説明

鋼製矢板構造物の補修工法と補修用作業船

【課題】鋼製矢板構造物の補修作業を、専用の作業船を利用して、海側からの作業で止水箱を所定の個所に容易に設置して行えるようにする。
【解決手段】補修作業用の止水箱3を鋼製矢板構造物51に設置して補修作業を行う補修工法として、止水箱3と、吊り上げ移動装置4とを備える作業船1を、舷側1aと岸壁50との間に間隔Sを保有して繋留し、吊り上げ移動装置4で吊り上げた止水箱3を、作業船1側から岸壁50の鋼製矢板構造物51に近づけるとともに、作業船1と岸壁50との間から所定の高さ位置に降ろし、止水箱3の前面を鋼製矢板構造物51に対し対向させかつ当接させて止水箱3内の水を排出して所定の作業空間を確保するように設置し、補修作業を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、港湾の岸壁や護岸等における水中構造物として鋼製矢板を使用した構造物、すなわち鋼製矢板構造物の検査、補修、補強工事等の補修作業を、所定の作業空間を確保する止水箱を用いて行う補修工法と、この補修工法に使用する補修用作業船に関するものである。
【背景技術】
【0002】
港湾の岸壁等において水中構造物として鋼製矢板を使用した鋼製矢板構造物は、竣工後、かなりの年月が経過したものが多くて老朽化しており、その劣化状態に適した補修、補強工事が必要になる。特に、腐蝕や損傷の多い干満帯や飛沫帯等の鋼製矢板構造物の気液変動部での検査、補修、補強工事においては、従来のダイバーによる水中工事は困難であることから、気中工事を可能にできるように海水の影響を受けない所定の作業空間を確保することが望まれ、その要望に応えるために、前面開放形の止水箱を鋼製矢板構造物に当接させて所定の作業空間を確保する工法が開発され提案されている。
【0003】
例えば、下記の特許文献1には、前面が開放形状をなす箱体の底板部の前端部及び両側板部の前端部に、鋼製矢板に対して当接するチューブ状のシール材を設けておいて、該シール材を鋼製矢板に当接させて箱体と鋼製矢板の間を止水し所定の作業空間を保有して補修作業することが提案されている。
【0004】
また、特許文献2には、前面が開放形状をなす箱体の底板部及び両側板部の前端部にそれぞれゴム材や発泡樹脂等の弾性体を装着しておいて、該弾性体を鋼製矢板の表面に当接させることで箱体と鋼製矢板の間を止水し所定の作業空間を保有する止水箱を用いて補修作業することが提案されている。
【0005】
従来、前記特許文献1及び特許文献2等に開示される従来工法においては、前記止水箱を岸壁近くの陸部に設置したクレーン等により吊り上げて岸壁側から海側に降ろし、これを岸壁の鋼製矢板構造物に当接させるように操作して設置している。
【特許文献1】実開昭62−163532号公報
【特許文献2】特開2003−212186号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
陸上側からのクレーンによる従来の設置作業では、クレーンの操作者からは設置個所の状態を確認できないため、設置状況の確認を水中のダイバーに頼る必要があり、設置作業が行い難く、前記止水箱の設置に時間がかかる。また、岸壁近くの陸部にクレーン車を設置する必要があり、それに耐える強度が要求されるが、港湾の陸部表面のコンクリート舗装部分も劣化が進行していて必要とする強度を保持できない虞がある上、岩場等の起伏の激しい地形や狭小なスペースしかなく、クレーン車が入れないない場合には前記止水箱を設置できない、等といった問題が生じている。そのため、止水箱を使用する場合の作業性を著しく損ない、労力と時間のかかる作業になっており、鋼製矢板構造物の補修がコスト高なものになっている。
【0007】
さらに、補修、補強などの補修作業においては、錆落としや付着物除去等により剥離屑片が発生するが、これをそのまま海中に放出して廃棄すると、港湾内の海中を汚染すると言う問題もあることから、その廃棄処理が容易に行えることも望まれている。
【0008】
本発明は、上記の課題を解決するためになしたものであり、上記の鋼製矢板構造物の補修、すなわち検査、補修、補強等の各工事を含む補修作業を、専用の作業船を利用して、該作業船すなわち海側からの作業で止水箱を所定の箇所に容易に設置して行える補修工法と、これに使用する専用の補修用作業船を提供するものである。
【0009】
