電子放出素子、電子源、及び電子線装置
【課題】十分な量の電子放出を安定して得られる電子放出素子、電子源、及び電子線装置を提供する。
【解決手段】電子顕微鏡20に用いられている電子源10Aでは、仕事関数が3.0ev以下であるダイヤモンドを陰極部42に用いることで、陰極部42から真空中に電子が容易に電界放出可能となる。また、電子放出部48の先端52が、炭化チタンからなる導電層44により覆われているので、電子放出部48の先端52における電圧降下が抑制され、電位が一定に保たれる。したがって、電子源10Aでは、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。導電層44は、厚さ20nm以下に抑えられており、導電層44自体に起因する陰極部42の仕事関数の増加は回避されている。
【解決手段】電子顕微鏡20に用いられている電子源10Aでは、仕事関数が3.0ev以下であるダイヤモンドを陰極部42に用いることで、陰極部42から真空中に電子が容易に電界放出可能となる。また、電子放出部48の先端52が、炭化チタンからなる導電層44により覆われているので、電子放出部48の先端52における電圧降下が抑制され、電位が一定に保たれる。したがって、電子源10Aでは、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。導電層44は、厚さ20nm以下に抑えられており、導電層44自体に起因する陰極部42の仕事関数の増加は回避されている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子放出素子、電子源、及び電子線装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電子放出素子の陰極部を形成するための材料として、ダイヤモンド半導体が用いられる。ダイヤモンド半導体を陰極部として用いる場合、電子親和力及び仕事関数が十分に小さくなり、真空中に電子を容易に取り出すことができる。特に、導電型がn型のダイヤモンド半導体については、従来のLaB6やZrO/Wに代わる新たな電子放出素子の材料として着目されている。
【0003】
例えば特許文献1には、導電型がn型のダイヤモンド半導体の表面に配置された電子放出部と接するように電子供給部を形成した電子放出素子が開示されている。また、特許文献2には、導電型がn型のダイヤモンド半導体の表面に電子通過開口が形成されたゲート電極を配置した電子放出素子が開示されている。
【特許文献1】特開2001−266736号公報
【特許文献2】特開2005−108655号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ダイヤモンド半導体を利用した電子放出素子については、次のような問題を有していた。すなわち、ダイヤモンド半導体は、金属材料と比較して抵抗率が高いことから、電子放出部における電圧降下が問題となっていた。
【0005】
また、ダイヤモンド半導体の表面ではバンドベンディングが生じ易いため、エネルギー準位の高い方向にバンドがシフトし、ダイヤモンド半導体の見かけの仕事関数が大きくなるという問題があった。これらのことから、従来のダイヤモンド半導体を用いた電子放出素子では、電界放出が不安定となるという問題があった。
【0006】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、十分な量の電子放出を安定して得られる電子放出素子、電子源、及び電子線装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の課題を解決するため、本発明に係る電子放出素子は、土台部と、土台部の一面に形成された突起状の電子放出部とによって構成された陰極部を備え、陰極部は、仕事関数が3.0eV以下の材料によって形成され、少なくとも電子放出部の先端を覆うように、厚さ20nm以下の導電層が設けられていることを特徴とする。
【0008】
本発明に係る電子放出素子では、仕事関数が3.0eV以下の材料を陰極部に用いることで、陰極部から真空中に電子が容易に電界放出可能となる。また、電子放出部の先端が、厚さ20nm以下の導電層により覆われているので、電子放出部の先端における電圧降下が抑制され、電位が一定に保たれる。したがって、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。この導電層は、厚さ20nm以下に抑えられており、導電層自体に起因する仕事関数の増加は回避されている。
【0009】
また、陰極部は、ダイヤモンドによって形成され、導電層は、炭化チタン又はグラファイトによって形成されていることが好ましい。この場合、陰極部の仕事関数を容易に3.0eV以下に維持でき、また、導電層の抵抗率を容易に10−3Ωcm以下に維持できる。炭化チタン又はグラファイトによって形成される導電層は、ダイヤモンドとの密着性が十分に高く、この結果、陰極部の耐久性の向上も図られる。
【0010】
また、ダイヤモンドの少なくとも一部は、導電型がn型のダイヤモンド半導体であることが好ましい。これにより、陰極部の仕事関数を容易に3.0eV以下に維持できる。
【0011】
また、陰極部は、LaB6又はCeBxによって形成され、導電層は、タングステンによって形成されていることが好ましい。この場合についても、陰極部の仕事関数を容易に3.0eV以下に維持できる。タングステンによって形成される導電層は、LaB6又はCeBxとの密着性が十分に高く、その結果、陰極部の耐久性の向上が図られる。
【0012】
また、導電層の厚さは、5nm以下であることが好ましい。これにより、導電層自体による仕事関数の増加が一層確実に抑えられる。
【0013】
また、土台部の一面からの電子放出部の高さは、1μm以下であることが好ましい。電子放出部をこのような微小な突起とした場合でも、導電層によって保護され、十分な耐久性が得られる。
【0014】
また、本発明に係る電子源は、上述した電子放出素子において、導電層が電子放出部に対して正の電位となるように、導電層にバイアス電圧を印加する電圧印加手段を備えたことを特徴としている。この電子源では、導電層にバイアス電圧を印加することにより、バンドベンディングによって見かけ上大きくなった仕事関数を低減し、導電層の電位を容易に変化させることができるので、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。
【0015】
また、本発明に係る電子線装置は、上述した電子源を備えたことを特徴としている。この電子線装置においても、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る電子放出素子、電子源、及び電子線装置によれば、十分な量の電子放出を安定して得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0018】
[第1実施形態]
図1は、本発明に係る電子源を適用した電子線装置の一例である電子顕微鏡の構成を概略的に示す図である。図1に示すように、電子顕微鏡(電子線装置)20は、例えばチャンバ22と、電子源10Aと、電子光学系24とを含んで構成された走査型電子顕微鏡(SEM)である。
【0019】
チャンバ22は、例えば金属製の箱型容器であり、使用状態において真空状態とされる。電子源10Aは、チャンバ22の上部において下向きに配置されている。電子源10Aは、チャンバ22の外側に配置された電源(電圧印加手段)39と接続されており、使用状態においてバイアス電圧が印加される。電子源10Aの先端部からは、チャンバ22の下部に設けられた収容部26の試料Sに向けて電子線Bが出射される。
【0020】
電子光学系24は、引出電極28と、加速電極30と、集束レンズ32と、走査コイル34と、対物レンズ36とを有し、これらが電子源10Aからの電子線Bの出射方向に沿って配置されることによって構成されている。電子源10Aからの電子は、引出電極28と電子源10Aとの間の電界によって放出され、加速電極30による電界によって加速される。
【0021】
電子源10Aから放出された電子線Bは、集束レンズ32及び対物レンズ36によって、収容部26に収容された試料Sの試料面上に微小な電子プローブを結像させる。試料S面上に結像した電子プローブは、走査コイル34によって走査される。そして、試料Sから放出される二次電子は、収容部26の側部に設けられた検出器38によって検出される。
【0022】
次に、上述した電子源10Aについて詳細に説明する。図2は、電子源10Aの斜視図であり、図3は、図2におけるIII−III線断面図である。
【0023】
図2及び図3に示すように、電子源10Aは、電子放出素子40と、絶縁層12と、一対の電極14,16と、配線18とを備えている。電子放出素子40は、陰極部42と、導電層44とを備えている。陰極部42は、土台部46と、電子放出部48とによって構成されている。
【0024】
土台部46は、例えば不純物が含まれていないノンドープダイヤモンドによって、底面が0.8mm角程度の角柱状に形成されている。土台部46における長手方向の一端面(一面)50には、導電型がn型のダイヤモンド半導体層が形成されている。
【0025】
このダイヤモンド半導体層は、土台部46の本体部分を形成するノンドープダイヤモンドに、窒素、リン、硫黄、リチウムのいずれかの元素又は2種類以上の元素、あるいはいずれかの元素と同時にホウ素を不純物としてドープすることにより得られる。
【0026】
