処理を行うことで、鋼線材内における上記金属組織的不均一を加熱除去することができ、これにより高強度鋼線の延性劣化の抑制が可能となることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明の鋼線の製造方法は、パーライト組織を有する高炭素鋼線材を、所定の中間線径まで伸線加工して中間線材を得る前伸線工程と、該中間線材に対し、パテンティング処理およびブラスめっき処理を施して最終熱処理線材を得る最終熱処理めっき工程と、該最終熱処理線材を伸線加工して鋼線を得る最終伸線工程と、を含む鋼線の製造方法において、
前記最終伸線工程により、直径Df(mm)が0.10〜0.60であって、引張り強さZ(MPa)が下記式(1)、
Z≧2250−1450logDf (1)
で表される関係を満足する鋼線を得るにあたり、
前記最終熱処理めっき工程後、前記最終伸線工程前に、前記最終熱処理線材を、50℃〜250℃の範囲内の一定温度にて2時間〜120時間保持することを特徴とするものである。
【0013】
本発明においては、前記最終熱処理めっき工程後、前記最終伸線工程前に、前記最終熱処理線材を、80℃〜220℃の範囲内の一定温度にて4時間〜60時間保持することが好ましい。また、前記前伸線工程に供する高炭素鋼線材としては、好適には、0.82〜1.10wt%の炭素を含有するものを用いる。さらに、本発明は、前記最終伸線工程により、直径Df(mm)が0.10〜0.60であって、引張強さZ(MPa)が下記式(2)、
Z≧2843−1450logDf (2)
で表される関係を満足する鋼線を得る場合により有効である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、上記構成としたことにより、鋼線の高強度化に伴う延性劣化を効果的に抑制して、高強度と良好な延性とを兼ね備えた鋼線を得ることができる鋼線の製造方法を実現することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態について、詳細に説明する。
本発明の鋼線の製造方法は、パーライト組織を有する高炭素鋼線材を、所定の中間線径まで伸線加工して中間線材を得て(前伸線工程)、この中間線材に対し、パテンティング処理およびブラスめっき処理を施して最終熱処理線材を得た後(最終熱処理めっき工程)、さらにこの最終熱処理線材を伸線加工して鋼線を得るものである(最終伸線工程)。
【0016】
本発明においては、上記最終伸線工程により、直径Df(mm)が0.10〜0.60であって、引張り強さZ(MPa)が下記式(1)、
Z≧2250−1450logDf (1)
で表される関係を満足する鋼線を得るにあたり、最終熱処理めっき工程後、最終伸線工程前に、最終熱処理線材を、50℃〜250℃の範囲内の一定温度にて2時間〜120時間保持する。これにより、上記式(1)を満足するような引張強さの高い鋼線を得るに際し、鋼線材内の金属組織的不均一、特には原子レベルでの不均一成分を加熱除去することができ、最終的に得られる鋼線の延性劣化を抑制することが可能となる。
【0017】
本発明において好適には、前伸線工程に供する高炭素鋼線材として、0.82〜1.10wt%の炭素を含有するものを用いる。炭素含有量については、得ようとする鋼線の引張り強さが同じ場合、多いほど最終伸線工程の加工量を小さく、つまり前伸線加工量を大きくできるので、0.82wt%以上とする。一方、炭素含有量が多すぎると、結晶粒界に初析セメンタイトが析出し易くなるので、1.10wt%以下とする。
【0018】
また、最終熱処理線材の引張り強さについては、得ようとする鋼線の引張り強さが同じ場合、この段階での引張り強さが高いほど、最終伸線工程の加工量を小さく、つまり、前伸線工程の加工量を大きくできるので、好適には1244MPa以上とする。最終熱処理線材の引張り強さはパーライト変態温度により制御できるが、炭素含有量0.82〜1.10wt%の最終熱処理線材の引張り強さを1617MPaよりも大きくしようとするとパーライト変態温度を下げることになり、ベイナイトが析出し易くなるため、1617MPa以下とすることが好ましい。
【0019】
なお、鋼線材の炭素含有量が0.82から1.10wt%へと増加するに従い、Cの濃度バラツキによる初析フェライトの析出量は減少し、また、最終伸線での歪εを小さくすることができる。
【0020】
なお、前述したように、金属組織的不均一として残留した部分には、拡散性の原子レベルでの不均一成分が集中し、破壊の核としてより一層作用することになるが、この原子レベルでの不均一成分は、主として伸線加工による歪の蓄積により移動、集中する。したがって、伸線工程に入る以前に加熱除去することが必要であり、そのため本発明では、最終伸線工程前に、前述の定温保持を実施している。特に、高強力になるに従い、不均一組織との相乗効果により延性への感度が上がるため、伸線工程に入る以前に加熱除去することがさらに必要となる。
【0021】
上記したように、本発明における最終熱処理線材の定温保持は、50℃〜250℃の範囲内の一定温度にて、2時間〜120時間行う。この温度が低すぎるかまたは時間が短すぎると、加熱による不均一成分の除去が十分ではなく、延性劣化の抑制効果が不十分となってしまう。一方、この温度が高すぎるかまたは時間が長すぎると、金属組織のミクロな分解により逆に延性を低下させることとなる。好適には、最終熱処理線材を、80℃〜220℃の範囲内の一定温度にて4時間〜60時間保持することで、本発明による延性劣化抑制効果をより向上することができる。この定温保持は、例えば、最終熱処理線材を恒温室内に置くことにより、容易に行うことができる。
【0022】
また、本発明は、前述したように、最終伸線工程により、前記式(1)で表される関係を満足する鋼線を得る場合に適用されるものであるが、特には、直径Df(mm)が0.10〜0.60であって、引張強さZ(MPa)が下記式(2)、
Z≧2843−1450logDf (2)
を満足する鋼線を得る場合においてより有効である。
【0023】
本発明においては、最終熱処理めっき工程後、最終伸線工程前に、最終熱処理線材を一定温度に保持することのみが重要であり、それ以外の各工程における処理方法や処理条件等については、所望に応じ、常法に従い適宜行うことができ、特に制限されるものではない。
【実施例】
【0024】
以下、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明する。
炭素含有率が1.02wt%または0.82wt%の高炭素鋼線材を、下記表1〜5中に示す所定の中間線径まで伸線加工して中間線材を得る前伸線工程、得られた中間線材に対し、パテンティング処理およびブラスめっき処理を施して最終熱処理線材を得る最終熱処理めっき工程、得られた最終熱処理線材を伸線加工して鋼線を得る最終伸線工程、の一連の工程により、鋼線の製造を行った。また、各実施例においては、最終熱処理めっき工程後、最終伸線工程前に、最終熱処理線材を、下記表1〜5中に示す所定の一定温度にて所定時間保持した。
【0025】
なお、下記の表1には比較例(炭素含有量1.02wt%の鋼線材の、めっき処理後の定温保持処理がない例)および実施例1〜6(炭素含有量1.02wt%の鋼線材の、めっき処理後の定温保持処理温度が50℃である例)を、表2には実施例7〜12(炭素含有量1.02wt%の鋼線材の、めっき処理後の定温保持処理温度が80℃である例)を、表3には実施例13〜18(炭素含有量1.02wt%の鋼線材の、めっき処理後の定温保持処理温度が200℃である例)を、表4には実施例19〜24(炭素含有量1.02wt%の鋼線材の、めっき処理後の定温保持処理温度が250℃である例)を、表5には実施例25〜30(炭素含有量0.82wt%の鋼線材の、めっき処理後の定温保持処理温度が220℃である例)および従来例(炭素含有量0.82wt%の鋼線材の、めっき処理後の定温保持処理がない例)を、それぞれ示す。
【0026】
<捻り特性評価方法>
各例において得られた鋼線の捻り特性を、鋼線の長さ100d(d:鋼線の直径)あたりの破断までの捻り回転数(破断までの捻り回転数/100d)により評価した。結果は、比較例を100とした指数にて示し、数値が大なるほど捻り特性に優れている。
【0027】
上記捻り特性の評価結果を、得られた鋼線の直径Dfおよび引張強さZ、並びに最終伸線工程の歪εとともに、下記の表1〜5中に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