さらには、補修作業における錆落としや付着物除去等による剥離屑片等を一時的に貯留しておくことができ、該剥離屑片等を港湾内の海中に放出する問題をも解消できる補修用作業船を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決する本発明の鋼製矢板構造物の補修工法は、前面開放形の補修作業用の止水箱を、補修対象の岸壁の鋼製矢板構造物の一部を囲むように該止水箱の前面を当接させ、該止水箱により所定の作業空間を確保して補修作業を行う鋼製矢板構造物の補修工法であって、前記補修作業用の止水箱と、該止水箱を舷側より外方に吊り上げる吊り上げ移動装置とを備える補修用作業船を、補修対象の岸壁に対し所定の間隔を保有するように繋留しておいて、前記吊り上げ移動装置により吊り上げた前記止水箱を、前記作業船側から補修対象の岸壁の鋼製矢板構造物に近づけるとともに、作業船と岸壁との間から水中における所定の高さ位置に降ろし、該止水箱の前面を鋼製矢板構造物と対向させて、該止水箱の前面を鋼製矢板構造物に当接させるとともに該止水箱内の水を排出して所定の作業空間を確保するように設置して、補修作業を行うことを特徴とする。
【0011】
この発明の補修工法によれば、例えば港湾の岸壁における補修対象の鋼製矢板構造物の所定の個所に補修作業用の止水箱を設置する際、海側の補修用作業船から作業者が設置個所を確認しながら吊り上げ移動装置を操作して、吊り上げた止水箱を所定の舷側と岸壁の間の所定の位置に移動させて、かつ岸壁における鋼製矢板構造物の所定の個所に当接させることができ、止水箱の設置作業を容易に行うことができる。
【0012】
また、前記止水箱を補修用作業船と岸壁との間に設置するので、前記作業船が強風や海面波に対する防護の役目を果たし、前記止水箱の設置作業の際、あるいはその後の補修作業の際、前記止水箱に対する風や波の影響を軽減でき、安全に補修作業できることにもなる。
【0013】
前記の補修工法において、前記作業船の一方の舷側に沿って複数の止水箱を準備しておき、複数の止水箱を、前記鋼製矢板構造物に当接させて設置し、各止水箱毎に補修作業を行うのが、補修作業の効率向上の点から特に好ましい。
【0014】
前記の補修工法において、前記複数の止水箱を、該止水箱の横幅よりも狭い間隔をおいて並列して前記鋼製矢板構造物に当接させて設置し、各止水箱毎に補修作業を行い、次に、前記各止水箱を、前回の設置位置間の前記間隔部分に移動させて、該止水箱を鋼製矢板構造物に当接させて設置し、各止水箱毎に補修作業を行うことができる。これにより、鋼製矢板構造物の補修作業をさらに効率よく行える。
【0015】
また、本発明は、前記鋼製矢板構造物の補修工法に用いる補修用作業船、すなわち前面開放形の補修作業用の止水箱を、補修対象の岸壁の鋼製矢板構造物の一部を囲むように該止水箱の前面を当接させ、該止水箱により所定の作業空間を確保して補修作業を行うための補修用作業船であって、少なくとも一方の舷側から突出して該舷側と岸壁との間に所定の間隔を保有して繋留するための間隔保有手段と、底板部、後板部および両側板部により形成され且つ排水用ポンプを備える前面開放形の前記補修作業用の止水箱と、該止水箱を吊り上げ移動できる吊り上げ移動装置とを備えてなり、前記吊り上げ移動装置は、吊り上げた前記止水箱を、作業船側から補修対象の岸壁の鋼製矢板構造物に近づけるように移動させるとともに、作業船と岸壁との間から水中における所定の高さ位置に降ろして該止水箱の前面を鋼製矢板構造物と対向させるように設けられてなることを特徴とする。この補修用作業船を用いることにより、本発明の補修工法を容易に実施できる。
【0016】
前記の補修用作業船において、前記吊り上げ移動装置は、前記止水箱を2点支持状態で吊り上げ移動が可能であり、該吊り上げ移動装置により吊り上げた止水箱を舷側外方へ吊り出し可能に設けられてなるものが好ましい。これにより、従来の通常のクレーンによる吊り上げとは違い、吊り上げた止水箱を、作業船上から揺動や回動を抑制しながら安定性よく設置個所の近くに吊り出すことができ、止水箱の前面を鋼製矢板構造物に対して当接させるのも容易になり、設置作業を容易に行える。
【0017】
また、本発明は、前記作業船の少なくとも一方の舷側に沿って所定の間隔をおいて複数の止水箱を備えるとともに、前記複数の止水箱を2点支持状態で吊り上げ移動が可能な複数の吊り上げ移動装置を備え、各吊り上げ移動装置により吊り上げた止水箱を舷側外方へ吊り出し可能に設けられてなるものである。
【0018】