電子放出部48は、例えば土台部46のダイヤモンド半導体層と同様に、導電型がn型のダイヤモンド半導体によって形成されている。電子放出部48は、例えば円錐形状をなし、土台部46の一端面50の中央に配置されている。電子放出部48の土台部46の一端面50からの高さは、例えば1μm以下となっており、電子放出部48の先端52は、一端面50と垂直に土台部46の長手方向に延びている。
【0027】
導電層44は、例えば炭化チタンによって、厚さ5nm以下に形成されている。この導電層44は、第1の部分44a〜第4の部分44dから構成されている。第1の部分44aは、土台部46において、一端面50に直交する側面54の全面を被覆するように形成されている。
【0028】
第2の部分44bは、土台部46の側面54に隣接する側面56、及び側面56と対向する側面(図示せず)において、側面54側の端部を覆うように形成されている。第3の部分44cは、土台部46の一端面50において、土台部46の側面54側の略半分の領域60に形成されている。第4の部分44dは、電子放出部48の先端52と、電子放出部48の円錐面62における側面54側の領域とを覆うように形成されている。
【0029】
絶縁層12は、例えばSiO2、Al2O3によって、厚さ0.2〜2μmの範囲で形成されている。絶縁層12の厚さが0.2μmより薄い場合には、絶縁性が保てず、2μmより厚い場合には、高温時と室温時とのサイクルで剥離等の問題が生じる。絶縁層12は、第1の部分12aと、第2の部分12bとによって構成されている。第1の部分12aは、土台部46において、側面54と対向する側面64の全面を被覆するように形成されている。
【0030】
第2の部分12bは、電子放出部48の直径と略等幅に、土台部46の一端面50において、土台部46の側面64側の領域58に形成されている。第2の部分12bの一端は、第1の部分12aの一端部の中央部分と一体に連結し、第2の部分12bの他端は、電子放出部48の底面に接している。
【0031】
電極14及び電極16は、例えばモリブデンによって形成されており、厚さ0.1〜0.5μm程度に形成されている。電極14は、土台部46の側面54において、導電層44における第1の部分44aの基部側を被覆するように矩形に形成されている。
【0032】
電極16は、第1の部分16aと、第2の部分16bとによって構成されている。第1の部分16aは、絶縁層12の第1の部分12aの全面を被覆するように形成されている。一方、第2の部分16bは、絶縁層12の第2の部分12bの全面を被覆するように形成されている。第2の部分16bの一端は、第1の部分16aの一端部の中央部分と一体に連結され、第2の部分16bの他端は、電子放出部48の底面に接している。
【0033】
配線18は、電極14の中央と、電極16の第1の部分16aにおいて、電極14と対向する部分の中央とにそれぞれ接続されている。導電層44及び電子放出部48は、一対の電極14,16と、配線18とを介し、電源39(図1参照)に接続されている。導電層44には、当該導電層44が電子放出部48に対して正の電位となるように、電源39からのバイアス電圧が印加される。
【0034】
続いて、上述した構成を有する電子源10Aの製造方法について説明する。
【0035】
まず、ノンドープダイヤモンドからなる角柱状の土台部46を用意する。次に、例えばアルミニウムによる厚さ1μm〜2μmの膜を土台部46の一端面に形成する。そして、フォトリソグラフィ又は集束イオンビーム(FIB)法により、土台部46の一端面をパターニングし、円形のマスクを土台部46の一端面の中央に形成する。
【0036】
次に、上述したマスクを用いて土台部46の一端面を集束イオンビーム(FIB)法によりエッチングする。これにより、図4(a)に示すように、土台部46の一端面50の中央に、円錐形状の電子放出部48が形成される。
【0037】
続いて、例えばホスフィン(PH3)をドーパントとして用いるマイクロ波プラズマCVD法により、電子放出部48の表面と、土台部46の一端面50とにリンをドープする。ドープするリンの濃度は、例えば1017〜1020cm−3とされ、1019〜1020cm−3がより好ましい。
【0038】
次に、図4(b)に示すように、土台部46及び電子放出部48に対し、土台部46における側面54方向からチタンの蒸着を行う。チタンの蒸着には、例えば抵抗加熱蒸着法、EB加熱蒸着法、スパッタリング法といった公知の方法を適用可能である。
【0039】
土台部46における側面54方向からチタンを蒸着することにより、土台部46の側面54、一端面50における側面54側の領域60、及び電子放出部48の円錐面62における側面54側の領域に、それぞれ導電層44の第1の部分44a、第3の部分44c、及び第4の部分44dが形成される。また、チタンの一部が回り込むことにより、土台部46の側面56及びこれと対向する側面における側面54側の端部に、導電層44の第2の部分44bが形成される。
【0040】
次に、チタンと炭素との反応を促進するため、例えば300℃以上で一定時間のアニール処理を行う。この際、炭化物形成反応の反応速度と、反応温度との相関を予め把握しておくことにより、Å単位での膜厚の制御をすることができる。その後、王水洗浄処理を施すことにより、形成された導電層44を維持したまま、未反応のチタンを除去する。
【0041】
続いて、図5(a)に示すように、所定のマスクを用いたマイクロ波プラズマCVD法により、土台部46の側面64、及び一端面50における領域58に、それぞれ絶縁層12の第1の部分12a及び第2の部分12bを形成する。また、同様の手法で、図5(b)に示すように、導電層44における第1の部分44aの基部側を被覆するように電極14を形成し、絶縁層12の第1の部分12a及び第2の部分12bを被覆するように、電極16を形成する。
【0042】
最後に、配線18を、電極14の中央と、電極16の第1の部分16aにおいて、電極14と対向する部分の中央とにそれぞれ接続することにより、図2及び図3に示した電子源10Aが完成する。
【0043】
以上説明したように、電子顕微鏡20に用いられている電子源10Aでは、仕事関数が3.0ev以下であるダイヤモンドを陰極部42に用いることで、陰極部42から真空中に電子が容易に電界放出可能となる。また、電子放出部48の先端52が、炭化チタンからなる導電層44により覆われているので、電子放出部48の先端52における電圧降下が抑制され、電位が一定に保たれる。したがって、電子源10Aでは、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。導電層44は、厚さ20nm以下に抑えられており、導電層44自体に起因する陰極部42の仕事関数の増加は回避されている。
【0044】
また、電子源10Aでは、陰極部42は、ダイヤモンドによって形成され、導電層44は、炭化チタン又はグラファイトによって形成されている。このため、陰極部42の仕事関数を容易に3.0eV以下に維持でき、また、導電層44の抵抗率を容易に10−3Ωcm以下に維持できる。炭化チタン又はグラファイトによって形成される導電層44は、ダイヤモンドとの密着性が十分に高く、この結果、陰極部42の耐久性の向上も図られる。
【0045】
さらに、電子源10Aでは、導電層44が電子放出部48に対して正の電位となるように、導電層44にバイアス電圧を印加する電源39が設けられている。導電型がn型のダイヤモンド半導体のエネルギーバンドの表面ではバンドベンディングが生じ易いため、エネルギー準位の高い方向にバンドがシフトし、ダイヤモンド半導体の見かけの仕事関数が大きくなることがある。
【0046】
これに対し、導電層44にバイアス電圧を印加すると、導電型がn型のダイヤモンド半導体の伝導帯下端に電子が充填され、エネルギー準位の低い方向にエネルギーバンドがシフトする。この結果、電子放出層48と導電層44との間に電位差が生じ易い状態となる。これにより、バンドベンディングによって見かけ上大きくなった仕事関数が低減され、導電層44の電位を容易に変化させることができるので、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。導電層44にバイアス電圧を印加した場合においては、電界放出を導電層44の電位によって制御できることとなる。
【0047】
ここで、導電型がn型のダイヤモンド半導体のエネルギーバンドについて、図6〜図8を用いて説明する。各図において、Evは価電子帯上端のエネルギー準位を表し、Ecは伝導帯下端のエネルギー準位を表している。
【0048】
図6は、導電層44が形成されていない電子放出部48にバイアス電圧が印加される前のエネルギーバンドを示す図である。この場合、導電型がn型のダイヤモンド半導体のエネルギーバンドは、バンドベンディングによってエネルギー準位の高い方向にシフトしている。このため、伝導帯の電子が真空中に電界放出されるためには、高い電圧を印加する必要がある。
【0049】
また、図7は、20μmよりも厚い導電層44が形成されている電子放出部48にバイアス電圧が印加された場合のエネルギーバンドを示す図である。この場合、導電型がn型のダイヤモンド半導体の伝導帯の電子は、導電層44のフェルミレベルまで到達してしまう。そのため、導電層44の厚さに起因して、電界放出のための仕事関数が増加してしまうこととなる。
【0050】