【0030】
【表3】

【0031】
【表4】

【0032】
【表5】

【0033】
上記表1〜5に示すように、最終熱処理めっき工程後、最終伸線工程前に、最終熱処理線材を所定の一定温度にて所定時間保持する処理を行って得られた各実施例の鋼線においては、いずれも従来に比し延性劣化が抑制されていることが確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パーライト組織を有する高炭素鋼線材を、所定の中間線径まで伸線加工して中間線材を得る前伸線工程と、該中間線材に対し、パテンティング処理およびブラスめっき処理を施して最終熱処理線材を得る最終熱処理めっき工程と、該最終熱処理線材を伸線加工して鋼線を得る最終伸線工程と、を含む鋼線の製造方法において、
前記最終伸線工程により、直径Df(mm)が0.10〜0.60であって、引張り強さZ(MPa)が下記式(1)、
Z≧2250−1450logDf (1)
で表される関係を満足する鋼線を得るにあたり、
前記最終熱処理めっき工程後、前記最終伸線工程前に、前記最終熱処理線材を、50℃〜250℃の範囲内の一定温度にて2時間〜120時間保持することを特徴とする鋼線の製造方法。
【請求項2】
前記最終熱処理めっき工程後、前記最終伸線工程前に、前記最終熱処理線材を、80℃〜220℃の範囲内の一定温度にて4時間〜60時間保持する請求項1記載の鋼線の製造方法。
【請求項3】
前記前伸線工程に供する高炭素鋼線材として、0.82〜1.10wt%の炭素を含有するものを用いる請求項1または2記載の鋼線の製造方法。
【請求項4】
前記最終伸線工程により、直径Df(mm)が0.10〜0.60であって、引張強さZ(MPa)が下記式(2)、
Z≧2843−1450logDf (2)
で表される関係を満足する鋼線を得る請求項1〜3のうちいずれか一項記載の鋼線の製造方法。

【公開番号】特開2008−229651(P2008−229651A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−71415(P2007−71415)
【出願日】平成19年3月19日(2007.3.19)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】