これにより、作業船側からの作業で、前記複数の止水箱を、それぞれ吊り上げ移動装置により揺動や回動を抑制しながら安定性よく吊り上げて移動させることができ、鋼製矢板構造物の所定の個所に容易に当接し設置することができる。そして、各止水箱内での補修作業が完了すれば、前記各止水箱を、各吊り上げ移動装置により吊り上げて設置位置から外し、前回の設置個所の間の非補修個所との対応位置に移動させ、前記同様に設置して補修作業を行うことができ、ひいては長い岸壁の鋼製矢板構造物の補修作業を効率よく行うことができる。
【0019】
また、前記補修用作業船において、該作業船の甲板上には、一方の舷側に沿って移動可能なハンドリングタワーが設置されており、前記吊り上げ移動装置として、前記ハンドリングタワーから舷側外方に突出する水平支持材上に、該水平支持材に沿って移動可能なクレーン装置が載架されてなり、該クレーン装置の本体部より垂下した2本のフック付き吊り手段により、前記止水箱を2点支持して吊り上げるように設けられてなるものとすることができる。これにより、各止水箱を2点支持状態で吊り上げて揺動や回動を抑制しながら舷側外方へ吊り出すことができ、鋼製矢板構造物の所定位置に容易に当接し設置することができる。
【0020】
また、前記作業船は、鋼製矢板構造物より剥離除去した剥離屑片の回収用コンベアと、該剥離屑片の一次貯蔵庫が設けられてなるものとする。これにより、錆落としや付着物除去等により発生した剥離屑片等を、海中に放出することなく一旦回収しておいて作業船により、所定の廃棄位置に輸送して廃棄することができることになり、ひいては港湾内の海中を汚染することもなくなる。
【0021】
また、前記補修用作業船は、補修作業のための高圧洗浄器、サンドブラスト装置及びコンプレッサーなどが搭載されてなるものとする。これにより、補修対象の鋼製矢板構造物の付着物除去等の清掃作業を容易に行える。
【0022】
前記補修用作業船は、前記舷側と岸壁の間の間隔保有手段が、先端部に弾性体が取設されてなるステイが前記舷側より突出して岸壁に当接することにより所定の間隔を保有し得るフェンダーであり、上下2段に設けられてなるものが好ましく、さらには、前記フェンダーが、前記ステイの先端部に舷側と平行な水平の軸心を持つローラが付設されたローラ型フェンダーであり、前記ローラが岸壁に当接した状態で上下に転動可能に設けられてなるものが好ましい。
【0023】
これにより、前記フェンダーが岸壁に弾力的に当接することで、作業船の舷側と岸壁の間隔を一定の間隔に保持でき、特に先端部にローラを有するローラ型フェンダーの場合、潮の干満による海面の上下変動にも難なく追従でき、前記間隔を一定に安定性よく保持できる。
【発明の効果】
【0024】
上記したように本発明の鋼製矢板構造物の補修工法によれば、専用の補修用作業船を利用して、該作業船側すなわち海側からの作業で、作業空間を確保するための補修作業用の止水箱を、その設置個所を確認しながら所定の個所に容易に設置できるので、前記止水箱の設置時間を大幅に短縮でき、また、岸壁近くの陸部が岩場等の起伏の激しい地形であったり、狭小なスペースしかない場合であっても、前記止水箱を問題なく設置して補修作業を行うことができる。そのため、補修作業用の止水箱を使用する場合の作業時間及び労力を大幅に削減でき、ひいては鋼製矢板構造物の補修作業の効率化、合理化、低コスト化を図ることができる。
【0025】
また、本発明の補修用作業船によれば、前記の補修工法の実施を容易にし、補修効率を向上でき、さらには、前記作業船を利用して、錆落としや付着物除去等により発生した剥離屑片等を、海中に放出することなく所定の廃棄位置に輸送して廃棄することができることにもなり、港湾の海中汚染の低減にも寄与できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
次に、本発明の実施の形態を図面に示す実施例に基づいて説明する。
【0027】
図1は、本発明の鋼製矢板構造物の検査、補修、補強工事等の補修工法において使用する補修用作業船の概略平面図、図2は同作業船の概略を示す側面図、図3は止水箱を吊り上げた状態の一部の拡大側面図、図4は同上の一部の正面図、図5は止水箱を設置した状態の略示断面図、図6及び図7は間隔保有手段部分の略示拡大図、図8(a)(b)は止水箱の設置状態の説明図である。
【0028】