一方、図8は、厚さ20μm以下の導電層44が形成されている電子放出部48にバイアス電圧が印加された場合のエネルギーバンドを示す図である。この場合、導電型がn型のダイヤモンド半導体から放出される電子は、導電層44のフェルミレベルに到達することなく、電子放出部48におけるエネルギーレベルを保ちながら、導電層44を通過し、容易に電界放出される。従って、導電層44による仕事関数の増加は回避される。
【0051】
また、導電層44に用いる材料の結晶性は、導電層44による仕事関数の増加へ大きな影響を与える。そのため、導電層44には、結晶性の高い炭化チタンを用いることにより、導電層44による仕事関数の増加をより一層抑えることができる。
【0052】
なお、導電型がn型のダイヤモンド半導体層は、土台部46の一端面50、及び電子放出部48に形成されていることに限られるものではない。導電型がn型のダイヤモンド半導体層は、土台部46の側面64の全面にのみ形成されていてもよい。
【0053】
また、電子放出部48の形状は、円錐状に限られるものではない。電子放出部48の形状は、多角錐状、円柱状、多角柱状等であってもよく、電子放出部48の先端52は、丸みを帯びていてもよい。また、土台部46の形状も、円柱状等であってもよい。
【0054】
[第2実施形態]
次に、本発明の第2実施形態に係る電子源について説明する。第2実施形態に係る電子源10Bは、導電層44が、グラファイトによって形成されている点で第1実施形態と異なっている。その他の点では、第1実施形態と同様である。
【0055】
この電子源10Bの製造方法においては、まず、第1実施形態と同様に、土台部46の一端面50、及び電子放出部48に導電型がn型のダイヤモンド半導体層を形成する。次に、図9(a)に示すように、真空中において、陰極部42を例えば1400℃程度でアニールし、ダイヤモンドの表面の炭素結合を切断する。これにより、sp2結合が支配的なグラファイト領域74を陰極部42の表層部に形成する。
【0056】
次に、図9(b)に示すように、第1実施形態におけるチタンの蒸着と同様に、陰極部42に対して土台部46の側面54方向からアルミニウムの蒸着を行い、保護膜90を形成する。保護膜90は、第1実施形態における導電層44の第1の部分44a〜第4の部分44dと同様の位置に形成される。
【0057】
続いて、図9(c)に示すように、土台部46の側面64方向より、例えば酸素プラズマ処理を施すことによって、保護膜90により被覆されていないグラファイト領域74を除去する。その後、図10(a)に示すように、例えば塩酸処理により保護膜90が除去し、グラファイトからなる導電層44が形成される。その後、第1実施形態と同様の後工程を行うことにより、図10(b)に示すように、電子源10Bが完成する。
【0058】
このような電子源10Bにおいても、仕事関数が3.0ev以下であるダイヤモンドを陰極部42に用いることで、陰極部42から真空中に電子が容易に電界放出可能となる。また、電子放出部48の先端52が、グラファイトからなる導電層44により覆われているので、電子放出部48の先端52における電圧降下が抑制され、電位が一定に保たれる。したがって、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。導電層44は、厚さ20nm以下に抑えられており、導電層44自体に起因する陰極部42の仕事関数の増加は回避されている。
【0059】
また、グラファイトのc面(六員環によって形成される面)は、ダイヤモンドの(111)面と良好な整合性を有する。したがって、陰極部42と導電層44との密着性が良好なものとなり、電子源10Bの耐久性の向上も図られる。
【0060】
[第3実施形態]
次に、本発明の第3実施形態に係る電子源について説明する。
【0061】
第3実施形態に係る電子源10Cは、陰極部42がLaB6又はCeBxによって形成され、導電層44がタングステンによって形成されている点で第1実施形態と異なっている。その他の点は、第1実施形態と同様である。
【0062】
この電子源10Cの製造方法においては、まず、LaB6又はCeBxからなる土台部46を用意する。次に、図11(a)に示すように、陰極部42に対して土台部46の側面54方向からタングステンの蒸着を行い、第1実施形態と同様に導電層44の第1の部分44a〜第4の部分44dを形成する。その後、第1実施形態と同様の後工程を行うことにより、図11(b)に示すように、電子源10Cが完成する。
【0063】
電子源10Cにおいても、仕事関数が3.0ev以下であるLaB6又はCeBxを陰極部42に用いることで、陰極部42から真空中に電子が容易に電界放出可能となる。また、電子放出部48の先端52が、タングステンからなる導電層44により覆われているので、電子放出部48の先端52における電圧降下が抑制され、電位が一定に保たれる。したがって、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。導電層44は、厚さ20nm以下に抑えられており、導電層44自体に起因する陰極部42の仕事関数の増加は回避されている。
【0064】
また、タングステンによって形成される導電層44は、LaB6又はCeBxとの密着性が十分に高いものとなる。タングステンの融点は、3400℃程度であり、高温の環境下でも安定していることから、陰極部42の耐久性の向上が図られる。さらに、タングステンは、酸素への耐久性が高く、電子源10Cを備えた電子顕微鏡20は、より低真空な状態において電界放出が可能である。
【0065】
[第4実施形態]
次に、本発明の第4実施形態に係る電子源について説明する。図12は、第4実施形態に係る電子源10Dを示す断面図である。
【0066】
図12に示すように、電子源10Dは、土台部46及び電子放出部48を被覆する各層の構成が第1実施形態と異なっている。すなわち、電子源10Dでは、導電層66は、電子放出部48の円錐面62の略全面に形成されている。導電層66において、土台部46の側面64側の底部には、開口76が形成されている。
【0067】
絶縁層67は、第1実施形態における絶縁層12を、土台部46の側面54に形成した配置をしており、第1の部分67aと、第2の部分67bとによって構成されている。第1の部分67aは、第1実施形態における第1の部分12aに対応しており、第2の部分67bは、第2の部分12bに対応している。また、第2の部分67bの一端は、電子放出部48の底面を被覆する導電層66に接している。
【0068】
電極68は、第1の部分68aと、第2の部分68bとによって構成されている。第1の部分68aは、絶縁層67における第1の部分67aの全面を被覆している。同様に、第2の部分68bは、第2の部分67bの全面を被覆するように形成され、電子放出部48の底面を被覆する導電層66に接している。
【0069】
電極69は、第1実施形態における絶縁層12と同様に形成されており、第1の部分69aと、第2の部分69bとによって構成されている。第2の部分69bは、開口76内に延在して電子放出部48の底部と接している。
【0070】
一方、図13は、第4実施形態の変形例に係る電子源を示す断面図である。図13に示すように、電子源10Eでは、導電層70の構成が第1実施形態と異なっている。絶縁層70は、第1の部分70a〜第3の部分70cから構成されている。第1の部分70aは、土台部46の一端面50と直交する各側面にそれぞれ形成されている。第2の部分70bは、土台部46の一端面50の全面を被覆している。第3の部分70cは、電子源10Dにおける導電層66と同様の配置をしている。
【0071】
絶縁層71は、電子源10Dにおける電極69と同様に形成されており、第1の部分71aと、第2の部分71bとによって構成されている。また、電極72は、第1実施形態における電極16と同様に形成されており、第1の部分72aと、第2の部分72bとによって構成されている。なお、電極14の配置は、第1実施形態と同様である。
【0072】
この電子源10D及び電子源10Eの製造方法においては、まず、第1実施形態と同様に、土台部46の一端面50、及び電子放出部48に導電型がn型のダイヤモンド半導体層を形成する。ここで、電子源10Dについては、図14に示すように、土台部46の一端面50、一端面50に直交する全側面、及び電子放出部48の開口76に対応する部分にマスク92を形成する。そして、陰極部42に対して全方位からチタンを蒸着し、開口76を除いた電子放出部48の円錐面62の全面に導電層66を形成する。
【0073】
一方、電子源10Eについては、図15に示すように、電子放出部48の開口76に対応する部分のみにマスク93を形成する。そして、陰極部42に対して全方位からチタンを蒸着し、開口76を除いた電子放出部48の円錐面62の全面、土台部46の一端面50、及び一端面50に直交する全側面に導電層70を形成する。
【0074】
その後、アニール処理や王水処理等を経て、絶縁層67及び一対の電極68,69を形成すると、上述した電子源10Dが完成する。同様に、絶縁層71及び一対の電極14,72を形成すると、上述した電子源10Eが完成する。このような電子源10D及び電子源10Eによっても、上述した実施形態と同様の作用効果が得られる。
【0075】
[第5実施形態]
次に、本発明の第5実施形態に係る電子源について説明する。図16は、第5実施形態に係る電子源を示す断面図である。
【0076】
図16に示すように、電子源10Fは、導電型がn型のダイヤモンド半導体からなる電子放出部48と導電層44との間に、開口76を除いた電子放出部48の円錐面62の全面を被覆するように、ノンドープダイヤモンド、又は導電型がp型のダイヤモンド半導体からなる中間層78が設けられている点で、第1実施形態と異なる。
【0077】
また、図17は、第5実施形態の変形例に係る電子源を示す断面図である。図17に示すように、電子源10Gは、導電型がn型のダイヤモンド半導体からなる電子放出部48と導電層44との間に、開口76を除いた電子放出部48の円錐面62の全面を被覆する第1の中間層80と、第1の中間層80の全面を被覆する第2の中間層82とが設けられている。第1の中間層80は、例えばノンドープダイヤモンドからなり、第2の中間層82は、導電型がp型のダイヤモンド半導体層からなる。
【0078】
電子源10F及び電子源Gにおいても、上述した実施形態と同様の作用効果が得られる。電子源10Fでは、中間層78の配置により、電子放出部48の先端52において内部に電界が容易に入り込み易くなる。電界放出の効率が良好になり、電子放出量を一層大きくできる。電子源10Gでは、第1の中間層80及び第2の中間層82の接合界面における結晶欠陥等を減少させることができる。これにより、電子が接合界面を通過する際のエネルギー損失を低減でき、電子放出量を一層大きくできる。
【0079】
[第6実施形態]
次に、本発明の第6実施形態に係る電子源について説明する。図18は、第6実施形態に係る電子源を示す斜視図である。
【0080】
図18に示すように、電子源10Hは、電子放出素子41と、パッド電極94と、連結部96とを備えるアレイチップ型の電子源である。電子放出素子41は、陰極部43と、導電層45とを備えている。
【0081】
陰極部43は、扁平な直方体形状をなす土台部47と、4つの電子放出部49とによって構成されている。土台部47及び電子放出部49は、それぞれノンドープダイヤモンドによって形成されている。電子放出部49は、土台部47の主面(一面)98上に例えば2×2のマトリクス状に配置されている。電子放出部49の主面98からの高さは、例えば1μmとなっている。また、電子放出部49の先端100は、丸みを帯びた形状となっている。
【0082】
導電層45は、例えばグラファイトによって、厚さ5nm以下に形成されている。導電層45は、電子放出部49の全面を覆うように形成されている。パッド電極94は、土台部47の主面98の互いに対向する2つの端部において、電子放出部49の位置に対応するように2つずつ配置されている。
【0083】
連結部96は、例えばグラファイトからなり、電子放出部49の底面の直径と略等幅に、電子放出部49とパッド電極94との間にそれぞれ配置されている。連結部96の一端は、パッド電極94に接続され、連結部96の他端は、電子放出部49の底面に接続されている。
【0084】
この電子源10Hの製造方法においては、まず、ノンドープダイヤモンドからなる土台部47を用意する。次に、所定のマスクを用いた集束イオンビーム(FIB)法により、土台部47の主面98上に電子放出部49を形成する。マスクの消失前にエッチングを停止することにより、電子放出部49の先端100に丸みを持たせることができる。
【0085】
続いて、真空中において、例えば1400℃程度でアニール処理をし、図19(a)に示すように、土台部47及び電子放出部49の表面にグラファイト層74を形成する。次に、主面98において、電子放出部49、パッド電極94、及び連結部96の形成領域を除いた領域をマスク101で被覆する。そして、図19(b)に示すように、アルミニウムを全方位より蒸着することにより、マスク101が被覆していない領域に、アルミニウムの保護膜102を形成する。
【0086】
マスク101を除去した後、図19(c)に示すように、土台部47及び電子放出部49の全面に、例えば酸素プラズマ処理を施すことにより、保護膜102により被覆されていない部分のグラファイト層74が除去される。そして、例えば塩酸処理により保護膜102を除去すると、グラファイトからなる導電層45及び連結部96が形成される。その後、パッド電極94を形成することにより、上述した電子源10Hが完成する。このような電子源10Hにおいても、上述した実施形態と同様の作用効果が得られる。
【0087】
[電子源の特性試験結果]
この特性試験では、第1実施形態に係る電子源10A及び電子源10Bと同様の構成をなすサンプルについて、導電層の厚さを変化させたときのビーム電流及びその安定性を測定した。
【0088】
サンプル群A及びサンプル群Bは、炭化チタンからなる導電層を備えており、サンプル群C及びサンプル群Dは、グラファイトからなる導電層を備えている。また、導電型がn型のダイヤモンド半導体層が、サンプル群A及びサンプル群Cについては、土台部の一側面に形成されており、サンプル群B及びサンプル群Dについては、土台部の一端面及び電子放出部に形成されている。測定は、加速電圧を15kv、引き出し電圧を3kvとして行った。また、サンプルA3〜サンプルD3については、電圧を印加した後、開回路状態(フロート)とした場合における、ビーム電流及びその安定性を測定した。
【0089】
図20及び図21は、その結果を示す図である。図20に示すように、サンプル群A及びサンプル群Bの双方について、20Vのバイアス電圧が導電層に印加された場合において、膜厚20nm以下のサンプルでは、80pA以上のビーム電流量が得られ、0.1rpmよりも小さい安定性が得られた。特に、導電層の膜厚5nm以下のサンプルA4、サンプルA5、サンプルB4及びサンプルB5では、0.1rpmよりも小さい安定性で、700pA以上のビーム電流量が得られており、特に優れた電子放出特性を示すことが確認された。
【0090】
また、図21に示すように、サンプル群C及びサンプル群Dの双方について、20Vのバイアス電圧が導電層に印加された場合において、膜厚20nm以下のサンプルでは、70pA以上のビーム電流量が得られ、0.1rpmよりも小さい安定性が得られた。特に、導電層の膜厚5nm以下のサンプルC3、サンプルC4、サンプルD3及びサンプルD4では、0.1rpmよりも小さい安定性で、600pA以上のビーム電流量が得られており、特に優れた電子放出特性を示すことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】本発明に係る電子源を適用した電子線装置の一例である電子顕微鏡の構成を概略的に示す図である。
【図2】本発明の第1実施形態に係る電子源の斜視図である。
【図3】図2におけるIII−III線断面図である。
【図4】図2及び図3に示した電子源の製造方法を示す図である。
【図5】図4の後続の工程を示す図である。
【図6】導電層が形成されていない電子放出部にバイアス電圧が印加される前のエネルギーバンドを示す図である。
【図7】20μmよりも厚い導電層が形成されている電子放出部にバイアス電圧が印加された場合のエネルギーバンドを示す図である。
【図8】厚さ20μm以下の導電層が形成されている電子放出部にバイアス電圧が印加された場合のエネルギーバンドを示す図である。
【図9】本発明の第2実施形態に係る電子源の製造方法を示す図である。
【図10】図9の後続の工程を示す図である。
【図11】本発明の第3実施形態に係る電子源の製造方法を示す図である。
【図12】本発明の第4実施形態に係る電子源を示す断面図である。
【図13】本発明の第4実施形態の変形例に係る電子源を示す断面図である。
【図14】図12に示した電子源の製造方法を示す図である。
【図15】図13に示した電子源の製造方法を示す図である。
【図16】本発明の第5実施形態に係る電子源を示す断面図である。
【図17】本発明の第5実施形態の変形例に係る電子源を示す断面図である。
【図18】本発明の第6実施形態に係る電子源を示す斜視図である。
【図19】図18に示した電子源の製造方法を示す図である。
【図20】電子源の特性試験結果を示す図である。
【図21】電子源の特性試験結果を示す図である。
【符号の説明】
【0092】
10A〜10H…電子源、20…電子顕微鏡(電子線装置)、39…電源(電圧印加手段)、40,41…電子放出素子、42,43…陰極部、44,45,66,70…導電層、46,47…土台部、48,49…電子放出部、50…一端面(一面)、52,100…電子放出部の先端、98…主面(一面)。
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子放出素子、電子源、及び電子線装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電子放出素子の陰極部を形成するための材料として、ダイヤモンド半導体が用いられる。ダイヤモンド半導体を陰極部として用いる場合、電子親和力及び仕事関数が十分に小さくなり、真空中に電子を容易に取り出すことができる。特に、導電型がn型のダイヤモンド半導体については、従来のLaB6やZrO/Wに代わる新たな電子放出素子の材料として着目されている。
【0003】
例えば特許文献1には、導電型がn型のダイヤモンド半導体の表面に配置された電子放出部と接するように電子供給部を形成した電子放出素子が開示されている。また、特許文献2には、導電型がn型のダイヤモンド半導体の表面に電子通過開口が形成されたゲート電極を配置した電子放出素子が開示されている。
【特許文献1】特開2001−266736号公報
【特許文献2】特開2005−108655号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ダイヤモンド半導体を利用した電子放出素子については、次のような問題を有していた。すなわち、ダイヤモンド半導体は、金属材料と比較して抵抗率が高いことから、電子放出部における電圧降下が問題となっていた。