図において、1は艀形の補修用作業船であり、従来の作業台船等と同様に構成されてなり、自力航行によりあるいは曳航されることにより海上の任意の場所に移動できるようになっている。この作業船1には、少なくとも一方の舷側1aと岸壁50との間に、止水箱設置に必要な所定の間隔Sを保有して繋留するための間隔保有手段2と、前記岸壁50における鋼製矢板構造物51に当接して設置することで所定の作業空間を確保するための補修作業用の止水箱3と、該止水箱3を吊り上げ移動できる1もしくは複数台の吊り上げ移動装置4とを備えている。
【0029】
前記間隔保有手段2としては、前記作業船1の少なくとも一方の舷側1aの一部、好ましくは前後部(船首側と船尾側)の2個所において、それぞれステイ21が前記舷側1aより側方に突出してその先端部がコンクリート等の岸壁50に対し当接することにより、舷側1aと岸壁50との間に前記止水箱3を降下させ設置するのに必要な間隔S(例えば止水箱の前後方向幅が最大1.5mの場合、2〜4mの間隔)を保有し得る緩衝機能を持つフェンダー20よりなる。
【0030】
前記フェンダー20は、岸壁50における鋼製矢板構造物51の表面位置よりも突出している縁部端面50aに当接する位置に設けられるのが望ましいが、一つのフェンダーであると、潮位の変動によって前記縁部端面50aに当接できないことがあるので、通常、図6及び図7のように、前記フェンダー20は間隔をおいて上下2段に設けられ、潮位の変動があっても少なくともいずれか一方が前記縁部端面50aに当接できるように設けられる。もちろん、上下方向の寸法によっては一つのフェンダーを設けることも、また一つのフェンダーを上下動可能に設けることもできる。図中のWLは海水面を示している。
【0031】
いずれの場合も、緩衝機能を保有させるために、前記ステイ21の先端部には、タイヤに使用される強度のあるゴム材等の弾性体を取設して、岸壁50に対して弾力的に当接できるようにしておくのが好ましい。
【0032】
図6及び図7の場合は、前記間隔保有手段2としての上下2段のフェンダー20が、先端部に舷側1aと平行な水平の軸心を持つローラ22が付設されたローラ型フェンダーであり、前記ローラ22が岸壁50に対し当接した状態で上下に転動可能に設けられており、これにより、潮位の変動による前記作業船1の上下動に伴って前記フェンダー20がスムーズに上下動できるようになっている。前記ローラ22は、剛体のローラであっても構わないが、実施上はゴム材等の弾性体よりなるものが、岸壁50に対する当接時の衝撃を吸収でき好ましい。
【0033】
また、前記ステイ21の先端側部材21aを、基部側部材21bに対し進退自在に挿嵌構成し、該ステイ21の突出長さ、すなわち舷側1aと岸壁50との間隔Sを適宜調整し設定できるように構成するのが好ましい。
【0034】
図中の11a.11bは、前記作業船1に設置されたウインチ12に連結された綱や索条等の繋留用の連結部材であり、該連結部材11a.11bを陸上の連結用突起部に連結したり、或いは錨を降ろしたりして、前記作業船1を岸壁50近くの海上に前記間隔Sを保有して適宜繋留できるように設けられている。
【0035】
前記止水箱3は、平面矩形の底板部31、該底板部31の後端部に連結された後板部32と、該底板部31の両側に連結されかつ前記後板部32に連結された両側板部33,33とにより、鋼製矢板構造物51との対向側になる前面及び上面が開放形をなす箱本体30が構成されてなる。前記底板部31、後板部32及び両側板部33,33は、相互に溶接手段等により一体に連結され、該連結部分からは水が浸入しないように構成される。
【0036】
前記底板部31の前端部は、鋼製矢板構造物51の表面の凹部51aと凸部51bに略対応する凹凸形状をなすとともに、前記両側板部33,33は、前記底板部31の前端部が鋼製矢板構造物51に当接するときに、前記両側板部33,33の前端部が鋼製矢板構造物51の凹部51aの内底面に当接するように形成されている。通常、これらの底板部31及び左右両側板部33,33の前端部には、鋼製矢板構造物51に対する当接時の緩衝及び気密性保持のために弾性体(図示省略)が付設されている。これらの弾性体は、通常のゴム材のほか、スポンジ状ゴム材や中空のチューブ状物を利用することもできる。
【0037】
前記箱本体30の内部には、前記底板部31上に網体等の作業用床体34が設置されるとともに、前記床体34の下部に浸入した水を排水するための排水ポンプ35が設けられ、さらに、前記箱本体30を岸壁50の鋼製矢板構造物51の側に引き寄せるためのレバーブロック等の牽引手段や連結部材36を係止するための係止部37が設けられている。また、前記両側板部33,33の上端部等の所要の個所に、クレーン等の係止用フックを係止するための環状の係止部38が設けられている。