【0005】
また、ダイヤモンド半導体の表面ではバンドベンディングが生じ易いため、エネルギー準位の高い方向にバンドがシフトし、ダイヤモンド半導体の見かけの仕事関数が大きくなるという問題があった。これらのことから、従来のダイヤモンド半導体を用いた電子放出素子では、電界放出が不安定となるという問題があった。
【0006】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、十分な量の電子放出を安定して得られる電子放出素子、電子源、及び電子線装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の課題を解決するため、本発明に係る電子放出素子は、土台部と、土台部の一面に形成された突起状の電子放出部とによって構成された陰極部を備え、陰極部は、仕事関数が3.0eV以下の材料によって形成され、少なくとも電子放出部の先端を覆うように、厚さ20nm以下の導電層が設けられていることを特徴とする。
【0008】
本発明に係る電子放出素子では、仕事関数が3.0eV以下の材料を陰極部に用いることで、陰極部から真空中に電子が容易に電界放出可能となる。また、電子放出部の先端が、厚さ20nm以下の導電層により覆われているので、電子放出部の先端における電圧降下が抑制され、電位が一定に保たれる。したがって、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。この導電層は、厚さ20nm以下に抑えられており、導電層自体に起因する仕事関数の増加は回避されている。
【0009】
また、陰極部は、ダイヤモンドによって形成され、導電層は、炭化チタン又はグラファイトによって形成されていることが好ましい。この場合、陰極部の仕事関数を容易に3.0eV以下に維持でき、また、導電層の抵抗率を容易に10−3Ωcm以下に維持できる。炭化チタン又はグラファイトによって形成される導電層は、ダイヤモンドとの密着性が十分に高く、この結果、陰極部の耐久性の向上も図られる。
【0010】
また、ダイヤモンドの少なくとも一部は、導電型がn型のダイヤモンド半導体であることが好ましい。これにより、陰極部の仕事関数を容易に3.0eV以下に維持できる。
【0011】
また、陰極部は、LaB6又はCeBxによって形成され、導電層は、タングステンによって形成されていることが好ましい。この場合についても、陰極部の仕事関数を容易に3.0eV以下に維持できる。タングステンによって形成される導電層は、LaB6又はCeBxとの密着性が十分に高く、その結果、陰極部の耐久性の向上が図られる。
【0012】
また、導電層の厚さは、5nm以下であることが好ましい。これにより、導電層自体による仕事関数の増加が一層確実に抑えられる。
【0013】
また、土台部の一面からの電子放出部の高さは、1μm以下であることが好ましい。電子放出部をこのような微小な突起とした場合でも、導電層によって保護され、十分な耐久性が得られる。
【0014】
また、本発明に係る電子源は、上述した電子放出素子において、導電層が電子放出部に対して正の電位となるように、導電層にバイアス電圧を印加する電圧印加手段を備えたことを特徴としている。この電子源では、導電層にバイアス電圧を印加することにより、バンドベンディングによって見かけ上大きくなった仕事関数を低減し、導電層の電位を容易に変化させることができるので、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。
【0015】
また、本発明に係る電子線装置は、上述した電子源を備えたことを特徴としている。この電子線装置においても、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る電子放出素子、電子源、及び電子線装置によれば、十分な量の電子放出を安定して得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0018】
[第1実施形態]
図1は、本発明に係る電子源を適用した電子線装置の一例である電子顕微鏡の構成を概略的に示す図である。図1に示すように、電子顕微鏡(電子線装置)20は、例えばチャンバ22と、電子源10Aと、電子光学系24とを含んで構成された走査型電子顕微鏡(SEM)である。
【0019】
チャンバ22は、例えば金属製の箱型容器であり、使用状態において真空状態とされる。電子源10Aは、チャンバ22の上部において下向きに配置されている。電子源10Aは、チャンバ22の外側に配置された電源(電圧印加手段)39と接続されており、使用状態においてバイアス電圧が印加される。電子源10Aの先端部からは、チャンバ22の下部に設けられた収容部26の試料Sに向けて電子線Bが出射される。
【0020】
電子光学系24は、引出電極28と、加速電極30と、集束レンズ32と、走査コイル34と、対物レンズ36とを有し、これらが電子源10Aからの電子線Bの出射方向に沿って配置されることによって構成されている。電子源10Aからの電子は、引出電極28と電子源10Aとの間の電界によって放出され、加速電極30による電界によって加速される。
【0021】
電子源10Aから放出された電子線Bは、集束レンズ32及び対物レンズ36によって、収容部26に収容された試料Sの試料面上に微小な電子プローブを結像させる。試料S面上に結像した電子プローブは、走査コイル34によって走査される。そして、試料Sから放出される二次電子は、収容部26の側部に設けられた検出器38によって検出される。
【0022】
次に、上述した電子源10Aについて詳細に説明する。図2は、電子源10Aの斜視図であり、図3は、図2におけるIII−III線断面図である。
【0023】
図2及び図3に示すように、電子源10Aは、電子放出素子40と、絶縁層12と、一対の電極14,16と、配線18とを備えている。電子放出素子40は、陰極部42と、導電層44とを備えている。陰極部42は、土台部46と、電子放出部48とによって構成されている。
【0024】
土台部46は、例えば不純物が含まれていないノンドープダイヤモンドによって、底面が0.8mm角程度の角柱状に形成されている。土台部46における長手方向の一端面(一面)50には、導電型がn型のダイヤモンド半導体層が形成されている。
【0025】
このダイヤモンド半導体層は、土台部46の本体部分を形成するノンドープダイヤモンドに、窒素、リン、硫黄、リチウムのいずれかの元素又は2種類以上の元素、あるいはいずれかの元素と同時にホウ素を不純物としてドープすることにより得られる。
【0026】
電子放出部48は、例えば土台部46のダイヤモンド半導体層と同様に、導電型がn型のダイヤモンド半導体によって形成されている。電子放出部48は、例えば円錐形状をなし、土台部46の一端面50の中央に配置されている。電子放出部48の土台部46の一端面50からの高さは、例えば1μm以下となっており、電子放出部48の先端52は、一端面50と垂直に土台部46の長手方向に延びている。
【0027】
導電層44は、例えば炭化チタンによって、厚さ5nm以下に形成されている。この導電層44は、第1の部分44a〜第4の部分44dから構成されている。第1の部分44aは、土台部46において、一端面50に直交する側面54の全面を被覆するように形成されている。
【0028】
第2の部分44bは、土台部46の側面54に隣接する側面56、及び側面56と対向する側面(図示せず)において、側面54側の端部を覆うように形成されている。第3の部分44cは、土台部46の一端面50において、土台部46の側面54側の略半分の領域60に形成されている。第4の部分44dは、電子放出部48の先端52と、電子放出部48の円錐面62における側面54側の領域とを覆うように形成されている。
【0029】
絶縁層12は、例えばSiO2、Al2O3によって、厚さ0.2〜2μmの範囲で形成されている。絶縁層12の厚さが0.2μmより薄い場合には、絶縁性が保てず、2μmより厚い場合には、高温時と室温時とのサイクルで剥離等の問題が生じる。絶縁層12は、第1の部分12aと、第2の部分12bとによって構成されている。第1の部分12aは、土台部46において、側面54と対向する側面64の全面を被覆するように形成されている。
【0030】
第2の部分12bは、電子放出部48の直径と略等幅に、土台部46の一端面50において、土台部46の側面64側の領域58に形成されている。第2の部分12bの一端は、第1の部分12aの一端部の中央部分と一体に連結し、第2の部分12bの他端は、電子放出部48の底面に接している。
【0031】
電極14及び電極16は、例えばモリブデンによって形成されており、厚さ0.1〜0.5μm程度に形成されている。電極14は、土台部46の側面54において、導電層44における第1の部分44aの基部側を被覆するように矩形に形成されている。
【0032】
電極16は、第1の部分16aと、第2の部分16bとによって構成されている。第1の部分16aは、絶縁層12の第1の部分12aの全面を被覆するように形成されている。一方、第2の部分16bは、絶縁層12の第2の部分12bの全面を被覆するように形成されている。第2の部分16bの一端は、第1の部分16aの一端部の中央部分と一体に連結され、第2の部分16bの他端は、電子放出部48の底面に接している。
【0033】