【0038】
図の場合、前記構成の複数の止水箱3が、前記作業船1の甲板上の前記一方の舷側1aの近くに設定された仮置き部分に、前面を舷側外方に向けて並列して、特には前記舷側1aの長さ方向に該止水箱3の横幅Wより狭い間隔をおいて横列状に並列して、それぞれ後述する吊り上げ移動装置4により適宜に吊り上げ可能に配置されている。
【0039】
前記吊り上げ移動装置4は、前記止水箱3を吊り上げて移動しかつ舷側外方に吊り出すことができるものであれば、どのような構成の装置であってもよいが、図示する実施例の場合は、次のように構成されている。
【0040】
前記作業船1の甲板上には、一方の舷側1aに沿って、特に前記止水箱3の仮置き部より内方側に移動用レール41が設けられるとともに、該レール41上を移動可能なハンドリングタワー42が設置されており、該ハンドリングタワー42の前後部に間隔をおいて、それぞれ前記舷側1a外方の海側に所要長さ分(例えば2〜5m)突出する平行な2本一組の水平支持材43、43が設けられている。そして、前記吊り上げ移動装置4として、前後部の各組2本の水平支持材43,43上には、それぞれフック付き吊り手段44を有するホイスト型のクレーン装置45が長手方向に移動可能に載架されており、各クレーン装置45の本体部45aより垂下した各組2本のフック付きの吊り手段44により、前記レール41よりも舷側1a側に仮置き配置されている前記止水箱3を2点支持状態で吊り上げて、舷側1aに対し直交する外方へ吊り出せるように設けられている。44aは前記吊り手段44の係止用フックを示す。
【0041】
また、前記ハンドリングタワー42の前後二つのクレーン装置45の間隔は、前記止水箱3の仮置き部における該止水箱3の配置間隔の約2倍に設定され、二つのクレーン装置45により、一つおきの二つの止水箱3を同時に吊り上げ移動できるように構成されている。また各組2本の水平支持材43,43に載架されているクレーン装置45の2本の吊り手段44の間隔は、吊り上げ対象の止水箱3の横幅に応じて調整できるように設けられる。その手段として、2本一組の前記水平支持材43,43にそれぞれ載架したクレーン装置45を設けておいて、水平支持材43,43のスライド調整により前記間隔を調整できるように構成することができる。
【0042】
前記吊り上げ移動装置4としては、前記の水平支持材43,43に載架されて一方向に移動できるクレーン装置に限らず、自走式のクレーンや旋回可能なクレーンを利用することもできる。
【0043】
前記作業船1の甲板上には、補修作業における錆落としや牡蠣等の付着物除去により発生する剥離屑片を回収するための回収用コンベアが設けられ、補修作業により発生した剥離屑片を作業船1内の一時貯蔵庫6に搬送するように設けられている。図の場合、前記回収用コンベア5は、前記ハンドリングタワー42の移動用のレール41及び止水箱3の仮置き部よりも舷側1a側において該舷側1aに沿って設けられた第1のベルトコンベア5aと、これに直交する第2のベルトコンベア5bとよりなる。
【0044】
前記作業船1には、前記の各構成のほかに、清水タンク7、高圧洗浄器8、コンプレッサー9、サンドブラスト装置13とサンドブラスト用の砂置き場14が装備され、さらに燃料タンク15や発電機室16、倉庫17、作業員の休憩所18や現場管理事務所19等が必要に応じて設定される。このほか、作業船1には、補修工事に必要な機器類や機材一式が装備される。
【0045】
次に、前記の補修用作業船1を用いる本発明の補修工法について説明する。
【0046】
まず、補修工事を実施する岸壁50が存する港湾において、該港湾内の補修工事対象の岸壁50近くの海上に前記作業船1を一方の舷側1aを所定の間隔を保有させて接岸させるようにして繋留する。この際、作業船1に備えるウインチ12の操作で繋留用の綱や索条等の連結部材11a.11bの長さを調整して位置決めする。同時に、前記作業船1の一方の舷側1aに設けた間隔保有手段2としてのフェンダー20を構成するステイ21の先端部、例えば図6及び図7のようにローラ22を、岸壁50の海側の縁部端面50aに当接させるようにして、補修対象の岸壁50と作業船1の舷側1aとの間に所定の間隔Sを保有するように繋留する(図1)。これにより潮位の変動にも問題なく対応できる。
【0047】