配線18は、電極14の中央と、電極16の第1の部分16aにおいて、電極14と対向する部分の中央とにそれぞれ接続されている。導電層44及び電子放出部48は、一対の電極14,16と、配線18とを介し、電源39(図1参照)に接続されている。導電層44には、当該導電層44が電子放出部48に対して正の電位となるように、電源39からのバイアス電圧が印加される。
【0034】
続いて、上述した構成を有する電子源10Aの製造方法について説明する。
【0035】
まず、ノンドープダイヤモンドからなる角柱状の土台部46を用意する。次に、例えばアルミニウムによる厚さ1μm〜2μmの膜を土台部46の一端面に形成する。そして、フォトリソグラフィ又は集束イオンビーム(FIB)法により、土台部46の一端面をパターニングし、円形のマスクを土台部46の一端面の中央に形成する。
【0036】
次に、上述したマスクを用いて土台部46の一端面を集束イオンビーム(FIB)法によりエッチングする。これにより、図4(a)に示すように、土台部46の一端面50の中央に、円錐形状の電子放出部48が形成される。
【0037】
続いて、例えばホスフィン(PH3)をドーパントとして用いるマイクロ波プラズマCVD法により、電子放出部48の表面と、土台部46の一端面50とにリンをドープする。ドープするリンの濃度は、例えば1017〜1020cm−3とされ、1019〜1020cm−3がより好ましい。
【0038】
次に、図4(b)に示すように、土台部46及び電子放出部48に対し、土台部46における側面54方向からチタンの蒸着を行う。チタンの蒸着には、例えば抵抗加熱蒸着法、EB加熱蒸着法、スパッタリング法といった公知の方法を適用可能である。
【0039】
土台部46における側面54方向からチタンを蒸着することにより、土台部46の側面54、一端面50における側面54側の領域60、及び電子放出部48の円錐面62における側面54側の領域に、それぞれ導電層44の第1の部分44a、第3の部分44c、及び第4の部分44dが形成される。また、チタンの一部が回り込むことにより、土台部46の側面56及びこれと対向する側面における側面54側の端部に、導電層44の第2の部分44bが形成される。
【0040】
次に、チタンと炭素との反応を促進するため、例えば300℃以上で一定時間のアニール処理を行う。この際、炭化物形成反応の反応速度と、反応温度との相関を予め把握しておくことにより、Å単位での膜厚の制御をすることができる。その後、王水洗浄処理を施すことにより、形成された導電層44を維持したまま、未反応のチタンを除去する。
【0041】
続いて、図5(a)に示すように、所定のマスクを用いたマイクロ波プラズマCVD法により、土台部46の側面64、及び一端面50における領域58に、それぞれ絶縁層12の第1の部分12a及び第2の部分12bを形成する。また、同様の手法で、図5(b)に示すように、導電層44における第1の部分44aの基部側を被覆するように電極14を形成し、絶縁層12の第1の部分12a及び第2の部分12bを被覆するように、電極16を形成する。
【0042】
最後に、配線18を、電極14の中央と、電極16の第1の部分16aにおいて、電極14と対向する部分の中央とにそれぞれ接続することにより、図2及び図3に示した電子源10Aが完成する。
【0043】
以上説明したように、電子顕微鏡20に用いられている電子源10Aでは、仕事関数が3.0ev以下であるダイヤモンドを陰極部42に用いることで、陰極部42から真空中に電子が容易に電界放出可能となる。また、電子放出部48の先端52が、炭化チタンからなる導電層44により覆われているので、電子放出部48の先端52における電圧降下が抑制され、電位が一定に保たれる。したがって、電子源10Aでは、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。導電層44は、厚さ20nm以下に抑えられており、導電層44自体に起因する陰極部42の仕事関数の増加は回避されている。
【0044】
また、電子源10Aでは、陰極部42は、ダイヤモンドによって形成され、導電層44は、炭化チタン又はグラファイトによって形成されている。このため、陰極部42の仕事関数を容易に3.0eV以下に維持でき、また、導電層44の抵抗率を容易に10−3Ωcm以下に維持できる。炭化チタン又はグラファイトによって形成される導電層44は、ダイヤモンドとの密着性が十分に高く、この結果、陰極部42の耐久性の向上も図られる。
【0045】
さらに、電子源10Aでは、導電層44が電子放出部48に対して正の電位となるように、導電層44にバイアス電圧を印加する電源39が設けられている。導電型がn型のダイヤモンド半導体のエネルギーバンドの表面ではバンドベンディングが生じ易いため、エネルギー準位の高い方向にバンドがシフトし、ダイヤモンド半導体の見かけの仕事関数が大きくなることがある。
【0046】
これに対し、導電層44にバイアス電圧を印加すると、導電型がn型のダイヤモンド半導体の伝導帯下端に電子が充填され、エネルギー準位の低い方向にエネルギーバンドがシフトする。この結果、電子放出層48と導電層44との間に電位差が生じ易い状態となる。これにより、バンドベンディングによって見かけ上大きくなった仕事関数が低減され、導電層44の電位を容易に変化させることができるので、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。導電層44にバイアス電圧を印加した場合においては、電界放出を導電層44の電位によって制御できることとなる。
【0047】
ここで、導電型がn型のダイヤモンド半導体のエネルギーバンドについて、図6〜図8を用いて説明する。各図において、Evは価電子帯上端のエネルギー準位を表し、Ecは伝導帯下端のエネルギー準位を表している。
【0048】
図6は、導電層44が形成されていない電子放出部48にバイアス電圧が印加される前のエネルギーバンドを示す図である。この場合、導電型がn型のダイヤモンド半導体のエネルギーバンドは、バンドベンディングによってエネルギー準位の高い方向にシフトしている。このため、伝導帯の電子が真空中に電界放出されるためには、高い電圧を印加する必要がある。
【0049】
また、図7は、20μmよりも厚い導電層44が形成されている電子放出部48にバイアス電圧が印加された場合のエネルギーバンドを示す図である。この場合、導電型がn型のダイヤモンド半導体の伝導帯の電子は、導電層44のフェルミレベルまで到達してしまう。そのため、導電層44の厚さに起因して、電界放出のための仕事関数が増加してしまうこととなる。
【0050】
一方、図8は、厚さ20μm以下の導電層44が形成されている電子放出部48にバイアス電圧が印加された場合のエネルギーバンドを示す図である。この場合、導電型がn型のダイヤモンド半導体から放出される電子は、導電層44のフェルミレベルに到達することなく、電子放出部48におけるエネルギーレベルを保ちながら、導電層44を通過し、容易に電界放出される。従って、導電層44による仕事関数の増加は回避される。
【0051】
また、導電層44に用いる材料の結晶性は、導電層44による仕事関数の増加へ大きな影響を与える。そのため、導電層44には、結晶性の高い炭化チタンを用いることにより、導電層44による仕事関数の増加をより一層抑えることができる。
【0052】
なお、導電型がn型のダイヤモンド半導体層は、土台部46の一端面50、及び電子放出部48に形成されていることに限られるものではない。導電型がn型のダイヤモンド半導体層は、土台部46の側面64の全面にのみ形成されていてもよい。
【0053】
また、電子放出部48の形状は、円錐状に限られるものではない。電子放出部48の形状は、多角錐状、円柱状、多角柱状等であってもよく、電子放出部48の先端52は、丸みを帯びていてもよい。また、土台部46の形状も、円柱状等であってもよい。
【0054】
[第2実施形態]
次に、本発明の第2実施形態に係る電子源について説明する。第2実施形態に係る電子源10Bは、導電層44が、グラファイトによって形成されている点で第1実施形態と異なっている。その他の点では、第1実施形態と同様である。
【0055】
この電子源10Bの製造方法においては、まず、第1実施形態と同様に、土台部46の一端面50、及び電子放出部48に導電型がn型のダイヤモンド半導体層を形成する。次に、図9(a)に示すように、真空中において、陰極部42を例えば1400℃程度でアニールし、ダイヤモンドの表面の炭素結合を切断する。これにより、sp2結合が支配的なグラファイト領域74を陰極部42の表層部に形成する。
【0056】
次に、図9(b)に示すように、第1実施形態におけるチタンの蒸着と同様に、陰極部42に対して土台部46の側面54方向からアルミニウムの蒸着を行い、保護膜90を形成する。保護膜90は、第1実施形態における導電層44の第1の部分44a〜第4の部分44dと同様の位置に形成される。
【0057】
続いて、図9(c)に示すように、土台部46の側面64方向より、例えば酸素プラズマ処理を施すことによって、保護膜90により被覆されていないグラファイト領域74を除去する。その後、図10(a)に示すように、例えば塩酸処理により保護膜90が除去し、グラファイトからなる導電層44が形成される。その後、第1実施形態と同様の後工程を行うことにより、図10(b)に示すように、電子源10Bが完成する。
【0058】