前記のように作業船1を所定位置にセットした状態において、作業船1上の前記舷側1a近くの仮置き部に並列して配置されている前記止水箱3を、吊り上げ移動装置4としてハンドリングタワー42より突出する前後部それぞれ2本一組の水平支持材43,43に載架されているクレーン装置45により吊り上げる(図3及び図4)。すなわち、該クレーン装置45の各組2本の吊り手段44の係止用フック44aを止水箱3の両側板部33の上端部に有する係止部38に係止して吊り上げる。この際、クレーン装置45の2本の吊り手段44の間隔を、止水箱3の横幅に応じて予め調整し設定しておく。
【0048】
こうして、前記クレーン装置45の2本の吊り手段44のフック44aを止水箱3の係止部38に係止してクレーン装置45を作動することにより、2点支持状態で揺動や回転を生じさせずに吊り上げることができる。
【0049】
前記のように吊り上げた状態において、前記移動用レール41上のハンドリングタワー42の移動により、前記吊り上げた止水箱3を岸壁50における補修対象の鋼製矢板構造物51の位置に対してほぼ合わせてから、前記水平支持材43上のクレーン装置45を、該水平支持材43に沿って先端側へ移動させ、作業船1側から確認しながら、吊り上げた状態の前記止水箱3を、舷側1aの外方へ吊り出し前記鋼製矢板構造物51に近づけるとともに、水中の所定の高さ位置に降下させて前記鋼製矢板構造物51に対向させ、できるだけ鋼製矢板構造物51に接近させるようにする。
【0050】
この状態において、前記止水箱3及び鋼製矢板構造物51における設置個所を確認し位置合わせしながら、前記止水箱3の前面、すなわち底板部31、両側板部33,33の前端部を前記鋼製矢板構造物51に対し当接させる。この当接は、補修用作業船1に備える押圧手段(図示せず)を利用して前記止水箱3を後背部から押圧するか、あるいは前記のようにクレーン装置45により接近させた止水箱3を、チェーンブロック等の牽引手段を利用して鋼製矢板構造物51に引きつけるようにする。そして、前記止水箱3内の海水を排水ポンプ35で排出することにより、該止水箱3に作用する水圧を利用して該止水箱3の前端部を前記鋼製矢板構造物51の表面に対し強く密着させるようにして水密性を確保し、所定の作業空間を確保する。通常、この状態において、図5のように牽引手段や連結部材36により鋼製矢板構造物51に対し装着した状態に保持しておく。
【0051】
なお、前記のように止水箱3の設置作業が作業船1と岸壁50との間で行われることになるために、作業船1が強風や波浪に対する防護の役目を果たし、波浪等の影響を軽減できて、比較的安全に且つ容易に設置作業を行うことができる。
【0052】
次に、前記のように止水箱3を設置した状態において、前記吊り上げ移動装置4であるクレーン装置45の吊り手段44を前記止水箱3の係止部38から外し、該クレーン装置45を水平支持材43上の位置に戻し、その後、ハンドリングタワー42を別の止水箱3の位置に移動させて、前記同様にクレーン装置45の2本の吊り手段44により、該止水箱3を2点支持状態で吊り上げ、該止水箱3を前記同様の操作手順で岸壁50における鋼製矢板構造物51の所定の位置に設置する。
【0053】
このようにして、例えば図8(a)のように、岸壁50における鋼製矢板構造物51に対し四つの止水箱3を一定の間隔で設置した状態で、錆落としや付着物除去等の清掃作業、補修や補強作業を行う。この際、錆落としや付着物除去等により発生した剥離屑片等は、海中に放出することなく、作業船1上の回収用コンベア5により一時貯蔵庫6に搬送して貯蔵しておき、全体の補修作業の完了後に作業船1により、所定の廃棄位置に輸送して廃棄する。
【0054】
前記各止水箱3内の長さ範囲内での補修作業が完了すると、前記吊り上げ移動装置4としての前記クレーン装置45により各止水箱3を吊り上げ状態にして、鋼製矢板構造物51に対する固定を外し、前記クレーン装置45を後退させて各止水箱3を作業船1の仮置き部に戻す。続いて、前記ハンドリングタワー42を移動させて、水平支持材43上のクレーン装置45の位置を、前回の止水箱3の設置位置間の間隔部分に移動させ、前記同様に、各止水箱3をクレーン装置45により吊り上げ移動し、舷側1a外方へ吊り出して前記鋼製矢板構造物51に近づけるとともに、鋼製矢板構造物51や止水箱3を確認しながら、水中の所定の高さ位置に降下させて前記鋼製矢板構造物51に対向させ且つ当接させて、該止水箱3を鋼製矢板構造物51の表面における前回の設置位置間の間隔部分、つまり未補修個所を囲むように設置する〔図8(b)〕。こうして、前回の未補修個所の補修作業を行う。これにより、図8(a)及び(b)の止水箱3の設置状態での1サイクル分の長さ範囲の補修作業が完了する。図中のL0 は1サイクルの補修作業の長さを示し、L1 は各止水箱3毎の補修作業の長さを示す。