このような電子源10Bにおいても、仕事関数が3.0ev以下であるダイヤモンドを陰極部42に用いることで、陰極部42から真空中に電子が容易に電界放出可能となる。また、電子放出部48の先端52が、グラファイトからなる導電層44により覆われているので、電子放出部48の先端52における電圧降下が抑制され、電位が一定に保たれる。したがって、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。導電層44は、厚さ20nm以下に抑えられており、導電層44自体に起因する陰極部42の仕事関数の増加は回避されている。
【0059】
また、グラファイトのc面(六員環によって形成される面)は、ダイヤモンドの(111)面と良好な整合性を有する。したがって、陰極部42と導電層44との密着性が良好なものとなり、電子源10Bの耐久性の向上も図られる。
【0060】
[第3実施形態]
次に、本発明の第3実施形態に係る電子源について説明する。
【0061】
第3実施形態に係る電子源10Cは、陰極部42がLaB6又はCeBxによって形成され、導電層44がタングステンによって形成されている点で第1実施形態と異なっている。その他の点は、第1実施形態と同様である。
【0062】
この電子源10Cの製造方法においては、まず、LaB6又はCeBxからなる土台部46を用意する。次に、図11(a)に示すように、陰極部42に対して土台部46の側面54方向からタングステンの蒸着を行い、第1実施形態と同様に導電層44の第1の部分44a〜第4の部分44dを形成する。その後、第1実施形態と同様の後工程を行うことにより、図11(b)に示すように、電子源10Cが完成する。
【0063】
電子源10Cにおいても、仕事関数が3.0ev以下であるLaB6又はCeBxを陰極部42に用いることで、陰極部42から真空中に電子が容易に電界放出可能となる。また、電子放出部48の先端52が、タングステンからなる導電層44により覆われているので、電子放出部48の先端52における電圧降下が抑制され、電位が一定に保たれる。したがって、十分な量の電子放出を安定して得ることができる。導電層44は、厚さ20nm以下に抑えられており、導電層44自体に起因する陰極部42の仕事関数の増加は回避されている。
【0064】
また、タングステンによって形成される導電層44は、LaB6又はCeBxとの密着性が十分に高いものとなる。タングステンの融点は、3400℃程度であり、高温の環境下でも安定していることから、陰極部42の耐久性の向上が図られる。さらに、タングステンは、酸素への耐久性が高く、電子源10Cを備えた電子顕微鏡20は、より低真空な状態において電界放出が可能である。
【0065】
[第4実施形態]
次に、本発明の第4実施形態に係る電子源について説明する。図12は、第4実施形態に係る電子源10Dを示す断面図である。
【0066】
図12に示すように、電子源10Dは、土台部46及び電子放出部48を被覆する各層の構成が第1実施形態と異なっている。すなわち、電子源10Dでは、導電層66は、電子放出部48の円錐面62の略全面に形成されている。導電層66において、土台部46の側面64側の底部には、開口76が形成されている。
【0067】
絶縁層67は、第1実施形態における絶縁層12を、土台部46の側面54に形成した配置をしており、第1の部分67aと、第2の部分67bとによって構成されている。第1の部分67aは、第1実施形態における第1の部分12aに対応しており、第2の部分67bは、第2の部分12bに対応している。また、第2の部分67bの一端は、電子放出部48の底面を被覆する導電層66に接している。
【0068】
電極68は、第1の部分68aと、第2の部分68bとによって構成されている。第1の部分68aは、絶縁層67における第1の部分67aの全面を被覆している。同様に、第2の部分68bは、第2の部分67bの全面を被覆するように形成され、電子放出部48の底面を被覆する導電層66に接している。
【0069】
電極69は、第1実施形態における絶縁層12と同様に形成されており、第1の部分69aと、第2の部分69bとによって構成されている。第2の部分69bは、開口76内に延在して電子放出部48の底部と接している。
【0070】
一方、図13は、第4実施形態の変形例に係る電子源を示す断面図である。図13に示すように、電子源10Eでは、導電層70の構成が第1実施形態と異なっている。絶縁層70は、第1の部分70a〜第3の部分70cから構成されている。第1の部分70aは、土台部46の一端面50と直交する各側面にそれぞれ形成されている。第2の部分70bは、土台部46の一端面50の全面を被覆している。第3の部分70cは、電子源10Dにおける導電層66と同様の配置をしている。
【0071】
絶縁層71は、電子源10Dにおける電極69と同様に形成されており、第1の部分71aと、第2の部分71bとによって構成されている。また、電極72は、第1実施形態における電極16と同様に形成されており、第1の部分72aと、第2の部分72bとによって構成されている。なお、電極14の配置は、第1実施形態と同様である。
【0072】
この電子源10D及び電子源10Eの製造方法においては、まず、第1実施形態と同様に、土台部46の一端面50、及び電子放出部48に導電型がn型のダイヤモンド半導体層を形成する。ここで、電子源10Dについては、図14に示すように、土台部46の一端面50、一端面50に直交する全側面、及び電子放出部48の開口76に対応する部分にマスク92を形成する。そして、陰極部42に対して全方位からチタンを蒸着し、開口76を除いた電子放出部48の円錐面62の全面に導電層66を形成する。
【0073】
一方、電子源10Eについては、図15に示すように、電子放出部48の開口76に対応する部分のみにマスク93を形成する。そして、陰極部42に対して全方位からチタンを蒸着し、開口76を除いた電子放出部48の円錐面62の全面、土台部46の一端面50、及び一端面50に直交する全側面に導電層70を形成する。
【0074】
その後、アニール処理や王水処理等を経て、絶縁層67及び一対の電極68,69を形成すると、上述した電子源10Dが完成する。同様に、絶縁層71及び一対の電極14,72を形成すると、上述した電子源10Eが完成する。このような電子源10D及び電子源10Eによっても、上述した実施形態と同様の作用効果が得られる。
【0075】
[第5実施形態]
次に、本発明の第5実施形態に係る電子源について説明する。図16は、第5実施形態に係る電子源を示す断面図である。
【0076】
図16に示すように、電子源10Fは、導電型がn型のダイヤモンド半導体からなる電子放出部48と導電層44との間に、開口76を除いた電子放出部48の円錐面62の全面を被覆するように、ノンドープダイヤモンド、又は導電型がp型のダイヤモンド半導体からなる中間層78が設けられている点で、第1実施形態と異なる。
【0077】
また、図17は、第5実施形態の変形例に係る電子源を示す断面図である。図17に示すように、電子源10Gは、導電型がn型のダイヤモンド半導体からなる電子放出部48と導電層44との間に、開口76を除いた電子放出部48の円錐面62の全面を被覆する第1の中間層80と、第1の中間層80の全面を被覆する第2の中間層82とが設けられている。第1の中間層80は、例えばノンドープダイヤモンドからなり、第2の中間層82は、導電型がp型のダイヤモンド半導体層からなる。
【0078】
電子源10F及び電子源Gにおいても、上述した実施形態と同様の作用効果が得られる。電子源10Fでは、中間層78の配置により、電子放出部48の先端52において内部に電界が容易に入り込み易くなる。電界放出の効率が良好になり、電子放出量を一層大きくできる。電子源10Gでは、第1の中間層80及び第2の中間層82の接合界面における結晶欠陥等を減少させることができる。これにより、電子が接合界面を通過する際のエネルギー損失を低減でき、電子放出量を一層大きくできる。
【0079】
[第6実施形態]
次に、本発明の第6実施形態に係る電子源について説明する。図18は、第6実施形態に係る電子源を示す斜視図である。
【0080】
図18に示すように、電子源10Hは、電子放出素子41と、パッド電極94と、連結部96とを備えるアレイチップ型の電子源である。電子放出素子41は、陰極部43と、導電層45とを備えている。
【0081】
陰極部43は、扁平な直方体形状をなす土台部47と、4つの電子放出部49とによって構成されている。土台部47及び電子放出部49は、それぞれノンドープダイヤモンドによって形成されている。電子放出部49は、土台部47の主面(一面)98上に例えば2×2のマトリクス状に配置されている。電子放出部49の主面98からの高さは、例えば1μmとなっている。また、電子放出部49の先端100は、丸みを帯びた形状となっている。
【0082】
導電層45は、例えばグラファイトによって、厚さ5nm以下に形成されている。導電層45は、電子放出部49の全面を覆うように形成されている。パッド電極94は、土台部47の主面98の互いに対向する2つの端部において、電子放出部49の位置に対応するように2つずつ配置されている。
【0083】
連結部96は、例えばグラファイトからなり、電子放出部49の底面の直径と略等幅に、電子放出部49とパッド電極94との間にそれぞれ配置されている。連結部96の一端は、パッド電極94に接続され、連結部96の他端は、電子放出部49の底面に接続されている。
【0084】
この電子源10Hの製造方法においては、まず、ノンドープダイヤモンドからなる土台部47を用意する。次に、所定のマスクを用いた集束イオンビーム(FIB)法により、土台部47の主面98上に電子放出部49を形成する。マスクの消失前にエッチングを停止することにより、電子放出部49の先端100に丸みを持たせることができる。