【0055】
前記1サイクルの長さL0 の補修作業が完了すると、前記クレーン装置45により各止水箱3を一旦作業船1上の仮置き部に戻した後、前記ハンドリングタワー42を、鋼製矢板構造物51における前記補修作業完了範囲に続く前記と同じ長さL0 の部分に移動させて、前記同様に、各止水箱3を鋼製矢板構造物51に対し当接設置して補修作業を行う。この補修作業が完了すると、次に、前記作業船1を、前記補修作業が完了した前記長さL0 の部分に続く鋼製矢板構造物51に対応する位置に移動させて、上記同様に各止水箱3を補修対象の鋼製矢板構造物51に対し当接設置して補修作業を行う。これにより、かなり長い岸壁50における鋼製矢板構造物51の補修作業を容易に効率よく且つ安全に行える。
【0056】
特に、鋼製矢板構造物51の補修作業のための止水箱3の設置作業を、海側の作業船1から、吊り上げた止水箱3や設置個所を確認しながら安全に容易に行え、設置作業を効率化でき、また岸壁50のある陸部が岩場等の起伏の激しい地形であったり、狭小なスペースしかない場合であっても、前記止水箱を問題なく設置して補修作業を行うことができる。
【0057】
しかも、上記の補修作業における錆落としや付着物除去により発生した剥離屑片等を、海中に放出することなく所定の廃棄位置に輸送して廃棄することができるため、港湾の海中汚染の低減にも寄与できる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の鋼製矢板構造物の補修工法及び補修用作業船は、港湾における岸壁の鋼製矢板構造物の検査、清掃、補修及び補強等の作業に好適に利用でき、鋼湾以外の岸壁における鋼製矢板構造物の補修作業にも好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の鋼製矢板構造物の検査、補修、補強工事等の補修工法において使用する補修用作業船の概略平面図である。
【図2】同作業船の概略を示す側面図である。
【図3】止水箱を吊り上げた状態の一部の拡大側面図である。
【図4】同上一部の正面図である。
【図5】止水箱を設置した状態の略示断面図である。
【図6】間隔保有手段としてのフェンダー部分の略示拡大図である。
【図7】同上の潮位が変化した状態の略示拡大図である。
【図8】(a)及び(b)は止水箱の設置状態の説明図である。
【符号の説明】
【0060】
1…補修用作業船、1a…舷側、2…間隔保有手段、3…止水箱、4…吊り上げ移動装置、5…回収用コンベア、5a…第1のベルトコンベア、5b…第2のベルトコンベア、6…一時貯蔵庫、7…清水タンク、8…高圧洗浄器、9…コンプレッサー、11a.11b…繋留用の連結部材、12…ウインチ、13…サンドプラスト装置、14…砂置き場、15…年利用タンク、16…発電機室、17…倉庫、18…休憩所、19…現場管理事務所、20…フェンダー、21…ステイ、21a…先端側部材、21b…基部側部材、22…ローラ、30…箱本体、31…底板部、32…後板部、33…側板部、34…床体、35…排水ポンプ、36…連結部材、37…係止部、38…係止部、41…移動用レール、42…ハンドリングタワー、43…水平支持材、44…吊り手段、44a…係止用フック45…クレーン装置、45a…本体部、50…岸壁、51…鋼製矢板構造物、S…間隔。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前面開放形の補修作業用の止水箱を、補修対象の岸壁の鋼製矢板構造物の一部を囲むように該止水箱の前面を当接させ、該止水箱により所定の作業空間を確保して補修作業を行う鋼製矢板構造物の補修工法であって、
前記補修作業用の止水箱と、該止水箱を舷側より外方に吊り上げる吊り上げ移動装置とを備える補修用作業船を、補修対象の岸壁に対し所定の間隔を保有するように繋留しておいて、
前記吊り上げ移動装置により吊り上げた前記止水箱を、前記作業船側から補修対象の岸壁の鋼製矢板構造物に近づけるとともに、作業船と岸壁との間から水中における所定の高さ位置に降ろし、該止水箱の前面を鋼製矢板構造物と対向させて、該止水箱の前面を鋼製矢板構造物に当接させるとともに該止水箱内の水を排出して所定の作業空間を確保するように設置して、補修作業を行うことを特徴とする鋼製矢板構造物の補修工法。