【0085】
続いて、真空中において、例えば1400℃程度でアニール処理をし、図19(a)に示すように、土台部47及び電子放出部49の表面にグラファイト層74を形成する。次に、主面98において、電子放出部49、パッド電極94、及び連結部96の形成領域を除いた領域をマスク101で被覆する。そして、図19(b)に示すように、アルミニウムを全方位より蒸着することにより、マスク101が被覆していない領域に、アルミニウムの保護膜102を形成する。
【0086】
マスク101を除去した後、図19(c)に示すように、土台部47及び電子放出部49の全面に、例えば酸素プラズマ処理を施すことにより、保護膜102により被覆されていない部分のグラファイト層74が除去される。そして、例えば塩酸処理により保護膜102を除去すると、グラファイトからなる導電層45及び連結部96が形成される。その後、パッド電極94を形成することにより、上述した電子源10Hが完成する。このような電子源10Hにおいても、上述した実施形態と同様の作用効果が得られる。
【0087】
[電子源の特性試験結果]
この特性試験では、第1実施形態に係る電子源10A及び電子源10Bと同様の構成をなすサンプルについて、導電層の厚さを変化させたときのビーム電流及びその安定性を測定した。
【0088】
サンプル群A及びサンプル群Bは、炭化チタンからなる導電層を備えており、サンプル群C及びサンプル群Dは、グラファイトからなる導電層を備えている。また、導電型がn型のダイヤモンド半導体層が、サンプル群A及びサンプル群Cについては、土台部の一側面に形成されており、サンプル群B及びサンプル群Dについては、土台部の一端面及び電子放出部に形成されている。測定は、加速電圧を15kv、引き出し電圧を3kvとして行った。また、サンプルA3〜サンプルD3については、電圧を印加した後、開回路状態(フロート)とした場合における、ビーム電流及びその安定性を測定した。
【0089】
図20及び図21は、その結果を示す図である。図20に示すように、サンプル群A及びサンプル群Bの双方について、20Vのバイアス電圧が導電層に印加された場合において、膜厚20nm以下のサンプルでは、80pA以上のビーム電流量が得られ、0.1rpmよりも小さい安定性が得られた。特に、導電層の膜厚5nm以下のサンプルA4、サンプルA5、サンプルB4及びサンプルB5では、0.1rpmよりも小さい安定性で、700pA以上のビーム電流量が得られており、特に優れた電子放出特性を示すことが確認された。
【0090】
また、図21に示すように、サンプル群C及びサンプル群Dの双方について、20Vのバイアス電圧が導電層に印加された場合において、膜厚20nm以下のサンプルでは、70pA以上のビーム電流量が得られ、0.1rpmよりも小さい安定性が得られた。特に、導電層の膜厚5nm以下のサンプルC3、サンプルC4、サンプルD3及びサンプルD4では、0.1rpmよりも小さい安定性で、600pA以上のビーム電流量が得られており、特に優れた電子放出特性を示すことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0091】
【図1】本発明に係る電子源を適用した電子線装置の一例である電子顕微鏡の構成を概略的に示す図である。
【図2】本発明の第1実施形態に係る電子源の斜視図である。
【図3】図2におけるIII−III線断面図である。
【図4】図2及び図3に示した電子源の製造方法を示す図である。
【図5】図4の後続の工程を示す図である。
【図6】導電層が形成されていない電子放出部にバイアス電圧が印加される前のエネルギーバンドを示す図である。
【図7】20μmよりも厚い導電層が形成されている電子放出部にバイアス電圧が印加された場合のエネルギーバンドを示す図である。
【図8】厚さ20μm以下の導電層が形成されている電子放出部にバイアス電圧が印加された場合のエネルギーバンドを示す図である。
【図9】本発明の第2実施形態に係る電子源の製造方法を示す図である。
【図10】図9の後続の工程を示す図である。
【図11】本発明の第3実施形態に係る電子源の製造方法を示す図である。
【図12】本発明の第4実施形態に係る電子源を示す断面図である。
【図13】本発明の第4実施形態の変形例に係る電子源を示す断面図である。
【図14】図12に示した電子源の製造方法を示す図である。
【図15】図13に示した電子源の製造方法を示す図である。
【図16】本発明の第5実施形態に係る電子源を示す断面図である。
【図17】本発明の第5実施形態の変形例に係る電子源を示す断面図である。
【図18】本発明の第6実施形態に係る電子源を示す斜視図である。
【図19】図18に示した電子源の製造方法を示す図である。
【図20】電子源の特性試験結果を示す図である。
【図21】電子源の特性試験結果を示す図である。
【符号の説明】
【0092】
10A〜10H…電子源、20…電子顕微鏡(電子線装置)、39…電源(電圧印加手段)、40,41…電子放出素子、42,43…陰極部、44,45,66,70…導電層、46,47…土台部、48,49…電子放出部、50…一端面(一面)、52,100…電子放出部の先端、98…主面(一面)。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
土台部と、前記土台部の一面に形成された突起状の電子放出部とによって構成された陰極部を備え、
前記陰極部は、仕事関数が3.0eV以下の材料によって形成され、
少なくとも前記電子放出部の先端を覆うように、厚さ20nm以下の導電層が設けられていることを特徴とする電子放出素子。
【請求項2】
前記陰極部は、ダイヤモンドによって形成され、前記導電層は、炭化チタン又はグラファイトによって形成されていることを特徴とする請求項1記載の電子放出素子。
【請求項3】
前記ダイヤモンドの少なくとも一部は、導電型がn型のダイヤモンド半導体であることを特徴とする請求項2記載の電子放出素子。
【請求項4】
前記陰極部は、LaB6又はCeBxによって形成され、前記導電層はタングステンによって形成されていることを特徴とする請求項1記載の電子放出素子。
【請求項5】
前記導電層の厚さは、5nm以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の電子放出素子。
【請求項6】
前記土台部の前記一面からの電子放出部の高さは、1μm以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の電子放出素子。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の電子放出素子において、前記導電層が前記電子放出部に対して正の電位となるように、前記導電層にバイアス電圧を印加する電圧印加手段を備えたことを特徴とする電子源。
【請求項8】
請求項7記載の電子源を備えたことを特徴とする電子線装置。
【請求項1】
土台部と、前記土台部の一面に形成された突起状の電子放出部とによって構成された陰極部を備え、
前記陰極部は、仕事関数が3.0eV以下の材料によって形成され、
少なくとも前記電子放出部の先端を覆うように、厚さ20nm以下の導電層が設けられていることを特徴とする電子放出素子。
【請求項2】
前記陰極部は、ダイヤモンドによって形成され、前記導電層は、炭化チタン又はグラファイトによって形成されていることを特徴とする請求項1記載の電子放出素子。
【請求項3】
前記ダイヤモンドの少なくとも一部は、導電型がn型のダイヤモンド半導体であることを特徴とする請求項2記載の電子放出素子。
【請求項4】
前記陰極部は、LaB6又はCeBxによって形成され、前記導電層はタングステンによって形成されていることを特徴とする請求項1記載の電子放出素子。
【請求項5】
前記導電層の厚さは、5nm以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の電子放出素子。
【請求項6】
前記土台部の前記一面からの電子放出部の高さは、1μm以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の電子放出素子。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の電子放出素子において、前記導電層が前記電子放出部に対して正の電位となるように、前記導電層にバイアス電圧を印加する電圧印加手段を備えたことを特徴とする電子源。
【請求項8】
請求項7記載の電子源を備えたことを特徴とする電子線装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【公開番号】特開2009−140815(P2009−140815A)
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−317178(P2007−317178)
【出願日】平成19年12月7日(2007.12.7)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年6月25日(2009.6.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年12月7日(2007.12.7)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】
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