【請求項2】
前記作業船の一方の舷側に沿って複数の止水箱を準備しておき、複数の止水箱を、前記鋼製矢板構造物に当接させて設置し、各止水箱毎に補修作業を行うことを特徴とする請求項1に記載の鋼製矢板構造物の補修工法。
【請求項3】
前記複数の止水箱を、該止水箱の横幅よりも狭い間隔をおいて並列して前記鋼製矢板構造物に当接させて設置し、各止水箱毎に補修作業を行い、次に、前記各止水箱を、前記設置位置間の間隔部分に移動させて、該止水箱を鋼製矢板構造物に当接させて設置し、各止水箱毎に補修作業を行う請求項2に記載の鋼製矢板構造物の補修工法。
【請求項4】
前面開放形の補修作業用の止水箱を、補修対象の岸壁の鋼製矢板構造物の一部を囲むように該止水箱の前面を当接させ、該止水箱により所定の作業空間を確保して補修作業を行うための補修用作業船であって、
少なくとも一方の舷側から突出して該舷側と岸壁との間に所定の間隔を保有して繋留するための間隔保有手段と、底板部、後板部および両側板部により形成され且つ排水用ポンプを備える前面開放形の前記補修作業用の止水箱と、該止水箱を吊り上げ移動できる吊り上げ移動装置とを備えてなり、
前記吊り上げ移動装置は、吊り上げた前記止水箱を、作業船側から補修対象の岸壁の鋼製矢板構造物に近づけるように移動させるとともに、作業船と岸壁との間から水中における所定の高さ位置に降ろして、該止水箱の前面を鋼製矢板構造物と対向させるように設けられてなることを特徴とする鋼製矢板構造物の補修用作業船。
【請求項5】
前記吊り上げ移動装置は、前記止水箱を2点支持状態で吊り上げ移動が可能であり、該吊り上げ移動装置により吊り上げた止水箱を舷側外方へ吊り出し可能に設けられてなる請求項4に記載の鋼製矢板構造物の補修用作業船。
【請求項6】
前記作業船の少なくとも一方の舷側に沿って所定の間隔をおいて複数の止水箱を備えるとともに、前記複数の止水箱を2点支持状態で吊り上げ移動が可能な複数の吊り上げ移動装置を備え、各吊り上げ移動装置により吊り上げた止水箱を舷側外方へ吊り出し可能に設けられてなる請求項5に記載の鋼製矢板構造物の補修用作業船。
【請求項7】
前記作業船の甲板上には、一方の舷側に沿って移動可能なハンドリングタワーが設置されており、前記吊り上げ移動装置として、前記ハンドリングタワーから舷側外方に突出する水平支持材上に、該水平支持材に沿って移動可能なクレーン装置が載架されてなり、該クレーン装置の本体部より垂下した2本のフック付き吊り手段により、前記止水箱を2点支持して吊り上げるように設けられてなる請求項4〜6のいずれか1項に記載の鋼製矢板構造物の補修用作業船。
【請求項8】
前記作業船には、鋼製矢板構造物より剥離除去した剥離屑片の回収用コンベアと、該剥離屑片の一時貯蔵庫が設けられてなる請求項4〜7のいずれか1項に記載の鋼製矢板構造物の補修用作業船。
【請求項9】
前記作業船には、補修作業のための高圧洗浄器、サンドブラスト装置及びコンプレッサーなどが搭載されてなる請求項4〜8のいずれか1項に記載の鋼製矢板構造物の補修用作業船。
【請求項10】
前記舷側と岸壁の間の間隔保有手段が、先端部に弾性体が取設されてなるステイが前記舷側より突出して岸壁に当接することにより所定の間隔を保有し得るフェンダーであり、上下2段に設けられてなる請求項4〜9のいずれか1項に記載の鋼製矢板構造物の補修用作業船。
【請求項11】
前記フェンダーが、前記ステイの先端部に舷側と平行な水平の軸心を持つローラが付設されたローラ型フェンダーであり、前記ローラが岸壁に当接した状態で上下に転動可能に設けられてなる請求項10に記載の鋼製矢板構造物の補修用作業船。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−35961(P2009−35961A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−202263(P2007−202263)
【出願日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.レバーブロック
【出願人】(592236382)株式会社アイ・エイチ・アイ・アムテック (9)
【出願人】(593211050)深田サルベージ建設株式会社 (4)
【Fターム(参考)】